私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

アフリンで何が起こっているか(2)

2018-02-26 20:28:57 | 日記・エッセイ・コラム
 米国はシリア国内の反アサド傭兵地上軍としてISからクルド人軍隊YPG,YPJへの乗り換えが余りにもうまく運び、シリアの北東部のトルコ国境線、イラクとの国境線、ユーフラテス川が形成する広大な三角形の地域を占領することに成功しました。面積的にはシリア全土の20%を超え、シリアの石油資源の主要部を含みます。面積的にも、石油資源を含むことも、イラク北部のクルド人自治区(KRG支配地区)とよく似ています。実は、この二つの地区、今度米国が支配下に入れたシリア北東部の三角形地区とイラク北東部のKRG支配地区、はその形成過程も類似しています。1991年の湾岸戦争で米国はイラク北部に飛行禁止空域を設けてクルド人地域を保護し、クルド人はサダム・フセインに反抗してその支配から脱して実質的な自治を獲得する方向に米国が誘導し、2003年のイラク戦争でフセイン政権が崩壊した後は、クルド人地域政府(KRG)の支配地域の形で実質上の米国属領として機能してきました。米国には、もともと、クルド民族に独立の国土を与える方向に中東情勢を仕向けて行くつもりなどはありません。2017年9月に行われた独立に関する住民投票の実施に米国が反対を表明したのは、イラクのクルド人に対する裏切りなどではなく、当然のことであったのです。
 シリア北東部の三角形地区についても、米国は同じようなことを考えていると思われます。現在、米軍の指揮下に入っているロジャバのクルド人軍隊YPG,YPJはイラクのKRGの軍隊ペシュメルガよりも格段に戦闘能力の優れた地上軍勢力ですから、YPG,YPJを主力として編成されたシリア民主軍(SDF)を傭兵地上軍とし、これを米空軍が援護すれば、シリア北東部に米国は居座り続けることができると踏んだのだと考えられます。この私の見解は既に2017年10月30日付のブログ:
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/3452b26b37ccd6b946a7f033ee1e8533
に書いた通りです。
 しかし、トルコの南に直結するロジャバ地域にオジャランの革命思想を実践するクルド人主導の自治連邦が出現し繁栄することになれば、トルコ内のクルド系人民(一千万を優に超える)に強烈な政治的影響を与えること必定です。実際、オジャランの革命思想はトルコ国内でクルド人がジェノサイド的迫害から受けてきた苦難から生まれたと言ってよいのですから。トルコのエルドアン大統領にしてみれば、ロジャバ革命の全面的成功は断じて許すことのできない事態です。しかし、ここで注目すべき事実は、トルコ(エルドアン大統領)とイラク北部のクルド人自治地域との関係は良好であることです。クルド人地域政府(KRG)は、米国の援助庇護のもとで、オジャランの革命思想(PKK)に敵対する姿勢を取っているのがその理由の一つです。経済的にもトルコとの関係は親密なものがあります。従って、ロジャバ革命の背骨がへし折られて、シリア北部のクルド人自治地域が、イラク北部と同じく米国の援助庇護のもとで飼いならされてオジャランの革命思想(PKK)との繋がりがなくなれば、トルコは満足するでしょう。前述の通り、米国もロジャバ革命の成功成就を求める気など皆無、というよりトルコと同じく、革命思想の骨抜きをした属領的地域の設立を目指しています。
 では、ロシアはどのように考えているのでしょうか?一般的情勢から判断して、シリアの国土(国境)は現在の形を保たせながら、ロジャバのクルド人たちにある程度の満足を与える形の自治地域を用意することを目指していると私は推測します。この場合、ロジャバの西の端の、今問題のアフリン・カントンは一旦、トルコ軍に占領させ、後の和平交渉の過程で侵入したトルコ軍撤退の手筈を探るつもりであっただろうというのが私の憶測です。
 私の憶測の細部の当否などはさておき、トルコ、アメリカ、ロシアが見誤っているとはっきり言えるのは、オジャラン/ロジャバ革命を遂行しようとする人々の熱意の度合いです。革命を守ろうとするロジャバ人民防衛隊YPG,YPJの熾烈な戦意です。イラク北部のクルド人地域政府(KRG)統治下のクルド人の独立意識の熱意、KRGの軍隊ペシュメルガの戦意とは比較にならないほどの違いがあることは明白です。1月20日、トルコ国軍は、シリア北西部のクルド人地域アフリンに対して、“Olive Branch(オリーブの枝)”という呼び名の軍事作戦を開始しましたが、これを迎え撃つYPG,YPJの抵抗は熾烈を極めています。
 損害の発表は、例によって、信用が置けませんが、双方すでに数百人の戦死者が出ていると思われます。「アフリンは第二のコバニになる」「アフリンは第二のディエンビエンフーになる」というロジャバのクルド人の叫びは空虚な脅し文句でも、駆け引きでもありません。彼らの断固たる決意の表明です。聞き誤ってはなりません。彼らのアフリン・カントン死守の硬い決意は今後の事態を左右するカギを握っていると思われます。
 それに加えて、(私の個人的な願望に近い憶測ではありますが)、シリアのアサド現大統領とその側近のオジャラン/ロジャバ革命思想に対する胸奥での共鳴を挙げたいと思います。これは、2011年以来のロジャバのクルド人とアサド政権との相互関係の継続的観察からの結論です。昨年末、アサド大統領がロジャバのクルド人を突然「裏切り者」と呼んで物議を醸しました。このことについては2017年12月27日付のブログ記事『裏切り者(traitors)』で取り上げました。
 本日(2月26日)現在、アサド政府の正規軍ではなく、政府を支持する民兵勢力なるものがアフリン市街に入ったことは確認されています。ロジャバの革命勢力とアサド政権のトルコに対する共闘の姿勢が明白になりました。戦況に関する報道はほとんどすべてにプロパガンダの機能を担っているので頼りになりませんが、はっきりしていることは、トルコのエルドアン大統領がごく短時間で終了すると豪語したアフリン攻略作戦が開始から35日経った今もアフリンの町に侵入できないままに停滞していることです。トルコ軍側の占領地域の拡大の速度は遅々たるものです。
 シリアをめぐる米国側とロシア側の権謀術策の切り結びの激烈さが世界をどこに導くのか? 世界の中東アナリスト達は、己がじし自己の職業的安泰を計算しながら、勝手なご託宣を並べていますが、ロジャバのクルド人たち、それを含むシリアの人民達にとって、これは死ぬか生き延びるかの問題です。外から不条理に彼らに襲いかかってきた巨大な悪に対する彼らの抵抗は、文字通り、必死の抵抗です。これらの名もない民衆の必死の戦いの勝鬨が、シリアの地で「もう一つの別の世界」の誕生の産声として、碧天に響き渡る日が訪れることを祈って止みません。

なお、事態の最近の動きについてのネット上の記事はたくさんあります。ご参考までに、その一部を挙げておきます:

https://southfront.org/damascus-government-rreached-agreement-with-ypg-over-afrin-area-al-mayadin-tv/

http://www.presstv.com/Detail/2018/02/16/552524/Syria-Kurds-Afrin-deployment-Turkey

https://syria360.wordpress.com/2018/02/22/citizens-of-afrin-welcome-popular-forces/

http://syriaarabspring.info/?p=46712

https://www.globalresearch.ca/the-kurds-have-backed-damascus-into-a-corner/5630031

https://anfenglish.com/features/our-resistance-has-changed-the-political-and-diplomatic-balance-25077

https://anfenglish.com/features/hadrien-desuin-a-turkish-victory-in-afrin-is-impossible-25134

https://southfront.org/government-forces-got-control-over-all-neighborhoods-of-aleppo-city-which-had-been-controlled-by-ypg/

https://anfenglish.com/rojava/ypj-salutes-the-resistance-of-the-age-in-afrin-25086

https://roarmag.org/essays/turkey-begins-offensive-kurds-rojava/

https://roarmag.org/essays/call-solidarity-defend-afrin-defend-humanity/


藤永茂(2018年2月26日)
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アフリンで何が起こっているか(1)

2018-02-21 22:47:50 | 日記・エッセイ・コラム
 これは近未来の予言の試みというよりも、私の強い希望的観測ですが、トルコ軍の侵略に対するアフリンの防御をめぐる最近の動きに私は大いに励まされています。
 ロジャバ革命が進行中の地域には、シリアの北部、トルコとの国境沿いに西から東へ、アフリン、コバネ、ジャジレの三つのカントンがあります。この地域にはクルド人を主とした二百万前後の人々が住んでいると思われます。革命の出発時にはこの三つの地域は分かれていましたが、現在では、コバネとジャジレは一体化し、西のアフリン地域とコバネ・ジャジレ地域の間のトルコとシリアの国境近傍はトルコと反アサド政権勢力が支配していて、クルドのロジャバ革命勢力がトルコとシリアの国境全域を支配することを阻止しています。実は、この国境の開口地域はトルコと米国の傭兵勢力であるIS(イスラム國)にとっての生命線であったのであり、このルートを通じて、ISがトルコを通じてシリアとイラクで産出されている石油を売り払って巨大な軍資金を得ていたこと、その石油の輸送に1000台を超える(数千台とも報じられています)タンカートラックが列をなしてシリアとトルコの間を行き来していたことは、このブログの記事(2015年12月1日)にも書いた通りです。さすがに現在ではこのとんでもない商売こそ行われていませんが、アフリンとコバネの間の“ロジャバ革命地域”の切れ目は、トルコが支援するシリア国内の反アサド勢力の重要な“出入り口”をなしていることには変わりはありません。
 現在のシリア騒乱の初期、2012年の中頃、アフリン地域からシリア政府は撤退し、反政府の立場のクルド人勢力がこれに代わりましたが、両者の間に深刻な軍事的軋轢は一度も生じませんでした。コバネ、ジャジレでも事情は同じです。2014年1月にはアフリン、コバネ、ジャジレの三つのカントンでロジャバ革命の憲法に従ってシリアのクルド人を中心とする自治形態が形成されて、2018年を迎えました。この4年間に、アサド政権の要請によるロシア軍のシリア戦争介入、イスラム国(IS)勢力の退潮、コバネ、ジャジレのクルド人勢力(YPG, YPJ) の米国傭兵化という重要な事態が生起しました。シリア問題、あるいは中東問題さらにはいわゆる「テロとの戦い」問題を考える場合に、イスラム国(IS)勢力なるものの最も肝要な様相は、それが米国の傭兵として操作されているということを抑えなければなりません。「シリアやイラク、また世界中で米国は懸命にISと戦っているではないか」と考える一般の方々には、イスラム国(IS)勢力が米国の傭兵地上軍であるという私の断定をなかなか受け入れてくださらないでしょうが、これが動かぬ事実であることは、以前にこのブログで論じた通りです。シリア北部に置かれていたイスラム国の“首都”ラッカで何が起こったかを、そこで行われたクルド人軍隊YPG, YPJとイスラム国(IS)軍との凄惨な“死闘”と伝えられたものがなんであったかを少し注意深く調べれば、米国が効果的な傭兵地上軍としてISをYPG,YPJに切り替えたプロセスがはっきり見えてきます。興味のある方は2017年10月30日付の記事『ロジャバ革命の命運(7)』を読んでください。過去3ヶ月の間に、ロジャバ革命を推進しているクルド人勢力(軍事的にはYPG,YPJ)とそれを傭兵地上軍として操作する米国は、コバネとジャジレのトルコ国境地域と、その南、ユーフラテス川の東に広がる油田地帯を含む広大な面積を支配下に収め、一方、それに続くシリア・イラク国境地帯など数カ所には依然としてIS勢力を温存してアサド政権軍に激しい抵抗を行わせています。シリア国内のIS勢力は残存という表現からまるで程遠い、むしろ、alive and kickingの状態にあります。
 こうした状況の中、本年1月22日、トルコ国軍は、シリア北西部のクルド人地域アフリンに対して、“Olive Branch”と呼び名の軍事行動を開始しました。「オリーブの枝」とは、ふざけるにも程があろうと言いたくなる呼称ですが、これはトルコ政府が発表した正式の呼称です。隣国シリアの国土に対する公然たる侵略行為です。トルコのエルドアン大統領によるその侵略行為の正当化、ロシア、米国の立場、アサド政権の反応については次回に考えてみます。

藤永茂(2018年2月21日)
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R2PというFAKE

2018-02-08 21:17:21 | 日記・エッセイ・コラム
 R2P(Responsibility to Protect, 保護する責任)という言葉の意味するところは、大部分の方々がよくご存知でしょう。この考えの要点は簡単です。ある国家の支配者が自国民をひどく迫害する場合には、他の国家には、迫害されている人々を保護する責任があり、他の国のことだからといって傍観すべきではないという考えです。R2Pに先行する言葉に「人道的介入」があります。
 2011年、NATOによる残酷極まりないリビア侵略破壊が行われました。「3月19日、安保理がリビア情勢に関する追加の制裁決議、決議1973を採択。決議1970に基づきリビア政府当局に引き続き「人民を保護する責任」の履行を求める一方で、国連憲章第7章に基づき、文民保護のための飛行禁止区域の設定とこれを強制するための「必要なあらゆる措置("all means necessary")」を講じる権限を加盟国に付与した。国連史上初めて、保護する責任原則に基づいて武力行使が容認された決議」(ウィキペディア)となりました。
 リビアに対するR2Pの適用は、当時アフリカ大陸で最も高い成功度を示していたリビアという国家を破壊し尽くしてしまいました。この事実を否定する国際政治論の学者は一人もいないでしょう。また、R2Pに基づく軍事介入に以前と、介入後のリビアの人々の生活状態を比較して、介入後の状態(現在の状態)の方が介入前の状態よりはるかに悪いことを否定する(否定できる)人も皆無でしょう。今のリビアは“a living hell”だとよく言われます。社会統計的数字に照らして、リビアに対するR2Pの適用は巨大な失敗であったのは明々白々の事実です。つまり、介入した外国勢力は、保護してあげる筈であったリビア国民を、惨殺された独裁者カダフィがいじめたよりも数十倍、数百倍の酷さで今もいじめ抜いているというわけです。
 現在進行中のシリア戦乱についてもほぼ全く同じことが言えます。リビアとシリアの場合に、もしR2Pの適用による外部からの介入がなかったとした場合に、それぞれの国の国民がどれだけの苦難を強いられることになったかを、社会統計的に推量算定することを試みるのは、クレオパトラの鼻がもう少し低かったら世界の歴史はどうなったかを推量するより遥かに意味があり、定量的推定が可能と思われます。R2Pの関心事のトップは人種差別に基づくジェノサイドでしょうが、リビア(カダフィ)の場合もシリア(アサド)の場合も該当する要素は見当たりません。シリアの場合にクルド人に対する同化政策の強制の問題などが存在し、シリアの紛争の初期にロジャバ革命が立ち上げられましたが、この場合のシリア国民としてのクルド人の被害の程度は国内政治の問題としてかなり正確に評定することが可能です。宗教的差別についても同様の評定が可能でしょうし、思想言論の自由度についても同じです。
 R2Pについては、ネット上で多数のアカデミックな議論を読むことができます。例えば、大阪大学からは、257ページに及ぶ報告がアップされています。現職の学者さんたちに「リビアの場合もシリアの場合も、R2Pは全く外部からの介入を正当化するための虚偽のこじつけであり、真の理由は別にある」という学問的議論を前面に出してもらうことを期待するのは無理かもしれません。しかし、せめて、リビアとシリアの場合について、R2Pという錦の御旗の下での外部干渉がなかったとした場合の両国の内政状況の進展を社会統計的に推定する試みをやってみて頂きたいと私は思うのです。そうしたことが実行され、公表されれば、R2Pが如何に残忍非情な欺瞞であるかが浮き彫りになり、少し回り道ながら、世界の人々が、リビア戦争、シリア戦争の真の理由を明確に直視する姿勢を取りやすくなると私は考えます。
 私は、7年あまり前(2010年6月9日、リビア騒乱以前の時点)、『人道主義的介入という偽善と欺瞞』と題するブログ記事を掲げました。その後半部分を以下に再録します:
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2010年5月19日のブログ『核抑止と核廃絶(5)』の中で、アメリカの私の知人マクリーン氏の奥さんがベトナム戦争反対の運動をしたために警察に拘束されたという話をしました。その話をもう少し詳しく申し上げましょう。現在の事情は知りませんが、昔は、外国国籍の移民がアメリカで市民権の取得を願い出ると、アメリカ合州国についての知識のテストをされることになっていました。マクリーン夫人は、ボランティアとして、そのテストの準備を助ける講師役を買って出て、アメリカ合州国の独立宣言の初等知識の解説などをしていたのですが、独立宣言の文言に明らかに背反するアメリカ合州国軍のベトナム侵略がいよいよ激しく露骨になって行くにつれて、良心の呵責なしには、受講者の前に立つことが出来なくなり、遂にはベトナム戦争反対のデモの先頭に立つようになったのでした。アメリカ建国の出発点である独立宣言が、事の始めから、大きな欺瞞であったことは、拙著『アメリカン・ドリームという悪夢』で詳しく論じました。特に、p113には
■ 1776年7月4日の「独立宣言」は、アメリカ論のアルファでありオメガである。アメリカ合州国創設のこの宣言がひとつの大いなる欺瞞であったことが、善かれ悪しかれ、その後のアメリカ合州国の歴史を決定した。アメリカを叩くための誇張では決してない。あらゆるアメリカ論者が、その心底では、認めざるを得ない歴史的真実である。■
と書きました。そのあたりを読んでいただければ幸いです。植民地主義的な外国侵略を「人道主義的は立場から、お前たちの為にしてやっているのだ」と言いくるめる歴史的伝統は、「白人の重荷」から「明らかなる天命」へ、そして、ジャン・ブリクモンはいみじくも喝破するように、「人道主義的介入」という形の帝国主義へと、驚くべき一貫性をもって、受け継がれて行っています。
 攻撃的な帝国主義政策を推し進めるアメリカ政府とそれを支持する保守勢力が“外国国民の人権を守るため”の人道主義的介入という口実を用意するのは、いわば、自然なこととも言えましょうが、ジャン・ブリクモンが問題とするのは、元来、帝国主義的外国侵略に反対の立場を取る進歩的な人々の中にも、この「人道主義的介入」というロジックを採用する傾向が広がっているという事実です。近年、アメリカ、イギリス、フランスなどの豊かな先進国で、世界の国々、特に貧しい後進国で行なわれている人権侵害を監視することを事業とする組織や団体が数多く結成されています。「ヒューマン・ライト・ウォッチ」や「アムネスティー・インターナショナル」などは日本でもよく知られているようです。こうした組織体は政治的中立を原則として、ただ、諸国でおこなわれる人権侵害の事実を世界に向かって告発することを実行しています。しかし、ブリクモンが詳しく論じるように、これはいろいろと問題をはらむ事業です。
 まず、人権(Human Rights)とは何かという大問題があります。アメリカ合州国独立宣言に基づけば、「幸福に生きる」ということが人間の権利の一つであることは明らかでしょう。ところで、いまアメリカ合州国では、医療保険制度の枠外に押し出されているために適切な医療が受けられないという理由で毎日百人ほど死んでいます。公式の統計数字です。一方、一党独裁の貧乏国キューバでは、医療は無料なので、費用のために医者にかかれないという理由で死ぬ人はゼロです。この意味では、アメリカ合州国では重大な人権侵害が行なわれていることになります。しかし、いわゆる人権侵害監視団体はこの問題にはそっぽを向いているのが通常です。
 キューバの首都ハバナの町の真ん中で、「フィデル・カストロはひどい独裁者だ」と叫んだら、どうなるのか、私にはわかりません。しかし、もしそうすることで警官に捕われたとしたら、「ヒューマン・ライト・ウォッチ」や「アムネスティー・インターナショナル」はそれを政治的自由の人権の侵害だとして報告するでしょう。同じようなことはベネズエラとかボリビアについても言えると思います。実際、2年ほど前、「ヒューマン・ライト・ウォッチ」がベネズエラでは政治的発言の自由という人権が侵害されていることを非難していました。しかし、こうした第三世界の国の貧困層の人々は、新しい政権から言論の自由を制限されても、目や歯の治療が無料であることの方を幸せに思うに違いありません。彼らにとっては生きるという人権の方が、政治的発言の自由という人権より大切なのですから。ブリクモンの『人道主義的帝国主義、人権を使って戦争を売る』には、このタイトルの意味について、もっと精緻な議論が展開されています。興味のある方は是非お読み下さい。
藤永 茂 (2010年6月9日)
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 現時点で判断する限り、すでに30〜40万人の死者、500万人を超える難民を数えるシリア国民の苦難に、まだ終わりが見えません。騒乱発生時の総人口は約2000万人、アサド現大統領がどのようにひどい男であったにしても、自国民をこれだけ無残に迫害するはずは絶対にありません。R2P(Responsibility to Protect, 保護する責任)という標語が如何にインチキなものであるか、改めて、思いを馳せてください。

藤永茂(2018年2月8日)
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