私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ダニエル・エルズバーグの笑顔(2)

2021-05-12 12:57:07 | 日記

 “Well, here my wife of 50 years here now being married and being with her, lying with her at night is heaven on earth.” 「50年連れ添った妻と夜一緒に寝る、これがこの世の天国」というダニエル・エルズバーグの言葉に焼き餅を焼いているのではありません。九十の齢にもなってオノロケもよいところだと言いたいのでもありません。人は、人を愛すること、人に愛されることによって、ただそれだけで、至福の時空を持ちうる、と言いたいのです。しかし、ただこれだけ言っても、何だ、陳腐なことを言う、と思われる方が多いでしょう。少し開き直って、私が何を言いたいのかの説明を試みます。

 原爆の父と呼ばれる米国の理論物理学者ロバート・オッペンハイマー(1904年4月22日 - 1967年2月18日)は、正しくは、原爆の助産婦と呼ぶにふさわしい人ですが、普通、とびきり明晰俊敏な頭脳の持ち主だったというイメージが定着しています。しかし拙著『ロバート・オッペンハイマー』には「愚者としての科学者」という副題を付けました。物理学が原爆を生み、その実戦使用に賛成してヒロシマ・ナガサキの惨劇を招来した事を、自分の心の中で処理しきれず、オッペンハイマーは、内的には、死ぬまでオロオロ歩きを続けた人間だったと私は思っています。

 ジョセフ・マッカーシーの「赤狩り」旋風に煽られて、1954年、オッペンハイマーは公職追放の処分を受けますが、CCF(Congress for Cultural Freedom) という表向きは文化活動を装った会議組織を裏で操っていたCIA(アメリカ中央情報局)は、国際的知名度の高いオッペンハイマーを、CCFの顔の一つとして、利用することを続けます。つまりソ連に対する冷戦の文化戦士の役目を当てがいます。その頃のオッペンハイマーが、CCFの活動に関して、「愛(love)がない」とか、「お互いに愛さなければ(love one another)」とか、宗教的にも響く漠然としたことを書き綴り言い続けるのを批判して、高名な実存主義哲学者カルル・ヤスパース(ハンナ・アーレントとの40年間にわたる師弟交友関係は有名)は、“In such sentences I can see only an escape into sophisticated aestheticism , into phrases that are existentially confusing, seductive, and soporific in relation to reality. (そうした文章において、私はただ詭弁的な耽美主義の中への逃避、現実との関連において、実存的に混乱した、人を惑わす催眠的な言い回しへの逃避しか見ることができない”と書いています。当時、才媛として名を挙げていた小説家のメアリー・マッカーシー(ジョセフ・マッカーシーの縁者ではない)は、CCF関連でオッペンハイマーと食事を共にしたことがあり、彼の“LOVE”についてのお説教にうんざりして、友人関係にあったハンナ・アーレントに「オッペンハイマーは頭がすっかり狂ってしまったことが分かった」と手紙で書き送り、“I thought the word ‘love’ should be reserved for the relation between the sexes.”とも言ったようです。

 さて、ロバート・オッペンハイマーは「愛」という言葉を持ち出して、何を言いたかったのでしょうか? この問題の物理学者については、上の例に見られるように、批判的な評言が多いのですが、私は、愚者としての物理学者の立場から、オッペンハイマーを弁護したい気持ちに駆られます。彼を論じる場合に、私の知る限り、引用されたことのない彼の重要な発言の一部をお目にかけましょう:

“We are not only scientists; we are men, too. We cannot forget our dependence on our fellow men. I mean not only our material dependence, without which no science would be possible, and without which we could not work; I mean also our deep moral dependence, in that the value of science must lie in the world of men, that all our roots lie there. These are the strongest bonds in the world, stronger than even that bind us to one another, these are the deepest bonds –– that bind us to our fellow men.”

 これは、ヒロシマ・ナガサキから3ヶ月後の1945年11月2日、原爆が造られたロス・アラモスで、そこで働いた科学者たちを前にしてのお別れの講演の最後の部分です。ここで men は「人間」を意味し、our fellow men は世界中の人間仲間全体を意味しています。私の中では、峠三吉の“にんげんをかえせ”の「人間」にもつながります。後年、オッペンハイマーが「愛」についてしきりに語ったとき、その一種の曖昧さの源はここにあったのだと私は思います。

 核兵器がこの世界の人間達の終焉をもたらさないようにと願う気持ちにおいて、私は人後に落ちないつもりです。しかし、どういう風にこの世の中が、この世界が変われば、人間は生き延びられるかについて、私はロバート・オッペンハイマーよりも具体的なアイディアを持っています。「人間はどのような状況にあれば幸せなのか?」を具体的に考えてみるという着想です。ここで「50年連れ添った妻と夜一緒に寝る、これがこの世の天国」というダニエル・エルズバーグの言葉に戻ります。ダニエル・エルズバーグの奥さんパトリシアは写真で見ると如何にも愛くるしい女性ですが、ロバート・オッペンハイマーの奥さんキティは、どの伝記にも、容貌も良くない性悪の酒飲み女性として描かれています。しかし、夫ロバートはキティ夫人を深く愛していた事はこれまた定説です。オッペンハイマーもエルズバーグと同じく地上の天国の時間を知っていたのだと思います。

 「愛」という言葉を性的関係の語りだけに限った方が良いというメアリー・マッカーシーの、オッペンハイマーに対する一種の嘲りを含む発言を私は好みません。「愛」はあらゆる「心と心の結びつき」に関わります。魂と魂の結びつきと言ってもよろしい。片思いも、複数者に向けられるのも含みます。どこにでも転がっている平凡な家族内の愛情も勿論含みます。

 アフリカの高級コーヒー豆産地で、大農業資本によるコーヒー園の面積拡張工事によってなけなしの農地を奪われ、その上、反抗した父親がブルドーザーに下敷きになって殺された家族のドキュメンタリーをテレビで見ました。いかにも貧農家族らしい両親と数人の小さな子供達の古い家族写真が示され、その中に写っている、今は19歳の長女が言いました:“We were happy. We had everything”、娘さんのこの言葉に世界を救う鍵があると私は考えます。お涙頂戴を企てているのではありません。「人間が、人間集団が幸福であるためには、実は、ほんの僅かなものしかいらない」ことを改めて確認させてくれるからです。現在、人間社会が直面している最も深刻な危機は、核戦争と際限のない消費経済成長追及の結果としての環境破壊です。脱経済成長は理論的に不可能だろうという意見がありますが、選択肢はただ一つ、脱経済成長を成し遂げなければ、我々は破滅するのです。後がありません。消費経済の成長をこのまま続ける選択肢はないのです。私たちの誰もが今より貧乏になるより他に選択肢はありません。ですから、人間は貧乏でも幸福であり得るということが確かめられるということは大きな安堵をもたらします。英語で言えば、“We have something to fall back on ”という事になるからです。 こう書いていると、以前にアップしたブログ記事『レニ・リーフェンシュタールのアフリカ』:

https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/a5068fa378a33212ae2a010e3da9a4a4

を思い出します。アフリカのスーダン共和国のヌバ丘陵地帯に住むヌバ族に就いてレニ・リーフェンシュタールは「ヌバと過ごした日々は、私の生涯のなかで最も幸福で、最も美しかった。ただ、すばらしいの一言よ。彼らはとても陽気で、一日中笑って過ごしていたし、決して人のものを盗むようなことはしない善良な人々だった。彼らはいつも幸せで、すべてに満足していた」と書いています。ここにも我々の目から見れば遥かに貧乏な状態で人間が幸福であり得る確固たる証拠が示されています。人間にはこうした嬉しい能力もあるのです。

 

藤永茂(2021年5月12日)

コメント

アサド大統領に物申す:ロジャバを救いなさい(1)

2017-11-16 22:45:43 | 日記
英国放送協会(BBC)は巨大な公共放送機関で我が国のNHKが何かと真似をしています。そのBBCの11月13日日付のニュース記事『ラッカの汚い秘密』:

http://www.bbc.co.uk/news/resources/idt-sh/raqqas_dirty_secret

は、米国が主導する代理地上軍SDF(クルド人部隊が主力)とSDFが殲滅を目指しているはずのIS軍が、共に、アサド政権軍に対する反政府軍勢力として米国によって動かされていることを明らかに示しています。記事は
The BBC has uncovered details of a secret deal that let hundreds of IS fighters and their families escape from Raqqa, under the gaze of the US and British-led coalition and Kurdish-led forces who control the city.
と始まっています。長い記事ですが多数の写真もあり、読みやすいので是非見てください。これらの大護送トラック集団がたどった道筋の地図を見れば、このIS兵力の移動の目的がなんであったかがよく分かります。デリゾール市からアルブカマルに至る地帯を制覇すべく急進撃したアサド政府軍を急遽迎撃するために、米国はSDFとISの戦闘員を慌てて輸送したのです。私は、やや手探り的な推測で前回のブログに以下のように書きました:
********************
 2017年10月22日、SDFはデリゾール市の東約25キロにあるエルウマール(Al-Umar)の油田地帯をISの支配から解放したと発表しました。27日には、SDFはさらに30キロほど進撃してイラクの国境に近いシリアでのIS最後の拠点al-Bukamalに迫り、ISとの交渉が成立して、その地域の無血占領に成功する見通しであることが報じられています。
 一方、前にも述べましたように、アサド政府軍の精鋭部隊はラッカの南方を急進撃してデリゾール市に達し、続いてユーフラテス川の両岸のシリアの油田地帯を制圧しようとしましたが、IS軍の熾烈な抵抗、反撃にあって、このところ、進撃は停滞してしまいました。
 デリゾール市周辺からユーフラテス川の東に広がる油田地帯をめぐるアサド政府軍、IS、SDFの三つ巴の争奪戦に関しては、報道が錯綜して詳細は必ずしも明確ではありませんが、ISとSDFの両方の指揮系統が米軍によって掌握されていることは否定の余地がありません。そうでなければ、ラッカからアルブカマルに到る距離は200キロ以上、SDFが僅か2週間ほどの間にISの占領地帯を貫通してアルブカマル市に到達できる筈がありません。
 米国の意図はもはや明白です。ISが占領したシリア北部と北東部を、“ISとSDFとの激闘”という芝居を打って、SDF勢力に肩代わり占領をさせる。(今回のSDFのアルブカマル奪還は、2014年にKRGのペシュメルガが当時のISISからキルクークを“奪還”した手口と同じです。)ISの戦闘能力はシリア南部に温存したまま、米国は“シリアからISが駆逐された”後の「和平会議」に臨み、あくまでアサド政権の打倒の執念を燃やし続けて、SDFに占領させた地域をシリア国土内の自治地域と規定することを要求することになります。現在すでにSDFのクルド人司令官たち(つまりYPG/YPJの代表者)に「我々が解放したラッカはアサド政権には戻さない」と繰り返し言明させています。
ラッカはもともとクルド人が多数を占める地域ではありません。YPG/YPJの代表者たちは「ラッカにはロジャバ革命の理念に基づく行政組織を育て、YPG/YPJ軍は一部を残してラッカから撤退する」と具体的に発言もしています。これらの政治的発言は明らかに米国の指導指令によって行われている国際的「和平会議」の準備工作です。また、勿論、米国がロジャバ地域内に(もちろんアサド政府の了承なしに、つまり、不法に)建設した米軍基地もそのまま保持して、「和平会議」の取引の材料にするでしょう。
********************
今回のBBCの記事で私が描いたことの裏が取れたと見て良いと思います。アルブカマル市の周辺ではまだISの根強い抵抗が続いています。抵抗勢力は、米国の差し金でラッカから急遽送り込まれた援軍によって力づけられたに違いありません。
 ISがその首都と称していたラッカからシリア/イラクでのISの最後の拠点とされるアルブカマルへ、IS“テロリスト”の殲滅を約束していた米国がISの戦闘員を多数輸送したことについて、トルコの首相ビナリ・イルディリムが強い非難の声を挙げています:

https://www.almasdarnews.com/article/turkish-pm-slams-us-supporting-isils-withdrawal-raqqa/

それによると、護送集団は50台のトラック(写真で見ると超大型)からなり、その10台は重火器を満載していたとか。しかし、米国がISを援助したとトルコが米国を非難するのは全くの噴飯ものです。シリア紛争の始まりから最もおおっぴらにISを支援して来たのはトルコなのですから。
 米国の代理地上軍SDF(つまりロジャバのクルドYPG/YPJ)は約4ヶ月の戦闘の末、2017年10月20日に、ISの首都ラッカの完全制圧を宣言しました。2014年以降、クルド人軍YPG/YPJの戦死者は約4千人、その四分の一は女性兵士とされています。米空軍機の爆撃も浴びたIS側の戦死者数はさらに大きいでしょうから、両方合わせて1万人と見積もれば、これだけの数の(主に)若い人間たちが米国の仕組んだフェイク・ウォーのために死んでいったことになります。許されることではありません。この残酷性こそ帝国主義国家アメリカの真骨頂です。私は以前(2015年2月18日)のブログ記事『もっとも残酷残忍な国は?』でもこのことに触れました。しかし、この度のシリア戦争での米国の残酷行為には、私の見地から特に許せないものがあります。それは、ロジャバ革命を“throw under the bus”しようとしているからです。

次回に説明します。

藤永茂(2017年11月16日)
コメント (4)

ベネズエラのコミューン運動(2)

2017-05-24 21:30:53 | 日記
 ベネズエラの現大統領ニコラス・マドゥロは、彼を後継者として指名したウゴ・チャベス前大統領の遺志を忠実に継承していますが、政治家としての器が遠くチャベスに及ばないのは誠に残念です。チャベスは、その生前の発言から、ベネズエラの民主主義政治形態として、コミューン・システムに基づいた民主国家の建設を目指していたことは明らかです。それは石油の輸出に全面的に依存した国家経済の是正とも深く関連していました。これに関しては、次の記事が参考になります:

https://venezuelanalysis.com/analysis/11466

しかし、現在のベネズエラの憲法には、コミューンの位置が規定されていません。マドゥロ大統領は現在の国家危機を克服する手段として憲法の改正を求めていますが、コミューン運動の支持者たちはコミューン・システムが組み込まれた憲法の改正を要求し期待しています。それを報じたのが
「Venezuelan Revolutionaries Demand ‘Truly Communal State‘」と題する
前回に紹介した記事です:

https://venezuelanalysis.com/news/13123

しかし、現在のベネズエラの危機はあまりにも切迫していて、マドゥロ大統領の意図する憲法改正が成功するかどうか、大いに危惧されるところです。ブラジルに続いて、ベネズエラも米国によるレジーム・チェンジの毒牙にかかるとなれば、これは痛恨の事態と言わなければなりません。
 私は、しかし、すれすれの所でベネズエラは今回の危機を乗り越えることができるのではないかと思っています。この判断あるいは推測の根拠の一つは、上掲の記事に含まれている約5分の長さのビデオ(英語字幕付き)から直に感じられる、米国に支持された反政府運動に対抗するベネズエラの下層一般民衆の熱気です。この熱気は我々一般の日本人の耳目を支配しているマスメディアからは感得し難いものですが、幸いにも、それをひしひしと感じさせてくれるウェブサイトがあります。Libya360°というサイトで、それを主宰しているのはアレクサンドラ・バリエンテというリビア人の女性ジャーナリストです。この人については以前(2014年12月19日)のブログで取り上げたことがありました。初めの部分を再録します:
**********
Alexandra Valiente, Libya 360
2014-12-10 22:10:32 | 日記・エッセイ・コラム
/entry-top entry-body
 アフリカ大陸で一番輝いていた国リビアが米欧の凶暴な暴力によって滅ぼされた(今のリビアはもはや国ではありません)頃から、私は、Libya360°というサイトに気づき、それ以来、大変お世話になっています。他のところでは読めないような充実した有用な情報がしばしば掲載されているからです。

http://libya360.wordpress.com

近頃の例で言えば、12月4日のウラジーミル・プーチン大統領がロシア連邦議会で千人以上の聴衆の前で行った年次教書演説についての記事です。その短い要約はロシアNOWというサイトに日本語で出ていますが、要約と全文(英語訳)では、有用さの点で比較になりません。

http://jp.rbth.com/politics/2014/12/05/51345.html

この内容はクレムリンの正式の英訳文を転載したものです。:

http://eng.news.kremlin.ru/news/23341
**********
このアレクサンドラ・バリエンテという注目すべきリビア人の女性ジャーナリストについては、リビアの現状について考える次の機会にぜひもっと立ち入って論じたいと思っています。
 現在、http://libya360.wordpress.com のサイトはベネズエラに関する長文の記事で溢れています。その中から二つを選んで下に掲げます。始めの記事からは、チャベスが始めた社会革命を守ろうとする民衆の本当の姿が見えてきます。次の記事からは、民衆が守ろうとしているものを徹底的に破壊しようとする暴力の本当の姿、現政権を打倒するために極めて注意深く組織化された反政府暴徒の実相が見えてきます:

https://libya360.wordpress.com/2017/05/11/real-revolution-in-the-barrios-of-venezuela/

https://libya360.wordpress.com/2017/05/16/venezuela-the-covert-war-against-the-people-and-their-armed-forces/

5月17日、米国の国連大使ニッキー・ヘイリーは国連安全保障理事会で、“ベネズエラの進行している政治的危機状態についてのブリーフィング”なるものを行いました。彼女は「このブリーフィングの意図は誰もがその状況をわきまえているようにすることであり、国連安全保障理事会が行動を起こすことを求めるものではない」と言いながら、ベネズエラのマドゥロ政権が自国人民の人権を蹂躙する暴政を行なっていて、これは、シリア、北朝鮮、南スーダン、ブルンディ、ビルマについても同じことだと発言しました。しかも、米国がマドゥロ政権の打倒を執拗にねらっているのは明らかなのに、「我々は反政府勢力側の味方でも、マドゥロ大統領側の味方でもなく、ベネズエラ国民の味方だ(We're not for the opposition, we're not for President Maduro, we're for the Venezuelan people)」と白を切りました。米国国務省は、この数年間に、数千万アメリカドルの資金を反政府勢力側に与えてチャベス・マドゥロ路線の壊滅を狙っているのは疑う余地のないところです。
 前任者のスーザン・ライス、サマンサ・パワーに続いて、何ともやりきれない碌でなしの女性が米国国連大使になったものです。

藤永茂(2017年5月24日)
コメント (1)

ミシシッピー州ジャクソン市で希望の灯が点った

2017-05-11 14:01:31 | 日記
 我々がこのまま行けば、核戦争か環境破壊による滅亡が待つばかりです。閉塞感などという生ぬるいものではなく、底なしの虚無感が死期の迫った老人を包み込みます。限りを知らぬ人間の残忍さと愚かしさ。
 シリア北部のクルド人居住地で産声をあげた「ロジャバ革命」に私が強く執着する理由は、せめても「この世界とは別の世界が可能である」と信じて死んで行きたいからです。
 米国のミシシッピー州の州都で最大の都市ジャクソンで来たる6月6日に行われる選挙で、34歳の黒人弁護士ショウクウェイ・アンタール・ルムンバが市長に選ばれることが確実視されることになりました。この若い黒人男性の父親ショウクウェイ・ルムンバについては、このブログの2015年11月8日付の記事『トーマス・マートン、ショウクウェイ・ルムンバ、暗殺大国アメリカ』で、トーマス・マートンを論じた後に、次のように書いています:
**********
 もう一つ、日本人の意識に刻まれていない名を挙げます。ショウクウェイ・ルムンバの元の名はEdwin Finley Taliaferro で、1968年マーチン・ルーサー・キングが暗殺されたのを機に、アフリカから連れてこられた奴隷の後裔としての自覚を深め、名前をChokwe Lumumbaと改めました。英語ウィキペディアによると、ショウクウェイは奴隷にされることに反抗した歴史を持つ中央アフリカの部族の名、ルムンバは1961年暗殺されたコンゴ指導者パトリス・ルムンバから取ってあります。ルムンバの暗殺についてはこのブログでも書いたことがありました。ショウクウェイ・ルムンバは黒人人権運動に精力的に従事し、また弁護士としても名を上げて、2013年6月4日、86%の得票率でミシシッピー州の首都ジャクソンの市長に当選し、7月1日、市長に就任しました。ジャクソン市の人口の約80%は黒人です。ルムンバ市長は、直ちに市の荒廃した下水道や舗装道路の修復などに着手しましたが、翌2014年2月25日、病院で死亡、66歳でした。彼の死は自然死だったと病院は発表しましたが、司法による検死は行われないままです。
 私がショウクウェイ・ルムンバの死に問題があることを知ったのは、私が信頼するグレン・フォードの記事からです。

http://www.blackagendareport.com/content/how-and-why-did-chokwe-lumumba-die

「ショウクウェイ・ルムンバは、“根底から立ち上げる社会変革”のプロセスを出発させるために、ミシシッピー州、ジャクソン市の市長に立候補した。彼は市長になって9ヶ月で亡くなったが、州当局は司法検死を行うことを拒絶した。多数の人々が、彼は支配秩序に挑戦したために暗殺されたのでは、と疑っている - これは当然のことだ、何故なら、“ミシシッピー州はこれより遥かに軽い理由で何千もの黒人を殺してきたのだから。”(Chokwe Lumumba ran for mayor of Jackson, Mississippi in order to set in motion a process of “social transformation from the ground up.” He died eight months into his term, but the state refused to do an autopsy. Lots of folks suspect he was assassinated for challenging the ruling order – which is logical, since “Mississippi has murdered thousands of Black people for far less reason than that.” )」
ここで、“from the ground up”という表現に注意しましょう。普通は「徹底的に始めから」とか「一から」という具合の表現ですが、この場合には、ショウクウェイ・ルムンバの意図していた社会改革が、文字通りの社会の底辺レベルの生活共同体(コミュニティ)から民主的施政のメカニズムを組み上げて行くことであったことを意味していると思います。彼が市長になれたのは、市の黒人人口が80%を超えていたからですが、今のアメリカの政治システムでは、それから先には進めないことを彼は市長になる前から痛感していたに違いありません。穏健な黒人雑誌「エボニイ」の記事にも、彼が協同組合的な経済、参加型民主主義、社会的平等を目標に掲げていたことを指摘しています。
 私は、ここに、近頃、私が考え続けている事との繋がりを見てしまいます。キューバの人たち、シリア/トルコ/イラクのクルド人たち、メキシコのサパティスタの人たちが実現を目指している政治形態と同じだと思うのです。はっきり言ってしまえば、ごく常識的な意味で、本当に民主的な社会を底辺から築き上げて、本当の意味での連邦組織に世界を変えて行くということです。(昔、世界連邦という、今は、虚しい言葉がありました。)私は、このアイディアを素晴らしいものと考え、その実現に大きな期待を寄せています。人類を現在の危機から救ってくれるほぼ唯一のアイディアでしょう。
 しかし、このショウクウェイ・ルムンバという厄介者に対する暗殺大国アメリカの反応は直裁でした。(私はルムンバが暗殺されたことをほぼ信じます。)この米国という暗殺大国のシンボルは、勿論、世界の大空を我が物顔に飛翔するドローン殺人鬼(文字化けでこう出ました。このままにしておきます)です。
 私は、かれこれもう20年ほども前から、一つの空想を抱き続けています。小型ロボットの形での暗殺テクノロジーが、反権力側の人々の手に届けられる日の到来です。殺したい人物を殺すテクノロジーを権力側は既に保有しています。今、逆境に苦しみながら反権力の立場を守り通し、戦い続けている人たちが、極めて確実性の高い暗殺のハイテクを入手したにしても、無闇に暗殺が実行されるとは、私は思いません。それは真の反権力の立場と反りが合わないからです。彼らは権力の取り合いの戦いをしているのではありません。権力の保持拡大のためには個人の暗殺、大量虐殺の実行を躊躇しないような権力システムを消滅させるために戦っているのですから。
**********

 米国の権力組織から厄介者と見做されて、(おそらく)暗殺された父親の政策を、息子のショウクウェイ・アンタール・ルムンバは継承するでしょうか? 
息子アンタールの選挙戦スローガンは「私が市長になれば、あなたが市長になる(When I become mayor, you become mayor)」でした。これは一般市民の本格的な参加型民主主義政治形態を目指していることを示しています。ジャクソン市の地域経済を振興し、雇用を作り出す方途として、土地の人々の自主的能力と財政力を基礎にするか、地域外の大企業に頼って、その免税や公共事業の私有化の要求に応じるかの選択がありますが、新市長は父親が選んだと同じ道を進もうとするに違いありません。それを中央の権力組織がどこまで許すか、私は固唾を呑んで見守ることになりましょう。これは単なる米国の一地方の局所的な政治問題ではありません。本質的には、シリアの「ロジャバ革命」につながり、メキシコの「サパティスタ革命」につながる問題です。

藤永茂(2017年5月11日)
コメント (12)

『おかめ作戦』の即刻開始を

2017-04-07 22:42:19 | 日記
 『おかめ作戦』>『オペレーション・おかめ』>『オペ・おかめ』は拙作電子本小説のタイトルで、遠隔操縦小型ロボットによる架空の要人暗殺作戦を意味します。
 小学館の国際情報誌「サピオ」の5月号の広告を見ると、
   米国の金正恩暗殺に協力するしかない  佐藤優
という記事があります。今年度の米韓合同軍事演習にはっきり謳ってありましたが、米国は金正恩暗殺を公然と目標に掲げているのです。トランプ大統領は、北朝鮮を懲罰するためには、核兵器による先制攻撃を含めて、あらゆるオプションが on the table だと明言しています。私としては、米国の暴虐行為をこれ以上許すことは出来ませんので、トランプ大統領の名前を『オペ・おかめ』の Kill List に加えなければなりません。このKill Listにはトランプ大統領の近親や政権の閣僚、ジョン・マケイン上院議員、CIAの幹部、エリック・プリンスなどの名も含まれています。リストの中には殺さなくてもよい人も含まれているでしょうが、あまり気にすることもありますまい。何しろ、米国には、コラテラル・ダメージ(collateral damage) という誠に便利な響きの言葉があって、まあやむを得ない犠牲ということで済まされます。遠隔操縦殺人ロボット機ドローンの犠牲者などに関して、皆さん先刻ご存知のことでしょう。
 トランプ大統領を『オペ・おかめ』の Kill List に加えたのは、彼が彼のリストに金正恩の名を加えたからだけではありません。4月4日のシリア北西部イドリブ県で生起した毒ガスによる大量殺人事件を口実にして、トランプ大統領が突然シリアのアサド大統領に対する政策を180度転換したことで、私は、まさに怒り心頭に発し、血圧が180を超えて、頓死の覚悟を強いられたのが、トランプ大統領を『オペ・おかめ』の暗殺対象にしたいと思った第一の理由です。

<昨夜(4月6日)ここまで書きましたが、本日、米国がシリアのアサド政権に対して直接の武力行使に踏み切ったことを知りました。>

 私の血圧が急上昇した直接の原因は、4月5日ホワイトハウスのローズガーデンでの訪問者ヨルダン国王アブドゥラ二世と共同の記者会見で、トランプ大統領が今回の毒ガス事件について語るのを聞いたことでした。初めはNHKのニュースで聞き、ワシントンポストでもっとよく聞き直しましたが、色々なサイトでも聞けると思います:

https://www.washingtonpost.com/world/national-security/trump-and-his-america-first-philosophy-face-first-moral-quandary-in-syria/2017/04/05/ec854e20-1a21-11e7-bcc2-7d1a0973e7b2_story.html?utm_term=.6b9012c1fe64&wpisrc=nl_headlines&wpmm=1

シリアのアサド政権が “innocent people, including women, small children and even beautiful little babies” を惨殺したと糾弾するトランプ大統領の不潔極まる語り口を聞いてみてください。吐き気を通り越して、胃の腑が煮えくりかえる思いがします。この毒ガス事件は米国側の自作自演の芝居であることは火を見るより明らかです。シリア情勢のこの時点で、アサド政権が、自分側にとって百害あって一利もない愚行を犯す理由は完全にゼロです。しかもこの芝居では多数の生身の人間が殺されました。効果を上げるために、いたいけな幼児たちまでが犠牲になりました。これは断じて許せません。
 2013年8月21日シリアの首都ダマスカスの近くの反政府軍の支配地区Ghouta で今回と酷似の毒ガス事件が起こりました。私は、10日後の8月30日『もう二度と幼い命は尊いと言うな』と題するブログ記事で問題を論じました。出来れば全体を読んでいただきたいのですが、以下には、結語の部分だけを再録します:
**********
 今回の化学兵器使用に就いて、上のFP掲載の記事にあたる「シリアの毒ガスは、実はCIA(あるいはイスラエル)が用意した」という暴露記事が出るのはいつのことでしょうか。10年後? 20年後? 間もなく降り注ぐ米欧軍のミサイルの雨に打たれて死んで行くシリアの老若男女にとって、それこそ後の祭りというものです。
 しかし、私の心に最も重くのしかかって来るのは、虚々実々の政治的暗闘への嫌悪感ではありません。今度の毒ガス使用のむごたらしい映像を見つめながら、心の底に重く重く沈殿してくるのは、この宣伝映像が幼き者たちの苦悶と死に重点を置いて編集されているという事実に対する怒りです。こうした映像を利用する政治的意図こそ、痛々しい幼き者たちの魂に対するこの上ない冒涜であります。つい二三日前のこと、あるテレビニュースでアメリカの慈善団体がシリア難民キャンプで子供たちのために学校バスを運営していることが報じられていました。文字通りの“スクールバス”で、内部の各座席に一台のパソコンが付いていて、子供たちは嬉々としてお勉強に励んでいました。What is this! と私は叫んでしまいました。なんと不必要に贅沢な学校、ここに明白にディスプレーされているのは米欧の毒々しい偽善の醜悪さであって、幼きものたちに対する愛情とは何の関係もないどころか、彼らの喜ぶイメージを自己宣伝に利用する許し難い背信行為です。もしこんなことをする金があるのなら、例えば、ハイチの子供たちにせめて安全な水道の水を飲ませてやって欲しい。川の泥水を飲んでコレラに罹って死なないように。私の脳裏には、またしても、例のマドレーン・オルブライトの発言が浮かびます。以前にもこのブログで取り上げたことがありますが、今日はウィキペディアから少し引用します。:
■1996年、60 Minutesに出演して、レスリー・ストールから対イラク経済制裁について“これまでに50万人の子どもが死んだと聞いている、ヒロシマより多いと言われる。犠牲を払う価値がある行為なのか?”と問われた際「大変難しい選択だと私は思いますが、でも、その代償、思うに、それだけの値打ちはあるのです」(“I think that is a very hard choice, but the price, we think, the price is worth it. ”)と答えた。なお、オルブライトのこの発言を腹に据え兼ねた国連の経済制裁担当要員3名(デニス・ハリデイ、ハンス・フォン・スポネック、ジュッタ・バーガート)が辞任。このうちハリデイは「私はこれまで(対イラク経済制裁について)“ジェノサイド”という言葉を使ってきた。何故なら、これはイラクの人々を殺戮することを意識的に目指した政策だからだ。私にはこれ以外の見方が出来ないのだ」とコメントを残している。■
そうなのです。幼い子供たちの苦しみを政治宣伝の具に供する狡猾さこそあれ、幼い命の尊重などは、米欧の支配権力にとって、極めて低いプライオリティしか与えられていません。彼らのプライオリティの真の序列を見据えることが我々にとって喫緊の要事です。
**********
 この有名なグータのサリン事件が反アサド勢力側の芝居(偽旗作戦)であったことは、現在では、確立されていると言えます。文献は多数ありますが、ここでは趣向を変えて、二つの興味深い事実を指摘しておきます。一つは、今回のイドリブ事件についてのおびただしい米欧の報道記事や公式的な言明で、グータ事件への言及が、主にオバマ批判の関係から、行われている場合に、よく注意して読んでみると、グータの毒ガス攻撃がアサド軍によるものであったという確言が含まれていないという事実です。偽旗作戦だったのですから当然のことですが。もう一つの事実は、私が見つけた小さな宝石です。
 ロジャバのクルド人の重要な指導者にサレフ・ムスリム・モハメド(Salih Muslim Muhammad) という人がいます。ロジャバ革命のレニングラード戦とも呼ばれるコバネの死闘を勝ち抜いた英雄の一人です。私は、偶然のことから、2013年のグータ事件の直後にサレフ・ムスリム・モハメド氏が「これはアサド側ではなく、反アサド側がやったことだ」と断言していたことを発見ました。
 ついでに、私が見つけた小さな宝石をもう一つ。4月5日ホワイトハウスのローズガーデンでの訪問者ヨルダン国王アブドゥラ二世と共同の記者会見で、トランプ大統領の無責任な発言に同調するつもりのヨルダン国王は、トランプがISISについて語った直後に“Terrorism has no border, no nationality, no religion”とうっかり本当のことを言ってしまいました。ISIS は宗教団体ではないのです。宗教信仰を悪用して若者を暗殺者に仕立てる国際的傭兵組織です。北朝鮮に与えられているような国際的制裁を与えれば、すぐにもしぼんでしまう組織です。

藤永茂 (2017年4月7日)
コメント (7)