私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

大量飢餓は人災である

2008-05-28 10:36:05 | 日記・エッセイ・コラム
 「アフリカ援助とは何か?」遠くを見る必要はありません。5月24日の福田総理大臣の「21世紀はアフリカ成長の世紀」という援助計画の声明を読んで少し考えれば十分です。アフリカの人々の生活の向上のために、今後5年間に2600億円ほどの援助の実施し、また、道路や水道などのインフラ整備の支援に最大4200億円の円借款を提供するというものです。これとは別に、23日には、このところ急激に表面化したかに見える世界規模の飢餓に対して、アフリカの10カ国とアフガニスタンとパレスチナの2国に56億円ほどの緊急食糧援助を行うことも発表されました。
 一般の人々の素直な感想は、日本もなかなか気前よくアフリカを援助しようとしているなあ、というものでありましょう。これらの援助の金額が、アメリカのサブプライム・ローン・スキャンダルのあおりを食らった日本の大銀行の損失金額のオーダーであることが少し気になる向きもあるでしょうが。
 2007年10月31日のブログ『アフリカについての思考実験』の始めの所をコピーします。
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 物理学者は物の理を考える手段として、時おり、思考実験というものを行います。実際には実現する見込みの無い、または、限りなくゼロの近い実験条件を仮想設定して、頭の中で、やりたい実験をやって、何がおこるかを考えてみるのです。そうすると、物事の本質がはっきりとあぶり出されて来ることがあるからです。
 いま、サハラ沙漠以南(sub-Saharan)のアフリカの国々が、つまり、失敗国家か、それにすれすれの国家群が、声を合わせて、「今から先、何も援助してくれなくてよい。自分たちだけでやってみる。皆さん、きれいさっぱりとアフリカから出て行ってくれ。どうなろうと、野たれ死にしてしまおうと、我々自身の責任。WTO (世界貿易機構)、WB(世界銀行)の世話にもならない。」と中国やインドも含めた“先進国”に向かって言ったとしたら、どうなるでしょう? これが我々の「アフリカについての思考実験」です。
 皆さんは頭の中でどんな実験結果を想定なさいますか?「もともと人道的な支援なのだから、アフリカ人の死亡願望には耳を貸さず、出来るだけの支援を続けるだろう。」とお考えになる方々も少なくないかもしれません。つまり、「諸外国は、アフリカ人の要請にも関わらず、アフリカから手を引くことはない。」これが実験結果の予測ということになります。実は、私の実験結果予測も全く同じです。しかし、その理由はまるっきり違います。
 拙著『「闇の奥」の奥』のpp235-6 に、私はこう書きました:
■ 世界の報道機関は、コンゴ、あるいは、アフリカの全体が、先進諸国からの巨額の好意的援助資金を際限なく吸い込みながら、しかも、その荒廃の度をますます深めて行く、底なしのブラックホールででもあるかのような印象を我々に与え続けている。現在のアフリカこそがキプリングの言う「白人の重荷」の具現であるように思われる。G8の一員として日本もその重荷を背負う「白人」クラブに属する。
 しかし、これは見せかけの張り子の重荷、全くの虚偽の重荷である。「白人」がソロバンの合わない重荷を背負ったためしは古今東西ただの一度もない。アフリカ「援助」は、残酷なまでにタンマリと、採算がとれているのである。アフリカに何が、どれだけ、どのようにして送り込まれたか。その見返りに、アフリカから何が、どれだけ、どのようにして持ち出されているか。-このバランス・シートの真正詳細な内容が、第二のモレル、第二のロドニーによって、白日の下に曝される日を私は待ち望んでいる。■
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 「1兆円にも届きそうな大金を出して助けてあげようというのに、断るとは失礼な。じゃあ、日本国内の末期高齢者医療のために使うことにする。あとで、やっぱり欲しいと言ったって知らないよ」とは、政府も産業界も決して言えないし、決して言うことはありません。同じ事はG8 についても、中国、インドについても当てはまります。彼等が求めるのは、アフリカの資源であり、農産物生産の外部的コントロールです。アフリカ人の福祉は、はっきり言ってしまえば、彼等にとって、二次的な関心事でしかありません。その何よりの証拠は今回の世界的大量飢餓の現象です。
 大量飢餓現象が突然出現したように見える第一の現象論的理由は、飢餓状態寸前の巨大人口が既に存在していたことにあります。今回の食糧価格の急激な高騰の以前から、世界中で10億人に近い人間たちが、空腹のまま夜の眠りに就いているという状況が慢性化していたのです。そのために生ずる栄養失調で死ぬ人間の数は年間1千万人、これは、エイズ、結核、マラリアで死ぬ人間の合計数を凌駕しています。国連が一年ほど前に発表したデータによると、不十分な食生活が原因で毎日1万8千人の子供たちが死んでいるとのことです。考えても御覧なさい。収入の80~90%を食費に費やしている人々にとって、小麦、米、コーン、豆類などの値段が短期間に2倍になることが何を意味するか。飢餓線上を彷徨っていた膨大な数の人間たちが、今や、飢餓地獄の奈落に転落し始めたということに他なりません。 
 私たち無知な素人は、この状況の背後には、世界全体で見て、増加を続ける世界人口に対して、食糧生産量が追いつかず、慢性的な不足状態が存在していたのであろうと想像し勝ちですが、この想像は当っていません。この世界には、10億の人間が腹を満たしてから床に就くのに十分の食糧を生産する能力があり、現に生産しています。それが空腹を抱える人たちに届かない理由は、世界の農産物の生産と輸送を牛耳っている強力な私企業集団と、農産物が金融投資投機の対象として扱われる経済システムの存在にあります。食糧生産から利益を得ることと、空腹の人々を救うことのどちらを選択するか? 過去150年間、ヨーロッパ(アメリカを含む)は決してその選択を迷いませんでした。それが政治権力と結合する時、食糧は武器(Food as a Weapon)になります。これがフーバーの標語“Food Will Win the War”となり、カストロの論考のタイトル『Foodstuff as Imperial Weapon』として表現されたわけです。
 宮沢賢治の「ヒデリノトキハナミダヲナガシ、サムサノナツハオロオロアルキ」ではありませんが、確かに天候異変は大昔から飢饉の原因として知られています。しかし、世界の歴史に刻印されている大飢饉は、19世紀中期以後は、自然災害をきっかけとした人災であることが、歴史家によって分析実証されています。前回のブログの末尾に紹介したMike Davis 著の『Late Victorian Holocausts 』(Verso, 2001)はそれを教えてくれる文献の一つです。この本がカバーしているのは19世紀ですが、20世紀に入ってからも人災としての大飢饉の歴史は続きます。そして、現在の世界が、天変地異とはほぼ無関係な慢性的な人災飢饉の状態にあったものが、たまたま、バイオ燃料政策とサブプライム・ローン危機を主要因として俄に顕在化して、現在進行形の人災飢饉が私たちの眼前にくっきりとその醜悪な頭をもたげたのだと言うことが出来ます。
 皆さんは、第一次世界大戦後の1921年から1922年にかけて、ロシヤで起った大飢饉を御存知ですか? 次回はそのことを取り上げます。

藤永 茂 (2008年5月28日)


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食糧危機と賢者カストロ

2008-05-21 11:05:22 | 日記・エッセイ・コラム
 2007年12月19日、ブッシュ大統領は “Energy Independence and Security Act of 2007” という条令に署名しました。彼は、2007年3月26日に行った講演で、食糧用農産物を燃料に変えるという経済外交政策を推進することを宣言したのです。これに対して、キューバのフィデル・カストロは、僅か5日後の3月31日、声を大にして抗議警告を行いました。まさに荒野に響く賢者の叫び、しかし、その時点で、世界の政治指導者たちのだれ一人として、賢者カストロの声に唱和する人物はありませんでした。
■ More than three billion people in the world are being condemned to a premature death from hunger and thirst. It is not an exaggeration; this is rather a conservative figure. (世界の30億以上の人々が飢えと渇きから早すぎる死を宣告されようとしている。これは誇張ではない;むしろ控えめの見積もりだ。)■
この見積もり、世界への警告は、このところ熱心に励んだ読書勉強の結果だとカストロはいいます。2006年はじめ、すっかり体調を崩し、病床生活に入ったカストロは弟のラウロに政務を譲って、まるで青年時代に戻ったように、あらゆる書物、出版物に読み耽ったようです。彼は1926年8月13日の生れ、まもなく82歳。上掲の警告に始まる論考『Foodstuff as Imperial Weapon』はその勉強の成果の一つで、沢山の具体的データが含まれています。
 米国でのバイオ燃料大増産へのドライブは既に2006年から始まっていました。その直接、間接の理由(因果関係は複雑ですがほぼ十分に解明ずみ)で、2008年2月までの3年間に、小麦の値段は181%、世界全体の食糧価格は平均83%増加した、と世界銀行は発表しています。最初の大きな悲鳴は、人口の大きな部分が貧困層であるメキシコから聞こえて来ました。人々が常食するトルティーヤは土地で出来る白みがかった安いトウモロコシで作り、値段の高い黄色トウモロコシは、専ら牛肉、卵、コーンシロップなど輸出食品産業に使われていましたが、そこにバイオ燃料への需要が大々的に加わって、その価格が急騰し、そのため値段の安い白色コーンが牛や鶏の飼料として買い上げられて品薄となり、貧乏人には買えないような高値を付け始めました。このため、2007年初頭には、早くもメキシコ各地で騒ぎが持ち上がったのです。カストロは、心を痛めて、病床からメキシコの状況を見守っていたに違いなく、ブッシュ大統領の暴虐不遜な「バイオ燃料」政策の宣言に即刻反応した理由もそこにあったと思われます。
 カストロが恐れた事態の徴候は、たちまち、世界規模で顕在化しています。2008年4月3日、ハイチ南部の都市レ・カイエで暴徒がバリケードを築いて食糧を積んだトラックを止め、積荷を奪って人々に配り、その上、国連の事務所を焼き払おうとさえしました。(国連を敵視する理由がお分かりですか?)。騒ぎはたちまちハイチの首都ポルトプランスに飛び火し、数千人の群衆が大統領官邸に押しかけて、”おいら腹ぺこだ!” と連呼し、国連軍の撤退と、2004年に米国、フランス、カナダの力で国外に追放された前大統領アリスティードの復帰を要求しました。死者4人、負傷者多数。このハイチの暴動にように、食費が高騰して空腹を満たせなくなった人々の騒乱はフィリピン、パキスタン、バングラディッシュ、エジプト、タイ、インドネシア、カメルーン、エチオピア、セネガル、などなど、いわゆる第三世界の二十数カ国で起っています。ただ事ではありません。私は、私なりに、力を尽くして、事の本質を見据える努力をしたいと思いますが、Znet に発表された、2007年3月31日付けの、フィデル・カストロの簡潔明快な論考は貴重な出発点を与えてくれます。折角、『闇の奥』の再読改訳のシリーズを始めたばかりなのに、またまた道草を食うことになりますが、カストロが予言する「飢餓ホロコースト」は、基本的には、世界の大国と産業経済金融システムの恣意が引き起こす人災であり、黙視看過するわけには参りません。
 2008年5月2日午前、ブッシュ大統領は10月に始まる会計年度に、イラクとアフガニスタンでの戦費として700億ドルという巨大な額を議会に要請しましたが、その日、ミズーリ州の World Wide Technology, Inc. という躍進めざましい有力IT会社に出掛けて、1時間余り主に経済についての講演を行いました。歯の浮くような米国礼賛にかけては、バラク・オバラの有名なフィラデルフィア講演に勝るとも劣らない内容で、一読の価値は十分あります。(質疑も含めた講演全文はホワイトハウスのウェブサイトにあり、録音も聴けます。)ここでは、世界の突然の食糧価格の暴騰についての、ブッシュの信じられないような暴言を中心に、ごく手短に要約します。 
 講演の主題は経済問題で、雇用、エネルギー(バイオ燃料など)、サブプライム・ローン関連の問題、そして最後には貿易自由化(フリー・トレイド)の問題が、事もあろうに、コロンビアを例として論じてあります。続いて、質疑応答に入り、初めの質問者はヘルス・ケアについて大統領の見解を質しました。ブッシュは、公的な医療システムをこき下ろして、次のように言い切ります。
■ I happen to believe in private medicine. I think it is by far the best route to go because private medicine has made American health care the best in the world. I don’t care what people tell you. America’s health care is on the leading edge of change, and our American people get really good health care. (申し上げておくが、私は私的医療というものを信じている。私は、それが断然ベストの路線だと考える。何故なら、私的医療はアメリカのヘルス・ケアを世界最善のものとしたからだ。皆さん色々と聞かされるだろうが、私は気にしない。アメリカのヘルス・ケアは変革の最先端にあり、アメリカ人はほんとに良好なヘルス・ケアを得ている。)■
よくも抜け抜けとこんな事が言えたものです。国連の世界人口白書(2005年)や世界保健機関発表(2006年)のデータを見れば、ブッシュの嘘の凄まじさが直ぐ分かります。例えば、乳児死亡率を低い方から並べると、日本1位、アメリカ28位、男女総合平均寿命では、日本1位、アメリカ26位、ところが、1人当りの医療に対する平均支出はアメリカ1位(5711ドル/年)、日本16位(2662ドル/年)、これらの僅かな数のデータを眺めるだけでも、アメリカの保健医療システムの何処かが deadly wrong であることが察せられます。実は、何処が悪いかは、はっきり分かっているのです。それにもかかわらず、ブッシュはヘルス・ケアについての答えを次のように締めくくります。
■ If you really think about the health care advances in America relative to the rest of the world, they have been phenomenal. (アメリカでのヘルス・ケアの進歩向上を世界の他の国々と比較してじっくりと考えてみると、これまで実に素晴らしいものがあった。)■
ブッシュ・ファミリーが属するアメリカの超富裕層(人口の1%)にとっては、臓器移植手術を含めて、非の打ち所のない世界に冠たる医療が得られます。しかし、それを可能にしているのは、つまる所は、いわゆる第三世界、特にアフリカと中南米の諸国からの飽くなき富の収奪であります。先ほど、少し引用した世界保健機関発表のデータ表をチェックして、こうした国々の乳児死亡率や平均寿命の惨憺たる数値を見て下さい。天国と地獄の差です。
 二人目の質問者は、大統領が最も重大だと考える問題は何か、と訊ねました。ブッシュの答えは“To protect America from attack. That’s the biggest domestic challenge.” このアメリカの極端に自己中心的な考えのおかげで、世界中の空港で世界中の人間がどれだけ迷惑を蒙っていることか!質問への答えの中で、ブッシュは“One of my best buddies in this war against extremists was the Prime Minister of Japan -- Prime Minister Koizumi.” と話を小泉元首相に移し、父親のブッシュが日本軍と闘ったことをからませて、一種の家族談義を始めます。'buddy' は「相棒、親友」を意味します。このあたりも、ストーリー・テラーとして、バラク・オバマと同じ手口を使っていますから、興味のある方は読んでみることをお勧めします。
 三人目の質問者として、世界的な食糧価格の高騰について質問したのは日系アメリカ人の若者でした。これに対する大統領の解答は、無責任と欺瞞の見本以外の何物でもありません。価格の高騰で困る人間たちがアメリカの国内にも国外にもいるので、援助してやらなければならないし、アメリカは援助の大きな手を伸ばすと言い、ここでまた、アメリカの素晴らしさを唱い上げます。
■ By the way, just so you know, America is by far the most generous nation when it comes to helping the hungry. No contest. We’re an unbelievably compassionate nation. (ついでに言って置くが、あんたも承知のように、飢えた人々を助けることにかけては、アメリカはずば抜けて最高に気前のよい國だ。全く敵うのもの無し。我々は信じ難いまでに情け深い民族なのだ。) ■
何という気違いじみたアメリカ礼賛、こういう事を、公式の場で、ぬけぬけと言う人物が、そして、その妄言をすんなりと受け入れている人間集団が、武力的に世界を支配しているのです。空恐ろしいとは思いませんか?
 アメリカやカナダやイギリスの保守系論者ですら、この所の急激な食糧価格の世界的高騰の直接的な原因の一つは、サブプライム住宅ローン問題に関連した損害を取り戻そうとして、食糧を投機の対象とする金融資本の動きが活発になったことにあるとしています。しかし、ブッシュ大統領はこの金融投資家の動きのことにも、この高騰で国際的なアグリビジネスは笑いが止まらないほどの大収益を挙げていることにも、触れていません。バイオ燃料奨励については、高騰の一因かもしれないが、それが主な原因とは考えないと言い、その一方で、インドの中流階級の繁栄が世界の食糧価格を押し上げていると言い出します。
■ So, for example, just as an interesting thought for you, there are 350 million people who are classified as middle class. That’s bigger than America. Their middle class is larger than our entire population. And when you start getting wealth, you start demanding better  nutrition and better food. And so demand is high, and that causes the price to go up. ■
インドの中産階級の人々が今までより上等の食べ物を要求することも少しは影響があるでしょうが、バイオ燃料問題とサブプライム住宅ローン問題という二つのアメリカ発の最重要の要因に較べれば、まったく二次的な問題でありましょう。インドの世論もこの暴言に鋭く反応したようです。
 もう一度、カストロの論考のタイトル『Foodstuff as Imperial Weapon』に戻りましょう。彼の論考を読んだだけでは、食糧がなぜ帝国主義の武器なのかがはっきりとは理解できません。しかし、老書生カストロの心の中には、19世紀以来、食糧が英米の世界制覇の手段(武器)として用いられて来た歴史的事実が顧みられていたに違いありません。例えば、1917年4月、アメリカが第一次世界大戦に参入したあと、ウィルソン大統領に起用されたハーバート・フーバー(31代大統領)は“Food Will Win the War”という有名なフーバー・スローガンを残しています。フーバーは荒廃した戦後ヨーロッパに食糧を選択的に持ち込むことによって、戦後ヨーロッパの共産主義化を阻止したと考えられています。カストロがこの歴史的事実を強く意識していたのは確かでしょう。また、独学の私が近頃行き当たった次の書物を病床で読んだかも知れません。Mike Davis 著の『Late Victorian Holocausts 』(Verso, 2001)。この本を読むと、いわゆる第三世界(the Third World)というものの出現とその連続的存在が歴史的な自然現象ではなく、英米による帝国主義支配の必然的結果として見ることが出来そうです。この視点に立てば、現在、世界の貧困人口を飢餓の苦しみに追い込もうとしている食糧危機は、歴史的に斬新な事件ではなく、本質的には同じ事の繰り返しとさえ見えてくるということです。

藤永 茂 (2008年5月21日)


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『闇の奥』再読改訳ノート(3)

2008-05-14 09:56:29 | 日記・エッセイ・コラム
 まず訳注と改訳から始めます。
#[Hampson13]
{Marlow sat cross-legged right aft, leaning against the mizzen-mast.}
right aft の aft は副詞で、船尾に[へ]、ですが、right は右という意味ではなく、強調の副詞として、「ちょうど船尾のところに」、または、「船尾のところに」、と訳せばよいと思われます。right there という場合のように。SOED(Shorter Oxford English Dictionary) には They’re inland; right inland, as far as … as they can get. という文例が出ています。同じ問題は [Hampson74]にもあって、the machinery right astern のright astern
も同じように訳すべきでしょう。これに就いては、藤永訳『闇の奥』の訳注(p248)に書いておきました。
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{And at last, in its curved and imperceptible fall, the sun sank low, …}
直訳すれば、「カーブした、気が付かないほどの緩慢な落ち方で」となりますから、次のように改めます。
[藤永 15]:
「旧訳」:「やがて、とうとう太陽ははっきりとは目に見えない静かな曲線を描いて低く沈み、・・・」
「改訳」:「やがて、とうとう、太陽は、目にはさやかでないほどゆっくりとカーブを描いて,低く沈み、・・・」
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{And indeed nothing is easier for a man who has, as the phrase goes, ‘followed the sea’ with reverence and affection, than to evoke the great spirit of the past upon the lower reaches of the Thames.}
follow the sea という表現は大抵の辞書に成句として出ていて、「船員になる、船乗りとして生活する」を意味します。再読して、次のように改訳しました。
[藤永 16]:
「旧訳」:「畏敬と愛をもって、世に言う「海に生きる」人間ならば、テムズ河の下流の水域を眺めながらこの河の過去にまつわる偉大な精神を思い起こさない者はあるまい。」
「改訳」:「そして確かに、畏敬と愛着を持って、世に言うごとく、「海に生きた」ことのある人間にとって、テムズ河の下流水域を見晴るかしながら、そこにまつわる過去の偉大な霊魂を思い起こすことほど容易なことはあるまい。」
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 ところで、followed the sea という表現は [Hampson 18] にも出て来て、ネリー号上に集まった五人(会社重役、弁護士、会計士、マーロウ、第一人称話者)のうち、今も「海に生きる」人間はマーロウだけということになっています。Vincent Pecora はその著作『SELF & FORM in Modern Narrative』(1989)の第4章「The Sounding Empire: Conrad’s Heart of Darkness」で、この点を問題にしています。上の followed the sea という言葉が出てくる前の[Hampson15] に、{Between us there was, as I have already said somewhere, the bond of the sea.} という文章があって、これに就いては、編集者 Hampson が、「somewhere: This refers to the second paragraph of ‘Youth’: ‘We all began life in the merchant service. Between the five of us there was the strong bond of the sea, and also the fellowship of the craft …」と註を付けています。この無名の第一人称話者はコンラッドの創作ですから、彼が「我々の間には強い海の絆があった」というのなら、小説の読者としてはそのまま受け取るより他はないと思われますが、ペコーラ氏は, 会社重役、弁護士、会計士、そして話者も、かつて海の男であったことを示唆するものは何もない(there is nothing to indicate that these company officers ever “followed the sea,” …)とし、(its “bond” is primarily corporate, this seafaring brotherhood is in fact only a commercial simulacrum of community implied by Conrad’s storytelling device.)と言います。しかし、専門家としては、ペコーラ氏には調べ落としがあったようです。いま手許にないのではっきりとは引用できませんが、私の記憶では、会社重役、弁護士、会計士の三人とも実名の分かっているモデルがいて、その人たちは一応航海術の心得があったことが J. H. Stape編集の『The Cambridge Companion to Joseph Conrad』(1996)に出ていたと思います。 ネリー号上の第一人称話者をコンラッドその人と同定するのは、文学的には、不可能、不適切ですが、現実には、コンラッドは友人の会社重役、弁護士、会計士と一緒にネリーに乗って、そこで南アフリカのダイヤモンド会社の株式投資などについて会話をかわしていたことは、コンラッドの近しい作家仲間であった Ford Madox Ford が証言しています。ペコーラは、コンラッドがその中で生きていた生活環境とそれにともなう生活意識、そして、文学論的には、その時代の言語環境の枠がコンラッドに課した制約を問題にしているのです。今の我々にも身に覚えのあることかも知れません。社会的発言者としては、国際的金融資本、多国籍大企業の横暴を激しく糺弾する一方で、自分が持っているグローバルな投資信託の値上がりを願うといった滑稽さを持ってはいないでしょうか。この “duplicity”(二枚舌、言動に表裏があること、いかさま)を『闇の奥』のマーロウ、無名の話者、そして作者のコンラッドに認めて、それをペコーラは文学評論的に執拗に掘り下げて論じています。このペコーラの『闇の奥』論には、歴史的名著である『帝国主義』とその著者ホブソンについても大いに論じてありますが、私には、手の込んだコンラッド弁護論の一つのように思えます。しかし、まだ十分に咀嚼しきれていない部分がありますので、また、日を改めて論じたいと考えます。
 なお、ネリー号上の人々については、以前(2006年4月6日)に、「マーロウの物語とその聞き手たち」と題するブログに書いたことがあります。興味のある方は御覧下さい。

藤永 茂 (2008年5月14日)


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『闇の奥』再読改訳ノート(2)

2008-05-07 09:53:00 | 日記・エッセイ・コラム
 外国人の名前の読み方について思ったことを少し書き付けておきます。私の『闇の奥』翻訳の一つの動機にもなった『King Leopold’s Ghost』の著者Adam Hochschild を、藤永訳『闇の奥』p281では、ホクスチャイルドとしましたが、訳書を出版した後で、Adam の奥さんが Arlie Russell Hochschild という著名な社会学者で、彼女の名前は日本でホックシールドとされていることを知りましたので、その後は、旦那さんの方もホックシールドと呼ぶようにしてきましたが、数日前、ネット上で彼の講演を聞く機会があり、そこでは「ハックスチャイルド」といった風に紹介されていました。ですから、今から先は、また元のホクスチャイルドに戻ります。外国人の名前を日本仮名読みにする場合、まずどう発音するのか分からないことがあります。私の訳書では原著者がジョセフ・コンラッドとなっていますが、普通はジョウゼフまたはジョーゼフと書いてあり、英米人の発音にはこちらが近いと思います。では何故ジョセフとしたか?理由は簡単で、校正の際に、理由は付けずに、ジョセフとしてあったので、そのままにしたまでです。この点、私は随分といい加減な方で、校正をして下さった方に何かの確信があったのだろうと思っただけのことでした。ウクライナ生れのコンラッドの元の名前には英字綴りで Józef とあり、これは スターリンと同じで、音読すればヨセフ、またはジョセフになると思われ、校正者はこの辺を考えられたのだろうと私は思っています。決定するにはコンラッドご本人の意見を聞くべきですが、これは叶わぬことです。日本人識者のご意見というのも必ずしも当てにはなりません。ポーランド語に通じた筈の方がワレサと呼んでいた人物の名は、ワレサよりもワウェサまたはワウェンザの方がポーランド人の発音に近いようです。フランスの物理学者の名前で「ドゥブロイ」か「ドゥブログリ」かが日本の物理学者の間で問題になり、渡辺慧さんという方が直接ご本人に訊いてみたら「どちらでも構わんよ」という答えだったそうです。立花隆さんは「英米人はすべてカーツと発音する。クルツと言う人はない」という意味のことを書いていますが、これもうるさく言えば微妙です。『闇の奥』では明らかにドイツ人系の名ということになっていますし、だとするとドイツ語の‘r’ の発音の問題があります。それに、最近、私は英国の BBC 放送で、『闇の奥』専門の女性学者が軽く‘r’ を響かせて‘Kurtz’ を発音しているのを耳にしました。私としては、これから始める『闇の奥』改訳でも「クルツ」のままにしておきます。ジョセフについても同様です。こうした事柄に目くじら立てることはないと考えています。閑話休題。
 改訳の底本には前回と同じく、ロバート・ハムプソン編集の、
Joseph Conrad : Heart of Darkness with The Congo Diary. Edited with an Introduction and Notes by Robert Hampson (Penguin Classics 2000)
を使い、問題とする頁は,例えば、第15頁ならば、[Hampson15]と表し、同様に中野好夫訳の頁ならば[中野6]、藤永茂訳の頁は[藤永17]という工合に表記することにします。
 #[Hampson15]
第1行の文章から問題があります。
{The Nellie, a cruising yawl, swung to her anchor without a flutter of the sails, and was at rest.}
このswung??swing については、朱牟田夏雄さんの註釈から、航海用語として、「said of a vessel riding at a single anchor or moored by the head, and turning with the wind or tide 」であることを学びました。状況は次のようなものと思われます。ネリー号の錨は船首に一つあって、テムズ河の河口でその錨を下ろして停泊していますが、風はなく、上げ潮の流れに押されて船体は河口に船首を向け、錨の綱はピンと張られています。これが下げ潮に押されることになれば、船は錨の固定点を原点として swing し、位置を下流に変えるでしょう。改訳では「潮に押されて」を入れてみました。
[藤永13] :
「改訳」:「二本マストの小型巡航帆船ネリー号は、潮に押されて、おろした錨の綱をピンと張り、帆布一つ動かさず、静止していた。」
[中野5]:「帆布一つ動かない、帆走遊覧船ネリー号は、ゆっくり流れのままに揺れながら、錨をおろしていた。」
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{come to}
Shorter OEDには、[Nautical] cease moving, heave to とあり、heave to は「錨を下ろさずに停まる」意味だそうですので、ネリー号はたしかに錨をおろして停まっているにしても、訳文からは「錨を下ろして」は取り去ることにします。
[藤永13] :
「旧訳」:「錨を下ろして船を停め」  「改訳」:「船を停めて」
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今からも、再読改訳ノート・シリーズでは、こんな調子で書いて行きます。

藤永 茂 (2008年5月7日)


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