ジンバブエとムガベに私が執拗にこだわるのは、心ある人々にこの問題の全貌を、欧米のマスコミの外に身を置いて、よく考えていただきたいと思うからなのですが、私にとっての次の大きな宿題である「南アフリカ共和国」に移る前の中休みの息抜きに、米国の黒人の情況についてのナディン・ゴーディマーさんの鋭い断定を紹介しようと思います。私は彼女にドリス・レッシングを上回る敬意を持っていますが、最近は、彼女でさえも(殺す側)の人間の心理から逃れることが出来なかったのではないかと考えはじめています。特にイスラエル建国60周年の祝典に招かれて出席したゴーディマーさんにはがっかりさせられました。これについては日を改めて考えてみたいと思います。ともあれ、彼女が透徹した知性と鋭敏な感受性を備えた稀代の文学者であることには否定の余地がありません。
アメリカ合州国で初の黒人大統領が実現しそうな現在、アメリカにおける黒人の位置について色々な見方や評価が飛び乱れています。日本人にもアメリカ国内の対黒人偏見について見定めることが出来ず、迷っている方も多いでしょう。黒人の大統領をアメリカの顔にすれば、アメリカの白人、いや、アメリカという國そのものの素晴らしさを示す何よりの証しとなるという強いムードがバラク・オバマを支持する白人たちの間では支配的です。そのようなアメリカの白人たちにとっては、南アの白人作家ナディン・ゴーディマーの断定は鋭利な刃物に刺された深い傷のように胸に残ることでしょう。:
■米国のレイシズム(人種主義)は直しようのない悲劇です。多人種なので米国と南アはよく比較されますが、南ア黒人に比べると米国の黒人は絶望的です。比較になりません。彼らの悲劇は自分たちを米国人と思えない所です。代わりにアフリカ人であると主張することもありますが、アフリカに来てみるとそれが誤りだとすぐにさとる。むしろアフリカ人が人種にあまりこだわらず、くつろいでいるのを見て反発を感じるそうです。■
この発言は、南アのヨハネスブルグで毎日新聞の藤原という記者さんがゴーディマーさんをインターヴューした記事(2000年1月31日)から取ったものです。これを読むと、シカゴの黒人教会でライト牧師がおこなった発言の内容が思い出されます。彼は真実を語ったのであり、彼の言葉の激しさは、ナディン・ゴーディマーの指摘する米国黒人の絶望と怒りの深さを反映したものでした。バラク・オバマの美辞麗句で覆い隠せるような亀裂ではありません。そして、たとえ、オバマ大統領が実現しても、彼はコンディ・ライスなどと同じく、(殺される側)の黒人たちを見捨てて(殺す側)に引っ越した黒人の一人となるのは、もう間違いありません。
ゴーディマーさんの見識のしたたかな先見性を示す発言をもう一つ、同じ対談記事から借用します。
■ 20世紀には2つの大きな失敗がありました。1つは共産主義の失敗です。もう1つは資本主義です。確かに資本主義は一部の人々には成功だったかもしれません。でも少数の金持ちと大多数の貧困層という結果を生みました。
資本主義は世界の資源をコントロールする方法をもたらしましたが、その資源を分配する方法を持ち得ませんでした。その結果、今、世界は新たな秩序を作らねばならない危機を迎えつつあります。
では、どのような新秩序をどうやって作るのか。いくら考えても、私の洞察をこえたものと言うしかありません。本当に残念です。■
2000年1月の発言です。何とも恐ろしい先見性ではありませんか。アフリカも、世界全体も、彼女が洞察した危機の様相を日一日と深めています。「どのような新秩序をどうやって作るのか」を誰も知らないという危機の中に我々はあるのです。
[付記]
今(8月27日)コロラド州デンバーでバラク・オバマを正式に大統領候補に指名する米民主党大会が進行中です。オバマとは何者か。オバマ大統領のもとでアメリカはどうなるのか。私にとってこれほど興味津々の政治問題は他にありません。アメリカの黒人問題が、このオバマ現象を契機に、最も目覚ましい形で表出しているからです。本日のブログで、快刀乱麻を断つ(と私が思った)ナディン・ゴーディマーさんの見解を紹介した理由も将にそこに発します。皆さんの中にも、全人類の運命を左右しかねない怪人物バラク・オバマの出現に深甚の関心をお持ちの方が沢山おいでと考えます。今まで述べてきました私のオバマ観が反米系の偏見だとお感じの方に是非読んで頂きたい重厚な論考を雑誌「ニューヨーカー」2008年7月21日号に見つけました。この雑誌は到底左翼雑誌とは申せませんが、時々重量級の論文が掲載されるようです。その昔、ベトナムのソンミ村虐殺の詳報が出たのもこの瀟洒な雑誌でした。筆者はRyan Lizza, 表題は「MAKING IT How Chicago shaped Obama」です。以下は終りに近い部分からの引用ですが、全体のフレーバーが感じられます。
P erhaps the greatest misconception about Barack Obama is that he is some sort of anti-establishment revolutionary. Rather, every stage of his political career has been marked by an eagerness to accommodate himself to existing institutions rather than tear them down or replace them. When he was a community organizer, he channelled his work through Chicago’s churches, because they were the main bases of power on the South Side. He was an agnostic when he started, and the work led him to become a practicing Christian. At Harvard, he won the presidency of the Law Review by appealing to the conservatives on the selection panel. In Springfield, rather than challenge the Old Guard Democratic leaders, Obama built a mutually beneficial relationship with them. “You have the power to make a United States senator,” he told Emil Jones in 2003. In his downtime, he played poker with lobbyists and Republican lawmakers. In Washington, he has been a cautious senator and, when he arrived, made a point of not defining himself as an opponent of the Iraq war.
藤永 茂 (2008年8月27日)
アメリカ合州国で初の黒人大統領が実現しそうな現在、アメリカにおける黒人の位置について色々な見方や評価が飛び乱れています。日本人にもアメリカ国内の対黒人偏見について見定めることが出来ず、迷っている方も多いでしょう。黒人の大統領をアメリカの顔にすれば、アメリカの白人、いや、アメリカという國そのものの素晴らしさを示す何よりの証しとなるという強いムードがバラク・オバマを支持する白人たちの間では支配的です。そのようなアメリカの白人たちにとっては、南アの白人作家ナディン・ゴーディマーの断定は鋭利な刃物に刺された深い傷のように胸に残ることでしょう。:
■米国のレイシズム(人種主義)は直しようのない悲劇です。多人種なので米国と南アはよく比較されますが、南ア黒人に比べると米国の黒人は絶望的です。比較になりません。彼らの悲劇は自分たちを米国人と思えない所です。代わりにアフリカ人であると主張することもありますが、アフリカに来てみるとそれが誤りだとすぐにさとる。むしろアフリカ人が人種にあまりこだわらず、くつろいでいるのを見て反発を感じるそうです。■
この発言は、南アのヨハネスブルグで毎日新聞の藤原という記者さんがゴーディマーさんをインターヴューした記事(2000年1月31日)から取ったものです。これを読むと、シカゴの黒人教会でライト牧師がおこなった発言の内容が思い出されます。彼は真実を語ったのであり、彼の言葉の激しさは、ナディン・ゴーディマーの指摘する米国黒人の絶望と怒りの深さを反映したものでした。バラク・オバマの美辞麗句で覆い隠せるような亀裂ではありません。そして、たとえ、オバマ大統領が実現しても、彼はコンディ・ライスなどと同じく、(殺される側)の黒人たちを見捨てて(殺す側)に引っ越した黒人の一人となるのは、もう間違いありません。
ゴーディマーさんの見識のしたたかな先見性を示す発言をもう一つ、同じ対談記事から借用します。
■ 20世紀には2つの大きな失敗がありました。1つは共産主義の失敗です。もう1つは資本主義です。確かに資本主義は一部の人々には成功だったかもしれません。でも少数の金持ちと大多数の貧困層という結果を生みました。
資本主義は世界の資源をコントロールする方法をもたらしましたが、その資源を分配する方法を持ち得ませんでした。その結果、今、世界は新たな秩序を作らねばならない危機を迎えつつあります。
では、どのような新秩序をどうやって作るのか。いくら考えても、私の洞察をこえたものと言うしかありません。本当に残念です。■
2000年1月の発言です。何とも恐ろしい先見性ではありませんか。アフリカも、世界全体も、彼女が洞察した危機の様相を日一日と深めています。「どのような新秩序をどうやって作るのか」を誰も知らないという危機の中に我々はあるのです。
[付記]
今(8月27日)コロラド州デンバーでバラク・オバマを正式に大統領候補に指名する米民主党大会が進行中です。オバマとは何者か。オバマ大統領のもとでアメリカはどうなるのか。私にとってこれほど興味津々の政治問題は他にありません。アメリカの黒人問題が、このオバマ現象を契機に、最も目覚ましい形で表出しているからです。本日のブログで、快刀乱麻を断つ(と私が思った)ナディン・ゴーディマーさんの見解を紹介した理由も将にそこに発します。皆さんの中にも、全人類の運命を左右しかねない怪人物バラク・オバマの出現に深甚の関心をお持ちの方が沢山おいでと考えます。今まで述べてきました私のオバマ観が反米系の偏見だとお感じの方に是非読んで頂きたい重厚な論考を雑誌「ニューヨーカー」2008年7月21日号に見つけました。この雑誌は到底左翼雑誌とは申せませんが、時々重量級の論文が掲載されるようです。その昔、ベトナムのソンミ村虐殺の詳報が出たのもこの瀟洒な雑誌でした。筆者はRyan Lizza, 表題は「MAKING IT How Chicago shaped Obama」です。以下は終りに近い部分からの引用ですが、全体のフレーバーが感じられます。
P erhaps the greatest misconception about Barack Obama is that he is some sort of anti-establishment revolutionary. Rather, every stage of his political career has been marked by an eagerness to accommodate himself to existing institutions rather than tear them down or replace them. When he was a community organizer, he channelled his work through Chicago’s churches, because they were the main bases of power on the South Side. He was an agnostic when he started, and the work led him to become a practicing Christian. At Harvard, he won the presidency of the Law Review by appealing to the conservatives on the selection panel. In Springfield, rather than challenge the Old Guard Democratic leaders, Obama built a mutually beneficial relationship with them. “You have the power to make a United States senator,” he told Emil Jones in 2003. In his downtime, he played poker with lobbyists and Republican lawmakers. In Washington, he has been a cautious senator and, when he arrived, made a point of not defining himself as an opponent of the Iraq war.
藤永 茂 (2008年8月27日)