私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

リビア挽歌(2)

2011-08-31 10:48:55 | 日記・エッセイ・コラム
  いま、リビアについての我々の関心は(好奇心は)、カダフィが何処でどのようにして捕まり、どのように処分されるかに釘付けにされているようですが、我々の本当の関心は、今回のリビア内戦でNATOが何をしたか、何をしているかに集中されるべきだと私は考えます。
  カダフィの政府軍による大虐殺からリビア国民を守るという名目の下に開始されたNATOによるリビア空爆は、想像を絶する物凄さで行なわれました。8月23日のNATOの公式発表、:
http://www.jfcnaples.nato.int/Unified_Protector/page190905552.aspx
によると、過去五ヶ月間にNATO空軍機の出撃回数(sorties)は2万回を超えました。一日あたり130回の物凄さです。
  対地攻撃を行なった戦闘爆撃機が一機に複数の爆弾や誘導ミサイルを搭載しているとすると、正確激烈な破壊力を持った数万の爆弾やミサイルがリビアの人々の上に降り注いだことになります。リビアの人口約650万人、人口的には福岡県と佐賀県を合わせた位の小国です。ミサイルの標的が戦車であれ、輸送車両、船舶であれ、カダフィの住宅であれ、放送局、大学であれ、無人ではない場合が普通でしょうから、多数の人間が殺傷されたに違いありません。8月上旬に、NATO空爆による死者2万という報道がちらりと流れたことがありましたが、あり得ない数字ではありません。しかも、NATOの反政府軍支援は空爆に限られたわけではありません。大型ヘリコプターなどによる兵器,弾薬,物資の補給も行なわれ、地上でも多数のNATOやCIAの要員が間接的に参戦した模様です。しかし、こうしたNATOの活動の具体的報道は殆ど完全な管制下にあります。これだけの規模の軍事暴力が、国際法的には全然合法性のないままで(UNの決議内容をはるかに超えて)、人口数百万の小独立国に襲いかかったのです。まことに言語道断の恐るべき前例が確立されました。カダフィと息子たちの今後の命運など、この暴虐行為の歴史的意義に較べれば、三面記事の値打ちしかありません。
  カダフィと言えば、一人の異色の人物が歴史のちり箱の中に投げ込まれようとしています。為にするメディア報道が描き続けて来た彼の虚像しか我々が知らないままに。Robert Fiskという、私が定常的に耳を傾けている中東関係のジャーナリストがいます。彼は、最近のリビア論考のなかで、これまでにカダフィに与えられてきた無数の形容詞を集めて書き並べています。:
■ We have chosen many adjectives for him in the past: irascible, demented, deranged, magnetic, tireless, obdurate, bizarre, statesmanlike (Jack Straw's description), cryptic, exotic, bizarre, mad, idiosyncratic and ? most recently ? tyrannical, murderous and savage. ■
暇のある方は辞書を片手にお読み下さい。私もそうしました。カダフィを一度は「立派な政治家みたい」と言ったジャック・ストローは英国の有力な政治家ですが、彼とコンドリーザ・ライスあたりの謀略に、老練の独裁者カダフィも、最後には、見事に絡めとられてしまいました。
  このブログの7月20日の記事『現代アメリカの五人の悪女(2)』の冒頭に私は次のように書きました。:

# 7月15日、リビアの命運を決する重要な会議が、アメリカ政府主導の下で、トルコのイスタンブールで行なわれました。ヒラリー・クリントンは、会議の後で、いかにも彼女らしい欺瞞に満ちたスピーチを行いました。私の耳には、彼女の毒々しい声だけでなく、彼女の対リビア政策の形成に積極的に参画したこと間違いなしの他の4人の魔女たちの声がそれぞれ具体的に聞こえて来ます。皆さんの意識にはこの会議のことなど影を落としてはいないでしょうから、朝日と産経の記事を引用します。:
■(朝日)リビア反体制派を政府として承認 欧米・中東主要国 (2011年7月15日23時25分)
 リビア問題をめぐる欧米、中東主要国の「連絡調整グループ」会議が15日、トルコのイスタンブールで開かれた。反体制派、国民評議会(TNC)を「リビア国民を代表する唯一の正統な統治組織」と位置づけることで各国が合意した。TNCを事実上、政府として承認することで、リビア凍結資産を引き渡す枠組み作りを加速する狙いがある。AP通信によると、会議に出席したクリントン米国務長官は、米国はTNCを政府承認したと語った。 <中略>・・・・一方、NATOの軍事行動に批判的なロシア、中国は今回の会議への参加を拒否した。政治解決や資金支援をめぐって、新たな国連安保理決議や関連決議の修正なども検討されているが、安保理主要国間でなお意見の隔たりもある。(イスタンブール=石合力)■ #
この“欧米、中東主要国の「連絡調整グループ」会議”には日本も参加して、早々とTNCをリビアの正式国家代表機関として承認しましたが、TNCが既に政権掌握の正式勝利宣言をした現時点(8月29日)でも、アフリカ大陸の黒人国家の過半数は、いまだ、TNCを承認していません。その代表は南アフリカ共和国で、その現大統領ジェイコブ・ズマはマンデラ、ムベキに続く三代目の南ア大統領で、政府与党ANC(African National Congress)の三代目の議長でもあります。ANCはリビアの内戦の始めからNATOによる爆撃に一貫して反対し、その停止を求めてきました。党青年部幹部の一人は「国外に侵略行為を及ぼさず、国内の市民の大部分が平和で順調な日常生活を営んでいる独立国に対して、外国が一方的に軍事攻撃を加えて、その市民の生活を破壊することは断じて許すことが出来ない」と発言していました。私も全く同感です。NATO側は「リビア国民の一部から強く頼まれたからだ」というでしょうが、それがどういうことであったかは、恐らく、2、3年の内に、はっきりするでしょう。       
  今度のリビア紛争については、インターネトや単行本などを漁って随分と調べ、考えてみましたが、結局、はっきりとは判断がつかないことが沢山残ったままです。その根本的な理由は、何らのバイアスもかかっていないニュース源は原理的にあり得ない、ということにありますが、私が求めるものはごく普通の庶民の間での情報交換のようなものです。コーヒーショップでぼんやりと暇つぶしをしている私に、一人の外国人が「普通の日本人はまあまあ満足して毎日暮らしていますか」と問いかけてきたとします。私は、この質問に答えるのに苦労するでしょうし、自分の意見が偏見と不正確さに満ちていることも自覚しながら、会話を始めることでしょうが、それにしても、同じテーブルに座って、しばらく会話を交わしているうちに、問いかけてきた異邦人に、漠然とした、しかし、あまり真実から外れていない答を与えることが出来るような気がします。リビアの普通の庶民の声を求めてネット空間を彷徨ううちに、私は、次に掲げるサイトでそれを聞くことが出来たのではないかと思いました。:
http://libyanqa.wordpress.com/2011/05/22/complete-diana-interview/
リビア情勢が今のようになってしまったので、翻訳紹介する元気も失せてしまいましたが、興味のある方は覗いてみて下さい。ダイアナという、ごく普通の知的なリビア女性の声を聞くことが出来ると思います。
藤永 茂 (2011年8月31日)


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リビア挽歌(1)

2011-08-24 11:13:23 | 日記・エッセイ・コラム
  桜井元さんから、前回のブログ『中東/アフリカの女性たちを救う?(2)』に、長く重い内容のコメントを戴きました。それにお答えする気持で以下の記事を書きます。まず、桜井さんのコメントをお読みになって下さい。
  いま、「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国」(日本外務省による呼称)、英語では The Great Socialist People’s Libyan Arab Jamahiriya という一つの国が、私たちの目の前から、姿を消そうと、いや、抹殺されようとしています。「ジャマーヒリーヤ」はカダフィが作った合成語で「大衆による国」といった意味だそうです。私たちがこの国について殆ど何も知らないままに、歴史の一頁がめくられようとしています。しかし、この地域の人たちが、今からアメリカと西欧の傀儡政権の下で味わう事になるに違いないと思われる悪性の変化を予測するに充分な基本的事実の幾つかが明らかになっています。石油産業、治水事業、通信事業などが国営で、原則として私企業にコントロールを許さなかったことが最も重要な事実でしょう。つまり、WB(世界銀行)もIMF (国際通貨基金)も好き勝手に切り込めなかった国であったことが、米欧の軍事介入による政権打倒が強行された理由です。社会的インフラ整備、教育、医療,生活保障などに注がれていた国家収入は、外国企業と米欧の操り人形であるリビア支配階級の懐に流れて、一般市民のための福祉的出費は大幅に削減されるのは、避けられますまい。カダフィの息子たちに限らず、これまでのジャマーヒリーヤ風の政策を続行しようとする政治家は、オバマ大統領が早くも約束している“民主的選挙”の立候補者リストから、あらゆる手段で排除しなければなりません。前回のブログで指摘したように、ハイチやルワンダがその典型的な例を提供しています。暗殺も極めて有力な手段の一つです。
  反カダフィ軍のトリポリ制覇のニュースに接して、私の想いは、過去に逍遙します。チトーのユーゴースラヴィア、サンカラのブルキナ・ファッソ、ルムンバのコンゴ、・・・・・、その土地の人々がせっかく何とかまとまって平和に生きようとした試みを米欧の悪の力は一つ一つと地表から消し去って来ました。現在に戻って、ムガベのジンバブエ、イサイアスのエリトリア、・・・、こうして考えを巡らして行くと、カストロのキューバがどんなに奇跡的な歴史の例外であるか、あったかが、痛切に胸を打ちます。
  テレビのスクリーンで、「カダフィは倒れた。自由を取り戻した」と、新品らしい自動小銃を天に向かって発砲しながら叫び躍る若者たちにとって本当に大切な自由とは何でしょうか。空腹からの自由、失業からの自由、医療費の心配からの自由、教育費からの自由、・・・、これらを失って、いわゆる言論の自由という何の腹の足しにもならないものを手にいれることで彼らは新政権下の“民主主義的自由”を謳歌しつづけることが出来るでしょうか。考えてみると、ここに数え上げた四つの基本的自由はアメリカ本国の数千万の下層階級の人々には与えられていません。自国の民草にも与えない自由をアメリカが、“人道主義的立場”から、自腹を切ってリビア国民に与えるだろうと信じる人は世界に一人もいないでしょう。最近の米国内の状況を見ていると、パトリオット条令の下で、言論の自由も消えつつあると思われます。
  この「リビアの春」は本当の春ではありません。北アフリカの青年たちはもう一度立ち上がらなければなりません。そう言えば、トリポリで火器を乱射しながら自由獲得を謳歌している人たちの中に、アフリカ黒人らしい黒い肌の人たちがほとんど見当たらないのも気になります。

藤永 茂 (2011年8月24日)


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中東/アフリカの女性たちを救う?(2)

2011-08-17 11:01:07 | 日記・エッセイ・コラム
 前回には、アメリカ在住のアラブ系女性からの新聞投書を紹介しました。そこには反カダフィ勢力TNCとNATOがカダフィ政権を打倒しようとしていることに最も強く反対しているのはリビアの女性たちであることが明記してありました。今回ざっと訳出するスーザン・リンダワーの論考を読めばその理由が一段とはっきり詳しく分かります。リビアの男性の一部がカダフィを嫌悪する理由も同時によく理解できます。スーザン・リンダワーの原文はかなり長いので掲載しません。アバヤはイスラム文化圏の女性の伝統的民族衣装で全身を黒色などの単純な布で被うスタイルです。タイトルはNATOがリビアの女性の自由を奪う旧式の衣装を押し付ける戦いに加担していることを意味しています。:

『NATO’s War for the Abaya』(by Susan Lindauer, Dissident Voice, July 28th , 2011)
http://dissidentvoice.org/2011/07/35312/

■ ヨーロッパの銀行家にとっては、これはリビアの金(ゴールド)を狙う戦争だ。石油企業にとっては、良質で安い原油を手に入れるための戦争だ。しかし、リビアの女性にとっては、アバヤをめぐる烈しい徹底的な闘いなのだ。アバヤはイスラム圏の服装スタイルの一つで、その強制は、女性の自己表現と独自主体性を奪うものとされている。
 ヒラリー・クリントンとサルコジ大統領は認めるのをひどく嫌がるだろうが、リビアの女性の権利をカダフィ革命以前に押し戻すことはNATOが支持する反カダフィ勢力の主要なゴールの一つである。そうした反乱勢力は、NATOの宣伝がどうであろうと、圧倒的にイスラム教遵守派から成っていて、彼らは、イスラム教の原理に従順な社会を取り戻すことを強く望んでいるのである。しかしながら、アバヤは婦人の徳と淑やかさのシンボル以上のものだ。それは、女性の結婚と離婚に関する権利、教育と就職のために出産を遅らせる権利など女性の独立性にかかわるすべての要素に有害な影響を与える、全面的な保守的原理の導入のきっかけになるだろう。
 だからこそ、この戦争はリビアの女性にとってどうしても負けられない戦争なのだ。イスラム社会の近代化を支持する我々としては、NATOの助けをかりた反乱勢力が支配する真空状態にカダフィが権力を手渡してしまうのは全く無責任な話だと言わざるをえない。反カダフィ勢力がすでにリビア一般市民を痛めつけている事実もあり、イスラム聖法の支配を復元して女性の既得権利を剥奪するのが反カダフィ勢力の政策路線なのであるから、カダフィはリビア人民を守るためにしっかり立ち上がって反カダフィ勢力を阻止する義務がある。
 実際、フランスやイタリアが、選挙を通さずに、反乱勢力に政権を取らせようとしているのは何とも困ったものだ。選挙はリビアの女性たちに(カダフィではなくとも)アバヤを拒絶する別の首脳陣を出発させる力を与える防衛手段と言えよう。まさにこれこそが反カダフィ勢力の恐れることなのであり、彼らの根深く一貫した選挙過程拒否を説明してくれる。一般選挙に基づく民主主義こそはNATOの描く“新しいリビア”のヴィジョンを大いに脅かすものになっているのだ。
 アバヤの問題はイスラム近代化の闘いにとって大きな重要性を担っており、だからこそカダフィは政権発足の始めからイスラム・スタイルの衣装を事実上禁止した。アバヤの廃止は女性の権利を支持する広汎な改革政策の一部だったのであり、その改革パケッジはアラブ世界全体で最も進歩的な最善の改革の一つであった。リビアでの女性の地位の変革はきわめて大きなものであったから、イランのアヤトラ・ホメイニは、カダフィ政府はイスラム教の伝統を冒涜するものであるというファトワ(イスラム教指導者が出す法令)を、随分以前にカダフィに対して課したのであった。
 Imam (イスラム教の導師) Sheikh Khaled Tentoush はリビアの最も著名な導師だが、Imam Tentoush は、これまで二度、NATO による暗殺の標的になっていて、その一つは特に注目に値する。彼の言う所によれば、彼と他の12人の進歩的導師の一団は今回の紛争の平和的解決を目指してベンガジ(反カダフィ勢力TNCの中心拠点都市)に向かう途中、ブレガのゲストハウスで休憩を取っていたところ、NATO の爆弾がその家屋を直撃して、13人のうち11人の導師が殺されてしまったという。これらの導師たちはいずれもリビアの女性解放政策の支持者であった。ゲストハウスの近くにはカダフィ軍の施設はなく、爆撃時に近くに兵士の影もなかった。
 リビアのイスラム教過激派は何故これほどまでにカダフィの女性解放に狼狽立腹しているのか?カダフィの下での女性人権の初歩的な解説を今からしよう。

リビアでは女性に男の介添え役不要

 リビアでは、女性はショッピングとか友達の家を訪れるとか、市内を動き回ることが許されている。ちょっと信じ難いことだが、アラブの世界の殆どの国でそうした行動の自由は禁じられている。例えば、パキスタンでは、成年女性が市場に買い物に行く際も、幼い男児でもよいから、とにかく男性のエスコートと同伴でなければならない。サウジアラビアとクエイトでは、夫や兄弟や父親が働きに出ている間はアパートに閉じ込められる。勿論、例外はある。しかしこうした習慣、婦女子の自由の拘束はアラブ世界の広大な地域で行なわれているのが現実である。
 リビアでは、女性が家に鍵をかけて閉じ込められることは決してない。カダフィが女性の行動の自由を制限することを法律的に禁じているからだ。リビアでは女性が車をドライブする完全な自由が保証されているが、サウジアラビアではそうでない。多くのアラブの国々ではパスポートは男性が握っている。

結婚の権利

 悲劇的だが、アフガニスタンの首都カブールでは、父親の選んだ婿との結婚を若い女性が拒否すると牢獄に入れられることがある。彼女が気持を変えるまで、未来の姑が毎日のように牢獄にやって来て、息子の何処が良くないのか理由を言えと迫る。可哀想な若い女性は「はい」と言うまでカブールの牢獄に閉じ込められたままになる。それが、しかもアメリカとNATOの占領軍の鼻先で起っているのだ。同じことが彼らの占領下のリビアでも起るに違いない。アラブの世界の全体にわたって-イェーメンからヨルダンからサウジアラビアからイランまで-父親と兄弟が若い女性を何時嫁に出してしまうかを決める、普通、思春期になったら直ぐそうなる。彼女には一生で最も大事な決定についての選択権がないのだ。
 リビアではそうでない。これはカダフィの偉大な功績だが、あらゆるイスラムの伝統に逆らって、カダフィはその政権の出発時から、強制結婚はならぬと言明した。リビアの女性は夫を選ぶ権利を持っている。彼女らは恋愛結婚を求めるよう奨励されている。厳格なリビアの法律で、例外なく、如何なる者もリビアの女性に如何なる理由でも結婚を強いることは出来ない。

離婚の権利

 アラブの世界では女性が結婚を解消するのは残酷なまでに困難だ。女性はどんなに苦しめられようと離婚して去る法的権利はない。一方、男の方は二人の証人の前で「俺はお前を離婚する」と三回言えば、離婚成立だ。
 リビアでは違う。リビアの女性は好きな時に離婚することが出来る。女性はただ離婚届を提出すればよい。その点は米国の法律とよく似ている。リビアでは自分自身の財産を持って結婚することが出来て、離婚の場合には夫は妻の財産に手を触れることは出来ない。これは夫の財産についても同じだが、共有財産は普通妻のものになる。こうした“正常でない”結婚関係権利は保守的なリビア男性間に深刻な怒りをかき立てた。反カダフィ勢力はとりわけカダフィ政府が結婚に関する諸権利を女性に与えたことでカダフィを嫌悪している。
 結婚を遅らせることは子供の出産を遅らせることを意味し、その事は若い女性が教育を続け就職する力を与える、となれば、リビアの女性がアラブの世界で人生の機会に恵まれる点で最高に近いのも不思議ではない。これもまた、保守的なリビア男性のひどい恨みを買っていることであろう。

リビア女性の教育

 リビアでは女性の方が、男性よりも、高等教育の奨学金制度を利用している。社会いたる所に女性のプロフェッショナルを見かける。多くのリビア女性が科学者、大学教授、弁護士、医師、政府職員になっている。カダフィ政府は一貫して女性がその生き方を自由に選べるような政策を取って来た。イスラム教の導師たちの中にはこの政策に反対する者もいて、例えば、リビア国軍に多数の婦人兵士が採用されていることを非難する声もあるが、政府は常にその声を抑制してきた。

女性解放バッシング

 上述の事柄は反乱勢力がカダフィを“インフィデル”(不信心者、異教徒)と呼ぶ理由の一部である。反乱勢力はイスラム教法典の権威を復活させる意図をしばしば表現している。彼らの意図はアラブ世界では公然の秘密だ。このポイントを無視しているNATO は「見ざる、聴かざる、言わざる(See no truth, Hear no truth, Speak no truth)」の三猿だ。反乱勢力は権力を掌握するまでは「いい子、いい子」とNATOをなでなでし、その後は、すぐにも元々からやりたかったことを実行するだろう。リビア人はこの点を充分承知している。だから、ガダフィ支持の最も強い力のひとつはリビアの女性たちから生じたとしても、誰も驚かない筈である。
 イスラム社会の近代化を支持する我々は、リビアの人々がNATO の官僚よりも目先が利き、賢明であることに希望を託し、カダフィが何とか持ちこたえてくれることを祈るべきである。■

 以上がスーザン・リンダワーの論考の翻訳です。後半は少し省略しました。一国の女性解放の度合いは、その国の法制と政府の具体的政策を調べれば分かる事ですから、リビア事情に詳しい人々にはスーザン・リンダワーが言っている事が、多少の理想化、美化はあるにしても、大筋で正しいことを知っている筈です。もしそうでなければ、是非その旨教えて頂きたいものです。カダフィが辣腕の独裁的政治家である事は明白ですが、彼の国内政策については、我々一般人にはあまりにも歪曲されたイメージだけが与えられて来たのだと思われます。つまり、本当にはカダフィが何をしてきたか、何が米欧の気に入らないのかについては、我々は、殆どまったく知らないのです。

 さて、これが真実となると、ヒラリー・クリントンやスーザン・ライスやサマンサ・パワーなどの唱える「アラブ女性のアラブ男性の暴虐からの解放」のお題目が如何に欺瞞に満ちたウソであるかが赤裸裸に露呈されたことになります。フランス、イタリア、イギリス、アメリカが何をしようとしているのか、はっきり分かって来たような気がします。一言でいえば、カダフィが築いて来たリビアを破壊し終焉させたいのです。それは完全にアメリカとヨーロッパの自己利益のためです。その実現過程、新型の植民地化の実現過程で、いったん解放されたリビアの女性が以前の桎梏の中に引き戻されようとも、構わないのです。
 最後に、前にも二度引用した事のあるネグロポンテの発言「カダフィが倒れた後にこそ、本当に大変な仕事が始まる」を思い出しましょう。アメリカは、最終的には、アメリカの言うままになる傀儡政権を、いわゆる“民主的選挙”によって、リビアに樹立しなければなりません。つい先頃、アメリカはハイチでそれを強行しました。手段は、民衆の間で圧倒的な支持率を持つファンミ・ラバラス党を非合法化して選挙から閉め出すというものでしたが、リビアでは、同じ手は使えません。男女平等の理念に基づく人間的権利を獲得し、女性解放の自由を味わってしまったリビアの女性たちを一からげにして選挙から閉め出すことは、何としても不可能でしょう。しかし、ハイチとルワンダでは、アメリカはアメリカが選んだ傀儡候補を間違いなく当選させる悪辣な手段に出ました。ハイチでは二人の大統領候補は二人ともアメリカの操り人形でしたし、ルワンダではカガメを打ち負かす可能性が充分あった女性候補Victoire Ingabire Umuhozaを逮捕投獄してしまいました。カダフィが倒れた後のリビアでも同様の方法が採用されるでしょう。知れば知るほど、アメリカという国は恐ろしい国です。

藤永 茂 (2011年8月17日)


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中東/アフリカの女性たちを救う?(1)

2011-08-10 10:37:00 | 日記・エッセイ・コラム
 去る7月27日のブログ『現代アメリカの五人の悪女(3)』に、
■7月15日、アメリカは公式に反カダフィ勢力TNCを、リビアを代表する正式の政治組織として承認しましたが、そのTNCについて、ネグロポンテは「まだ正体がはっきりしないから良く見極める必要がある」とか「カダフィが倒れた後にこそ、本当に大変な仕事が始まる」とか言っています。これはアメリカ政府の自信の無さを告白しているのではなく、その逆で、「今の反カダフィ勢力にはアメリカにとって好ましくない者どもも入っているが、彼らもカダフィ打倒に利用し、その後は排除して最も好ましい傀儡政権をつくる」という目論みを語っているのです。■
と書きましたが、その後、事態は驚くべき展開を示しました。
 反カダフィ勢力TNCは、主に二つのグループからなっています。一つは米欧に寄り添うアラブ人リベラルとよばれる熱心なイスラム教信者でない人々、もう一つは元々カダフィの宗教改革に反対してきたイスラム教過激派(原理主義)アラブ人の人々です。いわゆる「アラブの春」にうかれて街頭デモに繰り出した若者たちは反カダフィ勢力TNCの中では無力化し、武器を手渡されてカダフィ軍との戦闘の前線に狩り出されています。TNCの幹部には、カダフィ政権で要職にありながらTNC側に寝返った人々が多数あることが、2月末から3月にかけて頻りにマスコミに報じられて、カダイフィ政権の瓦解は目前、といった印象を与えましたが、その裏切り組の中に、カダフィの若い頃からの同士で内務大臣や軍の指導者の位置にあったAbdul Fattoh Younis という軍人がいて、TNCでは反政府軍の最高司令官になっていました。その彼が、7月28日、TNCの“首都”ベンガジで銃殺されました。真相は明らかになっていませんが、米欧が支持するTNCにはアメリカの敵であるべきアルカイダ勢力も参加していて、こうしたイスラム教過激派の仕業であったのだろうと思われます。ユニスは内相時代に、保守的イスラム原理主義に逆らって、社会改革を行なった前歴がありました。
 8月3日のニューヨクタイムズに
『Libya Allying With Islamists, Quadafi Son Says, by DAVID D. KIRKPATRICK』というインタヴュー記事が出ました。かなり長い記事ですが、カダフィの息子は「反カダフィ勢力TNC内のイスラム原理主義者はテロリストだが、リビアを米欧の支配から守る目的のためには、彼らと力を合わせてもよい」という戦略的呼びかけを試みたのだと、私は読みました。このインタヴュー記事の内容とその意味するところは、膠着状態の様相を見せているリビア内戦のこれからを占う上で甚大ですが、現時点でこの記事に寄せられている百を超えるコメントは、アメリカのリビア内戦介入に反対する内容のものが殆どです。その中に私の目を強く引いたものがありますので、引用訳出します。
■ This article is ridiculously ahistorical. Central to the revolution of 1969 and Gaddafi's rule has been the empowerment of women. The entire area of North Africa/Middle East has deeply rooted patriarchal values and traditions, but Gaddafi's government has overturned this much more than almost any other Islamic country. For example, Islamic Sharia allows a Muslim man to take as many as four wives, but Libyan law makes this considerably more difficult than other Islamic countries. Women actually vote; can legally own property, drive, have freedom of movement, get bank loans and inherit money. Yes, they still face horrible repression, but under the rebels it would be much worse. The rebels contain many more conservative Muslim groups that would much more hostile to women's rights. And the monarchists who ruled before Gaddafi are worse too. That the U.S. government is spending our tax dollars helping them is outrageous. If there was an election in Libya tomorrow and only women could vote, Gaddafi would win by a landslide. Americans should get out of Libya, out of Africa, stop buying bombs to drop on our African sisters and brothers and start funding human needs at home. (この記事は馬鹿げたほど歴史的視点に欠けている。1969年のカダフィの革命と統治の中核は、女性の地位向上にあったのだ。北アフリカ/中東の全域は、男性中心の価値と伝統に深く根ざしていたが、カダフィ政府は、他のほぼすべてのイスラム教国にもまして、この価値伝統体系を根底から覆した。例えば、イスラム教法典は、イスラム教徒男性は4人まで妻をめとることを許しているが、(カダフィの)リビアの法律では、そうすることを、他のイスラム国よりも遥かに難しくしている。(カダフィのリビアでは)女性は実際に投票し、法的に財産を保有し、自動車を運転し、行きたいと思う所に行く自由があり、銀行から金が借りられ、遺産を相続できる。確かに、依然として女性たちはひどい抑圧に直面してはいるが、反カダフィ勢力の下では状況は遥かに悪いだろう。反カダフィ勢力は女性の権利に格段に強く敵意を持つ保守的なイスラム教グループを数多く含んでいる。カダフィ以前の王制主義者もなお悪い。アメリカ政府が我々の税金を使ってこうした連中を援助しているのはとんでもない話だ。もし、リビアで明日選挙があり、女性だけが投票できるとすれば、カダフィは地滑り的圧勝をおさめるだろう。アメリカ人たちはリビアから、アフリカから立ち退き、我々のアフリカの兄弟姉妹の上に落とす爆弾を購入するのをやめ、その代りに、アメリカ国内の人間たちの必要を充たす出費を始めるべきである。)■
 中東/アフリカの女性を父権社会の暴力から救済するという「人道主義的」政策を声高に掲げてきたヒラリー・クリントンやスーザン・ライスはこの投書(アメリカ国内の黒人女性からと考えられる)に、いったいどう答えるでしょうか。「カダフィは軍の兵士たちにバイアグラを与えて、反カダフィの女性市民をレイプさせている」とスーザン・ライスは公言しました。クリントンもアフリカの女性をレイプから護る女神のような顔をして各地を回っています。
 カダフィ政権の女性解放政策についての上掲の投書に関連する注目すべき論考が目に留まりましたので紹介します。著者 Susan Lindauerが、これまた、注目に値する人物です。興味のある方は Wikipedia を覗いてみて下さい。私はまだ読んでいませんが、著書に『Extreme Prejudice: The Terrifying Story of the Patriot Act and the Cover Ups of 9/11 and Iraq』があり、9/11 陰謀論に興味のある人々はよく御存じかも知れません。昔、私は、映画『地獄の黙示録』で“extreme prejudice”の意味がよく分からずに困ったことがありました。上掲の本のスーザン・リンダワーは、その経歴から、カダフィとそのリビアについて該博かつ正確な知識の持ち主であることは疑いのないところです。その彼女が最近リビアの女性問題について内容の豊かな論考を発表しました。:

『NATO’s War for the Abaya』(by Susan Lindauer, Dissident Voice, July 28th , 2011)
http://dissidentvoice.org/2011/07/35312/

内容は上に引用訳出した新聞投書を詳しく敷衍してくれる内容です。つまり、ガダフィのリビアを潰すということは、リビアの女性を過去の悲惨に押し戻すことだということです。アラブ/アフリカの女性の守護神だと公言するヒラリー・クリントンやスーザン・ライスがそれを知らない筈はありません。私どものような日本の市井人とは違います。もちろん日本でも、リビアについて専門的知識を持つ外務省や商社やNGO 関係の人々も知っている筈です。その事実が、何故われわれ庶民に分かるように提供されないのか。理由は分かっていると言ってしまえばそれまでですが、そう分かってはいても、やはり残念です。なぜそこまで作為の無作為が世の中にはびこるのか。それほどこの世を支配する権力の網というのは恐ろしいものなのか。それとも、マスメディアの自己規制はそれほどまでに進んでいるのか。まあ、とにかく、次回にはこのリンダワーさんの言うことに耳を傾けましょう。彼女の写真はネットに沢山出ています。

藤永 茂 (2011年8月10日)


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NHKの「ルワンダ仕組まれた大虐殺」

2011-08-03 09:29:04 | 日記・エッセイ・コラム
 このブログの2010年8月25日付けの記事『ルワンダの霧が晴れ始めた(7)』に、2011年7月24日付けで、次のようなコメントを頂きましたので、お答えいたします。
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先週、NHKBS世界のドキュメンタリー「ルワンダ仕組まれた大虐殺」(アメリカ Clover & a Bee Films 制作)をご覧になりましたか?カガメ大統領のインタビューと両親を殺害されたツチ族の男性の取材を中心にして、大虐殺にフランスが関与していたことを明らかにするという内容でした。大統領の側近の女性ローズ・カブイエがフランスに逮捕起訴されたことを非難していました。この番組の評価をブログ上でしていただけるとありがたいです。
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 アフリカ大陸中部のコンゴ民主共和国の東に隣接する小面積(四国の1.5倍弱、人口約700万)の国ルワンダで、1994年4月から初夏への約100日間に約80万人が虐殺されました。人口9割のフツ族が1割のツチ族を皆殺ししようとしたと看做して、ルワンダ・ジェノサイドと呼ばれることもあります。この大虐殺は、隣国ウガンダからルワンダに侵攻したツチ族の軍隊(RPF、ルワンダ愛国戦線)によって阻止終結させられ、その指導者ポール・カガメは一躍世界に知られる英雄になりました。
 この事件については1年ほど前に『ルワンダの霧が晴れ始めた』というシリズで取り上げ、最終回(7)は2010年8月25日でした。その結語として私は「現代は,一応無邪気にみえる娯楽番組の中にも、作為か無作為か、政治的プロパガンダが含まれる時代です。そうしたものを、出来るだけ振り払いながら、わたしは今、コンゴのことをあらためて勉強し直しています。そのうちに又、コンゴについてご報告したいと考えています」と書きました。コンゴについては勉強中で終りは見えていませんが、ルワンダの問題は本質的にはコンゴ問題の一部であり、コンゴ問題は象徴的にも実質的にもアフリカ問題そのものであると私は考えています。上記のシリーズでの取った立場は、細部はともかく、原則的には訂正の必要を感じていません。2010年8月25日以後にルワンダについて明白になったことは、(1)1994年の大虐殺で殺された人々の約半分がツチ族、他の半分はフツ族、(2)1994年の大虐殺以後に数万のオーダーのフツ族がカガメのツチ族軍隊によって殺された、(3)カガメ政権は極めて独裁的な政権であり、政権に対する批判は許されない、(4)ツチ族とフツ族の民族融和は進んでいない、などなどの事柄です。
 こう申し上げると、NHKBS世界のドキュメンタリー「ルワンダ仕組まれた大虐殺」をご覧になった人々は奇異に思われるでしょう。私の反カガメの姿勢が過激すぎるとお考えの方も多いでしょう。このドキュメンタリーがガガメ政権によって作られた情報宣伝映画であることは、私にとっては、否定の余地がありませんが、その根拠を私が並べ立てるよりも、ルワンダに関する、他の玄人筋の人々の手になる論考を読んで頂く方が良いだろうと思われます。

#米川正子著『世界最悪の紛争「コンゴ」』(創成社、2010年)
≪読みどころ≫ 第8章は「「舞台劇」の舞台裏で」というタイトルです。P152に Gersony Report のことが出ています。この辺りから、上の(2)に関する情報が表面化することになります。P153 には、私がしばしば言及してきたオルブライト、スーザン・ライス、シンシア・マッキニーの名前が出ています。またP224 以降の本書の最終節「アメリカの介入と天然資源へのアクセス」を読むとフランスのサルコジ大統領の対ルワンダ政策の真髄が見えてきます。結びの部分を書き写します。:
■ まだ「舞台劇」のラストシーンには到着していないが、数十年、あるいは数年後にはそれが観られるだろう。この本を通して、コンゴ東部紛争の監督がルワンダ大国をねらうRPF 政権、あるいはルワンダとアメリカの両政府の合同作であることがおわかりになっただろう。■
NHKBS世界のドキュメンタリー「ルワンダ仕組まれた大虐殺」もルワンダ/アメリカの制作演出監督による見事な出来の合作PR映画だと,私は考えます。次の二つの参考資料はネット上で入手できます。:

#Stephen W. Smith 『Rwanda in Six Scenes 』(London Review of Books, Vol. 33 No.6, 17 March 2011, pages 3-8)
http://www.lrb.co.uk/v33/n06/stephen-w-smith/rwanda-in-six-scenes

≪読みどころ≫ 門外漢が苦労するのは、無数にあるルワンダ関連の論考の信憑性の判断です。発表の場所(新聞、雑誌など)の性格の検討も大事ですし、著者自身についても出来るだけ多くを知ることが望ましいのは言うまでもありませんが、論考の筆致や語り口も判断の材料になります。私は著者スミス氏の論考に信を置きたい気持に傾いています。第1のシーンは、1992年、つまり、大虐殺の以前、著者が、ベルギーの首都ブリュッセルの郊外でポール・カガメと会っているシーンです。第2のシーンは、1998年、パリの南の田舎家にアガセ・ハビャリマナを訪ねた時の話です。1994年4月6日、ルワンダの大統領ハビャリマナが乗っていた飛行機が撃墜されて大統領死亡、それを合図にするかのように大虐殺が勃発しました。大統領夫人アガセは大虐殺を実行したフツ族過激派の頭目と見なされ、その意味で自分の夫を殺した女として「ルワンダのマクベス夫人」の異名さえ与えられた女性です。シェークスピア劇のマクベス夫人は王を殺した夫を叱咤勉励したのですから、夫を殺したアガセの方が残忍とも言えましょう。しかし、この撃墜事件の真相は不明です。第3は、1994年5月、虐殺のただ中のルワンダ現場の話、第4はカガメ政府の内務大臣であったSeth Sendashonga という人物の話、この人は虐殺事件後のRPFによるフツ族への復讐行為に反対してカガメから離反し、やがてカガメが送った刺客によってケニヤで殺されます。カガメは政権からの離反者をすでに何人も殺しています。ルワンダ/コンゴについてのGerard Prunierの著作『From Genocide to Continental War』(2009年)はSendashongaに捧げられています。暗殺の標的になるような人物とつき合っていたジャーナリスト/学者として、スミス氏はカガメから睨まれて(personata non grata)しまいますが、それでも、2002年1月、時の英国外務大臣Jack Straw のお供としてルワンダの首都キガリにもぐり込んでカガメ独裁下の状況を観察します。これが第5話。最後の第6のシーンは、2006年9月、アメリカのプリンストンで行なわれたカガメ大統領の連続講演です。
 スミス氏の論考は次の言葉で結ばれています。:
■ The invasion and plunder of eastern Congo are criminal ? but not when they’re carried out by genocide survivors. Hutu power is bad, but Tutsi chauvinism is acceptable. We hold these opinions not because they’re right but because they put us on the right side. This makes Rwanda a more tragic place than it needs to be. ■
終始おだやかな調子で語られるこのかなり長い論考からは、おそらくNHKのドキュメンタリーよりも真実に近いルワンダのイメージが立ち上がってくると思います。

# Christian Davenport and Allan C. Stam 『What Really Happened in Rwanda?』(MILLER-MACCUNE RESEARCH ESSAY, October 6, 2009)
http://www.miller-mccune.com/politics/what-really-happened-in-rwanda-3432/

≪読みどころ≫ このブログで問題にしているNHKBS世界のドキュメンタリー「ルワンダ仕組まれた大虐殺」の中でカガメ大統領は「1994年のジェノサイドで100万人のルワンダ人が殺された」と言明しています。このブログは始めに、現在明白な事実と思われる事項として、(1)1994年の大虐殺で殺された人々の約半分がツチ族、他の半分はフツ族、があると申しました。
ダヴンポートはアメリカのノートルダム大学の教授で,彼の研究が(1)の結論の根拠の一つです。話のポイントは簡単です。彼は、虐殺後にツチ側が発表した「虐殺を生き延びたツチ人口は30万」という数字と、虐殺の3年前の人口調査を基にして算術します。人口統計は下の表に示されています。TOTALS の所から、虐殺以前のツチ人口は60万と見積もれます。30万が生き残ったとしたら、1994年の春から初夏への100日間に殺されたルワンダ人が、カガメ大統領が言うように、100万だとすると、殺された70万はフツ人だということになります。百歩を譲って、虐殺前のツチ人口が70万、生き残ったのは20万としても、「約半分がツチ族、他の半分はフツ族」ということになります。

_Table. Rwanda's national population as of 1991, _ broken-down by its two largest ethnic groups [A]

Prefecture Hutu Tutsi Totals [B]
Butare 618,172 (82.0%) 130,419 (17.3%) 753,868
Byumba 761,966 (98.2%) 11,639 (1.5%) 775,933
Cyangugu 489,238 (88.7%) 57,914 (10.5%) 551,565
Gikongoro 401,997 (86.3%) 59,624 (12.8%) 465,814
Gisenyi 708,572 (96.8%) 21,228 (2.9%) 731,996
Gitara 764,920 (90.2%) 78,018 (9.2%) 848,027
Kibungo 596,999 (92.0%) 49,966 (7.7%) 648,912
Kibuye 398,131 (84.8%) 69,485 (14.8%) 469,494
Kigali 822,314 (90.8%) 79,696 (8.8%) 905,632
Kigali City [C] 180,550 (81.4%) 39,703 (17.9%) 221,806
Ruhengeri 760,661 (99.2%) 3,834 (0.5%) 766,795
TOTALS 6,467,958 (91.1%) 596,387 (8.4%) 7,099,844
Urban 313,586 (83.9%) 57,186 (15.3%) 373,762
Rural 6,154,365 (91.5%) 558,265 (8.3%) 6,726,082
[A] Adapted from Table 4.2, "Répartition (en %) de la population de nationalité rwandaise selon l'ethnie, la préfecture ou le milieu de résidence," in Recensement general de la population et de l'habitat au 15 aout 1991, Service National de Recensement, Republique Rwandaise, p. 124. Table 4.2 reported the national population of Rwanda, ca. 1991, by ethnicity and expressed as percentages (i.e., here the percentages inside the parentheses). Based on Rwanda's total population (7,099,844) at the time, I've simply calculated the related approximate totals in the second and third columns for Hutu and Tutsi (e.g., 7,099,844 x 8.4% = 596,387 for the total Tutsi population of Rwanda at the time of the 1991 census). Note that these numbers are to be regarded as approximate totals. _ [B] Note that although I've omitted separate columns for the Twa and Other (relatively small) ethnic groups that were listed in Table 4.2 (1991), the Totals column here includes the totals for Twa and Other._ [C] Note that Kigali City's total is separate from the total for Kigali Prefecture. _

では、20万~50万のフツ人を殺したのは誰か? カガメ政権の立場は「アガセ・ハビャリマナなどを頭目としたフツ族過激派が、ツチ族と妥協に傾いていた穏健派のフツ人を殺した」というものですが、私には、何とも無理な説明だと思われます。ハビャリマナ前大統領自身もツチ族との妥協へと動いたからフツ族過激派によって搭乗機が撃墜された、というのですが、NHKBS世界のドキュメンタリー「ルワンダ仕組まれた大虐殺」で、大虐殺を仕組んだとされるハビャリマナ前大統領とフランスのミッテラン大統領がオープンカーでパレードする画面を見た人が、この説明をすんなりと受け取るでしょうか。映画の中ではハビヤリマナはヒトラーに比せられていますが、ハビヤリマナとミッテランはそれほど悪魔的に残酷な政治家だったのでしょうか? ヒトラーよりなお過激なドイツ人たちがヒトラーの軟弱さに腹を立てて自分たちの総統を殺した、というに等しい筋書きも不自然な話です。また、フランスの現大統領サルコジが急にカガメとの融和政策に走った理由は何なのでしょうか? 疑問山積です。
 この二人のアメリカ人研究者の長文の論考(Research Essay)には興味深い事が沢山書いてありますが、その末尾に付いている多数の読者(ルワンダのツチ族の人々を含む)からのコメントにも是非目を通して下さい。

 以上、「ルワンダ仕組まれた大虐殺」を適切に判断する為に、出来れば読んで頂けたらと思った資料を三つだけ選びました。私は、しかし、このブログの始めに申しましたように、コンゴの問題こそが最も基幹的な問題であると考えていますので、ルワンダがその直ぐ西に隣接するコンゴ東部のキヴ (Kiv) 州を、事実上、自国領土のようにしていることを報告します。北キヴ、南キヴを合わせると、ルワンダの数倍の面積でしょうか、コルタンや錫などの鉱物資源の大宝庫です。ルワンダのカガメ政権(それを通して主に米欧の企業群)がその資源を100%支配しています。先住のコンゴ人がこのまま殺され、蹂躙されつづければ、南北キヴ地域は、遠からず、“国際社会”によってルワンダの領地として認められても、私は驚きません。素人の意見ですが、サルコジのフランスの態度豹変の理由は、カガメが南北キヴの自然資源を完全に掌握してしまったことにあると私は推測しています。フランスも蚊帳の中にぜひ入らせて貰いたいのです。なりふり構ってはいられません。
 アフリカの最大の問題はコンゴで何が進行しているかにあります。ナチ・ホロコーストを凌ぐ悲惨さと規模のジェノサイドがこの現時点でも進行しているのに、世界は傍観している、見て見ぬ振りをしていることです。私たちの誰もが命の尊さを説いてやみませんが、もし本当に本気でそう言っているのなら、過去半世紀にわたって、今日現在も、コンゴの人たちがどんな目にあわされているかを、一刻も忘れることは出来ない筈です。

 前回のブログで、NHK がかつてのアルジャジーラ・テレビの標語“The opinions and other opinions”を採用してくれることを希望しました。その線に沿って、「ルワンダ仕組まれた大虐殺」と並べて、コンゴの人たちが制作した25分の立派なドキュメンタリー映画「コンゴの危機、真実を明るみに(Crisis in the Congo, Uncovering the Truth)」を字幕付きで上映してくれることを強く望みます。今回の「ルワンダ仕組まれた大虐殺」を含むNHKBSのドキュメンタリー企画には、 “シリーズ 飽くなき真実の追求”というタイトルが付いています。これとは別に、昔のアルジャジーラの“The opinions and other opinions”になぞらえて、“複眼の視座”とでもいったタイトルを掲げた別口のドキュメンタリー番組シリーズで、「内容はNHKの見解を反映しているのではない」と断った上で、こうした反カガメ的なドキュメンタリーなども放映してくれれば有難いと思います。なお、上記のコンゴ映画は YouTube で観ることができます。:
http://www.youtube.com/watch?v=vLV9szEu9Ag&feature=youtu.be


藤永 茂 (2011年8月3日)


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