私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ロジャバ革命の命運(7)

2017-10-30 22:24:09 | 日記・エッセイ・コラム
 「コバニでのIS軍の敗退は米国空軍の猛爆撃がもたらした」とする根強い見解があります。しかし、ロジャバのクルド人は「空爆は助けにはなったが、戦勝は人民防衛部隊YPG/YPJの熾烈不屈の闘志の賜物だ」と考えています。IS軍が多数の戦車を使ってコバニ市周辺の20に余る村落を次々に蹂躙し始めた頃、人民防衛隊はISの戦車に対する空爆をトルコに基地を持つ米空軍に要望しましたが、米空軍はそれに応じなかったという事実が記録されています。また、コバニ市街地への空爆開始後もISが占領した村落地域への物資補給が目撃されています。米空軍機(主にヘリコプター使用)によるIS軍援助行為は、過去2年間、最近の例を含めて、数多く報告されています。
 ロジャバのクルド人軍事勢力をアサド政権打倒のもう一つの代理地上軍として利用するアイディアを米国が採用したのは、YPG/YPJの全く予想外の勇猛な戦闘力を目の当たりにしてからのことだったと推測されます。ISがコバニ・カントンとその中心都市コバニの制圧を開始した時点では、深刻なレベルで反帝国主義、反米であるオジャランのロジャバ革命の扼殺は、トルコのみならず、米国にとっても望ましいこととされていた筈です。トルコの反発が必至のYPG/YPJ支持に米国が踏み切ったのは、しかし、米国が大胆な新しい戦略を採用したことを意味しません。米国がサダム・フセインのイラク國の破壊に用いた政策と同じアイディアの適用に他なりません。イラク北部にクルド人自治区を創設して米国の属国化し、イラクの石油産業を米欧資本の支配下に置いたのと同じことをシリアでも実行する政策決定を行ったということです。クルド人民防衛隊YPG/YPJを主体とする新しい代理地上軍はSyrian Democratic Forces (SDF)と命名されました。北イラクのKRGのペシュメルガに対応します。
 2017年10月22日、SDFはデリゾール市の東約25キロにあるエルウマール(Al-Umar)の油田地帯をISの支配から解放したと発表しました。27日には、SDFはさらに30キロほど進撃してイラクの国境に近いシリアでのIS最後の拠点al-Bukamalに迫り、ISとの交渉が成立して、その地域の無血占領に成功する見通しであることが報じられています。
 一方、前にも述べましたように、アサド政府軍の精鋭部隊はラッカの南方を急進撃してデリゾール市に達し、続いてユーフラテス川の両岸のシリアの油田地帯を制圧しようとしましたが、IS軍の熾烈な抵抗、反撃にあって、このところ、進撃は停滞してしまいました。
 デリゾール市周辺からユーフラテス川の東に広がる油田地帯をめぐるアサド政府軍、IS、SDFの三つ巴の争奪戦に関しては、報道が錯綜して詳細は必ずしも明確ではありませんが、ISとSDFの両方の指揮系統が米軍によって掌握されていることは否定の余地がありません。そうでなければ、ラッカからアルブカマルに到る距離は200キロ以上、SDFが僅か2週間ほどの間にISの占領地帯を貫通してアルブカマル市に到達できる筈がありません。
 米国の意図はもはや明白です。ISが占領したシリア北部と北東部を、“ISとSDFとの激闘”という芝居を打って、SDF勢力に肩代わり占領をさせる。(今回のSDFのアルブカマル奪還は、2014年にKRGのペシュメルガが当時のISISからキルクークを“奪還”した手口と同じです。)ISの戦闘能力はシリア南部に温存したまま、米国は“シリアからISが駆逐された”後の「和平会議」に臨み、あくまでアサド政権の打倒の執念を燃やし続けて、SDFに占領させた地域をシリア国土内の自治地域と規定することを要求することになります。現在すでにSDFのクルド人司令官たち(つまりYPG/YPJの代表者)に「我々が解放したラッカはアサド政権には戻さない」と繰り返し言明させています。ラッカはもともとクルド人が多数を占める地域ではありません。YPG/YPJの代表者たちは「ラッカにはロジャバ革命の理念に基づく行政組織を育て、YPG/YPJ軍は一部を残してラッカから撤退する」と具体的に発言もしています。これらの政治的発言は明らかに米国の指導指令によって行われている国際的「和平会議」の準備工作です。また、勿論、米国がロジャバ地域内に(もちろんアサド政府の了承なしに、つまり、不法に)建設した米軍基地もそのまま保持して、「和平会議」の取引の材料にするでしょう。
 これまで何度も申しましたように、シリアの戦乱は「シリア内戦」ではなくアサド政権打倒を目指した国外勢力による侵略戦争であり、国際紛争であります。そして、このシリア戦争の終結が、軍事的にではなく政治的にもたらされるとすれば、それは結局のところロシアと米国の力の兼ね合いで決まってしまうことでしょう。これが国際政治の計算の非情さというものであり、是非なきことと諦めなければなりますまい。しかし、私は、「ロジャバ革命」を自己の帝国主義的欲望の泥沼の中に引きずり込んで、全くの台無しにしようとしている米国に、限りない嫌悪を覚え、怒りを抑えることができません。米国は実に“汚い”国だとつくづく思います。
 私は4ヶ月ほど前にStephen Gowansの『The Myth of the Kurdish YPG’s Moral Excellence』(クルドの人民防衛隊の道義的卓越性という作り話)と題する記事に接しました。長い論考ですが、要するに、YPGはクルドの無政府主義ゲリラのテロ組織PKKそのものであり、「ロジャバ革命」とい美名を隠れ蓑にして世界の同情と支持を得ようと試みている、という主張です。これを読んだのがきっかけで、それまでの私の「ロジャバ革命」についての認識が甘かったかもしれないと考えるようになり、オジャラン自身のいくつかの著作を読み返し、私なりのsoul- searchingに努めましたが、結果としては「ロジャバ革命」の重大な意義を再確認することになりました。オジャランが獄中から提唱した「ロジャバ革命」の理念は単にクルド問題の解決のみならず、世界全体が直面する危機的状況を解決する可能性を確かに秘めている革命理念であり、これを米国の活殺自在に任せるわけには参りません。
 眼前の状況を直視する限り、私が心から支持する「真正のロジャバ革命運動」は米国の“IS消滅”後の対シリア政策の実行プロセスの中で一度は扼殺されてしまうことでしょう。しかし、オジャランの「ロジャバ革命」の理念の信奉者たちが、このままアメリカニズムの毒に当たって腐敗し、消滅してしまうとは、私にはどうしても考えられません。
 2015年12月に発足したシリア民主協議会(Syrian Democratic Council, MSD)はSDFの政治活動担当機関です。コバニの攻防戦は2014年9月から2015年1月までの5ヶ月の死闘でしたから、米国は、ほぼ一年をかけて、ロジャバのYPG/YPJをアサド政権打倒の最も有効な軍事政治勢力として育てたことになります。MSDの代表的発言者として知られるのはIlham Ehmedという名の女性で、ワシントンにも出かけて米国政府との連絡の任にあたっています。ネット上で彼女の発言の多くを読むことができます。例えば、次の発言はロジャバ革命の支持者にとって誠に喜ばしいサクセス・ストーリーですが、私には何処かワシントンの匂いがします:

https://anfenglish.com/features/preparation-efforts-for-democratic-syrian-constitution-underway-22390

SDFの軍事部門つまりYPGの女性司令官の類似の発言もあります:

https://anfenglish.com/features/ypg-commander-calls-for-international-support-to-rebuild-raqqa-22949

この記事からもワシントンの匂いがするような気がしてなりません。

藤永茂(2017年10月30日)

ロジャバ革命の命運(6)

2017-10-27 21:48:52 | 日記・エッセイ・コラム
 2014年6月、ISIS軍は数では数倍のイラク国軍を蹴散らして重要都市モスルを攻略し、敗走した国軍が遺棄した重火器を含む大量の武器弾薬を入手、続いて、ISIS軍は油田都市キルクークも占領しますが、バルザニ大統領支配下のイラク・クルディスタン自治区の民兵軍団ペシュメルガが南下してISIS軍を排除し、キルクークを奪還して油田をクルド人の支配下に置きました。これが、米国とイスラエルの操る三匹の猿(ISIS、イラク国軍、ペシュメルガ)が演じる大芝居の第一幕です。俄かに強力な地上軍を持ったISISは、イラクの首都バグダッド攻略には向かわず、イラクの西のシリアに攻め入り、油田、ガス田地帯デリゾールとその西北のラッカを占領し、ラッカをイスラム國(IS)の首都とします。この地域からトルコに輸出される大量の石油、天然ガスは最盛期のイスラム国の重要な財源になり、この地域を失ったアサド政権にとっては厳しい損失となりました。誰の目にも、イスラム国軍はアサド政権打倒の最有力地上戦力に成長し、ラッカの西のシリア第二の重要拠点都市アレッポの攻略も間近と見えました。
 ところがISの大軍が次に襲い掛かったのはラッカの北のコバニ、アレッポに比べれば戦略的に意味のない人口5万足らずの小都市でした。当時としては、この攻撃目標選択の理由は、いくつかの憶測はあれ、はっきりしませんでした。2014年9月13日、三千を超えるIS軍は戦車を含む重火器で南、東、西の周辺の村落をたちまち占領し、コバニ市は完全に包囲されました。北の国境はすでにトルコによって封鎖されていました。IS軍はコバニ市の完全制圧を目指して猛攻を続け、10月11日の総攻撃で、あわやコバニは陥落の寸前と思われましたが、クルド人民防衛隊YPGとYPJはあくまで屈せず、絶体絶命と思われた状況から反撃に転じ、激闘の末に、2015年1月末にはコバニ市街の9割をIS軍から奪還しました。モスルを含むイラク北部(イラク・クルディスタン自治区は温存)を制圧し、西のシリアに殺到して忽ちシリアの面積の70%を支配下に収めた無敵のIS軍は、コバニ攻防戦で誰も予想しなかった最初の決定的敗北を喫したのです。
 今、その当時のマスコミ報道や論説を読み返してみると誠に興味深いものがあります。表向きには米国もトルコも凶悪なテロ組織ISと懸命に戦っていることになっていて、米国がISをアサド打倒の地上代理軍のトップとして操作していること、エルドアン大統領のトルコが現地でのIS支援の主役を担っていることは、ほぼ完全に隠蔽されていました。ですから、それまで不敗を誇っていたISに対して奇跡的に勝利を収めたロジャバ革命軍(YPG, YPJ)の存在は世界的なニュースになりました。ロジャバ革命はパリ・コミューンに比せられ、コバニの攻防はスターリングラードの攻防にすら並べられました。
 今から考えると、アレッポよりもコバニにISが襲いかかった理由が、そしてまた、なぜ弱小と思われたクルド人民防衛隊が難敵を撃破し退却させたかの理由がはっきり見えてきます。それは、「ロジャバ革命」が真正の民衆革命であるからです。(あえて現在形を使います。)ロジャバ革命は2011年のシリアでの「アラブの春」をきっかけに具体化の段階に入り、アサド政権に対するクルド人の蜂起は、2012年7月19日、コバニで始まりました。それ以来、コバニはロジャバ革命運動の中心になっていたのです:

http://kurdishquestion.com/article/3970-july-19th-revolution-a-start-toward-a-federal-democratic-syria

 IS軍が思いがけない敗北をコバニで喫したのは、「女性兵士に殺されると天国に行けない」という迷信がIS兵士側にあったからだというバカバカしい説明まで流布されましたが、獄中のオジャランに発する革命思想の中核に女性の解放は位置し、一度その革命のもたらした日々の生活を実体験したクルドの女性たちが抱いたロジャバ革命死守の決意はあくまで固く、それがロジャバの女性兵士たちの勇猛さの理由でした。コバニの戦いのターニングポイントとなったとされる壮烈な自爆を敢行したのは革命運動家の若い女性アリン・ミルカン(Arin Mirkan)でした。
 2012年7月にコバニで実際行動を開始し、2014年1月には革命を正式に宣言して憲法を布告した「ロジャバ革命」は初めから四面楚歌の中にありました。トルコ、イラン、イラク、シリアに加えて、イラク北部のクルド人自治政府(KRG)さえもロジャバ革命を敵視しました。特にトルコのエルドアン大統領はロジャバ革命に自国を揺るがしかねない危険性を認め、破竹の勢いで領土の拡大を続けるIS軍の力を借りて一挙にロジャバ革命を扼殺しようとしたのでした。米国も暗に同意を与えていたと思われます。ところが、コバニの市街に攻め込んで重要拠点を占拠したIS軍は、ロジャバ革命軍(YPG, YPJ)の熾烈な市街戦的反撃に直面し、そして、コバニ市街のIS軍拠点に対して米国空軍が猛烈な爆撃を開始します。地上のYPG/YPJ部隊はこれに力を得て、遂にコバニ市を奪還し、連戦連勝のIS軍に最初の決定的敗北を味わわせたのでした。
 ここで「米国はなぜロジャバの人民防衛部隊YPG/YPJの擁護に回ったのか?」ということが最大の問題点ですが、そのもっとも直裁な答えは「YPG/YPJを米国の代理地上軍として使うことに決めたから」です。猿芝居という比喩は猿に対して失礼ですが、イラク政府軍、KRGのペシュメルガ軍、IS軍に加えて、ロジャバの人民防衛部隊YPG/YPJが、米国とイスラエルの巨大な偽旗作戦を演じる四匹目の猿として選ばれたことになります。この話、とても信じ難いとお思いの方々も多いことでしょう。しかし、私のつけたこの見当は間違っていないと思います。次回に説明します。

藤永茂(2017年10月27日)

ロジャバ革命の命運(5)

2017-10-22 21:47:52 | 日記・エッセイ・コラム
 ロジャバ革命の命運について一生懸命考えているうちに、このシリア戦争(何度も言いますが、これはシリア国内の内戦ではありません)の結末がどちらに転ぶにせよ、世界史的に大きな意義をもつ十年戦争(まだ七年ですが)であることが、実にはっきりと見えてきました。もし、現在の時点での劣勢にもかかわらず結局は西欧側(はっきり言えば米国とイスラエル)が勝つとすれば、事の始まりにロジャバのクルド人が発心し、私もその成就を祈った「ロジャバ革命」は夢と消えるでしょう。しかし、もしアラブ側(簡単に言えばシリア、イラン、そしてロシア)が究極的に勝利を収めれば、ロジャバ革命が現実のものとなる日がやがて訪れることも夢ではないと、私は考えるようになっています。
 このシリア戦争は、米国側が錦の御旗として掲げる「テロとの戦い」の残忍極まりない戦略の実態が極めて具体的に露呈され、硬い歴史的事実として記録されつつあるという点で、大きな世界史的意義を持つに違いありません。その戦略の実態の経時的な鳥瞰図を私流の簡単化した言葉で描き出す作業を続けながら、私は、絶えず、『ロジャバ革命の命運(3)』の末尾に掲げたアンドレ・ヴルチェクの至言を思い出しています:
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<アンドレ・ヴルチェク>・・・・・概して欧米、とりわけアメリカ合州国は、自分たちが何をしているのか十分承知しているのはほぼ確実だと思います。アメリカには最も邪悪な植民地大国、特にイギリスが顧問として、ついているのです。アメリカは、必死に戦わずに没落することは決してなく、ヨーロッパとて同じです。世界の中の、この二カ所は、世界をひどく略奪することによって、築かれてきたのです。連中は今もそうです。彼らは自分の智恵と努力だけで自らを維持することはできません。連中は永遠の盗人です。アメリカは決してヨーロッパから別れられません。アメリカは、ヨーロッパの植民地主義、帝国主義と人種差別という木の恐るべき幹から別れ生えた、巨大な枝に過ぎません。アメリカ、ヨーロッパとNATOが現在行っていることが何であれ、見事に計画されています。決して連中を見くびってはいけません!  全て残虐で陰険で凶悪な計画ですが、戦略的視点から見れば、実に素晴らしいものです! しかも連中は決して自ら立ち去ることはありません! 連中とは戦って、打ち負かすしかありません。そうでない限り、連中はずっとい続けます。アフガニスタンであれ、シリアであれ、どこであれ。
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 イスラム國(IS,ISIS,ISIL,DAESH, ..)については、世界中であらゆる形の解説、報道が行われています。その全貌が正確な事実の形で確かめられ、それが歴史として詳細に残されることは望むべくもありますまい。悪名高い米国のCIAについても全く同じことが言えましょう。CIAが米国という国の本質を最も端的に担っている存在であることは殆ど誰もが感じ取っていることでしょうが、その個々の行動が具体的に確認された事実として明るみに出て記録されているわけではありません。米国(そして、西欧、イスラエル)の世界制覇の道具、手段(instrument, tool)としてISが使われている事態が具体的に白日のもとに曝されることが起これば、それは貴重な機会です。その具体的事実とは、前回のブログでも述べたように、「シリア戦争ではイスラム国軍を指揮している幹部は米軍の統率下にあり、シリアの北部と東部(ラッカ、デリゾール)ではSDFとISは両方とも米国の代理地上軍である」という事実です。この事実を伝える報道源は多数あり、前回にも私の信頼するPaul Craig Robertsの発言を紹介しました。しかし、この事実の確認は、プーチンその人を含むロシアの要人達の公式の発言から取ることができます。国家元首としてのプーチンの最近の発言には外交的な丁重さの絹を着せてありますが、「シリアでISは軍事勢力として米国軍の統率下にある」と指摘していることは明々白々です。シリアだけではありません。イラクは勿論、世界の他の地域でもISは米国の世界制覇の極めて有効な道具として機能しているのです。最近(10月18日)アフガニスタンの元大統領カルザイも「米国は、アフガニスタン全域の不安定化を目指して、ISを道具として使っている」とはっきり発言しています:

https://www.rt.com/news/407134-isis-afghanistan-us-tool-karzai/

ひとたびこの事実、つまり、「米国はISを道具として使っている」という事実がはっきりと確かめられたとなると、これまで中東で、特にイラクとシリアの紛争で、イスラム國(IS,ISIS,ISIL,DAESH, ..)の軍事勢力が果たしてきた役割をたどって、もう一度そのカラクリと意義を読み直すことが出来ます。
 米国が国際的テロ組織を世界圧政の道具として使用してきた経過を論じるにはウサマ・ビンラーディンのアルカイダまで遡るべきですが、以下では、2011年のシリアでの「アラブの春」の始まりのあたりから話を始めます。「自国民に暴虐の限りを尽くす独裁者カダフィ」の政権を打倒した場合と同様、「悪逆の独裁者アサド」の政権に攻撃を仕掛ける以前から、シリア人の反アサ政治勢力を買収的に組織し、それを支援する形で米国を主体とする「有志連合」の軍事力が形成されました。したがって、シリアでは「アラブの春」が若者たちの平和的な反政府デモから始まり、それをアサド政府が暴力的に鎮圧したと考えるのは正しくありません。反政府運動は初めから本質的に計画的かつ暴力的であったのであり、それに対してアサド政府も暴力で対処したというのが真実です。しかし、クルド人が多数派を占めるシリア北部のシリア・トルコ国境沿いのロジャバ地区での革命的な反政府運動については例外的な状況が生じました。ごく僅かな武力衝突が生じただけで、アサド政府はロジャバ地区の支配をクルド人に明け渡し、一方、ロジャバ革命組織はアサド政権打倒を目指す米国主導の自由シリア軍とは行動を共にせず、2014年1月には革命を宣言し、アフリン、コバニ、ジャジーラの三つのカントンで、以前のブログ記事で紹介した「ロジャバ憲法」を布告しました。この時点では、ロジャバ革命の戦士たちは、思想的にも心情的にも米国の帝国主義に反対の立場にあった筈です。ところが、2014年9月、重装備の恐るべきIS軍がロジャバ革命の中核コバニ市に対して猛攻撃を掛けてきました。
 イスラム國(IS,ISIS,ISIL,DAESH, ..)の起源はアフガン戦争にまで遡るとされていますが、イラクでISが急激に勢力の拡大を開始して、2014年6月、あっけなく北部の重要都市モスルを攻略し、敗走したイラク国軍の残した戦車を含む大量の武器弾薬を手に入れた時点で、すでに「米国の中東戦略の道具」と化していたと考えて間違い無いでしょう。ISIS軍に加えて、バルザニ大統領支配下のイラク・クルディスタン自治区の民兵軍団ペシュメルガ、それに勿論、米国子飼いのイラク国軍も、米国の中東制覇のための道具として操作されることになります。米国とイスラエルが操るこの三匹の猿が演ずる大掛かりな猿芝居の開演です。モスルを攻略したISISは勢いに乗じてイラク北部の油田都市キルークークも占領しますが、“勇猛な”クルド民兵軍団ペシュメルガによって奪還され、キルクーク産の石油はイスラエルの石油需要の大半を満たすことになります。ISISの方は、イラクに隣接するシリア東部のデリゾールとそこから北西に連なるラッカに至るシリアの油田地帯を急速に制圧して、自家用と輸出用の石油資源を手に入れ、続いてラッカの北に位置するコバニ市の猛然と襲いかかりました。シリアとトルコの国境線の中程に位置する小都市コバニ(アイン・アルアラブ)をめぐるクルド人民兵部隊(YPGとYPJ)とIS軍との死闘は、結局クルド軍側の勝利で終わり、これを機会に米国はシリア侵略の代理地上軍の代表をISIS軍からクルド人軍団に切り替えますが、そのあとも米国はクルド人軍団とISIS軍の両方を巧みに操り続けます。次回はこのコバニ攻防を中心にして話を進めます。
 「米国とイスラエルが操るこの三匹の猿が演ずる大掛かりな猿芝居」という私の見解があまりにも荒唐無稽だと思われる読者のために、『マスコミに載らない海外記事』に出た記事「ISISとSDFというアメリカの大ウソ-‘クルディスタン’と新たなガス戦争」(2017年10月4日)の一部を転載させていただきます:
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最近の主要欧米マスコミの見出しは、シリアのデリゾール県周辺の主要天然ガス田攻略を、あたかも、それがシリアの勝利であるかのごとく称賛している。典型的な見出しはこうだ。“SDF、シリア・ガス田をISISから奪還。”本来のガス田所有者、シリア国が貴重な経済的資源を、ISISテロリストから奪還するのに成功したことを意味する単語“奪還”に注目願いたい。現実には、逆なのだ.
ダマスカスのアサド政権ではなく、ペンタゴンとイスラエルIDFや他のバッシャール・アル・アサドのダマスカス政権に敵対的な連中に支援されているクルド・シリア民主軍(SDF)が、元々テキサス州ヒューストンのコノコ石油が開発したシリアの主要ガス田を支配したと発表したのだ。作戦に関する欧米マスコの標準的な報道は、“アメリカが支援するシリア部隊が、石油の豊富なガス田地域のコノコ・ガス工場を「イスラム国」から奪い、過激派戦士から重要な収入源を奪った”という線に沿っている。
この描写の背後には、アメリカ・ペンタゴン部隊が、ISISテロ集団とSDFの両方の導き手であることが露顕した醜い真実がある。2014年以来、ISISがデリゾール県と、その石油とガス田を占領し、アサド政府から収入とエネルギーの主要源の一つを奪っていたのだ。
9月24日、ロシア国防省が、都市デリゾールの北、ISIS戦士が配備されている場所の、アメリカ軍特殊部隊の機器を示す航空写真を公開した。写真は、アメリカ軍部隊が、クルド・シリア民主軍(SDF)の自由通行を認めて、「イスラム国」テロリストの戦闘隊形を通り抜けることを可能にしている、とロシア国防省は声明で述べている。
“ユーフラテス川左岸沿いにデリゾールに向けて、ISIS戦士による抵抗無しに、SDF軍部隊は移動している”と声明にある。
モスクワ国防省声明は更にこうある。“アメリカ軍の拠点が、ISIS部隊が現在配備されている場所にあるにもかかわらず、戦闘前哨基地が組織されている兆しさえない。”明らかに、アメリカ軍要員は、ISISが支配する領土の真ん中で、絶対安全と思っているのだ。
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藤永茂(2017年10月22日)

ロジャバ革命の命運(4)

2017-10-06 20:49:53 | 日記・エッセイ・コラム
 イラクのクルド人自治区の独立の賛否を問う住民投票が9月25日に行われ、予想通り賛成票が9割を超えました。10月2日の朝日新聞朝刊はクルド問題を大きく取り上げ「独立へ熱狂 険しい前途」と題する大きな写真3枚を含む機動特派員の報道と「クルドと国際社会の深い溝」という中東アフリカ総局長の解説記事、さらに「クルドの将来、対話重ねて共生の道を」という見出しの社説が掲げてあります。しかし、クルドの「険しい前途」、「国際社会との深い溝」、「共生の道」、その「将来」を解説し、一般読者に向けて論説を掲載するのであれば、トルコ国内でのクルド人たちが被っている現在進行中のジェノサイダルな苦難とそれに密接に絡まるシリア北部「ロジャバ」の米国との関係を論議の中に含むのが当然です。今回のイラクのクルド人自治区の住民投票が、米国、イスラエル、トルコ(エルドアン大統領)に操られ、それに自己利益も勘定に入れたバルザニ大統領が打った大芝居だというのが、依然として、私の見解ですが、その当否はどうでも良いことです。クルド人にとっての真の死活問題は、今シリアでクルド人軍事勢力とIS軍事勢力を代理地上戦力として、シリアの北部と東北部に数多くの米軍軍事基地を建設し、広大な石油産出地域を不法占領しつつある米国ネオコン産軍共同体のこれからの行動です。
 デリゾール市周辺の戦況については、この記事シリーズの(1)(2)で報告しましたが、ユーフラテス川を西から東に渡った後のシリア政府軍の進撃は停滞状態で、パルミラ市とデリゾール市を結ぶ戦略的に重要な幹線道路が政府軍によって一度確保された後に、再び、IS軍が反撃して交通を妨げることに成功するなど、激戦が続いているようです。戦況の報道は混沌としていて、ロジャバの人民防衛隊(YPG)側からの報道も「アサド政府軍はIS軍と結託してYPGを攻撃している」とか「アサド政府軍がIS軍の制服を着てYPGに襲い掛かった」とか、いささか荒唐無稽なプロパガンダを行なっています。デリゾール市周辺の戦闘では、YPGとISはほぼ完全に米軍の統制下にあることは明らかで、ネット上に流されるニュースも米国の手先の専門家集団によって牛耳られているのでしょう。米軍とYPGとISが癒着状態にあることは、ロシアの偵察機が撮影した多数の詳細な航空写真をはじめとする証拠から判じて否定の余地のない事実と思われます。『マスコミに載らない海外記事』の次の翻訳記事をみてください:

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-d883.html

Paul Craig Robertsがシリア戦争の成り行きについてのStephen Lendmanの見解を紹介した論考も必見です。その冒頭に“Washington claims to be fighting ISIS, but doesn’t.(ワシントンはISISと戦っていると宣っているが、戦ってなんかいない)”と明快に書いてあります:

http://www.paulcraigroberts.org/2017/10/01/syrian-outcome-departed-script/

しかし、これから先、シリア戦争はどうなるのかは予断を許さないものがあります。直裁に言えば、YPGとISを巧みに操作しながらシリアの北東部の広い地域を不法占領し、その中に10ヶ所以上の米軍軍事基地を設置した米国が今後どう動くか、という問題です。今回のイラクのクルド人自治区の住民投票などより遥かに重大な“クルド”問題であり、イランを巻き込む重大な“中東”問題です。
 この『ロジャバ革命の命運』のシリーズは私が常々親しんでいる論客、ゴーワンズ、プラシャド、フィスクの三人の「ロジャバ革命」に対する否定的な論説に刺激されて出発しました。このシリーズを書きながら繰り返しこれらの論説を読んでいる間に、我々がインターネット上で読み、影響を受ける各種の報道や論説そのものの持つ現代的性格が気になってきました。発信者はどのような意図を持っているか? 受信者(読者)はどのような必要から報道や論説を読み、影響を受けるか?
 ゴーワンズの論説は、全世界を覆う米国の専制主義に対する一貫した反発的姿勢の故に、私の好んで読むところとなっているわけですが、「ロジャバ革命」に対してゴーワンズの見解が否定的なのは、ロジャバの人民防衛隊(YPG)が現在完全に米国のシリア侵略の手先になっていることと、クルド人が歴史的にイスラエルと浅からぬ関係にあり、またYPGをPKKゲリラ勢力と全く同一視する立場から、ロジャバのクルド人が唱導する革命の理念が綺麗事を並べた虚偽であり、それは、米国の地上代理軍になりきってシリア北部のクルド人支配地域を強引に拡大していることではっきり立証されているとする立場を取っているからです:

https://gowans.wordpress.com/2017/07/11/the-myth-of-the-kurdish-ypgs-moral-excellence/

私がゴーワンズの見解に同意しない(したくない)理由は次回に説明します。
 「ロジャバ革命」についてのプラシャドの見解もゴーワンズのそれと似たり寄ったりです:

https://zcomm.org/znetarticle/tossed-in-the-scrap-heap/

しかし、勿論、トルコ政府は、「ロジャバ革命」が唱導するようなクルド人自治区がシリアとトルコの国境を連続的にカバーする形で北部シリアに出来上がることを許すはずがありません。プラシャドの論説は次のように結ばれています:
「トルコ軍はシリアの中に独立したクルド人居住地区が出現するのを粉砕する構えを既に取っているし、イラク軍もイラク・クルディスタンの独立の阻止に手を出してくることも十分考えられる。米国も同様にいかなる形のクルド独立の主張にも反対だ。米国は、イラクでもシリアでも、自国の目的のために単にクルド人を利用しているに過ぎない。苦し紛れの選択からシリアのクルド人はアメリカの軌道にのってしまった。彼らにはシリアでのクルド人勢力の増大を確かなものにするという彼ら自身の思惑がある。彼らがアメリカ人を使ってそれに成功するかどうかは深刻な問題だ。歴史の示すところでは、クルドの有用さが消尽してしまえば、彼らはゴミの山にポイと投げ捨てられるだろう。」(Turkish troops sit ready to crush the emergence of a Syrian Kurdish enclave, while Iraqi forces could very well intervene to prevent the independence of Iraqi Kurdistan. The United States is equally opposed to any assertion of Kurdish independence. It is merely using the Kurds, both in Iraq and Syria, for its own ends. Suffocated options have driven the Syrian Kurds into the American orbit. They have their own agenda: to ensure the growth of Syrian Kurdish power. Whether they will succeed by using the Americans is a serious question. History shows us that once their utility has been exhausted, they will be tossed in the scrap heap.)
 三人目のロバート・フィスクの記事の内容の復習のために、このブログ記事シリーズ初回に描いたことを再録します:
********************
。三番目は私が常々信頼するロバート・フィスクの8月3日付の記事『Woe to the Kurds』です:

https://zcomm.org/znetarticle/woe-to-the-kurds/

このフィスクの記事は
But woe betide the Kurds of northern Syria when the war is over.
という文章で結ばれています。普通に翻訳すれば、「しかし戦争が終われば北シリアのクルド人に災いあるべし」となるでしょう。しかし、フィクスその人がロジャバのクルド人たちに災難が降りかかることを望んでいるとは、私には思えませんが、とにかく、ロジャバ革命の命運についてゴーワンズ、プラシャド、フィスクの三人が一致してその挫折を予言していることは明白です。
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 ロバート・フィスクというジャーナリストに対する私の信頼の思いが深いだけに、この人が下した「ロジャバ革命」の命運に対する判断は痛く応えました。しかし、私は、この3ヶ月ほどの間、色々と読み漁り、考えた今も、依然として、「ロジャバ革命」の革命としての真正さを信じ、その究極の成功を祈りたいと思っています。これこそ英語で言うwishful thinkingというものでしょう。辞書を見ると「甘い考え」とも出ています。この私のwishful thinkingの根拠については回を改めて述べますが、あれこれの記事や論説を漁り読みするうちに、私が敬愛するもう一人の勇気ある賢者Paul Craig Robertsの観察と警告こそ我々が常に肝に命じておくべきことと思うようになってきました:

“People are more interested in confirming their beliefs and prejudices than they are in the truth.”(人々は真実を確かめることよりも自分の信念や先入観を確かめることの方に関心がある。)

“Truth requires that people believe in truth more than they believe in their own biases and causes. In the United States, such people are increasingly rare.”(真実は、人々が自分自身の偏見や主義を信じる気持ちを超えて真実を信じることを要求する。アメリカ合州国では、そうした人々はますます稀な存在になっている。)

上の言葉は下の記事から拝借しました:

http://www.paulcraigroberts.org/2017/10/04/las-vegas-shooting/

 Paul Craig Robertsの言っていることは、日本を含む世界全体に通用するでしょう。インターネットその他何らかの形で社会に向かって発言をする人間は、自分の意見や先入観にいたずらに固執することがないように常に自戒するように努めなければなりますまい。改めて言うまでもない事ですが。

藤永茂(2017年10月6日)