私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

NHK福岡支局讃、または、老いの繰り言

2013-05-22 09:42:34 | 日記・エッセイ・コラム
 老人ホーム関係のことから、昔なつかしい身体検査を受けました。聴力テストでは、高音がせいぜい8000Hz、低音は50Hzがやっと、私の耳は高い音がすっかり聞こえなくなっていました。
 前に報告しましたが、いまヘンスラー版のバッハCD全集(全172CDs)を聴き続けていて、V74(3CDs)のマタイ受難曲まで辿り着いたところです。その少し前には久しぶりにロ短調ミサを聴いて、昔には感じなかった強い感銘を受けて自分でも驚きました。ガードナーのセット、レオンハルトのセットは持っていたのですが、もっと聴いてみたくなり、1962年録音のカール・リヒターと80歳をこえたジュリーニの録音(1994年)も入手し、その上、ヴォルフ著磯山雅訳の『ロ短調ミサ曲』(春秋社)まで買って読み始めました。「訳者あとがき」から少し写します。:
■「「《マタイ受難曲》の研究に、私は自分の40代を費やした」???1994年に東京書籍から『マタイ受難曲』を出版したさい、私はその前書きに、このように書いた。いささか気負った表現で今になると恥ずかしいが、それは48歳になった私の、偽らざる実感であった。
 そうした「《マタイ》の時期」に、《ロ短調ミサ曲》ははるか向こうに存在した。・・・・・ だがそれが変わってくるのだから、人生はわからない。60代に入った私はいつしか《ロ短調ミサ曲》の研究と取り組むようになった。・・・・・ そうこうするうちに、《ロ短調ミサ曲》への親しみは、確実に増してきた。現在《ロ短調ミサ曲》は、私の眼前で日々、姿を拡大しつつある。そしてそれと反比例するかのように、《マタイ受難曲》は遠ざかってゆくのである。」■
上の磯山雅さんの文章の終りの所はチョットびっくりでした。「音楽はやっぱり耳だけで聴くものではないのだな」などとも思いました。80歳をこえたジュリーニは、高音、低音、どこまで聞こえていたのかな、などと馬鹿なことも考えました。しかし、正直なところ、聴力のあまりの衰えを、はっきりデータで示されて悲しい気持になりました。
 これは旧聞に属するようですが、高周波音を発生して若者を追い払う「モスキート」という名の装置を発明発売した英国人がいるそうです。ノイジーな若者が高周波音を嫌うと聞くと、私は妙な気持になります。20kHzの高周波音は嫌がるかもしれませんが、私の
http://globe.asahi.com/feature/100719/04_2.html
http://www.compoundsecurity.co.uk/security-information/mosquito-devices

耳にも聞こえる数キロヘルツの高音、あるいは、不必要に甲高い音声は、この頃の若者にひどく人気があると私は考えざるをえないからです。ほんの数年前のことですが、北朝鮮の公営テレビ放送のニューズキャスターの異様に甲高い声に不快感を覚え、そこに北朝鮮という国が一種パセティックな状態にあることを感じたものでした。ところがどうでしょう。近頃の日本のテレビには甲高い発声、大袈裟な声の上下、絶叫調が溢れかえるようになってしまいました。ニュース番組や天気予報でさえも上擦った音声のレンジが使われ、音の上り下りも甚だしくなっています。同じ国営放送機関ながら、私はカナダのCBCを日本のNHKより遥かに高く評価しますが、CBCでは報道事項の内容をなるだけ正確に聞きやすく視聴者に届けるために、キャスターは心持ち低い声を使うように、男性女性ともに、訓練を受けると聞いています。ニュース番組に限らず、ドラマだって、頓狂な声をあげたり、絶叫したりすれば、ドラマティックな場面つくりが出来るなどと考えるのは、愚劣な演出家や役者のやる事でしょう。放送音声の高周波音化、絶叫調の傾向(流行)は民放から始まったのでしょうが、いまではNHKも民放を出し抜く勢いです。その全風景は、私には、陳腐、凡庸、愚劣、オリジナルなスタイル欠除の極みとしか思えません。若者たちよ、これで良いのですか?
 もっとも、私の感じ方は、「モスキート」装置の高音が若者に苦痛を与えるのと同じように、高音可聴範囲がすっかり下落してしまった哀れな一老人の音響的苦痛の告白であり、繰り言であるに過ぎないのかも知れません。
 その私にとって、昔ながらの快い可聴音の範囲で語りかけてくれるNHKの福岡支局は洵に有難い存在です。これが一人の賢人の存在のお蔭か、それとも何とはなしに昔ながらののんびりした雰囲気が支局の中に生き残っているのか、私には勿論分かりません。ただこのままの聞きやすい見やすい放送局であり続けてくれる事を心から祈ってやみません。これは一つの立派な老人愛護の行為なのですから。

藤永 茂 (2013年5月22日)

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スティーブン・ホーキングとイスラエル

2013-05-15 16:32:25 | 日記・エッセイ・コラム
 パレスチナ、シリア、イラン、リビア、エリトリア、ハイチ、コンゴなど私が特に注目している地域についての日本での報道や論評を、私はますます走り読みするだけになってきました。為にする記事が多過ぎます。無益というよりも積極的に有害だと感じることが多いからです。政治的情報の操作のもう一つの有効な手段は意識的な組織的な無視です。
 スティーブン・ホーキングがイスラエルのペレス大統領からの招待をことわったというニュースは、NHKの一般ニュース番組、朝日新聞、西日本新聞をざっと見ていたところでは見当たりませんでしたが、ネットで探してみると毎日新聞(5月9日)に次のような記事が出ていました。:
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 【ロンドン小倉孝保】「車いすの天才理論物理学者」として知られる英国のスティーブン・ホーキング博士(71)が、イスラエルのパレスチナ人への対応に抗議し、エルサレムで6月に開かれる国際会議への出席を拒否することを決めた。アイルランドの学者らが呼びかける学術分野でのイスラエル・ボイコットに賛同した形だ。
 英ガーディアン紙によると、6月18日から3日間、学者や芸術家などが参加してシンポジウムなどが行われる。博士はイスラエルのペレス大統領から招待を受け、いったんは出席を伝えたが、先週、大統領に手紙を書き、出席取りやめを伝えたという。
 手紙の内容は明らかになっていないが、同紙によると、「パレスチナの状況を考え、(イスラエル)ボイコットを尊重し決定した」という。知人のパレスチナ人学者からアドバイスされたとみられている。
 アイルランドの大学教員などが4月、学術分野でのイスラエルとの交流拒否(ボイコット)を決め、他の欧州の大学教員などにボイコットを呼びかけている。ホーキング博士は過去に4回、イスラエルを訪問している。
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 上の記事にある英国のガーディアン紙も、以前に書きましたように、切り込みの鋭さに昔日の精彩はありませんが、それでも,字数にすると膨大な量の報道発言が今度のホーキンス事件について掲載されています。
http://www.guardian.co.uk/world/2013/may/08/stephen-hawking-israel-academic-boycott
上の「毎日」の記事には、ホーキンスがペレス大統領に送った手紙の内容はあきらかになっていないとありますが、ガーディアン紙の次の記事には
http://www.guardian.co.uk/science/2013/may/08/hawking-israel-boycott-furore
その内容が出ています。そこだけをコピーします。勇気ある発言です:

■ “I accepted the invitation to the Presidential Conference with the intention that this would not only allow me to express my opinion on the prospects for a peace settlement but also because it would allow me to lecture on the West Bank. However, I have received a number of emails from Palestinian academics. They are unanimous that I should respect the boycott. In view of this, I must withdraw from the conference. Had I attended, I would have stated my opinion that the policy of the present Israeli government is likely to lead to disaster.”(私は大統領主宰会議への招待を、これを機会にパレスチナ問題の平和的解決の可能性についての私の意見を表明することが許されるだけでなく、ウエスト・バンクでも講演が出来るだろうと考えて、お受けしたのでした。しかしながら、私はパレスチナの学者たちから多数のイーメールを受け取りました。それらは私がボイコットを守るべきだという点で一致しています。これに鑑みて、私は会議出席を撤回しなければなりません。たとえ出席していたにしても、現在のイスラエル政府の政策は大惨事を結果するであろうという私の見解を述べることになったでありましょう。)■
このイスラエルの大統領主宰会議というのは大変派手で絢爛たる国際会議のようで、特に今年(2013年)の会議は主宰者であるシモン・ペレス大統領の90歳祝賀の意味も重なって五千人の参加者が予想されています。スティーブン・ホーキング博士はその基調講演者の華として招待を受けていました。この会議に就いては英語版のウィキペディアの「Israeli Presidential Conference」
http://en.wikipedia.org/wiki/Israeli_Presidential_Conference
をご覧下さい。私が判断する限り、豊かで十分公正な説明がなされています。この中にノーム・チョムスキーや物理学者のマルコム・レヴィットなど20人の学者たちがホーキンスに出席しないことを要請したとありますが、これに就いても、ガーディアンの長い記事があります。賛否両論が交錯沸騰しています。
http://www.guardian.co.uk/world/2013/may/10/noam-chomsky-stephen-hawking-israel-boycott
 今度のスティーブン・ホーキングの決断を称賛するにしろ、非難するにしろ、あるいは、中立的立場から論ずるにしろ、これを取り上げるには、重い決意が必要です。パレスチナについての立場を明確にする覚悟が要ります。現在の日本で評論を職業とする人たちは、この時点でスティーブン・ホーキングを論じることが商売的にはマイナスだと踏んでいるのでしょう。寂として声なし。
 私は、現在の、目にも眩しいほどの栄光の中で無惨な腐敗の死臭を放つシモン・ペレスという男の過去を記憶しています。これが年の功というものです。その昔、シモン・ペレスはナチ・ホロコーストをヒロシマ・ナガサキと同列に論じる重罪を犯して、イスラエルの保守派からひどく叱られたことがあったのです。長い人生を立派に全うするのはとても難しいことのようです。

藤永 茂 (2013年5月15日)


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巨悪アメリカ:海坊主さんにお答えする

2013-05-08 20:37:29 | 日記・エッセイ・コラム
 いまリチャード・バーンシュタインの『Radical Evil』(2002年)という本を読みかけています。このタイトルは「根本悪」とでも訳せばよいのでしょうか。本書の終章第三章では「アウシュヴィッツ後(AFTER AUSCHWITZ)」でレヴィナス、ヨナス、アレントの三人をめぐる議論が展開されています。この三つの名を見ただけで私の気は重くなります。この本は大きく乗り越えられなくてはなりますまい。しかし、よく読んでから私の考えを書き付けます。いま直ぐに言えることは、現前する圧倒的巨悪は米国とイスラエルの共同体だということです。これはノーム・チョムスキーが随分前から声をからして我々に告げていることですが、人々は、とくに日本人はあまり聞く耳を持たないようです。
 4月13日の当ブログ『再び北朝鮮のこと』に対して、海坊主さんから、“ついにイスラエルがシリアを空爆してしまいました。Youtubeを見るとキノコ雲のような爆風も・・・”というコメントを頂きました。シンボリックにはこれは極めて重大な事件です。イスラエル政府は、これはイスラエルを防衛するための行為だと言い、オバマは「自国を守る権利はどの国にもある」としてイスラエル支持を表明していますが、北朝鮮も自国を守るために自らに可能な手段を用いることを認めようとは絶対にしません。北朝鮮が米国を“挑発する”理由は何もありません。何とか自国を守りたいという必死の思いがあるだけです。
米国は実に恐るべき国です。最悪最大のテロ国家、最悪最大のフェイルド・ステイト(failed state)です。
 イスラエル/アメリカはシリアがイスラエルをミサイル攻撃したという報道を流しています。イスラエル領内に数弾着地したが、人的損害は無かったそうです。シリア国内の反政府軍傭兵に命じて八百長をしたのだろうと思います。危なくない所を狙って数発ミサイルを打ち込ませて、それをシリア政府軍がやったように見せかけたのでしょう。しかし、インチキの作り話がばれかけることもあります。「シリア政府軍が化学兵器(サリンガス)を使用した」ことを米国は反政府勢力の全面的支援に踏み切る口実に使用しようとしていますが、毒ガス使用の問題を調査している国連の調査団の内部から、サリンは罪をアサド政府になすり付ける目的で、反政府傭兵側が使用したことを示唆する強い証拠があるという声が上がりました。発言者はスイスの有名な肝っ玉おばさん Carla del Ponte です。この人はルワンダのカガメ大統領の悪業を暴きかけたために米国のその筋の不興を買い、命を狙われたことがあります。この人、いつ消されるかわかりません。

藤永 茂 (2013年5月8日)


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