私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

年中行事「米韓合同軍事演習」

2013-04-17 14:16:17 | 日記・エッセイ・コラム
 朝鮮戦争(1950~53年)についての歴史や論説は著者の思想的立場が必然的に反映していて,裸の歴史的事実など存在しないと言えるかもしれません。朝鮮戦争の歴史に限らず、一般的に「裸の事実は存在しない」という言明は、ポストモダーンの時代として、一つのクリシェであるとも言えましょう。しかし、裸の、あるいは殆ど裸と判断される歴史的事実は、勿論、存在します。朝鮮戦争の場合に、私のこれからの議論の基礎として、否定し難い歴史的事実を二つ挙げましょう。
 その一つは、北朝鮮の土地全域が米軍の激烈な焦土化作戦の対象となり、山村の小部落までもが爆撃を受けたことです。ウィキペディア(日本語版)には「アメリカ空軍は80万回以上、海軍航空隊は25万回以上の爆撃を行った。その85パーセントは民間施設を目標とした。56万4436トンの爆弾と3万2357トンのナパーム弾が投下され、爆弾の総重量は60万トン以上にのぼり、第二次世界大戦で日本に投下された16万トンの3.7倍である。」とあります。同じくナパーム弾については「ナパーム弾(ナパームだん、英: Napalm bomb)は、主燃焼材のナフサにナパーム剤と呼ばれる増粘剤を添加してゼリー状にしたものを充填した油脂焼夷弾である。アメリカ軍が開発したもので、きわめて高温(900 - 1,300度)で燃焼し、広範囲を焼尽・破壊する。」とあります。私の年齢の日本人には、米軍機による焼夷爆弾空襲で民家が一挙に炎を上げる恐怖を心に刻み付けられた人も多い筈です。私は福岡市で無数の焼夷爆弾が奇音を発しながら雨のように降り注ぐのを経験しました。焼夷爆弾は軽量ですから、3万トンというのは大変な量です。北朝鮮の土地面積は日本全土の約三分の一、その頭上に第二次世界大戦で日本に投下された爆弾総量を遥かに超える破壊爆弾、焼夷爆弾が降り注いだのですから、その惨状は思うに余ります。上記のウィキペディア(日本語版)の具体的数値は正確ではないかも知れませんが、それはどうでもよいことです。米軍のジェノサイド的な猛爆撃とその結果についての証言は多数あります。日本の主要都市のすべてを焦土と化した張本人、かの有名なカーチス・ルメイ将軍も「北鮮にはもう爆撃するものがなくなった」と放言しました。念のため申し添えますが、東京その他の無差別爆撃に加えて広島・長崎の原爆攻撃も指揮したルメイという男に、日本政府は、1964年、勲一等旭日大綬章を授与しました。3年間、絨毯爆撃(carpet-bombing)と自称する米軍の徹底した焦土化作戦が北朝鮮の人々に与えた深い心の傷、これが否定の余地のない事実、裸の事実です。
 もう一つの裸の歴史的事実は朝鮮戦争の戦争中から今日まで続いている北朝鮮に対する米軍の核攻撃の可能性とそれによる威嚇です。朝鮮戦争についての私の知識は乏しく、原爆使用についても「マッカーサー将軍が原爆の使用を要請した時、トゥルーマンがそれを却下してマッカーサーを解任した」といった極めて単純化した考えしか持っていませんでしたが、少し調べてみると、そんな簡単な話ではなく、マッカーサーが解任された後も、米国は原爆を20~30個使用して、北朝鮮と満州の境界に強力な放射能汚染地帯をつくり、北から(つまり中国軍あるいはソ連軍)の通過不能にすることを考え続けていたのです。20~30個という数字は、当時、米国の原爆保有数約450に対して、ソ連は約25、米国が北朝鮮で二十数個使用しても、その隙にヨーロッパでソ連が核爆弾を使って侵略攻撃を開始する心配は無いという判断から出たものです。幸い、朝鮮戦争では実際に原爆は使用されませんでしたが、その後の60年間、北朝鮮は連続して核攻撃の威嚇に曝されて来ました。とりわけ朴正熙政権時代に始まった毎年定例の米韓合同軍事演習はその表面的な名目に変化があったとは言え、北朝鮮に対する核攻撃のプログラムをその一部として必ず内包するものでした。朝鮮戦争中とその後に北朝鮮に加えられた核攻撃の脅威については、高名な朝鮮歴史家 Bruce Cumings の"Korea: Forgotten Nuclear Threats"と題する論考があります。
http://web.archive.org/web/20070922135710/http://www.nautilus.org/fora/security/0503A_Cumings.html
北朝鮮に好意的な眼差しを保持する歴史学者ですが、読むに値するエッセーです。
 今回の北朝鮮指導部からの激烈な言動を引き起こした米韓合同軍事演習について、巣鴨明さんは前回のブログへのコメントで「3月11日以来、アメリカと韓国は北朝鮮の領海近くで軍事演習をしています。これは、予算にして韓国の1年分の軍事費に相当し、米軍約1万3,500人、韓国軍約21万人が動員され、世界最高水準の戦闘能力を有するとされるF22ステルス戦闘機とB52爆撃機、原子力潜水艦「シャイアン」が投入され、イギリスやオーストラリアといった朝鮮戦争時に「国連軍」として参加した国の軍隊も加わっている「防衛訓練」とは言いがたいものです。」と述べておられます。
 更にここで、巣鴨さんが伏せられた事実があります。上にも述べてある核爆弾搭載可能のB52爆撃機は米韓合同軍事演習直前の3月8日に、F22ステルス戦闘機は3月31日に演習現地に姿を現しましたが、実は、3月28日に、韓国軍とのちゃんとした事前協議もなく、あの黒い悪魔の翼のようB-2爆撃機2機が突然現れて南北境界線の南のほんの少しの距離の所に摸擬爆弾を投下するというハプニングが起きたのです。しかもこの2機のB-2核戦略爆撃機は米国本土ミズーリ州のホワイトマン空軍基地を飛び立って朝鮮半島上空に達して摸擬爆弾を投下し、一度も着陸せず、20800キロの往復飛行をして元の基地に帰って来たのでした。B-2 の航続距離は11000キロとされていますから、何処かで一度は空中給油を受けたのでしょうが、これが米国の核爆撃能力の恐ろしさを北鮮や中国に対して見せびらかし、威嚇するためのショウオフであったのは火を見るより明らかです。B-2 stealth bomber (レーダーによる捕捉困難の爆撃機)は、例の奇怪な三角形をした黒い巨大な化け物です。一機2000億円、1時間飛ばせるのに1000万円かかります。今度の北朝鮮核爆撃予行演習往復飛行で数億円の米国民の税金が空費されたことでしょう。
 話はこれだけではありません。2013年4月3日付けのウォールストリート・ジャーナル(WSJ)に驚くべき記事が出ました。要約すると次のような事になります。オバマ政府は北朝鮮を震え上がらせるために、今年の始めに、“ザ・プレイブック”と名付けた計画を立て、今年の米韓合同軍事演習の時期に合わせて、米国の威力を誇示するための詳しい手順を定めました。B52, B-2, F22 の派遣はその“ザ・プレイブック”に従って着々と実行されたのでした。これが核攻撃に重点を置く威嚇と挑発(provocation)でなくて何でありましょうか。ところが、WSJ の記事によると、脅しが効き過ぎて、北朝鮮の指導部が過度にヒステリックな反応を示し始めたので、米国側は“ザ・プレイブック”で決めてあった威嚇挑発を少し手控えすることにしたというのです。辞書で見ると[playbook]とは「アメリカン・フットボールでは、チームのすべての作戦・戦術をファイルした極秘資料ブック」とあります。
http://online.wsj.com/article/SB10001424127887324100904578400833997420280.html
WSJの記事の私が要約した部分の原文を引用しておきます。
■ The U.S. is putting a pause to what several officials described as a step-by-step plan the Obama administration approved earlier this year, dubbed "the playbook," that laid out the sequence and publicity plans for U.S. shows of force during annual war games with South Korea. The playbook included well-publicized flights in recent weeks near North Korea by nuclear-capable B-52 and stealth B-2 bombers, as well as advanced F-22 warplanes.
The U.S. stepped back from the plans this week, as U.S. officials began to worry that the North, which has a small nuclear arsenal and an unpredictable new leader, may be more provoked than the U.S. had intended, the officials said. ■
 米韓合同軍事演習が、事あらば、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府を打倒することを目標とする攻撃的軍事演習であることは明らかです。「防衛」とは何の関係もありません。あるとすれば「攻撃は最高の防御」の思想です。
 中国もロシアも、北朝鮮に関しては、極めて政治的な計算に基づいて行動し、発言している中にあって、フィデル・カストロは、率直で賢明な、そして暖かみさえ具えたメッセージを北朝鮮に送っています。
http://www.granma.cu/ingles/reflections-i/reflections-5abril.html
「朝鮮半島での核戦争は是非とも避けなければならない」というのが、カストロの想いです。これは1962年10月のキューバ危機以来の大変な事態だというのが彼の認識です。彼の想いは南北朝鮮の人々の、そして、一旦核戦争が勃発したした場合の、放射能汚染による世界中の一般人の受難にあります。
 キューバ危機についての我々の記憶と意義の認識は大丈夫でしょうか?キューバに核ミサイルを持ち込もうとしたソ連の行動は、ヨーロッパやトルコに米国がソ連攻撃のための核ミサイル基地を展開したことに対する懸命な対抗策であったことを憶えていますか?結局ケネディ大統領はトルコの核ミサイル基地の撤去をキューバの核ミサイル基地の撤去と引き換えにしたのでした。米国の言う「防衛(defense)」は歴史上一貫して全くの空言です。

藤永 茂 (2013年4月17日)


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再び北朝鮮のこと

2013-04-12 19:55:18 | 日記・エッセイ・コラム
 挑発し威嚇しているのは北朝鮮ではなく、米国です。米国は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)という国を滅ぼすことを目標にして、あらゆる圧力を北朝鮮に加え、ありとあらゆると術策を弄して北朝鮮に迫っています。北朝鮮は、核兵器による戦闘攻撃の能力を備えることが出来たと内外に声明し、その事を唯一の拠り所にして、米国の意図に抵抗し、生き延びようと必死の努力を続け、パニック状態寸前の気配すら感じられる所まで来てしまいました。
 以上の私の状況判断は米国とそれに追随する諸外国の政府見解とマスコミ報道と180度違いますが、私の見解の方が正しいと思います。私の米国批判(非難)の姿勢は進んで公言してはばかりませんが、私はイデオロギー的な北朝鮮支持者ではありません。私の見解が正しいと主張する理由は他にあります。その第一の理由はアフリカ大陸諸国、特にアフリカの北朝鮮としばしば呼ばれるエリトリアと米国大統領オバマを、この数年、十分の注意を払ってウォッチし続けて来たことです。殆どの日本人は認識していませんが、オバマが大統領に就任した2008年以降、米国のアフリカ大陸再植民地化政策は、恐るべき人命損失を伴いながら、実に目覚ましい成功を収め、実際上、米国の支配下に入っていないのは、エリトリアとジンバブエのただ二国を残すのみとなりました。米国はイサイアス・アフェウェルキ大統領の独裁的政権下にあるエリトリアの政権変化(レジーム・チェンジ)を目指して、北朝鮮に対すると同じく、可能なかぎりのあらゆる圧力と制裁を加えています。しかし、このアフェウェルキという独裁者は、言ってみれば、我が偉大なる独裁政治家、徳川家康に匹敵する苛酷さと賢明さを備えた名政治家であると私は見ています。不幸にも現在の北朝鮮はこうした人材に恵まれていないのではありますまいか。ネット上でエリトリアのウォッチをする手立ては幾らもありますが、政府の機関誌「TesfaNews」を注意深く読み続ければ
http://www.tesfanews.net
かなりの事は分かります。ここから発していろいろ調査しチェックすればよいわけです。東京のエリトリア大使館のサイト、
http://www.eritreaembassy-japan.org
も役に立ちます。北朝鮮について考えようとする場合に、エリトリアに対する米国の振る舞いを参考にするといろいろな事がよく見えて来ます。エリトリアは、以前にも申しましたが、核兵器を持っていませんし、持とうともしていません。それでも、米国は国連をも操作して厳しい経済制裁を加え、いわゆる人権擁護NGOsを動員して、あらゆる嫌がらせをしています。これがオバマのやり方なのです。もし米国が使嗾する国境紛争などの軍事的内政干渉がなければ、農業や鉱業(大して資源が豊かではありませんが)や観光業を盛んにして国を守り立てて行くにちがいありませんが、米国がそうさせないのです。北朝鮮の場合も、もし、外からの異常に執拗な挑発と威嚇がなければ、同じように農業や鉱業、それに軽工業などを振興して国力を充実増大しようとするに違いありません。勿論、朝鮮半島は歴史的な外力によって二分された状態にあり、南北は依然として戦争状態が終結していません。北の人々も南の人々も、一つの国への統一が夢であるのは当然です。現在の緊張した南北朝鮮の状況について、われわれ日本人が持つべき態度の第一は、言葉の最も正しい意味での礼儀に叶った同情でなければなりますまい。
 そしてまた、北朝鮮の核軍備について、また核兵器の使用について真剣に考えようとするならば、何よりも先ず、朝鮮戦争という歴史的事件についての我々の知識の貧しさを反省しなければなりません。次回に議論を試みます。

藤永 茂 (2013年4月12日)


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