私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

シリアとリビア(1)

2012-08-29 10:33:27 | 日記・エッセイ・コラム
 シリアのことは、あまりに気が重いので書かないつもりでしたが、8月27日にテレビで報道された事柄について疑問を持った事で気が変わりました。
 8月20日、シリア北部アレッポでジャーナリスト山本美香さんが銃撃され死亡しました。私はNHKなどのテレビでまず事件を知り、いま手許には22日付の朝日新聞と西日本新聞の記事があります。朝日の見出しは『迷彩服の男、突然乱射』、西日本には『街に戦闘機、国家が国民を空爆』となっています。朝日の記事は、山本さんと一緒に行動していた独立系通信社ジャパンプレス代表の佐藤和孝さんを電話取材した内容に基づいています。:
■ 佐藤さんによると、2人は20日昼から反体制派・自由シリア軍の兵士約20人に同行し、アレッポでの取材を始めた。この地域は、政府軍も反体制派も制圧できない空白地帯だったという。午後3時半ごろ、緑色の迷彩服を着た10~15人の男たちが右側から坂道を上がってきたのが見えた。佐藤さんは最初、自由シリア軍だと思ったが、先頭の男がヘルメットをかぶっていることに気づき、「政権軍だ!」と思った瞬間、男たちが乱射を始めた。佐藤さんはとっさに近くの蔽遮物に身を隠したが、右側の3メートルほど離れた所にいた山本さんとは、はぐれてしまった。その後、佐藤さんは反体制派の兵士とともに近くのアパートの部屋に身を隠した。1時間ほど続いた戦闘が収まったのを見計らって、防弾チョッキを隠し一般市民に紛れて脱出。反体制派の司令部に戻ったが、山本さんの姿はなかった。・・・ ■
西日本新聞は山本さんが撃たれる直前に撮影していたビデオカメラ映像について報じていますが、内容は私もテレビで見ました。次は西日本からの引用。:
■ 建物のベランダから外を見る女性や子どもの姿も写っていたほか、山本さんが「(兵士らが銃を)やみくもに撃っている」と緊迫した様子で話す声も録音されていた。佐藤さんはまた、事件直前に街中でシリア軍戦闘機の空爆に遭っていたことを明らかにし「自分の経験にない現場だった。腹の底から震えた」とのべた。・・・ 佐藤さんは「街のど真ん中にジェット戦闘機が急降下して空爆するのを目撃したのは初めて。それを国家が国民に対して行なっている」と指摘。「とてつもない暴力を(政府軍が)使っていることに驚いた」と、シリア政権による反体制派弾圧の異常さを語った。■
 この事件から7日経った27日に、“銃撃現場にいたタクシー運転手が山本さんを射殺したのは確かにシリア政府軍の兵士だったと語った”と報じるニュースがテレビに流されました。シリアについては書かないつもりだった私の心を変えたのはこの報道です。
 かつてのスターリン恐怖政治下のソ連の官製報道と昨今の米国の大メディアの報道を比較して、老骨のベテラン・ジャーナリストが「ソ連の新聞にはまだ読むべき行間(read between the lines)があったが、米国の新聞の報道も論説も権力の意向そのまま、行間に読むべきことなど何もないほどストレートだ」と何処かで嘆いていました。我々は、いささか遅まきの“銃撃現場にいたタクシー運転手が山本さんを射殺したのは確かにシリア政府軍の兵士だったと語った”という映像報道の裏から何かを読み取るべきなのかもしれません。
 ノーム・チョムスキーが一部の人々からひどく批判される理由の一つは、彼が、9・11の世界貿易センタービルの崩壊炎上があらかじめ準備されていたという説を公式に認めることを未だにしないことにあります。9・11陰謀説を信じる人々にとって、山本さんの銃殺が仕組まれたものであった可能性を信じることは決して難しくはありますまい。そういう事が横行している今の世界ですから。しかし、私の議論のポイントはそこにはありません。世界のプロのジャーナリストがどのような事実を知り、それをどのように報道しているかというそのやり方(modus operandi)を問題にしたいのです。
 マスコミは商売であり、ニュース・アイテムはその商品ですから、それが円滑に入手でき、高値で売れるように努力するのは当然のことでしょう。山本さんのお父さんが娘の訃報に接して号泣する場面をながながと流すのは、私の好みには全く沿いませんが、まあ仕方がありません。しかし、事の現場で仕事をする個々のジャーナリストの方々には、企業としてのマスコミとは違う狙いなり志があって然るべきだろうと私は愚考します。自分が関心を持つ主題の情報源へのアクセスを確保するために、知り得たことのすべてをストレートに報道することを避ける事もあることは素人である私にも十分理解できますが、知り得た真実を人々に伝えたいというのが、そもそも、ジャーナリストという職業を選ぶ基本的な理由であろうと想像します。このご時世ですから、はじめから優秀なプロパガンディストを目指す若者が出てきたにしても驚きはしませんが。
 シリアの争乱について、確かだと判断される事実が幾つかあります。まず、反体制派・自由シリア軍の兵士の少なくとも半数以上は現地の(この場合アレッポの)住民ではない余所者と思われます。次に反体制派・自由シリア軍の使用している銃火器の大部分は国外から持ち込まれたと考えられます。さらに、シリア国軍はリビアの場合に較べて、陸軍、空軍とも遥かに強大ですから、反乱軍側は、当然のこととして、市街住宅地区でのゲリラ戦を戦略として選んでいます。この場合、ゲリラ戦士を住民が受け入れ、住民とゲリラ戦士の区別がつかないことが多かったベトナム戦争の場合と全く違って、たとえ自国政府に不服があるにしても、カラシニコフ小銃など握らず、出来れば平穏な市民生活を続けていたいと望んでいる一般住民が圧倒的に多いと思われます。亡くなった山本さんの撮影した映像にあった「建物のベランダから外を見る女性や子どもの姿」にそうした不安が写されていました。この点でも、いま改めて、リビアの一般市民に降り掛かった悲劇が痛々しく想起されます。
 ところで、上掲の朝日の記事の中に「佐藤さんは反体制派の兵士とともに近くのアパートの部屋に身を隠した。1時間ほど続いた戦闘が収まったのを見計らって、防弾チョッキを隠し一般市民に紛れて脱出。反体制派の司令部に戻ったが、山本さんの姿はなかった。」とありますが、反体制派のゲリラ戦士たちは、必ずしも住民の合意なしに、戦闘の足場としてアパートの部屋を接収することが伝えられています。佐藤さんが反体制派の兵士とともに身を隠したアパートの部屋も、反体制派の司令部のある建物も、住居者が進んで提供したものではないと想像する事は可能です。ここに、全面的な市街地ゲリラ戦に巻き込まれたくないシリア国軍が、ゲリラ戦力の拠点になっていると考えられる建物を空爆して一般市民を多数殺傷している根本的な理由があります。全くひどい話です。「テロリストが潜んでいた筈」という理由でアフガニスタンの結婚式場が遠隔操作の無人米軍爆撃機からミサイル爆撃を受けて出席者の多くが殺傷された事態とどちらがより残忍で許すべからざる軍事行為であるかは、俄に断じる事は出来ませんが。ともあれ、『街に戦闘機、国家が国民を空爆』という新聞見出しは簡単過ぎます。シリアでは、反体制派側のタクティクスとして、極めて意識的に住民を巻き込む市街地ゲリラ戦が展開されている現状についての然るべきニュース解説を付けるのが当然でしょう。それがシリア政府の暴挙を弁護する形にならないように工夫するのは難しいことではありません。
 Robert Fisk(1946年生)という大変著名な英国人ジャーナリストがいます。この人は1970年代からレバノンの首都ベイルートに住み、アラビア語も達者、中東、北アフリカについての彼の記事を、私は一種の注意深い信頼を持って読み続けています。彼は、平和主義者としての立場を公に表明しながら、一度も職業的に躓かず、これまで数えきれないほどのジャーナリスト賞を受賞してきました。
 私が手放しの全面的信頼をこの有能で明敏なジャーナリストに、心情的に、置けないのは、彼の特異な文章、絶えず「行間を読め」と告げられているような、どこか煮え切らないような文体にあります。これは、あまり自信の無い私なりの憶測ですが、フィスク氏の文体は、ジャーナリストとして活躍を続けるための保身術的バランス感覚から来ているのだろうと思います。世界中の何処へも出かけて取材が出来ることは、ジャーナリストとして、最も望ましいことに違いありません。
 フィスク氏は今シリアの政府側に入り、首都ダマスカスやアレッポの現地から、連日、記事を英国紙インデペンデントに送っています。ジャパンプレスの山本さん/佐藤さんは反体制派の導きでアレッポに入って取材して日本に伝えたわけですが、両方の報道を合わせて読むと実際に起っている事のかなり正しい有様が分かります。もっとも、佐藤和孝氏の報道のトーンとは違い、フィスク氏は、一般市民を痛め続けるシリア国軍と自由シリア軍の双方をバランス良く非難しています。NHK の特派員がダマスカスに居る筈ですし、もちろん、インデペンデント紙のウェブサイトに連日出ているフィスク氏の記事の内容を熟知の筈ですから、そのことが何らかの形でNHKの視聴者に伝わるようなテレビ報道をしてもらいたいものです。このブログの読者のご参考のために、以下にフィスク氏の最近の記事のタイトルを並べておきます。写真や動画も含まれています。:

8月29日:Robert Fisk: Inside Daraya - how a failed prisoner swap turned into a massacre
8月28日:Robert Fisk: Syrian war of lies and hypocrisy
8月27日:Robert Fisk: The Syrian army would like to appear squeaky clean. It isn't
8月26日:Robert Fisk: The bloody truth about Syria's uncivil war
8月25日:Robert Fisk: Syria's newspapers trumpet an army victory but the sound of shellfire tells the true story
8月24日:Robert Fisk: Aleppo's poor get caught in the crossfire of Syria's civil war
8月23日:Robert Fisk: 'Rebel army? They're a gang of foreigners'
8月22日:Robert Fisk: 'No power can bring down the Syrian regime'

http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-inside-daraya--how-a-failed-prisoner-swap-turned-into-a-massacre-8084727.html?origin=internalSearch

http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-syrian-war-of-lies-and-hypocrisy-7985012.html

8月22日の記事「ロバート・フィスク:‘如何なる力もシリア政権を打倒することは出来ない’」の引用符(‘?’)の中はフィスク氏の意見ではありません。この記事は山本さんの不幸な事件があった直後のアレッポの政府軍側からの報道です。この記事には多数の読者コメントが寄せられていますが、その中の一つ、jeanshaw と名乗る投稿者のものに山本さんの事件が言及されています。:
■ I am with the Russians on this , we should not be involved and definitely we do not take illegal unilateral action against Assad.? Assad's enemies are supported by 2 of the most reactionary undemocratic States on the planet, Saudi Arabia and Qatar. Saudi Arabia , in particular, is an undemocratic fundamentalist Islamic state which despises Christianity , is anti-women ( latest example announced this week women will be excluded from many degree courses at their Universities) and is destroying its architectural heritage in the name of its strict interpretation of Islam. The last thing we should want is more fundamentalism in the Middle East.?
Can I also comment on the other article in today's paper re the death of a Japanese journalist who was with the Free Syrian Army , as Channel 4 has reported the FSA lead journalists into traps because it suits their purpose to get them killed , injured or missing. ■
最後の4行が山本事件関係です。チャンネル4はイギリス政府の公共テレビ局、FSA は自由シリア軍、チャンネル4が「日本人記者たちがFSAにはめられたかも」と報じたかどうか、私は確かめていません。チャンネル4の性格から、あり得ないような気がしますが。
 もし、英語を読むのがひどくうるさくなければ、上の最初の二つの記事(8月29日付け8月28日付け)を是非お読み下さい。自由シリア軍がシリアの一般住民を大事にしていないことだけは、はっきり分かります。 フィスク氏がこれだけはっきり言うのですから。

藤永 茂 (2012年8月29日)


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ノーム・チョムスキーが泣くのを私は見た(前置き)

2012-08-22 10:59:53 | 日記・エッセイ・コラム
 前回のおわりに掲げた Fred Branfman という人の回想記『When I Saw Noam Chomsky Cry(ノーム・チョムスキーが泣くのを私が見た時)』の翻訳に入る前に、少し私的な思い出話を綴ります。

http://www.salon.com/2012/06/17/when_chomsky_wept/

 前回、チョムスキーとの付き合いは長いと私は申しましたが、長い間この人の書くこと言うことに注意を払って来たというだけの事で、組織立ててこの人の事を調べて来たのではありません。また、長いと言っても、私がカナダに移住した1968年以後のことで、それ以前は優れた言語学者だというぐらいの知識しかありませんでした。1968年といえば、ベトナム戦争の最中で、ソンミ村虐殺事件もその年の3月16日に起りました。拙著『アメリカ・インディアン悲史』の冒頭に私はそれを掲げました。ベトナム戦争は、特にアメリカにとって大変な歴史的事件であったのであり、また韓国にとっても、日本にとっても、ベトナム戦争をめぐるアメリカとの関係で、我々は、ベトナム戦争の記憶を国民的意識に、今でも絶えず引き戻し続ける必要があります。それほど重大な事件だったと思います。しかし、多数のアメリカ人にはそれが分からなかった。ハリウッド映画『地獄の黙示録』はその事を歴史に刻んだ記念碑的作品でした。勿論、反戦の声も米国内で大きく上がりましたが、ベトナム戦争が光輝ある民主主義の本家アメリカの歴史の例外的汚点であり、歴史的偶然がこの醜悪さを生んだと考える人たちが反戦論者にも多かったのです。ハンナ・アレントもその中に含めてよいでしょう。彼女には第三世界に対して如何にもヨーロッパ人らしい蔑視の傾向さえありました。
 ノーム・チョムスキーは違いました。彼のベトナム戦争反対論は、米国政府の侵略政策の批判において、アレントより遥かに深く広い歴史的認識と現状認識に裏打ちされていました。同じことはチョムスキーと親しい関係にあった故ハワード・ジンについても言えるでしょう。私がチョムスキーの著作に馴染み始めたのは、カナダ、ケベック州のモントリオール市で1969年に開業した黒薔薇書店(Black Rose Books)という小さな出版/書店の存在に気付いてからでした。この本屋さんの思想的重心はアナーキズムにあります。普通「無政府主義」と訳されるアナーキズムとかアナーキストという言葉は、世界中で、何だか無茶な危険なものとして受け取られているようですし、思想史的には「アナーキズムは世界の舞台に登場の機会を逸してしまった過去の思想だ」という判決が下されたことがありましたが、どうしてどうして、そんなことはありません。黒薔薇書店は、小さな規模の営業ですが、おそらく世界で最も完璧なクロポトキン全集を出版しています。ピーター・クロポトキン、アナーキストのプリンス(!?)と呼ばれるこのロシアの貴族は、いま読んでも、「この人、なかなか良いことを言うなあ」と言いたくなるようなことを沢山書いています。黒薔薇書店からはチョムスキー、George Woodcock(1912-1995)、Murray Bookchin (1921-2006) などの著書を創業初期から出版していますが、これらの人々は自らアナーキストであると名乗った人たちです。ウッドコックはカナダ人の社会運動家/学者/著作家で,私はこの人の著書から実に沢山のことを学びました。ヴァンクーバーのブリティッシュ・コロンビア大学の英文学部の教授でしたが、米国の批判をするので要注意人物と睨まれ、入国ビザが貰えず、目と鼻の先にある米国に行くことが出来ませんでした。
 何らかの機会に自分はアナーキストだと言った人は昔から沢山います。フランス人の大物どころでは、ヴァレリー、サルトル、カミュ、などが思い出されます。アメリカの過去にも心惹かれるアナーキストたちが何人もいます。サッコとヴァンゼッティ、それにエンマ・ゴールドマンなどは有名ですが、近い所では、Paul Goodman、Dave Dellinger、それに少し遡って、Eugene Debs を挙げておきたいと思います。これらの人々は政治理論家ではなく、権力システムの恣意的行動の犠牲者に対する温かい気持と権力に対する不退転の闘争心を抱いていた所が共通しています。その点では、私が敬愛するHoward Zinn (1922-2010) も同様です。彼は死ぬ2ヶ月前の2008年5月に「私はアナーキストだ(I am an anarchist)」とはっきり言いました。チョムスキーについては、なにしろ言語論ではあれほどの理論を編み出した人ですから、私が知らないだけで、アナーキストという自分の政治的立場に理屈っぽい理論体系を持っているのではないか、つまり私が親近感を感じて来た他のアナーキストたちとは違うのではないかと思っていたのですが、今度、ラオスでチョムスキーが泣いたという話を聞いて何だかほっとしたというのが、私の本音であり、それがこの回想記、いわば一種のチョムスキー弁護論を訳してみようかと思った理由でもあります。チョムスキーは右からも左からも批判を受けていますが、誰も無視することが出来ない現代の巨人の一人です。
 私も、思想傾向を聞かれると、アナーキストだと答えることにしていますが、ほとんどいつも、本気にとってもらえません。冗談を言っていると思って相手が笑います。

藤永 茂 (2012年8月22日)


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泣くという行為

2012-08-15 11:04:30 | 日記・エッセイ・コラム
 年をとって涙もろくなったような気がします。テレビで映画などを観ていると、涙が出てくることがよくあります。泣いていいじゃないかという想いの一方で、役者さんの演技の結果として、あるいは涙をねらったストーリーの運び方で、自分が泣かされていることを意識して不快に思うという、情けない反応を示すこともあります。私の心の奥には、一種の弁解があります。映画なりお芝居なりが立派な出来のものならば、泣かされても何の不快感も残らないということです。古典芸能だからというので、点が甘くなっているのかも知れませんが、名手の演じる歌舞伎のあれこれの場面では、ひねくれ者の私も心おきなく涙に浸れます。死を覚悟の幡随院長兵衛が水野十郎左衛門の屋敷に乗り込む前、何も知らぬ幼い我が子との別れに流す涙、この春、中村吉右衛門が泣くところを観ました。
 ニュース番組で人が泣くシーンをやたらに使う近頃の流行には嫌悪を覚えます。勿論、ニュースに値する素晴らしい涙もありましょう。優勝した旭天鵬の涙顔はその最高の例でした。しかし、一般には、人が泣く場面を含む報道にはエンターテインメント的狙いと視聴者を感情的に操作しようとする意図が見え見えの場合がまことに多い、これは忌むべきことに思われます。もっとも、この感じ方もまた、老齢から来るありきたりの生理的反応なのかもしれません。自分の精神状態を外から操作されたくないという偏執は増すばかりです。その表れの一つに流行の言葉に対する反発があります。老いた私は流行的な言葉使いを身につける前向きの能力をすっかり失ってしまいました。近頃は「・・・してあげる」「・・・していらっしゃいます」といった言い回しが流行です。自分の子供は勿論のこと、動物、植物、無生物にも適用されます。先日、テレビのリポーターが「いろいろの魚が泳いでいらっしゃいます」と言うのを聞きましたし、今朝は笑顔のいいオリンピック選手の持っている蛙のお守りを褒めて「蛙も笑っていらっしゃいます」と言っていました。言葉が流行するという現象は実に不思議なものです。それに自動的に追随しないというのは精神の柔軟性を失うことでもあるのでしょう。つい数日前、猫の写真を撮る岩合光昭さんのドキュメンタリーを観て大変楽しい思いをしましたが、岩合さんはごく自然にこの頃の日本人の言葉使いで話していました。もっとも、猫に対する岩合さんの言葉使いには動物に対する本物の親近感と敬意がこもっているのでしょう。
 名前は忘れてしまいましたが、カリフォルニア大学に馬の調教師から動物心理学の教授になった女性がいて、その著書を興味深く読んだことがあります。本格的な動物調教師には、理念的な動物愛護の気持から発したものでない、本物の“動物の人格(動物格?)尊重の念”を無意識に抱いている人が多く、彼らが動物について語るのを傍で何気なしに聞いていると、まるで見知りの人間について語っているように聞こえる、といったことが書いてありました。たしか、その本の中に、ダメな雌象が泣いた話があって、その話はこの30年間ほど、何故か私の心に貼り付いたままになっています。サーカス団の象のチームの調教師の話なのですが、チームの中の一頭の雌象がどうしても他の象たちと揃った芸が出来ないので、調教場にそのダメ子さんだけ残して特訓を始めたがどうしてもうまくやれない。調教師は根気よく優しく教えてやっていたのに、とうとうダメ子の象さんは体を地に横たえて涙を流し始めたというのです。ほんとうに悲しくなって象は泣いていたのだと私は信じます。昔、フランスの詩人フランシス・ジャムは、路傍に捨てられた子猫の深い悲しみを詠みました。
 最近、人が泣くということで、深く心を打たれた話に二つ出会いましました。その一つは、1987年、ブルキナ・ファッソのトマ・サンカラが暗殺されたというニュースがアメリカに伝えられた時、カメルーン出身の一人の黒人の老人が、アメリカの自宅のソファで静かに泣いたという話です。祖父がソファに腰を落として静かに嗚咽するのを見たのは老人の孫の少年で、その記憶は少年の心に深く刻まれました。カメルーンはブルキナ・ファッソの隣国でもなく、この老人はサンカラと何らの個人的関係もありませんでした。サンカラの暗殺をアフリカの明るい希望の絞殺と受け取っての涙であったのでしょう。世界中の多くの黒人が、泣いてサンカラの死を悼んだのだと思います。先だって抄訳したサンカラについての論考の著者Amber Murreyは、この老人のことを念頭に置いて、筆を進めたと記しています。
 もう一つはノーム・チョムスキーが、ベトナム戦争中の1970年、隣国ラオスを訪れた際に、現地の人々の苦難を目の前にして、泣いたという話です。去る6月に、Fred Branfman という人が、その42年前の忘れ難いシーンの思い出話を綴っています。チョムスキーとは長いお付き合いです。といっても、以前にフィデル・カストロについて言ったことと同じで、個人的な付き合いがあるのでは全くありません。この40年ほどの間、ずっと興味を持ち続けて来たと言う意味に過ぎませんが、サンカラとかカストロとかチョムスキーというような人間が可能であったという単純直裁な事実が、自分を含めての人間一般に対する私の浅薄な、しかし、執拗なペシミズムに負けてしまうことから私を守ってくれたように思います。「なに?チョムスキーが泣いた?面白そうじゃないか」という人々が居ると思うので、このブランフマンという人の思い出話を、このブログに訳出掲載する予定です。

藤永 茂 (2012年8月15日)


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人命はすべて等しく尊いとされてはいない

2012-08-08 11:22:50 | 日記・エッセイ・コラム
 前回のブログで、ロンドン・オリンピックにサウジ・アラビアから参加した女性選手二人が、選手選考基準の枠の外から特別に参加が許されたことを述べました。NHKの朝のニュースでたまたまその一人の出場の場面を見ました。大柄の柔道選手で、いとも簡単に一本を取られて負けてしまいました。頭を黒い布で覆い、柔道着も下着も首までしっかりと覆っていました。私はこのおずおずとしたサウジ・アラビアの女性に仄かな同情をすら抱きました。しかし、またしても,彼女がサウジ・アラビアの代表としてオリンピックに参加したことを歴史的に意義のある快挙とする解説が付けられたことに、私は改めて憤りを感じました。こんなギミックがオリンピック騒ぎに湧く世界中の女性男性に、万遍なく、通用すると考える権力者たちの自信過剰と飽くなき傲慢さには驚くべきものがあります。
 人を馬鹿にしたギミックと言えば、つい最近、アフリカ大陸で米国の飛び切り御贔屓のルワンダ政権にオバマ大統領がお灸をすえるという事件が発生しました。コンゴの政府軍から分かれたM23と略称される反乱軍団がコンゴ東部でひどい乱暴をしていて、国連平和維持軍がコンゴ政府軍を助けて懸命にM23と戦っているのですが、そのM23を隣国のルワンダが強力に支持している事実が否定の余地なくはっきりして来たのです。このルワンダの鉄腕独裁者カガメの勇み足がオバマ政府の不興を買い、ルワンダへの軍事援助の一部を保留するという思いがけない事態が生じた、という風に一般的には受け取られているようですが、私は、世界の一般大衆を愚弄する厚顔なシャレード以外の何ものでもないと考えます。
 アメリカ国務省の女性報道官ヒラリー・レナーの発表によると、M23を含むコンゴ軍からの脱退反乱軍団(少年兵を含む)をルワンダが支援していることが明らかになったので、その罰として本年度の米国からルワンダへの軍事援助費の一部20万ドルを保留することになったという話なのです。ルワンダ軍の下士官養成学校への助成金だそうです。アメリカが、本年度、ルワンダに与える援助金2億ドルの0.1%の端金に過ぎません。アメリカの言いつけ通りに動かなかった国に対する制裁としては何とも軽い、話にもならない金額です。それにも関わらず、米英のマスメディアは、英国のガーディアンも含めて、「金額は些少だが、これはルワンダのカガメ大統領に対するアメリカ政府の見方の変化を象徴するものだ」という見解がしきりと表明されています。そんなことは絶対にありません。この手のエキスパートの解説記事で世界中がコロリとやられてしまうのであれば、米英とその手先のカガメのルワンダにとって、これほど好都合なことはないでしょう。このアメリカのルワンダ制裁劇は、事前に前大統領クリントンと彼の親友カガメとの間で十分打ち合わせを済ませた上でのRP劇だったのであろうと、私は推測します。M23に参加している(させられている)少年兵はフランス語ではなく英語を話しているという情報は反乱軍M23の実相を示す重要な手掛かりです。M23は武器だけではなく少年兵すらルワンダ側でリクルートされているということです。この全体の物語のポイントは、M23が現地のコンゴ住民を痛めつけて占領しているコンゴ東部地域が貴重な鉱物資源を豊富に産出する地域だということにあります。この憂鬱な話をここで繰り返すことはいたしませんが、私としては、1994年のルワンダ大虐殺の数年以前から現在に至るまでにコンゴ/ルワンダ地域で生起していることは、暴発的な大惨劇の不幸な連続の歴史ではなく、突発的な惨劇があったとは言え、大筋としては米英によって仕組まれ、意図的に推進されて来たものである、という見解をますます固めつつあります。いまだに喚かれ続けているルワンダ大虐殺が終結したあとから今日までに、主にコンゴの東部地域で数百万人のコンゴの人々が戦乱の犠牲となっています。一日に千人のオーダーの人間が死んでいます。これは自然現象でも歴史の偶然でもありません。主として米英の勢力が意図的に行なっていることです。この膨大な数の人間の死を、我々は日常の意識の外に置き続けて、平気で他のことについて騒いでいるのは一体何故なのでしょうか。これが許され続けている理由は一体どこにあるのでしょうか。3年ほど前に、コンゴという、その生誕からこのかた重い悲劇を担い続けてきた国について、『コンゴの今後』(1)~(5)という連続記事を書いたことがありました。その中で、アメリカの外交政策専門誌に出た『There Is No Congo(コンゴは存在しない)』というタイトルの論文を紹介しました。その冒頭に「The Democratic Republic of the Congo does not exist. (コンゴ民主共和国は存在しない。)」と明記してあります。彼らにとっては、ルワンダ大虐殺の後に生命を失った数百万のコンゴ人たちも、同じく、存在しないのです。彼らにとって、如何に、如何に美辞麗句を並べようと、最終的には、ヒロシマ・ナガサキの死者を含めて、失われたこれらの人命はすべて等しく尊いものではないのです。

 最後にまた、オリンピックに戻ります。拳闘のライトヘビー級に出場したオーストラリアのデイミアン・フーパーという選手の話です。ボクシング・ファンの日本人には多分既知の名前でしょう。フーパーさんにはオーストラリアの先住民(アボリジニー)の血が流れています。写真で見ると恐らく白人との混血ですが、いくら白人の血が混ざってもアボリジニーはアボリジニーです。フーパーは一回戦で金メダルの有力候補だったアメリカの選手を負かしましたが、試合前に着ていたTシャツにオーストラリアの国旗と一緒に先住民族の旗の模様も付いていたことをオリンピック委員会から「政治的中立性の規則に違反する」として咎められました。先住民の旗というのはオーストラリア国内では認められているのだそうです。カナダにも独自の旗を持っている先住民族がいます。オリンピック委員会はおのれ自体が密かに、しかし、大いに「政治的中立性の規則」に違反しているので、他人の些細な違反に過敏なのでしょう。このロンドン・オリンピックのエピソードについては左翼的なスポーツ評論家 Dave Zirin による興味深い記事がありますので、覗いてみて下さい。
 オリンピックでの人権擁護表明の行動と言えば、私の世代の人間に記憶には、直ぐに1968年のメキシコ大会が戻って来ます。男子陸上200メートルの表彰台上でアメリカの黒人選手スミス(金)とカルロス(銅)が黒手袋をはめた手の拳を高くつきあげたポーズをとりました。国際オリンピック委員会はこの二人の黒人選手を永久追放の処分にしたのでした。ところで、有名な写真にはもう一人小柄な白人選手が写っています。銀メダルを獲得したオーストラリア選手ピーター・ノーマン(Peter Norman)です。この人は黒手袋の拳を振り上げはしませんでしたが、胸に黒人人権運動支持のバッジを付けて表彰台に上がっていたのです。アメリカのスミスとカルロスの二人は金と銀をせしめるつもりだったのに小柄の白人が二人の中に見事割り込んで来てびっくりしたそうです。ノーマンは母国アーストラリアにかえってから、結構いじめられましたが、自分は正しい事をしたという立場を死ぬまで変えませんでした。良い話ですから、ネット上でこの人の話も読んで下さい。

http://www.zcommunications.org/damien-hooper-the-sanctioning-of-an-anti-racist-olympic-rebel-by-dave-zirin

http://www.guardian.co.uk/news/2006/oct/05/guardianobituaries.australia


藤永 茂 (2012年8月8日)


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サンカラとブルキナ・ファッソ(3)

2012-08-01 09:18:36 | 日記・エッセイ・コラム
 前回に続いて、6月20日にPambazuka News というウェブサイトに出た Amber Murrey という人の次の記事の抄訳を試みます。

『革命と女性の解放:サンカラの講演についての省察、25年後(The revolution and the emancipation of women: A reflection on Sankara’s speech, 25 years later)』
http://www.pambazuka.org/en/category/features/83074

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歴史的背景
(藤永註)この部分は、前々回のこのブログに掲載させて頂いた吉田太郎さんのトーマス・サンカラ物語を読んで頂いた方がはるかに良いので訳出はしません。
ただ、サンカラの暗殺がブルキナ・ファッソの旧支配層の意向だけで行なわれたのではなく、国外からの関与があったのは動かせないところで、それを反映して、2008年4月、国連の人権委員会は、サンカラの遺族を支持する人権団体の度重なる要請を拒否して、サンカラの暗殺についての報告を出さない決定をして、今日に及んでいることを付記しておきます。事情の詳細は下のトマ・サンカラ・ウェブサトにあります。
http://thomassankara.net/spip.php?article876&lang=en
(註終り)
サンカラとジェンダー
 1987年3月8日、「国際女性の日」を祝うために、首都ワガドゥグゥに集まった数千人の女性集会での講演でトマ・サンカラは革命指導者として独特な態度をとり、女性抑圧の問題を微に入り細にわたって取り上げた。彼は女性抑圧の歴史的起源とその抑圧の行為が彼の時代にまで続いてきた有様を説いた。以下は彼の言葉である。:

‘自由と言う爽快な生気に鼓吹されて、昨日までは辱められ罪人扱いされてきたブルキナの男たちは、名誉と威厳というこの世で最も貴重な刻印を受けたのだ。この瞬間から、幸福は手に届くものになった。毎日、我々はその幸福に向かって邁進している。この闘争の最初の果実に酔いしれ、それそのものが我々の既に成し遂げた偉大な前進の証しになっている。しかし、男たちのこの自己中心の幸福は幻覚である。決定的に欠落しているものがある:女性たちだ。彼女たちは、これまで、この喜ばしい行列行進から除外されている。革命が約束したものは男性たちには既に現実になっている。しかし、女性たちにとっては未だ風説に過ぎない。そして、しかも、わが革命が本物かどうかとその将来は女性にかかっているのである。我々の決定的な部分が今のような隷属状態?あれこれの搾取のシステムによって課せられた隷属状態に留めおかれている限り、決定的あるいは永続的なものは我が国で何も達成され得ないということだ。今日のブルキナ社会において女性問題を提起することは、彼女らが一千年にわたって隷属させられて来た奴隷システムの廃止を提起することを意味する。その第一歩は、このシステムがどのように作動するのか、そのあらゆる巧妙さを含めて把握し、その上で、女性の全面開放に導く行動計画を考え出すことだ。我々は、今日のブルキナの女性のための闘争が、世界中のすべての女性の闘争の一部であり、さらにそれを超えて、我がアフリカ大陸の全面的再興のための闘争の一部であることを理解しなければならない。女性の状態は、したがって、ここかしこを問わず、あらゆる所で、人類の問題の中心に位置するのである。’

 彼の言葉は、女性の戦いに対する深甚な理解と行動の上の連帯を表している。それを、彼は、すべての人間にかかわる戦いとして提起しているのである。彼は、アフリカ女性の抑圧の根源を、ヨーロッパの植民地政策の歴史的プロセスと資本主義的搾取の下での不平等な社会関係にあると考える。最も特筆すべきは、革命運動への女性たちの平等な動員参加の重要性を彼が強調したことである。彼は、ブルキナの女性たちを、消極的な犠牲者としてではなく、尊敬される平等な参加者として、国家の革命とその福祉安寧のための革命運動への参加に駆り立てた。彼は、アフリカの社会でアフリカの女性が中心的地位を占めるべきことを自ら進んで承認し、他のブルキナの男性たちにもそうすることを要求した。

 カメルーンの反植民地主義的歴史家であるモンゴ・ベティのインタビューで、サンカラは言った:‘我々は男性と女性の平等のために戦っている¬¬?機械的な数の上での平等ではなくて、法の前で、特に賃金労働に関連して、女性を男性と平等にしようとしているのだ。女性の解放には、女性が教育を受けることと経済的な力を得ることが必要である。そうして初めて、女性が、すべてのレベルで、男性と同じ足場に立ち、同じ責任、同じ権利と義務を背負って働ける。・・・’この事は、革命政府は多数の女性を擁していたが、政府行政での女性代表の数字上の増加がそのまま男女平等の指標になるとは、サンカラは考えていなかったことを意味している。彼は、心の底から、草の根の組織化の大切さを信じ、その変化は人民そのもののエネルギーと行動から立ち上げるべきものと信じていた。
 彼は姉妹たちにお互いにもっといたわり合い、相手を裁くよりも、よりよく理解するように励ました。彼は女性に結婚するように圧力をかけることに疑問を呈し、独身でいるより結婚することがより自然ということはないと言った。彼は、資本主義システムの抑圧的な男女差別性を批判した。そのシステムでは女性(とりわけ養育すべき子供を持った女性)が理想的な労働力を形成する。何故なら、家族を養う必要が彼女らを搾取的な労働慣行に従順で支配され易いようにするからだ。サンカラはこのシステムを‘暴力のサイクル’と名づけて、男性と女性が平等の権利を享受できる新しい社会を建設することによってのみ、不平等は根絶できると強調した。労働の権利と生産の手段においての男女公平に彼が焦点を置いたことは、彼がブルキナの家庭主婦たちと力を合わせて設立した「団結の日」に象徴されていた。その日には、男たちが家庭の主婦の役を担い、市場に買い物に出かけ、家族の農地で働き、家庭内の仕事の責任をとることになっていた。
(藤永註)このAmber Murrey の論考はまだ続きますが、抄訳はここで終ります。
上の、最後の部分は、前に申しましたように、YouTube の映画『トマ・サンカラ 清廉の士 その1』のの8:40 から 12:30 あたりまでの4分間をご覧になると、サンカラの肉声とブルキナの女性たちの反応に接することが出来ます。
 「革命政府は多数の女性を擁していたが、政府行政での女性代表の数字上の増加がそのまま男女平等の指標になるとは、サンカラは考えていなかった」ことは大変重要なポイントです。サンカラの洞察の正しさは、現在のアメリカの権力層の最高層に組み込まれた多数の才女たちの垂れ流す害毒を見ていると、痛いほど良く分かります。
 1997年マドレーヌ・オールブライト(白人女性)は米国最初の女性国務長官(第65代目)になりましたが、そのあと、コリン.パウエル(黒人男性軍人)、コンドリーザ・ライス(黒人女性)、ヒラリー・クリントン(白人女性)と続き、この15年間、白人男性は一度もこの顕職についていません。ちょうど今から一年ほど前、このブログの『現代アメリカの五人の悪女』(1)で、 「ここでの悪女は"bad girls"ではなく"evil women"です。"bad girls"と言う言葉が含みうる愛嬌など微塵もありません。多くの無辜の人々を死出の旅に送っている魔女たちです。マドレーヌ・オールブライト,サマンサ・パワー、ヒラリー・クリントン,コンドリーザ・ライス,スーザン・ライスの五人、はじめの三人は白人、あとの二人は黒人です。」と書きました。それからの一年間、ヒラリー・クリントン、サマンサ・パワー、それに米国国連大使の黒人猛女スーザン・ライスは、“人道主義的介入”という稀代の欺瞞の旗のもとで、アフリカと中東の無数の女性たちを殺戮し、悲惨のただ中に追い落として来ました。彼女らの罪状を示す資料が私の手許に山積しつつあります。しかし、その紹介は別の機会に行ないましょう。今日は、日本中がオリンピックという製造された狂気(manufactured madness)に見舞われている時にふさわしく、オリンピック開会式の演出を話題にしましょう。
 各国選手団の入場行進のNHKの実況放送の中で、今度のオリンピックは204の参加国すべての選手団が女性選手を含むという画期的な大会であることが強調されて、サウジ・アラビアの選手団の中の二人の女性選手の顔が大写しになりました。私は即座にその蔭にある作為を感じ取りましたが、そのあとで、米欧のメディアがこれを称賛して“女性の権利のための画期的事件”と報じていることを知り、更には、もっと深い裏の話にも行き当たりました。カナダのグローバル・リサーチという非営利の研究報道機関のウェブサイトから得た情報です。
http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=32092
それによると、サウジ・アラビア国内では女性のスポーツ活動ははっきりと禁止されていて、女性が使えるスポーツ施設もスポーツ団体もなく、今度参加した二人の女性(一人は柔道、もう一人は陸上)は共に、国外で訓練を受けたのだそうです。しかも、このサウジ・アラビアからの女性選手二人と、カタールからの女性選手三人は,他の一万人を超える参加者すべてに課せられた選考基準の枠の外からの参加だそうです。ここまで聞かされると、私の鈍い鼻も、嗅ぎ付けないわけには参りません。専制政体保持のためには自国民を虐殺して顧みないと米国や英国が宣伝してやまないシリアは、10人の選手の4人が女性、そのシリアを潰した次の目標であるイランは53人の選手のうち8人が女性です。サウジ・アラビアとカタールは、アフリカ大陸で最も高い女性解放度を誇っていたカダフィのリビアを壊滅させた米欧に進んで軍事協力をしたアラブの国です。この二国は、現在も、シリアをリビアと同じ運命に追い込むための米欧の“人道主義的介入戦争”に全面的に協力しています。その最中のオリンピック、ここでサウジ・アラビアとカタールの国内での女性抑圧が選手団入場行進で世界中の目にあらわになってはまずいと、ヒラリー・クリントンやサマンサ・パワーあたりが先手を打ったとしても私は驚きません。いや、いかにもありそうな配慮です。ただ、すべてが演出、すべてがプロパガンダ、すべてがマニピュレーション(人心操作)の世の中であるにしても、これ位の見え透いた小細工で世界に充ち満ちた億万の愚民たちを欺き通せると考える米欧の傲慢不遜さには我慢がなりません。
 オリンピックの演出といえば、ひとつ読者にお願いがあります。五輪旗を運ぶ6人の中にダニエル・バレンボイムを見てびっくりした私でしたが、私の耳には、NHKの解説者が「イスラエルの音楽指揮者ダニエル・バレンボイム」と言ったように聞こえました。少なくとも「イスラエルの・・・」とは確かに聞こえたように思ったので、つねづね音楽界の最近事情を追っていない私は、「まさかバレンボイムがメータの後釜に?」と愕然としてインターネットを覗きに走り、そんなニュースはないことを確かめて胸を撫でおろしました。バレンボイムはアルゼンチンの国籍もイスラエルの国籍も持っているようですから、彼をイスラエル人と紹介しても間違いではありませんが、それでは五輪旗を持った理由が分からなくなってしまいます。NHKの解説者があの朝何と言ったのか、もしはっきりご存じの方がおいででしたら、ご教示いただければ幸甚です。
 サンカラの話を終る前にもう一言。上掲のYouTube の映画『トマ・サンカラ 清廉の士』の中に注目すべき人物が登場しています:Jean Ziegler (ジャン・ジグレール),大柄の白人のお爺さんです。ほんの5年ほど前にこの人の著書『世界の半分が飢えるのはなぜ?』(たかおまゆみ訳/勝俣誠監訳)を読んでいましたのに、すっかり忘れていました。情けないことですが、ここまでボケが進みました。この本の最終部の4章にサンカラのことが見事に描かれています。この優れた本をもっと早い機会に紹介すべきでした。機会があれば是非お読み下さい。

藤永 茂 (2012年8月1日)


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