私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

スーチーとアリスティドとカガメ

2010-11-24 11:06:18 | 日記・エッセイ・コラム
 近頃,テレビの報道的番組でやたらとクイズ形式が用いられていることを私は好みませんが、今日は、あえて流行のフォーマットに従って、三つの名前をクイズとして出題します。この三つの名前をご存知ですか?
 まず、スーチー、これはほぼ誰もが知っている名前でしょう。ミャンマー(もとビルマ)の軍事政権は、去る11月7日に、1990年以来20年ぶりに総選挙を行い、11月13日、スーチー女史の自宅軟禁を解除しました。断続的に軟禁が始まった1989年から数えると通算15年間、彼女は拘束下の生活を強いられてきたことになります。この20年,軍の独裁下にある非民主国ミャンマーに米国を先頭とする国際社会が粘り強く圧力をかけ続け、ついにそれが実って、スーチー女史の自由が取り戻され、ミャンマーの真の民主化への可能性が膨らんだ--これが、先頃、米英や日本のマスコミが多くの時間を費やして報道したことの要点です。スーチー女史の自宅軟禁に就いては,過去に何度も取り上げられて来ましたから、日本での彼女の知名度は高いと思われます。
 では、アリスティドという名前はどうでしょう。私の単なる推測ですが、街頭で質問すれば、おそらく千人に一人ぐらいしか、かつてのハイチの大統領の名前だろうと答える人はいないでしょう。
 カガメは現在のルワンダ大統領で、2006年(平成18年)11月、我が国の招待で来日し、11月8日には、天皇と会見し、安倍総理と首脳会談を行ないましたから、日本での知名度はアリスティドより大分高い筈ですが、街角で急に尋ねられて、正しく答えられる人は稀でしょう。しかし、世界史的な、あるいは、グローバルな政治情勢の展望の視点に立てば、スーチーよりアリスティドとカガメのほうが日本人の政治意識の中ではるかに高い位置を占めるべき名前だと私は考えます。その理由はいくつも挙げることが出来ますが、今日は、公正な民主的選挙ということに焦点を絞ります。
 11月7日行なわれたミャンマーの総選挙では、軍事政権が本年3月に成立させた選挙関連法の規定によって、自宅軟禁中のアウン・サン・スー・チー女史及び刑務所に収監されている政治犯は選挙から除外されました。見え透いた卑劣なやり方ですが、いわゆる“国際社会”、特にアメリカ合州国には、1990年来のミャンマーの軍事政権を非難する資格は全くありません。彼らがハイチで、またルワンダで過去20年間にやってきた、そして今もやっている不法行為と罪業が、ミャンマーの独裁軍事政権の所業より遥かに悪質で大規模であるからです。
 1990年12月16日、ハイチ下層民の圧倒的な支持を得たアリスティドは67%の選挙得票で大統領になりましたが、1991年9月30日、アメリカが操る軍部のクーデターによって国外に追放され、支持者数千人が殺されました。その結果,ハイチ国内の混乱が大きくなり過ぎたため、1994年の夏,アメリカは厚顔にもアリスティドに一定の政治的条件を飲ませて大統領に復帰させたのですが、1995年初頭、アリスティドは突然ハイチ国軍を解散させ、その年の夏、アリスティドの政党ファンミ・ラバラスは議員選挙に勝利を収め、2000年11月26日、今度は92%の圧倒的得票でアリスティドは大統領に再選されます。民衆の支持を得て、アリスティドは米英、フランス、カナダの意向に逆らう政策を重ねて行きましたが、2004年1月1日、ハイチが奴隷反乱(世界史で唯一成功した奴隷反乱)でフランスから独立した200年記念を祝った一ヶ月後の2月5日、欧米を後ろ盾とする大規模な反アリスティド政府の争乱が起り、その騒ぎのただ中の2月29日、アリスティド夫妻は強制的に米国空軍機に乗せられて遠くアフリカ大陸中部の元フランス植民地であった中央アフリカ共和国に連れ去られました。その後、アリスティド夫妻は南アフリカに移され、国の客人として普通の市民と同じ生活をしているようですが、国外旅行は許されていません。旅券が出ないのです。本年初頭のハイチ大地震の後、ハイチ国内ではアリスティドの帰国を望む声が強くあがっているのですが、オバマ政府はダンマリを続け、南アフリカ政府に旅券を発行させる気配は全くありません。この11月28日には総選挙がありますが、アリスティドは遠いアフリカの地に軟禁されたままで、彼の政党ファンミ・ラバラスは選挙から完全に閉め出されています。アメリカ政府の傀儡が大統領になるのは見え透いたことです。
 ルワンダはコンゴの東部に隣接する小国ですが、1994年のルワンダ・ジェノサイド以来、世界のホット・スポットになりました。カガメは2010年8月9日の総選挙で100%近い票を得て大統領に再選されましたが、野党の有力政治家たちは惨殺されたり、国外に逃れた行き先でも刺客によって瀕死の重傷を負わされたりで、兎に角、目も当てられない独裁的翼賛選挙になりました。もし民主的に自由投票が行なわれたらカガメを打ち負かして勝利確実と看做された女性候補ヴィクトワール・アンガビレ・ウムオーザは早くから自宅に監禁されて選挙に参加できず、選挙後にはとうとう投獄されてしまいました。支持者たちは、彼女が獄死させられる可能性があるとして憂慮しています。こうした状況にも関わらず、オバマはインチキ選挙のずっと以前から全面的にカガメを支持し、2010年9月9日のカガメ大統領就任式には特使として旧友リック・ワレン牧師を送って「神への祈りの詞」を述べさせました。リック・ワレンは、2009年1月20日のオバマ大統領の就任式でも同じ任務を果たした人物です。やや太っちょで、憶えている人もおありでしょう。
 さて、ミャンマー、ハイチ、ルワンダでの総選挙三題噺、いかがお読みいただきましたか? ハイチやルワンダで起っていることは、我々に関係の薄い、遠い遥かな小国での出来事ではありません。世界を左右する暴力的権力機構の構造が醜い姿を露呈している注目すべき重要地点なのです。スーチーさんをめぐる感動的ストーリーだけがしきりにマスコミを賑わすのも暴力的権力機構の作動の一例にすぎません。
 ハイチについては、このブログの連載『ハイチは我々にとって何か』(1)~(6)で、ルワンダについては、連載『ルワンダの霧が晴れ始めた』(1)~(7)で取り上げました。その中に参考文献も掲げてあります。興味のある方は参考にして下さい。ハイチについては、最近のコレラの伝染、ルワンダについてはコンゴ東部の大虐殺の真相の浮上という大問題が持ち上がっていますが、これについては筆を改めて論じるつもりです。
 今日の締めくくりとしてもう一つクイズを出題しておきます。今日のはじめに「カガメは現在のルワンダ大統領で、2006年(平成18年)11月、我が国の招待で来日し、11月8日には、天皇と会見し、安倍総理と首脳会談を行ないました」と書きましたが、日本外務省のホームページには、カガメ来日の成果の評価が次のようにまとめられています。何故これほどまでに日本政府がカガメを大事にするのか、その理由は何なのでしょうか?
■(1)我が方招待によるカガメ大統領の訪日が実現したことは、良好な二国間関係のこれ以上ない証左であるとして先方の高い評価を得た。
(2)カガメ大統領は、94年の大虐殺の悲劇を経験した同国で、強力なリーダーシップを発揮しつつ「復興と開発」に向けた努力を続けている。このような姿勢は、「平和の定着」を重視する我が国の対アフリカ支援方針とも合致するものであるところ、カガメ大統領と我が国要人、さらには日本国民との間で、アフリカにおける「平和の定着」に関する意見交換が行われたことは、我が国の今後の本分野での政策決定等に資し、また我が国国民のアフリカの「平和の定着」に対する意識の啓発、理解の深化に繋がった。また、本格的二国間援助実施への礎が得られたものと思われる。
(3)今回の訪問により良好な二国間関係がさらに強化され、特に北朝鮮問題や国連安保理改革に関する我が国の立場への理解・支持を得られた。これは、今後我が国がこれらの外交課題に取り組んでいくに当たっての重要な基盤となり、大きな成果があった。■

答えは簡単、この頃話題のレアメタルです。

藤永 茂 (2010年11月24日)


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アメリカの医療、キューバの医療

2010-11-17 11:00:00 | 日記・エッセイ・コラム
 Ronald Dworkin(1931年生まれ)という米国と英国をまたにかける高名な法律、政治哲学者が居ます。進歩的大学人と看做されています。私のカナダ時代にはいつも熱心に購読したアメリカの書評誌 New York Review of Books の最近号に、去る11月2日のアメリカ下院上院選挙に関するDworkinの評論『Americans Against Themselves』が掲載されています。その出だしを少し:
■ The results of Tuesday’s election are savagely depressing, wholly expected, yet deeply puzzling. Why do so many Americans insist on voting against their own best interests? Why do they shout hatred for a health care plan that gives them better protection against calamity than they have ever had? Or stimulus spending that has prevented a bad economic climate from being much worse for them? ・・・(火曜日の選挙の結果はたまらなく気の滅入る、完全に予測された通りのものであったとは言え、深刻なまでに不可解だ。何故こんなに多数のアメリカ人たちが彼ら自身の利益に反して投票することに固執するのか?病気の災難に対して今まで持ったことのないほど良い保障を与える医療保険制度に向かって嫌悪の怒声を浴びせるのは何故なのか?あるいは、経済環境が彼らにとってもっとひどく悪化するのを経済刺激支出で阻止したというのに、何故反対票を投じたのか?・・・)■
オバマ大統領が、困難な状況の下で、アメリカ人大衆のために為になることを色々やってくれているのに、何故それが分からないのか、といった高所から大衆を叱るようなこの論評の調子に反発するコメントが沢山寄せられましたが、New York Review of Booksの読者層が一般大衆層とはとても言えないことを考えると、この書評誌にしばしば寄稿するアメリカの有名知識人、それもいわゆる進歩的知識人たちの占める社会的地位、それに当てがわれている社会的機能が問題化しているように思われます。しかし、その問題は後回しにして、アメリカの医療保険制度を先ず俎上にあげましょう。
 アメリカの医療制度の構造は大変複雑です。その根幹は私企業による医療保険ですが、貧困者、高齢者、子供を対象にするMedicare, Medicaid,などの公的保険制度もありますし、そうした公的制度の実際の運営は各州の権限の下にあります。この複雑な制度全体、そして今後に下院での討議を待っているオバマ政府提出の法案“America’s Affordable Health Choices Act ” の詳しい解説を今ここでするのは私の任ではありません。しかし、アメリカの医療制度の特色を少し指摘することは出来ます。まず、金に糸目をつける必要がない人々にとって、アメリカは世界最高の医療を享受できる場所でしょう。臓器移植手術は勿論、殆どあらゆる分野で最高の医療技術を誇っていると思われます。しかし一方で、予防医学的な発想の政策は手薄で、例えば、貧困下層の若者たちが、非健康的なジャンク・フードを食べることで肥満状態に陥りやすい社会状況が放置されています。国民全体の健康状態を改善して全体的に医療関係の消費を低下させることに、医療保険企業、医薬産業が積極的になる筈が原理的にあり得ないからです。医薬品業界の成功の最重要の鍵は健康な人々に出来るだけ多くの薬を消費させることだと明言した業界の重鎮さえ居ます。2006年の統計では、医療保険企業の総純益は1兆円を超え、その一方で、5千万人が医療保険を持たず、保険に加入している人のうち3千万人は保険のカバーが十分でないと見積もられています。そうした状況のため、アメリカでは、毎年2万人の人が、十分の医療が受けられないという理由で死んでいるとされています。2009年に報じられたところによると、アメリカ人の10人中6人は受けるべき治療を、お金がかかり過ぎるという理由で、遅らせたり、諦めたりしているそうです。また、個人的に破産する人のうちの62%は、過大な医療出費が破産宣告の理由で、しかも、その内の78%は医療保険に加入しては居たのです。保険のカバーが足らなかったわけです。こうした「裏口から覗いた」様子からも、アメリカの医療制度が、中低所得層の人々にとって、とりわけ、貧困層の黒人にとって、惨憺たる状態にあることが察せられます。
 カストロのキューバの医療体制は、アメリカのそれと全く対照的です。1959年の革命の頃、アフリカ系黒人は人口の40%を占めていましたが、医療施設は都会に集中し、その恩恵を受けていたのは主に有産階級の白人と半白人たちでした。革命政府が直ちにとった全国民無差別医療制度は、田舎に住む黒人と半黒人人口にとって、特に有難いもので、農村地域にはほぼ皆無であった病院の数は1984年には54を数えるまでに増加し、現在では、庶民が受けられる医療サービスについて、都市と地方で殆どまったく差が無いと言われています。キューバではポリオは絶滅され、マラリヤなど熱帯に多いウィルス性伝染病も良くコントロールされていますし、乳幼児や妊産婦死亡率は先進国並み、エイズウィルス感染率はアメリカの十分の一、平均寿命78歳はアメリカと同じです。キューバの医療体制のすばらしさについてはインターネット上に有り余るほどの情報がありますのでご覧下さい。大多数のキューバ国民にとって、医療費はほとんど無料に近い安さに保たれています。
 最も驚くべきことは、この成果が、革命直後から始まったアメリカの厳しい経済制裁にも関わらず、成し遂げられたということです。経済封鎖は今でも続いているため、キューバの経済は発展途上の小国なみの規模に過ぎません。医療関係費はキューバの国家支出の最大額を占めると何処かで読んだ記憶がありますが、医療費を低く抑えるために、キューバでは予防医学的な面に重点が置かれ,幼児、高齢者、生活習慣病的なありふれた疾病の取り扱いが行き届き、公衆衛生、飲料水の質、予防接種などに力が注がれています。軍事費が支出の半額を超えるアメリカと何という発想の違いでしょう。これも記憶からですが、アメリカのある医学雑誌で、キューバを訪れたアメリカの大学の医学部の先生が、キューバの医療技術の水準は概して大変低く、困難な手術は行なえない場合が多い、という感想を述べているのを読んだことがあります。「お金がなければ死ななければならないが、お金があれば死なずにすむ」という社会と「難病は救ってもらえないかも知れないが、そうでなければ費用に心配なく救ってもらえる」という社会のどちらを良しとすべきか、難しい問題です。
 ウィキソースにある『世界人権宣言』の日本語訳から第19条と第25条をコピーします:
第19条「すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む。」
第25条「1. すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設等により、自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利並びに失業、疾病、心身障害、配偶者の死亡、老齢その他不可抗力による生活不能の場合は、保障を受ける権利を有する。2. 母と子とは、特別の保護及び援助を受ける権利を有する。すべての児童は、嫡出であると否とを問わず、同じ社会的保護を受ける。」
今のアメリカは、第19条は尊重するが第25条は蔑ろにし、一方、キューバは、第19条を満たさない代わりに第25条を十分尊重していると言えましょう。一体、どちらの基本人権が先に守られるべきでしょうか?
 ここで、冒頭で取り上げたRonald Dworkinに戻ります。この高名な学者評論家個人について意味のある批評をする能力も資格も私にはありませんが、この人にしても、アンジェラ・デイヴィス教授にしても、生活環境、収入、一流の医療施設と名医へのコネクションといった点で、低所得層の人々の生活感覚から全くほど遠いところで日々の快適な生活をしているのだろうと想像します。これは我々にとって意味のない想像ではありません。キューバ革命の1959年は、私がシカゴ大学の物理学教室からの招聘でアメリカ生活を始めた年です。当時の私が政治的なことに関心の薄かったこともありますが、私を受け入れてくれたアメリカは物質的な生活水準は勿論、美術館とか音楽演奏会とか、図書館とか、分かりやすい形での文化水準でも、私を魅了してやまぬものがありました。大学での毎日の研究生活はもったいないほど自由で充実していましたし、人々も開放的で親切で、アメリカという国と社会についての自信に溢れていました。これでアメリカという国に惚れ込まなかったとしたら、その人は余程の眼力と見識を備えた日本人であったに違いありません。しかし、歴史的事実としては、丁度その頃、中南米でアメリカは実に非情残酷な圧制行為を続けていたのでした。その二つの例として、当時のキューバとグアテマラに焦点を合わせて歴史をお調べになれば、すぐに分かります。1959年前後、私は情けない盲目状態にあったことを、遅ればせながら、告白し、懺悔しなければなりません。私がアルベンス(Jacobo Arbenz Guzmán)のことを知ったのはつい先頃のことでした。
 今の私が危惧するのは、あの戦後アメリカの黄金時代から今日に至るまで、アメリカの社会の恵まれた社会層に受け入れられて快く生活する渡米日本人の方々が、依然として、かつての私のように、アメリカの歴史に暗いままで日々を過ごしておられるのではないか、ということです。

藤永 茂 (2010年11月17日)


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アンジェラ・デイヴィスとバラク・オバマ(2)

2010-11-10 10:09:25 | 日記・エッセイ・コラム
 前回原文で引用し、訳出したアンジェラ・デイヴィスの発言の検討を始めます。まず、彼女の発言には、事実と異なっていること、歪曲されていること、が多く含まれていることを指摘したいと思います。オバマ大統領実現の際の世界的熱狂が“あの日、2008年11月4日、オバマが選出された時、これは世界史的事件だったのです。文字通り世界中の人々が祝賀に沸き上がった-アフリカで、ヨーロッパで、アジアで、南アメリカで、カリブ海で、アメリカ合州国で。私はオークランドにいましたが、みんな街頭で文字通り踊っていました。あれほど世界中の人々を強く捉えた集団的歓喜に較べられる瞬間は、私の記憶では、他には無かった-ありません”と引用発言の前半に描かれていますが、これは余りにも誇張に過ぎます。“collective euphoria”という言葉は大変強い意味合いです。「集団的な幸福感の病的な高揚」がより正確な訳語でしょう。その当時、私は、このブログで、アメリカ全体でオバマに投じられた白人票は43%に過ぎなかったことを報じました。南部諸州では20%前後だったと記憶します。アメリカ国内でそうだったのですから、アンジェラ・デイヴィスは「世界中の人々」ではなく、「世界中の色の黒い人々」と言うべきであったのです。アメリカやヨーロッパの“進歩的”知識人の中にはオバマ大統領の実現に感激するポーズをとることで、一種のナルシシズム的満足を味わった人があったのは事実でしょう。前にこのブログでも問題にしたポール・クルーグマンがそのよい例です。しかし、世界中の人が集団的ユーフォリアに沸いたというのは、何としても誇張に過ぎます。学問をする者、教師の立場にある者のすべきことではありません。
 引用した発言の後半のオバマ大統領弁護の手厚さも驚きです。ブラック・パンサーの面々と共闘した40年前の先鋭な彼女だったら、こんなひどい事実誤認は犯さなかったでしょう。私の推測をずばり申し上げれば、今の彼女の発言は事実の誤認の結果ではなく、セレブなアカデミック左翼としての計算の結果でしょう。彼女は「あの選挙は、大部分のところ、何よりも先ず、将にそうした大衆運動、国内全体の普通の人々によって創設された大衆運動の結果であった」としていますが、バラク・オバマが若者たち、とくに白人学生たちの政治意識を、インターネットを使って一挙に高揚し、動員し、彼らのインターネット・キャンペーンを通して、大衆からの小口献金(200ドル以下)を主な選挙資金として選挙戦を戦い抜いた、というのは、全くの虚偽の作り話、神話であったという事は、アンジェラ・デイヴィスの属するレベルのインテリなら先刻ご承知の筈、ポール・ストリートが情報源を明記してまとめたところによれば、若い白人学生多数を含む一般大衆が盛り上げたとアンジェラ・デイヴィス教授が規定する2008年の選挙でオバマ候補が集めた選挙資金資金は占めて$750 million(当時1ドル100円として750億円)、その約1/3が200ドル以下(献金者名報告不要)の小口、残り2/3の約500億円は大口の献金で、これはブッシュが2000年と2004年の2回の選挙で集めた額の合計を上回ります。ウォールストリートからは30億円、保険会社関連からも30億円、これは大変有効な献金であったわけで、ウォールストリートは巨額の公的資金の流入で、保険会社は医療保険の本当の改革を阻止したことで、選挙献金額の何百倍もの利益を回収しました。まったくオバマ大統領のお蔭です。
 日本では英語の勉強のよすがとしてオバマさんの名講演の数々を材料にした本に人気があるようですので、私も少し彼の講演から引用しましょう。2007年の夏、オバマ候補はシカゴの大きなスタディアムを一杯にした労働組合員たちに呼びかけました。:
■ The people in this stadium need to know who we’re going to fight for. The reason that I’m running for president is because of you, not because of folks who are writing big checks, and that’s a clear message that has to be sent, I think, by every candidate.(このスタディアムにいる人々は、われわれが誰のために戦おうとしているか知る必要があります。私が大統領に立候補しているのは皆さんの故なのであって、高額の小切手を切っている連中の故ではないのです。そして、このはっきりしたメッセージこそ候補者の誰もが発すべきものと、私は考えるのです。)■
また、サウス・カロライナのグリーンヴィルでは、
■ Washington lobbyists haven’t funded my campaign, they won’t run my White House, and they will not drown out the voices of working Americans when I am president.(ワシントンのロビイストたちは私の選挙資金を出しては居りません、彼らに私のホワイトハウスを牛耳らしはしません、そして、私が大統領であれば、彼らがアメリカの労働者の声をかき消してしまうことを許しません。)■
と言い切りました。同じ夏に彼の選挙戦チームが発信したイーメールでは、オバマは支持者たちに次のように書き送りました。:
■ Candidates typically spend a week like this ?? right before the critical June 30 financial reporting deadline ?? on the phone, day and night, begging Washington lobbyists and special interest PACs to write huge checks. Not me. Our Campaign has rejected the money-for-influence game and refused to accept funds from registered federal lobbyists and political action committees.(大統領候補者たちは - いま丁度、6月30日の選挙会計報告締め切り直前の大事な週ですが -  こうした時をどんな風に過ごすかというと、昼も夜もぶっ通しで電話にかかりっきりで、ワシントンのロビイストたちや特定の権益関係の政治活動委員会(PAC, Political Action Committee)にデッカイ小切手を切ってくれと懇願し続けるわけですが、私は違う。我が選挙運動は口利き料のゲームを拒否し、国会に登録したロビイストたちや諸々の政治活動委員会から選挙資金を受け取ることを拒否してきました。) ■
これだけの大嘘をついて一般大衆を欺いて大統領の座に駆け上がった彼は、いかにも稀代のコンアーティストらしく白を切り続けます。
 オバマの選挙資金については、もう一つ、忘れてならない事があります。彼のふところに巨額の選挙資金が転がり込み始める前に、オバマ候補は、もし共和党の候補者が同意するなら、彼は公営選挙資金制度の下で選挙戦に従事すると提言したのでした。この制度の下では、国家が支出する$85 millionという資金内でお互い公平に戦うという、なかなか良い制度なのです。ところが、敵手である共和党の大統領候補のジョン・マケインが話に乗ってきた後になって、オバマは「モーヤーメタ」といって降りてしまいました。大量の資金が集まる目処が立ったからであったと思われます。しかも、大統領になってからのオバマ氏は、選挙公営の方向に逆らって、企業の政治的行動の自由を尊重するという名目で、企業の選挙への献金の額を無制限とする法律を成立させたのです。これではアメリカの政治は腐敗するばかりです。
 「健康保険制度法案は出来上がったものよりも遥かに強力なものでありえたでしょう」という彼女の評価も信じられない甘さです。保健医療産業から巨額の口利き料をもらったオバマ大統領がしたのは、税金が確実に私営産業の懐に流れ込み続けることを保証することに過ぎません。オバマの健康保険制度法案が成立したにしても、現制度の下で苦しんでいる人たちの悲惨は減ることはありますまい。アンジェラ・デイヴィスの甘い評価に対抗して、私は私の判断と予想に自分の首を賭けてもよい気持ちです。
 ほぼ1時間にわたる長いインタヴューの終りに、「あと15秒ですが」と言われて、デイヴィス博士はこう結びました。:
■ Again, I would return to the election of Barack Obama. Barack Obama was elected despite that kind of a lobby, despite the power of money. And so, we have to continue the campaign for a better world, drawing upon all of our resources.■
「バラク・オバマはああした圧力団体の力、金の力にもかかわらず、選挙された」と彼女が本当に信じている筈はありません。今は財界勢力と密接な関係にある大学理事会が運営する一流大学の環境の中で、彼女はすっかり毒を抜かれた「進歩的有名大学人」というゲームを演じているだけです。功なり名遂げて定年退職後の彼女は、ヴィンテージもののカリフォルニア・ワインで一杯のワイン・セラーのある快適な邸宅に住んでいるのだろうな、などと意地の悪い想像をしてみたくもなります。
 この11月9日には、もとブラック・パンサーの党員ムミア・アブ-ジャマール(Mumia Abu-Jamal、1954年生まれ) の死刑執行が決定されるかも知れません。1981年12月9日、フィラデルフィアで交通取締中の白人警官ダニエル・フォークナーが射殺され、ムミアは犯人として逮捕され、1982年6月に裁判が始まり、死刑が宣告されました。彼は、いま、獄中から世界に向かって発信するジャーナリストとして広く知られ,読まれている存在ですが、世界の支配権力によって痛められ続けている人間たちの立場から一貫した発言を、この30年間、行なっています。大変な勉強家であることは、その発言からよく読み取れます。アンジェラ・デイヴィス(1944年生まれ)も、1970年前後、ブラック・パンサーのシンパであり、今も監獄廃止、死刑廃止を唱えていますから、ムミア・アブ-ジャマールとはいろいろな接点があります。しかし、いまこの二つの名前を並べて考えていると、“時の流れ”というものを痛感させられます。ブラック・パンサーといえば、いくつもの懐かしい名前が私の想いの中を駆け抜けて行きます、:エルドリッジ・クリーバー、ボビイ・シール、ストックリー・カーマイケル、ヒュイ・ニュートン、・・・・。FBI長官エドガー・フバーはブラック・パンサーを「生意気なニガー野郎たち」と呼び、ウォーターゲート・スキャンダルで失脚することになる司法長官ジョン・ミッチェルは「1969年の末までには、黒豹党をワイプ・アウトしてやる」と豪語しました。たしかに、ブラック・パンサーに対するアメリカ政府の弾圧は過酷を極めました。投獄と暗殺の手段で数えきれない黒人解放運動家が消されて行きました。弾圧の過酷さ、黒人の苦悩の深さの故に、転向者も現れました。エルドリッジ・クリーバーはその典型です。
 現在のアメリカ合州国最高裁にClarence Thomas(1948年生まれ)という黒人裁判官がいます。もっとも保守的な判事として知られています。若い頃は学生運動に熱心でブラック・パンサーの支持者でもありました。アンジェラ・デイヴィスをカリフォルニア大学から追い出したレーガンは、一方では、このクラレンス・トーマスを取り立てます。続いてブッシュ(父)大統領によって、最高裁判事の地位に推挙されました。ブッシュ(息子)大統領はパリパリのネオコン黒人才女コンドリーザ・ライスと黒人将軍コリン・パウエルを側近に選びました。アメリカのパワー・エリート層がバラク・オバマを大統領の座に据えたのは、けっして驚天動地の大飛躍ではなかったのです。この“時の流れ”の中で、黒人有識層の反抗エネルギーは権力機構の中に見事に吸収され、切り崩されました。アンジェラ・デイヴィスはそのエネルギーの残映とも言えましょう。それはまた、アカデミックな進歩的知識たちの無力化、形骸化のシンボルでもありましょう。
<付記> ブラック・パンサーの残党をもう一人挙げておきます:Bobby Lee Rush、オバマと同じシカゴに根拠を置く、なかなか面白い民主党議員で、今回の民主党大敗の下院選挙にも生き残りました。稀代のコンマンとしてのオバマ大統領の正体を最も鋭く見抜いているのはこの人かも知れません。貧困層黒人が多く住むシカゴ市南部で、無料メディカル・クリニックを運営しています。

藤永 茂 (2010年11月10日)


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アンジェラ・デイヴィスとバラク・オバマ(1)

2010-11-03 13:09:57 | 日記・エッセイ・コラム
 アンジェラ・デイヴィス、憶えていますか? 豊かに盛り上がったアフロスタイルの黒髪の下の理知的で鋭く美しい面立ち、彼女のイメージは、1970年前後の激しかった黒人闘争についての私の記憶のアルバムにはっきりと貼付けられています。最近も彼女の著書『監獄ビジネス グローバリズムと産獄複合体』(上杉忍訳、岩波書店、2008年)が出ていますから彼女が何者かをお知りになった方もあるでしょう。
 1969年9月19日、当時カリフォルニア大学の哲学科の新進助教授に任命されたばかりの25歳のアンジェラ・デイヴィスは、時のカリフォルニア州知事ロナルド・レーガンの強圧によって大学から解雇されました。彼女が共産党の党員であり、1966年に発足した過激な黒人団体ブラック・パンサー(党)に関係しているというのが、一方的な解雇の理由でした。翌年1970年にFBIが白人判事殺害に使われた拳銃が彼女のものであったとして彼女を逮捕しようとしたため身を隠したものの、2ヶ月あまり後、ニューヨークで捕まりました。裁判は1972年に行なわれ、無罪判決を勝ち取りました。ジョン・レノンやミック・ジャガーはアンジェラ・デイヴィスを応援するソングをつくり、フランスの作家ジャン・ジュネはアンジェラ・デイヴィス逮捕の直後、「おまえたち(白人アメリカ)が過ぎ去った後に残るのはアンジェラ・デイヴィスとブラック・パンサーの思い出、思想と理想なのだ」(志紀島啓・訳)という発言をしています。稀代の黒人才女ラディカル、アンジェラ・デイヴィスは眩しいまでにカッコいい存在だったのです。あの頃アメリカではヘルベルト・マルクーゼというドイツ人哲学者の評判が高く、私もマルクーゼの本を読んで影響を受けたものでしたが、アンジェラ・デイヴィスはマルクーゼの愛弟子でした。
 DemocracyNow というサイトに、10月19日、アンジェラ・デイヴィスの長いインタービュー記事が出ました。見出しは:
“Angela Davis on the Prison Abolishment Movement, Frederick Douglass, the 40th Anniversary of Her Arrest and President Obama’s First Two Years. (アンジェラ・デイヴィスが、監獄廃止運動、フレデリック・ダグラス、彼女の逮捕40周年記念、オバマ大統領の始めの2年、について語る)”
です。彼女のこれまでの経歴から始まって読み応えのある内容です。フレデリック・ダグラスという元奴隷の奴隷制廃止運動家については、拙著『アメリカン・ドリームという悪夢』の120頁以降を読んで下さい。このブログでは、オバマ大統領についてのアンジェラ・デイヴィスの評価の是非をよく検討してみたいと思います。私は、ここに、アメリカのアカデミック・リベラルの壊滅という悲劇を読み取ります。
このデモクラシー・ナウの記事は現代アメリカの貴重な女性ジャーナリストであるエイミー・グッドマンとアンジェラ・デイヴィスの間で交わされた長い会話の記録であり、そのほんの一部を引用して勝手にあげつらうのは大きな危険を伴います。それを十分承知の上で、私がどうしても看過できない発言を以下に取り上げさせてもらいます。:
■ ANGELA DAVIS: Well, of course, initially, few people believed that a figure like Barack Obama could ever be elected to the presidency of the United States, and because there were those who persisted, and, you know, largely young people, who helped to build this movement to elect Barack Obama, making use of all of the new technologies of communication. And so, on that day, November 4th, 2008, when Obama was elected, this was a world historical event. People celebrated literally all over the world?in Africa, in Europe, in Asia, in South America, in the Caribbean, in the US. I was in Oakland, and there was literally dancing in the street. I didn’t?I don’t remember any other moment that can compare to that collective euphoria that gripped people all over the world.
Now, here we are two years later, and many people are treating this as if it were business as usual. As a matter of fact, many people are dissatisfied with the Obama administration, because they fail to fulfill all of our dreams. And, you know, one of the points that I frequently make is that we have to beware of our tendency here in this country to look for messiahs and to project our own possible potential power on to others. What really disturbs me is that we have failed. Well, of course, I’m dissatisfied with many of the things that Obama has done. The war in Afghanistan needs to end right now. The healthcare bill could have been much stronger than it turned out to be. There are many issues about which we can be critical of Obama, but at the same time, I think we need to be critical of ourselves for not generating the kind of mass pressure to compel the Obama administration to move in a more progressive direction, remembering that the election was, in large part, primarily the result of just such a mass movement that was created by ordinary people all over the country. (ええ,勿論、はじめは、バラク・オバマのような人物が合衆国の大統領に選出されようなどと信じる人は殆どいなかったのに、あくまでそれを成し遂げようと頑張り通したした人々がいたからです、しかも、その大部分が若い人々だったわけで、新しいコミュニケーションの技術のすべてを動員して、バラク・オバマ選出の運動を盛り上げて行くのを援助した。というわけで、あの日、2008年11月4日、オバマが選出された時、これは世界史的事件だったのです。文字通り世界中の人々が祝賀に沸き上がった-アフリカで、ユーロッパで、アジアで、南アメリカで、カリブ海で、アメリカ合衆国で。私はオークランドにいましたが、みんな街頭で文字通り踊っていました。あれほど世界中の人々を強く捉えた集団的歓喜に比肩できる瞬間は、私の記憶には、他には無かった-他にはありません。
さて、あれから2年後というわけですが、多くの人々が、このことをまるで当たり前のことだったように扱っています。実際のところ、多くはオバマ政府に不満です、政府が我らのドリームの全部をかなえるのに失敗しているという理由で。ご存知のように、私がしばしば指摘していることの一つは、この国では救世主を探し求めて他人に我々自身の潜在的な力を投射するにとどまる傾向があることを意識していなければならないということです。私がひどく気になるのは我々が十分の努力をしなかったということです。もちろん、私はオバマがこれまでした事の多くについて不満です。アフガニスタンでの戦争は今すぐやめる必要があります。健康保険制度法案は実現したものよりも遥かに強力なものでありえたでしょう。多くの問題について我々はオバマに批判的になることは出来ますが、しかし、同時に、オバマ政府がもっと進歩的な方向に動くことを強いる大衆的圧力のようなものを盛り上げていない我々自身について批判的であるべきだと私は考えるのです。あの選挙は、大部分のところ、何よりも先ず、将にそうした大衆運動、国内全体の普通の人々によってつくり出された大衆運動の結果であったことを思い出せばなおさらです。)■
皆さんは、このアンジェラ・デイヴィスのオバマ論の語り口をどう受けとめられますか? 私の感想は、おそらく、皆さんの感想とは可成り違ったものだと思いますが、次回にそれを申し上げます。

藤永 茂 (2010年11月3日)


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