私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ライト牧師は正しいことを言った(1)

2008-03-26 09:18:27 | 日記・エッセイ・コラム
 オバマ現象についての記事は前回で打ち止めにして、今回からコンラッドの『闇の奥』の再読改訳の仕事に取りかかるつもりでしたが、オバマ上院議員が3月18日フィラデルフィヤでおこなったアメリカの人種問題についての講演『A More Perfect Union (さらに完全なる一体化)』が、アメリカの歴史に残ること必定の名演説として賞賛され、評判になっているので、私もコメントしたくなりました。
 事の起りは、Fox News などの保守的メディアが開始した意地の悪いオバマ攻撃にあります。シカゴの三位一体黒人教会の前牧師ジェレマイア・ライトは以前からオバマと極めて親しい関係にあった人で、オバマの結婚式を司り、二人の娘に洗礼を施し、オバマのベストセラーのタイトル『The Audacity of Hope』はライト牧師の説教の一つから取ったものです。オバマはライトを spiritual mentor (魂の師、精神的指導者)とさえ呼んでいました。ところが、このライト牧師、歯に衣を着せない発言でもよく知られた人物で、例えば、2001年の9月11日に就いて、“America’s chickens are coming home to roost. (アメリカがよそでやっていた事のしっぺい返しを喰らっているわけだ)”と言ったり、“racism is how this country was founded and how this country is still run.”
などと遠慮なく語ります。ライト牧師の語録には大部分のアメリカ白人たちの耳に痛いアメリカについての真実がいっぱい詰まっているようです。保守的メディアは、ライト牧師が反アメリカ的で、非国民だとして人身攻撃をかけ、こんな人物と親しいバラク・オバマも危険人物だと人々に思わせようとする搦め手戦法に出たのでした。
 バラク・オバマの3月18日の講演は、そうしたライト牧師の過激すぎる発言をはっきり非難することで、保守メディアの攻撃をかわすことを目的としたものです。講演の筆記内容はニューヨーク・タイムズのアーカイブなどにありますのでお読み下さい。以下には、この講演についての私の感想を綴ります。
 バラク・オバマに対する私の最大の批判、あるいは、非難は、アメリカについて、アメリカの歴史について、彼が白々しい嘘をつくことに向けられます。彼ほどの最高の学歴と冷徹な知性の持ち主が、アメリカとその歴史の実相を知らない筈がありません。とすれば、彼の壮麗な大嘘は、アメリカ人、特にアメリカ白人選挙民を操作するための戦術的な理由のもとに発せられていると結論せざるを得ません。その事の政治的意味は後でまた慎重に考えてみますが、まずは彼のつく嘘がどのようなものであるかを見てみましょう。冒頭の文章:
■ “We the people, in order to form a more perfect union.”
Two hundred and twenty one years ago, in a hall that still stands across the street, a group of men gathered and, with these simple words, launched America’s improbable experiment in democracy. Farmers and scholars; statesmen and patriots who had traveled across an ocean to escape tyranny and persecution finally made real their declaration of independence at a Philadelphia convention that lasted through the spring of 1787.■
上の第1行は下に示すアメリカ合衆国憲法の前文から来ています。ウィキペディア(Wikipedia)から引用させて貰いました。
■ ”We the People of the United States, in Order to form a more perfect Union, establish Justice, insure domestic Tranquility, provide for the common defense, promote the general Welfare, and secure the Blessings of Liberty to ourselves and our Posterity, do ordain and establish this Constitution for the United States of America.” (われら合衆国の人民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のうえに自由のもたらす恵沢を確保する目的をもって、アメリカ合衆国のために、この憲法を制定する。)■
合衆国は、本多勝一さんに従って、合州国と訳した方が良いのは明らかです。バラク・オバマの講演にある、今から221年前の1787年は、1776年に英国から独立した13の州が「より完全な連邦を形成」するために、フィラデルフィアで連邦会議が開かれて、憲法の草案が出来上がった年です。このユニオンとは当時ばらばらだった諸州が一体化して強力な中央政府を持つ國になることを意味していたのです。ところが、オバマの講演ではアメリカの国内の白人や黒人やヒスパニックたちが一体化して仲良く國を盛り立てようという呼びかけにすり替えられています。そのために憲法前文にある of the United States という言葉が消してあるのだと考えられます。しかし、オバマの講演の冒頭には、もっと重大な歪曲、いや、如何にもオバマ調の嘘があります。アメリカ合州国憲法書き上げのために集まった「農民、学者、政治家、愛国者」は英国での暴政と迫害を逃れるために大西洋を渡って北米にやって来たとありますが、そんなことはありません。フィラデルフィアでの憲法会議の出席者の殆どすべては北米の地で生まれ育った人々であった筈です。この嘘は、さきの3月12日のブログで指摘した彼の出生についての嘘と同質のものです。1965年、アラバマ州セルマの町の黒人たちは選挙権行使を要求してデモ行進を敢行し、多数の負傷者を出しました。黒人の民権運動史上の有名な事件です。2007年3月、バラク・オバマはセルマに乗り込んで、かつての大行進の出発点となった黒人教会で選挙演説を行い、「私が生まれて今ここにあるのはまたセルマの大行進のお蔭だ」と大見得を切りました。大行進のお蔭で黒人の地位が向上し、アフリカ出身の黒人の父親がアメリカ南部出身の白人である母親と結婚し、自分が生まれることが出来たというのが、話のミソなのでした。 ところがオバマ氏が生まれたのは1961年、セルマの大行進の4年も前のこと、話の辻褄は全くあいません。聴衆の感傷に訴えるために工まれた真っ赤な嘘であったわけです。
 講演の中にある<Farmers> という言葉も曲者で、peasant(小作農)と書いてないのがミソなのでしょうが、会議に出席した「農場経営者」はおそらく奴隷保持者の大農園主たちであったと考えられます。その事は、上に引いた憲法前文の「国内の平穏を保障し」という個所と関係があります。実は会議の前年の1786年には『Shays’ Rebellion(シェイズの反乱)』と呼ばれる大きな農民の反乱事件があったのです。出来上がりつつある憲法の下では大きな資産を持った farmersしか議員になることが出来ない状況になり、それに対する一般の農民たちの不満が嵩じて、流血の事態を招いたのでした。また、憲法前文にある「We the People of the United States」の「the People」には「Indians or blacks or women or white servants」が含まれていなかったことは、ハワード・ジンならずとも、アメリカ史の専門家の大多数の一致した見解であります。これを要するに、すでに「歴史的名演説」という呼び名の高いバラク・オバマのフィラデルフィア講演は、その冒頭からアメリカの歴史に暗い人々を欺く内容になっているのです。「アメリカ合衆国の人民」の中に女性が含まれていなかったって? 今時の若者たちは俄には信じないでしょう。しかし、黒人男性が白人女性より遥か先に選挙権を獲得したのは、アメリカの歴史的事実です。黒人男性は1870年、白人女性は1920年、半世紀の差があります。「じゃあ黒人男性は始めからちゃんとアメリカ合衆国人民に含まれていたじゃないの?」これは <A very good question> です。以前、このブログで英米での奴隷制廃止運動を取り上げたことがありますが、1870年という早い時点で黒人男性に名目的に選挙権が与えられた理由は奴隷制廃止運動の欺瞞性と深く結びついています。実質的には、黒人男女の選挙権はあれこれ策を弄して極めて不十分にしか与えられませんでした。だからこそ、1965年、セルマに集結した黒人集団の血の犠牲によって、はじめてThe Voting Rights Act (選挙権行使妨害禁止法)」が成立したのです。
 バラク・オバマのフィラデルフィア講演についてはまだ言いたいことが沢山ありますので、また次回に。

藤永 茂 (2008年3月26日)


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オバマ現象/アメリカの悲劇(4)

2008-03-19 07:50:57 | 日記・エッセイ・コラム
 これまでの議論は、私個人の感情が下に敷かれているとは言え、その気になれば誰でも確認できる事実に基づいて、進めてきました。今回は、趣向を変えて、バラク・オバマという人物の内側に私の想像力を潜り込ませて、この天才的に頭脳明晰な黒白ハーフの男が何を考えて、今の行動を取っているかを探ってみたいと思います。
 「バラク・オバマが強烈な権力意志の持ち主である」--これが、これからの議論の最も基本的な仮定です。歴史の現時点で、アメリカ合衆国大統領に勝る権力の座はありませんから、この座に就くことを志向する人間が強烈な権力意志の持ち主であることは、「仮定」と呼ぶより、事実と断定してよいでしょう。アメリカ合衆国大統領の座に就くことを自分に対する至上の命令と決めた人間が先ず一番に目指すのは、「とにかく選挙に勝つ」ということでなければなりません。選挙に勝つ為には、それを可能にする選挙地盤、票田、英語でいうコンスティチュエンシイの育成獲得が必須です。米国史上初の黒人大統領という呼び声の掛かる政治家として、黒人票は勿論当てにしたい所ですが、忘れてならない事実は、黒人人口はアメリカの全人口の約12%に過ぎず、しかも現行の間接選挙システムの下では、黒人票の最終的有効性は精々2~3%、これでは全く役に立ちません。「票田は黒人票以外に求めなければならない」-これが“黒人大統領候補” バラク・オバマの始めからの政治判断の一つの要であるはずです。ジーナの町の白人の気に入らぬ突っ張り黒人高校生を、ジェシー・ジャクソンなどと一緒に、応援したりしては百害あって一利なしと彼が踏んだのは当然でした。では何故セルマの町のブラウン・チャペルにはわざわざ出掛け、生い立ちの嘘までついて大見得を切ったのか?白人の「魂の中の嘘」--アメリカは素晴らしい自由と正義の國、アメリカ白人は今や黒人大統領候補さえ支持するファエで寛容な人間たち--この自己欺瞞に直接訴えて票田を確保する為です。「黒人たちの努力と心ただしき白人たちのおかげで、今や、黒人はアメリカ社会の中に十分組み込まれて、昔のように、白人のアメリカと黒人のアメリカがあるのではなく、ただ一つのアメリカがあるのみだ」というバラク・オバマの言葉はアメリカの白人たちの耳にはとても“soothing”に響くのです。二つのアメリカがあるのは冷厳たる事実です。しかし、「それを言っちゃあおしまい」なのです。この誤りを John Edwards は犯しました。「富めるアメリカと貧しいアメリカがある」と真実を語ったジョン・エドワーズはバラク・オバマとヒラリー・クリントンに見事に蹴落とされてしまいました。日本のマスコミでは殆ど全く伝えられていないようですが、民主党の大統領候補指名でのクリントン、オバマ、エドワーズ三人の争いでは、進歩的な黒人の多くは、オバマより白人のエドワーズの支持に回っていたのでした。ジェシー・ジャクソンもその一人でした。その肝心のエドワーズが脱落してしまった今、彼等は苦悩の決断を迫られていますが、残ったのがオバマ、クリントン、マケインの3人、その中から選ばなければならないとすれば、バラク・オバマしかありません。これで、結局ほとんどすべての黒人票が手中に転がり込みました。これはあくまで頭脳明晰な政治家オバマ氏が始めから計算済みのことであったかも知れません。
 ところで、前回のブログで一部を再録した昨年10月17日付けの『アメリカでの黒人差別(3)』では、次のような事も書きました。
■ アメリカでの黒人差別について、日本人が判断を誤る主な理由の一つはハリウッドの映画でしょう。白人と黒人の相棒がいい感じのペアとなってストーリーが進行する映画は数えきれないほどあります。この顕著にして注目すべき現象を論じた映画評論が必ず存在するだろうと思うのですが、今までのところ、見当たりません。御存知なら、是非ご教示下さい。■
悲しいことに、映画通の方から何のご教示も頂けませんでしたが、「オバマ現象」について読み続けるうちに、“magic Negro”あるいは “magical Negro”という興味深い言葉に出会いました。Magical negro という項目がWikipedia にあって、これはハリウッド映画に出てくる黒人のステレオタイプについて論じた2001年のスパイク・リーの講演で使われた“super-duper magical negro”という言葉から発しているのだそうです。ネット上の別の辞書には magic negro の説明として、[a real or fictional Black person who, especially in deference to White people, is perceived as non-threatening and servile, and appears to have a special ability to help White people.] とありました。ハリウッド映画通の間ではよく知られた言葉なのでしょう。ところが、2007年3月17日のロサンゼルス・タイムズ紙にDavid Ehrensteinという人の『Obama the ‘Magic Negro’ 』と題するオバマ論が現われて、評判になったようです。困難な状況にある白人の所に立ち現われて、マジカルな力を発揮して白人を窮地から救い出す、白人に対する無私の好意にみちた頼もしい黒人の助っ人、こよなき相棒、これがマジカル・ニグロです。バラク・オバマの出現をマジカル・ニグロの出現として捉える社会心理学的考察は興味深いものです。しかし、あらためて強調したいのですが、「オバマ現象」についての私の関心の重心は、バラク・オバマ個人のマジカルな特質にあるのではなく、この政治的社会的現象を生み出すアメリカという國の精神的土壌、精神的伝統の不気味さ、恐ろしさにあります。私が「オバマ現象」をアメリカの悲劇、世界の悲劇として同定する理由はそこにあります。ハワード・ジンが指摘する通り、アメリカという荒れ馬にはblinders が装着されているのです。
 コンラッドの『闇の奥』弁護論では、クルツ(あるいはカーツ)は白人文明の闇から原始アフリカの闇に行き着いた男だという主張がよくなされます。バラク・オバマは、言ってみれば、方向を反転して、アフリカの原始社会からアメリカの文明社会にやって来た「カーツ」ではあるまいか? これが今の私の幻想、いや妄想の極限地点です。バラク・オバマというこの不気味な混血黒人は、その胸の奥の奥で、本当には何を考えているのか? バラク・オバマは、道を踏み外した今のアメリカを本当のアメリカ-そんなものは存在しない-に回復する救世主ではなく、アメリカを最終的に地獄の底に引きずり落とすべく、アフリカの地からやってきたアフリカ五百年の怨念の化身であるのかもしれない--これが私の妄想の果ての果てです。
 未来の予言を試みるのは常に空しい所業ですが、アメリカという國の将来がお先真っ暗であることは確かです。共和党のマケインがオバマに勝って大統領になり、アメリカは今の国家路線をそのまま暴走するでしょう。もしオバマが初代黒人大統領になったにしても、イラクの占領は継続され、パレスチナ・ホロコーストはますます進行し、アメリカ国内の黒人白人の貧困層の苦難はいよいよ大きくなるばかりでしょう。
<付記>この2、3日、アメリカのメディアでは、バラク・オバマが“魂の師”としていた筈の Jeremiah Wright を自分から切り離すことを試みていることがしきりし報ぜられ、論じられています。アメリカ大統領選挙に興味をお持ちなら、是非チェックなさることをお薦めします。

藤永 茂 (2008年3月19日)


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オバマ現象/アメリカの悲劇(3)

2008-03-12 08:48:25 | 日記・エッセイ・コラム
 私がオバマ・ウォッチングを始めてからもう1年になります。この1年間、一貫してオバマ・バッシングを続けている白人の左翼的評論家がいます。Paul Street。始めの頃は語気も鋭くバラク・オバマを批判していた政界や言論界の“進歩的”分子(黒人も白人も含めて)の多くが、すべての予想に反して、ヒラリー・クリントン女史を圧倒して進撃するアメリカの希望の星バラク・オバマの勇姿に眩惑されて、つぎつぎにオバマ支持の側へと転ぶ中で、このポール・ストリート氏の反オバマの舌鋒だけはますます鋭くなるばかりです。彼の論説を読み続ける私は、その強い影響下にあることを先ずここに白状して置きます。
 ポール・ストリートのオバマ論は決して感情論に終始してはいません。イリノイ州議会議員、国会上院議員としてのバラク・オバマのこれまでの活動や法案賛否の記録や政治資金の供給源の調査結果の詳細な検討に基づいた議論が展開されていて、私自身の見解を醸成するのに大いに参考になっています。ポール・ストリートから教えてもらった事の中から、先ず、バラク氏が紡いだ(spin)大嘘話のことをお話します。
 アメリカでの黒人公民権運動(闘争)史上の有名な事件として、1965年の「セルマからモンゴメリーまでの行進(Selma to Montgomery marches)」があります。行進は三回試みられました。アラバマ州のセルマは州都モンゴメリーの西90キロほどの所にあり、昔は奴隷売買の市が立つ町でした。1965年当時の人口1万数千人の70%が黒人でしたが、実際に投票が出来る黒人有権者の数は僅か2%弱、この状況に対する黒人の怒りが抗議のマーチの形を取りました。3月7日(日曜)の最初のマーチには600人が参加し、セルマの町に接するアラバマ川にかかるエドマンド・ペタス橋を渡ってモンゴメリーに向かったのですが、橋を渡った所で待ち構えていた州警察と郡警察の警官隊が警棒や牛追い用の長い鞭を振りかざして襲いかかり、参加者の多くが血まみれとなり、重傷者を含む17人が病院に収容されました。「Bloody Sunday (血の日曜日)」と呼ばれる所以です。この有様はテレビで広く報道され、黒人公民権運動の指導者キング牧師(Martin Luther King Jr.)の呼びかけに応じて全国から参加者が集まり、3月9日の第2回の行進は2500人に膨れ上がりましたが、キング牧師は当局との暴力衝突を避け、エドマンド・ペタス橋を渡った所で行進を止め、次の大行進の準備の集会を持ったのでした。第三回の行進は参加者3千人、キング牧師夫妻も参加して、3月21日に、ブラウン・チャペル黒人教会を起点として出発しました。その時までには連邦判事がアラバマ州当局を牽制する命令を出し、大行進は暴力的に阻止されることなく、悪天候の中、4夜5日をかけて約90キロの道のりをこなしてモンゴメリーに到着しました。3月25日、州都での締めくくりの集会には、ハリー・ベラフォンテ、トニー・ベネット、ジョーン・バエーズ、サニー・デイヴィス・ジュニア、レナード・バーンシュティンなどの我々に親しい人々の顔も混じっていました。キング牧師は一般に『How Long, Not Long』スピーチと呼ばれる歴史的講演を行います。「いつまでかかる、もうすぐだ」と訳しておきます。講演の中のキングの言葉、「How long? Not long, because no lie can live forever.」、から来ています。それから5ヶ月もたたない1965年8月6日、ジョンソン大統領は「The Voting Rights Act (選挙権行使妨害禁止法)」に署名しました。
 さて、これからがバラク・オバマのお話です。2007年3月4日、選挙遊説のためセルマ入りをした彼はエドマンド・ペタス橋を訪れ、1965年の選挙権要求大行進の出発点ブラウン・チャペル教会で演説を行いました。その如何にもオバマ節のスピーチの中で、「セルマの行進があったからこそ、この私が生まれることが出来たのだ」と見得を切ったのですが、これが大嘘でした。ケニヤの田舎で山羊の番をして育った彼の父親はケネディ政権が提供した奨学金を得てアメリカにやって来ますが、・・・
■ This young man named Barack Obama [Sr.] got one of those tickets and came over to this country. He met this woman whose great great-great-great-grandfather had owned slaves; ・・・・ There was something stirring across the country because of what happened in Selma, Alabama, because some folks are willing to march across a bridge. So they got together and Barack Obama Jr. was born. So don’t tell me I don’t have a claim on Selma, Alabama. Don’t tell me I’m not coming home to Selma, Alabama. I am here because somebody marched. I’m here because you all sacrificed for me.■  「私がここにいるのは、だれかがマーチしてくれたからだ。私がここにいるのは、あなたがたすべてが私のために犠牲を払ってくれたからだ。」
 この言や良し。 けれど、残念でした! オバマ・ジュニアが生まれたのは1961年、セルマの行進の4年も前のことだったからです。「政治家というものはこのくらいの嘘なら平気でつくさ」と言っては済まされないものを私はオバマ氏の語り口に嗅ぎ付けます。いま、パンチのきいた滔々たる弁舌で全世界を魅了し続けているこの男は、私には、どうしてもスーパー・エルマー・ガントリーであると思えて仕方がありません。もしも、この超エルマー・ガントリーがアメリカ合衆国の大統領になれば、それはまさしくアメリカの悲劇であり、世界の悲劇ですが、もっと憂うべきは現在の「オバマ現象」を生むアメリカの精神的土壌です。
 この精神的土壌については、実は、昨年10月3日、10日、17日のブログ『アメリカでの黒人差別』(1)、(2)、(3)でバラク・オバマの名とともに論じました。「オバマ現象」を培う土壌を準備したのは、私が、まるで馬鹿の一つ覚えのように繰り返し引用する、ホブソンの言う「魂の中の嘘( the lie in the soul)」だと思うのです。2007年3月21日付けのブログの一部を再録します。
■ The gravest peril of Imperialism lies in the state of mind of a nation which has become habituated to this deception and which has rendered itself incapable of self-criticism. For this is the condition which Plato terms “ the lie in the soul” ? a lie which does not know itself to be a lie. (翻訳 : 帝国主義の最も憂慮すべき危険は、国家がこの欺瞞に慣れっこになって、進んで自己批判をすることが出来なくなってしまう心理状態におちいることだ。というのは、これがプラトンのいう“魂の中の嘘”- 自らはそれが嘘であることを知らない嘘 - という状態だからだ。)
つまり、アメリカ人の多くは、「アメリカという国家は自由で機会均等で、黒人を差別なんかしていない素晴らしい國なのだ」という真っ赤な嘘を、それが嘘であることを自覚せずに,自ら、信じているのです。そうであると信じたい気持が余りに強すぎるのです。しかし、この深層心理の中に潜んでいる嘘は、色々の形で浮上して姿を現します。それが、ハリウッド映画に頻出する白人と黒人との間の美しい信頼関係、特に黒人の頼もしい有能さ、の説明であり、マイケル・ムーアの反逆性をエンターテインメントとして受け入れるアメリカ社会の「賞賛すべき懐の深さ」の説明であり、白人支配層と価値感覚を共有するコリン・パウエル、コンドリーゼ・ライス、バラック・オバマなどの白人化した黒人たちを、権力機構の中に組み入れて行くことの説明です。
(再録おわり)。
 バラク・オバマが口にする嘘、白人アメリカがころりと信じてしまう嘘の例はいくらでもあります。2008年2月27日付けのブログ『オバマ現象/アメリカの悲劇(1)』で引用したバラク・オバマの有名な講演の中で、アメリカという素晴らしい國では、自分が考えたことを、何を恐れることもなく、口にすることが出来ると強調してありました。これは明らかにアメリカの現実と食い違います。以前(2007年10月3日)のブログ『アメリカでの黒人差別(1)』でお話ししましたが、ルイジアナ州の小さな町ジーナの高校の校庭にあった一本の木の下に、白人生徒と同じように黒人生徒も座らせてほしいと発言した黒人生徒たちがひどい仕打ちを受ける事件がおこりました。2006年秋の出来事、オバマ氏が言ったことが嘘であることを明らかに示す最近の事件です。この事件に巻き込まれた受難の6人の黒人生徒を援助するために、ジェシー・ジャクソンを含む多くの有名黒人が馳せ参じましたが、いまは飛ぶ鳥を落す勢いの有名人バラク・オバマ上院議員はその呼びかけに応じませんでした。ジーナには肩入れを拒み、その一方ではセルマの町ににぎにぎしく乗り込んで、嘘っぱちの生い立ち話をする男、もし英語を使うとすれば、バラク・オバマにますます熱狂するアメリカ人に対して、Don’t you see? と叫びたくなります。
 アメリカの大統領候補予備選挙(primary)は選挙資金の額の戦いだとよく言われます。WEALTH PRIMARYという言葉もあります。この戦いにヒラリー・クリントンと互角以上の成功を収めているバラク・オバマの資金源は何処にあるのか?どんな人々がバラク・オバマに軍資金を与えているのか?全米の若い学生たちがインターネットで連絡しながら資金を出しているといったニュースも流れましたが、たとえ本当であってもたいした金額には積み上がりません。大口献金の額と数が勝敗を左右するのであって、しかも、その可成りの具体的詳細は、例えば、ポール・ストリートの論考などで知ることが出来ます。結論から言えば、オバマの献金母体の性格とクリントンのそれの間には殆ど差異がありません。一例を挙げれば、バラク・オバマとユダヤ系の人々の関係は密接そのものであります。もし初代黒人大統領バラク・オバマが実現したとして、その場合のアメリカの国家政策についての100%的中すると考えられる予言は、USA とイスラエルの関係はブッシュ時代と全く変わらないだろうということです。これはオバマ氏のこれまでの公然たる発言や行動から明白に読み取れることで、秘密でも何でもありません。パレスチナ人たちのホロコーストの苦難は延々と続くに違いありません。

藤永 茂 (2008年3月12日)


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オバマ現象/アメリカの悲劇(2)

2008-03-05 10:58:49 | 日記・エッセイ・コラム
 私が勤めていたカナダの大学の化学科に、黒人の男の子を養子にして育てているアングロサクソン白人の教授がいました。彼には利発そうな娘さんがあり、大学で人類学を修めた後、カナダの北部で先住民の学校の教師になりました。この教授の研究室には日本から何人もの若い研究者がポスト・ドックとして世話になっていました。世に言う「とてもいい人」である人物の悪口を言うのは心苦しいのですが、この白人の教授さんにとって、黒人を家族の一員にしているという事実が一種の護符になっているように、私には、だんだん思えるようになったのでした。黒人を養子にしたのは彼の慈悲深い心の証しであり、計算から出た行為ではなかったに違いありませんが、結果としては、彼の人種偏見の無さを証明する勲章として働きました。進んで北辺の先住民の教育に身を捧げた若い娘さんの決意も純粋なものであったに違いなく、この親子の善良さの背後には醜い偽善者が潜んでいるというのではありません。しかし、そこに、無意識ながら、一種の、アングロサクソン特有の、ナルシシズムがあったと私は思うのです。
 北アメリカに住むアングロサクソン白人の深層心理の中には、その暗い過去に北米大陸先住民とアフリカ系黒人に対して犯した重大な罪過の自覚が潜んでいて、それが時たま浮上して、無意識のうちに、彼等の個人的あるいは集団的行動を左右することがあるのはほぼ確かです。自分を善良な人間と思いたいという誰にもある思いに加えて、過去の罪過の償いをしたい気持、許しを乞いたい気持があるのでしょう。いまアメリカと世界を騒がせている「オバマ現象」の重大構成要素の一つはそれだと私は考えています。私は随分前からそう思っていたのですが、最近、私のかねてからの hunchが外れてなかった物証が見付かりました。Barbara Ehrenreich というアメリカでは一応知られた社会主義的傾向の白人評論家がバラク・オバマ支持を表明した“Unstoppable Obama(もう止めようがないオバマ)”と題する評論(2008年2月16日)は次の文章で結ばれています。
■ So yes, there’s a powerful emotional component to Obama-mania, and not just because he’s a far more inspiring speaker than his rival. We, perhaps white people especially, look to him for atonement and redemption. All of us, whatever race, want a fresh start. That’s what “change” means right now: Get us out of here! ■
[look to him for atonement and redemption] とは「犯した罪の悔い改めとその埋め合わせを、彼を支持することで行おうとする」という意味でしょう。ここには、アメリカ白人の意識下に潜んでいると私が察していたものが、はっきりとした言葉になって浮上出現しています。[All of us, whatever race] とは「人種を問わぬすべてのアメリカ人」。「とにかく此処から出してくれ」とは今のアメリカ人ほぼすべての本能的な悲鳴でしょう。しかし、この悲鳴を黒人大統領候補支持という形で表明している白人アメリカの姿に、私は、のっぴきならぬ「アメリカの悲劇」を見るのです。アメリカ合衆国を現在の窮地から救い出してくれるかもしれない黒人政治家の出現を、白人層の大部分が、ストレートに心から歓迎し熱狂的に支持しているのなら、私としても、ストレートに声援を送るに吝かではありません。しかし、そうではないと私は思うのです。現在進行中の「オバマ現象」の本質は、前週のブログ『オバマ現象/アメリカの悲劇(1)』で述べた通り、一種の「集団ナルシシズム」であり、それは上述した教授とその娘さんの個人的ナルシシズムの集団的拡大化とも言えるものです。そして、この白人アメリカの自己陶酔の危険性、悲劇性は、彼等が本当の自分の姿、本当のアメリカの姿と思い込んでいるものが、実在しない全くの虚像であるという一点にあります。前週に引用したバラク・オバマの名講演の触りの文章を是非再読して下さい。そこには、白人アメリカが本当のアメリカだと信じていたい「本当の美しいアメリカ」が家族美談のオバマ節(ぶし)に載せて、見事に謳い上げられています。これを聞いた白人アメリカが feeling-good となったのは当然でした。貧乏な家庭の子でも頑張りさえすれば最善最高の学府に学べる気前の良い寛大なアメリカ、すべての人間は平等であり、生命、自由、幸福の追求、・・・、が奪うことのできない権利として神によって与えられているアメリカ、進歩、保守の分裂も、白、黒、黄、赤の肌色の区別もなく、あるのはただ一つのアメリカ、・・・。バラク・オバマが紡ぐこの長々しい作り話を喜んで信じようとするアメリカ人たちが自己催眠術にかかっているのでないとすれば、アメリカ合衆国は狂人の集団です。
 多年生のミリオン・セラー『民衆のアメリカ史』の著者ハワード・ジンの「America’s Blinders (アメリカの遮眼帯)」と題する少し古い論説(The Progressive, April 2006)が、おそらく目に余る「オバマ現象」に対するハワード・ジンの批判として、ZNet(2008年2月13日)に再録されていました。そこには、この集団催眠状態が歴史的にどのように継続されてきたかが、見事に要約されて書いてあります。アメリカ人は自国の本当の歴史を知らないのです。知らされていない、知ろうともしない-とも言えます。「歴史に無知であると、我々は直ぐにでも、肉食好きの政治家たち、カーヴィング・ナイフを提供する知識人やジャーナリストのための焼き上がった肉になってしまう」とジンは言います。
■ If we don’t know history, then we are ready meat for carnivorous politicians and the intellectuals and journalists who supply the carving knives. I am not speaking of the history we learned in school, a history subservient to our political leaders, from the much-admired Founding Fathers to the Presidents of recent years. I mean a history which is honest about the past. If we don’t know that history, then any President can stand up to the battery of microphones, declare that we must go to war, and we will have no basis for challenging him. He will say that the nation is in danger, that democracy and liberty are at stake, and that we must therefore send ships and planes to destroy our new enemy, and we will have no reason to disbelieve him.■
「歴史といっても、学校で学んだ歴史、えらく祭り上げられた“建国の父たち”から近年の諸大統領に到る我らの政治的指導者に奉仕する歴史のことを言っているのではない。私が言っているのは過去について正直でありのままの歴史、それを知らなければ、ずらりと並んだマイクロフォンの前で、大統領が“我が国が危ない、民主主義と自由の運命が賭けられている、だから、軍艦と飛行機を派遣して我々の新しい敵を壊滅しなければならない”と宣うた時、我々には大統領を信用しない理由が見付からないのだ」。実は、このジンの論説は、アメリカ初の黒人国務長官コリン・パウエルの「イラクは大量破壊兵器を持っている」という大嘘に乗せられて、アメリカが国を挙げてイラク戦争にのめり込んで行った状況を糺弾したものでした。ハワード・ジンは“建国の父たち”が“we the people”と呼んだものには労働者や奴隷は含まれていなかったという指摘から始めて、アメリカが神によって特別に選ばれ、祝福された“liberty and justice for all”の國であるという集団幻想の隠れ蓑のもとで、過去の数々のアメリカ大統領が犯してきた罪過の数々を辿ります。結びの文章は次の通りです。
■ A more honest estimate of ourselves as a nation would prepare us all for the next barrage of lies that will accompany the next proposal to inflict our power on some other part of the world. It might also inspire us to create a different history for ourselves, by taking from the liars and killers who govern it, and by rejecting nationalist arrogance, so that we can join the rest of the human race in the common cause of peace and justice. ■
 バラク・オバマが如何にスムースにソフトに語ろうと、ハワード・ジンはこの日の出の勢いの天才的黒人政治家に一流の大嘘つきの資質を嗅ぎ付けているに違いありません。オバマは「変化」を叫びますが、それは虚言者の叫びであるとハワード・ジンは感じているのです。私も全く同感です。いや、バラク・オバマをウォッチする私の眼はもっと意地悪かもしれません。その昔、バート・ランキャスター主演の『エルマー・ガントリー』というハリウッド映画がありました。エルマー・ガントリーは弁舌まことにスムースな天才的宣教師でしたが、神を信じてはいませんでした。私にはこのエルマー・ガントリーとバラク・オバマが重なって見えて仕方がありません。次回には、私のバラク・オバマ論を試みたいと考えます。
<付記>:またspin doctor, spin master に就いてですが、私がブログ『オバマ現象/アメリカの悲劇(1)』で推測した語源も誤ってはいなかったようです。2月27日付けのワシントン・ポストに『Negative Spin Hasn’t Spoiled Obama’s Yarn』と題する記事が出て、「Despite the ridicule, Barack continued to levitate in the polls, as if that photograph of him had conjured the genie in Aladdin’s lamp. And Hillary seemed to have pricked her finger on her campaign’s spinning wheel.」とあります。

藤永 茂 (2008年3月5日)


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