私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

教育コンテンツ国際コンクール「日本賞」受賞作品

2021-01-16 15:21:43 | 日記・エッセイ・コラム

 NHKが行っている教育コンテンツの映画の国際コンクール「日本賞」については、次のサイト:

https://www.nhk.or.jp/jp-prize/about/

を見ると、以下のように解説してあります:

“「日本賞」は教育コンテンツのみを対象とした国際コンクールです。1965年の設立以来、メディアの力を信じ、教育の可能性を広げる優れた作品に、賞を贈り続けています。5つの部門の最優秀作品賞、特別賞、最優秀・優秀企画賞、そしてグランプリ日本賞を目指し、毎年、300を超えるエントリーがあります。
 時代や社会とともに、人間のライフサイクルが大きく変化していく中、「教育」や「学び」の形も進歩しています。そんな変化を敏感にとらえ、世界の教育コンテンツの質の向上、そして国際理解の促進に貢献することが、私たち「日本賞」の使命です。世界の制作者や研究者、教育に関心のあるすべての人とともに、「日本賞」は歩み続けています。”

私は、前にもこのコンクールの受賞作品を見たことがあるような気がしますが、近頃ボケが進んではっきり覚えていません。

 去る大晦日に2020年度の受賞作品の発表放映がNHK-Eテレであり、その二つの受賞作品を観て、私はその優れた内容から大きな感銘を受け、すっかり嬉しくなりました。次のサイトに出ています:

https://www.nhk.or.jp/jp-prize/more/index.html#youth_best

一つは青少年向け部門最優秀賞(外務大臣賞)作品で、

「作品名

テロの街の天使たち
~ブリュッセル6歳児日記~

機関名

ゾーン2ピクチャーズ

国・地域

フィンランド

メディア

映画

内容時間

72分17秒

メディアに「イスラム過激派の根城」と呼ばれるブリュッセルのモレンビーク地区を舞台に、6歳の少年たちの友情を描いたドキュメンタリー。フィンランド出身でギリシア神話の英雄に夢中のアトスとモロッコ出身でイスラム教徒のアミン。異なる環境で育った二人は、同じアパートに暮らす大の仲良しだ。「神さまっていると思う?」世界に興味を持ち始めたばかりの二人は、遊びを通して人生の重大な問いの答えを一緒に探す。しかしある日、テロリストが近所を爆破したことで、大人の社会のひずみが二人の目にも明らかになっていく。宗教や文化、テロや暴力といった多民族社会の課題について若者たちが対話することをねらった作品。」

と解説があり、もう一つは一般向け部門最優秀賞(東京都知事賞)作品で、

「作品名

ディス・イズ・ノット・ア・ムービー
真実を伝えるということ

機関名

ティナム
ストール・コロンコ
カナダ国立映画制作庁 (NFB)

国・地域

カナダ
ドイツ

メディア

映画

内容時間

106分00秒

中東の紛争地域を拠点に40年以上にわたって戦争の悲惨さを伝えてきたイギリス人ジャーナリストのロバート・フィスク。彼のキャリアを振り返り、原動力の源を探るドキュメンタリー映画。現場に足を運び、自分の目と耳で確認したことを届けることが大切だと語るフィスク。彼が長年戦ってきたのは、真実を隠そうとする権力と、人々の無関心だ。「“そんなことは起こってない”、“誰も教えてくれなかった”などと決して言わせない。それがジャーナリストの仕事だ。」という彼の言葉には闘志がにじむ。戦争はなぜ繰り返されるのか?中立であるとはどういうことなのか?真実をどう見分けるのか?フェイクニュースが蔓延する今こそ、ジャーナリズムの精神を取りもどす必要があることを訴える作品。」

と解説されています。このサイトには他の部門の受賞作品も紹介されていて、鑑賞することができます。

先ず『テロの街の天使たち~ブリュッセル6歳児日記~』ですが、この二人の幼い少年の間に結ばれる友愛の絆の中に、世界平和への本当の希望があると私は思いました。これはセンチメンタルな空想ではありません。人間の魂の結びつきにはここに実証的に記録されているような次元があるのです。

しかし、私がもう一つの記録映画『ディス・イズ・ノット・ア・ムービー 真実を伝えるということ』から受けた感銘は、今の私にとって、より強烈なものです。より個人的な感銘です。

このブログの2017年8月15日付けの記事 『Robert Fisk』;

https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/7f235a2b4c3fe9444d04416aba0a25f4

の冒頭に私は次のように書きました:

「シリア戦争に関して、私が最も信頼するジャーナリストはロバート・フィスクです。彼の名をここに掲げようとして、私は、初めて、ウィキペディア(英文)の記事をチェックして、彼が極めて高い国際的評価を受けている卓抜なジャーナリスト兼著作家であることを知りました。この人に対する私の信頼は、中東の情勢についてのロバート・フィスクの多数の報道記事、論考を読み続けるうちに固められたものです。彼は独特のスタイルを持った文章を書きます。私の英語力では読みこなせない面があると思われますが、文面からひしひしと伝わってくるものがこの人の強靭な精神と柔軟な感性であることは疑う余地がありません。」

シリアとパレスチナの状況についての私の考え方は、決定的にこの優れたジャーナリストの影響のもとにあります。私がこの人の報道と判断に信を置いた理由は上掲の受賞記録映画をご覧になれば分かります。

 残念な事に、ロバート・フィスクは、昨年2020年10月30日、アイルランドの大学病院で病死、享年74歳、生まれは英国のケント、英国とアイルランドの国籍を持っていました。

 私が全面的に信頼するもう一人のジャーナリストであるジョン・ピルジャーは、「ロバート・フィスクが亡くなった。私はこの最後の偉大なリポーターの一人に心からの敬意と賛辞を捧げる。・・・彼は世に逆らって事に踏み込み、目覚しくも真実を語った。ジャーナリズムは最高の勇者を失った」とオマージュを献じました。私が一貫して尊敬の念を抱いている英国の政治家ジェレミー・コービンは「ロバート・フィスクが亡くなったと聞いてとても悲しい。中東の歴史、政治、人々について比較を絶する知識を持った最高の人物を失ったのだ」と述べています。

 実は、別のブログ記事『ジャーナリストの苦衷』(2018年3月8日);

https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/5d2591752dba7a153ecb084b0949ff94

でも、ロバート・フィスクが支配的なマスメディアの牽制をかいぐってって、真実を我々に届けてくれている手法に私は言及した事がありました:

「以前にロバート・フィスクという英国人(ベイルート在住)の優れた老練ジャーナリストを紹介したことがあります。2月15日付と2月26日付の二つの記事をここでは取り上げます。

https://zcomm.org/znetarticle/acknowledging-the-facts-of-history/

https://zcomm.org/znetarticle/the-bombardment-of-ghouta/

始めの記事は、トルコが行なった Armenian Holocaust(アルメニア人大虐殺)についての考察であり、二番目は、今、シリアのグータをめぐる状況についての記事ですが、こうしたロバート・フィスクの記事を読む者は、少し持って回ったような記事作りが、かえって、彼の語りたいシリア戦争の真実の核心を伝えてくれているのだという感じを強く持ちます。外部の権力機構からの制約の下にある日本の新聞ジャーナリストたちが、フィスクのこうした語り口のスタイルを学び、身につけて欲しいものです。そうすれば、検閲をかいくぐり、ベネズエラやシリアやウクライナの現地の真実を、プロパガンダの煙幕をかいくぐって、我々に告げることができるのではありますまいか?」

 私は、この部分を読み返しながら、NHKが主宰しているこの教育コンテンツの映画国際コンクールが果たしうる、いや、現在すでに見事に果たしている思いがけない貴重な役割に気がつきました。いま取り上げている「日本賞」受賞記録映画『ディス・イズ・ノット・ア・ムービー 真実を伝えるということ』から人々が受け取るシリアやパレスチナに関する報道事実は、通常、NHKや大新聞が伝えているニュースとは大変異なる内容であり、調子も違います。つまり、NHKが主宰しているこの教育コンテンツ国際コンクールを通じて、検閲をかいくぐって、真実が我々の手元に届けられているのです。私としては、この貴重な抜け穴を見事に保持し機能させている人たちに大いなる声援を送りたいと思います。授賞者である東京都の知事さんは、ここに描かれて稀有のジャーナリスト故ロバート・フィスクを果たしてご存知でしょうか?

 

藤永茂(2021年1月16日)

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NaomiOsaka大坂なおみ

2020-12-29 22:56:12 | 日記・エッセイ・コラム

 テニスプレーヤーの大坂なおみさんについては、これまでごく普通の関心しか持っていなかった私ですが、最近たまたま二つの記事に接して色々考えさせられるところ、学ぶところがありました。一つは日本語記事:

https://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015/e/41e8097a2636f0d8a6d72e2724870a39

もう一つは英語記事:

https://www.nytimes.com/2020/12/16/sports/tennis/naomi-osaka-protests-open.html?campaign_id=2&emc=edit_th_20201217&instance_id=25125&nl=todaysheadlines&regi_id=68146593&segment_id=47173&user_id=2d1907fb8ebe0dbc559d19a5da2f88a0

です。

 始めの日本語記事から私の知らなかった沢山の事を学びましたが、その一つ、大坂なおみさんのツイッターでの発言(2020/8/26)の冒頭をコピーします:

 Hello, as many of you are aware I was scheduled to play my semifinals match tomorrow. However, before I am an athlete, I am a black woman. And as a black woman I feel as though there are much more important matters at hand that need immediate attention rather than watching me play tennis. (こんにちは、皆さんの多くがご存知の様に、私は明日の準決勝の試合をすることになっていました。けれども、私は一人のアスリートである前に、一人の黒人女性です。そして、黒人女性として、私がテニスをするのを観る事などよりも今すぐに関心を持たなければならない、もっともっと重要な事柄がある様に私は思うのです。)

 今を時めくスターのゴルフ・プレーヤーにして、この発言、直ぐには信じがたい発言のように私には思えました。全米オープンのゲーム観戦などよりも“much more important” なことがこの世の中にはあると言い放っているのは、当年23歳の若い女性チャンピンなのです。これほど喜ばしい人間精神の健全性の確かな証拠は滅多にありますまい。 

上に掲げたニューヨクタイムズの記事には、次の文章があります:

Though Osaka’s assertion of each part of her identity — Japanese, Haitian, raised for a time in the United States — has given her profitable endorsement lanes, she has often highlighted her Blackness when commentators minimize it. That erasure has happened in small ways, as when a TV interviewer after a 2019 Australian Open match gave a shout-out to her Japanese supporters there. She thanked them, then gave “big ups” to Haiti.(大阪なおみが、彼女のアイデンティティのそれぞれ―― 日本人であり、ハイチ人であり、一時期アメリカ合州国で育ったこと――を主張することは支持層の幅を広げるのに有利に働いたが、彼女の黒人性を記者や解説者がなるだけ軽く扱おうとすると、彼女は、しばしば、自分が黒人である事を強調してきた。このもみ消し行為は、2019年のオーストラリア・オープン・マッチの後、テレビの会見者が会場の日本人の大坂ファン達に挨拶を表明したときに起こった。彼女は日本人のファン達に感謝した後、次にはハイチに対して大きな感謝を表明した。)

 さて、大坂なおみさんの日本人ファンの皆さんは、彼女のお母さんが日本人で、お父さんがハイチ人である事は知っていても、ハイチという国のことを、果たして、どれだけ知ってるでしょうか?

 上のニューヨクタイムズの記事には次のような事も書いてあります:

Tendrils of info on how she spent those months and how they changed her have seeped into her social media accounts where, between family dance-offs, she posted images of Frantz Fanon’s book “The Wretched of the Earth” and appeared with her boyfriend, the rapper Cordae Dunston, on workout bikes in a picture snapped by Colin Kaepernick. Amid Netflix binges and at-home workouts, and learning to cook her favorite of her mother Tamaki’s recipes, Osaka spent time reading about how Haiti became the first Black-led republic in the world. That was a suggestion from Leonard Francois, her father, to learn about her ancestors.

 これによると、大坂なおみさんは母親から習った(日本?)料理を作ったり、父親に導かれて、祖国ハイチ共和国の輝かしい、しかし、苦難に満ちた歴史についての読書に励んだりしているようです。フランツ・ファノンの名著『地に呪われたる者』も、父親から勧められて読んだのかも知れません。

 フランツ・ファノンは1925年7月20日フランス領マルティニック島で生まれた黒人男性です。私は1926年5月23日生まれですから、ほぼ同年配ですが、ファノンはこの本『地に呪われたる者』を、白血病に苦しみながら、10週間で一気に書き上げ、それが刊行されてからわずか数日後の1961年12月6日、36歳の若さで亡くなりました。カリブ海の島、マルティニック島はハイチのあるイスパニョール島の東方に位置します。

 私はファノンから、何よりもまず、ヨーロッパからの決別の決意を学びました。“ヨーロッパ”は米国を含みます。

 海老坂武著『フランツ・ファノン』(みすず書房)という優れた著書があります。その11ページに訳出されている『地に呪われたる者』の結論部からの文章を以下に掲げます:

 「ヨーロッパはそのあらゆる街角で、世界のいたるところで、人間に出会うたびごとに人間を殺戮しながら、しかも人間について語ることをやめようとしない。このヨーロッパに決別しよう」

 「ヨーロッパの真似はしまいと心に決めようではないか。われわれの筋肉と頭脳とを、新たな方向に向かって緊張させようではないか。全的人間を作り出すべくつとめようではないか」

 ファノン自身による「全的人間」の措定はなされていませんが、海老坂武氏はファノン自身の諸々の文章から、次のように読み取ります(p53〜p54):

 「全的人間とは、他者に対する謙譲、心づかい、愛情を大事にし、人間同士の協力、コミュニケーションに価値を置く人間である」

 「全的人間とは、自律的な共同体の、自律的な成員である」

 

 人間と人間が真に人間らしく心を交わし結び合うとき、皮膚の色の違いは大した問題ではないのではありますまいか。大坂なおみさんのご両親からお話を聞いてみたい気がします。男女の仲に限られることでもありません。

 

藤永茂(2020年12月29日)

 

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アメリカ 未完のプロジェクト ??

2020-11-12 21:55:06 | 日記・エッセイ・コラム

リチャード・ローティ(Richard McKay Rorty、1931年10月4日 - 2007年6月8日)という米国の高名な哲学者がいます。ローティは、1998年、『Achieving Our Country』(Harvard University Press, 1998) というアメリカ論を出版しましたが、この本の小澤輝彦氏による全和訳は、原著者ローティの助言に従って『アメリカ 未完のプロジェクト』というタイトルで2000年に出版されました。2010年に出版した拙著『アメリカン・ドリームという悪夢』で、そもそもアメリカという国が革命的に立派な理念に立脚したプロジェクトとして出発したとするローティの考えが間違いであることを、私は指摘し、批判しました。今回の大統領選挙を通して世界の人々の目にさらされた米国の姿は、アメリカという国が、人間の集合体として、立派な形に向かって完成への道を進みつつあるというローティの描く像が如何に見当はずれなものであるかを、悲劇的に示しています。

 このブログの前々回(2020年11月1日)の記事『どっちになっても同じ事』に、

「トランプが勝つかバイデンが勝つか??!!?? 世界中のマスコミは大騒ぎです。しかし、何も変わりはしないでしょう。アメリカは、一番基本的なレベルでは、何も変わらないでしょう。BUSINESS AS USUAL のままでしょう。」

と書きましたが、あの記事の要旨は、千本 健一郎さんが「さて、アメリカはどこへ行くのか」と書いた1971年の時点から現在までを考えてみても、何も変わってはいないということにあります。

 以下に訳出する論評では、米国という国の基本的な体質の故に、誰が新大統領に就任しても、不変のままである米国内の状況が具体的に数え上げられています。記事の日付は2020年11月3日(選挙当日)です。

http://axisoflogic.com/artman/publish/Article_89064.shtml

United States

America After the Election: A Few Hard Truths About the Things That Won't Change

By John W. Whitehead | The Rutherford Institute

選挙の日に何が起ころうと、アメリカ国民の苦しみを和らげることにはなるまい。我々が何か投票以上のことをしない限り、我々が馴染みになってしまった政府――腐敗し、肥大化し、大金持ちの企業やロビイスト、利権団体によって支配されている政府は不変のままであろう。

アメリカ国民は、ホワイトハウスの新大統領が我々を苦しめている諸困難を解決することができるとしっかり思い込まされたままで居る。

しかし、今回の大統領選挙で誰が勝ったとしても、新しいボスは以前のボスと同じであり、アメリカで永久の下層階級である我々は、公的にも私的にも、あらゆる事で、警察国家のもとで窮屈な行列行進をすることを余儀なくされ続けるだろう。

ディープステート、1%、エリート、支配者、黒幕、影の政府、警察国家、監視国家、軍産複合体――あなたが彼らを何と呼ぶかは、実はどうでもよろしい。選挙で選ばれるのではないその官僚的機構が、実際には、主導権を握っているのであり、2021年にどちらの政党がホワイトハウスを占めるかに関係なく、その機構が主導権を発揮し続けることを理解している限りは。

自由と真実のために、2020年の大統領選挙で誰が勝つにしても続くであろう、アメリカという警察国家での生活についての厳しい真実をいくつか提示しよう。実際、これらの問題点は、近年の共和党政権下でも民主党政権下でも、存続しており、多くの場合、議論は盛んに行われてきた。

警察の軍隊化は続くだろう。国防総省が余剰の軍需品や武器を地方の法執行機関に無償で譲渡することを認める連邦政府の助成金プログラムのおかげで、警察官は、平和的保安官から軍人の延長の形に重武装化され、長靴、ヘルメット、盾、警棒、ペッパースプレー、スタンガン、攻撃ライフル、防弾防護服、小型戦車、兵器化されたドローンなどを完備した軍隊へと変貌し続けるだろう。

過剰犯罪者化は続くだろう。政府の官僚機構が、その権力と評価体系を強化し、警察国家とその企業の同盟国のものを強化する法律、法令、コード、規制を作り上げることに消費されているのに直面して、私たちは皆、些細な法律に違反しただけで罪を犯した小さな犯罪者とみなされ続けるだろう。

利益のためにアメリカ人を投獄することは続くだろう。国内の凶悪犯罪の数は大幅に減少しているが、免許停止中の運転などの非凶悪犯罪で投獄されるアメリカ人の数は激増している。これは、利益を求める民営刑務所への投獄を奨励する機構によるところが大きい。そのほとんどが軽微な非暴力犯罪者である何百万人ものアメリカ人が、社会を保護し、あるいは、再犯を防ぐのには何の効果もない長い刑期を求めがちな企業に引き渡されているのが現状だ。

軍産複合体に富を与える果てしなき戦争は続くだろう。2001年以来、アメリカ人はイラクやアフガニスタンを含む数多の外国の軍事占領のために、1時間あたり1,050万ドルを費やしてきたことを肝に銘じよう。

非武装のアメリカ人に対する警察による銃撃は続くだろう。アメリカ人は現在、テロリストに殺されるよりも、警察との対決で死ぬ可能性が8倍高く、一方、警察官はその不正行為の償いに金銭的な責を負わされる事は滅多になく、むしろ、雷に打たれる可能性の方が高いくらいだ。

SWAT部隊の襲撃は続くだろう。毎年、8万件以上のSWAT部隊の襲撃が、どちらかと言えば日常的な警察関係事項に関して、罪を犯した覚えのないアメリカ人に対して行われている。全国的に、SWAT部隊は呆れるほど些細な犯罪行為や単なる地域社会の迷惑行為に対処するために出動する。その事例を少し挙げれば、暴れ犬、家庭内の争い、蘭育成農家が提出した不備な書類、軽犯罪のマリファナ所持などである。

(訳注:SWATはSpecial Weapons And Tacticsの略称で、米国の警察に設置されている特殊部隊)

アメリカ国民に対する政府の戦争は続くだろう。アメリカで犯罪者のように扱われるのに、もはや、貧者とか、黒人とか、犯罪者である必要はない。米国市民の誰もが、いわゆる犯罪者階級の事実上の一員として、無実が証明されるまで有罪と見做される。

政府の腐敗は続くであろう。私たちのいわゆる代議士たちは、実際には私たち市民を代表してはいない。私たちは現在、権力と支配を永続させることに主な利益を持つ政府と企業の寡頭的なエリートに支配されている。

監視国家の台頭は続くであろう。この国のリアルタイムの監視カメラと顔認識ソフトウェアのネットワークの成長と連携して、間もなく、逃げ場も、隠れ場も本当に無くなってしまうだろう。

帝王的な大統領の統治下で政府の専制は続くだろう。テロリズム、国内の過激主義、銃による暴力や組織犯罪にも増して、市民の生命、自由、財産に対する危険、政府がそれから私たちを守ると主張する危険のどれよりも、米国政府の方が、より大きな脅威となっている。この状態は、どちらの政党が権力の座にあろうとも、そのままに維持される。

政府がその権力を拡大するために国家的危機を操ることが続くだろう。いわゆる国家への脅威と呼ばれるもの、――それが市民の不穏動向、学校での銃撃事件、テロだと申し立てられる行為、あるいはCOVID-19の場合のように世界的なパンデミックの脅威のどれであれ――政府は、国民感情の高まり、混乱、恐怖につけ込んで、警察国家の管轄範囲を広げるための手段として利用する傾向がある。

 

要点はこれだ:選挙の日に行われる何事も、アメリカ国民の苦しみを和らげない。私たちが投票以上のことをしない限り、我々が目の当たりにする政府―

腐敗し、肥大化し、大金持ちの企業やロビイスト、利権団体によってコントロールされている――政府は不変のままだろう。そして、“私たち国民(we the people)”は、――大きな政府によって過大な税金を掛けられ、過剰に管理され、過大な負担を背負わされて、我々を代表して我々のために声を上げる人々の数は少なく、我々に迫りくる監獄の壁には呑気なままで気が付かない--我々は、重い足取りで悲惨な道をたどり続けるだろう。

これらの問題は、より良い方向に物事を変えることができるのは自分たちだけだという事実にアメリカ人が目覚めるまで、私たちの国を苦しめ続けるだろう。もし我々の自由を回復し、我々の政府のコントロールを奪還する希望があるとすれば、それは政治家ではなく、我々国民自身にかかっている。

考えてみれば、実際、我が憲法は三つの重要な言葉で始まる、"We the people."

建国の父たちが私たちに理解させようとしたのは、私たちが政府であるということだ。

我々なしに政府は存在しない-我々の絶対的な多数さ、我々の力、我々の経済力、我々はこの地に居るという物理的な存在感。

また、我々の共犯と共謀がなければ、――我々が、目を瞑り、肩を窄めて諦め、自分の方から気を逸らし、市民としての意識を希薄にすることがなければ、専制政治も、我々の権利の習慣的な侵害もあり得ない、つまり、警察国家もあり得ないのだ。

この選挙でどちらの候補者が勝利しても、一般市民とそれを代表する人々は、この強力な真実に対して説明責任を負う必要がある。

 

藤永茂(2020年11月12日)

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ボリビアの先住民たちは戦い、そして、勝った

2020-11-07 23:39:03 | 日記・エッセイ・コラム

 私が毎朝まず読んでいる『マスコミに載らない海外記事』の11月3日付の記事「アメリカ帝国は、にこにこ顔の連続殺人犯」:

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2020/11/post-75bede.html

の冒頭に

“アメリカ大統領選挙の結果を待つているのは、バットを持った強盗、バールを持った強盗、一体どちらに殴られるか、わかるのを待っているようなものだ。”

とあります。まさにその通り、この選挙の結果は、米国という国に、対外的にも内政的にも、基本的には何の変化ももたらさないでしょう。米国国民のことを本当に気にかけている識者たちは、選挙投票という行動ではどうにもならないことを懸命に告げていますが、大衆は聞く耳を持たないようです。BLM(黒人の命も大切)のような黒人白人一体の民衆の街頭運動もあるではないかという反論は成り立ちません。BLMもANTIFAも巨大資本に操作されているからです。

 しかし、ボリビアでは事情が違います。それを知る為に、次の記事を訳出しましたので、読んで下さい。

https://www.blackagendareport.com/black-bolivia-and-socialist-electoral-triumph

Black Bolivia and the Socialist Electoral Triumph

Erica Caines (エリカ・ケインズ) 2020年10月28日

ボリビアの先住民たちとアフリカ系住民(アフロ・ボリビア人)は、彼らの政党の社会主義願望を遂げるために、毎日毎日をクーデターに抵抗して過ごしてきた。

"選挙で票を投じることだけで社会主義が実現すると信じるのは愚かなことだ"

"民主主義が勝利した!"と、ルイス・アクレは、月曜日、ボリビアの次期大統領の座を確保した後に宣言した。国民の一貫した意志に支えられ、エボ・モラレス政府の前財務相は祖国を奪還した。

社会主義志向運動党(MAS)のこの注目すべき勝利は、いい加減な形で、"投票の力 "をめぐる曖昧な言論をもたらした。その議論は、2019年にボリビアで何が起こったかについてだけでなく、それ以来、先住民とアフロ・ボリビア人が自分たちの党の社会主義願望を成し遂げるために力を合わせて抵抗し、どのように毎日を過ごしてきたかについても、何も語っていない。

この度のボリビアの選挙の教訓は、単に "投票によって事は成就する "とするだけでは全く方向を誤ることになる事である。投票は先住民やアフロ・ボリビア人が選挙の実施を強いた後にやっと実施された政治プロセスである。社会主義が投票で成就すると考えるのは愚かなことだろう。社会主義は建設されなければならないのだ。ボリビアからの真の教訓は、組織化された大衆集団から直接得られる。

先住民とアフロ・ボリビア人は、クーデターが始まって以来、ファシスト国家による準軍事組織の弾圧に対して、集団的な武力抵抗をもって積極的かつ継続的に反撃をしてきた。クーデターに抵抗した多くの人々は、自国の支配権を取り戻すための闘いで命を落としている。8月には、OAS/米国に後押しされた軍事クーデターで政権を奪取したジャニーヌ・アニェス政権が、コロナウイルスの世界的流行を理由に今年3月以来4回も総選挙を延期した後、数万人の人々がその延期を拒否してボリビア全土で街頭に打って出たのだ。

"クーデターに抵抗した多くの人が命を落とした"

このようなレベルの組織化は、ここ米国では見られない。二つの帝国主義政党(ボリビアのクーデターを全面的に支持した当の二政党)の間で継続的に票を分け合っている黒人の投票圏には、確かに見られない。投票をめぐる問題は、投票そのものではなく、「私たちの票は数に入らない」ことを公然と示してきた資本主義・帝国主義国家における投票力に対する人々の期待なのである。しかしながら、私たちの(不足している)政治力について何が実質的に正しいのかを評価し、独立した黒人の政治力を生み出すために組織化する代わりに、黒人はシステムの枠組みの中にどんどんと組み込まれていく。何がファシズムであり、何がファシズムではないかの線は、国とその有権者が "バイデンで我慢するか "としている間にどんどん右に移動して、曖昧になってしまっている。

ネオリベラルの民主党の民主党が「すべての人のための政府」を約束するとき、それは有権者を投票に誘い出すような事なら何でも支持するように装って、民主党の有権者基盤の歓心を買おうとすることを意味する。バイデンは、相変わらず、彼の内閣を、国防総省の予算をさらに肥大化させることに積極的なネオコンで一杯にして、アフリカとグローバルサウスに荒廃をもたらすであろう。とは言え、彼は "トランプではない "ので、この事態は、一つの善行として、植民地化されたアメリカの人々に提示されることになる。こうした事態が我々の選択肢なのだ。

それが政治力というものなのか?これが黒人の解放なのか?

"アメリカ合州国の黒人はそのシステムの枠組みの中にますます組み込まれている“

黒人指導者(政治家であれ著名人であれ)として担ぎ出されるのは、黒人の政治的権力として認知される全てのものに通じる道であった。しかし、これらの人々は、黒人たち一般が、この夏全体の間、動員され反対運動をしてきた当の白人の権力構造の下で、自分たちの既得権を守ることに主に関心を持っている。これらの“指導者”たちは、組織的な集団闘争と黒人生活集団との関わりによって得られる黒人の政治的な力、最終的には黒人社会のメンバーが自分たちのために声を上げる能力を植え付けることになる政治力について気を配っているのではない。そうではなくて、彼らは、“あなたの投票は重要だ”という彼らにとって有利な語り口を続けていたいのである。

我々がボリビアに目を向けるとすれば、まず理解すべきは、先ほど実施された選挙は、人民の集団運動がファシストたちを追い詰めて獲得した一つの譲歩だという事である。ボリビアに目を向ける人々は、また、先住民とアフロ・ボリビア人が依然として国内と国外の両方の反革命勢力からの脅威に曝されていることを理解しなければならない。社会主義に向けての戦いは今からも続くであろう。

ここアメリカでの投票は、我々が黒人の政治権力なるものを持っていない限り、黒人の政治的利益を確保するために役立つ戦略とか手順とみなす事は出来ない。我々がなすべき事は究極的な本物の民主主義を獲得するためのボリビア・タイプの力を築き上げる事である。

MAS 万歳!

(記事翻訳終わり)

 

藤永茂(2020年11月7日)」

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どっちになっても同じ事

2020-11-01 23:56:29 | 日記・エッセイ・コラム

 トランプが勝つかバイデンが勝つか??!!?? 世界中のマスコミは大騒ぎです。しかし、何も変わりはしないでしょう。アメリカは、一番基本的なレベルでは、何も変わらないでしょう。BUSINESS AS USUAL のままでしょう。

 いま手許に1972年発行の週刊朝日編集部編『1945~1971  アメリカとの26年』(新評社)という500ページを超える大冊の本があります。ずっしりとした読み応えのある書物です。週刊朝日前編集長小松恒夫氏の「あとがき」に

「この本の主な内容は「日本とアメリカ この25年」と題して、週刊朝日1969年11月28日号から70年11月20日号まで連載されました。期間にすれば満一年、52週ですが、その間に年末年始の特集企画が入り込んだり、赤軍派によるハイジャックなどの大事件が起こったりしたため、しばしば休載を余儀なくされ、結局掲載回数は通算38に止まりました。この本はその38回全編に70年末、新年号特集企画のため渡米した記者の現地ルポ「アメリカに吹き始めた『新しい風』」(71年1月8日号掲載)を加えて構成されてものです。・・・・・・ 」

とあります。上の現地ルポを書いたのは千本 健一郎(せんぼん けんいちろう、1935年10月26日 - )氏、私は、1968年にカナダに移住した後も『朝日ジャーナル』を定期購読していたので懐かしい名前です。現地ルポは45ページにわたる長編。冒頭は太字で

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アメリカの「新しい風(ニュー・ウィンド)」は西から吹く、といわれる。特有の突き抜けるような青空と、眩しいほどの陽の輝きが、新しい変化をふくらます酵母(イースト)なのだ、ともいう。

 そしていま、この「波乱ふくみの土地(イースティ・ランド)」を吹き抜けるのは、若ものたちの「革命(レボリューション)」のざわめきを乗せた新しい風だ。西海岸から東海岸まで、自信にみちた既成の「アメリカ」が、「新種(ニュー・ブリード)」を自認する新しい世代から、かつて経験したことのない挑戦を受け始めたのだ。

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と始まります。

 ロサンゼルスで乗ったタクシーの若い運転手が元気よく千本 健一郎さんに話しかけてきます:「民主党も共和党も、企業の操り人形だ・・・ 今のアメリカは、1930年代のヨーロッパと同じような危機をむかえている。・・・・」

千本さんの目には、運転手席の横にあるナチスのカギ十字のついた「第三帝国の興亡」という分厚い本が飛び込んできます。

その頃のカリフォルニアのこと、アメリカの若者たちの事なら、私もよく憶えています。刺激に満ちた筆致の長いアメリカ現地ルポを千本さんは次のように結んでいます:

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 さて、アメリカはどこへ行くのか。

「影が現実になる時代が始まった」という指摘がある。これまで、影に隠れていた部分がアメリカの歴史の本舞台で自己を主張しはじめる時代がきているというのだ。

 リベラルは「未来はない」といい、ビューティフル・アメリカンは「オレが未来だ」という。

 果たして、どこにアメリカの未来はあるのだろう。

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 この本の帯は大新聞各紙から絶賛を受けたとありますが、今日でもその内容の価値は些かも落ちていません。広く再読に値します。いま再読して、私たちを驚かせるのは、「アメリカは何も変わらないままで今日まで来た」という事です。千本さんは「果たして、どこにアメリカの未来はあるのだろう」と結語していますが、この50年前の優れたアメリカ現地ルポからの印象は「そのうちに何かが起こる」というものであったのは間違いのないところです。確かに、マスコミで騒がれるような事件は、1970年から2020年の今日まで、無数に起こりました。しかし、『1945~1971  アメリカとの26年』を真剣に読み、現在のアメリカを凝視する人間は、この戦後75年間にアメリカは何も変わっていないと結論せざるを得ません。「果たして、どこにアメリカの未来はあるのだろう」という問いに対しては「今のままのアメリカに未来はない。未来が欲しければ、一つの普通の国になることだ」と答えたいと思います。

 2年ほど前に亡くなったウィリアム・ブルム(William Blum)という賢人がいます。この人の著書に

があり、最近また関連の記事が出て、1945年終戦以来アメリカが世界で行ってきたことに関心を向けることを勧めています。

https://zcomm.org/znetarticle/the-united-states-government-is-the-biggest-criminal-organisation-in-the-world

 

参考までに、引いてある表を一つ引用します。アメリカの国際的犯罪行為が、戦後の75年間、如何に一貫しているかを見て下さい。アメリカは国の内外で何も変わっていないのです:  

William Blum was an employee of the US state department who became aware of the scale of US crimes abroad and decided to document them. His book, Rogue State, is one of the best beginner’s guides to understanding what really goes on in the world. The following list is an updated version of his analysis of the US government’s most serious crimes.

Table 1: US Military and CIA Interventions since World War 2

China 1945–51 Korea 1945–53 The Phillippines 1945–53; 1970s -90s
Marshall Islands 1946–58 France 1947 Italy 1947–70s Greece 1947–49; 1967–74
Albania 1949–53; 1991–92 Eastern Europe 1948–56
Soviet Union Late 1940s – 60s Germany 1950s Iran 1953
British Guyana 1953–64 Guatemala 1953–90s
Costa Rica Mid 1950s; 1970–71 Syria 1956–57; 2011 — present
Middle East 1956–58 Indonesia 1957–58; 1965 East Timor 1975–99
Western Europe 1950s and 1960s Italy 1950s — 70s
Vietnam 1950–73 Cambodia 1955–73 Laos 1957–73
Iraq 1958–63; 1972–75; 1991 — present Cuba 1959 — present
Haiti 1959; 1987–2004 France/Algeria 1960s South Africa 1960’s — 80s
Diego Garcia 1960s — present Ecuador 1960–63; 2000
Congo/Zaire1960–65; 77–78 Brazil 1961–64 Peru 1965
Dominican Republic 1963–65 Chile 1964–73 Bolivia 1964–75
Thailand 1965–73 Ghana 1966 Uruguay 1969–72 Panama 1969–91
Australia 1972–75 Portugal 1974–76 Angola 1975-80s
Jamaica 1976 Seychelles 1979–81 Grenada 1979–83
Yemen 1979–84; 2015 — present Nicaragua 1979–90
Afghanistan 1979–92; 2001 — present South Korea 1980
Honduras 1980s; 2009 El Salvador 1980–92 Chad 1981–82
Libya 1981–89; 2011 — present Suriname 1982-84 Morocco 1983 Fiji 1987 Bulgaria 1990–91
Columbia 1990s — present Somalia 1993
Yugoslavia 1991–99 Venezuela 2001–04

 

藤永茂(2020年11月1日)

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