私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

核廃絶は政治を超える

2016-04-19 15:52:49 | 日記
 何びとであれ、原爆犠牲者の御霊に捧げる祈念は、何よりも先ず罪を謝することでなければなりません。米国が日本に謝罪するのではなく、殺した側、殺す側の人間が、殺された人間に対して謝罪するのです。そして、私たちの誰もが容易に「殺す側の人間」になりうることを常に意識していなければなりません。
 バラク・オバマは、明らかに、殺した側、殺している側の人間です。仮にオバマ大統領が広島を訪れたとして、その彼の脳裏を占める想念を推察してみるのは決して無駄な作業ではありません。
 2009年4月5日、チェコのプラハで核廃絶に関する演説を行いました。「プラハ演説」です。原文とその和訳は下の記事にあります。

http://www.nikkei.co.jp/senkyo/us2008/news/20090423u0c4n000_23.html

https://www.whitehouse.gov/the-press-office/remarks-president-barack-obama-prague-delivered

この麗々しい演説は、米国の新大統領バラク・オバマにその年のノーベル平和賞をもたらしました。
 この成り行きについて、私は、2010年2月17日付のブログ記事『[号外]オバマ大統領は反核でない』で人々の注意を喚起し、そこに秘められた恐るべき欺瞞を指摘しましたが、オバマ大統領が核廃絶を謳いあげた行為があまりにも政治的な欺瞞であったことは、その後の事態の展開でますます明らかになっています。まずは、ブログ記事を再録するので読んで下さい。
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昨年の4月22日のブログ『オバマ大統領は本当に反核か?』で、オバマ大統領と現政権が本当に反核かどうか、大いに疑わしいと述べましたが、ここに来て、オバマ大統領は反核でないことが、決定的に明らかになってきましたので、“号外”的な意味を込めて、報告したいと思います。日本の反核運動が、この“大いなる欺瞞”に引きずられる事のないことを、祈っています。
 少し復習をして頂くために、昨年4月22日のブログ記事の始めの部分を再録します。:
*****
『オバマ大統領は本当に反核か?』

 心の一番奥底で核兵器が良いものだと思っている人はおそらく居ないでしょう。核兵器のない世界の方が核兵器のある世界より、原則的に、好ましいと考えない人はおそらく居ないでしょう。しかし、この基本的レベルから離れたところで、つまり、条件付きで、核兵器禁止を唱える政治家には、厳しい目を向けなければなりません。
 今、机の上に2009年4月6日付けの西日本新聞からの切り抜きがあります。4月5日オバマ大統領がチェコの首都プラハで核兵器の廃絶を唱えた演説についての記事です。「核廃絶へ包括的構想」、「核廃絶米外交の主流に」、「核超大国の変化期待」、「長崎の被爆者:廃絶へ強い後押しに」と記事が並んでいます。
 私たちがここで先ず思い出さなければならないのは、2007年に、あの核抑止論の急先鋒だったキッシンジャーが急に核廃絶を言い出したことです。西日本の記事には、
■ オバマ大統領の演説は2007年以来、シュルツ、キッシンジャー両元国務長官らが「核なき世界」を提案し、世界の賢人たちを巻き込んで広めている動きを反映した。演説の起草に参加した核軍縮専門家の一人は「核なき世界はもはや平和屋の見果てぬ夢ではない。米外交の主流が唱えている」と力説。■
とあります。ソースは(ワシントン共同)、「世界の賢人」は、おそらく、「pundits of the world」といった文章の和訳でしょう。これらのパンディットたちの考えていること、彼等が頭の中に描いていていることは、「長崎の証言の会」の皆さんが胸に抱いておられること、希求しておられることとは、殆ど何の重なりもない事ではないかと、私は強く危惧します。キッシンジャーが実に恐るべき人物であることは皆さんの殆どがご承知の筈です。
 同じ記事の中にオバマ大統領の演説の内容がまとめてあります。
(1)核兵器のない世界に向け具体的な措置取る
(2)米、ロシアの核兵器は最も危険な冷戦の遺物
(3)世界核安全サミットを1年以内に開催
(4)ロケットを発射した北朝鮮はルールを再び破った
(5)包括的核実験禁止条約の批准目指す
(6)兵器用核分裂物資生産禁止条約の交渉開始目指す
(7)テロリストの核兵器獲得は最大の脅威
(8)核物質の安全性を4年以内に確保
(9)イランの脅威が存在する限り米ミサイル防衛(MD)計画進める
オバマ大統領が一個の人間として核兵器反対であるかどうかは、ここで議論しても何の意味もありません。もしそうでなかったら、悪魔です。アメリカの大統領としての今回の行動は全く政治的なものです。そのようなものとして受け取らなければ、私たちは判断の誤りを犯すでしょう。彼のほとんど唯一の関心事はアメリカとアメリカ国民の安全と世界でのアメリカの地位の保持です。シュルツ、キッシンジャー両元国務長官の関心事と全く同じです。核兵器の開発と保有に関する世界情勢が変化していて、このままでは昔よりアメリカが危うくなってきたことに対する反応です。世界と全人類の平和のためにオバマ大統領が乗り出して来たなどと早とちりをしてはなりません。彼は人々が喜びそうなことを言いながら、実は、別のことの実現を狙う魔術師です。核兵器を実際に使ったアメリカが、核兵器のない世界を目指して、主導権を握るという大見得はいいのですが、オバマ大統領の本当の狙いは上の(4)から(9)に滲み出ています。
***** (再録おわり)
 今回は、上述した、2009年4月5日、オバマ大統領がチェコの首都プラハで核兵器の廃絶を唱えた演説を促した、というよりも、この大いなる反核欺瞞の有機的一部として立案された反核演説が立脚したと思われる、キッシンジャーほか3名がウォール・ストリート・ジャーナルに発表した三つの論説について、やや詳しく見てみようと思います。
 三つの論説の著者は、いずれも、次の4名:キッシンジャー(1973年から1977年まで国務長官)、シュルツ(1982年から1989年まで国務長官)、ペリー(1994年から1997年まで国防長官)、ナン(上院軍事委員会の前委員長)で、これから先、簡単のため、「四人組」と呼ぶことにします。
 「四人組」の第一論説は2007年1月4日にウォール・ストリート・ジャーナルが「キッシンジャー、シュルツ、ペリー、ナンが核兵器なしの世界を呼びかけ」という賑々しい見出しで掲載されました。内容は、冷戦とその終結に至る歴史のかなり詳しい復習と、その後の核兵器拡散の状況の記述を含み、長文の論説ですが、その結語には、次のような麗々しい文章があります。:
■ Reassertion of the vision of a world free of nuclear weapons and practical measures toward achieving that goal would be, and would be perceived as, a bold initiative consistent with America’s moral heritage. (核兵器のない世界のヴィジョンとその目標に向かっての実行可能の諸方策を、いま改めて主張することは、アメリカの道義的伝統に一致する大胆な先導行為であり、また、そのようなものとして認められるであろう。)■
 「四人組」の第二論説は、2008年1月15日のウォール・ストリート・ジャーナルに、「キッシンジャー、シュルツ、ペリー、ナンが核兵器なしの世界を再び呼びかけ」という見出し付きで掲載されました。それは
■ 核兵器、核技術、そして核物質の加速的拡散が、われわれに行動を促す所まで運んで来た。これまでに発明された最も恐るべき兵器が危険な人間たちの手に渡る大変高い可能性に、われわれは直面しているのである。■
という文章で始まります。「四人組」の本当の関心事が顔を出し始めたと見てよいでしょう。これに続いて、「四人組」の第一論説に、ゴルバチョフを始めとする世界中の賢人からの反応があり、米国内でも、マドレーヌ・オールブライト、リチャード・アレン、ズビニュー・ブレジンスキー、ロバート・マクナマラ、コリン・パウエル、などなどの多数の要人が論説の趣旨への支持を表明したことが報告されています。(私の目には、危険人物のリストのように思われてなりませんが。)また、世界の核弾頭の95%を所有しているアメリカとロシアの然るべき関係も論じてあります。この第2論説も長い論文で、興味のある方は、是非原文をご覧下さい。ただ、時間的には、オバマ大統領がチェコの首都プラハで核兵器の廃絶を唱えた演説(2009年4月5日)とオバマ大統領のノーベル平和賞受賞(2009年12月10日)は、この「四人組」の第二論説(2008年1月15日)と、次に取り上げる、問題の第三論説(2010年1月19日)との間に位置していることを指摘しておきます。キッシンジャーはノーベル平和賞の前の受賞者として、受賞者の候補を推薦する権利を持っています。オバマ大統領のノーベル平和賞受賞もキッシンジャーが打った国際的大芝居の一幕であったとしても特別びっくり仰天するほどのことではありません。
 ところで、次に取り上げる「四人組」の第三論説にこそ「四人組」の真の意図が臆面もなく姿を現して来ます。まずその前半を、タイトル部分を含めて、省略無しに翻訳しましょう:

『我々の核抑止力を護るには』
兵器数の減少に当って、我が備蓄核兵器の信頼性を維持することが必要。

G.P. シュルツ、W.J. ペリー、H. A. キッシンジャー、S. ナン

 われわれ4人は、核兵器に依存する度合いを減らし、核兵器が潜在的に危険な人間たちの手に拡散することを阻止し、そして、究極的には、世界を脅かすものとしての核兵器に終止符を打つというグローバルな努力を支持するために、志を同じくして集まったのだったが、今や、他の多くの人々がそれに参加してきた。われわれは、明白な、そして、脅迫的な新事態を認識するからこそ、そうするのである。
 核兵器、核技術、そして核物質の加速的拡散が、われわれに行動を促す所まで運んで来た。これまでに発明された最も恐るべき兵器が危険な人間たちの手に渡る大変高い可能性に、われわれは直面しているのである。
 しかし、核兵器類を縮小して核兵器なしの世界というヴィジョンを実現すべく努力しながらも、われわれは、われわれ自身の核兵器の安全性、防護性、信頼性を維持する必要を認識する。核兵器が意図も無しに起爆しないように安全である必要があり、正式許可のない連中は使用できないように防護されていなければならず、そして、他の国々が核兵器を持っている限り、われわれの必要とする核抑止力を供給し続けることが出来るように、われわれの核兵器が信頼性を持ち続けるようにしなければならない。この事は、これら三つの項目のどれか一つが失敗した場合の極端な結果を考えるとき、厳粛な責務である。
 過去15年間、これらの任務は我が国の核兵器製造工場と三つの国立研究所(カリフォルニアのローレンス・リヴァモア、ニューメキシコのロス・アラモス、ニューメキシコとカリフォルニアのサンディア)の技術者と科学者によって成功裡に果たされて来た。優れた才能に恵まれた人々のチームが、ますます強力で精巧な装置を用いて、備蓄された核兵器に求められる高基準を満たしていることを保証する諸方法を生み出して来た。これらの科学者たちの業績のお蔭で、国防相とエネルギー相は、1995年にこの保証プログラムが始められて以来、毎年、アメリカの備蓄核兵器の安全性と防護性と信頼性を保証することが出来た。
 とりわけ、三つの国立研究所は、現存する核兵器の寿命を延長することに収めた成功について賞賛されるべきである。彼等の研究は核爆発の科学的理解についての重要な進歩に導き、地下核爆発テストを不要のものとした。
 それにも関わらず、二人の前国防相ペリーとシュレシンジャーが先導する戦略体制委員会が同定したように、前途には問題が控えている。昨年国会に報告書を提出したこの委員会は、核兵器の基盤施設の修繕と近代化のための相当の額の投資と三つの国立研究所に対する財源増加を強く要請している。

以上は、この「四人組」ウォール・ストリート・ジャーナル第三論説の前半の、省略無しの翻訳です。ここまで来ると、2007年1月4日にウォール・ストリート・ジャーナルが「キッシンジャー、シュルツ、ペリー、ナンが核兵器なしの世界を呼びかけ」という派手な見出しで掲載した「四人組」の第一論説、2008年1月15日の第二論説の下敷きになっていた彼等の本音が、臆面もなく、表面に浮上しています。約言すれば、彼等は「核兵器のない世界を実現するためには、現段階では、まず、アメリカの核軍備を増強する必要がある」と主張しているわけです。
 第3論説の後半には、彼等の本音は、いよいよ醜い顔を現します。つまる所は、アメリカの安全を守るということなのです。核拡散を防ぎ、核兵器、あるいは、核兵器に使える核物質が危険な人間たちの手に渡ることを防ぎたいのです。そのためには国防費が、何ものにも優先されるべきだとまで言います:
■ Providing for this nation’s defense will always take precedence over all other priorities.■
「他のすべての優先事項」の中には、もちろん、今ひどい状況にあるアメリカの医療保険制度も入っている筈です。現在4千5百万人の貧困層のアメリカ人が保険料を払えず、制度にカバーされていませんが、そのために一日あたり平均で約百人の人たちが、適切な医療を受けられず、死んでいると見積もられています。アメリカの安全性の保障とは、一体誰のための保障なのでしょうか。
 いや、横道にそれず、本題を追いましょう。上の「四人組」の第三論説がウォール・ストリート・ジャーナルに掲載された2010年1月19日の時点で、論説の中で強調されている、核軍備に対する予算の増額は既成の事実であったことを、まず、指摘しなければなりません。広島・長崎の原爆を製造したロス・アラモス研究所のあるニューメキシコ州の現地新聞によれば、オバマ大統領は2011年度の核兵器関係予算として70億ドルの増加を計上しています。ナショナル・キャソリック・リポーターという新聞(2010年2月9日)には、ジョン・ディア神父がつぎのように書いています。:
■ 『オバマとその死の事業』
ニューメキシコはこのニュースで沸き立っている。間もなく、このあたりのきびしい風景の中に、ピカピカに新しい、最高技術水準を誇るプルトニウム爆弾製造工場が立ち上げられるだろう。予算書類に署名し、このプロジェクトに祝福を与えたオバマ大統領は、一年前プラハで、核兵器なしの世界を目指す声明をしたその人だが、実のところ、彼の新しい予算をもってすれば、ロナルド・リーガン以来のどの大統領よりも核兵器の生産を増強することになるだろう。
ここに、ジョージ・W・ブッシュさえも上回る偽善の一編がある。新しい核兵器施設のプランを立てる一方で、軍縮をうたい上げる。希望のヴィジョンを高く掲げるその舞台裏で、希望の死を確実のものとする。これぞ、ジョージ・オーウェル風の悪夢だ。
付け加えるまでもないだろうが、核兵器の製造屋たちは大喜びしている。(以下省略)■
 しかし、私に最も強い印象を与えたのは、「Bulletin of the Atomic Scientists (原子科学者公報)」という大変権威のある定期出版物に掲載された、2010年2月4日付けのグレッグ・メロ(Greg Mello)による論文『The Obama disarmament paradox (オバマ軍縮パラドックス)』です。日本でも、反核関係の方々の多くは読んでおられると思いますが、一般の方々にも是非読んで頂きたいものです。以下には、その始めの部分を訳出します。:
■ 昨年4月、プラハで、オバマ大統領は、大幅の核軍縮を公約したものと多くの人々が解釈した講演をおこなった。
しかしながら、今や、ホワイトハウスは核弾頭出費の歴史で大きな増額の一つを要請している。もしその要請の全額が認められると、核弾頭出費はこの一年で10%あがり、将来にはさらなる増額が約束されることになる。オバマの大盤振る舞いの最大の目標であるロス・アラモス国立研究所は、1944年以来最大の、22%の予算増加を見ることになるだろう。とりわけ、新しいプルトニウム“ピット”製造工場コンプレックスに対する出費は2倍以上にのぼり、今後10年間、新しい核兵器の生産に打ち込むことを明確に示している。
こうなると、オバマ大統領の予算と彼の核軍縮ヴィジョンとは矛盾しないだろうか?
答えは簡単である:オバマがそうしたヴィジョンを持っていた、あるいは、一度だって持ったことがあった、という証拠は何もない。彼はプラハでその趣旨のことは何も言わなかった。そこでは、彼は、“核兵器のない世界を求めたい”という彼の思い入れについて語っただけだ。あの抽象のレベルでは、とても新味があるとは言えない漠然とした希求に過ぎない。その一方で、彼は、アメリカ合州国は“如何なる敵対行為をも抑止し、我々の同盟国の防衛を保障するための安全に守られた有効な核兵器の備蓄を維持するであろう”と言明した。■
 術語の説明一つ。プルトニウム・ピットというのは、水素爆弾(熱核爆弾)の中にある起爆装置で、これで核分裂を起こして、そのエネルギーを使って水素の核融合反応を起こさせます。
 上の論文の著者グレッグ・メロは、1989年、ロス・アラモス・スタディ・グループ(LASG)を創設し、以来、核軍縮とそれに連関する諸問題についての信頼できる情報をジャーナリズムに提供する仕事に従事している、元水理地質学者です。ニューメキシコ州環境庁の上級役人を務めた経験も持っています。LASGのウェブサイト(http://www.lasg.org/)を見ると、オバマ政権による核兵器関係予算の急激な増大の詳細が分かります。
 グレッグ・メロの上掲の文章をもう一度読んで下さい。プラハ講演で、核廃絶を悲願としてきた日本人の心をメロメロにしてしまったバラク・オバマという人物が、政治家として、稀代の大嘘つき、稀代のコンフィデンス・マン(コン・マン、詐欺師)であることを、これほど冷徹な筆致で断定した文章は、ざらには見当たらないでしょう。
 実は、このロス・アラモス国立研究所の増強と新しいプルトニウム“ピット”製造工場コンプレックスは、アメリカの産軍共同体がブッシュ政権に対して強く求めていたのですが、反対意見も根強く、足踏み状態が2007年、2008年と続いていました。それが、オバマ大統領の出現で、一挙に前に進んだのです。今にして思えば、キッシンジャーを先頭とする「四人組」の論説シリーズも、この状況と大いに関係があったかも知れず、また、真の源泉は、2007年あたりから、いよいよ緊迫の度を増して来たイラン/イスラエル問題にあったのでしょう。オバマ大統領のプラハ講演とノーベル平和賞受賞も、こうした一連の流れの中に位置されるべき事件であったのだと思われます。

藤永 茂 (2010年2月17日)
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私がこの記事を書いた時点以後のオバマ大統領の核軍備縮小に関する実績は、レーガン大統領以後、最低のパフォーマンスであると伝えられています。その上、オバマ大統領は老朽化した核武装を近代化するのに、今後30年間で100兆円以上が必要だとして、来年度の核武装関連予算として2兆円以上の巨額の予算を計上しています。単なる保守近代化ではなく、まったく新しい核爆弾の飛行テストなども行われています。

http://www.nytimes.com/2016/01/12/science/as-us-modernizes-nuclear-weapons-smaller-leaves-some-uneasy.html?action=click&contentCollection=Europe&module=RelatedCoverage®ion=Marginalia&pgtype=article

 私見ですが、広島も長崎も、オバマ大統領を進んで招致すべきではありません。たとえ彼が何らかのギミックで広島、長崎で原爆犠牲者慰霊のポーズをとったにしても、彼の脳裏に政治的な計算以外のものがあるはずがありません。彼には慰霊の資格がありません。「米国大統領の来訪そのものが、世界の反核運動の促進に、ひいては核廃絶に役立つ」という考えがあるとすれば、私はそれにも反対します。核廃絶を政治の場の問題として考えていては、核廃絶は達成できないでしょう。
 核問題は文明の問題、我々の大部分がその中で息づいている文明の問題です。理論物理学者ロバート・オッペンハイマーが嘆いたように、「核軍備をゲーム理論的な勝ち負けの問題としてしか考えない文明」の問題であります。この問題を考える度に想起するのは故鎌田定夫氏(1929~2002)の「原爆体験の人類的思想化を」(『ヒロシマ・ナガサキ通信』122号)と題する一文です。その数行を引用します:
「あの戦争と原爆によって真に魂の危機を体験したか否か。真に死者と被爆者の立場に立ってあの悲劇を受けとめ、思想化し得たか否か、その根本が問われているのだ。
 日本人として、あるいはアメリカ人としての総括、思想化に止まらない。まさに人類的な総括、真に深い人間的な立場に立つ『ヒロシマ・ナガサキ』の世界化、人類的思想形成への実践がいま要求されていると言わねばならない。」
これに関して、以前、私は次のように書いたことがあります:
「原爆地獄の劫火の中で被爆者が立ち会った筆舌に尽しがたい表象は人間性の深淵に盤居する絶対悪の現前したものではなかったか。鎌田定夫氏の「原爆体験の人類的思想化を」という問いかけを心に思い浮かべる度に、この絶対悪を断固として拒否し、その廃絶を目指すことが、この問いかけに答えることではないかという想いが、私の心の中で、募って来ています。」
 朝日新聞(2016年4月12日朝刊)に『謝罪なし 日米の思惑』という見出しで大きな記事が出て、その中に「広島の平和記念公園を訪れた主な各国要人(広島市調べ、肩書は当時)」の一覧表があります。国名だけ挙げますと、核保有国(フランス、中国、旧ソ連、米国、イスラエル)、非核保有国(フィンランド、メキシコ、アイルランド、ペルー、パラオ、ネパール、ニュージーランド、ケニア、ウクライナ、マラウイ、チリ、オーストラリア)となっています。この中に、キューバが見当たらないのは一体どういう事情からなのでしょうか? ゲバラとカストロの広島訪問について、次のブログ記事で私の想いを綴りました。ご覧ください。

『広島訪問;ゲバラ、カストロ、そして、オバマ』

http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/45330f10f4e345c7219c0c8932d3534b


藤永茂 (2016年4月19日)
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治さなくてよい認知症

2016-04-09 21:40:02 | 日記・エッセイ・コラム
 今年2月5日夜8時ごろ、埼玉県小川町腰越の自宅で介護中の妻(77)を殺害したと自ら110番通報をしたKさん(83)は、8日殺人容疑で逮捕されました。台所で首を刺されて亡くなった妻の遺体に、夫に抵抗したような痕跡はなかったようです。刃物は刃渡り約12センチ、さや付きの小刀で、ふだん鉛筆を削るのに使っていたものでした。Kさんの首にも切り傷があり、県警は無理心中を図ったとみています。
 県警によると、Kさんは逮捕後、留置場でおかゆを少し食べるほかは、水やお茶しか口にしようとせず、衰弱が進んだので、14、16日に病院で診察を受け、17日に入院しましたが、ここでも食事を拒み、23日午前9時50分ごろ、死亡が確認されました。逮捕時に「認知症の妻の介護に疲れた」と話した後、取り調べに応じなかったそうです。15日間にわたって食事を拒否した理由も、ついに黙したままでした。
  近所の人達によると、奥さんが認知症になったのは2~3年前で、Kさんはヘルパーも雇わず、自宅で妻の介護を一人でしていましたが、「5、6分前のことも忘れてしまう」と漏らし、殺害前日の2月4日、疲れた様子で「数日間入院して点滴を打ってもらった」と話していたそうです。 買い物などの外出にも二人で連れ添って歩くような夫婦でした。奥さんは絵を描くのが趣味で、デパートで個展を開いたこともあったそうです。NHKニュースの内容は次のyoutubeで見ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=jpHcMJSVWKA

 厚生労働省の調査によると、介護が必要な65歳以上の高齢者がいる世帯のうち、介護する人も65歳以上の「老老介護」世帯の割合は、2013年には5割を超えました。
 私自身が老老介護の日々を数えていることもあって、Kさんのことが他人事とは思えず、この事件報道の後、新聞に出る主要週刊誌の広告に注意を払っていましたが、取り上げた記事は見当たりませんでした。
 昔、『ハネケの<白いリボン>』と題する記事を掲げたことがありました。それを再録します:
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 昨年の暮れ、私のブログを読んで下さったウイーン在住の近藤英一郎という方から、次のようなコメントを頂きました。:
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もしお時間がお有りでしたら、ミヒャエル-ハネケの<白いリボン>という映画をご覧になって下さい。
ハネケは、昨今のオーストリアが誇れる唯一の人物です。
日本で上映中のようなことを耳に挟みましたので。
16年間中欧で暮らして、ヨーロッパ人(様々な階層の)の、芯部底部にたびたび触れ、その時の、何ともいえないザラッとしたグロテスクな感触がそのまま描かれているので、心底、驚愕しました。
日本の能の様な印象でした。

映画がお好きのようですので、お知らせ致しました。

佳き新年を
近藤英一郎(在ウィーン)
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 映画<白いリボン>が2月末から一週間福岡でも上映されましたので観に行ってきました。
 この黒白の映画から受けた印象は大変つよく重いもので、ここでうまく要約して報告することは出来ません。これから長い間こころの中で反芻を続けることになると思います。人間が他の人間に対して如何に残酷でありうるか、何故これほどまで執拗に残忍であり得るか、その行為はどのような契機で触発されるか、この映画を観た人は、自分の胸の奥深くで、こうした問いに苛まれ続けることになります。
 映画を観た直後の日曜の夜、NHKの大河ドラマ「江(ごう)」を観ながら、しきりに<白いリボン>のことを想っていました。この大河ドラマをつくっている人たちとハネケとの間には気の遠くなるような距離があります。単なるエンターテインメントと真の芸術の差だと言ってしまえばそれまでですが、NHKのドラマの非戦反戦のメッセージの嘔吐を誘う浅薄さを私は嫌悪します。この粗雑なフィクションで我々視聴者をマニピュレート出来ると考えるほど、このドラマの制作者たちは我々一般日本人を馬鹿にしているのでしょうか。映画<白いリボン>でハネケはナチズムの発祥基盤の問題を意識していたという解釈は可能でしょうが、そうであるにしても、ハネケのメッセージの重さと真摯さには我々ひとりひとりの魂を真っ向から打ち据えてくるものがあります。少しふざけた物言いを許して頂くとすれば、男女同権、反戦平和と言ったお馴染みのお題目についても、<白いリボン>の方が「江(ごう)」より百倍も有効なプロモーション効果を発揮するに違いありません。

藤永 茂 (2011年3月9日)
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 『白いリボン』は2009年カンヌ映画祭バルムドール受賞作ですが、ハネケは2012年にも『AMOUR』という作品で同じ賞を受賞しました。タイトルは『愛』、フランス語の映画です。主役は音楽家老夫妻、妻アンヌはピアノの先生、優秀な愛弟子のピアノ・リサイタルに出席して、幸せな気持ちで帰宅したその翌朝、食卓でアンヌが突然放心状態に陥り、夫ジョルジュをひどく驚かせ、狼狽させます。放心状態はしばらくして消えますが、何も憶えていない。入院検査の結果、脳に血液を送る血管の血栓を取り除く手術を受けますが、失敗の確率は極めて小さかったはずの手術が不幸にも失敗し、右半身不随になって帰宅します。入院中に何か強く不快な経験をしたのでしょう、帰宅直後、妻が夫に問答不要で誓わせたことは「再入院させない」ということでした。こうして、老夫による老妻の在宅介護が始まります。半身不随に加えて、認知症症状も容赦なく進行します。結局、ベッドで上向きに寝ているアンヌの顔を枕で覆って、ジョルジュはアンヌを窒息死させます。夫は妻の枕もとに花びらを撒き、部屋を締め切り、(おそらく)外出してどこかで自らも命をたったものと思われます。そのように、映画は終わっています。
 角川書店2013年発売のDVDビデオにはミヒャエル・ハネケ監督のインタビュー(18分)が付録として付いています。大変興味深い内容ですが、その中でハネケは、この映画は介護という社会問題についてでも、病気についてでも、死についてでもなく、愛についての映画だと、はっきり語っています。
 このビデオを私は発売後まもなく買い、デスクトップPCで観て強い感銘を受けました。私の老老介護的生活はすでに始まっていて、このハネケという芸術家の洞察力の深さに打たれたのでした。その頃から、認知症患者の介護というテーマが一種の流行りになり、あれこれの言説が流布され、多くの単行本も出版されるようになりました。幸いなことに、新聞の書評か何かの縁で、私は、上田諭(さとし)著『治さなくてよい認知症』(日本評論社、2014年)、という良書に巡り会いました。この著書を貫いているものは、ハネケの『アムール』と同じ、人間に対する厳しく揺るぎない「愛」です。『治さなくてよい認知症』というタイトルの意味を全面的に正しく理解するためには、実際に読んでいただく必要がありますが、誤解を恐れずに言えば、ここには「脳」の問題と「心」の問題があるということです。世上いかに多くが語られているにしても、現状では「脳」を治療する確かな方法は存在しないことをまず認識しなければなりません。しかし、「心」については、我々にできることがあります。本書の170頁から数行を引用します:
「認知症(アルツハイマー病)とは、原因不明で脳の神経細胞が脱落し脳機能が低下する病気ですが、それは病気の一側面でしかありません。もう一つの重要な側面は、自信がなくなり、自尊心が傷つき、周囲との交流が少なくなってしまい、孤独感や疎外感を感じるという精神的な側面です。これは病気ではなく、むしろ正常な心の反応というべきものです。」
介護する立場にある人々からは「いや、そうではない。脳機能の低下が正常でない心的反応を生む」という声が上がるでしょう。「性格までが変わってしまった」という人もあるでしょう。ジョルジュも、アンヌについて、そう思った瞬間があったに違いありません。こうしてジョルジュの前に「愛」の問題が大きく立ちはだかります。
 今度のKさんの事件の後、私は再びハネケの『アムール』と付録のハネケのインタビューのDVDを観ました。一回目と二回目の間の2年間に得た認知症介護の私的体験は、この芸術作品がそれを観る者に与えようとするメッセージをよりよく感得することを可能にしてくれたと思います。インタビューでハネケは「愛する人が苦しむのをどう見守るか」を描いたのだとも言っています。ラテン語に「倫理がなければ美学はない」という言葉があるとも教えてくれます。しかし、私がこの芸術作品について言えることは、「これは愛について語っている」というハネケの言葉を繰り返すこと以外にありません。これ以外に要約のやり方がないのです。
 埼玉県小川町のKさんの事件に戻ります。悲惨な事件と呼んで仕舞えば、それまでです。しかし、この事件を知って、身につまされる思いをした老人の中には、自ら食を絶って不帰の旅路についたKさんを悼む気持ちに、いささかの称美の念を含めた人もあったのではありますまいか。死んだアンヌは、ごく普通の面立ちでジョルジュの前に現れて、外出に誘います。美しい「道行き」の場面です。

藤永茂 (2016年4月9日)
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