「プラハの春」という呼び名で記憶される1968年のチェッコスロヴァキアの変革運動はソ連の終焉崩壊の始まりをマークした事件でした。いま「アラブの春」という言葉が語り始められています。「アラブの春」はワシントン体制の終りの始まりを告げるものとして、歴史に残ることになるのでしょうか?
私には分かりません。予感はむしろ暗い側に傾きます。リビアの狂人独裁者カダフィがリビアの人民を大量虐殺するのを阻止するという人道主義的目的を掲げた国連議決の下で始まった欧米による軍事介入は、リビアの反政府勢力とアラブ同盟が要請した「飛行禁止空域の設定」を遥かに超えた集中豪雨のようなミサイル攻撃と艦砲射撃で幕が切って落とされました。欧米側から武器の供給を受けた反政府勢力はリビアの国軍をじりじりと圧迫して前進を続けています。彼らは、かつて春の到来に歓喜して、プラハの街頭で、ソ連軍の戦車と対峙した無装備の若者たちとは異質の人間集団です。ついこの間、カイロのタハリール広場を埋めた人たちとも違います。
しかし、3月20日に始まった欧米のリビア侵略が、何時の日にか、「アフリカの春」の始まりとして、400年続いた欧米のアフリカ黒人虐待システムの本当の終焉の始まりとして、人間全体の歴史の記憶に残ってほしいという強い願いと希望を、私は抱いています。
いまのリビアの問題はアラブ世界の政治体制の民主化の問題ではありません。アフリカを自分たちの支配下に留めておきたいという欧米の強烈な意図の端的な表れです。アフリカ大陸は、自分とその一族の権力と富を維持増大させることだけしか考えていない腐敗し切った独裁的政治家が沢山います。その中でリビアのカダフィが飛び離れて惨たらしく残酷な独裁者だとは、私が調べる限り、どうしても思われません。我々はカダフィについてもリビャについても余りに無知に過ぎます。例えば、彼のGMR(Great Manmade River, リビア大人工河川)事業、ウィキペディアには、
#1953年、リビアにおける石油探査の際、内陸部のサハラ砂漠の地下深くに1万年以上前に蓄積された大量の地下水が眠っていることが発見された。1984年、その地下水を汲み上げ、海岸部のトリポリやベンガといった大都市や、トリポニタニア、キレナイカの農耕地帯に供給する大灌漑計画が発表された。25年計画であり、2009年度中の完成を目指している。カダフィ大佐は、この計画について「世界の8番目の不思議だ」と述べた。#
と説明されている河川土木事業に、カダフィのリビアは巨大な国費をつぎ込んで来ました。この巨大事業の究極的な是非については色々議論があるようですが、この計画によって、リビアの砂漠が緑化され、国として食糧の安価な自給が可能になることについては多大の支持者が存在します。石油産出からの収入をこのような形で有効に使っている国家は珍しいと言わねばなりません。中近東やアフリカの石油産出国では多数の大金持ちが生まれるのが通例ですが、フォーブスの世界長者番付には一人のリビア人の名もないようです。寿命・教育・生活水準などに基づいて国ごとの発展の度合いを示すHDI(Human Development Index,人間開発指数)という指数がありますが、2011年度試算では、リビアはアフリカ大陸で第一位を占めています。また、幼児死亡率は最低、平均寿命は最高、食品の値段はおそらく最低です。若者たちの服装もよく、教育費や医療費はほぼキューバ並みの低さに保たれているようです。
いわゆるグローバリゼーションを推し進めて利潤の最大化を目指す国際企業群の常套手段は、まず給水機構を私有化し、安価な食糧を運び込んでローカルな食糧生産を破壊し、土地を買収し、現地で奴隷的低賃金労働者を調達し、そこで輸出向きの食糧生産を始めることです。アフリカ大陸の随所に見られるトレンドです。ところが、リビアでは、石油で儲けた金を治水事業に注ぎ、砂漠を緑化し、自国内で安価な食糧を生産しつつあります。これは国際企業群のもくろみに真っ向から逆らう動きであり、放っておくわけには行かないのです。
リビア東部の都市ベンガジを拠点として、欧米の軍事力のカバーの下に、カダフィ政権を倒そうとしている反政府軍は、極端な貧困状態の改善、富の公平な分配、言論の自由を求める新世代の若者たちから成っているのではありません。今の私に断言できることはそれくらいです。カダフィ自身は、「ベンガジの反革命勢力」はリビアが黒人支配のアフリカ大陸の一部になることに反対する欧米ネオコンとアラブ人から成っている、と言います。アルカイダ過激派も含まれているとも言っています。現代随一の天一坊オバマ大統領を総帥とする欧米側の嘘はまことに堂に入ったものですが、カダフィの誇大妄想にも恐るべきものがありますので、反カダフィ陣営の正体は、正直なところ、私には掴めていません。しかし、はっきり見えていることがあります。そのヒントはカダフィが彼の敵を呼ぶ「反革命」という言葉に顔を出しています。
2002年に発足したアフリカ連合(AU, African Union)という組織があります。現在、モロッコをのぞく53のアフリカの独立国すべてが加盟しています。初代の議長は南アのムベキ大統領で、カダフィはその第7代議長(2009年~2010年)を務め、リビアは単独でAU の経費の約3割を負担したこともあります。AUが、やがて、黒人の大国アフリカ合衆国(USA!)として一致団結し、アフリカが植民地時代から完全に脱却することがカダフィの夢であり、リビアの内政も、独裁的で強引であるとは言え、この夢の線に沿うものであることは否定できません。アフリカ黒人によるアフリカ合衆国創設の夢の提唱は遠くガーナのエンクルマに遡りますが、それはガーヴィー(Marcus Garvey)などによって継承され、カダフィの声が現在ではもっとも大きく聞こえてきます。これがカダフィ自身の意識している「革命」なのです。夢のアフリカ合衆国の初代大統領として歴史に名を残すことが誇大妄想の狂人カダフィの個人的野望だという悪口を叩く人々もいますし、一理ある誹謗かもしれません。しかし、アフリカの54の国が団結して外部からの搾取を排除し、強力な一大陸国家になるという夢が世界中のアフリカ系黒人の心に強く訴えるのは当然のことです。欧米とアラブの保守勢力は一致して欧米の武力介入を要請しましたが、アフリカ連合は、その脆弱な内部構造にもかかわらず、一貫して武力介入に賛成せず、話し合いによるリビア国内紛争の解決を求めて努力を続けています。ムベキの後を継いだ南アのズーマ大統領(そうです、オバマの強い要請を蹴ってアリスティドのハイチ帰国を実現させたあのズーマです)は戦乱のリビアに乗り込んで話し合いによる紛争解決の希望を捨てていません。
これまで勝手にアフリカを気まま勝手に料理してきた欧米とアラブの保守的勢力が、アフリカ合衆国創設の夢の方向にアフリカ諸国が動くことを嫌悪するのも不思議ではありません。カダフィが貧しい黒人国家から運び込んだ傭兵たちがベンガジ周辺でアラブ系反政府勢力を攻撃しているというニュースが頻りと流布されましたが、それは嘘だと思います。カダフィに金で買収されたり、操られてではなく、カダフィを支持して自ら進んで銃を取る黒人兵士がいくらでもいるのです。現在、欧米とアラブの反カダフィ勢力は強力ですから、カダフィの命運は尽きたのも同然でしょう。一巻の終わりです。しかし、今度の裏切られた「アラブの春」の情景の中に、嘘に塗り固められた、しかし、それ故に赤裸々な欧米諸国の真の姿を見抜いた無数の若い黒人たちが、北アフリカにも、南アフリカにも、いや世界中に、居ることでしょう。彼らの力のマグマがゆっくりと沈殿し鬱積して、何時の日か、アフリカの地底から天に向かって噴き上がる日が必ず来るに違いありません。「アフリカの春」はどうしても実現されなければなりません。
藤永 茂 (2011年3月30日)
私には分かりません。予感はむしろ暗い側に傾きます。リビアの狂人独裁者カダフィがリビアの人民を大量虐殺するのを阻止するという人道主義的目的を掲げた国連議決の下で始まった欧米による軍事介入は、リビアの反政府勢力とアラブ同盟が要請した「飛行禁止空域の設定」を遥かに超えた集中豪雨のようなミサイル攻撃と艦砲射撃で幕が切って落とされました。欧米側から武器の供給を受けた反政府勢力はリビアの国軍をじりじりと圧迫して前進を続けています。彼らは、かつて春の到来に歓喜して、プラハの街頭で、ソ連軍の戦車と対峙した無装備の若者たちとは異質の人間集団です。ついこの間、カイロのタハリール広場を埋めた人たちとも違います。
しかし、3月20日に始まった欧米のリビア侵略が、何時の日にか、「アフリカの春」の始まりとして、400年続いた欧米のアフリカ黒人虐待システムの本当の終焉の始まりとして、人間全体の歴史の記憶に残ってほしいという強い願いと希望を、私は抱いています。
いまのリビアの問題はアラブ世界の政治体制の民主化の問題ではありません。アフリカを自分たちの支配下に留めておきたいという欧米の強烈な意図の端的な表れです。アフリカ大陸は、自分とその一族の権力と富を維持増大させることだけしか考えていない腐敗し切った独裁的政治家が沢山います。その中でリビアのカダフィが飛び離れて惨たらしく残酷な独裁者だとは、私が調べる限り、どうしても思われません。我々はカダフィについてもリビャについても余りに無知に過ぎます。例えば、彼のGMR(Great Manmade River, リビア大人工河川)事業、ウィキペディアには、
#1953年、リビアにおける石油探査の際、内陸部のサハラ砂漠の地下深くに1万年以上前に蓄積された大量の地下水が眠っていることが発見された。1984年、その地下水を汲み上げ、海岸部のトリポリやベンガといった大都市や、トリポニタニア、キレナイカの農耕地帯に供給する大灌漑計画が発表された。25年計画であり、2009年度中の完成を目指している。カダフィ大佐は、この計画について「世界の8番目の不思議だ」と述べた。#
と説明されている河川土木事業に、カダフィのリビアは巨大な国費をつぎ込んで来ました。この巨大事業の究極的な是非については色々議論があるようですが、この計画によって、リビアの砂漠が緑化され、国として食糧の安価な自給が可能になることについては多大の支持者が存在します。石油産出からの収入をこのような形で有効に使っている国家は珍しいと言わねばなりません。中近東やアフリカの石油産出国では多数の大金持ちが生まれるのが通例ですが、フォーブスの世界長者番付には一人のリビア人の名もないようです。寿命・教育・生活水準などに基づいて国ごとの発展の度合いを示すHDI(Human Development Index,人間開発指数)という指数がありますが、2011年度試算では、リビアはアフリカ大陸で第一位を占めています。また、幼児死亡率は最低、平均寿命は最高、食品の値段はおそらく最低です。若者たちの服装もよく、教育費や医療費はほぼキューバ並みの低さに保たれているようです。
いわゆるグローバリゼーションを推し進めて利潤の最大化を目指す国際企業群の常套手段は、まず給水機構を私有化し、安価な食糧を運び込んでローカルな食糧生産を破壊し、土地を買収し、現地で奴隷的低賃金労働者を調達し、そこで輸出向きの食糧生産を始めることです。アフリカ大陸の随所に見られるトレンドです。ところが、リビアでは、石油で儲けた金を治水事業に注ぎ、砂漠を緑化し、自国内で安価な食糧を生産しつつあります。これは国際企業群のもくろみに真っ向から逆らう動きであり、放っておくわけには行かないのです。
リビア東部の都市ベンガジを拠点として、欧米の軍事力のカバーの下に、カダフィ政権を倒そうとしている反政府軍は、極端な貧困状態の改善、富の公平な分配、言論の自由を求める新世代の若者たちから成っているのではありません。今の私に断言できることはそれくらいです。カダフィ自身は、「ベンガジの反革命勢力」はリビアが黒人支配のアフリカ大陸の一部になることに反対する欧米ネオコンとアラブ人から成っている、と言います。アルカイダ過激派も含まれているとも言っています。現代随一の天一坊オバマ大統領を総帥とする欧米側の嘘はまことに堂に入ったものですが、カダフィの誇大妄想にも恐るべきものがありますので、反カダフィ陣営の正体は、正直なところ、私には掴めていません。しかし、はっきり見えていることがあります。そのヒントはカダフィが彼の敵を呼ぶ「反革命」という言葉に顔を出しています。
2002年に発足したアフリカ連合(AU, African Union)という組織があります。現在、モロッコをのぞく53のアフリカの独立国すべてが加盟しています。初代の議長は南アのムベキ大統領で、カダフィはその第7代議長(2009年~2010年)を務め、リビアは単独でAU の経費の約3割を負担したこともあります。AUが、やがて、黒人の大国アフリカ合衆国(USA!)として一致団結し、アフリカが植民地時代から完全に脱却することがカダフィの夢であり、リビアの内政も、独裁的で強引であるとは言え、この夢の線に沿うものであることは否定できません。アフリカ黒人によるアフリカ合衆国創設の夢の提唱は遠くガーナのエンクルマに遡りますが、それはガーヴィー(Marcus Garvey)などによって継承され、カダフィの声が現在ではもっとも大きく聞こえてきます。これがカダフィ自身の意識している「革命」なのです。夢のアフリカ合衆国の初代大統領として歴史に名を残すことが誇大妄想の狂人カダフィの個人的野望だという悪口を叩く人々もいますし、一理ある誹謗かもしれません。しかし、アフリカの54の国が団結して外部からの搾取を排除し、強力な一大陸国家になるという夢が世界中のアフリカ系黒人の心に強く訴えるのは当然のことです。欧米とアラブの保守勢力は一致して欧米の武力介入を要請しましたが、アフリカ連合は、その脆弱な内部構造にもかかわらず、一貫して武力介入に賛成せず、話し合いによるリビア国内紛争の解決を求めて努力を続けています。ムベキの後を継いだ南アのズーマ大統領(そうです、オバマの強い要請を蹴ってアリスティドのハイチ帰国を実現させたあのズーマです)は戦乱のリビアに乗り込んで話し合いによる紛争解決の希望を捨てていません。
これまで勝手にアフリカを気まま勝手に料理してきた欧米とアラブの保守的勢力が、アフリカ合衆国創設の夢の方向にアフリカ諸国が動くことを嫌悪するのも不思議ではありません。カダフィが貧しい黒人国家から運び込んだ傭兵たちがベンガジ周辺でアラブ系反政府勢力を攻撃しているというニュースが頻りと流布されましたが、それは嘘だと思います。カダフィに金で買収されたり、操られてではなく、カダフィを支持して自ら進んで銃を取る黒人兵士がいくらでもいるのです。現在、欧米とアラブの反カダフィ勢力は強力ですから、カダフィの命運は尽きたのも同然でしょう。一巻の終わりです。しかし、今度の裏切られた「アラブの春」の情景の中に、嘘に塗り固められた、しかし、それ故に赤裸々な欧米諸国の真の姿を見抜いた無数の若い黒人たちが、北アフリカにも、南アフリカにも、いや世界中に、居ることでしょう。彼らの力のマグマがゆっくりと沈殿し鬱積して、何時の日か、アフリカの地底から天に向かって噴き上がる日が必ず来るに違いありません。「アフリカの春」はどうしても実現されなければなりません。
藤永 茂 (2011年3月30日)