私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

サンカラ革命とブルキナファソ(1)

2014-11-26 14:27:22 | 日記・エッセイ・コラム
ブルキナファソはアフリカ西部の内陸国で人口1750万、ブルキナは「高潔な人」、ファソは「祖国」を意味するのだそうです。南はコートジボワールに接しています。去る10月30日、百万人とも言われる大群衆(多くが若者たち)がデモに繰り出して、コンパオレ大統領の即時辞職を要求し、国会議事堂に侵入して火を放ち、議会の進行を止めました。そこでは、過去27年間、独裁的権力の座にあるコンパオレの任期をさらにもう一期延長する決議がなされる予定でした。コンパオレは辞任を拒否しましたが、それが避けられないと判断した軍部はトラオレ将軍が大統領の代役を務めることを発表して、コンパオレは、31日夕刻、隣国のコートジボワールに脱出しました。しかし、翌11月1日には早くもトラオレは失脚し、代わってコンパオレ大統領の親衛隊の指揮官ジダ中佐が政府最高責任者となりました。ブルキナファソ空前の大デモを組織した指導者たちは、この軍部の動きに反対して、飽くまで民政の実現を要求し、若者を中心とするデモ隊は首都の国営テレビ局に侵入を企て、若者一人が射殺されました。軍部は暴力的デモが続いて国内が無秩序になることをおそれ、デモの指導者の一人サランセメを力づくでテレビ局内に連れ込み、彼女を懐柔して軍とデモ隊との偽りの協調を演出しようと試みたとも報じられました。
 11月3日にはジダ中佐は「軍は国家権力の掌握は求めていない。しかし、秩序の混乱は全力で阻止する」と声明し、やがて軍政から民政の移行を約束するが、その移行のプロセスについては、軍が主導する方針を明らかにしました。これに対して、デモを行った大衆側は、11月10日、ジダ中佐の実権掌握にも強く反発して、来年2015年の11月までの1年間以内に一般総選挙を実施することを要求しました。結局、国外からの調停もあって、11月17日には、コンパオレ政府の前外務大臣でブルキナファソの国連代表も務めたミシェル・カファンドが、軍政から民政への移行期間の臨時大統領に選ばれました。
 こうして、27年間米欧の意向に沿ってブルキナファソを支配してきたコンパオレ大統領を国外に追放し、その後を継いで軍政を続けようとしたジダ中佐も一応退けた形で、軍政から民政への移行の筋道がついたように見えますが、幾つかの深刻な事情を抱えていて、ブルキナファソの前途は予断を許さず、多難が予期されます。その根本的な理由は、コンパオレもジダも、アメリカ合州国内で特訓を受けた、言うなれば、ペンタゴンの子飼いの犬だということです。今後、CIA的な謀略で、なし崩しに一般大衆の反抗エネルギーが弱められて、コンパオレがコートジボワールから帰還して、またまた大統領の座に返り咲くことさえ起こりかねません。ホンジュラスやハイチで米国がやったことを思い出してください。
 とりわけ、コンパオレはひどい男です。1983年、アッパーヴォルタと呼ばれていた当時のブルキナファソで、トマ・サンカラがクーデターで政権を奪取し、いわゆるサンカラ革命を開始して、実に目覚しい成果を収めるのですが、僅か4年後の1987年、サンカラの刎頚の友であった筈のブーレーズ・コンパオレは、フランスとアメリカの意を体して、その友を裏切り、暗殺して自ら権力の座に着き、その後27年間ブルキナファソを独裁的に支配してきました。
 米欧のマスメディア、したがって、日本のマスメディアも報じませんでしたが、10月3日のコンパオレ追放の巨大デモに参加した多くの若者たち(サンカラの死後に生まれた)がサンカラにちなんだ柄のT-シャツを着ていたそうです。これは軽い事実ではありません。今度のブルキナファソでの政変が、アフリカについてだけではなく、世界史的な意義を担う可能性を示唆しているからです。真正な意味での「アフリカの春」の到来を意味しているかも知れないからです。

藤永 茂 (2014年11月26日)
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アルンダティ・ロイ

2014-11-19 21:14:11 | 日記・エッセイ・コラム
 遠くに住む親しい人から「読んでなければ是非」というコメントだけ付けて、二冊の本が送られてきました。著者はインド人女性作家アルンダティ・ロイ(Arundhati Roy):
(1) WALKING WITH THE COMRADES (2011, Penguin Book USA, 2012)
(2) CAPITALISM A GHOST STORY (Haymarket Books, 2014)
これまで一般のマスメディアが与えるインドのイメージしか持ち合わせていなかった私にとって、これは正に衝撃的な読書経験でした。英語で言えば、I am devastated となりましょうか、二重三重の意味で。まず、インドという国、インド人と呼ばれる人々についての私自身の絶望的なほど無知と謬見、次に、インド中央部の大森林地帯で進行している戦闘行為の極端な残酷さとそれを生み出している人間の巨大な欲望システムの認識、更に、これまで500年間世界を制圧支配してきた欧米の帝国主義的勢力に代わるべき新興勢力の一部としてのインド自体が過去と同じ欲望システムの下に作動しているという事実が与える何ともやりきれなく暗い未来の予感が重なります。
 この二冊の本から私が受けた衝撃とアルンダティ・ロイという稀有の作家の存在が与える感銘を、筋を立てて語る余裕を今の私はまだ持ち合わせていません。アルンダティ・ロイの名と容貌は知っていましたが、本格的に読んだことはありませんでした。日本では岩波書店を中心に既に広く紹介されているようですが、私のように無知の状態にある人々も多いのではないかと考え、そうした方々に「ぜひアルンダティ・ロイをお読みなさい」と、兎にも角にもお薦めしたく思います。
 単行本(1)の翻訳は『ゲリラと森を行く』(粟飯原 文子 訳、以文社、2013/5/23)。単行本(2)の第1章は、本橋哲也訳編のアルンダティ・ロイ『民主主義のあとに生き残るものは』(岩波書店、2012/8/30)の中で「III 資本主義-ある幽霊の話」として訳出されています。単行本(2)には、この他にも読み応えのあるエッセーの数々が含まれています。一方、岩波書店出版の『民主主義のあとに生き残るものは』にも、「II 民主主義のあとに生き残るものは(Is There Life After Democracy?)」と「V インタヴュー 運動、世界、言語」という必見すべき読み物があります。
 アルンダティ・ロイは、民主主義のあとに何が生き残るか、あるいは、何が生き残るべきだと考えているのでしょうか? その答えの中核は岩波本のp41にあります。:
「ここインドでは、すさまじい暴力と貪欲のさなかでも、大いなる希望がある。誰かにできることなら、私たちにだってできる。ここには、消費の夢によってまだ完全には植民地化されていない人たちがいる。・・・・・
 いちばん大事なことは、インドには一億人ものアディヴァシの人たちがいまだに生存しているということだ。彼ら彼女らは持続可能な生き方の秘密をいまだに知っている。もしこの人びとが消滅してしまえば、その秘密も消えうせる。「緑の捕獲」作戦のような戦争は、彼女たちを消滅させてしまうだろう。だからこうした戦争の実行者に勝利がもたらされることがあれば、それは、自分たちの破滅の種を蒔くことであり、アディヴァシだけではなく、いずれ人類全体の破滅につながる。だからこそ中央インドの闘いが重要なのだ。・・・・・」
 以上の文章に対応する英語原文は、上掲の単行本(1)のp212からp213にあります。
「Here in India, even in the midst of all the violence and greed, there is still hope. If anyone can do it, we can. We still have a population that has not yet been completely colonized by that consumerist dream. ・・・・・
Most important of all, India has a surviving adivasi population of almost 100 million. They are the ones who still know the secrets of sustainable living. If they disappear, they will take those secrets with them. Wars like Operation Green Hunt will make them disappear. So victory for the prosecutors of these wars will contain within itself the seeds of destruction, not just for adivasis but, eventually, for the human race. That’s why the war in central India is so important. ・・・・・」
ここでアディヴァシと呼ばれているのはインド中央部の広大な森林丘陵地帯に主に住んでいる先住民的な人々で、単一の民族の呼称ではないようです。人口一億といっても、インドの総人口は12億ありますから、約8%です。単行本(1)にはこの人たちとアルンダティ・ロイとの美しい出会いが描かれています。運悪く、アディヴァシたちが住む僻遠の地の地下にはボーキサイトをはじめとする鉱物資源が豊かに埋蔵されていて、その自由な採掘のために、インドの中央政府と企業は、出来れば、邪魔になるアディヴァシたちを排除抹殺してしまいたいのです。アメリカ合州国は建国以来一貫して、いわゆる北米インディアンたちの絶滅作戦を進めました。インドが「グリーン・ハント」作戦という忌まわしい軍事行動の目的としているのは、アメリカ合州国がやってきたことと同じです。そこで示される人間の嫌悪すべき残酷さ残忍性も同じです。人生の終結点に近づいている私としては、この事実を「人間とは何か」という一般的な設問として受け取らざるを得ません。
 本橋哲也さんによるアルンダティ・ロイさんのインタヴューも是非是非読んでください。珠玉の言葉で満たされています。例えば:
#(本橋)抑圧された者たちの側につこうとする知識人の声が周縁化されているとき、どのようなかたちでより多くの聴衆を得ようとする努力がなされるべきでしょうか?
(ロイ)芸術がその役割を担うべきだと思います―――音楽や文学や映画やさまざまな芸能。私は正しい考えを持っている、と言うだけでは不十分で、自分自身の範囲を超えて人びとに届けること、それを人びとの心に触れるアートにしあげることが必要です。・・・・・#
 私自身はロイさんの小説『The God of Small Things』(1997)を読み始めるところです。本のはじめに、これも私が尊敬する文学者John Bergerの
「Never again will a single story be told as though it’s the only one.」という言葉が掲げてあります。
 本書の邦訳は『小さきものたちの神』(工藤惺文訳、1998)。バージャーの言葉は「あるひとつの物語であるのに、それが唯一の物語であるかのように語られるということは、こののちもうないだろう。」と訳されています。

藤永 茂 (2014年11月19日)
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エリトリア:アフリカのキューバ(3)

2014-11-12 15:10:53 | 日記・エッセイ・コラム
 エリトリアの鉄腕独裁者アフェウェルキが国民を奴隷として鉱山労働に強制的に従事させていると非難されている背景の説明は簡単です。ウィキペディアには「国民皆兵の徴兵制度があり、男女を問わず全員、兵役期間は無期限であり、軍隊の任務以外にも「ナショナルサービス」と呼ばれる勤労奉仕活動に従事させられる。」とあります。つまり国民が鉱山で勤労奉仕をさせられているということです。義務的な勤労奉仕となれば、低賃金でしょうし、重労働が科せられることもあるでしょう。兵役では、生命も国家に捧げなければなりません。勤労奉仕といえば、私などの年代の人間は、日本でも、男女を問わず、学徒動員といってなかなか辛い勤労奉仕をさせられたものです。私は、高校の学生として門司の神戸製鋼所で勤労奉仕を経験しました。国際的な人権監視団体としてはアムネスティとヒューマン・ライツ・ウォッチがよく知られていますが、アムネスティのHPの「エリトリア」の記事には
#「徴兵による兵役が強制的かつ頻繁に、無期限に延長された。子どもの軍事訓練が引き続き強制的に行われた。兵役が強制労働として課された。多くの良心の囚人 や政治犯が劣悪な環境で恣意的に拘禁され続けた。拷問や虐待が横行した。野党、独立メディア、市民団体は認可されなかった。国から認められた宗教は4宗教 だけで、他はすべて禁止されて、信者は逮捕・拘禁された。国民の大規模な国外脱出が続いた。」#

http://www.amnesty.or.jp/human-rights/region/africa/eritrea/

とありますし、ヒューマン・ライツ・ウォッチのHPには、「エリトリア:鉱山投資企業に 強制労働利用のリスク」というタイトルでエリトリアの鉱山開発の問題が詳しく報じられています。

http://www.hrw.org/ja/news/2013/01/15

日本語ですから読んでみてください。
 さて、我々としては、このエリトリアの鉱山での奴隷労働問題をどう考えるべきか?私個人として学生動員の勤労奉仕を振り返ると、当時、奴隷労働を強いられていたという意識はありませんでした。労働の内容は、高射砲の砲弾の薬莢になる銅板の製造工程の一部で、工員寮で寝起きして粗食を与えられるだけで給料はなく、かなりの重労働でしたが、愛国の熱情に燃えていたとは言えずとも、奴隷労働を強いられたという意識はありませんでした。前回にも紹介したマウンテン氏は実際にエリトリアの鉱山で働いた(働かされた)人々に会って話を聞いています。その報告によると、給与の低さに不満はあるものの、自分たちの勤労奉仕が国のためになっていることに意義を感じていて、奴隷労働を強いられた意識はないのが大勢のようです。戦時中の私が感じたことと似たようなものでしょう。違うところは、エリトリアの若者たちには「君たちは独裁者アフェウェルキからひどい目にあわされている」という外部からの声がしきりに聞こえてくることです。日本語の記事の一例を挙げておきます。

http://www.swissinfo.ch/jpn/エリトリア難民-命がけの逃亡-失う物は何もない/40694210

こうした記事やプロパガンダ文書はその気で探せばたくさん見つかりますが、内容の信憑性を確かめることは、(少なくとも市井の老人には)至難の技です。一方、私がこのブログを書くにあたって依存しているトーマス・マウンテンというジャーナリストも、どこまで信用できるか分かりません。独裁者アフェウェルキのマウスピースとして、高給を食んでいるお雇いジャーナリストであるのかもしれません。ですから、エリトリアの鉱業産業の実情、あるいは、一般的なエリトリア事情についての私の判断は、結局のところ、私の“勘”に基づいています。しかし、手に入る関係文書をよく読んで、考えをめぐらすことは、具体的に書いてあることの信憑性の問題にあまり悩まされずに、私のような立場の人間にも出来ます。例として、上掲の「エリトリア:鉱山投資企業に 強制労働利用のリスク」という記事を読み直し、その定性的な特徴を考えてみましょう。
 この記事の中核の主張は、「エリトリアの鉱山経営を引き受ける海外企業は奴隷労働に依存してはならない」ということで、これは誠にもっともな主張です。例えば、次の一節です。:
#「ヒューマン・ライツ・ウォッチ上級調査員クリス・アルビン・ラッキーは、「エリトリアに進出しようとしている鉱山関連企業は、自らの活動が強制労働を使うことがないよう徹底的に対応する必要がある」と指摘。「それができないなら、決して進出すべきではない。」#
つまり、極端な低賃金で現地の労働者を働かせて利を貪ることは人権侵害だから、決してやってはならない、という主張です。それに該当する典型的なケースとして、ハイチのことがひどく気になる私の脳裏にすぐ浮かぶのは、韓国私企業のハイチでの繊維産業経営です。日本企業もインドで同様の罪を犯していると聞きました。しかし、ハイチとエリトリアでは、極めて重要な一点で、話が全く違います。ハイチでは、奴隷的低賃金労働力によって得られる利潤はそのまま外国私企業の利潤向上につながります。しかし、エリトリアでは、その利潤は、結局のところ、国庫に入ります。安い現地労働力が入手出来るという有利な経営環境をエリトリアは外国企業に与えて鉱山経営をさせますが、その一方で、鉱山使用料(royalty)として、経営利益の4%(アフリカ大陸での慣行)ではなく、40%を外国企業はエリトリア国に支払わなければなりません。エリトリアはこうして得た(外貨)収入を国民生活の向上(特に医療衛生と教育の面で)に有効に使用しています。これは国連の具体的な統計調査で確かめられている事実です。しかし、エリトリアについてはこれほど口やかましいのに、ハイチでの奴隷的低賃金労働力の利用には、国連もアムネスティとヒューマン・ライツ・ウォッチも沈黙しているのは一体何故でしょう。
 エリトリアの奴隷制度に対する米欧の喧しい非難の背後にある本音は次のようなものだと、私は考えます。米欧にとって、エリトリアが許せないのは、鉱山経営の利潤の、4%ではなく、40%をエリトリア国に納めなければならないということ、そして、これを他のアフリカ諸国が真似をして、米欧私企業の儲けが打撃をこうむる可能性があることです。これは既に前回のブログ記事でも述べました。ヒューマン・ライツ・ウォッチ上級調査員の意識の中にこの事実が欠けていたとは到底考えられません。
 絶対的独裁者イサイアス・アフェウェルキが支配するエリトリアに対する米欧メディアのすざましい非難の内容をどこまで信用すべきなのでしょうか?我々一般の庶民が何とはなしに信用しがちな国連機関とか HRWやAMNESTY のような人権団体によるエリトリア(特にアフェウェルキ)関係の報道の中立性あるいは偏向性を具体的に見定めることは、我々の立場では、不可能です。しかし、やれることがないわけではありません。その一つとして、アフリカの二人の絶対的独裁者として知られるルワンダのカガメとエリトリアのアフェウェルキに対するHRWやAMNESTYの批判の相違に着目しましょう。政敵を沈黙させ、抹殺する執念の激しさではカガメの方がアフェウェルキより遥かに上であることは明白ですが、HRWもAMNESTYもカガメに対しては結構お手柔らかです。アフェウェルキに対する非難中傷とは大変な差があります。この差は、見ようと思えば、誰の目にも明らかです。この明白な事実はHRWもAMNESTYも決して中立的な人権侵害監視団体ではないことを示しています。
 エリトリアは果たしてアフリカのキューバと言えるか?
なかなか難しい設問です。独裁者イサイアス・アフェウェルキは1946年生まれの本年68歳、1926年生まれのフィデル・カストロの20歳年下、若いといえばまだ若い。20世紀が生んだ真の巨人としてのフィデル・カストロの歴史的地位はもはや揺るぐことはありえません。アフェウェルキはどれほどの人物か。まだ見定めるのは困難ですが、私としては、私がその正体を見届けることが出来るまで、リビアのカダフィの轍を踏むことなく、生き延びていてほしいと思います。有毒の鉱山廃棄物質の処置(tailings ponds の整備)に配慮するところなど、アフェウェルキが責任感のある人物であることを示しているように私は思います。
 このブログ・シリーズ『エリトリア:アフリカのキューバ』の(1)で、私は「エリトリアの地下には大した資源はありません。石油やガスはありません。経済制裁の下で少しでも外貨を稼ごうと金山や銀山の開発に懸命ですが、それもザックザクといった工合ではないようです。」と書きましたが、これは少々勉強不足だったようです。東京のエリトリア大使館のHPに、今年の10月初めにアスマラで開催された会議に合わせて、エリトリアの鉱業についての正式記事が出ています。それによると、エリトリアの地下資源には極めて有望な見通しが立てられていて、外国企業の参画の意欲も目覚しいものがあるようです。もしそれが本当ならば、アフェウェルキはカダフィやモラレスの先例にならって、鉱山からの収入をエリトリア国民の福祉のために潤沢に使うことが出来るでしょうし、アフリカの小さな独裁的社会主義国エリトリアは、アフリカのキューバと呼ばれるにふさわしい国になる可能性は十分あります。

http://www.eritreaembassy-japan.org/data/MINING_JOURNAL_Asmara_Mining_Conference_2014.pdf


藤永 茂 (2014年11月12日)
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エリトリア:アフリカのキューバ(2)

2014-11-05 21:13:32 | 日記・エッセイ・コラム
 エリトリア建国以来の独裁者イサイアス・アフェウェルキは、国家エリトリアの理想像として“富裕なエリトリア人の居ない富裕なエリトリア”を掲げているそうです。今年の初夏、独立23周年の式典でのアフェウェルキの講演からも彼の目指しているエリトリアの将来と彼の決意がはっきりと読み取れます。フィデル・カストロが目指したキューバも“大金持ちのキューバ人の居ない豊かなキューバ”であったに違いありません。両国の建国の父、フィデル・カストロとイサイアス・アフェウェルキに共通するのは米国が強引に押しつけて来るUSA流の“民主主義”に対する断固たる拒否の姿勢です。エリトリアは国民一般による直接選挙を一切行なっていません。キューバは独立(1959年)後約30年経って(1992年)直接選挙制をとりましたが、カストロが考える民主主義政治とは政府が一般市民の一般的福祉を最優先にする政策を実行することであると思われます。もともとデモクラシーという言葉は、リンカーンの有名な言葉を引くまでもなく、そういう意味であった筈です。しかし、米国はカストロのキューバを直ぐに潰しにかかりましたから、カストロは建国の直後(1961年)に米国との国交を断絶します。その時以来50余年、キューバに対する米国の理不尽な経済制裁は綿々と今日まで続いています。エリトリアが、アフェウェルキの指揮の下で武力闘争の末、エチオピアから独立した時には、アフェウェルキを一度は「アフリカのジョージ・ワシントン将軍」と持ち上げてはみたものの、この男が米国の言いなりにならないと分かると、米国はたちまちこの若い国をいじめに掛かります。それからは、いわゆる‘regime change’を目的とする経済制裁と悪意に充満した宣伝を浴びて、キューバと同様、苦難の連続です。エリトリアは、その上、米国の代理をするローカルな軍事勢力(いわゆるproxies)によって戦争を仕掛けられてもいます。キューバにもそうした時代がありました。
 エリトリアとキューバの共通点として、全国民に対して一般医療費と教育費が無料という政策があります。朝鮮民主主義共和国もそのようですが。前回、「エリトリアの地下には大した資源はありません」と書きました。建国以来、この国の主要産業は農業による食糧生産ですが、それが近頃の(おそらく地球温暖化から生じている)ひどい旱魃によって困難に陥っています。では、エリトリアはどのようにして、こうした国民の福祉費用を捻出しているのでしょうか?アフェウェルキの政府が取った手段は鉱業の着手振興でした。大埋蔵量ではないにしても金と銅の採掘が可能で、マウンテン氏によると、エリトリア政府はその金銅鉱業の収益の40%が政府収益となる形で生産を始めました。つまり外国の私企業の横暴を許さない国営産業的な鉱山経営方式の採用です。米英系私企業によって経営されているタンザニアの世界最大級の金銅鉱山はその収益の僅か4%しかタンザニア政府に与えていません。40%と4%、大変な差です。エリトリアとタンザニアの一般国民の福祉関係の政府出資の差はここに発します。
 2009年、米国は、国連を操作して、エリトリアに対する厳しい経済制裁を発動して現在に及んでいます。自国民の人権無視と隣国のテロリズム幇助がその理由として掲げられていますが、鉱山経営を外国私企業の好きなようにさせないアフェウェルキにデカイお灸をすえるのが米国の本音だという見方もあります。鉱山からの収益の40%が懐に入るというエリトリアの現実を、外国企業から搾取されっぱなしの他のアフリカ諸国が見習おうと考え出したら、米欧にとって一大事ですから。自国の地下に眠る資源を掘り出して輸出し、その収入で自国民の幸福度を高める政策は、フィデル・カストロを師と仰ぐボリビアのエボ・モラレス大統領の採るところでもあります。NATOによって惨殺されたリビアのカダフィも、石油の輸出から得た膨大な収益を国民生活の向上に注ぎ込み、リビアをアフリカ最高の生活水準の国にした独裁者でした。
 アフェウェルキが実行している目覚ましいことはそれだけではありません。それは金銅鉱山が排出する大量の鉱毒水の問題です。日本では足尾銅山鉱毒事件(田中正造)が知られています。現在について言えば、いわゆる“tailings pond”の問題です。原鉱石から金や銅などの金属を取り出す過程の副産物として大量の汚染泥水が出来て、これをどう処理するかが大問題なのです。金属に限りません。カナダの北辺に多量に埋蔵されている「オイル・サンド」あるいは「タール・サンド」から石油を洗い出す際にも多量の有毒汚染泥水が出来ます。Wikipediaでtailings pond の項を見てください。多国籍鉱業企業体は、アフリカで欲しい鉱物を掘り上げ、世界市場で販売して巨大な収益をあげたあとには、有毒汚染泥水で荒れ果てた広大な地域を残して立ち去るのが普通です。いや、アフリカ大陸に限った話ではありません。世界のどこにでも起こっている鉱害問題です。カナダの北辺でもタール・サンドのtailings pondsによる目も当てられない大自然の荒廃が生起しています。しかし、マウンテン氏によると、エリトリアの冷血絶対の独裁者アフェウェルキはこの鉱業廃水の貯蔵処理問題について十分の配慮をしながら鉱業経営を進めているようです。
 しかし、あくまでアフェウェルキを貶めたい米欧は、彼が国民を奴隷として鉱山労働に強制的に従事させているとして、声高にアフェウェルキを論詰しています。次回にその話を致します。

藤永 茂 (2014年11月5日)
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