私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ニュースではない。宣伝である。

2016-09-22 21:26:09 | 日記・エッセイ・コラム
 今朝(9月22日)朝食をとりながら、何気なしにNHKテレビを見ていたら、8時の朝ドラ直前の天気予報の前に、臨時ニュースのような感じでシリア情勢に関する国連での討議が報じられました。まず国連のデミストゥラ・シリア担当特使の停戦協定の維持の要請があり、次にシリア政府の協定破棄の宣言、続いて、米国の国務長官ケリーがアレッポの反政府側に向かっていた市民救済のトラック輸送隊をシリア・ロシア空軍が爆撃したとしてロシアを非難する様子が画面に出ました。
 私は、このほんの2、3分の放送から強烈なショックを受けました。そして、出来るものなら知りたいと思ったのは、この放送がどのようにしてNHKテレビのこの場所に挿入されたか、その経緯です。その指令、その決定はどのようになされたか?
 分かっているつもりでしたが、自分は今恐ろしい、呪わしい現実世界の中に生きているのだということを、改めて、思い知らされました。
 米国は、シリアの人々がどれだけ無残に苦しもうと、一般の老若男女が何十万、何百万死のうとどうしようとお構いなく、とにかく、シリアでロシアとシリアのアサド政権を打ち負かしたいのです。この目的を遂げるためには、あらゆる手段を弄して省みるところがありません。今朝のNHKテレビの臨時ニュース的な放送はその明白な証拠の一つです。これを見た日本人の圧倒的多数は、アサド政権とそれを支援するロシアが全面的な悪者で、米国がシリアの人民のために懸命に悪と戦っていると思うに違いありません。これは、もう、シリア戦争の問題ではありません。日本人のアメリカ観がどう操作されるかの問題です。日本の、日本人の問題です。

藤永茂(2016年9月22日)

ロジャバ革命を支持しよう

2016-09-14 19:31:27 | 日記・エッセイ・コラム
 北部シリアの風雲はまさに急を告げています。前回に、ロジャバのクルド人とアサド大統領政権との協調の可能性の兆しについて語ることを約束しましたが、使用するつもりであった記事の数々が消されてしまいました。PDFにしておけばよかったのですが、後悔先に立たず。

 以下に掲載する署名アピールの記事もアクセスできなくなっていると思いますが、PDFを取っていましたので紹介します。アピールの主文を訳出し、次に原文を写します。発起人リストの中には、私が常々信頼するJeremy Corbyn, Noam Chomsky, John Bergerなどの名前が含まれています。

https://libya360.wordpress.com/2016/09/09/urgent-call-to-stop-turkish-massacres-in-rojava-and-northern-syria/

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クルディスタンの平和、クルド問題の政治的解決に向けてのキャンペーン

トルコのジャラブルス侵攻はISISと戦うという口実の下になされた。しかし、真の目的は明白である;クルド軍を攻撃してロジャバの民主的行政機構を破壊するのが目的なのである。ロジャバの民主的行政機構は、民主、平等、多元的共存というその地域で切望されている諸原則の希望のかがり火として屹立している。このアピールに対して、すでに200を超える署名を寄せていただいているが、我々はさらに多くの署名を是非ともお願いしたい。この極めて重大な書類にあなたのお名前を加えていただけるかどうかをお知らせいただきたい。ロジャバは我々の支援と連帯を必要としている。

我々、知識人、作家、芸術家、政治家、人権擁護者はトルコ国の北部シリアとロジャバへの侵攻について緊急の注意を喚起する。

2016年8月24日、トルコ軍は、反ISIS作戦を口実に使って、北シリアの都市ジャラブルスを襲撃した。それはシリアのアルカイダ(ジャハトファタアル-シャム)分隊やアラルアル-シャムなどのグループなどの共同作戦であった。

 ISISは都市ジャラブルスを、ただの一発の銃弾も発砲せずに、明け渡した。これは、ジャラブルスがサラフィ・グループの軍事拠点のままにとどまることで当事軍団の間で事前の了解があったことの明白な表れである。従って、ジャラブルスは外国の戦闘員がシリアに入って訓練を受け、それからまた、ヨーロッパや世界各地に分布されるために戻ってくるための回廊にとして留まるであろう。

作戦の三日目(8月26日)から先は、攻撃はクルド人部隊、ジャラブルス軍事委員会、ミンビジュ軍事委員会に向けられた。これらのクルド勢力が、米国統率下の国際連合勢力の支援を得て、北部シリアからISISを追い払ったのだった。こうした軍事勢力を攻撃することによって、トルコはISISに対する戦いを妨害遮断し、ISISを強化しているのである。タイイプ・エルドアンと他のトルコ当局者は、当初から、ISISとクルド人勢力の両方を攻撃すると公式に表明していた。トルコ軍は民間地区に空爆と砲撃を加え、ジャラブルスの南の二つの村落で少なくとも45人を殺害した。入手した現地からの報告と映像によれば、トルコ国軍とその同盟勢力は化学兵器を使用している。

状況の現実は、USもEUもこうした攻撃を見て見ぬ振りをするだけでなく、幾つかの国はこのトルコ国家の作戦行動に対する支持をすら発表している。このやり方は道義に悖る政治行動であり、直ちに放棄されなければならない。

トルコ国の攻撃はすでに存在する地域的混乱をさらに大きくし、内戦を深刻化し、新しい難民を作り出し、新しい人道的悲劇への道を開く。この事態は終わらせなければならない。

ロジャバにおいて、クルド人その他の民族は、他民族(アッシリア人、シリア人、アルメニア人、アラブ人、トルクメニスタン人、チェチェン人)、他の宗教(イスラム教、キリスト教、ヤズイディ教、アレヴィ教)との平和的共存を中心概念とした、民主的な行政機構を築き上げてきた。この行政機構は、これらの人々と民主的勢力が建設を望んでいる民主的シリアの初めての中核的模範であり、支持されなければならない。

上記の攻撃に反対決起することは、民主的な人々と人権の擁護者すべての道義的義務である。我々は呼びかける:

●  民主主義と人道的価値の側に立つすべての人々はトルコ国の卑劣なやり
   方と侵略に反対の声を上げなければならない。
●  国際勢力、とりわけUSとEUは、トルコ国の企てへの支持を撤回し、その反対に回らなければならない。
●  安定した世界とISISの敗北を目指して、我々は、トルコ国による外国干
   渉に反対しなければならない。


Peace in Kurdistan, Campaign for a political solution of the Kurdish Question

The Turkish incursion into Jarablus was made under the pretext of fighting ISIS. But the real purpose is clear; to attack Kurdish forces and to try to destroy the democratic administration in Rojava, which stands as a beacon of democracy, equality and pluralism in a region that is in desperate need of these principles. We already have over 200 signatures for this appeal but would dearly like to have more. Please let us know that we can add your name to this crucial document. Rojava needs our support and solidarity.

URGENT APPEAL

We, intellectuals, writers, artists, politicians and human rights defenders, seek to draw urgent attention to the Turkish state’s invasion in Northern Syria and Rojava.

The Turkish army invaded the Northern Syrian City of Jarablus on 24 August 2016, using anti-ISIS operations as a pretext. The operation was in collaboration with the Syrian arm of Al-Qaida (Jabhat Fatah Al-Sham) and groups like Ahrar Al-Sham.

ISIS handed over the city, Jarablus, without a single bullet being fired. This is a clear indication that there was a prior agreement between the parties that Jarablus would remain as a base for Salafi groups. Therefore, Jarablus will remain as a corridor for foreign fighters to cross into Syria to receive training and then to cross back over in order to be distributed throughout Europe and the rest of the world.

From the third day of the operation (26 August 2016) onwards the attacks have been directed at Kurdish Forces, the Jarablus Military Council and the Minbij Military Council. Northern Syria has been largely cleansed of ISIS by these forces with the support of the international coalition lead by the US. By attacking these forces, Turkey is both interrupting the fight against ISIS and strengthening ISIS. Tayyip Erdogan and other Turkish authorities officially announced the purpose of the operation, at the outset, as the targeting of Kurdish forces alongside ISIS. The Turkish army has engaged in airstrikes and shelling of civilian areas, killing at least 45 in two villages south of Jarablus. According to local reports and footage received, Turkish state forces and their partners are using chemical weapons.

The reality of the situation is that the US and EU have not only turned a blind eye to these attacks but some states have even declared support for the Turkish state operation. This approach represents improper and dishonest politics and must be abandoned immediately.

The Turkish state’s attacks are furthering the existing chaos in the region, deepening the civil war, creating new refugees and making way for new human tragedies. This must end.

The Kurdish people and other ethnicities have established a democratic administration in Rojava, with peaceful coexistence with the other ethnicities (Assyrians, Syrians, Armenians, Arabs, Turkmens, Chechens) and beliefs (Muslims, Christians, Yezidis, Alevis) at its heart. This administration is the first core example of the democratic Syria these people and democratic forces want to construct and should be supported.
It is the moral duty of all democratic people and advocates of human rights to stand against these attacks. Our call is:
• All people on the side of democracy and human values must raise their voices against the Turkish states dirty games and invasion
• International powers, especially the US and EU must withdraw their support and stand against the Turkish state’s attempts
• For a stable world and the defeat of ISIS, we must act against the foreign intervention by the Turkish state.

Supported by
Your NAME
Your ORGANISATION
Your PROFESSION

Peace in Kurdistan
Campaign for a political solution of the Kurdish Question
Email: estella24@tiscali.co.uk
www.peaceinkurdistancampaign.com
Contacts Estella Schmid 020 7586 5892 & Melanie Gingell – Tel: 020 7272 7890

Patrons: Lord Rea, Lord Dholakia, Baroness Sarah Ludford, Jill Evans MEP, Jean Lambert MEP, Jeremy Corbyn MP, Hywel Williams MP, Kate Osamor MP, Elfyn Llwyd, Sinn Fein MLA Conor Murphy, John Austin, Christine Blower, NUT International Secretary, Simon Dubbins. UNITE International Director Bruce Kent, Gareth Peirce, Julie Christie, Noam Chomsky, John Berger, Edward Albee, Margaret Owen OBE, Prof Mary Davis, Dr Thomas Jeffrey Miley, Mark Thomas, Nick Hildyard, Stephen Smellie, Derek Wall, Melanie Gingell

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クルド人の中心的指導者オジャランについては、このブログでかなり詳しく紹介したことがあります。1999年以来孤島イムラルの独房に監禁されているオジャラン(1948年4月4日生まれ)からの久しぶりのメッセージがトルコ東部の都市ディヤルバキールで9月12日発表されました。これはロジャバのクルド人、いやクルド人全体、にとって重大な事件です。正直なところ、私は、もうオジャランは死んでしまったのではないか、と心配していましたが、公然としたトルコ軍のシリア北部への侵攻が開始された今という妙な時点で、獄中のオジャランにその弟さんが面会を許され、その弟さんにオジャランのメッセージが託されてディヤルバキールに持って帰られたのですから、私も、身構えを整えざるをいません。
 獄中のオジャランとの接触を要求してディヤルバキールで断食ストライキを続けていた50人のクルド人有志たちの前で、弟のメーエメット・オジャランが読み上げ、断食ストライキは終了したそうです。

下記のサイトにその記事が出ていますが、

http://bianet.org/english/human-rights/178672-hunger-strike-ends-following-meeting-with-ocalan

ここに出ているのがメッセージの全文であるのかどうか、はっきりしませんし、内容も漠然としています。オジャランが身体的に健在なのは何よりの朗報ですが、今度のこと全体が、老獪なエルドアン大統領の詐術でないことを祈ります。メッセージの英訳は次の通り:

Öcalan's message
Abdullah Öcalan's message read out by Mehmet Öcalan is as follows:
"We work together with the three friends who are here. The isolation is ongoing but we have no physical problems.
"We have projects. If the state is ready, let it send two people and we solve this issue [Kurdish question] in two months.
"People die everyday. This country doesn't deserve it. This is a blind war. No one will defeat anyone. Let this bloodshed stop.
"This solution cannot be realized one-sided. The greatest side is the state.
"If the state is ready, it may send me that delegation again.
"Tomorrow is the Sacrifice Feast. If 40 people die in a country per day, there can't be a bairam there. I wish everybody a happy bairam but this is not ethical".

生贄祭りはイスラム教のお祭りで、bairamはお祭りを意味するようです。

「これは盲目の戦争だ。勝者は無い。流血を止めようではないか。」
オジャランは自分の中で叩き上げた革命思想から全くブレていないと私は信じます。その思想は、いまや既に、ロジャバ二百万のクルド人の血肉と化し、ロジャバの北に位置するトルコ東部の同胞数百万の心にもしっかりと根付いてしまいました。この歴史的革命運動が、エルドアンの思惑通りに扼殺されてしまうとは、私には、到底思えません。今後のシリア情勢は、そしてやがては中東情勢全体が、クルド人問題を旋回軸として展開されるでしょう。

<付記>:オジャランのメッセージについての別の記事を見つけました。それによると、上に訳出したのは短い要約のようです。下を見てください:

http://anfenglish.com/news/ocalan-the-issue-will-be-resolved-in-6-months-if-the-state-wants-update

ロジャバの人民防衛隊が今回の北シリアでの停戦協定の全面的支持を宣言しました:

https://syria360.wordpress.com/2016/09/13/kurds-support-us-russia-ceasefire-agreement-in-syria/


藤永茂(2016年9月14日)

ロジャバ革命の扼殺

2016-09-08 21:19:43 | 日記・エッセイ・コラム
 シリア北部で起こっていることの真相が、私には、はっきりと見えてきました。シリア紛争の泥沼の中で凛として開花しようとした美しい革命が泥の中に引き摺り込まれようとしています。中東全体を救う可能性を秘めた一つの革命的思想とその運動の萌芽が扼殺されようとしています。その扼殺を誰よりも強く望み、しかるべく根回しをしたのがトルコのエルドアン大統領です。私の心は悲しみと怒りで一杯です。老人の感傷ではありません。
 クルド人は少ない総人口の“少数”民族ではありません。総人口約3000万、もともと、オスマントルコの勢力下で、その大多数は一つのまとまった地域に住んでいましたが、第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れ、サイクス・ピコ協定と呼ばれる条約に基づいて英国とフランスが自国の利益のために設定した国境線によってトルコ、イラン、イラク、シリアにまたがる地域に分断されて今に至っていまが、その主要居住地域をまとめてクルディスタンと呼ぶこともあります。このうち東西に延びるトルコとシリアの国境のシリア側(つまり南側)のクルド人の居住地域は面積的に小さく人口も現在は200万よりかなり少ないと思われます。簡単のため、今まで私がしてきたように、このクルド人の少数集団を「ロジャバのクルド人」と呼びますが、今激戦地区となっているシリア北部の都市アレッポと首都ダマスカスにも数万のオーダーのクルド人が住んでいて、戦乱に巻き込まれて右往左往しているようです。
 クーデター騒ぎの後、国際的にしかるべく根回しをしたトルコのエルドアン大統領が猛然と襲いかかったのは「ロジャバのクルド人」集団です。彼はロジャバのクルド人はIS と同じくトルコにとってテロ集団だから、両方とも殲滅すると息巻いていますが、ISとは馴れ合いの「戦争ごっこ」をしているだけで、撲滅の真の目標はロジャバのクルド人だけです。
 IS(自称イスラム国、ダーイシュとも呼ばれる)はまことに唾棄すべきテロ集団です。見識のある人々が断言するように、ISは宗教集団ではありません。宗教の狂信的要素を利用している国際的傭兵集団です。それを動かしている外的資金の注入が途絶えればISは6ヶ月も持つまいとシリアのアサド大統領が言明しましたが、全くその通りだと思います。最高幹部たちを動かしているのは、彼ら自身の宗教的信念などでは決してありません。
 トルコとシリアの国境線は、海に近い最西部を除いて、ほぼ東西に延びています。この部分は500キロほどの長さです。適当な地図があればご覧ください。シリア戦争が始まった2011年初め、ロジャバのクルド人の勢力地域はこの東西に延びる国境の西端部と中央部と東部に分かれていましたが、今では中央部と東部が合体して、アフリンを中心とする西端部分が飛び地的に残っています。この西端部分と中東部分の空き間、地名で言えば、アザズからジャラブルスまでのトルコ・シリア国境線の南が現在の最重要の紛争地域です。9月5日の時事通信には、
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【エルサレム時事】ロイター通信などによると、トルコ軍は4日、自ら支援するシリア反体制武装組織「自由シリア軍」がシリア北部の対トルコ国境沿いから過激派組織「イスラム国」(IS)を排除したと宣言した。
 トルコ軍は8月24日、国境地帯からISやクルド人勢力を排除する目的で、シリア北部への越境作戦を開始し、その日のうちにISの支配下にあった対トルコ国境沿いの町ジャラブルスを制圧。作戦開始から12日目の4日、自由シリア軍はシリア北部の町アザズからジャラブルスまでの約90キロの一帯を掌握することに成功した。
 トルコ治安当局筋はアナトリア通信に対し、作戦は続けられ、さらに支配地を拡大する予定だと語った。 
[時事通信社]
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とあります。同日のロイター通信は
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 米露が停戦交渉を続ける中、シリア政府軍は8月4日、反体制派が支配する同国北部の拠点アレッポを再び包囲した。
 アレッポをめぐっては、8月初めに反体制派が東部の政府包囲網を破り、軍事拠点を制圧していたが、ここにきてロシア軍の空からの支援を受ける政府軍が再び包囲。
 トルコとの国境地帯では、トルコ軍戦車部隊がシリア領内に越境、大規模作戦を展開している。越境したトルコ軍と呼応して、シリア反体制派が西から過激派組織「イスラム国」(IS)を挟撃、国境地帯から撤退させたことを明らかにした。
 さらに、国内のクルド人勢力に手を焼いているトルコは、この機に乗じて米国が支援するクルド人民防衛隊を叩く作戦に出ている。
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と報じています。アレッポはアザズの数十キロ南にあります。ニューヨーク・タイムズを含めて、これらマスメディアの報道記事は、ある程度の情報源として利用するのは良いとしても、解説的な部分は意図的な宣伝に色濃く染められているので用心が必要です。
 現在の戦局の最大のポイントは正規トルコ軍のシリア国土内への不法侵攻です。8月24日侵略作戦を開始したトルコ軍は、米国との完全な了解のもとに“イスラム国の首都”ラッカに向けて進軍しています。「ISの軍隊を撃破し追放する」というのが公の口実ですが、これは真っ赤な嘘です。トルコや米欧が如何に表面を糊塗しようとしても、ISの軍隊は彼らの軍隊なのです。適当な地図で、まずジャラブルスとマンビジュの位置を確かめてください。この二つの町はユーフラテス川の西側にあり、川のすぐ東にはコバニ(アイン・アル=アラブ)があります。シリアのクルド人が多く居住するこの一帯を完全に制圧すべく、IS軍は、2014年9月16日、クルド人の拠点の町コバニへの猛攻を開始しました。しかしクルド人女性兵士が多数を占める人民防衛隊の約4ヶ月にわたる死闘によって、ロジャバのクルド人たちはコバネの町の防衛解放に成功しました。この戦いについては以前にこのブログでも取り上げましたが、今の私の見解なり理解なりは以前のものと大いに異なります。クルド人たちにとっては、スターリングラードの戦いにも比せられる死闘でしたが、トルコ/米国側の見地から見れば、吾人の想像を絶する緻密さで計画実践された壮大な戦闘芝居であったのだと、私は、今は断定して憚りません。そして、その瞠目の大芝居は現在只今も粛々と進行中です。
 現時点での戦況は次の通り。ロジャバの人民防衛隊は、去る6月以来ユーフラテス川の西側に兵を進めて、弱体化したかに見えたIS 軍に攻撃を加え、彼らをジャラブルスとマンビジュから追い出して、一度はその一帯を制圧したのですが、トルコと米国によってユーフラテス川の東側に押し返されてしまいました。では、ロジャバの人民防衛隊によってこの地帯から追い出されたISの兵士たちは、トルコ側から越境侵入してきたトルコ軍によって殲滅されてしまったのでしょうか? いやいやそうではありません。トルコ側から大量の戦闘服が運び込まれて、ISの戦闘員は衣替えをしてシリア反体制武装組織「自由シリア軍」の兵士に成り変わったのです。現地住民の証言がいくらもあります。驚くべき事実というべきでしょうが、私にとっては、今更驚くべきことではありません。ISという組織について私(だけでは勿論ありません)がほぼ一貫して推測して来たことの裏付けが一つ増えただけのことです。
 上に「8月24日侵略作戦を開始したトルコ軍は、米国との完全な了解のもとに“イスラム国の首都”ラッカに向けて進軍しています。」と書きましたが、近日中に、マスコミでもしきりに報じられることでしょう。“激烈な戦闘”、“米空軍によるラッカ猛爆”が報じられるでしょう。しかし、ラッカでも、傭兵たちの衣替えか、転地作戦が行われるに違いありません。この猿芝居は、どうしても、ロシア空軍に援助されたシリア国軍がラッカに踏み込む前に打たなければなりません。実は、かつてのカダフィの生地であるリビアの町シルテで演じられているのも同工異曲の猿芝居です。
 トルコのエルドアン大統領は飽くまでロジャバ革命を扼殺する決意を固め、米国はロジャバの勇猛な人民防衛隊をシリア戦争での米国地上軍代理として利用することだけに関心を持ち、ロジャバ革命には全然同情を持っていません。これが「ロジャバのクルド人」の悲劇の核心です。いや、クルド民族全体の悲劇と呼ぶべきでありましょう。今となっては、ロジャバのクルド人、ひいては、クルド民族の唯一の活路は、シリアのアサド大統領の側についてシリア国軍と力を合わせ、シリアに侵入した外国勢力を排除してシリアの独立性を回復することです。これは全く絶望的な希求では必ずしもないと私は考えます。そして、すでに、ロジャバのクルド人からの呼びかけの兆しはあります。次回にお話しします。

藤永茂 (2016年9月8日)