シリアのことは、あまりに気が重いので書かないつもりでしたが、8月27日にテレビで報道された事柄について疑問を持った事で気が変わりました。
8月20日、シリア北部アレッポでジャーナリスト山本美香さんが銃撃され死亡しました。私はNHKなどのテレビでまず事件を知り、いま手許には22日付の朝日新聞と西日本新聞の記事があります。朝日の見出しは『迷彩服の男、突然乱射』、西日本には『街に戦闘機、国家が国民を空爆』となっています。朝日の記事は、山本さんと一緒に行動していた独立系通信社ジャパンプレス代表の佐藤和孝さんを電話取材した内容に基づいています。:
■ 佐藤さんによると、2人は20日昼から反体制派・自由シリア軍の兵士約20人に同行し、アレッポでの取材を始めた。この地域は、政府軍も反体制派も制圧できない空白地帯だったという。午後3時半ごろ、緑色の迷彩服を着た10~15人の男たちが右側から坂道を上がってきたのが見えた。佐藤さんは最初、自由シリア軍だと思ったが、先頭の男がヘルメットをかぶっていることに気づき、「政権軍だ!」と思った瞬間、男たちが乱射を始めた。佐藤さんはとっさに近くの蔽遮物に身を隠したが、右側の3メートルほど離れた所にいた山本さんとは、はぐれてしまった。その後、佐藤さんは反体制派の兵士とともに近くのアパートの部屋に身を隠した。1時間ほど続いた戦闘が収まったのを見計らって、防弾チョッキを隠し一般市民に紛れて脱出。反体制派の司令部に戻ったが、山本さんの姿はなかった。・・・ ■
西日本新聞は山本さんが撃たれる直前に撮影していたビデオカメラ映像について報じていますが、内容は私もテレビで見ました。次は西日本からの引用。:
■ 建物のベランダから外を見る女性や子どもの姿も写っていたほか、山本さんが「(兵士らが銃を)やみくもに撃っている」と緊迫した様子で話す声も録音されていた。佐藤さんはまた、事件直前に街中でシリア軍戦闘機の空爆に遭っていたことを明らかにし「自分の経験にない現場だった。腹の底から震えた」とのべた。・・・ 佐藤さんは「街のど真ん中にジェット戦闘機が急降下して空爆するのを目撃したのは初めて。それを国家が国民に対して行なっている」と指摘。「とてつもない暴力を(政府軍が)使っていることに驚いた」と、シリア政権による反体制派弾圧の異常さを語った。■
この事件から7日経った27日に、“銃撃現場にいたタクシー運転手が山本さんを射殺したのは確かにシリア政府軍の兵士だったと語った”と報じるニュースがテレビに流されました。シリアについては書かないつもりだった私の心を変えたのはこの報道です。
かつてのスターリン恐怖政治下のソ連の官製報道と昨今の米国の大メディアの報道を比較して、老骨のベテラン・ジャーナリストが「ソ連の新聞にはまだ読むべき行間(read between the lines)があったが、米国の新聞の報道も論説も権力の意向そのまま、行間に読むべきことなど何もないほどストレートだ」と何処かで嘆いていました。我々は、いささか遅まきの“銃撃現場にいたタクシー運転手が山本さんを射殺したのは確かにシリア政府軍の兵士だったと語った”という映像報道の裏から何かを読み取るべきなのかもしれません。
ノーム・チョムスキーが一部の人々からひどく批判される理由の一つは、彼が、9・11の世界貿易センタービルの崩壊炎上があらかじめ準備されていたという説を公式に認めることを未だにしないことにあります。9・11陰謀説を信じる人々にとって、山本さんの銃殺が仕組まれたものであった可能性を信じることは決して難しくはありますまい。そういう事が横行している今の世界ですから。しかし、私の議論のポイントはそこにはありません。世界のプロのジャーナリストがどのような事実を知り、それをどのように報道しているかというそのやり方(modus operandi)を問題にしたいのです。
マスコミは商売であり、ニュース・アイテムはその商品ですから、それが円滑に入手でき、高値で売れるように努力するのは当然のことでしょう。山本さんのお父さんが娘の訃報に接して号泣する場面をながながと流すのは、私の好みには全く沿いませんが、まあ仕方がありません。しかし、事の現場で仕事をする個々のジャーナリストの方々には、企業としてのマスコミとは違う狙いなり志があって然るべきだろうと私は愚考します。自分が関心を持つ主題の情報源へのアクセスを確保するために、知り得たことのすべてをストレートに報道することを避ける事もあることは素人である私にも十分理解できますが、知り得た真実を人々に伝えたいというのが、そもそも、ジャーナリストという職業を選ぶ基本的な理由であろうと想像します。このご時世ですから、はじめから優秀なプロパガンディストを目指す若者が出てきたにしても驚きはしませんが。
シリアの争乱について、確かだと判断される事実が幾つかあります。まず、反体制派・自由シリア軍の兵士の少なくとも半数以上は現地の(この場合アレッポの)住民ではない余所者と思われます。次に反体制派・自由シリア軍の使用している銃火器の大部分は国外から持ち込まれたと考えられます。さらに、シリア国軍はリビアの場合に較べて、陸軍、空軍とも遥かに強大ですから、反乱軍側は、当然のこととして、市街住宅地区でのゲリラ戦を戦略として選んでいます。この場合、ゲリラ戦士を住民が受け入れ、住民とゲリラ戦士の区別がつかないことが多かったベトナム戦争の場合と全く違って、たとえ自国政府に不服があるにしても、カラシニコフ小銃など握らず、出来れば平穏な市民生活を続けていたいと望んでいる一般住民が圧倒的に多いと思われます。亡くなった山本さんの撮影した映像にあった「建物のベランダから外を見る女性や子どもの姿」にそうした不安が写されていました。この点でも、いま改めて、リビアの一般市民に降り掛かった悲劇が痛々しく想起されます。
ところで、上掲の朝日の記事の中に「佐藤さんは反体制派の兵士とともに近くのアパートの部屋に身を隠した。1時間ほど続いた戦闘が収まったのを見計らって、防弾チョッキを隠し一般市民に紛れて脱出。反体制派の司令部に戻ったが、山本さんの姿はなかった。」とありますが、反体制派のゲリラ戦士たちは、必ずしも住民の合意なしに、戦闘の足場としてアパートの部屋を接収することが伝えられています。佐藤さんが反体制派の兵士とともに身を隠したアパートの部屋も、反体制派の司令部のある建物も、住居者が進んで提供したものではないと想像する事は可能です。ここに、全面的な市街地ゲリラ戦に巻き込まれたくないシリア国軍が、ゲリラ戦力の拠点になっていると考えられる建物を空爆して一般市民を多数殺傷している根本的な理由があります。全くひどい話です。「テロリストが潜んでいた筈」という理由でアフガニスタンの結婚式場が遠隔操作の無人米軍爆撃機からミサイル爆撃を受けて出席者の多くが殺傷された事態とどちらがより残忍で許すべからざる軍事行為であるかは、俄に断じる事は出来ませんが。ともあれ、『街に戦闘機、国家が国民を空爆』という新聞見出しは簡単過ぎます。シリアでは、反体制派側のタクティクスとして、極めて意識的に住民を巻き込む市街地ゲリラ戦が展開されている現状についての然るべきニュース解説を付けるのが当然でしょう。それがシリア政府の暴挙を弁護する形にならないように工夫するのは難しいことではありません。
Robert Fisk(1946年生)という大変著名な英国人ジャーナリストがいます。この人は1970年代からレバノンの首都ベイルートに住み、アラビア語も達者、中東、北アフリカについての彼の記事を、私は一種の注意深い信頼を持って読み続けています。彼は、平和主義者としての立場を公に表明しながら、一度も職業的に躓かず、これまで数えきれないほどのジャーナリスト賞を受賞してきました。
私が手放しの全面的信頼をこの有能で明敏なジャーナリストに、心情的に、置けないのは、彼の特異な文章、絶えず「行間を読め」と告げられているような、どこか煮え切らないような文体にあります。これは、あまり自信の無い私なりの憶測ですが、フィスク氏の文体は、ジャーナリストとして活躍を続けるための保身術的バランス感覚から来ているのだろうと思います。世界中の何処へも出かけて取材が出来ることは、ジャーナリストとして、最も望ましいことに違いありません。
フィスク氏は今シリアの政府側に入り、首都ダマスカスやアレッポの現地から、連日、記事を英国紙インデペンデントに送っています。ジャパンプレスの山本さん/佐藤さんは反体制派の導きでアレッポに入って取材して日本に伝えたわけですが、両方の報道を合わせて読むと実際に起っている事のかなり正しい有様が分かります。もっとも、佐藤和孝氏の報道のトーンとは違い、フィスク氏は、一般市民を痛め続けるシリア国軍と自由シリア軍の双方をバランス良く非難しています。NHK の特派員がダマスカスに居る筈ですし、もちろん、インデペンデント紙のウェブサイトに連日出ているフィスク氏の記事の内容を熟知の筈ですから、そのことが何らかの形でNHKの視聴者に伝わるようなテレビ報道をしてもらいたいものです。このブログの読者のご参考のために、以下にフィスク氏の最近の記事のタイトルを並べておきます。写真や動画も含まれています。:
8月29日:Robert Fisk: Inside Daraya - how a failed prisoner swap turned into a massacre
8月28日:Robert Fisk: Syrian war of lies and hypocrisy
8月27日:Robert Fisk: The Syrian army would like to appear squeaky clean. It isn't
8月26日:Robert Fisk: The bloody truth about Syria's uncivil war
8月25日:Robert Fisk: Syria's newspapers trumpet an army victory but the sound of shellfire tells the true story
8月24日:Robert Fisk: Aleppo's poor get caught in the crossfire of Syria's civil war
8月23日:Robert Fisk: 'Rebel army? They're a gang of foreigners'
8月22日:Robert Fisk: 'No power can bring down the Syrian regime'
http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-inside-daraya--how-a-failed-prisoner-swap-turned-into-a-massacre-8084727.html?origin=internalSearch
http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-syrian-war-of-lies-and-hypocrisy-7985012.html
8月22日の記事「ロバート・フィスク:‘如何なる力もシリア政権を打倒することは出来ない’」の引用符(‘?’)の中はフィスク氏の意見ではありません。この記事は山本さんの不幸な事件があった直後のアレッポの政府軍側からの報道です。この記事には多数の読者コメントが寄せられていますが、その中の一つ、jeanshaw と名乗る投稿者のものに山本さんの事件が言及されています。:
■ I am with the Russians on this , we should not be involved and definitely we do not take illegal unilateral action against Assad.? Assad's enemies are supported by 2 of the most reactionary undemocratic States on the planet, Saudi Arabia and Qatar. Saudi Arabia , in particular, is an undemocratic fundamentalist Islamic state which despises Christianity , is anti-women ( latest example announced this week women will be excluded from many degree courses at their Universities) and is destroying its architectural heritage in the name of its strict interpretation of Islam. The last thing we should want is more fundamentalism in the Middle East.?
Can I also comment on the other article in today's paper re the death of a Japanese journalist who was with the Free Syrian Army , as Channel 4 has reported the FSA lead journalists into traps because it suits their purpose to get them killed , injured or missing. ■
最後の4行が山本事件関係です。チャンネル4はイギリス政府の公共テレビ局、FSA は自由シリア軍、チャンネル4が「日本人記者たちがFSAにはめられたかも」と報じたかどうか、私は確かめていません。チャンネル4の性格から、あり得ないような気がしますが。
もし、英語を読むのがひどくうるさくなければ、上の最初の二つの記事(8月29日付け、8月28日付け)を是非お読み下さい。自由シリア軍がシリアの一般住民を大事にしていないことだけは、はっきり分かります。 フィスク氏がこれだけはっきり言うのですから。
藤永 茂 (2012年8月29日)
8月20日、シリア北部アレッポでジャーナリスト山本美香さんが銃撃され死亡しました。私はNHKなどのテレビでまず事件を知り、いま手許には22日付の朝日新聞と西日本新聞の記事があります。朝日の見出しは『迷彩服の男、突然乱射』、西日本には『街に戦闘機、国家が国民を空爆』となっています。朝日の記事は、山本さんと一緒に行動していた独立系通信社ジャパンプレス代表の佐藤和孝さんを電話取材した内容に基づいています。:
■ 佐藤さんによると、2人は20日昼から反体制派・自由シリア軍の兵士約20人に同行し、アレッポでの取材を始めた。この地域は、政府軍も反体制派も制圧できない空白地帯だったという。午後3時半ごろ、緑色の迷彩服を着た10~15人の男たちが右側から坂道を上がってきたのが見えた。佐藤さんは最初、自由シリア軍だと思ったが、先頭の男がヘルメットをかぶっていることに気づき、「政権軍だ!」と思った瞬間、男たちが乱射を始めた。佐藤さんはとっさに近くの蔽遮物に身を隠したが、右側の3メートルほど離れた所にいた山本さんとは、はぐれてしまった。その後、佐藤さんは反体制派の兵士とともに近くのアパートの部屋に身を隠した。1時間ほど続いた戦闘が収まったのを見計らって、防弾チョッキを隠し一般市民に紛れて脱出。反体制派の司令部に戻ったが、山本さんの姿はなかった。・・・ ■
西日本新聞は山本さんが撃たれる直前に撮影していたビデオカメラ映像について報じていますが、内容は私もテレビで見ました。次は西日本からの引用。:
■ 建物のベランダから外を見る女性や子どもの姿も写っていたほか、山本さんが「(兵士らが銃を)やみくもに撃っている」と緊迫した様子で話す声も録音されていた。佐藤さんはまた、事件直前に街中でシリア軍戦闘機の空爆に遭っていたことを明らかにし「自分の経験にない現場だった。腹の底から震えた」とのべた。・・・ 佐藤さんは「街のど真ん中にジェット戦闘機が急降下して空爆するのを目撃したのは初めて。それを国家が国民に対して行なっている」と指摘。「とてつもない暴力を(政府軍が)使っていることに驚いた」と、シリア政権による反体制派弾圧の異常さを語った。■
この事件から7日経った27日に、“銃撃現場にいたタクシー運転手が山本さんを射殺したのは確かにシリア政府軍の兵士だったと語った”と報じるニュースがテレビに流されました。シリアについては書かないつもりだった私の心を変えたのはこの報道です。
かつてのスターリン恐怖政治下のソ連の官製報道と昨今の米国の大メディアの報道を比較して、老骨のベテラン・ジャーナリストが「ソ連の新聞にはまだ読むべき行間(read between the lines)があったが、米国の新聞の報道も論説も権力の意向そのまま、行間に読むべきことなど何もないほどストレートだ」と何処かで嘆いていました。我々は、いささか遅まきの“銃撃現場にいたタクシー運転手が山本さんを射殺したのは確かにシリア政府軍の兵士だったと語った”という映像報道の裏から何かを読み取るべきなのかもしれません。
ノーム・チョムスキーが一部の人々からひどく批判される理由の一つは、彼が、9・11の世界貿易センタービルの崩壊炎上があらかじめ準備されていたという説を公式に認めることを未だにしないことにあります。9・11陰謀説を信じる人々にとって、山本さんの銃殺が仕組まれたものであった可能性を信じることは決して難しくはありますまい。そういう事が横行している今の世界ですから。しかし、私の議論のポイントはそこにはありません。世界のプロのジャーナリストがどのような事実を知り、それをどのように報道しているかというそのやり方(modus operandi)を問題にしたいのです。
マスコミは商売であり、ニュース・アイテムはその商品ですから、それが円滑に入手でき、高値で売れるように努力するのは当然のことでしょう。山本さんのお父さんが娘の訃報に接して号泣する場面をながながと流すのは、私の好みには全く沿いませんが、まあ仕方がありません。しかし、事の現場で仕事をする個々のジャーナリストの方々には、企業としてのマスコミとは違う狙いなり志があって然るべきだろうと私は愚考します。自分が関心を持つ主題の情報源へのアクセスを確保するために、知り得たことのすべてをストレートに報道することを避ける事もあることは素人である私にも十分理解できますが、知り得た真実を人々に伝えたいというのが、そもそも、ジャーナリストという職業を選ぶ基本的な理由であろうと想像します。このご時世ですから、はじめから優秀なプロパガンディストを目指す若者が出てきたにしても驚きはしませんが。
シリアの争乱について、確かだと判断される事実が幾つかあります。まず、反体制派・自由シリア軍の兵士の少なくとも半数以上は現地の(この場合アレッポの)住民ではない余所者と思われます。次に反体制派・自由シリア軍の使用している銃火器の大部分は国外から持ち込まれたと考えられます。さらに、シリア国軍はリビアの場合に較べて、陸軍、空軍とも遥かに強大ですから、反乱軍側は、当然のこととして、市街住宅地区でのゲリラ戦を戦略として選んでいます。この場合、ゲリラ戦士を住民が受け入れ、住民とゲリラ戦士の区別がつかないことが多かったベトナム戦争の場合と全く違って、たとえ自国政府に不服があるにしても、カラシニコフ小銃など握らず、出来れば平穏な市民生活を続けていたいと望んでいる一般住民が圧倒的に多いと思われます。亡くなった山本さんの撮影した映像にあった「建物のベランダから外を見る女性や子どもの姿」にそうした不安が写されていました。この点でも、いま改めて、リビアの一般市民に降り掛かった悲劇が痛々しく想起されます。
ところで、上掲の朝日の記事の中に「佐藤さんは反体制派の兵士とともに近くのアパートの部屋に身を隠した。1時間ほど続いた戦闘が収まったのを見計らって、防弾チョッキを隠し一般市民に紛れて脱出。反体制派の司令部に戻ったが、山本さんの姿はなかった。」とありますが、反体制派のゲリラ戦士たちは、必ずしも住民の合意なしに、戦闘の足場としてアパートの部屋を接収することが伝えられています。佐藤さんが反体制派の兵士とともに身を隠したアパートの部屋も、反体制派の司令部のある建物も、住居者が進んで提供したものではないと想像する事は可能です。ここに、全面的な市街地ゲリラ戦に巻き込まれたくないシリア国軍が、ゲリラ戦力の拠点になっていると考えられる建物を空爆して一般市民を多数殺傷している根本的な理由があります。全くひどい話です。「テロリストが潜んでいた筈」という理由でアフガニスタンの結婚式場が遠隔操作の無人米軍爆撃機からミサイル爆撃を受けて出席者の多くが殺傷された事態とどちらがより残忍で許すべからざる軍事行為であるかは、俄に断じる事は出来ませんが。ともあれ、『街に戦闘機、国家が国民を空爆』という新聞見出しは簡単過ぎます。シリアでは、反体制派側のタクティクスとして、極めて意識的に住民を巻き込む市街地ゲリラ戦が展開されている現状についての然るべきニュース解説を付けるのが当然でしょう。それがシリア政府の暴挙を弁護する形にならないように工夫するのは難しいことではありません。
Robert Fisk(1946年生)という大変著名な英国人ジャーナリストがいます。この人は1970年代からレバノンの首都ベイルートに住み、アラビア語も達者、中東、北アフリカについての彼の記事を、私は一種の注意深い信頼を持って読み続けています。彼は、平和主義者としての立場を公に表明しながら、一度も職業的に躓かず、これまで数えきれないほどのジャーナリスト賞を受賞してきました。
私が手放しの全面的信頼をこの有能で明敏なジャーナリストに、心情的に、置けないのは、彼の特異な文章、絶えず「行間を読め」と告げられているような、どこか煮え切らないような文体にあります。これは、あまり自信の無い私なりの憶測ですが、フィスク氏の文体は、ジャーナリストとして活躍を続けるための保身術的バランス感覚から来ているのだろうと思います。世界中の何処へも出かけて取材が出来ることは、ジャーナリストとして、最も望ましいことに違いありません。
フィスク氏は今シリアの政府側に入り、首都ダマスカスやアレッポの現地から、連日、記事を英国紙インデペンデントに送っています。ジャパンプレスの山本さん/佐藤さんは反体制派の導きでアレッポに入って取材して日本に伝えたわけですが、両方の報道を合わせて読むと実際に起っている事のかなり正しい有様が分かります。もっとも、佐藤和孝氏の報道のトーンとは違い、フィスク氏は、一般市民を痛め続けるシリア国軍と自由シリア軍の双方をバランス良く非難しています。NHK の特派員がダマスカスに居る筈ですし、もちろん、インデペンデント紙のウェブサイトに連日出ているフィスク氏の記事の内容を熟知の筈ですから、そのことが何らかの形でNHKの視聴者に伝わるようなテレビ報道をしてもらいたいものです。このブログの読者のご参考のために、以下にフィスク氏の最近の記事のタイトルを並べておきます。写真や動画も含まれています。:
8月29日:Robert Fisk: Inside Daraya - how a failed prisoner swap turned into a massacre
8月28日:Robert Fisk: Syrian war of lies and hypocrisy
8月27日:Robert Fisk: The Syrian army would like to appear squeaky clean. It isn't
8月26日:Robert Fisk: The bloody truth about Syria's uncivil war
8月25日:Robert Fisk: Syria's newspapers trumpet an army victory but the sound of shellfire tells the true story
8月24日:Robert Fisk: Aleppo's poor get caught in the crossfire of Syria's civil war
8月23日:Robert Fisk: 'Rebel army? They're a gang of foreigners'
8月22日:Robert Fisk: 'No power can bring down the Syrian regime'
http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-inside-daraya--how-a-failed-prisoner-swap-turned-into-a-massacre-8084727.html?origin=internalSearch
http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-syrian-war-of-lies-and-hypocrisy-7985012.html
8月22日の記事「ロバート・フィスク:‘如何なる力もシリア政権を打倒することは出来ない’」の引用符(‘?’)の中はフィスク氏の意見ではありません。この記事は山本さんの不幸な事件があった直後のアレッポの政府軍側からの報道です。この記事には多数の読者コメントが寄せられていますが、その中の一つ、jeanshaw と名乗る投稿者のものに山本さんの事件が言及されています。:
■ I am with the Russians on this , we should not be involved and definitely we do not take illegal unilateral action against Assad.? Assad's enemies are supported by 2 of the most reactionary undemocratic States on the planet, Saudi Arabia and Qatar. Saudi Arabia , in particular, is an undemocratic fundamentalist Islamic state which despises Christianity , is anti-women ( latest example announced this week women will be excluded from many degree courses at their Universities) and is destroying its architectural heritage in the name of its strict interpretation of Islam. The last thing we should want is more fundamentalism in the Middle East.?
Can I also comment on the other article in today's paper re the death of a Japanese journalist who was with the Free Syrian Army , as Channel 4 has reported the FSA lead journalists into traps because it suits their purpose to get them killed , injured or missing. ■
最後の4行が山本事件関係です。チャンネル4はイギリス政府の公共テレビ局、FSA は自由シリア軍、チャンネル4が「日本人記者たちがFSAにはめられたかも」と報じたかどうか、私は確かめていません。チャンネル4の性格から、あり得ないような気がしますが。
もし、英語を読むのがひどくうるさくなければ、上の最初の二つの記事(8月29日付け、8月28日付け)を是非お読み下さい。自由シリア軍がシリアの一般住民を大事にしていないことだけは、はっきり分かります。 フィスク氏がこれだけはっきり言うのですから。
藤永 茂 (2012年8月29日)