私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

スリック・ウィリー・クリントン(2)

2011-01-26 10:26:14 | 日記・エッセイ・コラム
 ポール・ファーマーの論文「5 Lessons From Haiti’s Disaster(ハイチ災害からの五つの教訓)」の紹介を続けます。第2の教訓は、
2. Don’t starve the government.(政府を餓死させるな)
です。ざっと訳出します。
「国際社会が一番よく分かっているわけではない。その土地の人々が一番分かっているのだ。私のPIHのようなNGOも,UNも他の何者も、その国の政府に代わることは出来ない。我々にはその機能がないし、いつまでもその地に留まってはいない。共同社会を建設することについて、我々は、その土地の人々と同じような身の入れ方をすることはない。そして援助が利いたにしても、その共同社会はよそ者が去る時に崩壊するわけには行かない。この点では殆ど誰もが同意見だろう。しかし、反対のアプローチがハイチ救援を特徴づけている。金の使われ方を見ると本当の話がわかる。20億ドルを超える約束された義援金のうちの僅か0.3%だけが現地の当局に渡されているに過ぎないのだ。献金主の中には、ハイチ政府は腐敗しているから,金をつぎ込んでも悪くなるばかりだとする向きもあるが、しかし、我々は、国の公営企業を弱めるのではなく、強化する必要がある。そうしない限り、ハイチはNGOs の共和国のままだろう。」
ハイチでNGO が何をしているか?これは大問題です。ファーマーが「Haiti will remain the republic of NGOs.」という時、何を意味しているのか。いま世界中の1万以上のNGOsがハイチに手を突っ込んでいるそうです。膨大な額にのぼると期待される義援金をなるだけ多く掬い取ることを狙ってのことです。この、世界中にはびこるエヌ・ジー・オー産業の実態に、我々はあまりにも無知のままに止まっています。
 以前(2008年9月10日)に、『伊藤和也さんは他のNGOに殺された』という表題のブログでNGO の問題を論じたことがありましたが、その時に私がとった否定的見解の正しさは日増しに確認され続けています。ハイチの政府の機能が壊滅状態で、震災後の救援復興が国連軍(MINUSTAH)と多数のNGOs によって行なわれている時、何故ハイチの民衆が「国連出て行け!NGOs 出て行け!」と叫んでいるのか?それには充分の理由がある筈です。その理由の一つは第四の「教訓」の中に出て来ますが、その前に第三の「教訓」を読みます。:
3. Give them something to go home to.(彼らが元の所に戻るよう何かを与えよ)
「いま百三十万人のハイチ人がひどい状態のテント生活をしているが、誰も彼らが元の所に戻るように説得することが出来ない。なぜ立ち去ろうとしないのか?彼らを元に引き戻す何ものもないからだ。家が倒壊して移住を強いられた人々の多くは借家住まいで、とても不利な条件で悪い家主に借金もあり、近所に学校も診療所もなかった。皮肉なことに、テント村でハウジングとか教育とか医療が与えられている場合がある。7万のテントが供与され、NGOs から食糧や衛生キットを得ている。もしこの種のサービスが市や町や村に存在しないとなれば、テント村は彼らの半永久的な住居になるとも考えられる。」
ここで顔を出しているのは、デュヴァリエ父子(パパ・ドック、ベイビー・ドック)の名で広く知られる独裁暴政の基盤であった支配ハイチ人上層階級で、今も昔と同じく米欧の植民権力と密接な関係を保って、一般国民の搾取を続けています。大震災後、行き場所を失った被災貧民が富裕階級のゴルフ場で避難生活を始めたのですが、その多くが無慈悲にも追い出されてしまいました。最新のニュースですが、国外(フランス)に追放されていた息子デュヴァリエがハイチに帰って来た様子です。これは、昨年11月28日のアメリカ/国連主導のインチキ選挙に関連して大変なニュースなのですが、改めて取り上げます。私の目には、単にハイチに関する事件ではなく、シンボリックには国際政治史的に実に重大なニュースに映ります。その歴史的意義を、鋭敏な国際関係専門記者が明確に報じれば、一種の大スクープとなること間違いないと思うのですが。
4. Waste not, want not. (無駄をするな,貪るな)(この和訳自信なし。乞教示)
「援助金の少なくとも半分は、しばしばそれ以上さえが、間接諸経費に食われて、受け取るべき人々に多分届くことはない。こんな事が運営計略として許容されるビズネスや企業を私は聞いたことがない。同じく腹立たしいのは、時々援助金が全く立ち消えになってしまうことだ。2010年度に約束された寄付金について、ハイチは今日までその38%しか受け取っていない。災害から9ヶ月経った今も、ハイチ復興にアメリカで寄付された金の1セントもまだ支出されていない;支出承認に手間取っているのだ。あなたの予算組みがよその国の政治的気まぐれに翻弄される状況下で被災荒廃した国の再建を画策する苦労を想像してご覧なさい。」
まず、原文の[eaten up by overhead] の“overhead”という言葉、これは「ピンはね」と訳したほうが適切だと思うのですが,手許のどの辞書にもそうした意味は出ていません。ある意味で参考になるのは、COBUILD 英英辞典にある説明です。:
「The overheads of a business are its regular and essential expenses, such as salaries, rent, electricity, and telephone bills.」
これは、ビズネスのオーバーヘッドとは、元来、通常の必要経費を意味する言葉であるべきものだということです。上の第4の教訓で言われていることは、第2の教訓の「ハイチはNGOs の共和国」という表現につながります。いまハイチの復興事業を請け負っているのは大小無数のNGO たちであり、彼らが援助費の半分、またはそれ以上を食い尽くしているのです。一流NGO の職員は、一流国際的企業の職員と同じだと考えるのが一番真実に近いのです。大抵の場合、それは高収入の職業に就くことと同じなのです。行く先がコンゴであれ、ハイチであれ、彼らは土地最高のホテルに宿泊し、そこを救済事業のオフィスとして仕事をします。一流のNGO は運営をうまくやるために一流の有能な企業経営者を幹部に迎えます。そうした人々が、どのようなレベルのサラリーや出張費を“必要な(essential)経費”と考えるか、皆さんの想像に任せます。ハイチに足を突っ込んでいるNGOs や諸々の慈善団体が受け取る資金が、その使途を明らかにされないままに、ひどく浪費されている実態を、現地での個人的体験に基づいて描写報告した本が、アメリカの人類学者によって出版されています。:
Timothy t. Schwartz, Ph.D. : TRAVESTY in HAITI (BookSurge Publishing, 2008) 
この中には,すぐには信じ難い事柄が多数報告されていますが、時を改めて紹介しましょう。今回の大震災以前からこの乱脈が続いているのです。震災で巨額の援助資金がハイチに集まると知って、屍にたかる蝿、あるいは禿鷹のようにハイチに群がったNGO の総数は1万を超えるとされています。希有のビズネス・チャンスだからです。
 私が、ポール・ファーマーについて許せないのは、上の教訓4の終りに「あなたの予算組みがよその国の政治的気まぐれに翻弄される状況下で被災荒廃した国の再建を画策する苦労を想像してご覧なさい」と書いていることです。この人は、今、ハイチの救済復興を一手に統合している暫定ハイチ復興委員会の頭目クリントンの右腕の地位にあります。“よその国”の筆頭はアメリカなのです。他人事ではありません。自分のことなのに、さも自分が苦労して困っているように見せかけようとする、その根性の卑しさに私は嫌悪を覚えます。あなた達の故に言語に絶する苦難を強いられているのはハイチの一般民衆です。
 まだ最後の第5の「教訓」が残っていますが、次回に検討することにします。
[緊急付記]
上の本文の中で
「最新のニュースですが、国外(フランス)に追放されていた息子デュヴァリエがハイチに帰って来た様子です。これは、昨年11月28日のアメリカ/国連主導のインチキ選挙に関連して大変なニュースなのですが、改めて取り上げます。これは、私の目には、単にハイチに関する事件ではなく、シンボリックには国際政治史的に実に重大なニュースに映ります。その歴史的意義を、鋭敏な国際関係専門記者が明確に報じれば、一種の大スクープとなること間違いないと思うのですが。」
と書きましたが、1月23日のマイアミ・ヘラルド紙に Haiti Action Committee という団体が『An urgent call: Return former President Jean-Bertrand Aristide to Haiti. (緊急要請:前大統領ジャン- ベルトラン・アリスディドをハイチに帰国させよ)』という一頁声明を多数の有名人の署名と共に出しました。それにはハリー・ベラフォンテやダニー・グローバーのような日本でもよく知られた名前が含まれています。私の目についた幾つかを並べてみます:Eduardo Galeano, Ramsey Clark, Ward Churchill, Ezili Danto, Bill Fletcher, Peter Hallward, Tom Hayden, Cynthia McKinney, Mark Weisbrot, Rev. Dr. Jeremiah Wright, …私にとっての驚きはガレアーノと一緒にポール・ファーマーが名を連ねていることです。これは一体何を意味するのか? 気を落ち着けて考えてみるつもりです。

藤永 茂 (2011年1月26日) 


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スリック・ウィリー・クリントン(1)

2011-01-19 10:36:56 | 日記・エッセイ・コラム
 前回に約束した、雑誌『Foreign Policy』の2010年12月号に掲載されたポール・ファーマーの論文「5 Lessons From Haiti’s Disaster(ハイチ災害からの五つの教訓)」の紹介を始めますが、何故このタイトルか、やがて分かります。
 初めてこのブログをお読みの方は、前々回『ポール・ファーマー、お前もか』と前回『ハイチの今とこれから』をお読みいただければ幸いです。上掲のポール・ファーマーの論文を書いた時の著者の苦衷を察するためには、執筆の時点で彼がどのようなオフィシャルな地位を占めていたかを知っておく必要があります。ポール・ファーマーは、ハイチの一般市民を言葉に尽し難い窮状に追いつめている政策の実行チームの主要メンバーの一人なのですから。いや、彼がこの文章を苦悩に苛まれながら書いたという私の想像は全く外れている可能性があります。今この時点でこの文章を発表するという行為に踏み切るという厚顔さこそポール・ファーマーという人物の真顔なのかも知れません。転ぶ人の殆どは、実は、ことの始めから転んでいるのかも知れません。
 今からポール・ファーマーの論文の「五つの教訓」を一つ一つ調べてみます。
1. Jobs are everything. (稼ぎ仕事がすべてだ)
抄訳します。
「人間だれでも金がいる。毎日、食べ物と水を買うために必要だ。政府や援助産業(the aid industries )がどんなに一生懸命頑張ってみても、民衆は、雇用されるまでは、金、食べ物、水の三つすべてを欲しがるだろう。1月12日の大震災後、世界は8500億円をハイチ復興に寄付すると約束した。この金でどんなに多くの民衆を雇えるか、想像してごらんなさい。瓦礫を取り除く仕事(今日までに瓦礫のたった2%しか除去されていない)に働かせるとか、主要な政府建物を立て直すとか、殆どすべての森林を伐採して裸になってしまった国土に植林するとか。ところが今日までのところ、たったの11万6千人しかそうした仕事に雇用されていない。ハイチの人口は980万、地震の以前でさえ,失業率は5割以上だった。もし、我々が、彼らに生業を与えることを唯一の目標として努力を集中し,他のことは何もしなかったにしても、ハイチの復興は成功と呼べるだろう。」
 いまアメリカと国連、つまり、いわゆる国際社会の対ハイチ政策を牛耳っている第一人者はハイチ派遣国連特命大使William Clinton で、ポール・ファーマーはクリントンの要請を受けてその副特命大使になりました。クリントンの就任は2009年5月、ファーマーの任命は同年9月(8月?)で大震災より前であることに注目しましょう。ずっと以前のブログ『ハイチは我々にとって何か?(6)』に書きましたが、国連事務総長バン・キムン(BAN KI-MOON)は、2009年3月31日のニューヨーク・タイムズに“Haiti’s Big Chance(ハイチの大きなチャンス)” と題する注目すべき論説を寄稿しました。乱暴に要約すれば、「ハイチの低賃金労働をフルに生かして、輸出用の衣料製品を生産するチャンスだ」というものです。バン・キムンはその成功を確信しているようで、「我々はそれがうまく行くのをバングラデッシュで見た。それは、衣料産業が250万の職を支えていることを誇っている。ウガンダでもルワンダでもうまく行った。」と書いてあります。2009年9月、ポルトープランスで国連特命大使クリントン主導の下に開催された「投資家会議」には、我々にも親しいギャップやリーヴァイなどの大衣料メーカーを含む二百社にのぼる会社からの出席者がありました。しかし、その時点では、「まだハイチの治安の悪さが心配だな」という意見が支配的だったそうです。その5ヶ月後に今度の大震災、すかさず、強力な米国軍によるハイチの占領が始まりました。この占領でハイチの治安が保証されれば、衣料メーカーによる大規模の資本投資が実現するでしょう。米国資本は、今度の大地震が“天が与えた好機”となる可能性を見ているのであり、それはクリントン/バン・キムンの路線でもあります。貧困国、あるいは、都市の貧民居住地区が大天災に見舞われたのを好機と捉えて、一挙にネオ・リベラルな経済発展政策を押し付けるというやり方です。カトリーナ颱風に襲われたニューオーリンズで実施されている政策です。
 国連事務総長バン・キムンの論説は、ハイチについての特任顧問であるPaul Collier (オックスフォード大学経済学教授)による2009年1月に国連事務総長宛の報告書『ハイチ:自然の大災害から経済的安寧へ(Haiti: From Natural Catastrophe to Economic Security)』に直接基づいています。タイトル、目次を含めて19頁の論文ですが、これは現代の植民地経営と奴隷制継続のマニフェスト、いやマニュアルと言うほかはありません。ここで言う「自然の大災害」とは、今度の大地震ではなく、2008年のハリケーン襲来で、ハイチの道路などのインフラや食料生産が壊滅的な損害を受け、生活に窮した貧困民の数が急増し、農村人口がますますポルトープランス周辺に集中してきたことを主に指しています。前回のブログでシテ・ソレイユ(太陽の町)の発祥とそのスラム化のお話をしましたが、外国資本と富裕支配層の言うままになる政府が出来た今、かつて試みた超低賃金労働者を使役する衣料製造産業を再び起こして製品を輸出しようというのが、コリヤ教授のアイディア、つまり、ギャップやリーヴァイなどの大衣料メーカーがポルトープランス周辺の産業パークに工場を造って、安い実費でどしどし衣料を製造し、ハイチの直ぐ北にある大消費マーケットのアメリカ合州国を筆頭に、世界中に売りまくろうというわけです。この着想に関連するコリヤ教授の論文の一部を訳出します。:
■ もちろん、マーケットへのアクセスだけでは十分でなく、生産コストが世界中で競争出来なければならない。しかし、ここでもファンダメンタルは実に好都合だ。衣料品製造コストで最大の成分は労働力だ。その貧困度と比較的に無統制の労働力市場のため、ハイチの労働力コストはグローバルな基準である中国と充分に競争できる。ハイチの労働力は安価であるだけでなく、その質も良好である。実際の所、かつてハイチの衣料産業は現在の規模よりはるかに大きかったから、技能経験を持った大きな予備労働力が現存するのである。■
冷徹な経済用語が使ってありますが、砕いて言えば、大自然災害で打ちのめされた貧困大衆は、奴隷的低賃金の仕事にも飛びついてくるから、これを使わない手はない、というわけです。「技能経験を持った大きな予備労働力が現存する」というのは、主にシテ・ソレイユの住民達を意味します。先述のように、アリスティド大統領の復位の条件として押し付けたネオ・リベラル経済政策の下で、1990年代に、今回のコリヤ提案と同じことが試みられ、シテ・ソレイユ地区に衣料製造工場が出来たのですが、よく言うことを聞かなくなったアリスティド大統領を懲らしめるために、工場は閉鎖され、技能を身につけた人たちは一挙に失業してしまいました。コリヤ教授が、はなはだ好都合という大きな予備労働力とはこの人たちのことです。
 コリヤ報告から1年後、ハイチはハリケーンを上回ると自然災害-大震災-に見舞われました。貧困大衆に奴隷労働を押し付ける条件は、コリヤ教授の言葉使いに従えば、ますます良好になりました。最大のポイントは治安の維持です。コリヤ報告書の序文で、国連軍MINUSTAH がポルトープランス周辺の治安を安定させた功績が讃えられています。今度の大地震の直後、1万を超える米軍が急遽派遣されたのは、その治安が壊されないようにするためでした。
 ハイチ復興政策の実施についてはクリントンのナンバー2の側近(副特使)であるファーマーがクリントン/バン・キムンの基本プランを知らなかったとは考えられません。だとすれば、大地震直後、米軍が国際空港を独占して、救援物資が搬入できなかったことを、さもそれに抗議するかのようにロサンゼルス・タイムズ記者に語った時、ファーマーは狡猾な演技をしていたのだと私が今になって勘ぐるとしても不自然ではありません。ハイチ復興のクリントン/バン・キムンの基本プランがポール・コリヤの提言に基づいていることを認識し、ファーマーもそれを知っての上で、大震災からほぼ1年後の時点で彼が数え上げる五つの教訓の第一を読むと、その空々しさに腹が立ちます。一年たってもひどい混乱状態にあるハイチに関して報じられる統計的数字は不確かさの多いものばかりですが、復興事業の総元締の一人であるポール・ファーマーが「今日までに瓦礫のたった2%しか除去されていない」と言ったのは驚きで、私はあれこれの報道記事から20%あたりと踏んでいたのですが。地震による死者数もこれまでのマスコミ主流では20万人ほどということになっていましたが、数日前の“公式”発表では32万人とされ、コレラによる死者も3700人に達していることになりました。ポール・ファーマーは約1千万の人口のうち、復興資金で仕事を与えられているのは僅か12万人であることを嘆きますが、役柄としては彼自身が財布の口を握っている人間の一人なのです。彼の文章をウッカリ読んでいると、彼が「約一兆円の復興義援金を,復興事業にハイチ人を雇う費用にそっくり当ててしまうだけでも成功だ」と本気で考えているように思えますが、そう読むのは間違いでしょう。コリヤ教授のハイチ復興プランの実現のためには、アパレル産業と観光産業のために、極端な低賃金に甘んじる大きな労働人口を温存確保しなければなりません。21世紀に適した形態の新しい奴隷制度です。ネオ・スレイバリーです。ファーマーはまた「殆どすべての森林を伐採して裸になってしまった国土に植林する」と言いますが、ハイチの山野の濫伐は、ハイチ人のエコ意識の欠除からおこったことではありません。アメリカの自分勝手なネオ・リベラル農業政策によってハイチの米作農民が生業を奪われ、浮遊失業者としてポルトープランスのような都会周辺に移住し大スラム地域を作ったのがそもそもの原因です。ファーマーが貧者医療のNGOであるPIH(Partners In Health)を運営してきた過去20年の間にその残酷なプロセスは進行したのですから、彼は事情をよく知っていた筈です。しかし、都市周辺の元農民の貧困者を元の農地に返し、地産地消の米作を復興させることは、コリヤ/バン・キブン/クリントン/ファーマーのハイチ復興プランに含まれている筈がありません。しかも、自足自給の米作の復興こそが、ハイチ人民の強い願いの一つなのです。ここで、私が、ファーマーの発言のねじれ曲がった偽善性を責めたとしても、おそらく、勇ましい反論の言葉は帰っては来ないでしょう。勿論、私の側がもっと素直にファーマーの「教訓」を読んで、この1年で彼が学んだ教訓を生かしてアメリカ/国連のハイチ復興政策が変更されるという期待を持ってもよいのかもしれませんが、クリントンが牛耳る暫定ハイチ復興委員会(IHRC, the Interim Haiti Reconstruction Commission )がその方向に軌道修正をする可能性は極めて少ないと私は考えます。この予測が当っているとすれば、ポール・ファーマーのあと4つの「教訓」はますます pathetic な響きを増すばかりです。また次回に。

藤永 茂 (2011年1月19日)


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ハイチの今とこれから

2011-01-12 11:22:26 | インポート
 ハイチを強烈な大地震が襲ったのは丁度1年前の2010年1月12日、死者25万人以上、負傷者数十万人、2百万人以上が家を失い、1年経った今も百万を超える人たちがテント生活を強いられています。テント村に住む家族の75%は日々の食べ物にも事欠き、45%は未処理の水を飲み、30%は非衛生な便所を使っているそうです。国際空港の周辺と上層階級の住宅地区の瓦礫は片付けられましたが、全体としては瓦礫の80%はそのままの状態だといいます。世界各国からの民間義援金は莫大な額にのぼった筈でしたが、例えば、クリントン・ブッシュ・ハイチ基金が集めた5千2百万ドルのうち、昨年11月現在では、その6百万ドルしか使われていず、アメリカ政府が約束した10億ドルの援助資金からも約10%しか実際の出費が行なわれていません。これに較べると、ポール・ファーマーの医療NGOであるPIH(Partners In Health)は、震災後に集めた義援金8千6百万ドルの三分の一を使ったそうですから、まだましの方です。これでは一般住民の生活環境の復興が進まないのも当然、この出し渋りの理由については次回に論じるつもりです。
 昨年10月上旬には熱帯暴風雨「トマス」が各地に暴風と洪水をもたらし、中旬からコレラが急激な流行を始めました。コレラ菌はMINUSTAHの名で知られるハイチ占領国連軍にネパールから参加した兵士が持ち込んだものらしく、現在までに死者は3700人を超えています。この伝染病惨禍のただ中で、国民の強い反対にもかかわらず、昨年11月28日、ハイチ大統領選挙がアメリカを先頭とする、いわゆる国際社会によって強行されました。選挙と呼ぶに値しないこの政治的虚偽行為については、強行直前の11月24日付けのブログ『スーチーとアリスティドとカガメ』に既に書きましたが、その断片を引用します。:
■ その年(1994年)の夏、アリスティドの政党ファンミ・ラバラスは議員選挙に勝利を収め、2000年11月26日、今度は92%の圧倒的得票でアリスティドは大統領に再選されます。民衆の支持を得て、アリスティドは米英、フランス、カナダの意向に逆らう政策を重ねて行きましたが、2004年1月1日、ハイチが奴隷反乱(世界史で唯一成功した奴隷反乱)でフランスから独立した200年記念を祝った一ヶ月後の2月5日、欧米を後ろ盾とする大規模の反アリスティド政府の争乱が起り、その騒ぎのただ中の2月29日、アリスティド夫妻は強制的に米国空軍機に乗せられて遠くアフリカ大陸中部の元フランス植民地であった中央アフリカ共和国に連れ去られました。その後、アリスティド夫妻は南アフリカに移され、国の客人として普通の市民と同じ生活をしているようですが、国外旅行は許されていません。旅券が出ないのです。本年初頭のハイチ大地震の後、ハイチ国内ではアリスティドの帰国を望む声が強くあがっているのですが、オバマ政府はダンマリを続け、南アフリカ政府に旅券を発行させる気配は全くありません。この11月28日には総選挙がありますが、アリスティドは遠いアフリカの地に軟禁されたままで、彼の政党ファンミ・ラバラスは選挙から完全に閉め出されています。アメリカ政府の傀儡が大統領になるのは見え透いたことです。■
選挙が強行されてから一ヶ月後の今、私の観察の要点を言えば、アメリカ政府/国連は、再選の許されない現大統領に代わる傀儡として、Jude Celestin (セレスタン) という中年の男を選び、インチキ選挙の当て馬として70歳の知名女性 Mirlande Manigat (マニガ)を当てがい、第一回投票の後、2011年1月16日にセレスタンとマニガの間で決戦投票が行なわれるというシナリオを作り上げてから、11月28日を迎えたと思われます。ハイチの人々だけではなく、世界中の人間を全く馬鹿にした暴挙の計画でしたが、投票が始まってから,眼前に展開された余りにもメチャクチャな状況を目にして、立候補者18名中の12名(マニガをふくむ)がその日の午後には、選挙の無効を宣言し、多数の投票所で民衆が暴動を起こし、MINUSTAHによって数人が射殺されました。投票現場でおおっぴらに行なわれた不正投票行為がどんなに凄まじいものであったかをカナダ公営放送CBCのテレビニュース(www.cbc.ca/news/)で、Paul Hunterというベテランの記者が詳しく報道していますので、関心のある方は是非ご覧下さい。例えば、投票所の一隅で、一人一枚の筈の投票用紙が何枚でも手渡されるシーンをCBCのカメラが捉えています。CBCは日本のNHKに当りますが、現在、世界中で最も信頼の置ける(政治的偏向の少ない)報道機関の一つです。NHKに較べてCBCは比較にならない貧乏所帯ですが、報道の本来の任務を勇敢に果たし続けています。見事です。
 12月18日、投票結果が発表され、マニガ女史が31.37%、現大統領プレヴァル、つまり、アメリカ/国連が推すセレスタン氏が22.48%の得票で、2011年1月16日に二人について決戦投票が行なわれることになりました。極貧下層民を含む一般大衆が圧倒的に支持する政党ファンミ・ラバラスが始めから除外された選挙で,少なくとも心情的には一般大衆の受け皿であったに違いないマニガ女史を一位に据えたのも始めから書き上げてあったシナリオの筋書き通りだったのだろうと私は推測します。それを裏付けるようにセレスタン陣営は大々的な決戦選挙運動を開始しましたが、ハイチの民衆がそれを見抜けない筈はありません。この言語道断の偽装選挙に対するハイチ一般民衆の抗議闘争の高まりに直面して、MINUSTAHの長である Edmond Mulet は,大失言をしてしまいました。「そんなに国連の云うことを聞かないなら、MINUSTAHも国際社会もハイチを見捨てて引き上げてしまうぞ!」と口を滑らしたのです。前にも書きましたが、国連治安維持軍MINUSTAHは2004年にハイチを占領してアリスティド大統領を遠くアフリカの奥地に追放し、政権変更を実行したアメリカ軍からハイチ圧政の任務を受け継いだ占領軍である、というのがハイチの人々の認識なのですから、MINUSTAHが引き上げるという“おどし”に、大歓迎の声を上げたのはハイチの一般民衆でした。その声は、彼らの力強い代弁者の一人である異色の女性 Ezili Dantò の次の発言が見事に代弁しています。:
■ Open your ears, Mr. Edmond Mulet. The Haitian people on the streets demonstrating are asking for YOU, for the U. N. to go. Why do you only hear their call for President Preval to go and not for YOU to go? Take Clinton, the Interim Haiti Reconstruction Commission(IHRC) and the NGOs with you, please. Bon voyage, U. N. Goodbye, Clinton and 16,ooo NGOs. (耳をほじくって良く聞きなさい、エドモンド・ミュレットさん。街頭デモをやっているハイチ国民は、あなたが、国連が出て行ってくれと頼んでいるのだ。あなたは、プレヴァル大統領失せちまえ、という彼らの叫びだけを耳にして、あなたも出て行ってくれという声が何故きこえないのか?クリントン、IHRC (暫定ハイチ復興委員会)、それからNGOたちもご一緒に、どうぞご退去下さい。よいお旅を、国連さん。さようなら、クリントンと一万六千のNGO たち。)■(San Francisco Bay View, December 14, 2010 から)。
この文章の少し後で、再び彼女は「Oh, what a seasonal gift it would be if the UN took their cholera butts out of Haiti, along with slick Willy Clinton and so-called “progressive,” like Paul Farmer! (ああ、もし、国連軍が、残りのコレラ菌と、それに口先ばかりのぬるぬる野郎クリントンやポール・ファーマーのような、いわゆる“進歩派”の連中ともども引き連れてハイチから出て行ってくれたら、何という良いお年玉になることだろうに!)」と書いています。弁護士、劇作家、詩人、歌手、ダンサー、社会運動家であるハイチ生まれのこの美貌の女性 Ezili Dantòは、過去20年間、ハイチの貧民医療の大恩人であった筈のポール・ファーマーをはっきりと名指しで批判しているのです。看過することは出来ません。しかも、ポール・ファーマーに対する彼女の鋭い批判の矢は、すでに大震災のすぐ後の2010年1月30日の時点で放たれていました。:
http://open.salon.com/blog/ezili_danto/2010/01/30/a_message_to_paul_farmer_the_senate_j_dobbins_francois
この長文の論考のタイトルは“A message to Paul Farmer, the Senate, Dobbins & Francis”です。アメリカの上院外交委員会でのハイチ政策についての諮問でのポール・ファーマーの証言などに対する手厳しい批判がその内容です。一読に値します。もし、内容の反米偏向の可能性を問題にしたければ、原文をよく読んでからにして下さい。
 昨年11月28日のアメリカ/国連主導のインチキ選挙の“決選投票”は本年1月16日に行なわれる予定でしたが、その余りものインチキさと民衆の激しい反抗のため、“国際社会”も動揺し、暫く延期すると1月6日に発表されました。今、ジュド・セレスタンを結局は大統領にする裏工作が進行している最中です。
 このブログの前回で、今回はポール・ファーマーの「転び」の醜態をお話しする約束をしましたが、前置きが長くなって果たせませんでした。実は雑誌『Foreign Policy』の2010年12月号に掲載されたポール・ファーマーの論文「5 Lessons From Haiti’s Disaster」を紹介する予定でしたが次回にそれを行ないます。

藤永 茂 (2011年1月12日)


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ポール・ファーマー、お前もか

2011-01-05 11:02:02 | 日記・エッセイ・コラム
 ちょっと気障なタイトルですが、私の残念無念の気持ちは本物です。 
 1月12日、カリブ海の黒人国ハイチは首都ポルトープランス地域を中心にマグニチュード7の大地震に見舞われました。惨事に対する反応として、2010年1月20日のブログ『クラシック音楽の好きな方へ』の冒頭に私は、
■ 近頃、こんなに腹が立ったことはありません。ハイチの大地震にたいするオバマ政権の反応と、災害を報じるマスコミの内容です。オバマ大統領は「アメリカは、そして世界はハイチとともにある」と言いました。世界はともかく、アメリカは、この二百年、確かに、ハイチとともにありました。マスコミは4日間も瓦礫の下で生き延びた赤ん坊が、駆けつけた救助隊によって、奇跡的に救出される感動的場面を感動的に世界中に報じます。「その手の感激ストーリーには、もう飽き飽きした」と、思わず私は叫びそうになります。ハイチの惨状は人災です。■
と書きました。2010年2月3日から3月24日にかけて『ハイチは我々にとって何か』というタイトルのブログを6回にわたって掲載しましたが、その(1)で、参考文献として、次の5冊を挙げました。
* C. L. R. James : The Black Jacobins (1963, 1989)
* Laurent Dubois : Avengers of the New World (2004)
* Paul Farmer : The Uses of Haiti (1994, 2006)
* Peter Hallward : Damming the Flood (2007)
* Eiko Owada : Faulkner, Haiti, and Questions of Imperialism (2002, Sairyusha)」
いちばん早く熱心に読んだのは、一種の古典であるJames の本で、和訳があると思います。しかし、1990年以降のハイチの人々の筆舌に尽し難い苦難の現実とその源が米国の対ハイチ政策にあること具体的に学んだのは、ポール・ファーマーの著作からでした。
 ポール・ファーマーは1959年10月の生まれ、2010年の暮れに51歳の若さでハーヴァード大学のユニヴァーシティ・プロフェッサーの称号を得ました。この称号は,唯の大学教授を意味するのではなく、並みの教授より一段上の位です。ポール・ファーマーはセレブな大学人、PIH(Partners In Health) という,世界中の貧乏人を優先して医療を施す組織(NGO)の指導者として、とても有名な人道主義のお医者さんです。上掲の『The Uses of Haiti (ハイチの使い道)』(1994, 2006) の初版はポール・ファーマーがまだ30歳なかばの著作ですが、2006年版にも収録されている冒頭の謝辞に
は、かつての新左翼の大論客 E. P. Thompson の言葉を借りて、激烈な調子で結ばれています。
■ Let me close the preliminaries and open this book with a quotation from E. P. Thompson : “Isolated within intellectual enclaves, the drama of ‘theoretical practice’ may become a substitute for more difficult practical engagements,” he wrote in 1978. Thompson concludes his withering attack on the French philosopher Louis Althusser and other scholar-demagogues by accusing them of taking young men and women of good will on a ride: “The terminus of that ride is outside the city of human endeavor and outside the domain of knowledge. So we can expect them to be absent from both.” ■
1987年、PIHというNGOを立ち上げ、ハイチに診療所を開いて貧民救済を実践する若い人道主義者ポール・ファーマーは、善意にもえる若い男女達を、華やかなポストモダーン的饒舌で、役立たずの空理空論に駆り立てる煽動哲学者たちをこき下ろしているのです。この初版にチョムスキーは26頁に及ぶ長い紹介(Introduction)を書いています。ハイチのひどい苦悩の責任が米国にあるという真実をはっきりと指摘したこの本は、それ故に、葬り去られる運命にあるだろうと、チョムスキーが心配したほどの切れ味を持っていましたが、彼の心配は外れ、私の手許にあるのは増補された2006年版です。その後のポール・ファーマーの活動は超人的に目覚ましく、2003年には『Mountains Beyond Mountains: The Quest of Dr. Paul Farmer, A Man Who Would Cure the World 』という賞賛的な伝記まで出版されました。
 私がいささかの危惧をいだいたのは、2005年頃からルワンダのカガメ大統領と親しくなり、PIH の拠点をルワンダに移したことをしばらく前に知った時でした。しかし、必ずしも詳しくファーマーさんの行状を見張り続けていたわけでもない私は、ブログ『ハイチは我々にとって何か?』(5)(2010年3月17日)に次のように書きました。:
■ 2004年のアリスティド大統領国外追放以来ハイチに駐留している国連軍MINUSTAHと、今度の大地震の直後ハイチに急派された米軍の大部隊が、災害救援活動の邪魔になったという事実を、事実として受け入れることに抵抗感を抱く方々も多いでしょうが、それが事実だという証言者は上掲の「国境のない医師団」の他にも多数見つけることが出来ます。私から見て、決定的な証言者の一人はPaul Farmer という人物です。ハイチに関する信頼の置ける著書として、前回を含めて今まで何度も紹介してきた『ハイチの使い道(The Uses of Haiti )』の著者で、ハーバード大学医学部の著名な教授です。地震直後の1月14日のロサンゼルス・タイムズに「国連の救援活動が阻害された」という記事が出て、その中に、国連の ハイチ特使の肩書きを持つファーマーさんの談話が出ています。記事は「地震で壊滅的な打撃を受けたハイチが緊急に求めている救急医療キット、毛布、テントを積んだユニセフの貨物輸送機が、本日、ポルトープランス空港に着陸しようとしたが、理由不明のまま着陸できず、パナマに引き返した」というリポートに始まり、国連特使ポール・ファーマーの言葉を次のように伝えています。「首都(ポルトープランス)の商業港は事実上封鎖され、航空輸送の方も、ほとんど機能していない空港に何とか着陸しようとする航空機で渋滞している。」地震後2日目に不明だった「理由」とは、米軍大部隊の空と海からのハイチ侵攻であったのです。優に1万を越える兵員総勢、装甲車や銃火器、彼等の滞在のための設営機材、食料などの持ち込みの方が救援物資の搬入より優先されたということです。これは、もはや誰も否定することの出来ない事実です。この事実上のハイチ占領によって、オバマ政権は何を達成しようと狙っているのか。■
 しかし、もし私がもっと注意深くニュースを見張っていたならば、これを書いた時点で、ポール・ファーマーの「転び」に気がついてもよかったのでした。国連の文書によると、クリントンが国連の Special Envoy for Haiti になったのは2009年5月、ファーマーが Deputy Special Envoy for Haiti (副特使)に任ぜられたのは同年9月、大地震は翌年1月に起りました。両人とも、国連から貰う手当は年俸1ドルだそうです。クリントン/ファーマー/国連が、大地震前に立案した計画に基づいて、何をハイチでやろうとしているかについて、ハイチの事を本気で心配して下さっている方々は、是非是非、ブログ『ハイチは我々にとって何か(6)』(2010年3月24日)を読み返して下さい。残念至極のことですが、かつての我らの英雄、良きアメリカ人の典型、ポール・ファーマーは、大地震の以前に、すでに転んでいたのでした。次回には、ハイチの惨憺たる現状とポール・ファーマーの醜態についてお話しします。

藤永 茂 (2011年1月5日)


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