私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

“ストーリー”はもう沢山だ(2)

2008-11-26 12:28:37 | 日記・エッセイ・コラム
 万感こもごも到る思いでオバマに一票を投じた百六歳の黒人老女アン・ニクソン・クーパーさんのお話を続けます。まずワシントン・ポストから取った講演記録原文を写します。:
■ OBAMA: She was born just a generation past slavery; a time when there were no cars on the road or planes in the sky; when someone like her couldn’t vote for two reasons??because she was a woman and because of the color of her skin. And tonight, I think about all that she’s seen throughout her century in America??the heartache and the hope; the struggle and the progress; the times we were told that we can’t, and the people who pressed on with that American creed: Yes we can. At a time when women’s voices were silenced and their hopes dismissed, she lived to see them stand up and speak out and reach for the ballot. Yes we can. When there was despair in the dust bowl and depression across the land, she saw a nation conquer fear itself with a New Deal, new jobs, a new sense of common purpose. Yes we can.
AUDIENCE: Yes we can.
OBAMA: When the bombs fell on our harbor and tyranny threatened the world, she was there to witness a generation rise to greatness and a democracy was saved. Yes we can.
AUDIENCE: Yes we can.
OBAMA: She was there for the buses in Montgomery, the hoses in Birmingham, a bridge in Selma, and a preacher from Atlanta who told a people that “We Shall Overcome.” Yes we can.
AUDIENCE: Yes we can. ■
黒人老女アン・ニクソン・クーパーさんの話はまだ続きますがこの辺で止まって、幾つか註釈を加えたいと考えます。以前(2008年3月19日)のブログ『オバマ現象/アメリカの悲劇』で、私は、オバマは超エルマー・ガントリーのように思えて仕方がない、と書きました。今回の大統領当選勝利宣言を聞きながら、私はこの思いを再確認せざるを得ませんでした。こうした演説は当然レトリカルなものですから、私の物言いは下らない nitpicking と片付けられそうですが、上のブログで論じた「セルマの行進」の場合と同じく、オバマの歴史記述は余りにも不正確すぎ、その不正確さが臆面も無くレトリックとして活用されているのが気になります。アン・ニクソン・クーパーさんは1902年の生れだとします。彼女はアメリカの奴隷制度廃止から「ほんの一世代後」に生まれたと聞かされて、アメリカの若者の多くは多分30年前後と思うでしょうが、正式に憲法が改正されたのは1865年ですから「ほぼ一世代後」と言うべきでしょう。「10年やそこらの年月をとやかく言うのは馬鹿げている」とも言えますが、では「a time when there were no cars on the road or planes in the sky;(道に車は無く、空に飛行機の影も無いその頃)」はどうでしょう。ドイツのベンツ社は、1889年、ゴムタイヤ、変速ギアを装備したガソリンエンジン4輪車を売り出し、1899年にはアメリカのフォード社が設立されて、大衆むけの安価車の製造を目指し、1909年に売り出された歴史的名車「Tモデル」が最初の2年間で約3万台売りつくし、いわゆるマスプロダクションの時代が始まりました。これがアン・ニクソン・クーパーさんの生まれた時代状況であったのです。クーパーさんが田舎にいたか、都会にいたかの問題ではありません。次を読んで下さい。モンゴメリーのバス乗車黒人差別抗議にも、バーミンガムで人権闘争の黒人たちが消防車の放水(hoses)と警察犬の攻撃にさらされた時にも、キング牧師を先頭とする行進がセルマの橋をこえた時にも、“彼女はそこにいた”のです。つまり、黒人老女アン・ニクソン・クーパーさんは名弁士バラク・オバマが紡ぎだす(spin) 感動物語のシンボリックな狂言回しの役を担っているに過ぎません。調べてみる気にもなりませんが、この老女は強力なオバマのPRチームが「これはいける!」と掘り出してきた一人の最高齢の黒人女性投票者に過ぎなかったのだろうと私は推測します。
 クーパーお婆さんストーリーはオバマの勝利宣言を締めくくる大フィナーレになっていますが、そのストーリーの間に「Yes we can」という言葉-つまり、オバマの選挙スローガン-が何と11回も繰り返されています。しかも、その4回は聴衆からの唱和です。これがアメリカの黒人教会の牧師説教のパターンを踏襲しているものであることをお気付きの方も多いでしょう。私はこの唱和が自然発生的なものではなく、演出されたのではないかと疑っています。しかし、前回に紹介したように、英文評論の達人ウッドさんは「Yes we can」という英語の使い方を褒め上げています。ウッドさんといえば、彼は次の文章もなかなかよく書けていると評価します。:「When the bombs fell on our harbor and tyranny threatened the world,・・・」。港とは勿論パール・ハーバーのことですが、ウッドさんは、オバマがただ「わが港」といった所がうまいとういのですが、日本人として、私はこの文章を好みません。
 黒人老女アン・ニクソン・クーパーさんのストーリーのような美化と歴史の歪曲はオバマ次期大統領の演説や書き物の中にいくらでも見つけることが出来ますが、今日はアトランダムに彼の主著『The AUDACITY of HOPE :THOUGHTS ON RECLAIMING THE AMERICAN DREAM 』から一つだけ取り上げます。それは原書283頁のウッドロー・ウィルソンの美化です。:
■ Making “the world safe for democracy” didn’t just involve winning a war, he argued; it was in America’s interest to encourage the self-determination of all peoples and provide the world a legal framework that could help avoid future conflicts.■
「すべての民族の自決を奨励するのがアメリカの利益・・」とありますが、少し真っ当なアメリカ史の本をひもとけば、ウィルソン政権がハイチやドミニカ共和国に対してどんなひどいことをやっていたかが分かります。理想主義者ウィルソン大統領の美談ストーリーにごまかされてはなりません。
 あえて言うならば、アメリカ初の(半)黒人大統領バラク・オバマの出現は、まず、オバマ自身によって brilliant に着想され、それがアメリカの白人支配層(White Elite System)の強力なマーケティング・マシーンによって見事に演出された壮大なアメリカン・ストーリーであるように、私には、思われてなりません。アメリカが直面している恐ろしいほどの内憂外患を克服するには、今までのブランド・ネームでは売れ行きが地に落ちて役に立たず、どうしても新しいブランド・ネームが必要、それが、夢のように素晴らしい、何と黒人のアメリカ合衆国大統領バラク・オバマ。本当は素晴らしい自由平等の國アメリカの感動的なストーリー、これにケチをつける人間こそどうかしている(Something’s wrong with you!)ということになっているようです。

藤永 茂 (2008年11月26日)


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“ストーリー”はもう沢山だ(1)

2008-11-19 13:35:47 | 日記・エッセイ・コラム
 ある“偉い”人物の正体を、知名の識者やジャーナリストより、市井の素人や子供の方がより的確に嗅ぎつけるということはあり得ないのでしょうか?あり得ないことではありますまい。
 私がバラク・オバマという人物に強い興味を持ってから、つまりバラク・オバマ・ウォッチングを始めてから、もう2年ほど経ちました。このブログで彼に対してはっきりとネガティブな見解(というかgut feeling )を私が表明したのは、2007年10月10日付けの『アメリカでの黒人差別(2)』でしたが、それ以来、彼が大統領選挙運動開始の原点として書いた200万部の大ベストセラー『The AUDACITY of HOPE』(2006) も読み、それに続く重要政見演説、ヒラリー・クリントンに勝った時(2008年1月3日)、そして第4代アメリカ合州国大統領になることが決定した2008年11月4日の勝利演説(Victory Speech, Acceptance Speech)もYouTubeで見て聞き、そのトランスクリプトも読みました。しかし、人々がいう世界史的な劇的勝利をバラク・オバマがおさめた今も、彼に対する私の気持は何ら変わっていません。一体、この私の心理的状況を、私自身、どう受け止めればよいのでしょうか。世界中の識者の殆どが、この新しい「世界のプレジデント」、絢爛たる新しい王様に賞賛の言葉を捧げているのに、王様は裸だと思い続ける私は全くどうかしているのかもしれません。(Something’s wrong with me?)思い切り逆張りをして、自分の予言が当るのを秘かに願っているのでは決してありません。この新しい王様には全世界の民衆の期待に沿う善政を敷いてもらわなければなりません。ブッシュ・チェイニーの路線からきっぱりと外れた道を選ばなければ、無数の無辜の人間たちの悲惨が続きます。
 James Wood という英文学批評家兼小説家がいます。この5年ほどはハーバード大学の教授として文学批評論の講義を行い、私も愛読するNew York Review of Books やLondon Review of Books にもしばしば彼の論評が出ます。THE NEW YORKER の11月17日号に「VICTORY SPEECH」と題して11月4日(火曜日)夜のバラク・オバマの勝利演説を絶賛するウッドの一文が出ていて、次のように始まります。:
■ A theatre critic once memorably complained of a bad play that it had not been a good night out for the English language. Among other triumphs, last Tuesday night was a very good night for the English language. (かつて、ある演劇評論家が出来の悪い芝居を観に出掛けて行って、「英語にとって良い夜ではなかった」とこぼしていたのを憶えている。この火曜日の夜は、他の数々の勝利の中で、英語にとっても極めて良い夜であった。)■
勝利演説の中で、聴衆からの唱和を含めて、11回も繰り返された“Yes we can” というスローガンさえも、この英語の達人は口をきわめて褒め上げます。ネイティブな英語感覚を持ち合わさない私が、いささかの違和感をここで告白しても、おそらく、何の意味もありますまい。しかし、次の一点だけは述べておきたいと思います。ウッドさんが何と言おうと、どうしても腹に据えかねるからです。それは“ストーリー”による大衆心理操作の濫用です。
 アメリカの大統領が大切な演説の演壇で愛する奥さんや子供たちの話をするのはお決まりのことで、来年1月にホワイトハウス入りをするオバマ家でも、お嬢さんが新しい子犬を買ってもらうのだそうです。ニクソン大統領の場合には、たしか、お母さんが娘さんのセーターを編んでやったことを聞かされました。慣行とはいえ、バカバカしい話だと、私には、思われますが、それにしても、特に今回の選挙戦では「ストーリー」が余りにも多く語られ過ぎました。そのために肝心の政策論議がかげを潜めてしまいました。アメリカの一般大衆は政治家や選挙運動家から諸々の“良いお話”を過剰に聞かされて、アメリカの政治的現実についての彼らの認識を曇らされてしまったのでした。Joan Didion という優れた女流作家がいます。作家としての感受性の鋭さではウッド氏より勝っているでしょう。以下の彼女の発言は11月4日より1ヶ月ほど以前のものですが、ここでは“stories” の問題が取り上げられています。:
■ For at least some months it had been clear that we were living in a different America, one that had moved from feeling rich to feeling poor. Many had seen a mandate for political change. Yet in the end the old notes had been struck, the old language used. The prospect for any figure had been evaluated, now as before, by his or her “story.” She has “a wonderful story” we had heard about Condoleezza Rice during her 2005 confirmation hearings. “We all admire her story.” “I think she’s formidable,” Senator Biden said about Governor Palin a few weeks ago. “She has a great story. She has a great family.” (少なくともこの数ヶ月の間、我々は今までと違うアメリカに住んでいること、豊かな感じから貧しい感じに移ったことがはっきりしてしまった。政治的変化があるべきだという見解を多くの人々がとるようになっていた。それだのに、結局のところ、古い口調が持ち出され、古い言葉が使われた。どの人物の品定めをするにも、相変わらず、彼あるいは彼女の“ストーリー”で評価が行われてしまっている。コンドリーザ・ライスについても、2005年の彼女の(国務長官就任の)批准公聴会で、彼女は“素晴らしいストーリーの持ち主だ”、“我々すべて彼女のストーリーに感服する”と我々は聞かされた。数週間まえのこと、バイデン上院議員は州知事ペイリンについて“彼女は手強い相手だと私は思う”、“彼女は偉大なストーリーの持ち主だ。彼女は偉大な家柄だ”と語っていた。)■
このように書いていたディディオンさんは11月4日火曜日夜のバラク・オバマの勝利演説について、ウッドさんとは違った感想を持っただろうと私は想像します。黒人女性初の国務長官コンディ・ライスさんの“素晴らしいストーリー”、それはバラク・オバマの感激的なストーリーの見事な女性版です。ウィキペディアで読んでみて下さい。このあらゆる才能に最高に恵まれた黒人女性がブッシュの右腕として推進した数々の海外政策を、ディディオンは、不吉な想いを添えて、バラク・オバマの未来に向けて投影していたのではないか-これが私の推断であり、妄想であります。
 バラク・オバマは百六歳の黒人老婆のストーリーを次のように語りました。勝利演説の最高のサワリの部分です。:
■ This election had many firsts and many stories that will be told for generations. But one that’s on my mind tonight’s about a woman who cast her ballot in Atlanta. She’s a lot like the millions of others who stood in line to make their voice heard in this election except for one thing: Ann Nixon Cooper is 106 years old. (この選挙では沢山の「初めての偉業」と沢山のストーリーが達成され、それらは何代にもわたって語り継がれることでしょう。しかし、今夜、私の胸にあるのはアトランタで票を投じた一人の女性のストーリーです。彼女はこの選挙で自分たちの声が聞き届けられるように投票の列に立ち尽くした他の何百万の人々とよく似てはいますが、ただ一つ違ったところがあります。アン・ニクソン・クーパーさんは百六歳なのです。)■
 この黒人老婆のお話は次回に致します。

藤永 茂 (2008年11月19日)


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アメリカを読む

2008-11-12 15:13:58 | 日記・エッセイ・コラム
 もう十何年か前のことになりますが、カナダ西部の都市エドモントンのマンション(コンドミニアム)に住んでいた時、アメリカ東部のニューヨークで発行される全国新聞ニューヨークタイムズの日曜版を定期購読していました。私の手許に配達されるのは毎月曜日でしたが、マンションの玄関でズッシリと重い日曜版を取り上げ、それを小脇に抱えて部屋に戻るときの快い興奮をいまだに忘れません。百頁は優に越す新聞本体に加えて、分厚い付録のマガジン二册それに日曜書評一册、随分と読みごたえがありました。その頃の私はニューヨークタイムズに全面的な信頼を置いていたのですが、今は違います。色々の理由から、むしろ強い不信の念を抱きながら読むようになりました。ワシントン・ポストについても同じです。アメリカという國を本当に読む、正しく理解するために、自分の力の及ぶ範囲で、出来るだけ沢山そして広く読む努力をしています。その場合、特に心がけているのは、自分の好みに合う、自分の考え方、自分の頭の中で出来かけている理論的説明によく適合するようなジャーナリスティックな論評や単行本だけを読み漁らないようにすることです。現在の私には、Howard Zinn, Noam Chomsky, John Pilger, Sheldon Wolin といった人たちの文章はすいすいと快く読めるのですが、それだけではアメリカを読みあやまる危険が、特に、私にような、過去に指導者の許で本格的な勉強をしていない門外漢には、存在すると考えられます。たとえば、ニューヨークタイムズに登場したアカデミックな論客で、いま思い付く名前を挙げれば、Michael Ignatieff, Anne-Marie Slaughter といった人々の論説や著書も、彼らがブッシュ政権のイラク侵攻に異を唱えなかったという理由で毛嫌いしてしまわずに読むと、それなりにアメリカという國の姿がよりはっきりと見えて来るような気がします。2008年度のノーベル経済学賞を受賞した Paul Krugman も、ここ数年、ニューヨークタイムズの署名論説記事を書いていて、私も随分と読みましたが、最近、バラク・オバマの大統領の実現について次のような文章を書いていて、私を驚かせました。:
■ Tuesday, Nov. 4, 2008, is a date that will live in fame (the opposite of infamy) forever. If the election of our first African-American president didn’t stir you, if it didn’t leave you teary-eyed and proud of your country, there’s something wrong with you. ■
「アメリカ人にとって、初のアフリカ系アメリカ人の大統領が実現したことは大変に感激的なことなのだ。クルーグマンの言うことに驚かされる方がどうかしている」とお考えの日本人も多いでしょう。しかし、ポール・クルーグマンというアメリカ最高級の知識人の口からこの科白が洩れるという事実そのものが、「アメリカとは何か」を我々に告げているように私には思われます。
 上にクルーグマンを英語のまま引用して訳文をつけないのは、不親切で衒学的だとお感じになる読者にお話したいことがあります。私は1959年にはじめて渡米し、シカゴ大学の物理教室で研究生活を始めましたが、アメリカの新聞や週刊誌を読もうとすると、知らない単語に次から次へと出くわして、いちいち英和辞書を引いていたのでは、なかなか読み進めませんでした。ところが物理学科に鹿児島出身の日本人の若い学生さんがいて、日刊新聞は勿論、タイムやニューズウィークなどの週刊誌をスイスイ読んでいたのです。高校からアメリカで過ごしているので不思議ではないのですが、ご当人に直接きいてみると、私が苦労して辞書を引いている単語の半分近くは彼もはっきり意味を知らないことが分かりました。「気にせずどんどん読んだらいいのですよ」と彼は忠告してくれました。そうなのです。意味が分からないままでは、どうしても先に進めない単語だけは辞書を引くことにして、気楽に英字新聞や週刊誌をお読みになることをお勧めします。そうしているうちに単行本も原語のままで何とはなしに読めるようになります。その方が、時流に乗るために急いで刊行された翻訳書の誤訳に悩まされるよりもましな場合が多いと思います。本の値段にしても、アメリカ本国のアマゾンなどを通して、あちらの古本屋さんからお買いになれば、割安で入手できます。サービスも迅速です。

藤永 茂 (2008年11月12日)


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アメリカは変わるだろうか?

2008-11-05 14:04:52 | 日記・エッセイ・コラム
 アメリカについての本を少し詰めた日程で書くことになりましたので、このブログの性格をしばらく変えることにします。本の主題は「アメリカは変わるだろうか?」ということです。数日前に書いた冒頭の文章は次の通りです。:
■ アメリカは変わるだろうか?もちろん、変わる。変わらなければ、このままの有様が続けば、アメリカそのものが、リーマン・ブラザーズのように、破綻する。このまま暴走を続ければガードレールを破って断崖の底に転落してしまう車-それが今のアメリカだ。誰が大統領になったにしても、ハンドルの切りかえは必要だった。■
 正直なところ、この毎水曜に書き綴ってきたブログの性格を、一時的にでも、変える事には、いささか後ろ髪を引かれる思いがないではありません。(実際の私の頭にはもう引かれる後ろ髪など無いのですが)。何よりも気にかかるのはアフリカのことです。ジンバブエと南アフリカの国内事情はひどいことになっていますが、その惨状の責任者であるジンバブエのムガベと南アフリカのムベキが権力の座を追われる形で、欧米の言う政権変化(regime change)が行われつつあります。ムガベとムベキは、国外からの莫大な援助と国内で生み出される富のすべてを、自らとその取り巻きの権力者層の私腹に収め、国家も国民も捨てて顧みなかった独裁的政治家として描かれています。第二次世界大戦後しばらくしてからアフリカ諸国は白人支配からの独立闘争を始めましたが、その闘士たちの第一世代で、今日まで生き残っていたのは、ムガベとムベキ、この二人の老政治家だけになっています。あくまで権力の座にしがみつく狂暴な老独裁者としてムガベが世界中の輿論から袋だたきにあっているのに、ムベキは最後までムガベを助けようとしました。アフリカ独立を戦い取った第一世代の闘士としての戦友意識もあったのかもしれませんが、私には、何かそれ以上の理由があるに違いないと思われてなりませんでした。ジンバブエと南アフリカについての日本語で読める解説書や新聞評論の類いは、私の疑問を解くのに殆ど何の役にも立ちませんでしたが、あれこれ読み漁っているうちに、次第に物が見えてきたような気がしています。大げさに言えば、欧米との関わり合いという視角から見たアフリカの歴史的全体像が、あらためて、よりはっきりと見えて来たということです。ほんの数年前からアフリカの勉強を始めた素人として誠に傲慢な口の利き方で申し訳ありませんが、これを裏返せば、マスコミ的な情報が如何に私ども一般の人間たちの判断を曇らせ、誤らせているかの一つの証左でもあります。もう少し具体的に言えば、ジンバブエと南アフリカから白人たちが手を引いて独立が達成されたように見えた時に、白人たちはジンバブエと南アフリカに何を残して行ったか、これが問題なのです。少なくとも、それが問題の半分なのです。その半分が私たちの視野から欠け落ちると、ジンバブエと南アフリカで今起こっていることがよく理解できなくなります。アメリカについての本を書く仕事の片がついたら、また、アフリカの「闇の奥」で実際に起った事、起こっている事を見据える努力を再開続行するつもりです。
<付記>『藤永茂のオバマ批判』と題して、aquarian 様から詳しいコメントを私のブログ『オバマ氏の正体見たり(1)』(2008/6/25)に付けて頂いたので、興味のある方は是非お読み下さい。つい先ほど(11月5日午後1時)のテレビ朝日のニュースでオバマ大統領の確定が報じられ、「45年前のキング牧師の“I have a dream”のそのドリームが今オバマ氏によって実現されたわけです」と解説されていました。私はそうは思いません。キング牧師が夢に描いていたのは半黒人の大統領が実現することなどではありません。アメリカが別の國に生れ変わることがキング牧師の夢であり、要求であったのです。彼が暗殺される前年に行った、彼の遺言とも言える、『Where Do We Go from Here?』という講演を読んで下されば分かります。

藤永 茂 (2008年11月5日)


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