私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

シンジャルのヤズディ教徒に何が起きているか(2)

2017-03-31 21:07:08 | 日記・エッセイ・コラム
 先ず前回の終わりのところの漫画の説明を訂正します。よく見ると、ISISというサインがついた猛犬の首輪につけられた紐をサウジアラビア国王らしい人物が右手に握り、左手で犬の頭を撫でていて、その人物の首にはめられた首輪につけられた紐をオバマ大統領が握っています。つまり、サウジアラビアを通して、米国がイスラム國を操っているという図柄になっています。



 さて、前回では、2014年8月初め、ISがシンジャル地域のヤズディ教徒に襲い掛かり、虐殺が行われた際、イラク北部のクルド自治地区のバルザニ大統領のKDP(Kurdistan Democratic Party)統率下のペシュメルガがヤズディ教徒を防衛しなかったのは、不意打ちを食らって敗走したのではなく、トルコと共謀した予定の行動であったのであり、ISの残虐行為を逃れるために、シリアのロジャバ地域の東部に続くシンジャル山系の山の中に逃げ込んだ多数のヤズディ教徒をシリアのロジャバ地域(Cizire Canton)に脱出させて救ったのはロジャバの人民防衛隊とKPPのゲリラ部隊であったと書きました。その後、この地区のIS勢力は次第に南方に押し返されて、シンジャルの町は1年あまり経った2015年11月頃にはヤズディ教徒が戻って来ることが出来たようです。このIS勢力撃退の功績は、通説では、米国空軍の援護を受けたKDP統率下のペシュメルガの手柄ということになっていますが、これもおそらく意識的な偽報であって、実質的には、ロジャバ革命の人民防衛隊(YPG,YPJ)と、それに習って組織されたヤズディ教徒たち自身の自衛隊(YBŞ,YJÊ)の健闘によるものと思われます。
 前回の記事に書きましたように、この両者の真の関係は、この3月3日、イラクのクルド自治地域の大統領マスウード・バルザニ統率下のペシュメルガ勢力がヤズディ教徒とその自衛隊に攻撃をかけてきた事で一挙に表面化してしまいました。しかも、このKDP統率下のペシュメルガ部隊には誠に紛らわしい「ロジャバ・ペシュメルガ」という呼び名が付けられていたのです。ロジャバという形容詞からは、この部隊はロジャバ革命の人民防衛隊(YPG,YPJ)を後ろ盾に持っているような印象を受けますが、そうではなくて、「ロジャバ・ペシュメルガ」を動かしてヤズディ教徒たちと彼ら自身の自衛隊(YBŞ,YJÊ)に攻撃を仕掛けてきたのはマスウード・バルザニの与党KDPなのです。この「ロジャバ・ペシュメルガ」と称する武装集団がどのように発案され構成されたか、はっきりしませんが、はっきりしている事実は、この集団がヤズディ教徒たちを攻撃する命令を受けた時に、その命令に従わず、戦列を離れた兵士が多数出たということです。確かな情報ではありませんが、「ロジャバ・ペシュメルガ」の兵士たちの多くは、2014年8月初め、ISがシンジャル地域のヤズディ教徒に襲い掛かった時にシリア北部のロジャバに逃げ込んだヤズディ教徒が元の彼らの土地であるイラク北部のシンジャルの戻ってきた後で、KDPがその中の若者たちをリクルートし、金と洗脳教育で、KDP支持の武装集団員として育てられたのであろうと推測することが可能です。
 ここでもう一度、ロジャバ(シリア北部)のクルド人たちとイラク北部のクルド自治地域の大統領マスウード・バルザニ(KDPの党首)統率下のクルド人たちとの政治的対立について、復習をしておきます。バルザニは米国とトルコにべったりのクルド政治家であって、もともと、トルコの独房に投獄されているクルドのPKK最高指導者オジャランと対立し、PKKをテロ集団として敵視する人物です。シリア問題の観点から言えば、トルコのエルドアン大統領が現在最も強く願っていることは、バルザニがロジャバ(シリア北部)革命を推進しているクルド人たちを制圧してシリア北部とイラク北部を一連のクルド自治地域として占領すること、そして、そうなれば、その中にトルコ国内のオジャラン支持派のクルド人たちを強制移住させることだと私は考えています。実は米国にとっても、これは大歓迎の政治状況なのです。現時点では、ISの“首都”ラッカの攻略のためにシリア北部のロジャバのクルド人勢力(YPG,YPJ)を大いに利用し、その土地を米国地上部隊のシリア侵略占領の足がかりに使っていますが、一旦米国軍がラッカ地域の占領に成功すれば、ロジャバのクルド人勢力がそこから排除されることは火を見るより明らかです。ロジャバ革命の理念は米欧の中東支配の構想とは全く反対のものだからです。
 「ロジャバ・ペシュメルガ」に組み込まれたヤズディの若者たちが、KDPの命令で、自分たちの親兄弟に銃を向けなければならなくなった時に戦列から脱落する者が続出したのは、当然といえば当然ですが、これは、ヤズディ教徒たちの悲惨な内部分裂以上の意義を担いつつあると考えられます。ネット上で拾うことの出来るいくつかの記事を読むと、ロジャバ革命が高く掲げる理念の素晴らしさとその実現の可能性をヤズディの高齢の女性たちまでが理解し、彼女らの真の敵が誰であるかをしっかりと承知し始めているようです。米国の武力支援を得て、ロジャバの人民防衛隊(YPG,YPJ)がIS支配の恐怖から解放しているラッカ周辺の非クルド人地域のアラブ人たちも、ロジャバのクルド人たちに接し、彼らが実際に彼らのロジャバ革命の理念に従ってあらゆる人々に(もちろんヤズディ教徒たちを含めて)何らの差別もなく接することから、誰もが平和に日々の生活を営むことの出来る可能性を積極的に信じ始めているのです。
 もっと端的に言えば、こうです:ロジャバ革命を推し進めるクルド人たちは、クルド民族の独立国家の設立を目指してはいないのです。如何なる宗教伝統、文化伝統、言語伝統をもつ人々も、お互いの立場を尊重しながら隣人として生活共同体を形成できると信じるのがロジャバ革命の理念です。イスラム教シーア派もイスラム教スンニ派もキリスト教徒もヤズディ教徒も、誰かが誰かを制圧する、あるいは、虐殺抹殺しようとすることなしに生活することが可能だとするのがロジャバ革命の理念です。男性による女性の抑圧も基本的な改正を要する人間関係です。上に述べたように、米欧もエルドアンのトルコもISが撤退した後のラッカ地域をロジャバのクルド人勢力下に置くつもりは全くありません。しかし、ラッカ地域のアラブ人たち自身がロジャバ革命の理念に惚れ込み、それに従って政治的に行動するようになったらどうなるでしょうか?
 現在、マスウード・バルザニ大統領とその政党KDPが支配しているイラク北部のクルド自治地域の政府は、一般的な呼称としてKRG(Kurdistan Regional Government )と呼ばれていて、政府とその下のクルド人たちは、バグダッドのイラク政府が弱体化してクルド人の長年の夢であるクルド人の独立国家が実現することを望んでいることでしょう。そして、上述したように、これはトルコと米欧の思惑の枠内に抵抗なく収容されうる一つの選択肢と考えられます。クルド民族による独立国設立を目指すマスウード・バルザニ大統領の勢力とオジャランを思想的指導者と仰いでクルド民族の独立国家の設立を目指していないロジャバ革命のクルド人勢力とは、こうして、深刻な対立関係にあります。このクルド民族内の対立関係がシリア問題、ひいては、中東問題のこれからのピボットになって行くと私は考えます。私の心底からの願いは、今翻訳中の小冊子のタイトルの通り、ロジャバ革命という小さな鍵が中東平和、世界平和への大きな扉を開けてくれることです。すでにヤズディ教徒のクルド人に伝染したように、オジャバ革命の理念がイラク北部のクルド自治地域のクルド人たちの間にも広がって、現在のトルコ、シリア、イラク、イランの国境線がそのままに保たれたまま、三千万人を数える世界最大の“少数民族”クルド人が多数派住民である平和共存の広大な地域が中東に出現して、そのついでに、世界核戦争の危険性も次第に消えてゆく、これが私の大きな夢です。

藤永茂 (2017年3月31日)

シンジャルのヤズディ教徒に何が起きているか(1)

2017-03-25 22:23:13 | 日記・エッセイ・コラム
 現在、IS(イスラム國)勢力撲滅作戦と称する主要な戦闘が二箇所で行われています。一つはシリア北部のラッカ、もう一つはイラク北部のモスル。モスルの西方に位置するシンジャルはクルド語を話す少数民族ヤズディ教徒の居住地域でした。2014年8月、IS軍はシンジャル一帯に侵攻し、シンジャルの町やあたりの村落を襲撃占領し、千人を超える住民が殺害され、国連はジェノサイドと認定しました。多数の女性の拉致、奴隷化など、ISが犯した蛮行は広く知られるところとなりました。
 なぜISは、特に力を入れてヤズディ教徒に襲いかかったのか? ヤズディ教はイスラム教徒が悪魔とみなす異神を信仰するから、というような説明に惑わされていけません。モスルはイラク第二の大都市ですが、2014年6月、わずか1500人のIS武装集団は、その十数倍の重装備のイラク正規軍をあっという間に蹴散らしてモスルを占領し、大量の武器弾薬と市内の銀行が所有していた莫大な資産を手に入れたとされています。しかも、その2ヶ月後には特にシンジャルのヤズディ教徒に襲いかかったのは何故か? これはしっかりと考えてみる必要があります。
 まず、2014年8月はじめにISがシンジャル市に侵攻占拠した時に、ISの残虐行為を逃れるために、多数のヤズディ教徒が市の西側でシリアのロジャバ地域の東部に続くシンジャル山系の山の中に逃げ込みました。その数万人をシリアのロジャバ地域(Cizire Canton)に脱出させて救ったのはロジャバの人民防衛隊とKPPのゲリラ部隊であったのです。
 ところで、その時シンジャル一帯を守っていたはずのイラクのクルド自治地域の“国軍”ペシュメルガ(Peshmerga, 「死に立ち向かう者」の意味)はどう行動したか? 通説では、「モスルをいとも簡単に攻略したIS軍はイラクの首都バグダードに向けて南下すると見せかけつつ、一転北進に転じ、不意を突かれたペシュメルガは次々と敗北退却を続け、ISにヤズディ教徒のジェノサイドを許してしまった」ということになっています。公式の説明はさらに加えて「この状況を見るに見かねたオバマ政権は、一旦米軍を引き上げた筈のイラクに再び米軍兵力を投入し、その援護のもとに、クルドの自治地区のペシュメルガは再び何とかシンジャル市からISを排除した」ということになっているようです。
 しかし、この通説は真実ではありません。中東の専門家たちはこの虚偽を先刻承知のはずですが、我々衆愚に真実を告げてはくれません。はっきりしていることの第一は、ペシュメルガがISから作戦的に不意打ちを食らったのではなく、どこからかの命令で自主撤退をしたのです。第二に、ISをシンジャル一帯の大部分から排除したのは、ロジャバの人民防衛隊とPKKゲリラの長い時間をかけた戦闘努力の結果です。
 こうした真実の背後関係は、シンジャルをめぐる事態の最近の展開で白日のもとに曝されることになりました。この3月3日、イラクのクルド自治地域の大統領マスウード・バルザニ統率下のペシュメルガ勢力がヤズディ教徒とその自衛隊に攻撃をかけてきたのです。現地での状況は混乱しているように見えますし、現場にいるヤズディ教徒を含むクルド人たちの間でも混乱が広がっていますが、その最も重要な背後事件は、2月26−27日にトルコの首都アンカラで行われたエルドアン大統領とバルザニ大統領の会談です。そこでの合意と取引に基づいて、イラクのクルド自治地域のクルド人とシリアのロジャバのクルド人との間の内紛を本格化し、ISの力も援用して、出来ればロジャバ革命とPKKを壊滅させようというエルドアン大統領の企ての現れです。
 今にして思えば、色々のこと、もっと正確には真正の全体像が、はっきりと見通せるようになりつつあります。ロジャバ地域の中央のコバニ・カントンの中心コバニ市に向けてISが侵攻を開始したのも、シンジャル侵攻とほぼ全く時を同じくする2014年7月のことでしたが、クルド人の人民防衛隊の抵抗は意外に頑強、それでも10月中旬には、コバニの陥落は必至と思われました。しかし、人民防衛隊(YPGは男女混成軍、YPJはほぼ全員女性)は熾烈な市街戦を展開して反撃し、2015年1月末にはコバニの市街からIS兵力を排除することに成功しました。通説では、シンジャルの場合と同様、米国空軍の空からの援助空爆が戦況逆転の鍵であったことになっていますが、今の私はそうは考えません。それに、もう一つ極めて興味深い事実があります。シンジャルでは、進撃してくるIS軍に何らの抵抗も示さす自主的に撤退してISにヤズディ教徒のジェノサイドを許したバルザニ大統領配下のペシュメルガ部隊200人が、エルドアン大統領のわざわざのお計らいで、トルコ領土経由でコバニに援軍として差し向けられたのでした。Something is very fishy around here!
 ネット上でThe Syria Timesというシリア政府の公式新聞紙を見ることができます。その2017年3月7日付のコメンタリー:

Over 25 Years Of U.S. Plans To Destabilize Syria

http://www.syriatimes.sy/index.php/editorials/commentary/29474-over-25-years-of-u-s-plans-to-destabilize-syria

の中に、わさびの効いた漫画が掲げられていて、米国空軍が、シリアには爆弾の雨を、ISにはドル紙幣の雨を降らせている図や、ISISという獰猛な犬につけた手綱をオバマ大統領が手に握り、猛犬の頭をサウジアラビア国王らしい人物が撫でている絵柄もあります。手綱を握る人物にエルドアンを加えても良いでしょう。米国に象徴される世界支配志向の中枢権力はロジャバのクルド人にもしっかりと紐をつけているつもりかもしれませんが、しかし、ここに彼らの大きな誤算が潜んでいるかもしれません。次回に論じます。

藤永茂 (2017年3月25日)

Et tu, BAS ? (お前もか、BAS ?)

2017-03-17 21:05:19 | 日記・エッセイ・コラム
 The Bulletin of the Atomic Scientistsという米国の雑誌があります。その表紙を飾る世界終末時計(Doomsday Clock)の絵柄をご存知の方は多いでしょう。
 この雑誌は原子力(核力、原子核エネルギー)の人為的使用(原子爆弾、原子炉)の技術を開発した現場の科学者たち、いわゆるマンハッタン計画に従事した人々、の危機感と責任感が母体になって終戦の年1945年に生まれた定期出版物です。初代編集者は生物理学者ラビノウィッチ(Eugene Rabinowitch (1901–1973))と物理学者ゴールドスミス(Hyman Goldsmith (1907-1949))、BASはその略語です。マンハッタン計画に参加した物理学者たちと同じ責任感(罪の意識?)と危機感を共有する物理学者の端くれとして、私も随分とBASの記事を読んだものです。長い間定期購読者でもありました。
 BASについての英語版のWikipediaの記事に興味深いことが書いてあります。戦後の米国による原子爆弾の独占は1949年の9月24日のソ連に最初の原爆テストによって終りますが、BASの発刊からそれまでの時期をラビノウィッチはBASの“失敗(Failure)”の時期と規定したのでした。核兵器の国際管理を主張要求したにもかかわらず、それに失敗したからというのがその理由です。
この問題については、以前、拙著『ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者』の第8章「核国際管理の夢」で詳しく論じたことがあります。オッペンハイマーに代表される人々の誠心誠意の主張が通らず、原爆を一時期独占した米国がその期間内に核兵器の国際管理の道を開かなかったことの恐るべき禍根が、今もなお核戦争と世界の終末の可能性の下で我々を慄かしめているのです。
 オッペンハイマーのような人たちが論陣を張っていた時代、 “失敗”の時代のBASは読み甲斐がありました。その頃のオッペンハイマーの発言の幾つかを上掲の拙著から引用します:
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 科学者が研究を秘密裏に行うことに反対する理由は、科学の本質にかかわる根本的な深い所から来ているものであることを、オッペンハイマーは強調する。「それは、秘密というものが、科学が何であるか、何のためにあるかという科学の根そのものに打撃を与えるという事実から来ると私は考える。学ぶことは良いことであると信じなければ科学者ではあり得ない。知識を分かち合うこと、その知識に興味を持つ誰とでも分かち合うことが、最高に価値のあることだと考えるのでなければ、科学者であることは無意味であり、不可能である」
 次にオッペンハイマーは原爆もまた一つの新しい武器に過ぎないという考えをきびしくしりぞける。
「次のように言って現在の状況の緊急性から逃げようとする人たちがいる。つまる所、戦争というものは昔からいつも大変ひどいものだったし、兵器は今までも悪くなる一方だった。原爆もただ新しいもう一つの武器に過ぎず、それで大変化が生じるというものでもない。言うほど悪いものでもない。今次の大戦での爆撃は恐るべきものだったが、原爆でそれが大きく変わったわけではなく、ただ爆撃の効率が少しよくなっただけだ。そのうちに何らかの防護の方法も見つかるだろう。・・・・・現在の危機の特質をごまかし、大したことではないように見せかけようとする、こうした試みは、危機をなおさら危険なものにするだけだと私は考える。この危機をきわめて深刻な危機として受け止め、我々が製造を始めた核兵器が実に恐るべきものであること、それが変化を内包し、その変化は間に合わせの手直しではすむものでないことを、我々は認識しなければならないのだと私は考える。・・・・・重要な点は、核兵器が一つの場、一つの新しい場、新しい前提条件を実現する機会を構成するということにある。人びとがこの事実について語るとき、私は、ここに大きな危険があるだけではなく大きな希望もあるのであって、それこそが人びとが語るべきことであると考えるのである」。・・・・・
 つづいて、オッペンハイマーは主権国家の概念、ナショナリズムそのものが、核兵器の出現という現実と両立しないことを強調する。
「これは実に深甚な変化である。それは国家間の関係の変化であり、単なる思潮の変化、国際法の変化に止まらず、想像力と感受性の変化でなければならない」・・・・・・
 オッペンハイマーはその国際協力を実現するためには、戦勝後にアメリカ人が高唱する自由と民主主義が世界に強制されることがあってはならないと考えた。
「私が国際関係における新しい精神について語るとき、過去にアメリカ人がそのためには死も辞さなかった諸々の価値、現在でも我々のほとんどがそのためには喜んで死ぬであろう最も深いもの、我々が大切にしてきたものにもまして、それよりもさらに深いものがあることを認識するのである。それは、あらゆる所に生きる他の人間たちとの同胞としての絆(きずな)なのである」
 アメリカが原爆を独占しているという力の立場からソ連との交渉にのぞむことをオッペンハイマーは憂慮していた。
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 拙著『ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者』の第8章「核国際管理の夢」からの引用はこれで終わりますが、悪魔に魂を売って原爆の父となったというのが通説の物理学者ロバート・オッペンハイマーのこれらの言葉を意外な感じでお読みになった方々もおありのことと思います。彼の考え方を、国際政治の現実をわきまえない余りにもナイーブのものとして嗤われる向きもあるでしょう。私が科学者を一種の愚者として捉える理由の一つです。この問題は、私自身のことも含めて、重要ですから時を改めて書いてみたいと思います。
 それにしても、「我々が大切にしてきたものにもまして、それよりもさらに深いものがあることを認識するのである。それは、あらゆる所に生きる他の人間たちとの同胞としての絆(きずな)なのである」、 何という美しい言葉ではありませんか。
 今回のブログで報告するのは、BAS(The Bulletin of the Atomic Scientists)の現状に対する私の大いなる失望です。BASに去る3月3日付けで、
Kim and Assad: The chemical cluelessness of dictators
Amy E. Smithson
という記事が出ました。朝鮮民主主義人民共和国の最高指導者金正恩とシリアのアサド大統領の二人とも、化学物質を使えば証拠が残ることを考えずに、白々しく人を殺す、という意味のタイトルです。「金とアサド:独裁者の化学バカぶり」とでも訳しておきましょうか。
 記事の前半では、マレーシアのクアラルンプールでの猛毒化学物質VXによる金正男氏の暗殺事件(2月13日)が取り上げられています。後半には、化学物質で殺人を続けているもう一人の独裁者はアサド大統領で、今まで既に1500人近くを殺しているとはっきり述べてあります。
 この1500人とは大変な数字ですが、そのうちの1300人は、2013年8月21日にシリアの首都ダマスカスの近郊の反政府軍支配地域に対するアサド政府軍がサリン攻撃による死者だと米欧側がわめき立てた数字です。多数の子供達の死体がソーセージか何かのように並べられた映像も公開されました。
 この重大事件については、このブログでも
もう二度と幼い命は尊いと言うな』(2013年8月30日)
8月21日にサリンを使ったのは』(2013年9月23日)
で取り上げました。サリンで千人以上の人々を惨殺したのは、アサド政権ではなく、米欧(反政府軍)側であることを私はほぼ100%確信しています。当時米国は確かな証拠があると公言してシリア戦争に米軍を直接介入しようとしたのですが果たせませんでした。それ以来今日まで、その「確かな証拠」は提出されていません。今回のBAS記事を含めて。
 しかし、今回のBASの記事を読んだ大多数の人々は、アサド政権が2013年8月に約1300人を化学的に殺したのは事実だと思い込むでしょう。そういうふうに、巧みに全体が綴られています。この記事は、現在、ホワイト・ヘルメットを操っているのと同じ力が演出したものだと私は考え、こうした記事を、かつて、絶大な信頼を寄せていたBASが掲載したことに深い悲しみと憤りを抱きます。米欧のマスメディアの全てを掌握した悪魔の力は、BASにもその初心の忘却を強いているということです。

お前もか、BAS ! Et tu, BAS !

この記事のサイトは次の通りですが、

http://thebulletin.org/kim-and-assad-chemical-cluelessness-dictators10589

アクセス出来なくなるかもしれませんので、終わりの部分を少し長くコピーし、その結びの文章を訳出しておきます:
Quite a pair. Deaths from poison gas command attention because they cross an ethical line of warfare. But the callous duo of Assad and Kim have killed far more people through conventional than chemical means. South Korea’s Institute for National Security Strategy reports that Kim has executed more than 340 people (http://cnn.it/2m13KCc) since assuming power in 2011. Like his father before him, Kim is living luxuriously (http://bit.ly/2m1dooc) and pouring funds into North Korea’s military while his people suffer. Again, sound familiar? Last February, the Damascus-based Syrian Center for Policy Research reported the Syrian conflict had taken 470,000 lives (http://to.pbs.org/2myeWcn). The Syrian Network for Human Rights reports that government forces killed 8,736 civilians in 2016 (http://bit.ly/2mfx3CY) and it attributes an additional 3,967 civilian deaths to the Russian military, which has used air and ground forces to back Assad’s regime.
If ever a pair deserved a walloping dose of international criminal justice, it is Kim Jong-un and Bashar al-Assad. Yet on February 28, Russia, China, and Bolivia vetoed a Security Council resolution that would have barred the sale of helicopters to Syria (http://bbc.in/2mQObfB) and would have banned travel by and frozen the assets of 11 Syrian military commanders or officials (along with 10 government and other groups) that investigators have identified as responsible for chemical attacks.
The obvious response for the nine Security Council members that backed the resolution (three nations abstained) is to lead a charge outside the Security Council, rallying as many countries as possible to enact joint sanctions anyway. That course of action would open the door for the imposition of broader and tougher sanctions than those just vetoed.
Chemical fingerprints don’t lie, and the staggering carnage that Assad has inflicted on his populace for five years begs for robust penalties. Failure to uphold international law only invites more lawlessness.
「化学的な指紋は嘘をつかない、だから、この5年間、アサドが彼の国民に加えて来た、信じがたいような殺戮には断固たる罰が加えられなければならない。国際法の堅持執行に失敗すれば、さらなる無法状態を招くばかりである。」

“Failure to uphold international law only invites more lawlessness. ”!
よくもまあ、ぬけぬけとこんなことが言えたものです。ここに取り上げたBASの記事は、イスラム国の“首都”ラッカ(シリア北部)攻略を口実にして、米国軍部が間もなく実行しようとしている完全に国際法違反のシリア北部占領作戦の根回しの一部だと私は考えています。

藤永茂 (2017年3月17日)

東日本大震災から6年-被災者無視の冷酷な政治・経済-

2017-03-13 20:00:17 | 日記・エッセイ・コラム
東北地方を襲った大震災から6年、安倍首相は「区切りがついたから」と記者会見を開きませんでしたが、津波や原発の被災地の格闘は「区切りがついた」どころか今も続いています。震災記念日のNHKスペシャル「“仮設6年”は問いかける~巨大災害に備えるために~」を見ました。

https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170311_1

高齢の夫婦がプレハブの四畳半二間の仮設に暮らす姿が映されました。一間は物置に、残る一間が生活空間だそうです。東北地方ですから、部屋の壁は外の寒さから冷たくなり、結露からカビも生じるので、壁や天井の水滴の拭き掃除が毎日欠かせないそうです。仮設を出る目途も立たず、疲れ切った様子でした。「オリンピックやワールドカップは期限を決めてやるでしょ。何年の何月までって。この復興は、われわれの盛り土やかさ上げは、何年の何月までって決めたからそれまでにやるっていうわけじゃないんだ」と、東北人らしい朴訥とした表情と口調で語るご老人でしたが、この声を国の政治家たちはどのように聞くのでしょうか。

復興がなかなか進まない要因として、今回NHKが着目したのは「災害救助法」という古い法律でした。あくまで「簡易な仮設」という建前があるため、被災地の実情に合わず、長期利用をも見越した住居(例えば、プレハブではなく木造にしたり、公営住宅としても十分に使えるものにしたりする計画)を被災地自治体が要望しても国に認められないそうです。内閣府の中村裕一郎参事官(被災者行政担当)がインタビューに応じましたが、6年経過しても仮設から出られない現状を有働由美子キャスターが投げかけても、まったく当事者意識や緊張感の感じられない表情で応じていて、真摯に問題を受け止め率先して制度改正を図ろうなどという意欲が感じられない人物でした。あげくに中村参事官は、「長期入居を可能にしてしまうと、それに依存してしまい、自力再建の意欲をそいでしまう」という趣旨の発言をするのですが、被災者の苦境や被災自治体の切実な要望との間のあまりの意識のズレに、有働キャスターも聞きながら複雑な表情を示し、その後の中島俊樹記者(震災取材班)との対談でも、この参事官の発言を「腑に落ちない」と語っていました。

こうしたなか、岩手県住田町では、国の助成が得られなくても町独自に木造の仮設住宅を提供したそうです。国の助成が得られないので、こうした自治体独自の取り組みはきわめて異例だそうですが、コスト的にはプレハブ並みの金額で建設できたそうです。「地方分権」が叫ばれるようになってだいぶ経ちますが、このように、被災者本意・被災地主体の仮設住宅の建設ですら、中央の法律や官庁に阻まれているところからしても、まだまだ地方分権などほど遠いことが窺えます。

木造にこだわった仮設・復興住宅
http://watashinomori.jp/post311/report_01.html

以下は、ちょうど一年前の3月11日の日付で出された国土交通省の報告書です。その4頁目に進捗状況一覧があり、ピンク色が工事完了の比率ですが、災害公営住宅の遅れが際立っています。

東日本大震災への対応と今後の取組
http://www.mlit.go.jp/common/001122843.pdf

昨年、福岡の博多駅前の道路が陥没する大事故が起きましたが、わずか1週間で修復を終え、世界中を驚かせました。日本の土木・建設の技術は非常に高いレベルにあります。被災地の復興の遅れは、技術的なものというより、他の要因が大きいというほかないでしょう。

博多陥没が1週間で復旧、海外が絶賛「イギリスは半年かかった」
http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/15/hakata-massive-sinkhole_n_13001458.html

復興の遅れの要因としては、今回NHKが注目した、現状に合わない杓子定規の法律もその一つですが、やはり、工事を担う人手不足と人件費・資材の高騰による入札不調、それから被災自治体の担当公務員の人手不足もあるようで、このことはもうだいぶ以前からあちこちで指摘されていることです。

以下は、震災から1年半後というだいぶ以前の記事になります。このころからすでに問題は指摘されていたわけです。

被災地の建設業、業績が急降下、資材が不足、工費高騰、採算が悪化。
https://messe.nikkei.co.jp/ac/news/114075.html

以下は、会計検査院の報告書です。国も、入札不調の状況は把握しているのです。

東日本大震災からの復旧・復興事業における入札不調について
http://report.jbaudit.go.jp/org/h24/ZUIJI1/2012-h24-Z1042-0.htm

2011年の3月に大震災が起きて以降、復興を最優先に国の政策を方向づけるべきところ、この国の政治は真逆のことをしてきたと言わざるをえません。日本はもちろん市場経済の国ですから、民間の自由な経済活動が基本であることは当然なのですが、それでも、財政・金融を通じて政府の果たす役割は重要で、未曾有の大震災の際にはまさに政府の整合性のとれたグランド・デザインが不可欠だったはずです。しかし政府は、一方で復興予算を付けながら、他方で復興の足を引っ張ることをしてきました。その一つが、金融緩和と円安誘導、それが引き起こす不動産バブル。もう一つは、五輪招致や大規模再開発プロジェクトの推進です。

以下は、不動産投資信託REITと株価の推移を示したもので、2003年3月を基準にしたグラフです。リーマンショック前の円安バブルの山と同じように、アベノミクスによって大きな山が出来ていることがわかります。

東証REIT指数・東証株価指数の長期推移
http://j-reit.jp/market/02.html

ちなみに「円安バブル」の分析は、経済学者の野口悠紀雄先生が詳しいのですが、サブプライムバブルとリーマンショックは日本では米国で起きた投機の被害者という意識が強いなか、野口先生は日本の金融緩和こそが共犯関係にあったと指摘されています。アベノミクスがまたも日本と世界に惨害を引き起こすリスクは高く、経済ショックは弱者にこそ響きますから、東北の被災者への影響も大いに懸念されます。

野口悠紀雄『世界経済危機-日本の罪と罰-』(ダイヤモンド社、2008年)
https://www.diamond.co.jp/book/9784478007938.html

アベノミクス
バブル崩壊25年 「結局、日本人はバブルから何も学んでいない」
http://mainichi.jp/articles/20150326/mog/00m/020/002000c

「中央銀行の独立性」をかなぐり捨てて安倍首相とタッグを組んで突き進む黒田日銀総裁ですが、異次元の金融緩和によって円安バブルが生じ、ダブついた資金が不動産や金融商品の市場価格を引き上げ、さらに日銀の金融商品購入がそのサイクルに拍車をかけています。

日銀、REIT12銘柄で5%超保有 大量保有報告書で判明
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO02544120Z10C16A5DTA000/

日銀保有ETF、10兆円超 10月末
http://www.nikkei.com/article/DGXKASDF02H10_W6A101C1NN1000/

こうしたなか、大都市圏での再開発巨大プロジェクトは凄まじい勢いで進みます。

五輪控え“東京大改造” 再開発ラッシュ、日本一の高層ビルも
http://www.iza.ne.jp/topics/economy/economy-8048-m.html

「10兆円効果」再開発支える低金利、大手不動産の借入金バブル超え
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-05-19/O71NLF6JTSEL01

経済活動の資源(資金、資材、マンパワー)には限りがあります。経済学の教科書では最初の方で習う「トレード・オフ」の問題です。限られた資源に対して需要が上昇すれば奪い合いになり価格が高騰するのは当然のこと、「大震災の復興」を最優先に掲げるのであれば、そうした弊害を少しでも抑制する方向での経済政策のかじ取りが求められたのですが、この間に進められてきたのは真逆の方向でした。異次元の金融緩和で不動産バブルをあおり、五輪や再開発といった大規模プロジェクトでさらにあおっていくというものでした。バブル長者を生み、数億円の超高級マンションの即日完売が続く一方、しわ寄せを受けたのは被災地の自治体と被災者たちで、公共工事の進捗は大幅に遅れ、6年経った今でも仮設のプレハブ住居では冒頭のNHKスペシャルが伝えたような惨憺たる状況が続いています。

心底怒りを覚えるのは、五輪招致に本格的に動き出した時期が、東日本大震災の直後だったということです。被災地の反対を抑えるため根回しに動き回り、ご存知のとおり、滝川クリステルや有名アスリート、はては高円宮妃までPR役にかつぎだし、海外の有力者に巨額のコンサルタント料(賄賂)を渡すなど怪しい金を動かしながら招致にこぎつけたという経緯でした。その後の、競技場問題、エンブレム問題、膨れ上がる開催費用問題などは言うまでもありません。

2020年東京オリンピック構想
https://ja.wikipedia.org/wiki/2020%E5%B9%B4%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E6%A7%8B%E6%83%B3#.E7.B5.8C.E7.B7.AF

しかも、大会組織委員長の森喜朗と大手ゼネコンとの汚い関係も取り沙汰されています。記事には利権にむらがる怪しい面々が並びます。

東京五輪3兆円超えの戦犯・森喜朗のもうひとつの疑惑! 五輪の裏でゼネコン、電通と「神宮外苑再開発」利権
http://lite-ra.com/2016/10/post-2601.html

大型プロジェクトの利権に与ろうとする人間は日本中どこにもいるようで、大阪では万博やカジノなどの構想が浮上しています。

2025年万国博覧会の大阪招致構想
https://ja.wikipedia.org/wiki/2025%E5%B9%B4%E4%B8%87%E5%9B%BD%E5%8D%9A%E8%A6%A7%E4%BC%9A%E3%81%AE%E5%A4%A7%E9%98%AA%E6%8B%9B%E8%87%B4%E6%A7%8B%E6%83%B3

大阪万博「カネがないならカジノで賄え」論 関西財界で急浮上
http://www.sankei.com/west/news/161206/wst1612060002-n1.html

これではますます、人員・資材不足、人件費・資材高騰、入札不調などを悪化させ、復興の足をさらに引っ張ることになるでしょう。経済というものは微妙な連関のなかにあるわけですから、政策を個々バラバラに動かしていても整合性がとれなくなるのは当然のことです。一方で「被災地の復興を図っています」「復興予算をいくら付けました」などと言っても、他方で、被災地で実際に復興工事が進捗することへの妨害となるような政策を推進していては意味がありません。

大震災から6年、生まれたての赤ん坊が小学校に入学するまでの歳月です。小学1年生が中学生になるまでの歳月です。博多駅前の大陥没が1週間で修復できたのに、東北の被災者たちにはいつまで待たせるつもりでしょうか。世界でも上位の経済大国であり技術先進国のこの日本で、いまだに東北3県で仮設住居で暮らす人たちが3万世帯以上、プレハブ仮設で暮らす人たちが1万7千世帯以上(原発事故の自主避難者を除く数字)という現実は異常としか言いようがありません。この国の冷酷な政治・経済の結果であることは間違いありません。

<震災6年>3県仮設入居いまだ3万3748世帯
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201702/20170227_73027.html

藤永先生はこれまで、主要大国が華々しく踊る外交の表舞台ではなく、コンゴ、エリトリア、ジンバブエ、ハイチ、キューバ、北朝鮮、リビア、シリアといった小国や周縁で起きていることのなかにこそ、大国の真の姿、世界の現実を映す鏡がある、ということを示してくださいました。同様に、安倍政権の真の姿、日本の政治・経済の現実をまざまざと映し出すのは、沖縄であり、福島であり、被災地である、ということなのだと感じます。

藤永先生のブログに以前に登場しましたウルグアイのホセ・ムヒカを思い出します。ムヒカでしたら、雪国のプレハブ仮設に高齢の夫婦を住まわせ続けることなどけっしてしないはずです。ムヒカでしたら、被災者・被災地そっちのけで、五輪だ、万博だ、カジノだ、超豪華マンションだ、大都市再開発だ、などという政策はとらないはずです。「復興には予算が必要だ」「経済効果のある政策が必要だ」などというのは、利権や欲得まみれの人間たちの方便にすぎず、我々はそうした弁明に惑わされてはいけません。弱者最優先の政治ができるかどうかは、国の経済規模がどうかということよりも、まずもって政治家の倫理の問題です。

櫻井元      (2017年3月13日)

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を静かにさせるには

2017-03-09 18:30:05 | 日記
 暗殺事件についての騒ぎ方、ミサイル発射についての騒ぎ方を見ていると、つくづく今の世はとことん消費文化の世界だなと痛感します。我々愚鈍な大衆のために消費文化財としてのニュースが山のように供給され、我々は飽きることなく喜んで消費を楽しんでいます。どこまでが本当の話か、一人の男が殺されたということ、北朝鮮が日本国内の米軍基地攻撃を目指すミサイルの発射テストを行ったこと、米軍が北朝鮮への上陸侵攻作戦の演習を大々的にやっていること、こうした幾つかの物理的事実の他には、疑うことの出来ない事柄はありません。
 マレーシアでの事件について、あれこれの疑問を呈することは容易なようです。例えば、次のスタンフィールド・スミスという人の論考を一瞥するのも精神の健康に良いかもしれません。

http://dissidentvoice.org/2017/03/the-dubious-story-of-the-murder-of-kim-jong-nam/

 北朝鮮については、2013年2月から4月にかけて、このブログで書いたことがあります:
『寄ってたかって北朝鮮をいじめるな』(2013-02-27)
『再び北朝鮮のこと』(2013-04-12)
『年中行事「米韓合同軍事演習」』(2013-04-17)
この問題についての私の考えは、4年前から殆んど何も変わっていません。『再び北朝鮮のこと』の一部を以下に転載します:
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 挑発し威嚇しているのは北朝鮮ではなく、米国です。米国は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)という国を滅ぼすことを目標にして、あらゆる圧力を北朝鮮に加え、ありとあらゆると術策を弄して北朝鮮に迫っています。北朝鮮は、核兵器による戦闘攻撃の能力を備えることが出来たと内外に声明し、その事を唯一の拠り所にして、米国の意図に抵抗し、生き延びようと必死の努力を続け、パニック状態寸前の気配すら感じられる所まで来てしまいました。
 以上の私の状況判断は米国とそれに追随する諸外国の政府見解やマスコミ報道と180度違いますが、私の見解の方が正しいと思います。私の米国批判(非難)の姿勢は進んで公言してはばかりませんが、私はイデオロギー的な北朝鮮支持者ではありません。私の見解が正しいと主張する理由は他にあります。その第一の理由はアフリカ大陸諸国、特にアフリカの北朝鮮としばしば呼ばれるエリトリアと米国大統領オバマを、この数年、十分の注意を払ってウォッチし続けて来たことです。殆どの日本人は認識していませんが、オバマが大統領に就任した2008年以降、米国のアフリカ大陸再植民地化政策は、恐るべき人命損失を伴いながら、実に目覚ましい成功を収め、実際上、米国の支配下に入っていないのは、エリトリアとジンバブエのただ二国を残すのみとなりました。米国はイサイアス・アフェウェルキ大統領の独裁的政権下にあるエリトリアの政権変化(レジーム・チェンジ)を目指して、北朝鮮に対すると同じく、可能なかぎりのあらゆる圧力と制裁を加えています。しかし、このアフェウェルキという独裁者は、言ってみれば、我が偉大なる独裁政治家、徳川家康に匹敵する苛酷さと賢明さを備えた名政治家であると私は見ています。不幸にも現在の北朝鮮はこうした人材に恵まれていないのではありますまいか。
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 北朝鮮について考えようとする場合に、エリトリアに対する米国の振る舞いを参考にするといろいろな事がよく見えて来ます。エリトリアは、以前にも申しましたが、核兵器を持っていませんし、持とうともしていません。それでも、米国は国連をも操作して厳しい経済制裁を加え、いわゆる人権擁護NGOsを動員して、あらゆる嫌がらせをしています。これがオバマのやり方なのです。もし米国が使嗾する国境紛争などの軍事的内政干渉がなければ、農業や鉱業(大して資源が豊かではありませんが)や観光業を盛んにして国を守り立てて行くにちがいありませんが、米国がそうさせないのです。北朝鮮の場合も、もし、外からの異常に執拗な挑発と威嚇がなければ、同じように農業や鉱業、それに軽工業などを振興して国力を充実増大しようとするに違いありません。勿論、朝鮮半島は歴史的な外力によって二分された状態にあり、南北は依然として戦争状態が終結していません。北の人々も南の人々も、一つの国への統一が夢であるのは当然です。現在の緊張した南北朝鮮の状況について、われわれ日本人が持つべき態度の第一は、言葉の最も正しい意味での礼儀に叶った同情でなければなりますまい。
 そしてまた、北朝鮮の核軍備について、また核兵器の使用について真剣に考えようとするならば、何よりも先ず、朝鮮戦争という歴史的事件についての我々の知識の貧しさを反省しなければなりません。次回に議論を試みます。

藤永 茂 (2013年4月12日)
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上に書いたことについて少し付け足しておきます。まず、「言葉の最も正しい意味での礼儀に叶った同情」とは、単に「まあお気の毒に」と思うのではなく、日本人として、過去の事実を踏まえ、また、日本の東北地方と北海道が他の部分から人為的に分離してしまった場合を想像して、朝鮮半島の人々とその痛みをする共有するように努力する、ということを意味します。
 マレーシア当局が証拠不十分のまま拘留期限が切れたとして釈放した北朝鮮国籍の人は、たしか、Choiという名前でした。私が在職したカナダのアルバータ大学でチョイさんという韓国人の夫妻とお知り合いになりました。人間的に実に気持ちの良い立派なご夫婦でした。化学教室内の地位では、チョイさんは万年ポストドックのような立場、私は教授でしたが、理論化学者としての力量は、その鋭さにおいて、むしろチョイさんの方が上だったかもしれません。チョイさんのお父さんは終戦前の朝鮮で反日的な思想の持ち主として当局から睨まれた経験を持った人物だったようです。一方、奥さんのお父さんは京都大学出身で戦後の韓国政界とも関連があったと聞きました。前にも書いたことがありますが、チョイさんは「中国語と違って、朝鮮語の語順は日本語に似ているから」と私を励まして、朝鮮語の個人レッスンを始めてくれたのですが、私がダメで続きませんでした。今でも私はそのことを後悔しています。
 終戦前、終戦後の朝鮮半島の歴史について我々はあまりにも無知です。
朝鮮戦争での北朝鮮の一般市民に対する米軍の暴虐については、上掲のブログ記事『年中行事「米韓合同軍事演習」』(2013-04-17)に少し書きましたので読んでいただければ幸いです。今日付け加えたい事項は米国海軍の戦艦ミズーリなどがその巨大口径の艦砲の一斉射撃による北朝鮮陸地攻撃です。これについてはネット上に多量の情報がありますので興味のある方は見てください。
実は英文学の傑作とされるコンラッドの小説『闇の奥』にも、本質的にこの艦砲射撃と同質の言語道断の蛮行が描かれています。


藤永茂 (2017年3月9日)