私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ガザに盲いて(Eyeless in Gaza)

2008-12-31 11:41:58 | 日記・エッセイ・コラム
 イスラエルの人々はガザで何が起こっているかをもう見ることが出来なくなってしまったのでしょうか?そうだとすれば、ナチ・ホロコースト以来、アウシュヴィッツ以来、彼らは本当には何を考え、何を自らと他に問い続けて来たのでしょうか。世界には百数十のホロコースト記念館があります。私もその幾つかを訪れました。それは、数百万人のユダヤ人の受難の無残さを胸に刻み、その霊を弔い、こういうことを二度と許してはならないと、おのがじし、心に誓うための場所であると、これまで考えて来ました。しかし、私は間違っていたのかもしれません。『ホロコーストを尊重して。(RESPECTING THE HOLOCAUST)』と題する論考の中でハワード・ジンも次のように書いています。:
■ To remember what happened to 6 million Jews, I said, served no important purpose unless it aroused indignation, anger, and action against all atrocities, anywhere in the world. ・・・・
If the Holocaust is to have any meaning, we must transfer our anger to today’s brutalities. We must respect the memory of the Jewish Holocaust by refusing to allow atrocities to take place now.■
 12月27日イスラエルはパレスチナのガザ地区の空爆を開始しました。今日(31日)までのパレスチナ人死者は約4百人(うち百人は女子供)、負傷者は2千人にのぼると見積もられています。イスラエルは、はじめ、ガザ地区のハマスがこの頃ロケット弾をイスラエル領地に打ち込んでくるから、ハマスを懲らしめるための攻撃だ、と発表しました。しかし、その時点でイスラエル側の死者はゼロだったのです。
 一般の日本人の殆どは、これまで、特にこの1年間に、イスラエルがガザ地区のパレスチナ住民に対してどんなにむごたらしいことをやり続けて来たかを知りません。マスコミが伝えないからです。この3日間のテレビや新聞の報道を見ても、イスラエル寄りの偏向のひどさが目につきます。どうしてこんな事になるのだろう、どんな具体的圧力がかかるのだろうか、と訝しく思わざるを得ません。
 しかし、私たちが想いをいたすべき問題はもっともっと大きいのだと考えます。ユダヤ人ホロコーストの問題は、戦後に生きた人間にとって、実に巨大な問題であったのです。人間性の奥底に達する問題なのです。ナチ・ホロコーストはナチズムの特異な犯罪ではなく、ドイツ人という人間集団の本来の邪悪さ、悪魔性の発現だと断定したハーヴァードの気鋭の学者の著書がベストセラーになり、その著者はドイツにも講演旅行に招かれたことがありました。トーマス・マンですら、ドイツ人の魂の中の本源的な悪がナチズムを生んだという想いと抱いたようでした。そうした良心の呵責に苦しんだ真摯なドイツ人たちは、イスラエルが ガザ地区のパレスチナ住民に加えている正視に耐えない残虐行為を、いったい、どんな気持で見守っているのでしょうか。

藤永 茂 (2008年12月31日)



ジンバブエのこと

2008-12-24 13:56:45 | 日記・エッセイ・コラム
 先週水曜日このブログの中止を宣言したばかりなのに、今日またぞろ筆を執るのは誠に面映いのですが、ジンバブエの内情についての、とても読み応えのある論考の存在に気が付きましたので、取り急ぎ、報告して一読をお勧めしたいと思います。
掲載雑誌:London Review of Books, 4 December 2008
タイトル:Lessons of Zimbabwe
著者名 :Mahmood Mamdani
著者はウガンダの出身で、アメリカのコロンビア大学の人類学、政治学、国際関係学の学部の教授です。論考の末尾には、ジンバブエについての学術文献案内もあります。LRBのホームページで無料で読めます。
 私は、これまでこのブログに、日本でアフリカ通と看做されている方々のおっしゃる事とは齟齬するジンバブエ論を書き付けてきました。上記のマムダーニさんの論考の一読をお勧めするのは、そこに書いてあることが、私の考え方を大筋で支持するからでは決してありません。私の素人判断が浅薄であったこともたっぷり知らされました。ただ、この論考を読めば、「ムガベという男はもともと悪逆非道の独裁者だったのだ」とか「結局のところ、アフリカの黒人は情けないほどとことん駄目な人間たちなのだ」とかいったバカバカしい短絡的な考え方がいかに間違っているかを悟ることが出来ると思ったからです。

藤永 茂 (2008年12月24日)



オバマは「教育」も変える気がない

2008-12-17 11:14:09 | 日記・エッセイ・コラム
 来年の1月20日に米国大統領に就任するバラク・オバマについて、私は初めからネガティブな意見を表明し、殆どの人々が称揚するこの人物を「大嘘つき」呼ばわりする失礼まで犯して来ましたが、これまでの新政府の主要人事を見ていると、私の恐れていたことが現実となる確率がますます大きくなっているように思われます。これではオバマが叫び続けた“Change we can believe in” は真っ赤な嘘で、もし彼が誠実正直な人であったならば、“Continuation we can believe in” とこそ人々に告げるべきであったのですが、そんなことを言ったら、確実にマケインに負けてしまったことでしょう。マケインが大統領になっていたにしても、何らかの形でフランクリン・ルーズベルトのニュー・ディール的な政策変換を強いられたでしょうから、この分はオバマが唱えた「チェンジ」とは受け取れません。だとすると、アメリカが否応無しに強いられる内外政策の路線変更を除いて、オバマ新大統領の下で、この閣僚の顔ぶれの下で、いったい何が「チェンジ」するのでしょうか?
 軍事政策、外交政策、金融経済政策、保健政策のどれをとっても、オバマ新大統領が選んだ顔ぶれでは、「変化」ではなく「継続」です。「続投」です。これらの重要政策の背後には、それぞれ、超強力なロビー的勢力があり、そのコントロールが切り崩される兆しはありません。それに重なるようにして、ブッシュの犯した戦術的な誤りを修正しさえすればアメリカの絶対的な覇権を奪還できるという浅薄な認識と希求が見え隠れしています。ただ、私としては、一つだけ微かな希望を持ちつづけていた政策分野がありました。それはオバマ新大統領の教育政策です。他の分野にくらべれば、この政策分野のロビー団体の勢力は弱く、したがって、バラク・オバマに改革の意志があるならば、「チェンジ」の希望の持てる人事が可能であると思われたからです。しかし、この微かな希望も、オバマのバスケットボール仲間アーン・ダンカンが教育大臣になるという昨日(12月16日)の人事発表で露と消えました。
 何故ダンカン氏ではアメリカの教育に「チェンジ」がもたらされないかを説明するためには、現在アメリカの初等中等教育を支配している『No Child Left Behind (NCLB) 』(一人も落ちこぼれを出さない)という大層ご立派な名前の法令のことから始めなければなりません。これは、ブッシュ大統領が就任式直後の2001年1月23日に米国国会に提案し、共和民主両党の賛成の下、2002年1月8日に大統領が署名してアメリカ合州国の法令となりました。ウィキペディアに示されている署名式の写真は、署名のペンを握るブッシュ大統領のそばに二人もの黒人の子供を立たせるという演出ぶりですが、ほぼ7年後の今、全米の貧民区の学校で「おちこぼれ」る生徒と教師が続出しているというのが偽らぬ実情です。新教育大臣アーン・ダンカンはシカゴでこのNCLB プログラムを熱心に推進している人物です。
 ダンカン氏もオバマ氏と同じハーヴァード出身ですが、アメリカの最高学府ハーヴァード大学を含めて、アメリカの教育システムは大きな問題を抱えています。論じてみたい気持は大いにありますが、「アメリカ」についての小著の執筆の負担のため、2006年2月15日から毎週水曜日に欠かさず書いて参りましたこのブログを、2009年2月中旬まで中断することに致しました。これまで、この拙いブログを読んで下さっていた方々に心から感謝いたします。

藤永 茂 (2008年12月17日)



“ストーリー”はもう沢山だ(4)

2008-12-10 07:54:55 | 日記・エッセイ・コラム
 前回のブログに「はぐれ雲」さんから、私にとって大変勉強になるコメントを頂きました。『多事争論とは何か』から学んだことで一番びっくりしたのは、藤原帰一東大教授のアメリカ観です。4分間の発言を私も聞いてみましたが、「はぐれ雲」さんが引用しておられる部分を以下に写します。:
■ 筑紫さんがアメリカの政府に厳しいことを番組でもおっしゃってこられたんですけれどもね、それが、反米という態度じゃないんですね。アメリカがおかしくなっているって事に筑紫さん本人が傷ついているんですよね。やはり進駐軍という形でアメリカがやってきて。それにあらたな希望を見いだした子供たちがいたわけで、その一人なんですよ、筑紫さんはね。アメリカの本来あるべきものがあるとすると、それから外れちゃったようなアメリカというものを、ほんとに悲しんでいらっしゃった。

 中略

 ブッシュ政権の8年間ってのはアメリカ人を傷つけたんですよ。アメリカが恥ずかしい存在であることにアメリカ人が堪えられなかった、そんな時代だったんですけど、ほとんどまるでアメリカ人のようにアメリカを悲しんでるってところが筑紫さんにはあったとおもいますね。長い長いトンネルがやっと終ろうとするときに筑紫さんが亡くなられたということでしょうかね。■
この驚くべき藤原発言に対して、「はぐれ雲」さんは次のようにコメントされています。:
* 占領軍を解放軍だと受け止めたのは当時の国民の大半だった。10歳の少年にとっては刷り込みのような体験かもしれなかったが、それはそれ、である。
 そして、占領軍を進駐軍と置き換えた(言葉の詐術)のはGHQ自身だが、独立後も、そして今も、特に政治学者たる藤原自身が安易に「進駐軍」とつかうのだとしたら、私としてはそのセンスを疑わざるを得ない。
 そしてまた、アメリカの本来あるべきものとは何か。草の根民主主義、というような世迷言か? ブッシュの8年間以外のアメリカはノープロブレムなのか? ベトナム戦争以降と限定するにせよ、とてもそうとはいえまい。返還前の沖縄での特派員時代以降ずっと沖縄にこだわってきた筑紫にとっても同様だろう。藤原のコメントには、呆れてものがいえない。*
 私も「はぐれ雲」さんと全く同感です。これは反米とか親米とかの問題ではありません。基本的な事実誤認です。ブッシュの8年間は、アメリカの本来あるべき姿からの逸脱ではなく、ブッシュの、また金融経済についていえば、グリーンスパンのひどい判断の誤りで、とんでもない事態になってしまって、アメリカの本来の姿が“なりふり構わぬ”形で露呈してしまったというのが我々の目の前にあるアメリカの現状です。
 藤原さんの「ブッシュ政権の8年間ってのはアメリカ人を傷つけたんですよ。アメリカが恥ずかしい存在であることにアメリカ人が堪えられなかった、そんな時代だったんです」という語り口にも驚かせられます。もしも、アメリカ人が本当に自分の國のやっていることを恥ずかしいと思う気があったとしたら、現ブッシュ政権になる前の10年間にも恥を知るべきであった事実が沢山あります。例えば、キューバです。このアメリカの「裏庭」にある小国をアメリカは長い長い間いため続けて現在に及んでいます。弱小国をいじめることこそアメリカという國の恥だと思いますが、それに上乗せして、アメリカがいじめ抜いて来たキューバの方が、アメリカより遥かに低い幼児死亡率を保っているという事実も「アメリカ人が恥ずかしくて堪えられなく」感じるべきなのではありますまいか。ブッシュの8年間の以前からブッシュの8年間を通して一貫して行われてきたアメリカの恥ずべき行為の、もう一つの恐るべき例は、ハイチという「西半球で最も貧しい国」といわれる小国に対するアメリカの残忍極まる支配です。ブッシュは、2004年に、民主的選挙によって樹立されたハイチ政府を転覆するという暴挙に出ましたが、これはブッシュの8年間以前のクリントン政権の対ハイチ政策の連続的な踏襲であります。もし些かの不連続性を探すとすれば、アメリカのメディアが事件の真相を無視するか、あるいは、見事に歪曲した点にありますが、それから4年後の今、アメリカ政治の専門的研究者であれば、事の真相を知らぬ存ぜぬでは済まされない状況になっています。
 建国以来、いや建国以前から、アメリカ人たちが自分の都合の良いように、延々と紡ぎつづけている“アメリカン・ストーリー”、それに個人的ストーリーを巧みに絡ませたオバマの選挙用の“グレート・アメリカン・ストーリー”のお集り、そろそろ、この辺でお開きに願いたいものです。

藤永 茂 (2008年12月10日)



“ストーリー”はもう沢山だ(3)

2008-12-03 07:44:38 | 日記・エッセイ・コラム
 2008年11月19日になって、米大統領選投票の数字的結果が確定し、発表されました。
  選挙人数     得票率
オバマ(民主) 365     53%
マケイン(共和) 173     46%
米国大統領選挙の総数538人の選挙人の制度(Electoral College)は間接選挙制度で米国の建国と憲法の共和国的基本精神を最も端的に表わしているのですが、これについて、いま詳しくは論じますまい。獲得選挙人の数で事が決着するわけで、上の結果を見ると、オバマはマケインに対して2倍以上の大差で圧勝したことになります。しかし、それぞれの大統領候補者に対する一般市民有権者の投票数で見ると、53%対46%と、かなり伯仲しています。つまり、獲得選挙人の数では市民の直接の意向が反映されないということです。もっと踏み込んだ投票解析によると、白人だけの投票数では、オバマは44%~45%、マケインは55%と、マケインが勝ったとされています。実に興味深い結果ですが、今日のところはこの話題もお預けにしましょう。今日、私が取り上げたいのは、53+46=99、つまり、残りの1%の票は誰に投じられたか、ということです。これは、他の三組の大統領候補に投じられた票数です。リバターリアン党からの候補者には興味がありませんが、長い選挙戦を通じて、Ralph Nader / Matt Gonzalez (無所属)、Cynthia McKinney / Rosa Clemente (グリーン党)の4人の発言から、私は実に多くのことを学び、アメリカについての希望を見出しました。バラク・オバマについての私の見解もこの人たちの具体的な(つまり、ストーリー合戦でない)オバマの政策批判に多くを負っています。
 日本人だけではなく、世界の多くの人々が、アメリカは民主、共和の二大政党の対立に基づく健全で堂々たる民主主義国家だと思っていますが、本質的に言って、アメリカは一党政治の国家であり、アメリカの政治家は Republocrats と呼ぶにふさわしい人々です。何とはなしに、共和党は保守、民主党は進歩、などと考えている人たちは、是非アメリカ合州国の歴史をひもといて御覧になることをおすすめします。「吉凶は糾える縄のごとし」というのを少しもじって「アメリカの共和民主は糾える縄のごとし」というのは如何でしょう。アメリカの歴史的変転をたどって受ける印象をよく表わしていると、私は、思うのですが。そして、共和制的なアメリカ民主主義を性格づける一本の縄は、間接民主主義政治理念を体現しているのであって、直接民主主義ではありません。アメリカ合州国は、建国以来、一貫してエリート層による管理形態を維持し続けている民主主義国家であります。
 ラルフ・ネーダー、若い方々はご存じありますまいが、1960年代で自動車に関心を持った人間なら、世界の何処でも、ラルフ・ネーダーの“ストーリー”を知らない者はなかったほど有名な人物でした。ストーリーといえば、グリーン党(黒人政党ではありません)から立候補したシンシア・マキニーとローザ・クレメンテは両名とも黒人女性、二人とも、それぞれに素晴らしいライフ・ストーリーの持ち主です。私個人としては、この二人の生き様のほうが、世界中に売り込まれた半黒人バラク・オバマの感激物語よりも、もっと心を動かされます。米国国会でのマキニーさんの行動については、以前のブログ(2008年7月30日と8月6日)で取り上げたので、下に転載します。:
■ ジンバブエに対する経済制裁金融封鎖立法S.494は上院議員フリスト、ヘルムズ、クリントンなどによって提案され、上院では満場一致、下院でも圧倒的多数で可決されましたが、下院(国会)の黒人女性議員Cynthia McKinneyは堂々たる反対弁論を展開しました。その内容は次回に紹介します。日本のマスコミにはオバマとマケインの名は登場しても、マキニーとネーダーの名はとんと見当たりません。しかし、この二人も歴としたアメリカ大統領立候補者です。オバマやマケインよりも、マキニーかネーダーが当選する日が来れば、アメリカが本当に素晴らしく生まれ変わることになりましょう。『ジンバブエをどう考えるか(2)』(2008年7月30日)■
■  この11月のアメリカ大統領選挙にグリーン党からシンシア・マキニーという生きのいい黒人女性が立候補しています。前回で取り上げたS.494[The Zimbabwe Democracy and Economy Recovery Act.(ジンバブエの民主主義と経済を回復する法律)]がアメリカ議会で審議された時、マキニーは敢然と反対を唱え、声高に賛意を表明する大多数の議員に、「今問題になっているジンバブエの土地を問題の人たちがどのようにして手に入れたか、誰か説明してくれませんか?(Can anyone explain how the people in question who are now have the land in question in Zimbabwe got title to the land?)」と挑戦しました。「問題の人たち」とはジンバブエの農地の80%を所有する全人口の僅か2%の白人たちのことです。勿論、満場寂として声なく、あえて彼女の問いに答えようとする議員は一人もありませんでした。そこで彼女は自ら解答を与えます。:
■ Those who knew did not admit the truth and those who didn’t know should have known ? that the land was stolen from the indigenous peoples through the British South Africa Company and any ‘titles’ to it were illegal and invalid.(その土地はイギリス南アフリカ会社(BSAC)を通じて先住民たちから盗み取ったものであり、したがって、その土地のいかなる‘所有権’も不法で無効なものであるという真実、この真実を知っていた人々はそれを認めようとしなかったが、知らなかった人は前もって知っておくべきであったのです。)■ 『ジンバブエをどう考えるか(3)』(2008年8月6日)■
 上の7月30日ブログからの引用に、この独立国内政干渉の意図が極めて明らかな米国国会立法 S.494 が上院では満場一致で可決されたことに注目して下さい。この時、オバマはまだ上院議員にはなっていませんでしたが、次期国務長官就任の声の高いヒラリー・クリントンはこの立法の提案者であり、次期副大統領ジョー・バイデンも積極的賛成を表明しました。大統領の座を争ったオバマもマケインも、アメリカの帝国主義的外交政策を継続する立場を表明していましたが、ネーダーとマキニーははっきりと外国に対する武力行使反対を表明していました。この視点から今回のアメリカ大統領選挙の投票内容を分析すると、アメリカ人有権者の99%は帝国主義的政策支持、僅か1%が帝国主義的政策反対の投票をしたと読むことが可能です。
 カナダには、自由、進歩保守、社会民主、ケベック、の主要な4つの政党があって、総選挙のときなどは四人の党首が壇上に並んで盛んに論戦を行います。そうそう、アメリカでも、共和、民主の各党の大統領候補指名戦でも、同じようなシーンが見られました。今回のアメリカ大統領選挙戦では、オバマとマケインの論戦はテレビで世界中に流されましたが、ネーダーやマキニーを含めたテレビ論戦は遂に実現しませんでした。マスメディアを握っているアメリカ支配層がそれを拒否したのですが、オバマもそれに従いました。その理由は見え見えです。米国会上院でのオバマとバイデンの現在にいたるまでの数々の重要法案の賛否投票記録について、ネーダーとマキニーから、「イエスかノー」の返答を論戦壇上で求められたら、オバマは目も当てられない窮地に追い込まれたこと必定でしたから。
 オバマ新政権の中枢人事の全貌が見えて来ました。上の文章は11月中に書いたものですが、12月2日(火)になって、これまで噂されていた、ヒラリー・クリントンの国務長官就任と現ブッシュ共和党政権の国防長官ゲイツが新オバマ民主党政権下でも続投することが決定しました。これで新政権の重要人事が出そろったわけですが、一体、オバマの「チェンジ!」はどこに行ってしまったのでしょうか!?
 私はずっと以前からバラク・オバマという物凄く頭の切れる雄弁な政治家を映画「エルマー・ガントリー」の偽宣教師大詐欺師の主人公になぞらえてきました。それは、少し、はしたない振る舞いでしたが、私の当初からの偽らぬ直感でありました。ところが、オバマの選挙戦中の約束とはまるで裏腹の新政権人事を評して、ラルフ・ネーダーが次のような発言をしました。:
■ The signs are amassing that Barak Obama put a political con job over on the American people. (バラク・オバマがアメリカ国民をまんまと政治的信用詐欺にかけたという証拠はどんどん積み上がっている。)■
con job または con game の con は confidence の略、con job は(信用)詐欺、人の信用につけ込んで詐欺行為を行うことを意味します。ラルフ・ネーダーは、選挙戦の始めから、アメリカ人はバラク・オバマの口車に乗ってはいけないと叫び続けていたのですが、次期大統領決定後わずか1ヶ月で、ラルフ・ネーダーの予言通りの新政権の性格が我々の目の前に姿を現しました。The AUDACITY of HOPE 以来、オバマは、自分が大統領になったら、ワシントンに乗り込んで、その古い政治的状況を一新すると大見得を切っていたわけですが、ラルフ・ネーダーは、政治家バラク・オバマのこれまでの政治的経歴の分析に基づいて、そんな革新(チェンジ!)をすることは絶対にないと警鐘を鳴らしていたのです。けれども、オバマのストーリーに感激して、すっかりのぼせ上がってしまったオバママニアのアメリカ国民はラルフ・ネーダーの警告に聞く耳をもたず、また、マスメディアも意図的にネーダーやマキニーの声をもみ消すように動いたのでした。ですから、私があやふやな勘でアメリカ次期大統領を詐欺漢呼ばわりするのと、ラルフ・ネーダーが「オバマはアメリカ国民に詐欺を働いた」というのでは、次元の違いがあります。これからのバラク・オバマのアメリカを正しく占うためにも、是非、ネーダーやマキニーのような信頼に値する“荒野の声”に耳を傾けて下さい。

藤永 茂 (2008年12月3日)