私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

映画『パラダイス ナウ (PARADISE NOW)』

2024-02-24 18:29:36 | 日記
 World Socialist Web Site というサイトがあります。その主宰者と思われるDavid Walsh (DW) がパレスチナ人映画監督Hany Abu-Assad (HAA)をインタビューした記事が出ました。興味深い内容ですので訳出します。

Paradise Now のフィルム: Hany Abu-Assad

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デイヴィド・ウォルシュ
2024年1月24日



ハニ・アブ=アサドの写真

ハニ・アブ=アサド(Hany Abu-Assad)は1961年ナザレ生まれのパレスチナ系オランダ人映画監督である。これまでに数々の長編、ドキュメンタリー、短編映画を監督した。アブ=アサド監督が初めて国際的に注目されたのは2003年トロント国際映画祭で上映された『ラナの結婚式(Rana's Wedding)』によってであった。この作品は
2003年のトロント国際映画祭で上映された。パレスチナ人の自爆テロ志願者を描いた『パラダイス・ナウ(Paradise Now)』(2005年)は、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、同賞を受賞し、また、同部門でゴールデングローブ賞を受賞した。

彼の最も優れた出来の作品の一つが、複雑な政治的道徳的問題に巻き込まれていくパレスチナ人の若いパン職人(アダム・バクリ)を描いた2013年の映画『オマール(Omar)』だ。若いパン職人は複雑な政治的・道徳的問題に巻き込まれていく。この作品はカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。トロント国際映画祭でも上映され、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。

我々は2013年9月にオマールの映画評の中で次の様に論評した:

イスラエルとヨルダン川西岸地区(ナザレ、ビサン、ナブルス)で8週間にわたって撮影されたアブ=アサド監督の映画は、真実の特徴をすべて備えている。緊張感があり、正直で、演技が美しい。通りや家々、屋根の上を追いかけられるオマールのシーンは、興奮と恐怖に満ちている。彼のナディアに対する愛情、そしてナディアの彼に対する愛情は説得力がある。ルバニーが初めて隙間のある歯並びのスマイルをオマールに投げる時、我々も彼と一緒にそこにいる。
この映画は、イスラエルの支配下にあるパレスチナ人が、個人的にも社会的にもほとんど不可能な状況に置かれていることを指摘している。監督が会話の中で説明してくれたように、強烈なプレッシャーの下で、友情や人間関係は変化し、悪化し、正反対になってしまう。オマールは、この悲劇的な状況を親密で具体的な細部にわたって活写している。

その際、ハニ・アブ=アサド監督のインタビューもした。

アブ=アサド監督は、次のドキュメンタリー映画『Ford Transit』(2003年)と『The Idol』(2015年)を監督した。『The Idol』は、アメリカのタレント番組の中東版である『アラブ・アイドル』のセカンド・シーズンで優勝したガザ難民キャンプ出身の20歳のウェディング・シンガー、モハマド・アサフを描いた映画、また
『Mountain Between Us』(2017年)はイドリス・エルバとケイト・ウィンスレット共演の映画、そして最近では『Huda's Salon』(2021年)の監督も務めている。

先日、ビデオ通話で話を聞いた。

デビッド・ウォルシュ:私たちは恐ろしい、悲劇的な出来事の最中に話をしています。ガザの状況について、あなたの感情的、知的、芸術的反応は?

ハニ・アブアサド:感情的には、もちろん、苦しんでいる人間がいると私はいつも心をかき乱されるのを感じます。パレスチナやイスラエルだけではありません。アフリカが苦しんでいるときも、ウクライナが苦しんでいるときも、ロシアが苦しんでいるときも、私はそう感じます。アメリカ合州国でも人々は苦しんでいる。例えば、アフリカよりはマシにしても。アメリカにはあまりのも多くの不公平があります。

だから、感情的には、私たちがいまだに弱者を守らないシステムの中で生きていることに怒りを覚えます。つまり、私たちはいまだにジャングルの中で生きているのであって、そこでは、強者が我々の生活の活殺を握っていて、私たちを殺したり、空腹にさせたり、与える金を減らしたり、保健医療制度を破壊したりしようと決めたら、彼らはそれを実行するし、我々はそれに忍従しなければなりません。私は激しい怒りをおぼえます。

理性的には、私は楽観主義者です。世界のいたるところで、ほとんどの人々が社会には真の変革の必要があると覚っていると私は感じています。うわべだけの変化ではありません。今のシステム全体が腐敗し、不正で、腐っています。

理性的に考えれば、私たちの生活における最大の問題は気候であり、環境破壊、私たちの生存に是非とも必要な自然の破壊です。

その次は軍産複合体で、莫大な資金が兵器に費やされています。信じられない金額です。なぜか?それで大金を稼げる人がいるからです。それは理由と呼べるものじゃない、この地球という惑星を恐らく千回も破壊できる兵器をつくるなんて。

だから、私たちには完全な変化が必要なのです。私は、ガザの事もあって、その変化がやって来つつあると認識しています。ガザは明確な事例です。それは一つの混乱した状況などではありません。

ガザに住む人々の70%は、ガザ周辺地域からの難民です。彼らは、あるいは彼らの両親や祖父母は、他の場所から立ち去る事を強制されて、この狭い土地に住まわされた。彼らは、最初、そこを巨大な難民キャンプとし、後には強制収容所にした。なぜ強制収容所というのか?それは、200万人もの人々を囲い込み、彼らの生活のすべてをコントロールし、いつでも好きなときに爆撃できるのであれば、それは強制収容所というものです。他の人たちは "野外刑務所 "だと言うが、私はそれよりもひどいと思う。

ガザに住む人々のほとんどは難民であり、自分たちの問題の解決を望んでいる、すでに75年も続いている問題です。彼らは、この特殊な牢獄、強制収容所で20年間暮らしてきた。人口の70%は16歳以下で、何の罪もない無邪気な子どもたちなのです。

それにも拘らず、アメリカ政府とイスラエル政府は、ガザの事態が明らかにジェノサイドであるのに、それを否定している。これを否定することは、ホロコーストを否定するようなものです。その証拠は有り余るほどある。これらの政府のように、もしあなた方が、これがジェノサイドである事を否定すれば、あなた方が腐敗し、反動的であることが全く明らかになります。それ以外の言葉はない。

例えば、ウクライナについては分裂があった。人々は違う面を見ることが出来た。複雑な問題ではあるが、誰もアメリカ政府を信用してはいない。

ガザに関しては、分裂はほとんどない。アメリカでは60%の人が停戦に賛成している。若い世代では、それよりずっと高い。アメリカ人の20パーセントが戦争継続を望み、20パーセントはどう考えていいかわからない。イスラエル支持のプロパガンダが最も強いアメリカで、この話です。

アメリカで、一つの問題でこれほど意見が固まったことはありません。

つまり、事態は明確なのです。1789年のフランス革命でバスティーユが陥落した時に起こったことと同じだ・・・ガザは現代のバスティーユです。たしかに多くの血が流れるだろうが、現代のバスティーユは陥落しつつあり、その後では、多くのことが変わることになるでしょう。

また、アメリカの現政権はとても愚かしい。悲しいことだが、とても愚かだ。そして、イスラエル政府はもっと愚かだ。危険で、そして、愚かだ。1789年にフランスで起こったこととまったく同じです。変革が近づいている。そして、我々は、より良いシステム、より良い世界を見ることになる、それは確かです。ジャン=ジャック・ルソーはバスティーユより以前に、すでにそのようなビジョンを持っていた。だから、より公正な世界を実現するために、我々は実際に新しいジャン=ジャック・ルソーを必要でとしています。

これが私の知的現実感覚であり、私は楽観的です。芸術的な観点から、私に出来ることは、私たちが将来どのようなシステムを望んでいるのかを考え始めるよう、人々に働きかけることです。今のシステムはまったく機能していない。私は、考えることを奨励する映画を作るつもりですが、私は答えを持ってはいません、私は哲学者ではなく、一人のアーティストです。

DW:ガザの人たちとは連絡を取っていますか?

HAA:はい、そうです。私はガザで『アイドル』という映画を撮りました。その映画に登場する少年は当時10歳で、最近家族全員が殺されました。彼の家族全員が最近殺されました。祖父、祖母、叔父、叔母、いとこ・・・。
彼は1年前に脱出して、もうすぐ20歳になる。彼はロンドンで勉強しています。ガザで52人の家族を失った。この映画に登場する別の少年も家を失い、彼はテントで暮らしている。別の映画監督と一緒に、食料や衣類を送ったりして、人々を助けようとしています。食料や衣服を送っていますが、それさえもとても難しい。完全な包囲状態だ。進行していることは犯罪行為です。私は『アイドル』の撮影をガザで行ったので、ガザの人々をたくさん知っている。毎日、彼らは泣き叫んでいる。私はここで安楽に暮らしているが、彼らが助けを求めて叫んでいるのを聞くと・・・。その一方で、彼らは信じられないほど勇敢な人々でもあります。彼らは人間性を失っていない。あなたは、2005年のニューオーリンズのハリケーン・カトリーナを覚えていますか? 社会システムが崩壊したとき、人間性は一部損なわれた。人々は互いに撃ち合い、盗み合うようになったのでした。ガザでこんな事はあり得ない。ほとんどの人が互いに連帯団結している。信じられないような人間性の例だ。このような暗い時代には、私たちは人間性を保たなければならない、それが生き残る唯一の道です。

DW:1948年、そしてそれ以降、あなたのご家族はどのような経験をされましたか?

HAA: 私の家族の一部はシリア、レバノン、ヨルダンに逃れました。私の肉親、父と母は、ナザレの教会に逃げ込みました。有難いことに(Thank god)イスラエル人は教会に敢えて踏み込もうとはしなかった。私も彼らと同じようにナザレで生まれた。彼らは多くの土地を失いましたが、家は失いませんでした。

DW:ナザレで育ったのはどんな感じでしたか?

HAA:とても好きでした。映画館はひとつ、通りもひとつ。とても社交的で忙しい生活。たくさんの子供たちがいて、遊んでいました。何でも一緒にやった。今は、ナザレの子供たちも、みんなiPhoneに夢中だ。ちょっとかわいそうな気がする。私たちはいつも外で遊んでいた。新しい世代は、それなりに、違うやり方で、コンテンツを作るのに忙しいのでしょう。私たちは身体的にお互い執着し連携していたのでした。

私は幼い頃に、私たちが占領下にあることを覚りました。イスラエル軍は、私たちが寝ている所に踏み込んできて、私たちが持っていない武器を探した。父がマットレスの下に銃を隠していると思い、私を起こしたのです。これが正常なことではないと覚ったのです。私はヨーロッパに留学した。勉強するため、私はヨーロッパに行ったので、占領下での経験は、2回取り調べを受けただけで、他の人たち程ひどくはなかった。私は飛行機工学を学び、エンジニアとして2年間働きました。

DW:映画監督になったきっかけは?

HAA: 実は偶然、ガザ出身の映画監督、ラシード・マシャラウィに出会って、彼のアシスタントになったのです。彼から映画の作り方を教わったわけ、ガザ出身の人に教わるなんて皮肉なものですね。それでガザが大好きになった。

ナザレでは映画館で映画を観ていましたが、当時はまだテレビが無かったので、オーディオ・ビジュアルなメディアを初めて体験したのが映画館でのことで、私はたちまち魅惑されてしまった。その頃からずっと映画製作者になりたいと思っていました。その後、『カッコーの巣の上で』を観たとき、これは感動的なメッセージだと思った。人は変革のために戦い、たとえ死んでも、その精神は永遠に生き続ける。このメッセージは強烈なものでした。もし不正があるならば、どんな事があろうと、不正を変革するために闘わなければならない。こうした映画を作りたいと思ったのです、人々を励ますために、死ぬためではなく、不正と闘うために。

DW:ナザレではどんな映画を見て育ったのですか?

HAA:小さい頃は、エジプト映画やインドのハリウッド風映画、トルコの映画。それからハリウッド映画も。最初に見たのはサム・ペキンパーの西部劇でした。

DW:現在の状況に話を戻します。今は確かに楽観的になる理由があります。ガザをめぐる大規模な抗議行動は、歴史上最大規模であり、世界的に見ても多様性に富んでいる。しかし、私たちは野蛮さを過小評価したくはない。資本家たちにとってもはや“超えてはならない一線”はない。ジェノサイドはもはや国策だ。

HAA:しかし、彼らは負けている。最も極端な例はナチス・ドイツです。彼らは負けた。現代では、ナチズムやファシズムが勝利することはありえない。ガンのようなもので、生き残ることはできない。自滅的なものです。

DW:私たちがやらなければならないことが沢山ある。人々はイスラエルと米国を非常に敵対視している。しかし、問題の原因やなすべきことが明確ではありません。

HAA: 大規模な抗議行動、ボイコット、彼らの懐を痛めること。西側諸国の権力者が気にしているのは、自分たちの懐だけだ。

DW:イスラエル人による芸術家、ジャーナリスト、詩人、知識人の殺害は、しばしば非常に意図的なものです。このような犯罪の目撃者となりうる人々を意図的に殺害しています。

HAA:これは明らかなファシズムのケースですが、それで事がうまく運ぶかなと、私はいつも自問しています。ヨーロッパでもアメリカでも、ガザについて真実を語ったり、真実だと信じていることを語ったりした人を罰する。なぜそうした人々を罰するのか?人々は停戦を望み、大量虐殺だと考えているだけだ。

しかし、アーティストや子ども、女性を殺すことで、戦争を続ける人たちは何か得をしているのだろうか?こんなことをすればするほど、彼らは民衆の支持を失う。彼らは自分たちが墓穴を掘っていることに気づいていない。彼らは世界という文脈の中で、普通の人々と共に生きてはいない。だから、武器があれば犯罪で罰せられる事から逃れられると思っている。

DW:あなたはハリウッドの商業映画界で、ゴールデングローブ賞を受賞し、アカデミー賞に2度ノミネートされた経験がおありだが、どんな感じでしたか?

HAA:あの頃は時代が違いましたよ。今は、どんな反対勢力に対しても、以前より、遥かに攻撃的になりました。より厳しく処罰されるでしょう。私の場合は、もし私が口を閉ざさなければ、私のキャリアを終わらせてやると、彼らに警告されました。それは脅しだった、言ってみれば、隠れた脅迫でした。「有名人にも、金持ちにもしてやるよ、だが、イスラエル批判はやめろ・・・」とね。

DW:実際にあったのですか?

HAA:ええ、ありましたよ。間接的にではありましたが、あらゆる方面から。このことを伝えに来た人は“友人”として言っているというのです。これは他の人たちが私について言っていることだと、彼は言うのです。例えば、私のエージェントにも、"彼がやめないなら、我々はどうすればいいかわかっている "と告げました。

私は商業映画製作でベストを尽くしました。誰にしても100パーセントのコントロールができるとは思っていません。ハリウッドの誰もがシオニストではないし、愚かな戦争主義者でもありません。

DW:2013年、あなたは私にこう言いました: “資本主義はますます攻撃的になっている。彼らは一般世論をコントロールしている。芸術についての世論を含めて、つまり、誰がインで誰がアウトかということを。この事はオルタナティヴシネマであっても当てはまる。資本主義はそのマージンをコントロールし始めている。
現在の状況はどうですか?

HAA:悪くはないですね。私は間違っていなかったと思いませんか?多くの点で状況は悪化したとは思いますが、でも希望は持っています。オルタナティブな配給、オルタナティブな映画製作があるから、私は楽観的なのです。彼らが全力でコントロールしようとしても、イスラエルに対する南アフリカの大量虐殺の起訴状を読む弁論人たちのような反対勢力は存在します。1500万人が観たイスラエルに対する起訴状。もし10年前に、このようなことが起こりうるとあなたが私に言ったとしたら、あなたの頭はおかしいと私は言ったでしょうよ。

DW:あなたは、今、何か映画を撮ろうとしていますか?

HAA:何か書こうとはしているけれど、ガザで起きていること、人道的な問題で頭が一杯です。別の映画監督と一緒に、ガザで、人々に食事を与えることができるキッチンを開こうとしているところです。そこで人々を励まし、多くの人と話をしようとしています。映画の仕事をしようと努力はしているけど、難しいですね。

このように話す機会を与えてくれてありがとう。勇気ある仕事に感謝しています。

DW:あなたと同じように、私たちも戦えば変化が訪れるという確信を持っています。

**********(翻訳終わり)

私はDVD『パラダイス・ナウ(PARADAISE NOW)』の英語版を入手しました。日本語版は高価でしたから。各地の公共図書館からの貸し出しが可能であることを願っています。はっきりした英語字幕がついています。読み損なったら、一時停止して読むといいでしょう。この映画は2005年のワーナーブラザーズ製作で、アカデミー賞を受賞し、西欧の他の知名の映画賞も獲得したのですから、NHKによる放映も可能と思われます。適当に連絡してくだされば、私的にお貸しすることも許されると考えます。
 パレスチナ人の若者サイードは胴体に爆発物を巻きつけてイスラエルの大都市テルアビブに潜入し、十人ほどのイスラエル軍兵士が乗っている市の乗合バスに乗り込んで、自爆して果てます。彼が十歳の時、父親は、イスラエルの呵責なきジェノサイド的政策の重圧に耐えられず、パレスチナ同胞を裏切り、銃殺されました。しかし、サイードの自爆は、単に、父親の、家族の汚名を濯ぐための英雄的行為として描かれているのではありません。この映画は、人間の愛についての映画です。人と人との愛について語っているのです。筆舌に尽くし難い残酷な境遇の下にあって、パレスチナの人々がどんなに美しく強くお互いを愛し合っているかを描いた映画です。これがパレスティニアンという人間集団であるならば、最終的には、勝利はパレスティニアンのものでなければなりません。そうでなければ、我々人間の行先は、全く、「お先真っ暗」です。

藤永茂(2024年2月24日)

エピファニーとベファーナおばあさん

2024-02-12 19:11:36 | 日記・エッセイ・コラム
 エピファニー(epiphany) という言葉を、私は、パラダイム(paradigm)という古くからある言葉に新しい意味を盛ったトマス・クーンという科学論者から学びました。ある日の午後、「アリストテレスの様な大賢人が、物体の運動については、ニュートン力学とは全然違う変な事を言っていたのは何故だろう」と、クーンが鉛筆を片手に持って考え込んでいたら、突然頭の中でお告げのように閃くものがあって、アリストテレスの運動学も立派に筋が通っていることが分かったのだそうです。手元の英和辞書には「本質の突然の顕現」とか「直感的な真実把握」とか出ています。もっとも、私の意見では、クーンの頭に閃いたこのエピファニーは本当の真理ではありませんでした。
 ところで、私の辞書では、「本質の突然の顕現」という意味より前に、先ずは、キリスト教で使われる言葉として(a)神の顕現(東方の三博士のベツレヘム来訪が象徴する異邦人に対する主の顕現) (b)公現祭、顕現日(=Twelfth Day)(1月6日、クリスマスから12日目)と出ています。そのお祭りの日、Epiphania Domini、について、ベニス在住の女性(二人の可愛い男の子の母親)から、とてもよい話を聞きましたので紹介したいと思います。

 ベファーナという名の女性は、東方の三博士のベツレヘム来訪にまつわる民話の中の女性です。ベツレヘムの厩で生まれた幼子イエスの所に、東方から「メルキオール」、「カスパール」、「バルタザール」の博士たちがやって来て、それぞれ贈り物をする話はご存知でしょう。イエス誕生の日から12日目の1月6日、博士たちは星に導かれてベツレヘムにやって来たのですが、幼子イエスの居場所がすぐには分からず、一人の老女「ベファーナ(Befana)」の住む家のところで、一緒に探しに来てくれるように頼みます。しかし、家の掃除に忙しかったベファーナは「今は忙しいから」と断ってしまいました。でも、博士たちが行ってしまった後で、ああ助けてやれば良かったと思い直して、生まれた赤ん坊にあげる贈り物を集め、家の戸を閉じて、聖なる幼子イエスを探しに出掛けましたが見つけることが出来ませんでした。しかし、その道すがら、沢山の可愛い赤ん坊たちに出会い、ベファーナはその一人一人にイエスを見たのでした。それで、ベファーナおばあさんは、それから毎年1月6日(エピファニー)になると子供たち皆にギフトを届けてまわることにしたのでした。ベニスの子供たちの毎年の楽しみだそうです。

 ベニスの子供たちは、クリスマスから新年元日を経てエピファニーへと、楽しい12日間を過ごしてから学校生活に戻ります。二児の母親から聞いたこの民話の筋では、良い子と悪い子の区別がなく、ベファーナおばあさんが全ての子供の中にイエスを認めたことになっています。これが肝心なところです。勿論、私は、全ての子供が天使だなどと思っていません。子供の世界は天国ではありません。私も小学校でひどいイジメを経験しましたし、私自身、邪悪な一面を持った子供でありました。全ての子供が良い心と悪い心を持っているというのが真実でしょう。しかし、我々大人に与えられるエピファニー(直感的な真実把握)によれば、子供たちは、大人になると消えてしまう、あるいは、消されてしまう、或る喜ばしきもの、或る聖なるものを持っているのは確かなように思えるではありませんか。だから、子供たちが酷く苦しめられたり、殺されたりすると我々大人は強い悲しみに襲われるのではないでしょうか。ガザでは毎日多くの子供達が無残に殺され続けています。ユダヤの支配者ヘロデ大王がイエスの誕生を聞いてベツレヘムで二歳以下の男児を皆殺ししたという聖書の記載を想起している人々、特に、イスラエルの人々が多いに違いありません。現在、ガザからの報道写真で、人々がロバに乗って逃げ惑っている場面をよく見かけます。母マリアと幼子イエスは、神のお告げに従って、ロバに乗ってベツレヘムを逃れることが出来ました。

 話が少々しんどくなり過ぎましたので、ロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く(Au hazard Balthazar)』という映画の話に切り替えます。私がこよなく愛する映画です。しかし、何度観てもこれでキッパリ分かったという気にはなりません。所持しているDVDには堀潤之(ほりじゅんじ)という方の36頁に及ぶ詳細有用な解説がついています。
 この映画の主役は一匹のロバです。解説によると、普通は愚鈍で気まぐれと考えられているロバが、実は「あらゆる動物のなかで最も繊細で最も知的な動物」であるとブレッソンは強調していたそうです。しかし、映画の構成は、賢明な一匹のロバの目に映った人間世界の悲しい物語といった格好になっている訳ではありません。ロバの方も、人間たちの恣意にさんざん引き摺り廻れた挙句に、流れ弾に当たって死んでいきます。人間たちの生き様、死に様と、ロバのそれとが絡み合って物語は進み、そして終わります。しかし、ロバが死ぬ場面が何とも美しい。胸に残ります。「ロバはキリストではないのですか?」という質問に、ブレッソンは、「ロバのバルタザールとキリストの類似を考えたことはありませんでした」と答えたようですが、おこがましくも、「あんな風に死ねたらいいな」などと考えているこの日頃です。

藤永茂(2024年2月12日)

AUN APRENDO(まだまだ私は学ぶ)

2024-01-24 13:24:30 | 日記
 スペインの首都マドリッドにあるプラド美術館に、スペインの画家ゴヤがその最晩年に描いたAUN APRENDO と題する絵があります。このタイトルの意味は「まだ俺は学ぶぞ」とか「わてはまだまだ学ぶぞよ」とか「それでもまだ学ぶぞ」とか「I am still learning」とか色々に訳されています。「私はヨボヨボの老人になったが、まだまだ勉強を続けるぞ」という老いたゴヤの心意気を描いた絵だと思います。



この絵とゴヤについては、また後で語ることにして本題に入ります。

 今の世界についての私の知識は周辺的な事柄に偏って狭くなっている傾きがあることを自覚しています。この面で今までにも何度か大橋晴夫さんから助言を頂きましたが、今回はイスラエル問題の権威である板垣雄三氏の論説発言についてご教示をいただきましたので、まず紹介いたします:


次のような動画もあります:
イスラエル・パレスチナ問題の動画(岡真里氏の発言も含む)

是非ご覧ください。

<ここまでは体調を崩す前に書き記していました>

 その後、ブログ記事『ONE STATE SOLUTION』に対して、山椒魚さん、名無しの整備士さん、近藤英一郎さんから貴重なコメントを頂きました。人間が個人として、また、集団として発揮する残虐性については「人間は人間に対して狼である」をもじって「人間は人間に対して人間である」という些かふざけた言葉で私見を述べたことがありますが、ガザについては、これは、先住民排除の植民地政策が許容されることか否かという問題に限定して考えるべきことだと私は思います。米国がイスラエルに対して「良くないからやめろ」と言えないのは、そう発言してしまっては、そもそも米国建国の正当性を否定することになってしまうからです。
 山椒魚さんの申される「この残虐な行いをやめさせてくれるひと」は私たち世界中の普通の人間です。世界中の普通の人間の声がこの残虐行為を阻止するのです。阻止すると信じます。ガザ戦争の世界史的意義がこの一点にあることを私は固く信じています。
 名無しの整備士さんが教えてくださった塩野七生さんの見解は、私はすぐには了解できません。この所、米国の著名な修道僧トマス・マートン(1915年〜1968年)の著作を読んでいますが、マートンも、塩野七生さんの見解には賛成しなかったであろうと考えます。ガザの地に、今、受肉したキリストが降り立ったとすれば、暴君ネタニエフの暴行を決して許しはしなかったと思います。
 近藤英一郎さんが「私も、一国家解決案だけが唯一の解決だと思うのです」と言って下さったのをとても嬉しく思いました。今の南アフリカ共和国の黒人白人合同の弁護団がパレスチナのために国際法廷で堂々と戦っているのを目の当たりにすると、パレスチナ人とイスラエル人が共々に力を合わせて国を建てる日が、50年を待たずして訪れるのではないかという希望を持ってしまいます。しかし、久しぶりにコメントを頂いた近藤さんからは、やはり、音楽のことをお伺いしたかったという思いも持ちました。前に、拙ブログでスペイン発祥の「フォリア」について書いた事がありましたが、老いが進むにつれて、ますますこの曲の調べが胸に滲みるようになってきました。音楽家として近藤さんは「フォリア」についてどの様な感興をお持ちでしょうか。お気が向いた折に、お聞かせ頂ければ幸甚です。
 桜井元さんは、私の危うげな投稿ぶりから体調不良を察知して、代打と言えば全く礼を失しますが、私が書きたかった事を何倍にも増幅した内容のコメントを寄せてくださいました。有り難うございました。

 さて、冒頭に絵を掲げたスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746年〜1828年)の話に戻ります。ウィキペディアには「当時のスペインの自由主義者弾圧を避けて1824年、78歳の時にフランスに亡命し、ボルドーに居を構えた。1826年にマドリードに一時帰国し、宮廷画家の辞職を認められるが、1828年、亡命先のフランスのボルドーにおいて82年の波乱に満ちた生涯を閉じた」と記されています。
 ゴヤは最晩年に『戦争の惨禍』という戦争反対の版画集を制作しましたが、この版画集について、土橋さんという方の極めて興味深い論考がありますので是非覗いてみて下さい:
この論考の結語をコピーさせていただきます:
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『戦争の惨禍』は複製可能で安価な、民衆にも手に入れやすい版画の技法で制作された。ここには政治や教会批判といった内容が含まれている。フェルナンド 7 世による反動政治の中、恐らくこの内容が国王の逆鱗に 触れることを恐れ、生前『戦争の惨禍』を出版することはなかった。宮廷画家であるはずのゴヤは王ではなく 民衆のために『戦争の惨禍』を制作したのである。『戦争の惨禍』が世に出ないとしても、ゴヤはこの戦争を 描いた。老齢で耳が聞こえず、戦場に立てない画家が戦うには、絵を描くしかなかった。『戦争の惨禍』は、 スペイン独立戦争に取材した戦争版画であると同時に、ゴヤ自身の戦いの記録でもある。 
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<<付記>>
驚くべき文書を見つけました。1月21日にハマスが発表した『Our Narrative … Operation Al-Aqsa Flood』

16ページの英語版PDFで見ることが出来ます。ハマスは屈服しないでしょう。

藤永茂(2024年1月24日)

頂いたコメントの続き

2024-01-11 10:45:03 | 日記
ブログ記事『ジョン・ピルジャーが亡くなった』に送られた櫻井元さんからのコメントの後半が正当に記載されず、その理由が私には分からないので、以下にその全文を記載します。同様の困難が生じた場合にはお知らせください。

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アンドレ・ヴルチェク氏よ、ジョン・ピルジャー氏よ、永遠に

藤永先生のブログを通して、主流マスコミが歪めたり無視したりする事実を、労を惜しまず勇敢に伝えてくれる記者たちの存在を知り、これまでネットでそうした方々の報告に触れてきました。2014年2月27日付のブログ記事「アメリカがはっきり見える場所」で紹介されたアンドレ・ヴルチェク氏、ジョン・ピルジャー氏もそうした記者ですが、ヴルチェク氏は数年前に、ピルジャー氏はこのほど逝去されてしまいました。本当に残念でなりません。

「アメリカがはっきり見える場所」

ピルジャー氏の「The War on Democracy」のことを藤永先生のブログで初めて知り、視聴して当時たいへん感銘を受けた私は、その後、輸入盤のDVDまで購入しました。

The War on Democracy

汚いクーデターの裏側、米国の中南米への汚い介入の歴史、米国に後押しされた軍事独裁政権のおぞましさ、ウゴ・チャベスという人物の魅力、チャベスの危機を救ったのが誰か他の傑物などではなく民衆の力そのものだったという真の民主主義が放った力強い希望の光、こうした事実を見事に記録した非常に意義深く感動的なドキュメンタリーでした。

米国の中南米への汚い介入、その象徴的な人物としてのヘンリー・キッシンジャーについては、以下の記事が参考になります。

『南米で「戦争屋」と呼ばれた男=軍事独裁政権を支持したキッシンジャー』

米国による汚い介入は、なにも中南米に限られず、このことは藤永先生が長年にわたるブログを通してアジア・アフリカ・中東など世界中の数々の例を丹念に取り上げて解説してくださいましたが、東欧のウクライナで起きてしまった悲劇の背景にも、そうした汚い介入があったようです。このことを、ピルジャー氏のように見事なドキュメンタリー作品に仕上げて示してくれたのが、オリバー・ストーン氏の「Ukraine on Fire」でした。

映画『ウクライナ・オン・ファイアー』(英題:UKRAINE ON FIRE)
花崎哲さん(憲法を考える映画の会)解説

ウクライナ・オン・ファイヤー日本語字幕(字幕改正版)

藤永先生は以前、「現代アメリカの五人の悪女」というブログ記事を連載されましたが、このストーン氏のドキュメンタリーに登場するビクトリア・ヌーランドも、間違いなくそうした現代アメリカの悪女の1人に入るでしょう。

現代アメリカの五人の悪女(1)

現代アメリカの五人の悪女(2)

現代アメリカの五人の悪女(3)

ピルジャー氏とヴルチェク氏は多くの労作を残されましたが、次の二作品も、あらためて注目したいものです。一つはピルジャー氏の「Stealing A Nation」、もう一つはヴルチェク氏の「Oceania」です。

ピルジャー氏の「Stealing A Nation」は、以下でご覧になれます。

Stealing A Nation

映像には、何不自由ない豊かな暮らしを送れていたインド洋チャゴス諸島の島民に対して、英国と米国が裏で取り引きをし、英国が自国領として島を接収し、島民を暴力と詐術を使い、遥か遠くアフリカ東岸の島に追放、その後に米国が軍事基地(対アフガニスタン攻撃、イラク攻撃の拠点となったディエゴ・ガルシア)を建設していったという許しがたい経緯が描かれています。

追放の際には、島民たちの大切なペットの犬が集められ、米軍車両の排ガスで一斉に殺されたそうです。また、追放の際に乗せられた船では、馬が甲板に上げられた一方で、島民たちは子供も含め、肥料用の鳥の糞が積まれた船倉に押し込まれたそうです。あまりに身勝手・理不尽な英米による島の強奪、島民の追放に加え、その手段もあまりに冷酷・非道であり、かつての奴隷船を想起させるような相手を同じ人間とみなさないひどい人種偏見・差別意識に満ちた所業です。

追放された島民を待っていた悲惨は壮絶なものでした(島民に与えられたのは、水も電気も窓も屋根もない廃屋のみで、貧困と絶望のなか、人々は心身を蝕まれ、自ら命を絶つ者も出たそうです)。英国のひどい仕打ちはそれだけではありません。その後、補償金を渡すのに必要だと偽り、島への帰還権を放棄する書面に拇印を押させた騙し討ちの手法にしても、のちに公文書で明らかになった、外務省が練り、首相まで了承したという、「そこに島民などもともといなかった」という国際社会向けの国家ぐるみの大ウソにしても、また、エリザベス女王の命令までをも使って島民の帰還を阻止しようとした英国政府の策動にしても、ことごとく卑劣なやり口の連続でした。

チャゴス諸島の島民の悲劇について、ピルジャー氏は、映像だけでなく、以下のような文章も記しています。

The world war on democracy

この文章の日本語訳については、藤永先生が常々高く評価されている「マスコミに載らない海外記事」さんの以下の翻訳をご参照ください。これは現在の世界を知るうえで必読の内容です。

民主主義に対する世界戦争

ピルジャー氏のこの文章とその日本語訳について、藤永先生は2016年6月15日付のブログ記事「ノーマン・フィンケルスタイン(シュティーン)」の中でご紹介くださっていました。藤永先生のこの記事は、イスラエルのパレスチナへの非道が続くいま、あらためて多くの方々に再読して頂きたいものです。

ノーマン・フィンケルスタイン(シュティーン)

ところで、ピルジャー氏のこうした映像や文章に接し、日本人の一人として想起するのは「沖縄」のことでした。米国が軍事基地を作るために「銃剣とブルドーザー」で、慣れ親しんだ土地、生活の場を追われ、いまなお、反対の声を踏みにじられ、かけがえのない美しい自然を破壊され続ける沖縄の人々のことでした。

「銃剣とブルドーザー」(ウィキペディア)

海鳴りの島から(目取真俊氏のブログ)

次に、ヴルチェク氏の作品「Oceania」ですが、同書の目次は、以下からご覧になれます。

核・ミサイルの実験場、強制移住、放射能の人体実験、深刻な人的被害と環境破壊、恣意的な国境画定と移動の制限、伝統文化の破壊、ジャンクフード漬けと糖尿病はじめ病気の増加、観光客向けの贅沢なリゾートと現地住民の貧困スラム、大量の廃棄物と環境汚染、現地住民の傭兵化と米国の戦争への駆り出し、人口の流出、仕送りと宗主国の援助頼みの依存的な経済、地球温暖化による水没の危機などなど、欧米に翻弄され続け、従来の自由で健康的で豊かだった暮らしを破壊された島民たちの様々な苦悩が、実に丁寧に取材・記録されています。

ピルジャー氏の「Stealing A Nation」、ヴルチェク氏の「Oceania」、これらの作品に触れると、安倍政権以降、声高に叫ばれる「自由で開かれたインド太平洋」の掛け声が、いかに欺瞞・偽善・虚飾に満ちたものかが分かります。

今回、ピルジャー氏の訃報に接し、ネット上で以下の追悼記事を読むことができました。ピルジャー氏の偉大な業績が、現在の危機的なマスコミの状況とともに(ピルジャー氏はマスコミからパージ・追放されたと表現されています)、簡潔ながら丁寧にまとめられていました。

Iconic journalist John Pilger dies

この追悼記事の最後の方で、ウィキリークスのジュリアン・アサンジ氏をピルジャー氏が擁護した活動に触れられていました。たしかに、ピルジャー氏の公式サイトには、アサンジ氏を熱心に擁護し続けた足跡がうかがえます。

THE TRUE BETRAYERS OF JULIAN ASSANGE ARE CLOSE TO HOME

ピルジャー氏の上の記事には、そうした活動の中での一つの場面が記されています。アサンジ氏の裁判の法廷内で、ピルジャー氏の姿を目にした裁判官から悪罵を投げつけられたそうなのですが、その裁判官とは、かつてチャゴス島の島民追放に関する悪名高い裁判に関わった人物だったそうです。本当に皮肉な運命の巡り合わせです。ピルジャー氏は、そのような人物からの、そのような言葉は、かえって自分への賛辞になると、なんともたくましい精神で淡々と受け止めていました。

ピルジャー氏とヴルチェク氏に共通するのは、「帝国主義批判」「植民地主義・新植民地主義批判」という確かな視座であり、歴史上、欧米に顕著に出現し、世界中に不幸をもたらし続けてきた傲慢・差別・独善・強欲・収奪・搾取・支配・暴力・偽善・欺瞞といったものへの激しい嫌悪・拒絶・抵抗だったのだと感じます。だからこそ、横暴に権力をふるう政治的・経済的支配層に対し、なんら忖度することなく、敢然と立ち向かい、その偽善と欺瞞のベールを剥ぎ取り、堂々と伝えるべきことを伝えることができたのではないでしょうか。

二人の尊敬すべきジャーナリストたちに、藤永先生のブログを通して出会えることができて、本当にありがたいことと感じております。

二人が残した作品群は、今後とも、多くの人々が折に触れて参照し、学び、その高潔な精神に感化されるべき、普遍的な価値をもつものだと確信します。

彼らの生涯をかけた勇気と人間愛に満ちた取材活動、虐げられた側に立った取材活動、虫ケラのように扱われる人々の声なき声に真摯に耳を澄ました取材活動に、あらためて敬意を表し、心からその冥福を祈ります。
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追記:1月12日に、私の不注意による冒頭の一部の重複を除去しました(藤永茂)


ONE STATE SOLUTION

2024-01-04 21:18:43 | 日記
 パレスチナ問題の解決は、イスラエルのユダヤ人と先住民のパレスチナ人が一緒に暮らす一つの国土が出来ることしかないと私は思います。その状態が出現しなければ、人間、あるいは人類の未来には絶望があるのみです。根源的な悪(Radical Evil)に人間世界の支配を許すということですから。
 先頃、悪の顕現を伝えるニュースに接しました:


その中にIDF(Israel Defense Forces, イスラエル防衛軍) がイスラエルで兵士や人々に配布しているT-シャツの絵柄が示されています。ご覧下さい。妊娠したパレスチナ女性のふくらんだお腹に銃の焦点十字(クロスヘア)が定められていて、 その下に 1 SHOT 2 KILLS と書かれています。「一発の銃弾で母親と赤ん坊の二人を殺せ」、これがイスラエルの兵士と民衆に対するメッセージです。




このT-シャツの絵柄について次の説明がついています:
「The Israeli Defense Forces hand out t-shirts that say, “one shot, two kills,” and they show a pregnant Palestinian woman with a target on her belly. They are proud of killing children. Ayelet Shaked, the former Justice Minister, is notorious for calling for the mass murder of Palestinian children. She called them “little snakes.” And she said Israel should also kill their mothers. So there is something deep in the Israeli psyche that is twisted, mentally ill. They hate Palestinian children and want to kill them.」

 これが今のイスラエルであるならば、この国は消滅しなければなりません。パレスチナの土地に遥かな昔から住んでいる先住民パレスチナ人とその土地に流れ着いたユダヤ人が一緒に住む一つの国が、一つの土地が出来なければなりません。五十年かかるか百年かかるか、実現には長い年月が必要でしょう。これは賭けではありません。もしこれが出来ないのであれば、人類は存在するに値しません。滅亡がその運命であって然るべきです。

藤永茂(2024年1月4日)