私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

Jesterとしてのマイケル・ムーア(4)

2009-12-30 09:27:23 | 日記・エッセイ・コラム
 12月18日未明、アウシュヴィッツ強制収容所跡地の入り口の門の上に道路を渡って掲げられていた5メートルほどの金属製の横長の文字サインが盗み去られる事件が起こりました。「アルバイト・マハト・フライ(働けば自由になる)」という文字が連ねられていて、悪名高いアウシュヴィッツ強制収容所の一つのシンボルとなっていました。広大な収容所跡を含む アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館はユネスコの世界遺産にも登録されていて、年間100万人以上の訪問者があるそうです。おいでになった方々もおありでしょう。この盗難事件のニュースは全世界を駆け巡りました。さては、ネオ・ナチか、世界的な反ユダヤ勢力の仕業か、とマスコミは色めき立ったのですが、ふたを開けてみるとガッカリ、古金属として売り飛ばして小金を儲けようとしたトンマな泥棒たちの仕業に過ぎませんでした。思想的背景まったく無し。
 それでも、12月23日のニューヨークタイムズは「これほどショッキングなニュースは滅多にない」として、この事件を報じています。犯行に思想的背景がないのに、何故それほどショッキングなのか?エルサレムのホロコースト記念館の館長は「そのような象徴的な物体の窃盗は、ホロコースト(the Holocaust)の記憶にたいする暴力的攻撃である」という声明を出しました。イスラエル人やアメリカのユダヤ人からは、ポーランドの当局の杜撰きわまりないセキュリティ管理への非難が声高にあがりました。私はここで思うのですが、広島の平和公園で、意図的な放火によって、数千の折り鶴が灰燼に帰しても、日本人以外の世界の誰も気にしない、ニュースにもならないのと、何と大きな違いでしょう。
 ニューヨークタイムズによると、アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館の年間総予算は約9億円、ポーランド政府からは約3億円余り、他は海外からの援助、入場者などの寄付で賄われています。250人の雇員の内、50人がセキュリティ.ガードマンで、人件費だけで年間約4億円、台所は火の車ですが、盗難騒ぎのほんの2日前に、ドイツ政府から、80億円にのぼる維持保全のための援助資金の提供があったようです。ナチ・ホロコーストの記憶の維持のために、ユダヤ人たちが、ドイツをはじめとする諸外国や外国人に支出を強いる努力を続ける熱心さには、頭の下がる思いがします。
 しかし、すこし意地の悪い見方をすれば、今度の窃盗事件が思想的背景に欠けていることが分かってガッカリしたあとも、一部の人は、転んでもただでは起き上がらず、この騒ぎを十分に利用しているとも言えないことはありません。聞くところによると、今度のアウシュヴィッツのシンボル・サインの盗難に関する国際討論会がワシントンで開催されることになり、スタンレー・フィッシュの“A Lacanian analysis of the Auschwitz sign as a discursive Foucauldian Trope”、エリー・ウィーゼルの“There was only one Holocaust”、エイブラハム・フォックスマンの“Contrasting and comparing the disappearance of the Auschwitz sign with the atomic bombing of Hiroshima”などの講演題目が並んでいます。なんだか馬鹿馬鹿しい響きのタイトルですが、日本で、ひところ、『文学部唯野教授』時代に、文学理論に大いに熱を上げた大学先生がたが出席して、この集会の雰囲気を報告して下さることを期待しています。
 さて、前回のブログの終わりに、今回は「大学を二度も蹴りだされて、無冠の太夫になったノーマン・フィンケルスタインという人の話」をするとお約束したのに、道草ばかり食べていますが、正直に白状すると、この約束はただ一回のブログではとても果たせないことがはっきりして、行き詰まってしまったのです。事は、ナチ・ホロコースト理解の中核にかかわる問題であり、私のようなものが幾らブログの回数を重ねても、論じきることなどとても出来ない事柄であることを痛感したからです。したがって、以下に綴ることは、この問題に皆さんの関心を誘う呼び水に過ぎません。
 ノーマン・フィンケルスタインは1953年のニューヨーク生まれ、父母ともにワルシャワ・ゲットー(ユダヤ人密集地区)の生活とナチ・強制収容所での強制労働の経験者です。もちろん、「働けば自由になる」ことはなく、終戦によって自由が与えられました。父ははやく亡くなり、ノーマンは母の下で育ちます。彼女が強制労働の生き残りであることには動かぬ証拠がありましたので、ドイツ政府からの補償金を早くから月々受け取っていましたが、そのお金はアメリカのユダヤ人の上部組織がドイツ政府から一括して受け取り、それを強制労働で苦しめられた個々のユダヤ人に手渡す仕組みになっていました。ところが、時が経つにつれて、この上部組織がドイツ政府に補償金を要求する強制労働生き残りのユダヤ人の数がどんどん増えて行き、ノーマンの母親が「こんなに強制収容所で生き延びたユダヤ人が多かったのなら、ガス室で殺された人数が少なくなってしまう」と皮肉を言ったのを息子のノーマンは聞いていました。彼は、やがて、補償金を一括管理する組織内で、受取人の数の人工的水増しと入金のピンハネ着服が行なわれていることをつきとめて、そうしたユダヤ人エリートたちの一連の悪行をあばき、糾弾する書物を出版します。それが、2000年6月にアメリカで出版された『ホロコースト産業 同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』です。日本語訳(立木 勝)は三交社から出ています。ドイツ、スイス、ベルギー、オランダ、フランス、などでは大反響を呼び、特にドイツでは発売後2週間で13万部も売れましたが、アメリカ国内ではマスメディアから黙殺されて、初年度は1万部そこそこしか売れなかったようですが、その後はこの本と著者ノーマン・フィンケルスタインをめぐって、大変な騒ぎがおこり、そのせいか、今でもよく売れています。出版当時、ニューヨーク市立大学で教鞭をとっていた彼は、この本を書いたことで吊るし上げられ、やがて、ニューヨークの大学から追い出されて、シカゴのドゥポール大学から、助教授として、何とか拾ってもらったのですが、ここにも東部有力大学のユダヤ人学者たちからの排斥の手が伸びて、2007年9月、自ら辞表を提出する形で大学を去りました。立木さんの日本語訳もありますから、この本がシオニズム主義をかかげるユダヤ人エリートたちの怒りを買った理由や、ことの展開に興味のある方は、ぜひ『ホロコースト産業』をお読み下さい。そしてまた、「ゴールドハーゲン論争」というものもお見逃しなく。この論争の関連書も邦訳されています。
*Daniel Goldhagen 『Hitler’s Willing Executioners: Ordinary Germans and the Holocaust』(1996年)
*『普通のドイツ人とホロコースト-ヒトラーの自発的死刑執行人たち』(望田幸男監訳、ミネルヴァ書房、2007年)
 このブログの今のテーマであるマイケル・ムーアに関連して言えば、ノーマン・フィンケルスタインが徹底的に村八分をくらった理由は、シオニズム主義のユダヤ人たちの嫌がることを、あくまで執拗に言い続けたことにあります。賢いジェスターのムーアさんは決してそんなヘマはやりません。
 例えば、前回引用した12月3日のNHKの「クローズアップ現代『反骨の映画監督マイケル・ムーア』」の中で、彼は「(アメリカでは)1%の人たちが残りの人々から多くを奪い、人生を狂わせてしまう、そんな横暴がまかり通っています」と言って憤慨してみせますが、この1%の横暴な人たちのことを、もう少し詳しく考えてみましょう。現在、アメリカの総人口は約3億、そのうちユダヤ人は約650万。一方、最も富裕な1%(300万人)の3人に1人はユダヤ人とされていますから、アメリカのユダヤ人の6人か7人に1人(14~15%)は、他の大多数のアメリカ人の人生を狂わしている、横暴な人間ということになります。しかし、マイケル・ムーアはそんなことは決して言わないでしょう。寅さんではありませんが、「それを言っちゃー、おしまい」ですから。
 もう一つ、アメリカ人のナルシシズムを巧妙にくすぐるマイケル・ムーアのトリックを指摘しておきます。訪日の直前に、彼は、アフガニスタンへの米軍3万人の増派に反対してオバマ大統領に送った公開書簡を公表しました。書簡の全体がなかなか興味深い派手な文章ですが、その終わりの部分を転載します。:
■ Stop, stop, stop! For the sake of the lives of young Americans and Afgan civilians, stop. For the sake of your presidency, hope, and the future of our nation, stop. For God’s sake, stop.
Tonight we still have hope.
Tomorrow, we shall see. The ball is in your court. You DON’T have to do this. You can be a profile in courage. You can be your mother’s son. ■
この最後の一文が、白人アメリカ人にとっての、殺し文句です。「あなたの美しい白人のお母さんは、50年も前に、人種偏見をものともせず、始めはケニヤからやってきた黒人青年と、次にはインドネシアからやってきた東洋人と結婚した勇者だった。軍部や好戦派からの圧力を跳ね返して兵力増派をストップする勇気を持ってこそ、あなたの母親の息子にふさわしい勇者となれるのだ」という意味です。
 オバマ大統領の母親と結婚した二人の男性は、人間として、政治的に、また、思想的に、どのような人物であったのか?私はゴシップやスキャンダルにあまり興味がありませんが、一人はケニヤッタ政権下のケニヤ、他はスハルト政権下のインドネシア、それぞれの国の上層階級の出身であったことは、ほぼ間違いありません。英国の強い影響下にあったケニヤッタのケニヤで、また、米国の強い影響の下で残忍な反共政策を強行したスハルトのインドネシアで、オバマ大統領の父親が苦渋の中で生きたという事実は何も知られていません。その意味で、二人が、進歩的な勇気ある白人女性を惹き付けるラヂカルな思想傾向の持ち主であったと信ずる理由は何もありません。だとすれば、一般論として、白人女性の側に、異邦人に魅力を感じるある種のニンフォメニアックな傾向があり、それが結婚成立の一つの要素であったとしても、何の不自然もありません。
 私は、何が何でもオバマ大統領に泥を塗り付けたい気持ちで、こんなことを言っているのではありません。私は、マイケル・ムーアがアメリカの白人向けにしつらえた「You can be your mother’s son」 という殺し文句を卑しいものに感じていることを表明しているだけです。ウォード・チャーチルもノーマン・フィンケルスタインも、決して、こうした計算はしないでしょう。これが、アメリカの社会から村八分された二人と、マイケル・ムーアとの決定的な違いです。

藤永 茂 (2009年12月30日)


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Jesterとしてのマイケル・ムーア(3)

2009-12-23 14:10:37 | 日記・エッセイ・コラム
 ウォード・チャーチル(Ward Churchill、1947年生れ)は、1997年、ボールダーのコロラド大学で終身保証(Tenure)の教授となり、2002年からは民族学学部(Ethnic Studies)の主任を務めていましたが、2006年5月、大学から解雇されました。解雇の公式の理由は「剽窃(盗用)、捏造、偽造など、アカデミックな不品行」ですが、本当の理由は、チャーチル教授が、アメリカ人の耳に痛いことを、歯に衣着せず、言い続けてきたことにあります。特に、2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センターが攻撃を受けて崩落し、3千人ほどの人が死んだその翌日の12日に彼が発表した論説が、保守メディアからの凄まじい攻撃を受けたことが、その中心的な理由です。コロラド大学側が、こんな男を雇い続けるのは大学の評判のためによくないと判断したのでした。
 ウォード・チャーチルは、自分はアメリカ・インディアンのマスコジー(クリーク)族とチェロキー族の混血だ、と称していますが、これは真っ赤な嘘で、多分、れっきとした白人です。インディアンに成り済まそうとする白人がいるというのは大変面白い現象で、個人として最も有名なのは、Grey Owl(灰色のふくろう)というインディアンの名を名乗ったイギリス人で、本名はArchibald Belany(1888-1938)、本物のインディアン女性と結婚し、その奥さんまで騙し通したというのですから,たいしたものです。実は、このインディアン化した白人、ホワイト・インディアンの現象は、歴史的に極めて興味深い題目で、アメリカの独立宣言の年(1776年)までの数十年間に数千人の規模で発生したと考えられます。私が出版の希望をかけている拙著『アメリカン・ドリームという悪夢』の中で詳しく取り上げましたが、興味のある方は、ある意味ではトクヴィルの『アメリカの民主主義』と並ぶアメリカの古典であるクレヴクールの『アメリカ農夫の手紙』(秋山健・後藤昭治、渡辺利雄=訳、研究社、1982年)や、学術書であるジェームズ・アクステルの『内なる征服(The Invasion Within)』(オックスフォード大学出版、1985年)などをご覧になって下さい。
 ウォード・チャーチルの2001年9月12日の論説に戻ります。9・11の翌日に一気呵成に書き下ろされたという事実は、その内容が、つね日頃、彼の中で鬱積していた怒りの突沸であったことを示しています。なにしろ、事件の翌日のことですから、タワーの中で殺された人数が二千人か五千人かはっきりしない状況だったと思われますが、「白いインディアン」ウォード・チャーチルの即時の反応は“アメリカはイラクで何万、何十万と殺しているのだから、仕返しをされるのは当たり前じゃないか”というものであったのです。論考のタイトルは、『Some People Push Back: On the Justice of Roosting Chickens 』。このRoosting Chickens という表現は、辞書によると、例えば、ことわざに“Curses, like chickens, come home to roost.”(人を呪えば穴二つ)とあるように、自分の行為が自分に跳ね返ってくる、しっぺい返しを受ける、ことを意味します。ウォード・チャーチルは、アメリカのイラク人いじめが、父親ブッシュ大統領によって始められた事を指摘します。1991年、アメリカの言う事を聞かなくなったイラクを罰するために、アメリカ空軍は、イラクの浄水施設や下水道システムなどの社会的インフラを狙った空爆を行ないます。それに加えて医薬品の輸入を阻止した結果、約50万人の子供たちが死んだとされていました。これは国連筋でも確認されていた事実です。チャーチルは、これに続いて、アメリカが中東で犯している他のいくつかの残虐行為を列挙して、「こんなことをすれば、しっぺい返しを受けるのは当然だ」と論じたわけで、私としても、全面的にウォード・チャーチルの言う所に賛意を表せざるをえません。
 ここまでなら、ウォード・チャーチルつぶしの狼煙は上がらなかったかもしれません。しかし、彼は、世界貿易センターの中にいたいわゆる民間人たちも、民間人だからといって、イノセント(無罪)とは限らないと言い足します。:
「彼等はアメリカのグローバルな財政金融帝国の将に中核を占めるテクノクラート集団を形成していた。この利益追求の強大な主動力はすでに米国政策の軍事的次元を奴隷化してしまった。」
しかも彼等テクノクラートたちは、自分のやっている事が、遠い所で、どんなにひどい結果を生じているかには、見事に目をつぶり、ツイン・タワーの聖域の中で、まるで小アイヒマン(the little Eichmanns)の集団のように、いそいそとおのが仕事に精を出していたのだ、とウォード・チャーチルは言ってのけたのでした。これがいけなかった。
 ハンナ.アーレントの『イェルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』(みすず書房、1969年)をご存知の方も多いでしょう。アイヒマンはナチス・ドイツの上級官僚で、その事務的業務処理の結果として、無数のユダヤ人がナチのガス室に消えた、「悪の権化」のような人物と看做されましたが、アーレントは、当のアイヒマン個人は、自分のやっている事務的業務が生んでいる巨大な残虐には目をつぶり、日々の仕事にいそしんだ普通の役人に過ぎなかった、と主張しました。つまり、悪の陳腐さ(banality)です。ウォード・チャーチルには、世界貿易センターの建物の中には、テクノクラートとしては有能だが、自分たちが日々精を出してやっている業務が世界中にもたらしている害悪に就いては何の意識も罪悪の自覚もない、いわば、ちびっ子アイヒマンが沢山いて、その人々は、アイヒマンが有罪であったように、決してイノセント(無罪)な民間人ではない、と思えたのでした。それが、ポスト9・11のアメリカ人の愛国的集団意識の逆鱗に触れ、結局、大学から追い出される結果になったわけです。
 しかし、ウォード・チャーチルは、過去2世紀半の間、アメリカ先住民がアメリカ合州国という暴力国家から、どんな酷い目に遭わされたかを、克明に掘り上げ、記録し、抗議を続けてきました。彼の9月12日の論説は、内容的に大きく拡張されて、2003年、『On the JUSTICE of ROOSTING CHICKENS (ねぐらに戻ってきた鶏たちの正義について)』というタイトルの一冊の本として出版されました。そこには、1776年(アメリカ独立の年)から2003年までの、国内国外でのアメリカの軍事行動が克明に並べ立ててあります。我々の知らない事が沢山列挙されていますが、その中のただ一例だけを挙げておきます。:
「わたしたちは以下の事実を自明のことと考える。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等であり、すべての人は創造主により侵されざるべき一定の権利を与えられている。その中には生命と自由、そして幸福の追求が含まれている」という、アメリカが国是の根本として世界に誇示してやまないジェファソンの文章を含む独立宣言が発表された1776年、6千人以上のアメリカ軍が、今のジョージヤ州やテネシー州で平和に暮らしていた二十数カ所のチェロキー・インディアンの町に襲いかかり、家屋や収穫農産物を破壊し、数知れぬ非戦闘員を殺して、チェロキーたちを、当時スペイン領であったフロリダに追い出してしまいます。彼等が所有していた肥沃な土地が欲しかったのです。つまり、先住民は、アメリカの父祖ジェファソンのいう“創造主により侵されざるべき一定の権利を与えられている。その中には生命と自由、そして幸福の追求が含まれている”はずの「すべての人間」の中には含まれていなかったのです。この点は、現在、すべてのアメリカ学専門家が認めるところです。
 大学を追い出されるずっと以前から、「白いインディアン」ウォード・チャーチルは、インディアン弁護の発言を盛んにやっていました。一昔前の事になりますが、ハリウッドのインディアン映画華やかなりし頃、そのほとんどの虚偽と偽善を鋭くえぐった映画批評を続々と発表していたこともあります。
 ウォード・チャーチルはアメリカン・システムから見事にいびりだされてしまいましたが、マイケル・ムーアの方は、調子良く自作映画のプロモーションをして回っているのは何故でしょうか? ジェスターとしての才能が、つまりエンターテインメントの感覚が、ムーアには有り余るほど備わっているのに、チャーチルには、それが無いからだとも言えましょうが、それだけではありません。去る12月3日のNHKの「クローズアップ現代『反骨の映画監督マイケル・ムーア』」の中に、次のような遣り取りがあります。:
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国谷裕子
「監督は映画の中でいつも、こんなはずではなかった、なぜアメリカはこんな国になってしまったのか、と考えていますけれども、決して自分の国が嫌いになったということはないですよね」

マイケル・ムーアさん(映画監督)
「いいえ、私はとても悲しいのです。アメリカという素晴らしい国で今起きていることについて深く悲しんでいるのです。これまでずっと上手く行っていたのに、なぜこんなことになってしまったのか、1%の人たちが残りの人々から多くを奪い、人生を狂わせてしまう、そんな横暴がまかり通っています。だからこそ、私は映画の中で同じことを問い続けているのです。なんでこんなことになったんで、ってね」
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皆さんの多くは「ほんとにブッシュのアメリカはひどかったからな」とムーアさんに賛同なさるだけのことでしょう。しかし、ここには大きな「嘘」があり、それがジェスターとしてのムーアのトリックになっているのです。“アメリカは今まで素晴らしい国だったのに、なぜこんな国になってしまったのか”と大げさに嘆いてみせると、それだけで、アメリカ人はほろりとなり、ころりと参ってしまって、“マイケルさん、あんたの言う通り、素晴らしい国だったアメリカがすっかり駄目になってしまった”と嘆くことになってしまうのです。しかし、それで済ませてはいけません。
「歴史的にしっかりと考えてみて、アメリカが素晴らしい国であったのはどの時期であるか、はっきり特定してみよう」という問いかけを、アメリカ人に対してだけでなく、私たち日本人も、自らに対して行なわなければなりません。
「アメリカが、これまでずっとうまく行っていた、素晴らしい国であったことなど、一度も無い」というのが、ウォード・チャーチルの一貫した答えです。1959年から、シカゴ、サンホゼ、ボルチモアと、足掛け、4年半ほどアメリカで研究生活を経験した頃の私には、アメリカは本当に輝いて見えました。しかし、その頃の私には見えなかったことも多かったのです。いまでは、私も、ウォード・チャーチルのきびしい断定の方が、マイケル・ムーア流の嘆き節よりも、はるかに歴史の真実に近いと考えるようになりました。
 私たち日本人が心酔した、いや、今も憧れているアメリカは一種の虚像です。特に、ウォード・チャーチルのいうRoosting Chickensに関して言えば、彼の主張を裏付ける、学問的にも、ジャーナリスティックにも、しっかりした良書や論考は沢山あります。
 次回には、大学を二度も蹴りだされて、無冠の太夫になったノーマン・フィンケルスタインという人の話をして、マイケル・ムーアについてのシリーズを閉じたいと思います。

藤永 茂 (2009年12月23日)


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Jesterとしてのマイケル・ムーア(2)

2009-12-16 09:06:26 | 日記・エッセイ・コラム
 ジェスターという英語を覚えたのは、1960年代後半の学園紛争の盛んな頃のことで、私は九州大学教養部の物理の教師をしていました。先鋭な思想の学生たち、それに押される形で、教師たちも、「大学とは何か、社会の中での大学の責務とは何なのか、教師と学生の関係はどのようにあるべきか」などの難問題をかかえて、真剣に悩んだものでした。いろいろな考えが飛び交う中で、ある大学の学長さんが「大学の役割は、かの中世のジェスターであるべきだ」と唱えられました。これがこの言葉との出会いでした。これは私の無知不学のいたすところで、ヨーロッパ中世の宮廷お抱えの道化師のことと分かってみれば、この学長さんのおっしゃる意味もぼんやりと解せました。 ヴェルディーのオペラ『リゴレット』のリゴレットもジェスターですが、シェークスピアの『リア王』に出てくる道化師(フール)もその有名な例です。道化師は、物事をあるがままに正直に見て、思ったことを正直に王様や貴族たち告げます。しかし、その意見や忠告が如何に正しくとも、フールでない普通の家臣がこれを言えば、たちまち牢屋にぶち込まれるか、処刑されてしまう場合にも、言っているのが「馬鹿者」ということで許されました。道化師を抱えるという宮廷の制度のおかげで、リア王もフールから貴重な知恵と洞察を授かることになります。つまり、宮廷でのエンターテインメントとしてだけではなく、宮廷にとっての言論的安全弁の役割のゆえに宮廷道化師の制度が長くたもたれたのだと考えられます。(なお、中世の道化については沢山の論考があります。)
 世の中の人々が、社会を支配する権力システムからの処罰をおそれて、権力の耳にさわるようなことは、何も言わなくなってしまうのは、その社会のために大変望ましくないことです。大学の存在価値の一つは、大学が言論的に一種の治外法権的特権を保持することで、率直な権力批判が可能になり、それが、結局のところ、社会を健全に保つことに役立つ、というのが、「大学の役割は、かの中世のジェスターであるべきだ」という主張の中身であったと思います。
 マイケル・ムーアのこれまでの行動、映画や著作を通してのアメリカ批判は賞賛に値すべきものです。日本にも彼のファンは多いでしょうし、今度の来日を機会に、マイケル・ムーア礼賛論はますます盛んになることでしょう。彼の行動のパターンと彼の作品には、ジェスター的な面白おかしい要素が沢山含まれています。つまり、優れてエンターテインメント的です。しかも、現代の王侯や貴族の耳に痛いことをズケズケと言ってのける。このあたり、マイケル・ムーアを現代版のジェスターに見立てたくなる私の気持ちを理解して下さる方があれば、幸いです。マイケル・ムーアを馬鹿者としてあざける気持ちはありません。ただ、アメリカ社会の、社会現象としての、マイケル・ムーア現象については、私は警戒心をもって近づきたいと思います。アメリカ社会の一部にはマイケル・ムーアを嫌悪する人々がいるのも事実ですが、強きを挫き、弱きを助ける彼のパフォーマンスは広く支持されているようです。けれども、アメリカでの、また、日本でのマイケル・ムーアの支持基盤をなしているのは、どういった人々でしょうか。私の経験から、アメリカやカナダでは、大学教授や学生たち、日本では、進歩的なインテリ層でしょう。マイケル・ムーアがきびしく告発するアメリカの諸悪に実際に打ちひしがれている五千万人の貧困最下層の人々は、ムービーハウスに出かけて、マイケル・ムーアの辛辣痛快なジョークを楽しむ余裕など、金銭的にも気分的にも、ありません。では、彼の支持基盤をなしている人々には、マイケル・ムーアはどういう影響を持っているのでしょうか? 主要な影響として私は二つのことを考えています。
 その第一は、前回のブログ『Jesterとしてのマイケル・ムーア(1)』に頂いたYYTさんのコメントの「こうやってマイケル・ムーアにガス抜きされて・・・・・」という至言に尽きます。問題はこうです。マイケル・ムーアが指摘するアメリカの諸悪については、彼のファンである中流層インテリたちは、彼に教えられなくとも、先刻ご承知なのです。キャピタリズムの残忍性も、『ロジャーとわたし』以来の20年、わかりきった事実です。もし彼等に義侠心が、本当の社会正義の思いがあるならば、日々の生活苦や困難に余りにも酷く苛まれ続けたために、集団的に政治的発言をする気力さえ失ってしまった五千万人の貧困最下層の人々を政治勢力として動員し、出来れば、共和、民主の二大政党が無視することの出来ない、第三の政党をつくる努力を始めることです。それは、アメリカという国の将来にとっても、大変望ましいことだと思われます。しかし、マイケル・ムーアの作品の娯楽性たっぷりの毒舌ぶりに喝采を送っただけで、鬱憤を晴らし(カタルシス)、ガスが抜けてしまった彼等にそれが出来る可能性はゼロです。ABSOLUTELY ZERO!
 第二のポイントは、マイケル・ムーアが思ったことを自由に表現できて、しかも人気すら博しているという事実は、アメリカという国が如何によく言論の自由が保たれているかの何よりの証なのだと、多くのアメリカ人は信じ続けていたいと願っているということです。
 ハリウッドというキャピタリズムそのもののようなシステムの下で製作した自作映画『Capitalism ~ A Love Story ~』の世界への売り込みを、これまた如何にもキャピタリズムそのものの手法で実行するのは、マイケル・ムーアの自由に属します。しかし、その大規模で派手なやり方を見ていると、「どうも少し何か臭うんだなあ」と感じる方々もおいでなのではありませんか?
 現代のジェスター、マイケル・ムーアが果たしている役割は、現代の王侯貴族に彼等の裸のままの姿を覚らせ、ひいては、世の中のためにも尽くすという、中世のジェスターやフールたちが、時折は、いみじくも果たし得た役とはまるで反対方向のベクトルを持っているように、私には、思われてなりません。
 次回は、アメリカで、本当のことを、ジョークやエンターテインメントのオブラートに包まないで、しつこく言い続けたら、どんなことになるか、について、具体的にお話しようと思います。

藤永 茂 (2009年12月16日)


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Jesterとしてのマイケル・ムーア(1)

2009-12-09 11:27:06 | 日記・エッセイ・コラム
 私が奇才マイケル・ムーアの名前を知ったのは随分昔のことになります。1989年の彼の記録映画監督としてのデヴュー作『ロジャーと私』を無茶苦茶に褒め上げる同僚の化学科準教授が、映画の内容を詳しく話してくれました。彼はカナダの大学に地位を得ても、アメリカ国籍のままの、典型的なアメリカ人インテリでした。アメリカとアメリカの社会状況については、なかなか批判的なのですが、聞き手の私が彼の話に乗りすぎて、本気でアメリカの悪口を言い始めると、不快感を隠しきれないような所がありました。この評判の映画『ロジャーと私』は、結局、今日まで見ていません。ムーアとの次の出会いは彼の2001年の著作『馬鹿な白人(Stupid White Men)』です。日本語訳では『アホでマヌケなアメリカ白人』となっていました。この本の中にも、いかにもマイケル・ムーアらしい発言が散りばめられていましたが、記憶している発言から、二つを選びましょう。一つは、映画の仕事のことでハリウッドに行くと、黒人には滅多に会うことがない、というムーアの発言です。ハリウッドの映画ビジネスは完全に白人(ユダヤ人と言った方がより正確かも)に握られているということです。ハリウッド映画には、ストーリーの中の役としては、あれほど魅力的で頼りになる黒人がたくさん出てくるのに、制作の実際には発言権をもっていないのです。もう一つは、パレスチナの難民キャンプのようにひどい状況に置かれている難民キャンプは、世界中いろいろ見て回ったが、ほかには何処にもない、という発言です。私には忘れがたい重要な証言です。
 マイケル・ムーアを本格的に世界のセレブの一人に押し挙げたのは、2002年の記録映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』でした。この映画は、私も、カナダで興味深く鑑賞しました。監督のマイケル・ムーア自身が記録映画の中に、出演者として、のこのこ出てくるという手法にも感心しました。この映画は興行的に大きな成功を収め、2003年度のアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を獲得しました。その受賞場面もテレビ中継で見たのですが、「おやおや、これは何処かおかしいぞ」と、私が思った始まりでした。受賞の挨拶に出てきた舞台の上で、オスカーのトロフィーを振りかざしながら、マイケル・ムーアは、時の大統領ブッシュを、口を極めて罵ったのです。たしかにブーイングも聞こえました。しかし会場全体の雰囲気は、大きなやんちゃ小僧のわめき散らしを楽しむようなリラックスしたもので、マイケル・ムーアは、お祭りの一夕のエンターテインメントの一部に過ぎないように見えました。「いったいこれは何だ」という私の疑問と違和感は、アカデミー賞のお祭りの直ぐ後で、事もあろうに、ブッシュ大統領の政治的基盤であるテキサス州の名門大学、オースチンのテキサス大学からの講演の招待を受け、ご当地に乗り込んで、またまたブッシュ大統領批判をぶちまけたと聞いて、頂点に達しました。「Something is wrong. Definitely wrong」という直感でした。
 同じ年、2003年の春、日本で一風かわった月刊雑誌『あれこれ』が発刊になりました。発行人は山中登志子、編集人は本多勝一、創刊の4月号の表紙には「本多勝一 無 責任編集」という文字が踊っていました。私もこの号に『インディアン戦争としてのイラク戦争』と題する一文を寄稿しました。これに続いて、主題はなんでもよいからということで寄稿を依頼されたので、私は、マイケル・ムーアとマイケル・ムーア現象についての、上述の疑点と違和感から出発した「マイケル・ムーア批判」の一文を草して『あれこれ』に送りました。ところが、しばらくして、山中登志子さんから、原稿は没になった旨の連絡がありました。私の原稿の編集を担当した若い方が、『あれこれ』への掲載に断固として反対したからとあり、私の論点の何処が気に入らないのか、その点の説明は付いていませんでした。私のマイケル・ムーア批判のポイントは「マイケル・ムーアは、反体制論者として、本物の反骨ではない」ということでしたから、これが若い編集者の癇にさわったのでしょう。「現職大統領ブッシュを辛辣に揶揄してはばからない、アメリカの反骨の勇者マイケル・ムーアにケチをつけるとは言語道断」ということだったのでしょう。しかし、マイケル・ムーア、あるいは、マイケル・ムーア現象に関する私の考えは、2003年当時から今日まで、変わらないままです。
 『あれこれ』の創刊号(2003年4月)に掲載された拙論の一部を引用します。:
■ 本当に問題なのはブッシュデではない。この男がまたがっているアメリカ合州国というシステムである。これを見誤ってはならない。近頃、ブッシュの失言を捕えて揶揄することに気晴らしを求める向きもある。たしかに、この男の人間的資質には滑稽なほど低劣な面があるが、ブッシュをゴアにすげ替えればすむことではないのだ。ノーベル平和賞受賞者カーターを再選したところで何も解決はすまい。自由と平和の民主主義国家アメリカは本来は健全な国家であり、ブッシュ政権は一時的な常軌逸脱だと考えるとすれば、これほど危険な誤りはない。今のアメリカのやり方がアメリカの常軌なのである。■
私のこの考えは、あれから第二次ブッシュ政権、オバマ政権と移行した現在も、全く変わっていません。確信の度は強まるばかりです。
 日頃テレビも新聞もあまり見ない私ですが、去る12月3日のNHK番組『クローズアップ現代』に「反骨の映画監督ムーア初来日」とあるのに気づいて視聴してみました。はじめに、何十人もの報道関係者とカメラの群れを引きつけたマイケル・ムーアの人気ぶりに驚かされましたが、テレビのインタヴューでの彼の言動には、彼とマイケル・ムーア現象についての私の考えを改める何らの理由も見出すことが出来ませんでした。次回に詳しく説明します。

藤永 茂 (2009年12月9日)


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ホンジュラス、米国健康医療産業、そしてオバマ

2009-12-02 12:58:23 | 日記・エッセイ・コラム
 11月29日に強行されたホンジュラスの選挙をめぐる情勢について、私が以前から予想していたことが、あまりにもそっくり実現したので、びっくりしている所です。私の予言能力を自慢しているのでは決してありません。アメリカの、そして日本の大マスメディアの報道と論説が、どんなに頼りにならないか、目の前に露呈した現実を“予見”するのに、どんなに我々の判断を誤らせるか、今更のように、痛感させられました。
 なぜ私のような素人の予想が当って、有力メディアの有名論客の論説がもたもたと不明瞭なのか? それは、彼等の属する主流マスコミ機構が、始めから、真実から“偏向”しているからであり、私の予想が当るのは、主要偏向メディアより信頼の置けそうな、そして、一般には“偏向論客”と看做されている人々の発言に、注意深く耳を傾けるからです。 John Pilger, Noam Chomsky, Howard Zinn, Ralf Nader, Paul Street, Fidel Castro, …. などなどの人たちです。他にも沢山います。こうした“信頼できそうな人々”を見つけるには、少々時間がかかります。かなり長い期間、彼等が言ってきたことと現実の出来事の推移をつきあわせてみる必要があるからです。日本の放送機関や新聞社からアメリカに派遣される若い記者さんたちには、特にお勧めしたいアプローチです。例えば、このブログの『オバマの正体見たり(2)』(2008年7月2日)で書きましたように、ジョン・ピルジャーは、その頃すでに、もしバラク・オバマが大統領になれば、オバマ政権は、ブッシュ政権よりも攻撃的なラテン・アメリカ政策を実行するだろう、と予言し、その理由を述べています。
 12月1日のテグシガルパ(ホンジュラスの首都)発共同通信によれば、430万人の有権者の約61%(260万人)が投票し、開票率約62%時点でのポルフィリオ・ロボ氏の得票率は約56%で、当選確実となったとあります。新大統領ロボ氏についての解説などは省略しますが、この票のカウント自体を信用する確かな理由はありません。国連もアメリカ機構(OAS, Organization of American States, 南中北アメリカの、キューバを除く、すべての独立国がメンバーの組織)も、軍部クーデター政府の下での大統領選挙をモニターすることを拒否したからです。簡単に言ってしまえば、クーをふくめて、すべてがオバマ政権の巧妙な演出によるセラヤ大統領排除のドラマであったからです。実際にロボ氏に投票した有権者の数は260万ではなく、90万に過ぎないという報道もあります。このあたりのことを確かめることは私には出来ませんが、大変興味深いニュースがあります。フランスの新聞報道によると、ロボ氏は、この選挙結果を合法と認めるに違いない国として、ペルー、パナマ、コスタリカ、コロンビアというアメリカ合州国の属国的な国々のほかに、フランス、ポーランド、日本を挙げているそうです。さて、どういう事になりますか、楽しみですね。
 去る11月25日、夏以来のAP(アソシエイテド・プレス)の執拗な要請に応えて、ホワイトハウスが、本年1月20日以降に、健康医療関係業界(医療保険業、製薬業、それに関連する業界)からのホワイトハウスへの訪問件数575の内容人名が明らかになり、これについてAPから報告がリリースされました。アメリカ駐在の日本マスメディア特派員の人たちはその内容をよく検討して、解説してほしいと思いますが、ごく荒っぽく要約すれば、「われわれ健康医療関係業界に打撃を与えるような医療保険制度の改変はしないで下さいよ」という関係業界からのだめ押し、あるいは、脅迫のための訪問です。すごい名前が並んでいます。この一方、中流以下の国民の大多数の切実な要望であり、「チェンジ・マン」オバマへの期待であった、いわゆるSingle-Payer医療保険制度の促進団体からの陳情訪問者は見当たりません。これは由々しいことなのです。
 2003年6月、当時イリノイ州の上院議員だったバラク・オバマは、AFL-CIO(米国労働総同盟産業別組合会議)の総会で、「私はシングル・ペイヤー医療保険制度を押し進める。世界史上、最高の富裕国アメリカでそれが実現できない筈がない。・・・まず、ホワイトハウスを取り戻し、国会の上院と下院の過半数を取り戻すのだ。」とオバマ一流の大見得を切りました。(YouTubeの記録があるようです。)この時点あたりから、州議会の若手上院議員に過ぎなかった半黒人の男の瞠目の急上昇が始まるわけですが、今にして思えば、この大見得も、労働者票のつかみ取りを狙ったオバマ一流の「ウソ」であったのでしょう。
 ほどなく「改革」されたアメリカの医療保険制度法案が国会を通過し、大統領が署名することになりますが、オバマ政権とマスメディアがどんなに詭弁を弄して我々を混乱させようとしても、これは、オバマが推進を約束したシングル・ペイヤー医療保険制度とは別のものなのです。この点も、日本のアメリカ通や、アメリカ駐在のマスコミ特派員の方々に、わかりやすく、はっきりと解説して頂きたいものです。
 選挙運動中、オバマ大統領の実現にすっかり熱をあげたアメリカの“進歩的”な人々は、軍事政策についても、医療保険制度についても、ラテン・アメリカ政策についても、どうも期待はずれのことばかりオバマ大統領が押し進めるので、この頃では、内心、「どうもまずいな」と感づきながらも、自分の面子や体裁のこともあり、「バラク・オバマは自分がやりたいと思っている事を周囲から阻止されて苦悩している」と言い続けています。しかし、オバマについて、これほど大きなミスジャジメントはありません。オバマ大統領はアメリカの支配権力システムのパペットですらありません。彼は権力システムの最重要で最有効な一員です。彼自身その役割を十分意識し、楽しんでいるのです。ハムレット的な苦衷などには全く無縁の人物なのです。ちょっと気障ですが、私は、ここで、「Don’t you see? 」と叫びたくなります。

藤永 茂 (2009年12月2日)


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