私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

シリア、ブラジル、エクアドル、キューバ(2)

2013-07-16 11:02:47 | 日記・エッセイ・コラム
 前回のブログへのコメントでHARUNOさんからエジプトの内情を知っているかというお尋ねを頂きましたが、今度の軍部によるクーデターについては何が起っているのか十分はっきりした見通しが得られません。ただ一つだけはっきり言えることがあります。日本のマスメディアが「軍部による事実上のクー」という表現で統一されていて、私の知る限り、“事実上の”と付けることを決して忘れないことです。もし付け忘れたらどういうことが起こるのか実に興味津々です。具体的にどのようなお叱りを頂戴するのでしょうか? オバマ政権が今度のエジプト軍による、誰の目にも明らかな、クーをクーと呼ばない理由もこれまた明々白々です。米国にはいかにも偽善国家にふさわしい法律があって、或る国の政府がクーによって倒された場合には、その国に米国が与えている支援資金は、人道的支援を除き、すべて停止されなければならないのだそうです。米国は年々15億ドル程度の支援をエジプト軍部に与えていますが、今度の「軍部による事実上のクー」をクーと呼んでしまえば、この支援をやめなければなりません。これは米国がエジプト軍部を操るための制御桿であるだけでなく、このお金は結局アメリカの兵器商人の懐をあたためるわけですから、やめることは出来ません。ホワイトハウスの報道官は、エジプトで起ったことを発表するにあたって、「There is an elephant in the room here」と前置きしたそうです。この英語表現は、誰にも分かっている重大問題があるけれど誰も語ろうとしないような状況を指す時などに使われます。今度の場合、「クーであることは明らかだが、そう呼べないことも明らかだ」というわけです。大統領府の報道官が公式の場でぬけぬけとこう言い放つとは何と不潔きわまる傲慢さでしょう。しかし、クーをクーでないと言いくるめる詐術をオバマが使うのは今度が初めてではありません。2009年11月18日付けのブログ『なぜホンジュラスにこだわるか』を読んで下さればそれが分かります。(米国が使嗾してクーを行なった軍部勢力の下でホンジュラスはひどい国に成り果てました。)今度のエジプトでのクーも、中東的な幾多の錯綜があるにも拘らず、基本的にはホンジュラスでのクーと同じことだろうと私は見当をつけています。
 6月13日、ブラジルのサンパウロで1万人の若者たちがバス料金の値上げに反対のデモに繰り出し、その動きがブラジル全土に広がり、若者達に一般市民も加わり、その規模が数百万人にもふくれ上がった時には、私もびっくりしましたが、一ヶ月経つうちに、物がかなりはっきり見えてきたように思います。
まず、前回のブログの終りの所に戻ります。
■ ブラジルで大勢の若者たちが騒いでいますが、彼らの声高の叫びの中に、“Brazil, wake up, any good teacher is worth more than Neymar!”という声があると伝えられています。「ブラジルよ、目を覚ませ。良い学校先生の誰もがネイマールよりも値打ちがあるのだ!」天才サッカー選手ネイマールの名を知る日本人の方々にはビックリのニュースでしょう。■
 ネイマールは1992年生れの21歳、ブラジルが生んだサッカーの王様ペレの再来と言われ、ブラジルからスペインのチームへの移籍料は約75億円。ブラジルの青少年たちの憧れの的であるに違いありません。そうした若者達が公営交通機関の料金値上げをきっかけにして教育や医療などへの国家出費の増加を求めた叫びの中に、教育に身を捧げる無名の学校教師たちを讃える言葉を入れたという事実は特記すべきものと思われます。ここに示されているブラジルの若者達の精神の健全さには心を打たれます。嬉しいことにネイマールその人もブラジルの若者達に唱和しました。コンフェデレーションズ・カップで6月15日の対日本戦で3-1の勝利を収めた後、19日の対メキシコ戦を前にして、ネイマールはサッカースタディアムの外で燃え上がっているデモを支持する公式の発言をしました。
■「交通機関、医療、教育、社会安全の改善を求めて、街路を占領するというここまでの事態に至る必要はない筈のものだと、私は今までずっと信じていました。交通機関、保健医療、教育、社会安全、これらはすべて政府の責任義務です。私の両親は私と私の妹によい生活を与えるために懸命に働いてくれました。今日、ファンが私に与えてくれた成功のせいもあって、ブラジルで進行中の抗議の旗を振りかざす民衆を私が煽動しているようにも見えるかも知れませんが、それは違います。しかし、私はブラジル人であり、私は私の国を愛しています。私にはブラジルに住む家族と友人たちがあります! だから、私は、公正で、安全で、もっと健全で、もっとまともなブラジルを望むのです! 私がブラジルを代表すべき唯一の方途は、サッカー競技の場で、サッカーをプレーすることであり、それは今日の対メキシコ戦に始まります。私はこの民衆動員に背中を押さされて競技場に臨みます。」(I’ve always had faith that it wouldn’t be necessary to get to this point, of having to take over the streets, to demand for better transportation, health, education and safety?these are all government’s obligations. My parents worked really hard to offer me and my sister a good quality life. Today, thanks to the success that fans have afforded me, it might seem like a lot of demagogy from me?but it isn’t?raising the flag of the protests that are happening in Brazil. But I am Brazilian and I love my country. I have family and friends who live in Brazil! That’s why I want a Brazil that is fair and safe and healthier and more honest! The only way I have to represent Brazil is on the pitch, playing football and, starting today against Mexico, I’ll get on the pitch inspired by this mobilization)■

http://m.sambafoot.com/en/news/48748_brazil-mexico__neymar_voices_support_for_protests.html

しかし、ここで極めて興味深いのは、かつては少年ネイマールが憧れたに違いないブラジルのサッカー・スーパースターの偉大な二人の先達ペレとロナルドの二人が共にブラジルの民衆大蜂起に批判的な、あるいは、反対する発言を行なったことです。功成り名遂げたセレブたちは支配機構の中に組み入れられて行くということです。ブラジルの民衆がサッカーを、そして、スポーツ一般を、熱く愛していることは動かない事実でしょうが、そのことと、ブラジル政府が公共交通機関、教育、保健医療などの社会的福祉への出費を渋る一方で、サッカーのコンフェデレーションズ・カップ、ワールド・カップ、次期のオリンピック・ゲーム開催のために膨大な金を注ぎ込んでいることに対する民衆の批判的感情とは、はっきり区別しなければなりません。ブラジル国民の厳しい目はFIFA(国際サッカー連盟)やIOC(国際オリンピック委員会)そのものにも向けられています。スポーツ界とお金の問題は真剣な取り扱いを要しますが、失業者が溢れるスペインのバルセローナのサッカーチームが一人の青年をブラジルから引き抜くのに75億円を費やすという事実はゆっくり立ち止まって考えてみるに値します。誰かさん達がしこたま何処かで儲けていなければ、こんなことは起こる筈がありません。一方、幼い子供たちの教育に日夜を尽す教師たちは一生の間にどれだけのお金を稼ぐのでしょうか。サンパウロの街にあふれた若者達が彼らの愛する学校先生たちをネイマールの上におき、それにネイマール自身も唱和する、これは何ともすがすがしくも勇気づけられる情景ではありませんか。
 ブラジルは南米大陸のほぼ半分(48%)の面積を占める大国です。2003年元旦には労働者党のルーラ・ダ・シルヴァが大統領に就任しました。ウィキペディアには、「無学貧農の子として生れ、1956年に一家はサンパウロに移り住む。ルーラは母親と7人の兄弟と共にパブの裏の小さな部屋で暮らした。 ルーラは公的教育をわずかながら受けたが、四年生で学校を離れた。彼は12歳で靴磨きとして働き始める。短期間日本人の洗濯屋で働く。14歳になると製鉄所で初めて正式の工員として働く。働きながら小学校の課程を修了」とあります。その後、労働組合運動に身を投じ、逮捕、投獄も経験し、1980年には独裁政権下で進歩的な理念を掲げた左翼政党「労働者党」の立党に関わり、遂には2002年12月27日ブラジルの大統領に選出されます。2006年の大統領選挙では苦戦しましたが当選、第二期目も目覚ましい経済発展を推進して高い支持率を維持しました。三選は憲法によって禁じられているため、ルーラは2011年1月1日の任期満了で退任し、後継の大統領候補には彼の政府で官房長官を務めたジルマ・ルセーフ(1947年生れ)を指名し、彼女は選挙に勝って2011年1月1日にルーラを継いでブラジル史上初の女性大統領が実現しました。ジルマもなかなかの前歴の持ち主です。ここで又ウィキペディアのお世話になります。:
「1964年にアメリカ合衆国の支援するカステロ・ブランコ将軍は、クーデターによってジョアン・ゴラールを失脚させ、軍事独裁体制を確立すると、親米反共政策と、外国資本の導入を柱にした工業化政策が推進された(コンドル作戦)。この軍政の時代に「ブラジルの奇跡」と呼ばれたほどの高度経済成長が実現したが、1973年のオイルショック後に経済成長は失速し、さらに所得格差の増大により犯罪発生率が飛躍的に上昇した。また、軍事政権による人権侵害も大きな問題となった。この間、各地でカルロス・マリゲーラの民族解放行動(ALN)や10月8日革命運動など都市ゲリラが武装闘争を展開し、外国大使の誘拐やハイジャックが複数にわたって発生した。」
現在、ブラジル政府の政策批判の大擾乱に懸命に対処している現大統領ジルマ・ルセーフは20代の若さで武装ゲリラ闘争に挺身し、秘密警察に逮捕拘束されたこともありました。
 私は、このルーラ・ダ・シルヴァ/ジルマ・ルセーフのブラジルに大きな信頼を置き、将来の希望として見ていたので、正直言って、ブラジル全土をおおう数百万人規模の反政府デモの盛り上がりには驚かされました。ブラジル国内はもっとうまく行っているとばかり思っていたのです。しかし、改めて、ブラジルの近過去の政治的経済的歴史に就いての私の理解の足らなさを補っているうちに、どうしてこんなことになったのかが次第にはっきりして来ました。
 その再考察のきっかけというか、一つの出発点は、ハイチを事実上占領し続けている国連軍(MINUSTAH)にルーラのブラジルが大きく兵力を貢献しているという事実でした。これは私がその反米的進歩性を高くかっていたルーラがやることにしては全くふさわしくないので、何故こんなことになっているのだろうか、何時かこの謎を解きたいと思っていたのですが、今度のデモ騒ぎを考えているうちに、私としては、謎が解けて来ました。
 国連軍の一つの形態であるMINUSTAH(Mission des Nations Unies pour la stabilisation en Haïti)は極めて特殊な存在です。日本語では「国際連合ハイチ安定化ミッション」と訳されています。上で私がハイチを占領している国連軍と呼んだ軍隊は2004年に設立されました。この年、ハイチでは米国主導のクー・デ・ターが起こり、選挙によって選出されたアリスティド大統領は米空軍機で中央アフリカの地に連れ去られました。この暴挙で乱れたハイチ国内の治安を力で回復し維持するために設立されたのがMINUSTAHです。普通の国連平和維持軍(PKF)とはわけが違います。ところが設立の当初から、この占領軍事勢力への兵員の最大の寄与をしている国はブラジルであり、その軍事部門の歴代の司令官の殆どがブラジル国軍の将軍たちで占められて現在に及んでいます。2004年といえば、ブラジルは既に我が進歩的ルーラ大統領の治世であり、2010年1月のハイチ大地震後のニュース映像の中で、貧民ゲットー地区のハイチ人達が、「国連出て行け、ブラジル出て行け」と叫ぶのを聞きながら、どうも不可解だ、と思ったものでした。このMINUSTAHに対するルーラのブラジルの貢献の謎が解けてみると、いま、ブラジルで起っていることだけでなく、マンデラが死にかけている南アフリカでこの半世紀間に起っていたこと、いま、エジプトで起こっていることなどが、芋づる式に分かって来たような気がします。次回に続きます。

藤永 茂 (2013年7月16日)



シリア、ブラジル、エクアドル、キューバ(1)

2013-07-03 22:24:50 | 日記・エッセイ・コラム
 前々回のブログ『狼野郎アメリカ』にtorakoala さんから次のようなコメントを頂きました。
■ 現在オバマが南アを訪問中。マンデラとは面会できませんが、マスコミは「米初の黒人大統領」「ノーベル受賞者」とオバマとマンデラの共通点を強調しています。しかしマンデラがリビアのガダフィを友人と呼び自分の孫をガダフィと名づけたほど近しい存在であったことは決して触れません。もしマンデラが健在であったらどのような面会が可能であったのか、と皮肉な気持ちでいます。■
「マンデラがリビアのガダフィを友人と呼び自分の孫をガダフィと名づけたほど近しい存在であったこと」を私は知りませんでした。これは私にとって大変有難い情報です。connect the dots という表現があります。トラコアラさんから
教えて頂いた the dot はカダフィとマンデラという人間像を描き上げるのに貴重なドットです。貴重ですが、勿論、サプライズではありません。この二人ならば、さもありなんの内容ですから。
 おそらくアフリカで国家として一番うまくやっていたリビアが2011年10月末にアメリカとNATOによって滅ぼされた時、リビアがどのような国であったのか、何故、どのようにして、崩壊させられたのか、を正確に知るために、今後3年間(私が生きているとして)注目を続けると書いたことがありましたが、そんなに待つ必要はありませんでした。既に十分の量と質の関係文献が入手可能です。ここではその一つを取り上げます。
* 『DESTROYING LIBYA AND WORLD ORDER The Three-Decade U. S. Campaign to Terminate the Qaddafi Revolution 』By FRANCIS A. BOYLE (Clarity Press, 2013)
この巻頭に、カダフィが暴徒に惨殺された直後の2011年10月23日にイギリスのBBC News が伝えたカダフィの遺言が掲げてあります。:
「世界中の自由な心を持った人々に知らしめたい。我々は、我々の大義を売りに出して取引することによって、安全で安定した個人的人生を入手することが出来たであろう。我々はこの種の申し出を数多く受けたが、しかし、我々は、義務と名誉のバッジとして、正面対決の矢面に立つことを選択した。たとえ直ぐに勝利を収めることが出来なくとも、国を守ることは名誉であり、国を売ってしまうことは、他がどのように言いくるめようとするにしても、歴史が永遠に記憶する違いない最大の裏切り行為であるということを、我々は未来の世代に教訓として残すであろう。」
 表立ってカダフィ政権の打倒を担ったリビア国民評議会は、始めから「アラブの春」とは何の関係もない米国の傀儡組織であり、その主要構成メンバーはカダフィ政権の要職にありながら敢えて裏切りをした人々でした。カダフィは米欧がリビアに押し付けようとしたネオリベラル経済政策を断固として排除していたわけですが、裏切り者たちはネオリベラル経済政策への切り替えの役を担って米欧から報酬を受け、カダフィに代わって、リビアの支配階級になる胸算用でした。ところがつい先ほど旧カダフィ政権と関係のあった人物はすべて公職から追放されることになってしまいました。彼らはカダフィが遺した言葉の重みを噛み締めていることでしょう。
 リビアの指導者カダフィは口にするのもおぞましい残忍さで殺されました。sodomizeという英語の動詞をご存じですか?しかし、それよりも更に限りなくおぞましいのは、アフリカの立派な独立国家であったリビアを、虚偽の口実を設けて、破壊してしまった米欧の行為です。カダフィが数千人の政治犯を理不尽に投獄したことは事実かも知れません。しかし、理不尽に投獄されて苦しんでいる人間の数で言うならば、米国は世界に冠たる刑務所国家です。耐えがたい苦難にあえぐ人間の数で言うならば、アフガニスタンはタリバンの手に、イラクはフセインの手に、リビアはカダフィの手に、任せておいた方が遥かに遥かに住民のためになったのです。米欧が利己的打算で破壊したこれらの国々の現状をご覧なさい。終りの見えない惨状の日々が続いているではありませんか。シリアが次の番です。「難民の数が100万人を超えた。助けてあげようと思うからお金を寄付して下さい」などと今さら言わないで下さい。こんな事になる前に米欧の行動を阻止すべきであったのです。リビアを見れば分かっていた筈です。もう手遅れでしょう。
 果てしなく続く米国の横暴を見ていると全く気が滅入ってしまいますが、元気づけられるニュースも探せば見つかります(Connect the dots !)。ブラジルで大勢の若者たちが騒いでいますが、彼らの声高の叫びの中に、“Brazil, wake up, any good teacher is worth more than Neymar!”という声があると伝えられています。「ブラジルよ、目を覚ませ。良い学校先生の誰もがネイマールよりも値打ちがあるのだ!」天才サッカー選手ネイマールの名を知る日本人の方々にはビックリのニュースでしょう。次回の話題です。

藤永 茂 (2013年7月3日)