私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

NaomiOsaka大坂なおみ

2020-12-29 22:56:12 | 日記・エッセイ・コラム

 テニスプレーヤーの大坂なおみさんについては、これまでごく普通の関心しか持っていなかった私ですが、最近たまたま二つの記事に接して色々考えさせられるところ、学ぶところがありました。一つは日本語記事:

https://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015/e/41e8097a2636f0d8a6d72e2724870a39

もう一つは英語記事:

https://www.nytimes.com/2020/12/16/sports/tennis/naomi-osaka-protests-open.html?campaign_id=2&emc=edit_th_20201217&instance_id=25125&nl=todaysheadlines&regi_id=68146593&segment_id=47173&user_id=2d1907fb8ebe0dbc559d19a5da2f88a0

です。

 始めの日本語記事から私の知らなかった沢山の事を学びましたが、その一つ、大坂なおみさんのツイッターでの発言(2020/8/26)の冒頭をコピーします:

 Hello, as many of you are aware I was scheduled to play my semifinals match tomorrow. However, before I am an athlete, I am a black woman. And as a black woman I feel as though there are much more important matters at hand that need immediate attention rather than watching me play tennis. (こんにちは、皆さんの多くがご存知の様に、私は明日の準決勝の試合をすることになっていました。けれども、私は一人のアスリートである前に、一人の黒人女性です。そして、黒人女性として、私がテニスをするのを観る事などよりも今すぐに関心を持たなければならない、もっともっと重要な事柄がある様に私は思うのです。)

 今を時めくスターのテニス・プレーヤーにして、この発言、直ぐには信じがたい発言のように私には思えました。全米オープンのゲーム観戦などよりも“much more important” なことがこの世の中にはあると言い放っているのは、当年23歳の若い女性チャンピンなのです。これほど喜ばしい人間精神の健全性の確かな証拠は滅多にありますまい。 

上に掲げたニューヨクタイムズの記事には、次の文章があります:

Though Osaka’s assertion of each part of her identity — Japanese, Haitian, raised for a time in the United States — has given her profitable endorsement lanes, she has often highlighted her Blackness when commentators minimize it. That erasure has happened in small ways, as when a TV interviewer after a 2019 Australian Open match gave a shout-out to her Japanese supporters there. She thanked them, then gave “big ups” to Haiti.(大阪なおみが、彼女のアイデンティティのそれぞれ―― 日本人であり、ハイチ人であり、一時期アメリカ合州国で育ったこと――を主張することは支持層の幅を広げるのに有利に働いたが、彼女の黒人性を記者や解説者がなるだけ軽く扱おうとすると、彼女は、しばしば、自分が黒人である事を強調してきた。このもみ消し行為は、2019年のオーストラリア・オープン・マッチの後、テレビの会見者が会場の日本人の大坂ファン達に挨拶を表明したときに起こった。彼女は日本人のファン達に感謝した後、次にはハイチに対して大きな感謝を表明した。)

 さて、大坂なおみさんの日本人ファンの皆さんは、彼女のお母さんが日本人で、お父さんがハイチ人である事は知っていても、ハイチという国のことを、果たして、どれだけ知ってるでしょうか?

 上のニューヨクタイムズの記事には次のような事も書いてあります:

Tendrils of info on how she spent those months and how they changed her have seeped into her social media accounts where, between family dance-offs, she posted images of Frantz Fanon’s book “The Wretched of the Earth” and appeared with her boyfriend, the rapper Cordae Dunston, on workout bikes in a picture snapped by Colin Kaepernick. Amid Netflix binges and at-home workouts, and learning to cook her favorite of her mother Tamaki’s recipes, Osaka spent time reading about how Haiti became the first Black-led republic in the world. That was a suggestion from Leonard Francois, her father, to learn about her ancestors.

 これによると、大坂なおみさんは母親から習った(日本?)料理を作ったり、父親に導かれて、祖国ハイチ共和国の輝かしい、しかし、苦難に満ちた歴史についての読書に励んだりしているようです。フランツ・ファノンの名著『地に呪われたる者』も、父親から勧められて読んだのかも知れません。

 フランツ・ファノンは1925年7月20日フランス領マルティニック島で生まれた黒人男性です。私は1926年5月23日生まれですから、ほぼ同年配ですが、ファノンはこの本『地に呪われたる者』を、白血病に苦しみながら、10週間で一気に書き上げ、それが刊行されてからわずか数日後の1961年12月6日、36歳の若さで亡くなりました。カリブ海の島、マルティニック島はハイチのあるイスパニョール島の東方に位置します。

 私はファノンから、何よりもまず、ヨーロッパからの決別の決意を学びました。“ヨーロッパ”は米国を含みます。

 海老坂武著『フランツ・ファノン』(みすず書房)という優れた著書があります。その11ページに訳出されている『地に呪われたる者』の結論部からの文章を以下に掲げます:

 「ヨーロッパはそのあらゆる街角で、世界のいたるところで、人間に出会うたびごとに人間を殺戮しながら、しかも人間について語ることをやめようとしない。このヨーロッパに決別しよう」

 「ヨーロッパの真似はしまいと心に決めようではないか。われわれの筋肉と頭脳とを、新たな方向に向かって緊張させようではないか。全的人間を作り出すべくつとめようではないか」

 ファノン自身による「全的人間」の措定はなされていませんが、海老坂武氏はファノン自身の諸々の文章から、次のように読み取ります(p53〜p54):

 「全的人間とは、他者に対する謙譲、心づかい、愛情を大事にし、人間同士の協力、コミュニケーションに価値を置く人間である」

 「全的人間とは、自律的な共同体の、自律的な成員である」

 

 人間と人間が真に人間らしく心を交わし結び合うとき、皮膚の色の違いは大した問題ではないのではありますまいか。大坂なおみさんのご両親からお話を聞いてみたい気がします。男女の仲に限られることでもありません。

 

藤永茂(2020年12月29日)

 

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