私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ISに金融制裁を

2015-05-27 21:57:13 | 日記・エッセイ・コラム
 朝日新聞(5月26日朝刊)の記事「IS攻勢 迫られる対応」の書き出しは次のようになっています。:
「イラクとシリアで、過激派組織「イスラム国」(IS)が支配地域を急拡大している。今月に入り、イラク中部ラマディ、シリア中部パルミラの2拠点を相次いで制圧。両国の首都にも近づきつつある。イラクでは政府の指導力への不信が再び高まり、IS掃討を目指す米国も対応の見直しを迫られている。」
この四分の一頁にわたる新聞記事の締め括りには、:
「カーター米国防長官は、24日放映の米 CNNのインタビューで「イラク部隊には戦う気がなかった」と、人数や装備でISに勝るイラク軍が、戦わずにラマディから撤退したことを批判した。米側はイラクのISに3千回以上の空爆を行っているが、カーター氏は「空爆は効果的だが、イラク軍の戦う気持ちに取って代わることはできない」と苛立ちをあらわにした。・・・・」
とあります。記事全体は、ドバイ、カイロ、ワシントンの特派員3人の合作ですが、この内容ですと、ニューヨークタイムズとワシントンポストを読めば書けそうです。しかし、全体が何となく嘘めいているように感じませんか?
 ニューヨークタイムズ5月26日の記事「With ISIS in Cross Hairs, U.S. Holds Back to Protect Civilians」(ISに照準は定めてあるのだか、民間人を保護するため米国はためらっている。)を読むと、IS問題の総体が大掛かりなcharadeだという私の感じは強まるばかりです。昨年7月以降、ISがシリア軍を排除したシリア北部の重要都市ラッカは「イスラム国」の首都の役割を果たしていますが、この記事によると、米国はラッカのダウンタウンにある7つの建物がISの司令部として機能していることを知っていますが、これまでの米軍主導の空爆の対象には全くならず、無傷のままで機能しています。また、今回、ラマディからイラク軍が逃げ出した後、重装備のISの戦士たちが威風堂々とラマディの街路を戦勝パレードして回ったのですが、その好餌に対する空からのミサイル攻撃は全く行われなかったことが報じられています。この記事が言うには、「ISをピタリと照準の十字線には捉えているのだが、攻撃すれば民間人に危害が及ぶので米国はためらっているのだ」そうです。ここで確立されている事実は二つ、ターゲットは知っていても米軍機はISに対する爆撃はあまりやっていないこと、「一般市民を殺すのを避けたいから」というのがその言い訳だということです。何という、呆れ果てた図々しさ、開いた口が塞がりません。
 上に、米側はイラクのISに3千回以上の空爆を行ったとありますが、いったい何を爆撃しているのでしょう。ISに物資や兵器を補給しているという話はともかくとしても、空爆によるIS制圧の効果は殆ど上がっていないという報告はいくらも目に付きます。
 カダフィのリビアに対する米国/NATO軍の猛烈無差別の空爆が想起されます。前にこのブログでも書きましたが、彼らがカダフィを空から殺害する目的でカダフィ一家の住宅を爆撃した時、カダフィが訪れているかもしれないというだけの理由で、カダフィ家の近くにあった障害児童収容施設も爆撃し、子供たちが死にました。米欧のリビア破壊の口実はあの忌まわしい標語R2Pでした。
 念のため、もう一度ウィキペディアのR2P(保護する責任)の復習をしましょう。:
「保護する責任(ほごするせきにん、英: Responsibility to Protect)は、自国民の保護という国家の基本的な義務を果たす能力のない、あるいは果たす意志のない国家に対し、国際社会全体が当該国家の保護を受けるはずの人々について「保護する責任」を負うという新しい概念である。略称はR2P又はRtoP。」
 上掲の朝日新聞(5月26日朝刊)の記事「IS攻勢 迫られる対応」は、ISが古代ローマ時代の遺跡があるシリアの都市パルミラに侵攻し、5月21日に制圧、博物館の収蔵品を破壊、世界遺産に接近、住民400人を殺害したかも、と報じています。この場合、シリアの住民に対する米欧のR2Pは一体どうなっているのか。カダフィがベンガジで犯した罪は、ISがパルミラで犯した罪よりはるかに軽いものだったではありませんか。
 オバマは、いや、共和党の鷹派の面々も同じく、ISを押さえつけるのには手間が掛かる、時間が掛かると頻りに言います。イラク・シリアの野に放たれたこの獰猛な犬(ISIS)は、それがシリアのアサド政権をかみ殺すまで横暴を尽くすでしょう。この猛犬は、いつの日か、主人の手にも歯を立てるかもしれませんが、今は米軍がシリアの地に足を下ろす代理として、つまり、その意味で有効な傭兵軍として、十分の軍資金と武器を与え続けられることでしょう。
 カダフィのリビアに対して米欧が行った金融的制裁は全くひどいものでした。世界の銀行システムを彼らがほぼ完全に掌握しているのですから、国際法に違反することを無視すれば、いわゆるextraterritorialな手段でカダフィとその政権の銀行資産と銀行取引をほぼ完全に奪ってしまうことが彼らには出来ました。リビアで史上最大の銀行強盗が行われたと言われる所以です。もし、米欧が本当にISを絞め殺してしまいたいのなら、この金融制裁を発動すればよいのです。そうすれば、ISの命脈は年数ではなく、月数で測るものとなるでしょう。

藤永茂 (2015年5月27日)
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キューバの保健医療政策(3)

2015-05-20 22:09:38 | 日記・エッセイ・コラム
 このシリーズの(1)の初めに、
“フジテレビの記事「医療大国キューバに住む最後の日系一世 ~105歳の長寿の秘密は!?~」に描かれている105歳の津島三一郎さんの話を何度も読み返して、その記事の結びの言葉「曲がり角に立つ日本の医療。その行く末を考える上で大きなヒントがある。」に、Hear! Hear! と賛同を叫んでいるところです。”
と書きました。この津島三一郎さんの話を是非読んでみて下さい。始めのほうに、
「社会主義国キューバでは教育と医療費は無料。医療で利益を得ることは目的としていない。キューバ革命後、カストロとチェ•ゲバラが真っ先に取り組んだのが、教育と医療であった。」
と書いてあります。この筆者は「医療で利益を得ることは目的としていない。」という文章で単純な事実を報じたつもりでしょうが、読者としては、いろいろな読み方が可能です。
 R2Pと略記される概念については、前にも何度か触れました。ウィキペディアには「保護する責任(英: Responsibility to Protect)は、自国民の保護という国家の基本的な義務を果たす能力のない、あるいは果たす意志のない国家に対し、国際社会全体が当該国家の保護を受けるはずの人々について「保護する責任」を負うという新しい概念である。略称はR2P又はRtoP。」とあります。このR2Pという偽の人道主義の隠れ蓑を纏った米欧は、 教育も医療費もほぼ無料であったリビアというアフリカの立派な国を八つ裂きにして滅ぼしてしまいました。言語道断の戦争犯罪です。このような犯罪を臆面もなく遂行する側の人間たちは「医療で利益を得ることは目的としていない。」というキューバの内政的宣言に醜悪な牙をむいて吠えかかります。評論誌WORLD AFFAIRSにその一例が出ています。一読をお勧めします。:

MARCH/APRIL 2013
Cuba’s Health-Care Diplomacy: The Business of Humanitarianism
http://www.worldaffairsjournal.org/article/cuba’s-health-care-diplomacy-business-humanitarianism

「もう何十年もの間、キューバは“キューバ革命の伝道師”として仕事人たちを輸出してきた。普通は2年間の派遣で、圧倒的に保健医療関係のプロが多いのだが、教師、スポーツのトレーナー、技術者、建築家、その他の専門家の場合もある。目指すところは、米ドルなどの硬貨を稼いでキューバ政権の他の経済的計画を達成すると同時に、国際的な影響、評判、正統性、そして外国からの同情を獲得することにある。」という書き出しに始まり、これらの革命伝道師たちのサービスを受け入れた国々とキューバ政府との間の契約は秘密にされているが、漏れた情報によれば、キューバが派遣した保健医療要員一人あたり、アンゴラは5000 米ドル、ナミビアは2784米ドルを支払っている、などなどと書いてあります。ベネズエラの場合には、前回の記事で報告した白内障を中心とする眼科手術の無料施行の大事業、“Operación Milagro (Operation Miracle)”、の見返りとして、カストロの盟友であったチャベスはベネズエラが豊富に産出する石油を低価格でキューバに提供しました。こうした意味では、キューバはたしかに医療行為を輸出することで経済的危機を見事に乗り越えた、つまり、医療で大きな利益を得たのです。必殺の経済制裁でキューバを追い詰め、扼殺するつもりであった悪鬼達が「こんな抜け道があったか!」と切歯扼腕することになりました。石油の輸入封鎖で追い詰められて対米戦争に走ってしまった日本の愚挙に比べて、キューバが、必死の知恵を振り絞って、米国による残忍極まる経済封鎖を「仕事人の輸出」という平和的経済外交手段ですり抜けたのは、誠にお見事と讃えなければなりません。
 上掲のWORLD AFFAIRSの記事:
Cuba’s Health-Care Diplomacy: The Business of Humanitarianism
の後半には、キューバの保健医療外交の悪口が凄まじいほど並べ立ててあります。原文のまま少し引用しましょう。:

Most health professionals agree to serve abroad in order to protect their job and career, save some money, have access to consumer goods to send home, and perhaps even find a viable route to escape. One doctor who served overseas before defecting wryly proclaims: “We are the highest qualified slave-labor force in the world.”
To prevent defections, the internationalists are issued a special passport that may not bear visas from any other country and is often held by supervisors. If caught trying to defect, they are forced back to Cuba. Nonetheless, thousands have deserted worldwide, many in dangerous and elaborate escapes, even though their families are kept hostage in Cuba and not allowed to join them. From 2006 to March 2010 almost sixteen hundred of these medical defectors had made it to the US alone under a special program that grants them entry for humanitarian reasons. The exodus continues: some eighty Cuban physicians a month were reportedly leaving Venezuela before the October 2012 presidential election there.

こうした悪口には多くの真実も含まれていることでしょう。しかし、米国の気に入らない国家あるいは個人の悪口を読む場合には、非難の対象がどれだけの圧迫、攻撃、干渉を米国から受けているかを、まず勘定に入れる必要があります。キューバの保健医療外交の成功を、いやキューバの現政権を、憎悪する米国は、その切り崩しにあらゆる手段を用いることをためらいません。上の文章の中にも、“under a special program that grants them entry for humanitarian reasons”という正に語るに落ちた箇所があります。注意して読んでください。キューバにしろ、エリトリアやジンバブエや北朝鮮にしろ、もし米国からの理不尽な圧迫、攻撃、干渉がなかったとしたら、今とは随分と異なる政策を取っていたに違いありません。同じ注意深さで、この悪口記事の結語を読んでください。:

Cuba’s health diplomacy has been immensely successful in eliciting support for a Communist totalitarian state and huge resources for its failed economy. But it is also beginning to suffer, within and without Cuba, as a result of what the Marxists would call its own “internal contradictions.”

キューバの経済を苦境に追い込んだのは米国なのですから、話が逆立ちしています。
 私の思いは、また、老人ホームで好きな煙草を燻らせて悠々自適の生活を楽しむ105歳の島津さんに飛びます。
「島津さんが暮らす地域の老人ホーム。
食事の時間がやってきた。
3度の食事と3度のおやつ付き。
島津さんの食欲は旺盛だ。
なんと煙草も1日20本支給されている。」
カストロやチェ・ゲバラには「医は仁術」という思想があったからこそ、島津さんの今日があるのだ、と私は思います。保健医療外交という破天荒の思いつきも、そもそもは「仁」に発したものであろうと私は思います。
 今年の初めから、私は妻とともに介護付き有料老人ホームでの生活を始めました。住んでみると「医療で利益を得ることを目的としている」ことがよく分かります。老人介護はこれから有望なビジネスです。全館完全禁煙。

藤永茂 (2015年5月20日)
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キューバの保健医療政策(2)

2015-05-13 22:14:12 | 日記・エッセイ・コラム
 米国人の多くは、2005年8月末、猛烈なハリケーン「カトリーナ」がニューオーリンズ周辺をおそい、死者行方不明者数2千以上、救急医療システムが壊滅に瀕した危機に呼応して、キューバが医療要員1500名の派遣を提供した時、初めて、キューバの驚くべき国際的医療救済活動を知ったのだそうです。数万に登った災害難民の大部分は黒人を主体とする貧困層の人々で、伝染病による多数の死者も出ましたが、時の大統領ジョージ・ブッシュはキューバの救援申し出を断りました。ブッシュの卑小で貧しい心には、カストロが外交政策的な嫌味を投げつけてきたとしか思えなかったのでしょう。しかし、卑小なブッシュにくらべて、カストロは大きな心を持った真の巨人の一人です。
 その昔、中米のニカラグアにアナスタシオ・ソモサ・デバイレという実に実にひどい独裁政治家大統領が居ました。その父親もこれまた大変凶暴な独裁者で米国のおぼえ目出度いニカラグア大統領でした。ソモサ一族がキューバのカストロの革命政府を蛇蝎視したのは言うまでもありません。ソモサとカストロは、いわば、不倶戴天の敵であったのです。息子の方のソモサは、ウィキペディアによると、1972年のマナグア大地震で首都マナグアが壊滅状態になった時には、全世界から送られた支援物資や義援金のほとんどを一族の系列企業や自身の奢侈のために着服し、本来ならば被災者の救助に当たるはずの国家警備隊によってマナグアは略奪されました。そのニカラグアにカストロのキューバ救援医療隊はいの一番に駆けつけています。1986年のチェルノブイリ原発事故で被曝した総計2万6千人の患者(主に子供達)を、キューバはハバナの海浜近くの療養所に受け入れてその療養に尽力した事実もあります。
 ハリケーン・カトリーナ災害以後、カストロ政府はヘンリー・リーヴ旅団(Henry Reeve Brigade)という名の数千名の隊員からなる海外災害救援医療派遣隊を創設して、これまで12回の海外派遣を行っています。その最大の派遣は2005年のパキスタン大地震で、2250名の大救援隊が現地に入りました。また、もっとも目覚しかったのは、ハイチに対して行われた長期に渡る持続的な救援活動です。2010年1月のハイチ大地震とそれに続くコレラ蔓延騒動では、キューバからの救援の迅速さと規模の大きさが少なくとも中南米では耳目を引きましたが、実は、1998年のハリケーン「ジョージ」がハイチを痛撃した直後に、500人のキューバの救援医療要員が入国し、その340人がそのままハイチに残って貧民層の医療に尽くしていたのでした。それが12年後の大地震災害にも、そのまま現地の状況に密着した即戦力となったわけです。
 キューバは、1999年、Escuela Latinoamericana de Medicina (ELAM、ラテン・アメリカ医学校)という名の収容学生数で世界最大の医科大学を首都ハバナに開設しました。これまでの入学学生総数は2万を超え、6年の修学を終えた医師数は1万人、キューバ以外の中南米、アフリカ、アジアの110カ国からの主に貧しい青年たちで、授業料ゼロ、教科書フリー、一人前になったら、それぞれの国で医者として働くことが期待されています。
 もう一つ、人権問題政策として、そして同時に外交政策、経済政策として、大きな成果を収めたのは、カストロのキューバの驚くべき着想“Operación Milagro (Operation Miracle)”で、奇跡の手術、奇跡作戦、奇跡の活動、などと訳せましょう。白内障を中心とする眼科手術の大々的施行の事業です。これは、2004年、キューバが自国を含む中南米諸国を主な対象にして、識字能力向上プログラム“Yo, sí puedo’(Yes, I Can)” を推進しようとした時、その大きな障害が白内障その他の視力障害であることを認識したことが事の始まりでした。以来今日までに、34カ国、2百万人以上の人々がキューバの眼科専門医による白内障や緑内障の手術を無料で受けて、読み書きの能力を獲得できたとされています。
 こうしたキューバの保健医療外交が見事な成果を収めてきたのは当然です。前々回のブログ記事『キューバに対する経済戦争』で参考にした、
Salim Lamrani著の『THE ECONOMIC WAR AGAINST CUBA, A Historical and Legal Perspective on the U. S. Blockade 』(2013年)の<付録1>には、1992年以降の各年度の国連総会における「キューバに対する米国の経済制裁についての投票結果が表にして示してあります。2012年、2013年、2014年のデータは私が補足しました。:

年 賛成 反対 棄権    反対投票国
1992 59 3 71 米国、イスラエル、ルーマニア
1993 88 4 57 米国、イスラエル、アルバニア、パラグワイ
1994 101 2 48 米国、イスラエル
1995 117 3 38 米国、イスラエル、ウズベキスタン
1996 137 3 25 米国、イスラエル、ウズベキスタン
1997 143 3 17 米国、イスラエル、ウズベキスタン
1998 157 2 12 米国、イスラエル
1999 155 2 8 米国、イスラエル
2000 167 3 4 米国、イスラエル、マーシャル諸島
2001 167 3 3 米国、イスラエル、マーシャル諸島
2002 173 3 4 米国、イスラエル、マーシャル諸島
2003 179 3 2 米国、イスラエル、マーシャル諸島
2004 179 4 7 米国、イスラエル、マーシャル諸島、パラオ
2005 182 4 1 米国、イスラエル、マーシャル諸島、パラオ
2006 183 4 1 米国、イスラエル、マーシャル諸島、パラオ
2007 184 4 1 米国、イスラエル、マーシャル諸島、パラオ
2008 185 3 2 米国、イスラエル、パラオ
2009 187 3 2 米国、イスラエル、パラオ
2010 187 2 3 米国、イスラエル
2011 186 2 3 米国、イスラエル
2012 188 3 2 米国、イスラエル、パラオ
2013 188 2 3 米国、イスラエル
2014 188 2 3 米国、イスラエル

くだくだと説明する必要はありますまい。カストロのキューバの保健医療外交作戦の成功はこの表を一目するだけで瞭然です。米国の大統領が「こりゃ、そろそろ何か手を打たないわけには参らぬなあ」と思わないとしたら、それこそ不可解というべきでしょう。
 勿論、カストロの偉大なヒューマニズムを一途に讃える人々を冷笑する賢人たちも多数存在するに違いありません。私とて、こうしたキューバの保健医療外交作戦のアイディアは、キューバという小国が巨大な隣国からの凶悪な締め上げを掻い潜って生き残るための必死の秘策として思いつかれた面も確かにあると考えていますが、それと同時に、大規模の医療団の外国派遣というアイディアがフィデル・カストロの人間観の深みから、また彼の人間的な科学技術観から発したものであることも確かであると思っています。東洋には「医は仁術」という美しい言葉があります。この辺りから次回の締めくくりの論を始めたいと思っています。

藤永茂 (2015年5月13日)
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キューバの保健医療政策(1)

2015-05-06 22:31:43 | 日記・エッセイ・コラム
 キューバの保健医療システムとその国家戦略的内外政策はフィデル・カストロのbrain child であり、その前代未聞の発想は、これだけでも、彼の名を世界外交史上不朽のものとするでしょう。それは又、社会と科学技術の関係にも貴重な示唆を与えます。ですから私も以前からキューバの保健医療には大きな関心を持ち続けています。前回のブログ記事『キューバに対する経済戦争』の終わりに引いたフジテレビの記事「医療大国キューバに住む最後の日系一世 ~105歳の長寿の秘密は!?~」に描かれている105歳の津島三一郎さんの話を何度も読み返して、その記事の結びの言葉「曲がり角に立つ日本の医療。その行く末を考える上で大きなヒントがある。」に、Hear! Hear! と賛同を叫んでいるところです。

http://www.fujitv.co.jp/nj/cuba_01.html

 キューバの保健医療についての記事や各種情報は、英語でも日本語でも、ネット上に沢山ありますから是非ご覧になって下さい。日本語のものを幾つか挙げてみます。少し古いところで、2000年8月。キューバと長らく交流を続けてきた「日本キューバ科学技術交流委員会」の田中萬雄氏を中心に企画されたキューバ医療福祉事情視察ツアーの報告
「キューバ医療事情視察記」

http://www.geocities.co.jp/NatureLand/3252/Cuba1.htm

次に、2009年1月、民医連(民主医療機関連合会)のキューバ医療視察団のリポート

http://www.min-iren.gr.jp/ikei-gakusei/igakusei/zi5_medi/044/mw-toku-44.html

以上の二つはキューバを賞賛する色合いの強い記事ですが、次の二つはそうでもないトーンが感じられます。:
先ず、「キューバの生活」というタイトルで、医療のことだけでなく農村生活の詳しい生活状況などが描かれています。

http://www.geocities.jp/quebolachibichana/vidadecubajp.html

次は、日本の外務省の在外公館情報「キューバ」からの部分引用です。:

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/cs_ame/cuba.html

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(3)医療水準
 1959年の革命以降、予防医療に積極的に取り組み、母子保健や高齢者事業およびワクチン接種による疾病予防を徹底し、乳幼児死亡率 4.2、平均寿命79歳、医学校24、医師76,506名(医師1人当たり住民147人)、歯科医師数12,144名(歯科医師1人当たり住民925人)、病院152、ポリクリニック451、ファミリードクター診療所11,486、薬局2,117、血液銀行26など中南米諸国の中では医療先進国に位置づけられます。キューバ国民の医療費は無料ですが、外国人は有料かつ受診可能な医療施設(ハバナ2施設、バラデロ1施設など)も限られています。受診可能医療機関では、英語は通じますが、医師以外の医療従事者はスペイン語以外での意思疎通は困難です。日本語は不可です。歯科診療も受診可能ですが、治療に必要な材料の不足のため常時希望の治療は望めません。
 医療団の海外勤務(輸出)が増加していることから、国内の医師不足および熟練した専門医は減少する傾向にあり、希望した専門医の診察を受けることが困難なこともあります。診療場面では一般的に説明不足のためいたずらに不安があおられる場合もあります。医薬品は、ワクチンをはじめジェネリック薬品の独自の開発・生産を活発に行い、アフリカや中南米、アジアの途上国へ輸出しています。キューバ国民は注射器や注射針を含め安価で購入できますが、外国人は、一般的には外国製医薬品(ヨーロッパ製が主)を販売している薬局で購入します。医療機材の不足や治療方法の限界などで、海外へ移送される場合もありますので、海外傷害保険の加入は必須です。ただし米国の保険会社やクレジットカードによる保険は使用できないので注意が必要です。なお、外国人旅行者は海外傷害保険への加入が入国時の必須要件となっています。
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 私が今回の記事で最も世話になったのは『An Extraordinary Success. Medical Internationalism in Cuba』という2013年6月のAxis of Logic というサイトの記事です。:

http://axisoflogic.com/artman/publish/Article_65852.shtml

 キューバの保健医療政策には、国際的な、つまり、外交政策としての面と、国内的な、つまり、国民の医療保障制度(メディケア)の面があります。革命家、独裁的政治家としてのフィデル・カストロはこの両面で歴史的な成功を収めたわけですが、この偉業が米国による過酷な経済制裁、貿易封鎖の状況下に成し遂げられたことを忘れてはなりません。しかし、キューバの保健医療政策が、米国の仕掛けた経済戦争“の故に”、だけではなく、経済戦争“にも関わらず”、今の形を取っている事を明確に把握する必要があります。
 外交政策の面から先ず考えましょう。小国キューバが身分不相応の規模の救援医療団を海外の被災害地に派遣するのを見て、始め、私などは「カストロはうまいことをやるなあ」と彼の独特のずる賢さを勘ぐったものでした。“人道主義”の旗印が悪臭を伴わない場合は滅多にありませんから。しかし、歴史を少し詳しく辿ってみると、私の勘ぐりがいわゆる「下司の勘ぐり」であることがはっきりします。フィデル・カストロの革命政府が実権を握ったのは1959年1月ですが、当時キューバに居た約6千人の医者の半数は国外(主にマイアミ)に逃げてしまい、深刻な医師不足状態に陥りました。1960年5月22日、南米チリで巨大地震が発生して、国の内外で大きな被害が生じましたが、カストロは直ぐにチリに有力な救援医療団を派遣し、また、1963年には、フランスから独立したばかりのアルジェリアにその医療保障制度の整備を援助する医師団を送り出しています。これらの歴史的事実は、カストロが医療団の国外派遣を狡猾な外交手段として採用したのではないことを示す重要な初期証拠であり、医療保障制度の整備というものが彼の革命思想の深奥から出ていることを語っています。(次回に続く)

藤永茂 (2015年5月6日)
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