私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

もう二度と幼い命は尊いと言うな

2013-08-30 13:50:39 | 日記・エッセイ・コラム
 8月21日、シリアの首都ダマスカスの近くの反政府軍の支配地区に対してロケットによる化学兵器(毒ガス)攻撃が行なわれ、多数の一般市民が殺されました。死者数は初め約1300人と発表され、現在では数百人とされています。宣伝用に動画を含むおびただしい数の映像が流されました。シリア情勢に関心のある人ならば、必ずその幾つかをご覧になったでしょう。今度アメリカが始める戦争はYouTubeの映像から立ち上げられた史上初の戦争として記録されるだろうという声もあり、映像が示されているサイトは無数にあります。ワシントン・ポストの8月23日付けの記事もその一つです。

http://www.washingtonpost.com/world/national-security/in-syria-chemical-attack-allegations-us-and-allies-push-for-immediate-probe/2013/08/22/00f76f2a-0b6f-11e3-8974-f97ab3b3c677_story.html?wpisrc=nl_headlines

そのフォト・ギャラリーには、白布に包まれた幼い子供たちの死体が魚河岸の魚のように並べられた写真があります。他の写真の多くも子供の犠牲者の様子を撮ったものです。ご覧になって下さい。
 この毒ガス使用がアサド政府の行為とは到底考えられない理由と具体的根拠はいくつもあります。第一、前回(3月、アレッポ近郊)の毒ガス使用事件の真相解明のため国連調査団がダマスカスに到着したその8月21日に、わざわざ新しく政府側がダマスカス近郊で毒ガスを大々的に使用して多数の子供たちを殺傷するとは全く考えられません。同じ8月21日、ダマスカス近郊で政府軍と共に戦っていたレバノンのヒズボラ派兵士三人が毒ガスにやられたことがベイルートから報じられています。アサド政府が、化学兵器を使用していないことを国連の調査を通じて立証し、米欧の直接軍事介入を何としても避けたいと思っている時に、毒ガスを使用するわけがありません。
 しかし、今回の毒ガス使用が米欧の直接軍事介入の口実として行なわれたと私が確信する理由は、別のところにあります。それは、今日までの歴史的推移とオバマ大統領をはじめ、ケリー、スーザン・ライス、サマンサ・パワーなどの米政府高官、それに米政府の報道官たちの化学兵器使用に関する発言の“語り口”です。“語り口”など最も脆弱な状況証拠に過ぎないと言わないで下さい。長く生きていると、嘘を吐いている顔は大抵の場合分かるものです。稀代のコンマン、バラク・オバマのポーカーフェイスもちゃんと読めます。嘘つきの顔を読む練習をしたければ、手始めとして、事件直後の8月22日の米国務省報道官サキの顔をよく見て下さい。「反政府側には化学兵器を使うだけの能力が無い」と言い切る彼女の顔を。

http://rt.com/news/syria-chemical-attack-cooperation-841/

また、歴史的事実とは、外交評論誌FP(Foreign Policy)の8月26日付けの記事『Exclusive: CIA Files Prove America Helped Saddam as He Gassed Iran (特ダネ:CIA ファイルはサダム・フセインがイランを毒ガス攻撃した時アメリカが彼を助けたことを証明)』を指しています。この雑誌にこの記事、ちょっと意外な感じですが、裏を返せば記事内容の信憑性の保証でもあります。:

http://www.foreignpolicy.com/articles/2013/08/25/secret_cia_files_prove_america_helped_saddam_as_he_gassed_iran

歴史的に見て、化学兵器あるいはそれに類似する効果を発揮する兵器を使用することにかけては、米国の右に出る国はありません。化学兵器や生物兵器が嫌悪され、国際法で使用禁止となっているのは、それらが老若男女を問わず、人間を残忍無惨に殺傷するからで、二つを合わせて貧者の核兵器と呼ばれることもあります。米国は富者として本物の核兵器を使用した唯一の国であり、またAgent Orange や劣化ウラン弾を最も多量に使用してきた国でもあります。サリンを使って自国民を殺すアサド政権からシリアの老若男女を保護するために武力行使もやむを得ないというアメリカの大嘘を、地獄の閻魔大王はどんな顔をして聞いていることでしょう。
 今回の化学兵器使用に就いて、上のFP掲載の記事にあたる「シリアの毒ガスは、実はCIA(あるいはイスラエル)が用意した」という暴露記事が出るのはいつのことでしょうか。10年後? 20年後? 間もなく降り注ぐ米欧軍のミサイルの雨に打たれて死んで行くシリアの老若男女にとって、それこそ後の祭りというものです。
 しかし、私の心に最も重くのしかかって来るのは、虚々実々の政治的暗闘への嫌悪感ではありません。今度の毒ガス使用のむごたらしい映像を見つめながら、心の底に重く重く沈殿してくるのは、この宣伝映像が幼き者たちの苦悶と死に重点を置いて編集されているという事実に対する怒りです。こうした映像を利用する政治的意図こそ、痛々しい幼き者たちの魂に対するこの上ない冒涜であります。つい二三日前のこと、あるテレビニュースでアメリカの慈善団体がシリア難民キャンプで子供たちのために学校バスを運営していることが報じられていました。文字通りの“スクールバス”で、内部の各座席に一台のパソコンが付いていて、子供たちは嬉々としてお勉強に励んでいました。What is this! と私は叫んでしまいました。なんと不必要に贅沢な学校、ここに明白にディスプレーされているのは米欧の毒々しい偽善の醜悪さであって、幼きものたちに対する愛情とは何の関係もないどころか、彼らの喜ぶイメージを自己宣伝に利用する許し難い背信行為です。もしこんなことをする金があるのなら、例えば、ハイチの子供たちにせめて安全な水道の水を飲ませてやって欲しい。川の泥水を飲んでコレラに罹って死なないように。私の脳裏には、またしても、例のマドレーン・オルブライトの発言が浮かびます。以前にもこのブログで取り上げたことがありますが、今日はウィキペディアから少し引用します。:
■1996年、60 Minutesに出演して、レスリー・ストールから対イラク経済制裁について“これまでに50万人の子どもが死んだと聞いている、ヒロシマより多いと言われる。犠牲を払う価値がある行為なのか?”と問われた際「大変難しい選択だと私は思いますが、でも、その代償、思うに、それだけの値打ちはあるのです」(“I think that is a very hard choice, but the price, we think, the price is worth it. ”)と答えた。なお、オルブライトのこの発言を腹に据え兼ねた国連の経済制裁担当要員3名(デニス・ハリデイ、ハンス・フォン・スポネック、ジュッタ・バーガート)が辞任。このうちハリデイは「私はこれまで(対イラク経済制裁について)“ジェノサイド”という言葉を使ってきた。何故なら、これはイラクの人々を殺戮することを意識的に目指した政策だからだ。私にはこれ以外の見方が出来ないのだ」とコメントを残している。■
そうなのです。幼い子供たちの苦しみを政治宣伝の具に供する狡猾さこそあれ、幼い命の尊重などは、米欧の支配権力にとって、極めて低いプライオリティしか与えられていません。彼らのプライオリティの真の序列を見据えることが我々にとって喫緊の要事です。

藤永 茂 (2013年8月30日)


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R2P (Responsibility to Protect 保護する責任)

2013-08-22 10:50:49 | 日記・エッセイ・コラム
 前回に予告しました、John Pilgerの最近の論考:『Mandela’s Greatness May Be Assured -- But Not His Legacy』:
http://www.zcommunications.org/mandela-s-greatness-may-be-assured-but-not-his-legacy-by-john-pilger
の翻訳を準備中ですが、最近、桜井元さん、海坊主さんから貴重なコメントをいただき、また、「マスコミに載らない海外記事」の『アメリカの“暗殺部隊大使”エジプトに到着、そして大量殺戮開始』という注目すべき記事へのトラックバックを頂戴しました。南アフリカで本当には何が起っていたかについての我々(正確に言えば私)の認識の甘さは情けない限りですが、その甘さが実は外部からの言論操作によって我々に押しつけられているという屈辱的な一般状況があります。エジプトの情勢にしても、報道記事も解説記事も混乱していて、どのように受け取ったら良いのか判断に迷いますが、しかし、動かない事実が幾つか存在します。我々は、まず、それらの明白な事実を確認することから始めるべきでしょう。
 いわゆる国際社会ではR2Pという忌まわしい略語が横行闊歩しています。ウィキペディアの解説の冒頭を少し引用します。:

■ 保護する責任(ほごするせきにん、英: Responsibility to Protect)は、自国民の保護という国家の基本的な義務を果たす能力のない、あるいは果たす意志のない国家に対し、国際社会全体が当該国家の保護を受けるはずの人々について「保護する責任」を負うという新しい概念である。略称はR2P又はRtoP。
従来の人道的干渉の概念に対する先入観を払拭し、新たに軍事的・非軍事的干渉の法的・倫理的根拠を模索することを目的に、2000年9月にカナダ政府によって設置された干渉と国家主権に関する国際委員会(ICISS)が作成した報告書に基づいて定義された。その基本原則について、2005年9月の国連首脳会合成果文書において認められ、2006年4月の国連安保理決議1674号において再確認された。■

これに続いて「基本理念」として、次の三点が挙げられています。:

■ ○国家主権は人々を保護する責任を伴う。
 ○国家が保護する責任を果たせない場合は国際社会がその責任を務める。
 ○国際社会の保護する責任は不干渉原則に優先する。■

このR2Pの概念は、国連が公正な世界政府的機能を果たせる条件が存在する場合には一定の意義を持ちうるでしょうが、国連がほぼ完全に米国によって牛耳られている現在、世界の独立主権国家に対する米国による内政干渉の極めて狡猾なカバーを与える有害無益の言葉に過ぎません。米国によって代表される世界支配権力にとって、R2P は世界の一般大衆を欺瞞する飛び切り有効な標語であります。いまオバマ大統領の下で要職を占める二人の女性、スーザン・ライスとサマンサ・パワー、はこの欺瞞概念の推進にとりわけ大きく貢献し、現国連事務総長潘基文はその実施の先頭に立つ走狗の代表です。
 上述した通り、エジプトの情勢については、具体的事実の報道とその解釈(論説)をどこまで信じてよいのか、判断に迷いますが、迷いようのない冷厳たる事実があります。それは米国がエジプトの現政権にR2Pを適用しようとしないという事実です。エジプト軍部によって樹立された現政権は、これまで既に千人をこえる自国民を殺戮したのですから、R2Pを高唱して、独立国家リビアを残酷非情に壊滅させ、続いてシリアに襲いかかった国連(米国)は、エジプト軍とそれが擁立したエジプト政府に対して、直ちに軍事的攻撃に踏み切らなければ、彼らとしての話の筋が全く通りません。
 リビアの場合、2011年2月15日、拘留されていた人権活動家弁護士の釈放を要求するデモがベンガジで起こり、2月20日のロイター通信は次のように報道しています。:

■ [トリポリ 20日 ロイター] 反政府デモが続くリビア第2の都市ベンガジで19日、治安部隊がデモ隊に発砲し、目撃者によると、数十人が死亡した。こうした混乱を受け、同国のイスラム教指導者らが、治安部隊に殺害を中止するよう訴える声明を発表した。
 中東の衛星テレビ局アルジャジーラは先に、葬儀に参列していた市民らを治安部隊が銃撃し、少なくとも15人が死亡したと報道。人権団体は、反政府デモによる死者が過去3日で84人に上るとしていたが、20日付の英インデペンデント紙は、死者が200人に上る可能性があると伝えている。■

その後の米欧側の動きは驚くほど迅速で、2月27日にはカダフィ政権打倒を掲げる暫定政権が設立され、国連安全保障理事会はカダフィ政権に対する制裁決議を採択し、オバマ大統領はカダフィが自国民を殺傷していることを非難する声明を発して米国単独で金融的制裁措置を発動、そして翌月の3月15日には軍事介入を決断し、17日には国連に空爆の承認を求める決議を提出して賛成を得ます。こうして出撃回数1万回におよぶNATO空軍のリビア猛爆が開始されたのでした。人権活動家弁護士の釈放を要求するデモからほんの1ヶ月、何という水際だった迅速さでしょう。この手際のよさは尋常ではありません。
 カダフィ政府軍がどれだけの人数の非暴力的デモ参加者を殺害したかは、いまでは確かめる術もありませんが、おそらくエジプトの今回の死者より一桁少なく、数字的には、南アフリカ共和国のマリカーナ鉱山のスト労働者の死者数と同程度であったと推測されます。しかし、R2Pの原則が適用されるかどうかは、問題の独立国家の政権が殺戮する自国民の数などとは何の関係がないのです。自国民の殺戮を行なう政府が米欧とイスラエルのお気に召さなければ直ちにR2Pの発動、お気に召す場合は、頬冠りという簡単極まりないルールです。
 毎年13億ドルほどの軍事援助を米国から受けているエジプト軍は重戦車だけでも一千台貯め込んでいるそうです。その支払い相手は米国の武器製造会社ですから、何の事はない、お金は米国政府から出て米国国内の該当会社の口座に入ります。アメリカの土地を離れる必要はないのです。今度の場合、死者千人とはいささかの勇み足、というわけで、見せかけの罰として、予定されていた米国軍とエジプト軍の合同演習は取りやめになりました。それだけです。米国に代わって手を血で汚してくれているエジプト軍にこそ、米国はR2Pを感じていることでしょう。
 (2013年7月16日)付けのブログに書いた通り、オバマ政権はエジプト軍にやらせたことを“クー”とは呼べないのですが、エジプトの現政権がクーデターの結果の軍事政権であることは明らかです。そのエジプト軍事政権は収監中の前独裁者ムバラクを間もなく自由の身にすることでしょう。ムバラク前大統領は、2011年2月、いわゆる「アラブの春」のデモ運動によって大統領の席を追われて収監され、2012年1月に死刑が求刑され、裁判の結果、終身刑が言い渡されましたが、本年2013年1月にはエジプトの最高裁は終身刑の判決を覆して、裁判のやり直しを命じました。今度の軍事政権の下で、ムバラク前大統領は無罪放免ということになるでしょう。
 こうなると「アラブの春」という名の“民主化”運動とはいったい何であったのかを、根本的に問い直すことこそが、我々にとっての喫緊にして最重要の課題であると考えられます。R2Pという麗々しい標語の欺瞞の厚い皮を剥ぎ取れば、少なくとも私には、南アフリカ、ブラジル、エジプト、ハイチ、更には、ルワンダの問題までもが一括して透視できるように思われます。

藤永 茂 (2013年8月22日)


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シリア、ブラジル、エクアドル、キューバ(3)

2013-08-09 16:46:24 | 日記・エッセイ・コラム
 この約一ヶ月の間に色々な事が起りました。7月26日から10日ほどはプロバイダー(OCN)がダウンして、メールの受信発信もこのブログに書き込むことも出来なくなりました。OCNの不具合はこの夏二度目なので少し妙な感じがします。
 BRICSの略号で広く知られている国家群があります。ブラジル、ロシア、インド、チャイナ、サウス・アフリカ。これまで私はよく考えもせずに、BRICSが米国(とイスラエル、ヨーロッパ)の一極的世界制覇に、やがては、歯止めをかける役をはたせる新興国家群と受け取ってきましたが、どうやら浅薄な見方であったようです。そして、私の開眼は、一年前のマリカーナ大虐殺の時であるべきであったと今は思っています。
 2012年8月16日、南アフリカのヨハネスブルグの北西に位置するマリカーナの英国資本プラチナ鉱山(世界第三位)で労働者のストライキが発生し、その制圧に警官隊が発砲して約40人が射殺され、約80人が負傷、約200人が逮捕されました。死者の多くは背中に銃弾を受けていたそうです。動画もあります。Marikana Massacre と呼ばれています。南アフリカの黒人市民大量虐殺事件といえば、シャープビル虐殺事件(Sharpeville Massacre)が有名です。1960年3月21日、時の政府のアパルトヘイト政策の廃止を求めてデモを起した数千人の黒人群衆に向かって警官隊が容赦なく発砲し、70人の死者、200人の負傷者が出ました。これは南アフリカの歴史的転換点となった事件です。日本語ウィキペディアの記事の一部を引用します。:
■南アフリカは1960年代から1980年代にかけて強固なアパルトヘイト政策を敷いた。他方、国内では人種平等を求める黒人系のアフリカ民族会議 (ANC) による民族解放運動が進み、ゲリラ戦が行われた。1960年のシャープビル虐殺事件をきっかけに、1961年にはイギリスから人種主義政策に対する非難を受けたため、英連邦から脱退し、立憲君主制に代えて共和制を採用して新たに国名を南アフリカ共和国と定めた。一方で日本人は白人ではないにも関わらず白人であるかのように扱われる名誉白人として認められ、日本は南アフリカ政府や南アフリカ企業と深い繋がりを持つことになった。■
この二つの民衆大虐殺事件、シャープビル大虐殺(1960年)とマリカーナ大虐殺(2012年)、を隔てる半世紀の間に南アフリカは劇的な変貌を遂げます。この変貌の象徴的人物はネルソン・マンデラその人です。反アパルトヘイト闘争の指導者マンデラは1964年国家反逆罪で終身刑に処され、悪名高いロベン島監獄に投じられますが、1990年に釈放されました。1994年4月には、南ア史上初の全人種参加選挙が実施され、マンデラ率いるANCが勝利して、彼は大統領に就任します。ここで軽率な英語を使えば、“The rest is history”、ネルソン・マンデラという稀有の黒人英雄の力で、長年続いて来たアパルトヘイト政策が破砕され、目出たし目出たしのお話、これが私を含めて世界中の“お目出度い人々”の頭の中に植え付けられた人種平等の国南アフリカの物語、ネルソン・マンデラ物語であります。
 しかし、昨年8月に起きたマリカーナ大虐殺は、我々お目出度い人間たちの南アフリカ認識がどこかで根本的に誤っていることを明らかに示しました。50年を隔てて、又々、同じことが起こってしまったからです。私たちの認識の誤りを最も端的に言ってしまえば、「アパルトヘイトは死んでなんかいない。健在だ」ということです。そして、おそらく更に重大な問題は「我々の多くは、マスコミにすっかりやられっぱなしの、情けないほどの愚民だ」ということです。私もネルソン・マンデラの自伝をむさぼり読み、ぞっこん惚れ込んで、彼こそ20世紀最高の偉人だと考えたものでした。ネルソン・マンデラが歴史に残る偉大な人物であることは否定の余地がありません。しかし、彼が現実にしたこと、させられたこと、は冷静に見つめ直す必要があります。マンデラその人と「マンデラ現象」は、或る意味で、別途に考えるべきことであります。
 幸いなことに世に賢人は存在します。サッカー王国のブラジルの若者を含む民衆がFIFAのサッカー大会開催に関する政府出費の過大さに批判の声を上げたことに驚いて、私は2010年のFIFAワールドカップが南アフリカで開催された時のいわゆる治安問題の本質についても再検討の必要を感じました。これがブラジルから南アフリカに関心を移したきっかけだったのですが、そのお蔭で、John Pilger が1998年に制作したドキュメンタリー映画(51:13分)『Apartheid Did Not Die』を見ることになり、現在の南アフリカ共和国の実像を初めて正しく把握する足掛かりを与えられました。

http://johnpilger.com/videos/apartheid-did-not-die

このドキュメンタリー映画のことは、John Pilgerの最近の論考:『Mandela’s Greatness May Be Assured -- But Not His Legacy』で知りました。

http://www.zcommunications.org/mandela-s-greatness-may-be-assured-but-not-his-legacy-by-john-pilger

上の映画とこの論考は我々の俗流南アフリカ観の誤りを見事に正してくれ、それと同時に、BRICSの S(南アフリカ)とB(ブラジル)との深刻な類似点にも気付かせてくれました。こうした事を次回に書いてみたいと思います。このブログの一ヶ月ほどの沈黙期間に、他にも私にとって大きな意味を持った事件が幾つも起りました。エドワード・スノーデンの亡命先の可能性を疑われたエクアドル、ボリビア、ベネズエラに対する国際慣行を全く無視するオバマの脅迫行為はその一つ、また、最近注文入手したSalim Lamrani 著の『THE ECONOMIC WAR AGAINST CUBA』(MONTHLY REVIEW PRESS)を読んで知り得た米国のキューバに対する1960年以来絶えたことのない残酷無比の経済制裁の実体もその一つです。さらに、これは南アフリカの現代史と密接に関連しますが、7月末日に行なわれたジンバブエの大統領選挙で国民を地獄の苦しみに突き落とし続けて来た筈の凶悪独裁者ムガベが圧勝したというニュースも注目に値しますし、コンゴ東部の“反乱軍”M23 の正体が遂に白日の下に曝されたことも見逃し出来ません。M23はコンゴ軍内部で待遇改善を要求した反乱兵士集団と説明されて来ましたが、その正体は、私が始めから見当をつけていた通り、ルワンダのカガメ大統領のツチ人傭兵隊であったのです。こうした事柄についても、日を追って説明したいと考えています。
 もう一つ、驚くべきニュースがあります。あのラテン音楽の王国キューバで、クラシック音楽もまた隆盛を極めているというのです。キューバの国内事情に詳しい人々は、何故この素晴らしいニュースを披露してくれなかったのか?今回の情報源が信頼のおけるものであるだけに、まことに残念です。

藤永 茂 (2013年8月9日、長崎原爆の日)

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