下に掲げた二つの記事は、キューバでのコロナ対策が、米国の厳しい経済封鎖と内政干渉にも関わらず、米国やヨーロッパに比較して目覚ましい成果を上げている理由を論じています。自然科学者として、私が最も強い感銘を受けたのは、キューバという国での科学と技術の地位、そして、科学者と技術者が担っている役割の正当さです。少し大袈裟な言い方をすれば、ここには最善の「科学技術論」が示唆展開されています。コロナ対策の問題を遥かに超えた重要なテーマが論じられています。はじめの記事だけを訳出しますが、2番目の記事も明快な内容ですので一読をお勧めします。
Why Cuba Does Not Have an Anti-Vaccine Movement
https://libya360.wordpress.com/2021/12/16/why-cuba-does-not-have-an-anti-vaccine-movement/
Cuba Defeats Covid-19 with Learning, Science, and Unity
https://www.counterpunch.org/2021/12/16/cuba-defeats-covid-19-with-learning-science-and-unity/
何故キューバでは反ワクチン運動がないのか
マルク・ヴァンデピット、トゥーン・ダンヒュウ
(2021年12月16日)
ヨーロッパでは、人口の大きな部分が政府のCOVID-19対策への不信感を、日増しに、公然と表明するようになってきている。米国ではそれほどではないが。これまでの政府筋の反応はパニック的で、ワクチン接種の一般的な義務の押し付けや移動の自由の制限など、父権主義や抑圧が目立つ。これでは、国民の支持を得ることはできない。そのためには、少なくとも、ワクチンを受けていない人々の不安や懸念に耳を傾けることが必要だ。しかし、それ以外の要素も働いている。こうした点、キューバと比較してみると興味深い。
政府への不信感
ワクチン未接種の人々の多くは、できるだけ早くすべての人にワクチンを接種しようとする政府の能力や誠意を当然のように疑っている。それは大して理解しがたいことではない。
2020年3月このかた、欧州各国は間に合わせの態度で動いている。COVID-19パンデミックを攻略するための政策に統一性や論理性がない。同じような伝染率でも、国によって対策は大きく異なっている。
私の住むベルギーでも、ヨーロッパの他の国々と同様、その場当たり性は理解しがたいものだ。ベルギー政府は、3月中旬まで待ってから行動を起こした。1ヵ月半も遅すぎた。もし、もっと早く手を打っていれば、感染拡大のスピードはもっと遅くなり、COVID-19による何千人もの死者を出さずに済んだはずだ。そして、彼らはその失敗から学ぶ様子はない。COVID-19の新しい波が来るたびに、対応が遅すぎる。
専門家が何年も前から警告していたにもかかわらず、ベルギー政府はパンデミックに対する備えをしていなかった。最初は、生産管理の手落ちで(まだ)十分の数量が無いのでマスクはしなくてよいと言っていたのに、突然、着用が義務化されたのである。
2021年9月には、ベルギーでは数値が悪化したのに対策が緩和され、オランダでは数値が改善しても対策は強化された。これをどう説明するのか。ベルギーでは、政府が新しい政策を実施するためには7人の保健関連大臣の同意が必要である。同時に、知事や市長は、より厳格な、あるいは、より寛容な規則を導入し、政党の党首たちは公衆衛生を犠牲にして、自分たちのイメージに磨きをかけようとするのである。
その不信感が街頭やソーシャルネットワークに広がると、極右勢力はそれをうまく逆手にとる。政府に対する不信感に共感を示すことで、正当な不満を持つ人々を自分たちの側に引き寄せるのだ。もちろん、彼らの目的は声なき人々のために民主化を要求することではない。極右の目的は、こうした人々を完全に締め出し、1%によるあらゆる形の搾取を極限まで推し進める権威主義政権の形成を早めることであることは、歴史が教えてくれている。
欧州各国で行われたCOVID-19対策は、以前も今も大混乱である。しかし、現実には、不信感はもっと深いのだ。前回の大きな危機、2008年の銀行危機でも、その代償を払ったのは市民だった。我々のお金で投機していた銀行が逃げ切り、助かったが、そのツケを払ったのは、我々一般市民だった。政府の危機管理能力にこれほど不信感があるのは、当然のことであり、それなりの理由があるのだ。
キューバでは?
ヨーロッパの政治家たちが行動に移る約2カ月前の2020年1月、早くもキューバ政府はコロナウイルス対策の国家計画を立ち上げた。労働者階級が住む地域やテレビで大規模な情報キャンペーンが展開された。矛盾する政府も、同意しなければならない7人の保健関連大臣も、マスクの義務化についての議論もなかった。
キューバ政府は断固として行動し、ウイルスの芽を摘み取るためにあらゆる手段を講じた。ワクチンのおかげで「自由の王国」を取り戻せるなどと安易な約束はせず、選挙目当てや政治的勇気の欠如の故に、早々に手綱を緩めることもせず、しっかりとした対策を講じたのである。その一例を紹介しよう。主な収入源である観光業は、伝染病の発生源であるとして直ちに閉鎖された。6歳からの子供にはマスク着用が義務づけられた。学校も重要な伝染病巣であることが明らかになると、キューバは家庭教育に切り替え、とりわけ、学校テレビからのサポートが非常に充実されつつある。
「健康リスクについて国民にきちんと伝えることで、キューバ人は家にいることの大切さを理解するようになっている。病気の感染経路を知り、自分自身や親戚、隣人の健康に責任を持つようになった」と、ハバナの医師、アイサ・ナランホは話す。
キューバの医療は主に予防に重点を置き、高度に分散化されている。各地域に総合医療クリニックがあり、地域住民と医療従事者の間には強い信頼の絆がある。2020年3月以降、約3万人の「コンタクトトレーサー(接触捜索者)」が島の隅々まで行き、家族の誰かが感染していないかどうか、一軒一軒チェックして回っている。このスクリーニングを支援するために、大学生が動員された。ベルギーでは、コールセンターで匿名の人が検出を行ったが、これは必ずしも信頼感を与えるものではない。
その間、キュバはコロナウイルスに対するワクチン開発に全力を集中した。2021年3月には、すでに3種類のワクチンが試験段階に入っていた。キューバは現在、独自に5種類のワクチンを保有しており、そのうちの1種類は2歳の幼児にも使える子供用である。
キューバでは、2020年末のCOVID-19による死亡者数は146人だったが、同じ住民数のベルギーでは、2万人近くになっていた。これはデルタの亜種が出る前の話で、キューバはこのデルタ型に遅れをとった。自国のワクチンが完成したのは、デルタ型が増殖し始めてから3カ月後だった。一方、ベルギーでは2020年後半からの迅速なワクチン接種により、少なくとも初期段階では、デルタ変種による死亡者数が大幅に減少した。
キューバでは、デルタ型の到着があまりにも急速で、当時はワクチンもなかったので、7月にはその感染のピークに達した。多くの死者を出し、キューバの医療体制を揺るがした。この不安定な健康状態に加え、米国の経済封鎖による深刻な経済問題、観光客の激減、食料価格の高騰が重なった。その結果、人々の間に多くの不満が生まれたが、その不満をソーシャルネットワークを通じてかき立て、抗議行動を大きくしようとする試みが米国から行われた。しかし、この試みは失敗に終わった。
キューバでデルタ型に対するワクチン接種キャンペーンが始まると、その成果は目を見張るものがあった。キャンペーンが始まった9月20日時点では、まだ毎日4万人以上の新規感染者と69人の死者が出ていたが、現在では、1日あたり約60人が新たに感染し、1人が死亡している。キューバでは、2歳児からワクチン接種を受けることができる。12月2日には、90%のキューバ人が1回目の接種を受けたという。これはアラブ首長国連邦に次いで世界で2番目に高い割合であり、ラテンアメリカでは最も高い割合である。ベルギーでは75%。
大手製薬会社に対する不信感
ヨーロッパでは、ワクチンを接種していない人の多くが、政府がワクチンを無料で提供することを不審に思っている。彼らは他の薬には随分とお金を払わなければならないのだ。医療費は毎年どんどん増えているのに、突然、全員が無料でワクチンを接種しなければならなくなった。その背景には何もないのだろうか?この質問をする人は、陰謀論者だということになるのか?
大手製薬会社は収益だけを追求し、人々の安全を必ずしも真剣に考えないことを人々は知っている。1940年から1980年にかけて、何百万人もの妊婦が流産防止のためにDES(ジエチルスチルベストロール)を服用し、1960年代には妊娠中の目まいの治療にソフテンが処方された。これらの投薬が何千人もの奇形児を生み出したのである。米国では、富豪のサックラー一族が所有するパーデュー製薬会社が、最近まで強力な鎮痛剤オキシコンチンを販売していたが、この薬は非常に中毒性が高いことを十分知っていたのである。
パーデュー社は、何千人ものアメリカ人の死と何百万人もの中毒に責任がある。フェンタニルは、ベルギーの同名の製薬大手(現在はジョンソン・エンド・ジョンソンの一部)のポール・ヤンセンが発明したもので、中毒性の高い鎮痛剤で、米国では自由に入手でき、盛んに宣伝されていた。この事件でジョンソン・エンド・ジョンソン社は責任を問われ、有罪判決を受けた。
また、製薬会社がCOVID-19ワクチンで不当に高い値段を付け、国から多額の補助金を受けて、何十億もの利益を確保することが許されていることも、人々は知っている。このような製薬会社が、さらに追加接種が必要だと言えば、たとえその必要性がたとえ科学的に正しくても、当然ながら、人々は疑念を抱くことになる。
キューバでは?
キューバには民間の製薬会社はない。COVID-19に対するワクチンはすべて政府所有のバイオメディカル研究所で製造されている。国内の予防接種プログラムで使用されるワクチンの80%は国内産である。法外な値段や不当な利益は見当たらない。
ヨーロッパと同じように、キューバ国民全員が乳幼児期からさまざまな病気の予防接種を受けている。これが、ここ数十年でキューバの平均寿命が非常に急速に伸びた主な要因の一つである。キューバの平均寿命は米国よりも高く、乳児死亡率低い。ここ数ヶ月で、キューバ製のワクチンも非常に効果的であることが明らかになっている。だから、キューバ人なら誰でも、自国の製薬会社を信頼するだけでなく、誇りに思うのは当然であろう。
科学に対する不信感
ここヨーロッパでは、食料サプリメント、完璧なおむつ、育毛剤、超速携帯電話・・・など、あらゆる種類のもの宣伝に本物の科学と疑似科学がよく使われる。その結果、多くの人々にとって、科学はその地位を大きく落としている。頻繁に起こる研究や技術上の大規模な不正行為(ディーゼルエンジン事件など)は、人々をさらに疑心暗鬼にさせる。
また、統計とその論文での表現が理解できるようにならないままで中等教育や高等教育を卒業してしまう人も少なくない。なぜ大勢の人々が怪しげな理論に惹かれ、それを真実として受け入れようとするのか、それは「彼ら」、つまり、政治家、専門家、メディアの集合体が、COVIDパスポート、予防接種、などなどを強制的に押し付け、その必要性を信じさせようとしていると考えるからだ。
キューバでは?
キューバでは、人々はごくまれにしかこのような広報活動に直面しない。科学は、質の高い教育や非商業的なメディアを通じて人々に届く。最初の感染が起こる前から、テレビでキューバ人全員に、COVID-19とは何か、どのように世界的に大流行しているのか、それに対して何ができるのか、その結果、どのような対策が必要なのかが説明されていた。
キューバの人々は、科学者がキューバの公益のために働いていることを知っている。例えば、世界最高水準の自国の気象学者によって予告されたハリケーンの通り道にあたる町や都市での予防的避難のように、国民はほぼ毎年それを実経験しているのである。また、HIVが予防への強いコミットメントによって迅速に封じ込められたこと、デング熱やジカ熱が科学的、効率的かつ透明性の高い方法で治療され、最小限の犠牲者しか出さなかったことを目の当たりにして来たのである。
連帯への不信感
広域流行伝染病の効果的マネジメントは、連帯感を前提にしている。個人的には病気をほとんど恐れることのない大多数の人々が、少数派の(非常に)高齢者や身体的弱者に連帯感を示す必要がある。ワクチン接種は、普通の男性や女性、そして子供たちにとっても重要であり、できるだけ早く地域社会でのウイルスの循環を減らし、弱い人たちに有利になるようにしなければならない。ヨーロッパを含めて、殆どの人が、それを参加する十分な理由と考えている。これは、安全対策の遵守についても同様だ。
ヨーロッパで、"私は健康で体力もあるからワクチンはいらない、あとはそれぞれの責任 "という人がそれほど多くないのは、むしろ驚きだ。この国の商業・新自由主義文化全体が、毎日のように、自分を発展させ、より良い人生を求め、つまり、もっともっと金持ちにならなければならないと人々を唆す。理想は絶対的な自律性であり、他人に依存しないこと、「国家」に依存するなどもってのほか、頼れば「たかり屋」だという事なる。そして、労働組合はそうした「たかり屋」の保護者と見なされる。国家は縮小され、社会保障費と医療保証費は削減されなければならない。これは、とても連帯を育む文化ではない。
キューバでは?
キューバの人々は、競争社会、「誰もが自分だけのために」という状況の中に生きてはない。キューバの人々は、経験から、一緒に力を合わせなければこの国の大きな問題に立ち向かえないことを知っている。一緒に問題を克服することは、これまでずっとやって来たことであり、その必要性は、今、これまでに無いない大きさになっている。隣人を助け、一緒に近所を清掃し、職場で会議を開き、一緒に意思決定を行う・・・、これが彼らの生き方なのである。連帯感は彼らのDNAの一部だ。何十年もの間、医師、看護師、教師を世界に送り続けている。人口1,100万人の小国で、資源はベルギーの十分の一もないのに、遠くイタリアまでCOVIDと戦うために医師を送り込んでいる。
この態度と生き方が、キューバにワクチン接種に反対の人々が殆ど全くいないもう一つの理由である。(翻訳終わり)
藤永茂(2021年12月28日)