私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

寄ってたかって北朝鮮をいじめるな

2013-02-27 11:03:08 | 日記・エッセイ・コラム
 我が心まさに折れなんとす。「筆を折る」という言葉は辞書にありますが、「心が折れる」という言葉はないようです。しかし、この表現は私の今の気持にぴったりです。以下の事柄を、私は、一つのはっきりした覚悟を持って書いて行きます。
 私の父は中国吉林省の長春、昔の満州国新京で産婦人科を開業していました。中国人や白系ロシア人の間でも人気があり、父も母もその医療業務に忙しく、幼い私の相手は、もっぱら、往診用人力車の車夫兼暖房用ボイラー焚きの中国人男性でした。地下のボイラーの脇に彼の居室があり、そこで彼は、随分の時間、赤ん坊の私をあやし、あれこれの世話を見てくれました。仕事の性質上、彼には暇な時間が多かったのでしょう。そんなわけで、父母の話では、私が口にした最初の言語は彼から習った中国語でした。たしか私が三歳の頃、ある日、彼は私一人を家族の家に連れて行きました。すっかり彼になついた私を皆に見せびらかすつもりだったのかも知れません。沢山の顔と賑やかな声に取り囲まれて少し怖かったのを漠然と憶えています。私の最も古い記憶の一つです。残念なことに私は中国語を忘れてしまいました。
 私が勤務していたアルバータ大学の化学教室で、私たちより一世代若い韓国人夫妻と知り合いになりました。温和で心の広い立派なご夫婦で、旦那さんは極めて優秀な研究者でした。ある時、彼が「韓国語は中国語より日本語に似ているから勉強してみませんか」と勧められたので、教えて貰うのを始めたのですが、彼の職場が変わって絶えてしまいました。もう一つ。やはり職場の同僚で、私にとって大切な友人であったスペイン人の御母堂からスペイン語を習う機会が与えられたのですが、怠惰心からその幸運を逸してしまいました。
 今となっては、中国語も朝鮮語もスペイン語も、学ぶための良いチャンスを与えられながら、怠けてしまったことが大変悔やまれます。もしこれらの言語を読み、そして、聞くことが出来れば、中国のこと、朝鮮半島のこと、キューバやベネズエラのことを、もっと詳しく、もっと正確に、理解し判断することが出来たでしょう。
 しかし、言語的な能力が欠けていても、一つの対象について、時間的に長く持続的な関心を持ち続けることで、第一資料ではなく二次的資料、さらには、プロパガンダの嵐に耳を澄ますことからでさえ、物の真相を窺い知ることは出来ます。1960年、三井三池争議たけなわの頃、たまたま九大教養部で物理学教師をしていた偶然から、新しく開校して間もない飯塚市の朝鮮学校を参観したことがありました。その時の印象が私の北朝鮮観の原点です。
 核兵器は絶対悪であるという立場を私は取ります。したがって、北朝鮮の核兵器実験には絶対反対です。如何なる国の核実験にも核兵器保有にも絶対反対です。しかし、北鮮が核実験をしたことで、世界中が、寄ってたかって北朝鮮を非難攻撃するのを容認することは出来ません。これは、核兵器は絶対悪であるという立場を取る限り、全く必然的な結論であります。特に、アメリカ、ロシア、中国、イスラエル等の核兵器保有国には、それを許しません。
 何の罪もない日本人を拉致して、当人とその家族にひどい苦しみと悲しみを与えたのだから、核実験のことがなくとも、日本が北朝鮮にきびしい制裁を加えるのは当然であるという立場もありえます。しかし、その場合には、日本の側にそれに類似する罪業があれば、等しく非難されるべきであります。前回のブログで、カナダ政府とキリスト教宗教団体が実施したインディアン寄宿学校制度の下で、先住民の幼児たちが家族からむしり取られて無理矢理に遠方に拉致され、心身ともに虐待を受け、死んで行った話をしました。個々の先住民児童とその家族が経験した悲しみと苦しみが日本人被拉致家族のそれより軽かったとは、決して言ってはなりません。こうした場合の個々の人間の悲嘆に上下があるという考えを私は断固として拒否します。
 しばしばアフリカの北朝鮮と呼ばれる国があります。エチオピアとスーダンの隣りの小国エリトリアです。エリトリアは核兵器を持たず、持つつもりもありませんが、いじめぬかれて苦境にある点では北朝鮮と同じです。この国については、2012年の5月と6月に『エリトリアが滅ぼされないように』(1)~(3)で取り上げました。最近の状況を少し。スーダンとエチオピアに接する国境地帯でエリトリアの若者たちが多数拉致されています。拉致を行なっている側は若者たちを教育して反エリトリア勢力を結成するのが目的です。この1月21日にはエリトリアの情報省の建物に少数の兵士が乱入してクーデターが企てられたとアルジャジーラが報じました。2月24日には、スウェーデン国内の3カ所のエリトリア人コミュニティ・センターが放火爆破の被害にあいました。「国境なき記者団」の『世界報道自由インデックス2013(WORLD PRESS FREEDOM INDEX 2013)』によると、エリトリアはドン底最低の179位、北朝鮮は一つ上の178位を占めています。それでも、国と国民と独立運動の成果を何とか守ろうとする独裁者イサイアス・アフェウェルキの苦衷は、私のところまで届いて来ます。

http://fr.rsf.org/IMG/pdf/classement_2013_gb-bd.pdf

 「このまま放置すれば、東京は北鮮から核爆弾攻撃を受けて150万の死者が出ることになりかねない」という議論があるようですが、もしそうなったらどうするのですか?同盟国のアメリカに頼んで、北朝鮮の2400万人を、核爆弾で、ワイプアウトしてしまうのですか?アメリカがその気になれば、それは十分可能です。それとも、日本の優れた核エネルギー関係技術とロケット技術を急遽総動員して核抑止力を備えますか?
 核兵器が絶対悪であるという私の立場については、2010年の4月と5月に、『核抑止と核廃絶』(1)~(6)という長いシリーズに書きました。そこで述べた理由から、私は日本の核軍備に絶対反対です。私の個人的立場は『核抑止と核廃絶』(5)の終りに書いた、畏友ダグ・マクリーンの立場と同じです。

藤永 茂 (2013年2月27日)


コメント (4)   トラックバック (1)

Idle No More (7)

2013-02-24 19:50:34 | 日記・エッセイ・コラム
 2008年6月11日、カナダのスティーブン・ハーパー首相は、カナダ政府を代表して、過去にインディアン寄宿学校というカナダの先住民の同化教育施設に収容されて過酷な扱いを受けた人々に対して、全面的な謝罪を表明する講演を国会で行ないました。以下にその前文を訳出します。カナダの先住民の同化教育に特別の興味はなくとも、どうか読んで下さい。我々が過去に犯した同化政策の反省の機会でもありますが、事の重大さはそれを遥かに凌駕します。過去にどのような酷い事が行なわれたか、それは又あとでお話ししますが、以下の謝罪声明からも、直接、かなりの所まで読み取れます。しかし、この一見立派な謝罪が、何故にこの時点で行なわれたのか、それを見据えなければなりません。この驚くべき謝罪声明に対する私の反応は、古風な表現を使えば、怒髪天を突くものがあります。その感情的高まりの故に、私は読み過ぎの誤りを犯しているかもしれませんが、多分、それはないと信じています。まあ読んでみて下さい。
http://www.aadnc-aandc.gc.ca/eng/1100100015644/1100100015649

************************

『ハーパー首相、カナダ人を代表して、インディアン寄宿学校制度に対する全面的謝罪を表明』

 インディアン寄宿学校における児童の取り扱いは我が国の歴史の悲しむべき一章であります。
 一世紀以上の間、インディアン寄宿学校は15万人をこえる先住民児童を、家族とその地域社会から引き離しました。1870年代、連邦政府は、先住民児童の教育に対する責務を果たす意味合いもあって、これらの学校の設置と管理に一役を担うことを始めました。この寄宿学校制度の二つの主要目標は、児童をその家庭、家族、伝統、文化の影響から絶縁隔離し、そして、カナダの支配的文化(白人文化)に彼らを同化させることにありました。これらの目標は、先住民の文化とスピリチュアルな信仰が、白人の文化と信仰に較べようもなく劣っているという仮説に基づいていました。実際、一部の人々は、実に忌わしい語り口でしたが、“子供の中のインディアンを殺してしまう”ことを目指したのでありました。今日、我々は、この同化政策は間違いであったし、これまで重大な害悪を生み、我が国には全くあるまじき事と認識しています。
 連邦政府が維持した132のインディアン寄宿学校はニューファウンドランド、ニューブランシュヴィック、プリンス・エドワード・アイランド諸州を除くすべての州と准州に存在しました。これらの学校の殆どは、英国国教教会(聖公会)、カトリック教会、長老教会、カナダ合同教会と連邦政府の“joint ventures (共同開発事業)”として運営されました。カナダ政府は一つの教育システムを作ったわけですが、その中では、ごく幼い子供たちがしばしば無理矢理に彼らの家庭から引き離され、しかも遠い所に連れ去られることもよくありました。その多くは衣、食、住とも不十分にしか当てがわれませんでした。そのすべては父母、祖父母、地域社会から受けるべき保護と養育を剥奪されました。ファースト・ネイションズ、イヌイット、メイティの言語と文化的慣行はこれらの学校では禁止されました。悲惨にも、ある児童たちは寄宿学校にいる間に死亡し、そうでなくとも、二度と故郷に帰ることはありませんでした。
 政府は、今や、インディアン寄宿学校政策の結果は深刻に有害であったこと、そして、この政策は先住民文化、その遺産、言語に永続的かつ破壊的衝撃を与えてしまったことを認めます。卒業生の中にはインディアン寄宿学校での経験を肯定的に語った人々もいますが、そうした話は、頼るすべのない児童たちの受けた、感情的、身体的、性的虐待と、なすすべを知らぬ彼らの家族と生活共同体からの別離という悲劇的な物語に覆われ尽されてしまいます。
 インディアン寄宿学校の遺産は諸々の社会問題の原因となり、それらは今日でも多くの地域社会での問題であり続けています。
 生きのびた人々の何千人かが、彼らが被った虐待のことを公に語ることを敢えてしましたが、それは尋常ならぬ勇気を必要とすることでした。それは、個人個人として、彼らがその苦境から立ち直る力と彼らの文化の強靱さの明らかな証左であります。残念なことに、かつての生徒たちの多くは、今は我々と共になく、カナダ政府からの全面的謝罪を決して受けることなく亡くなられてしまいました。
 政府は謝罪がなされていなかったことが、これまで、癒しと和解の障碍となっていたことを認め、それ故、カナダ政府とすべてのカナダ人を代表して、私は、我々の国家生活の中核である国会の場で皆様の前に立って、インディアン寄宿学校制度においてカナダが果たした役割に就いて、先住民の人々に謝罪いたします。
 いま存命中の約8万人の旧寄宿学校生徒の方々、そのすべての家族の方々とその地域社会に対して、カナダ政府は、児童たちを家庭から強制的に隔離したことは誤りであったことを認め、それを行なった事を謝罪します。児童たちをその豊かで活気に溢れた文化と伝統から引き離し、そのことが多くの人々とその共同体の生活に空白を産んだ事を認め、それを行なった事を謝罪します。我々は、児童たちをその家族から分離する事で彼ら自身の子育てを適切に行なう能力を蝕み、その結果は何代にも及んでいます。それを行なった事を謝罪します。また、余りにもしばしば、これらの施設では虐待や無視放棄が行なわれ、管理が不適切で行き届かず、我々は、あなた方の保護を怠った事を謝罪します。あなた方が、児童として虐待に苦しめられたばかりでなく、あなた方が子供の親となった時、あなた自身の子供たちを同じ経験を蒙ることから守るすべを知らなかった事に対して、我々は申し訳なく思います。
 この経験の重荷はこれまで余りにも長くあなた方の肩の上にありました。この重荷は、政府として、国家として、まさに我々の肩の上にあるべきものであります。インディアン寄宿学校制度を起させた考え方が再び力を振るう場所はカナダには二度と存在しません。あなた方は長い時間をかけて、この経験から回復する努力を続けて来られたが、今や真正な意味で、我々もこのあなた方の旅路に参加しようとしています。カナダ政府は、この国の先住民の方々の信頼を実に深刻に裏切って来た事について、心から謝罪し、その許しを求めます。
 インディアン寄宿学校の悲劇的遺産の癒しと和解と解消に向けて、インディアン寄宿学校和解合意の履行は2007年9月19日に着手されました。生存者、生活共同体、先住民組織の多年にわたる努力は、我々に新しい事始めと、共に連帯して前進する機会を与える合意の形で頂点に達しました。

Nous le regrettons
We are sorry
Nimitataynan
Niminchinowesamin
Mamiattgut

 その和解合意の一つの礎石は「インディアン寄宿学校、真実と和解委員会」であります。この委員会はインディアン寄宿学校制度についてすべてのカナダ人を教育するユニークな機会を提供しています。それは先住民の人々と他のカナダ人との間の新しい関係を築き上げるための確実な一歩でありましょう。この関係は、我々が共有する歴史の知識と、相互の尊敬と、そして、強固な家族と強固な地域社会と活気ある文化と伝統が、我々すべての為の、より強固なカナダに貢献するであろうという更新された理解を携えて共に前進しようという強い願望に基づいています。

カナダ政府を代表して、
スティーブン・ハーパー
カナダ首相

************************

 オランダのハーグにある国際司法裁判所(ICJ, International Court of Justice)で、昨年末から、『カナダにおける教会と国家による特定集団大虐殺(Genocide in Canada by church and state)』と題する民事訴訟裁判が進行しています。訴訟を推し進めている中心人物はケビン・アネット(Kevin Annett)、カナダのアルバータ州エドモントン生れ(1956年)で、西の隣州ブリティッシュ・コロンビアの大学で人類学、政治学を学び、さらに神学校の学位を取り、1990年にカナダ合同教会に属する一教会の牧師になりましたが、1995年、その職を奪われ、1997年にはカナダ合同教会組織から追放されてしまいました。先住民の側に立ってインディアン寄宿学校の問題に深入りして行ったのがその理由です。
 私が以下に書くことは、アネット氏が中心となって推進しているICJでの民事訴訟裁判に提出されている証拠と主張に大きく依存していますが、それだけではありません。私がカナダに移住したのは1968年ですが、1970年代から1980年代にかけてインディアン寄宿学校の閉鎖が急に進み、それと平行して、そこで行なわれた過去の悪業に対する非難抗議の声が先住民側から激しく発せられました。インディアン寄宿学校の“生き残り”の人たちが勇気を奮って前に出て証言を始めたのでした。その当時から私はこの問題に関心を払い続けて来ました。ハーパー首相の謝罪声明の中に「生きのびた人々の何千人かが彼らが被った虐待のことを公に語ることを敢えてしましたが、それは尋常ならぬ勇気を必要とすることでした。それは、個人個人として、彼らがその苦境から立ち直る力と彼らの文化の強靱さの明らかな証左であります。残念なことに、かつての生徒たちの多くは、今は我々と共になく、カナダ政府からの全面的謝罪を決して受けることなく亡くなられてしまいました。」とある通り、これまで先住民の人々によって、多数の証言がなされて今日に及んでいます。
 ハーグの国際司法裁判所への提訴内容は、(1)死亡、(2)断種、(3)精神的後遺傷害、の三項にまとめられます。まず(1)ですが、ハーパー首相の謝罪声明では、インディアン寄宿学校に強制収容された先住民児童(いわゆるインディアンの他に、イヌイット(エスキモー)もメイティも含む)の総数は15万以上となっていますが、その内の約5万人が虐待によって死亡したと訴えられています。法律的には7歳以上の先住民児童は必ずインディアン寄宿学校に収容されなければならず、これに従わない親たちは犯罪人として扱われましたが、実際には、3、4歳の子供たちも白人役人や教会関係者によって親たちから引き離されてインディアン寄宿学校に連れ去られました。収容児童たちはあらゆる形の虐待にさらされましたが、最大の死亡理由は結核感染の蔓延でした。結核に感染発病した児童を隔離治療することは殆ど全く行なわれず、そのまま集団生活が続けられ、感染が広がって死亡者が続出したのです。戦後にペニシリンなど結核に極めて有効な抗生剤が出現しても、インディアン寄宿学校の生徒に使用されることはなかったようです。
 (2)の断種の問題はインディアン寄宿学校制度の枠外にはみ出る問題であり、ハーパー首相の謝罪声明には含まれていませんが、無縁ではありません。声明の中に「“子供の中のインディアンを殺してしまう”ことを目指した」という言葉がありますが、出来れば先住民を絶滅させてしまいたいというのが白人支配層の基本的願望でした。カナダ西部では具体的に先住民の女性と男性に対して断種政策が実行された史実があります。今、イスラエルでは、エチオピア系のユダヤ教徒の移民に対して断種政策が行なわれているというニュースが流れています。同じような意図が存在するのでしょう。インディアン寄宿学校制度には職業教育のレベルまでありましたから、生徒にはハイティーンの男女も含まれ、学校管理者による性的暴行は広範に行なわれたようです。1970年代の事であったかと記憶しますが、カナダ東部のカトリック教会の聖職者の一人がその罪に問われたとき、問題の当人が日本に逃れてもみ消された事件がありました。教会関係者の中には憶えている人もおありでしょう。
 (3)の精神的後遺傷害についても、多数の具体的証言がありますが、上掲の謝罪声明の「児童たちをその豊かで活気に溢れた文化と伝統から引き離し、そのことが多くの人々とその共同体の生活に空白を産んだ事を認め、それを行なった事を謝罪します。我々は、児童たちをその家族から分離する事で彼ら自身の子育てを適切に行なう能力を蝕み、その結果は何代にも及んでいます。それを行なった事を謝罪します。また、余りにもしばしば、これらの施設では虐待や無視放棄が行なわれ、管理が不適切で行き届かず、我々は、あなた方の保護を怠った事を謝罪します。あなた方が、児童として虐待に苦しめられたばかりでなく、あなた方が子供の親となった時、あなた自身の子供たちを同じ経験を蒙ることから守るすべを知らなかった事に対して、我々は申し訳なく思います。」という部分から、その後遺症の深刻さが十分に読み取れます。
 読者の中にもっと具体的なデータを知りたい読者のために、少し毛色の変わったブログを紹介しましょう。

http://blog.goo.ne.jp/wweasel/e/ee3d8f38c591178d42419b60905f17c2

どのような方が筆者なのか存じませんが、“修行中;修行中です。原文確認なしでの当記事の利用はご遠慮下さい。”という、愉快な、好もしい注意が冒頭に掲げてあります。
 私が上にハーパー首相の謝罪声明の全文を訳出したのは、しかし、インディアン寄宿学校制度が犯した罪業を改めて弾劾するためではありません。この見かけ上まことに立派で神妙な謝罪声明そのものが、又しても恐るべき犯罪行為であることを指摘する為に、この訳出は行なわれました。
 このシリーズの初回『Idle No More (1)』に述べましたが、INMの運動は、ハーパー政府が2012年10月に議会に提出した法案C-45に反対して、4人の女性が立ち上げた抗議運動でした。この法案は"A second Act to implement certain provisions of the budget tabled in Parliament on March 29, 2012, and other measures."と題されていて、補正予算案その他の雑件のような響きですが、膨大な中味を含み、国会を通過して"Jobs and Growth Act, 2012.(就職と産業発展法、2012年)"という名前の法律になりました。この法律は64にのぼる既存の法律や規制に重大な変更をもたらします。INMの運動が問題にしている三つの主要な事項は
(1)Indian Act.(インディアン法)
(2)Navigation Protection Act (former Navigable Waters Protection Act、以前の航行可能水路保護法).
(3)Environmental Assessment Act.(環境影響評価法)
です。(1)と(2)については、Idle No More (3)のはじめに手短に説明しました。(3)については、Idle No More (5) のおわりに短くコメントしました。
ハーパー政府がC-45 という番号をつけて議会を通過させた法律"Jobs and Growth Act, 2012.(就職と産業発展法、2012年)"の狙いを一言で言えば、「先住民保留地の多くが点在するカナダ北辺の広大な未開地域を開発して、タールサンド、ウラン、ダイヤモンド、金、などなどの自然資源を世界中に売りまくることを可能にする」ことです。そして、その目的を遮る最大の障害は先住民の反撥抵抗であるとハーパー政府は踏んだのでした。上掲の『インディアン寄宿学校制度に対する全面的謝罪』は、先住民たちの抵抗を弱体化する重要な布石であったことは、少なくとも私の目には、何らの疑点も残りません。
 この視点からハーパー首相の謝罪声明を読み返すと、嘔吐が込み上げてきます。謝罪の結びの部分に五つの言語で謝罪の言葉が繰り返されています。はじめはフランス語、次に英語、最後はイヌイット(エスキモー)語、三番目と四番目はクリー系の言語でしょうがよく分かりません。先住民でも分からない人が多いだろうという記事も目にしました。白々しい丁重慇懃さ、こういうのをこそ慇懃無礼というのでしょう。実は、この謝罪声明のあるカナダ政府のウェブサイトには、謝罪文に続いて、
* 聖公会(英国国教教会)
* 長老教会
* ローマ・カトリック教会
* カナダ国家警察
* カナダ合同教会
の謝罪声明へのリンクが並んでいます。大安売りの謝罪のオンパレードです。当時のカナダの政局の変換の事情をやや詳細にチェックすれば、謝罪声明を起草するハーパー首相の胸には、強力推進を決心したアルバータ州北部地域のタールサンド原油大増産計画がトップ・プライオリティとして存在していたことは、殆ど疑う余地がありません。極言すれば、『インディアン寄宿学校制度に対する“全面的”謝罪』はタールサンド原油の大増産と販路拡大を円滑に進める為の政策の重要な布石として行なわれたのです。
 アルバータ州北部からアサバスカ・タールサンド原油をカナダの西海岸に輸送するパイプライン・システムと、カナダ東海岸、アメリカ東海岸に向かうパイプライン・システムは既に事実上存在します。西岸からは中国、日本への輸出を目指します。東岸へのパイプラインはカナダ国内とアメリカ東部での消費が目的でしょう。最大の問題は、アルバータ州と、最終的には、アメリカ南部テキサス州のメキシコ湾岸近くに位置する石油産業中心都市ヒューストン(宇宙センターもある)を結ぶ「キーストンXLパイプライン」と呼ばれる大パイプライン・システムです。総計ざっと4千キロの長大さと想像して下さい。この建設計画に対して、カナダとアメリカの先住民たちは早くから反対運動を展開しています。両国の環境保護運動団体も熾烈な反対を続けていて、オバマ大統領は第2期が確実になる前は、キーストンXL工事の認可を下しませんでした。しかも、第2期大統領就任後の講演で、いかにも環境保護に真剣に取り組みそうな言辞を弄したので、力を得た反対派は、シエラ・クラブなどを含む約5万人を動員して、2月17日の日曜、ワシントンに集結してホワイトハウスにデモをかけました。“進歩的”大統領オバマがキーストンXL工事の認可を最終的に拒否することを求めて、圧力をかけたつもりだったのです。ところが、どうでしょう。その日曜日、ホワイトハウスは抜け殻、オバマ大統領はフロリダのゴルフ場でタイガー・ウッズとゴルフを楽しんでいたのです。一流の政治家たる者、それ位の神経のしたたかさは当然にして必要、とお考えの向きもあるでしょうが。
 北米石油産業の中心州としてアルバータ州は北のテキサス州と呼ばれます。そのカナダのアルバータ州北部から、粘性の高い重く汚いタールサンド原油を三千数百キロのパイプラインを通して、何故テキサス州南部のメキシコ湾岸の石油精製施設まで送ろうとするのか? グッド・クエスチョン!ここにウゴ・チャベスとベネズエラのタールサンド原油が登場します。ベネズエラの石油産業は国有化されてしまってはいませんが、チャベスのコントロールは強く、対米の原油輸出価格も高止まりしています。メキシコ湾岸の石油精製施設はベネズエラからのタールサンド原油の安価な入手を当て込んで建設された施設が多く、その事情を踏まえてカナダのハーパー政権とその後ろ盾の石油産業界が「アルバータのタールサンド原油をチャベスのタールサンド原油よりずっとお安くお送りしましょう」と働きかけているのが現状で、これがご質問の答えです。
 アルバータ州一州だけで日本の国土の1.75 倍の広さ、孫が通っていたエドモントンの中学校の校庭にはフルサイズのサッカー競技場が二つ取れました。タールサンド原油の産地は州の北辺に広がる原始林と無数の湖水を含む荒野で、そこには多数の先住民保留地区が散在しています。ダイヤモンドやウランの鉱山を含めれば、その総面積は日本の半分に近いかも知れません。その広さの空と大地と水の汚染が進行中で、巨大なキーストンXLプロジェクトが実施されれば、汚染と先住民たちの受難はアメリカ本土を縦断南下することになります。アメリカでもカナダでも、ヨーロッパからの侵略勢力はその暴力的西進の詐欺手段として先住民たちと何百もの「条約」を結び、そして、今日まで、事実上その条約のすべてを一方的に廃棄してきたことは、北米大陸史に明記されているところです。“太陽が空に輝き、草が茂り、川の水が流れる限り”というのが、条約の永遠性を強調するキマリ文句であったとされています。まことに皮肉な見方ではありますが、カナダのハーパー首相は、この条約有効期限の規定について、歴史上はじめての正直者となるかもしれません。アルバータ州の北辺では、程なく、“太陽は輝きを失い、平原の草木は枯れ、川の流水は昔の清らかな面影を失う”ことになるでしょうから、先住民と結んだかつての数々の約束は、もはや気まま勝手に破ってよいことになりましょう。ハーパー首相のにぎにぎしい対先住民謝罪声明はカナダの歴史上の一大汚点として記録される運命にあります。

藤永 茂 (2013年2月24日)


コメント (4)

ウゴ・チャベスが帰って来た

2013-02-21 21:12:29 | 日記・エッセイ・コラム
 今、前回に予告しましたように、現在のシリーズの最終回『Idle No More (7)』を一生懸命に書いているところですが、私にとって大切な人間の一人であるベネズエラのウゴ・チャベスが、4回目の癌手術を受けた後、64日間療養していたキューバからベネズエラに帰って来たという大きなニュースが飛び込んで来ました。私はそれを西日本新聞と朝日新聞の2月19日朝刊で知り、それからインターネットで他のマスメディアの報道を多数読んでみました。ワシントン・ポストの記事には229のコメントが付いていましたが、その殆ども読みました。この私の数時間の英語読み苦労の報酬は、ウゴ・チャベスという人物に対する、そして、チャベスが率いるベネズエラという国に対する米欧側の毒々しい悪意の表出に、骨の髄から凍てつく想いをさせられたことでした。多くの声が、“もうチャベスは死んでいる。それをしばらく糊塗しているだけだ。”と叫んでいます。たしかに、その可能性はあります。そうでなくとも、彼の余命はもう幾ばくもないのかもしれません。しかし、その声から滴り落ちる毒液(venom!)は一体どこから来るのでしょうか。いわゆる“国際社会”の我々に、チャベスは、そして彼のベネズエラは、一体、何をしたというのでしょうか。
 Axis of Logic という興味深いウェブサイトがあります。その2月18日の記事にDeath by a thousand media cuts があります。チャベスの帰国の報告ですが、このタイトルを「マスメディアに千々に切り刻まれて死亡」と訳しておきましょう。
http://axisoflogic.com/artman/publish/Article_65408.shtml

藤永 茂 (2013年2月21日)


コメント (3)

Idle No More (6)

2013-02-09 11:39:15 | 日記・エッセイ・コラム
 北米では“倫理にかなう石油(Ethical Oil)”という奇妙な言葉が流れています。Ezra Levant という人の書いた『Ethical Oil: The Case for Canada’s Oil Sands. (倫理にかなう石油:カナダのオイルサンドの言い分)』というベストセラー本がその源で、民主主義と人権擁護の大帝国アメリカに楯突く悪いテロリストたちを生み続けているアラブの国々や反米独裁国家ベネズエラの産出する“汚れた”石油の代わりに、平和主義と人権尊重のほまれ高きカナダが産出する“倫理にかなう”オイルサンド石油を、アメリカや世界の皆さん、どしどし買っておくれ、というのがこの本の声高に唱えるところです。
 石油が汚いか汚くないかの判断が、それを産出する国の倫理性、道徳性によって判断されるとして、アメリカのいう事を聞く国は倫理性がOKであり、アメリカの言いなりにならない国はダメというのであれば、あまりに馬鹿馬鹿しくて論じる気にもなりません。しかし、カナダのオイルサンド(タールサンド)をエシカル・オイルと呼ぶことの欺瞞性の全体をこのまま放置するわけには参りません。ベネズエラのタールサンドは地底でやや流動性があるようで、その分少しはましかも知れませんが、カナダのアルバータ州北部のタールサンドから原油(crude oil)を洗い出すには、前回に説明を掲げたように、露天掘りにしろ、地下で液化をするにしろ、大量の水と燃費が必要であり、原油を取り出した後に、その残渣を含んだ原油の量の数倍の有毒性(水銀や鉛やベンゼンを含む)の廃棄水が残ります。現在アルバータ州北部にはタールサンド採油が十カ所ほどで進行していて、その数はやがて50にも達すると予想されていますが、一つの採油地で排出される典型的な汚濁廃棄水の量は一日当り25万トンで、広大な、いわゆる、tailings ponds(尾鉱池、選鉱廃水ため池)がいくつも出来ています。ポンド(池、溜め池)と言うよりも湖と呼ぶべき大きさです。
 カナダにはカナダ・ロッキー山脈(バンフ・ジャスパー)国立公園という素晴らしい国立公園があります。その中にコロンビア・アイスフィールドという特に人気の高いスポットがあり、美しく雄大な氷河の眺めに接することが出来ます。この氷原からアサバスカ川が発します。まずジャスパー公園の中を北に流れ、やがて東に向きを変えてアルバータ州北部を切り、隣州サスカチュワンにまたがるアサバスカ湖に入ります。アサバスカ湖は面積、水量ともに琵琶湖の約10倍、その南東のアサバスカ地域には現在世界最大の生産量のウラン鉱山地帯があり、金やその他の鉱物にも富んでいます。今ここで問題にしているアルバータ州北部のタールサンドは、世界第二の石油埋蔵量とみなされていて、それはアサバスカ川の中流地帯に分布しています。近年の石油価格の漸騰にともなって、タールサンドからの原油生産の採算性が改善され、ハーパー政府の下で“倫理にかなう石油”という偽称の蓑に隠れて爆発的に生産量が拡大されようとしているわけです。カナダの広大な北辺は森林(boreal forests)、湿原、大小無数の淡水湖と河川で覆われていて貴重なCO2吸収地帯を形成していますが、また多数の原住民部族が暮らしている生活地帯でもあります。それがタールサンドの露天掘りやテイリングス・ポンドの止まる所を知らない拡大によって、無惨に破壊されつつあるのです。しかも産業労働力は殆ど外部から運び込まれて、原住民の大部分は何らの恩恵を受けることもなく、カナダの最低貧困層に属する生活をしています。彼らの主な食糧は野生の動物や淡水魚類であり、これらの蛋白質源は水銀,鉛、ベンゼンなどを含む有毒産業廃棄物にしたたかに汚染されて、原住民の健康の重大な脅威になっています。原住民の生活基盤を脅かし、確実に破壊しているのは、これだけではありません。タールサンド原油をカナダとアメリカ、さらには日本や中国に送る為の数本の長距離石油パイプラインがアルバータ州北部から発して、原住民の生活空間を容赦なく分断し、東へ、西へ、そして南へと設置され、拡充されようとしています。既設部分で深刻な漏洩事故が既に発生していますし、原住民たちが暴力行使すれすれの反対運動を開始していることに何の不思議もありません。アタワピスカト部族の酋長テレサ・スペンスという女性がハンガー・ストライキを敢行した背景にはこうした北米原住民に対するカナダのハーパー政府、アメリカのオバマ政府の言語道断な人権蹂躙の大きな絵図があるのです。
 アルバータ州北部が産出する原油は成分的に“ダーティエスト・オイル”と呼ばれています。ハーパー政府はこれを“エシカル・オイル(倫理にかなう石油)”として喧伝していますが、原住民に対する残酷な仕打ちと極めて悪性の環境破壊を考えると、これは将に“最も汚れた石油”の名に値します。テレサ・スペンスがその目立った象徴となったINM(アイドル・ノー・モア)運動が執拗に抗議している法律C-45はカナダが国家としてカナダの原住民(彼らはFirst Nationsと自分たちを称します)に約束保証した幾多の事柄(条約)の殆どすべてを無効化し、また環境保護関係の既存法律を骨抜きにする内容のもので、簡単に言えば、カナダ北辺の膨大豊富な地下資源(タールサンド石油、ウラン、金、銅、ダイヤモンド、などなど)を自由に発掘、開発、輸送,販売することを可能にする為の法律です。この悪法が実施されれば、カナダの北辺には多数のミナマタが出現するに違いありません。
 この数年アフリカを見続けている私の目には、カナダの「はじめの国々(ファースト・ネイションズ)」の国土である北辺の大地が、無惨に植民地化されたままの現在のアフリカそっくりに見えて来ました。アメリカ合州国の隣国としてのカナダに私はかれこれ40年近くも住み、日本に帰って来た今も形式的にはカナダ市民のままですが、この度のINM(アイドル・ノー・モア)運動に直面するまでは、カナダはアメリカよりずっとましな国だと思い続けて来ました。しかし今回のことで、両国は本質的には何も相違がないことを覚りました。いささか扇情的な言葉を使えば、我々は、第三世界の人々の生き血を吸って繁栄を続け、comfortableに生きて来たのです。(このシリーズは次回で終ります。)

藤永 茂 (2013年2月9日)


コメント (3)

Idle No More (5)

2013-02-01 13:51:24 | 日記・エッセイ・コラム
 第二次世界大戦後、醜いアメリカ人(Ugly Americans)という言葉が世界的に流布したことがありました。続いては醜い日本人、これも世界的にはやりました。最近、少なくとも北米と中米では、醜いカナダ人(Ugly Canadians)という言葉が飛び交うようになっています。この言葉の発祥の中心はスティーブン・ハーパー首相(Stephen Joseph Harper, 1959~ )です。私はカナダの住民として、この人の政治家としての登場を初期の頃から見守っています。北のテキサスと呼ばれるアルバータ州の北米の石油資本の占有的拠点であるカルガリー市のカルガリー大学で経済学を修め、石油資本の恵みの中にどっぷりと漬かってその強力な代弁者になっている人物です。彼が代表を務めたことのある政治的圧力団体全国市民連合(NCC, National Citizens Coalition )はカナダの一般市民がほぼ平等に享受している健康医療制度を“社会主義的医療制度”として猛烈に攻撃している団体で、その保守性の度合いはアメリカの共和党の中道派と重なるでしょう。勿論、NCC はハーパー首相の強力な支持団体です。私としては「市民連合というのは詐称ではないか」と言いたいのですが、2011年5月の総選挙ではハーパー首相の率いる保守党はカナダ下院(定数308)の議席166を確保したのですから、カナダの市民の多くはかつて私が知っていたカナダ市民ではなくなってしまったのでしょう。カナダは、いわゆるネオリベラル経済政策を全面的に実行しようとしている国家に成り果てました。
 ハーパー首相の経済政策は簡単と言えば簡単です。カナダの地下資源を極力開発して世界(特にアメリカ)に売りまくり、また、その鉱業資本と鉱業ノウハウを持って海外に進出して、そこでも掘りまくると言う政策です。日本カナダ学会の「メイプル豆辞典」からカナダの鉱物資源の記述を見てみましょう。:
「 カナダは,金属生産において世界第2位の地位を占める鉱業国。現在生産されている鉱物の種類は60を越す。とくに,ニッケル,亜鉛,銀の生産高において世界に比肩するものがなく(とくにニッケルは世界の生産高の半分近い),カリ,モリブデン,硫黄,ウランの生産は世界第2位,銅と金の生産は世界第3位など世界有数の鉱物資源に恵まれた国である。錫,マンガン,クロム,ボーキサイトなど輸入した方が安価な少数の鉱物を除いて,ほとんどの鉱物資源を自給し,かつ海外に輸出している。このようにカナダが鉱物資源に恵まれているのは,国土の広い面積を先カンブリア時代の岩石からなるカナダ楯状地が占めていることによる。その中には,オンタリオ州サドベリーのように隕石の衝突によって生成したとされる特異な鉱床も含まれる。また,それらの基盤岩類を被覆する中・古生層や北極海・太平洋の広い大陸棚地域の堆積層中には石油や天然ガスも埋蔵される。」
この記事で少し不十分なのは、アルバータ州の北部の地下に埋蔵されている膨大な量の石油資源(オイルサンド、あるいは、タールサンド)があげられていないことです。同じ「メイプル豆辞典」には、
「主として南米ベネズエラとカナダのアルバータ州に豊富な,砂・粘土・ビチューメンからなるタール状の混合物。タールサンドともいう。アルバータ州では3地域(アサバスカ,コールド・レーク,ピース・リバー)で開発が進められており,これらのオイルサンド層から回収可能な石油埋蔵量は3千億バレルと推定されている。オイルサンドの採取には,表土を取り除いて比較的浅い鉱床のオイルサンドを採掘し,熱湯によってビチューメンを分離する露天採掘法と,深部に蒸気などを注入して地下を温め,ビチューメンを汲み上げる地下採取(in-situ)法がある。ビチューメンには,ガソリンや石油化学品の原料になるナフテンとアスファルトに使われるアスファルチンのほか,硫黄や少量の重金属などが含まれており,特殊な方法によって合成石油に精製する。現在,カナダの原油生産量のおよそ13パーセントが,ビチューメンから精製した合成原油である。地下鉱床からいかに効率的かつ低コストでビチューメンの回収率を高めるかが大きな課題。開発には,日本企業も参加している。」
とあります。砂、粘土、ビチューメン(bitumen)からなるタール状の混合物というのは、黒くネチネチした砂の塊のような代物です。私がカナダのアルバータ州に移住した頃には「タールサンド」という呼び方が普通でしたが、石油産業が耳障りの少しましな「オイルサンド」という呼び名に変えて行ったという話があります。上記の13%というのは古い数字で、現在では、おそらく50%に近づいていると思われます。なにしろアルバータ州に票田を持つハーパー首相がオイルサンド事業を全面的に推進していますから。
 ところがここに大問題があります。タールサンドから普通に使用される石油を取り出す工程は恐るべき産業公害を生み出しているのです。上の豆辞典にある露天掘り法と地下採取法の両方とも大量の熱湯や高温蒸気の生成のために大量の水と燃料が消費され、大量の産業汚水とCO2が結果します。その汚染水は鉛などの有害重金属や発癌物質を含み、既に、そして、主に、原住民たちの健康に重大な影響を明確にあたえています。この原住民の受難は次回に取り上げますが、CO2の生成については、タールサンド事業が単一的にはカナダ最大の生成源で、この事業をますます推進する意図を持つカナダ政府が、はじめは熱心に支持した京都議定書から、今や、躊躇無く脱退した理由はここにあります。

藤永 茂 (2013年2月1日)

コメント   トラックバック (1)