私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

現代アメリカの五人の悪女(3)

2011-07-27 11:18:23 | 日記・エッセイ・コラム
 前回の記事を書き終えたすぐ後に興味深いビデオに出会いました。『Fault Lines ? The US and the new Middle East: Libya (断層線-アメリカと新中東:リビア)』は中東の衛星テレビ局アルジャジーラ(英語)が制作した約25分の動画です。次のサイトで見ることが出来ます。

http://www.commondreams.org/video/2011/07/20

オバマ政権がカダフィ政権打倒の政策決定をしてリビアへの軍事介入をする少し前から、アルジャジーラの“変身”が伝えられ始めました。それ以前のアルジャジーラの高い評判を思うと残念で、この問題は別途の検討を要しますが、今回のリビア内戦に関しては、事態ははっきりしています。アルジャジーラは設立の始めからカタール政府がその運営に深く関わっていますから、カタール政府がアメリカのリビアへの政治的経済的軍事的介入の窓口の役を果たすことでアメリカの手先になってしまった今、アルジャジーラのリビア報道が米欧側に偏向するのは分かり切っています。ブッシュ政権がアルジャジーラを目の敵にしたのは、今は昔の物語、今年2月19日の米/NATOの空からのカダフィ政府軍攻撃開始から2週間後には、クリントン国務長官がアルジャジーラをベタ褒めする声明を出しています。ウィキペディアによると、日本のNHKからの収入がアルジャジーラの大きな支えになっているそうです。
 動画『断層線』も、その意味で、見るに堪えないものとする立場も可能ですが、私は、このフィルムを制作したSebastian Walker という若いジャーナリストは、規制された枠内で精一杯の仕事をしているという感想を持ちました。目の前の事実の取捨選択は当然行なったでしょうが、撮影されている事実については、見る者としての私は私なりの読み取りや判断を行なう余地が残されています。
 アルジャジーラの中立性はいわゆる「アラブの春」の到来の頃から急に枯れてしまいました。私は知りませんでしたが、NHKの流すアルジャジーラのテレビニュースのタイトル面に“The opinions and other opinions”というロゴがあったのが消えてしまったそうです。過去の番組ではイスラエル側とパレスチナ側の言い分が平等に報道されたことがあったことを知って、私としては、NHKがこのロゴを継承してくれることを強く望みます。そう思って観ると『断層線』にも微かながらアルジャジーラの伝統が生き残っています。
 『断層線』の導入部に、私の言うアメリカの悪女ヒラリー・クリントン、スーザン・ライス、サマンサ・パワーの三人が出てきます。リビアについて彼女らの「人道主義路線」が、他の選択肢を圧倒してオバマ大統領を虜にしてしまったことが報じられています。「リビア市民を救うためにリビア市民を殺す」政策です。つまり、醜悪極まりない欺瞞の政策です。ところでこのビデオで上記三人よりも前面に出てきてアメリカのリビア政策の正当性を説いているのはもう一人の白人女性 Anne-Marie Slaughter です。もともと国際政治、国際法などを専門とする花形的なプリンストン大学教授で、2009年1月から一年間、クリントンの腹心として国務省に入っていました。彼女の主著『The Idea that is America: Keeping Faith with Our Values in a Dangerous World』(2007年)は、私が『アメリカン・ドリームという悪夢』(2010年)を書く強い刺激になりました。
 『アメリカという観念』の序文のはじめにWilliam Harlan Hale が第二次世界大戦終戦直後の1947年に書いた『The March of Freedom』という本のことが出ています。ヘイルは戦前から戦後にかけて有名だった著作家ジャーナリストですが、スローター教授によると、『自由の行進』の著者ヘイルは、大戦の最大の勝者として世界史の舞台に君臨したばかりのアメリカの中に“greed, bigotry, inertia(貪欲、頑迷、惰性)”の力が台頭していることを憂慮し、彼が愛したアメリカは彼の見知らぬ国になりつつあると警告を発しました。それから半世紀後、冷戦に勝利して世界唯一の超強大国家となったアメリカについて、スローターは、『自由の行進』の著者ヘイルと全く同じ想いを抱いたが故に、彼女の『アメリカという観念』を書いたのだといいます。これは、奇妙だというより滑稽なことではありませんか。アメリカの賢人たちはベトナム戦をアメリカが自己を失った戦争だと言い、ニクソンの弾劾辞職をアメリカにあるまじき恥辱と嘆き、ブッシュ/チェイニーの暴挙をアメリカからの完全な逸脱だと言う--いったいアメリカ合州国史のどの時期に本当の立派なアメリカがあったと言うのでしょうか?
 お買いになるだけの価値はありませんが、機会があったらこのスローターの本の序文の10頁だけでも読んでみて下さい。「案外いいこと書いてあるじゃないか」という感想をお持ちになる人々もあるでしょうが、少し注意深く読むと、ここに民主党系インテリの浅薄さがはっきり見えてきます。サマンサ・パワーと同じく、アメリカの社会で才女として如何に高く持ち上げられていようと、アンヌ-マリー・スローターもライト級の知性に過ぎません。悪女としても実存的なデモーニッシュな凄さはありません。しかし、こうした軽量級の悪女たちも、アメリカというシステムの中で影響力を持つと、それがシステムに備わっている増幅作用によって悪魔的なレベルにまで増幅され、何十万という死者が結果することになります。
 『断層線』でリビアについて語っている本物の悪魔はジョン・ネグロポンテかも知れません。素人の憶測ですが、彼こそが現在のアメリカの対リビア政策を操っている本当の黒幕(黒橋ではなく)とも考えられます。何しろ凄い過去を持った人物ですから。7月15日、アメリカは公式に反カダフィ勢力TNCを、リビアを代表する正式の政治組織として承認しましたが、そのTNCについて、ネグロポンテは「まだ正体がはっきりしないから良く見極める必要がある」とか「カダフィが倒れた後にこそ、本当に大変な仕事が始まる」とか言っています。これはアメリカ政府の自信の無さを告白しているのではなく、その逆で、「今の反カダフィ勢力にはアメリカにとって好ましくない者どもも入っているが、彼らもカダフィ打倒に利用し、その後は排除して最も好ましい傀儡政権をつくる」という目論みを語っているのです。英語でいえば、We know what we are doing. となりましょうか。
 前にも申しましたが、リビアの近未来について,私は悲観的です。アメリカとヨーロッパが力を合わせて、アフリカの一小国に襲いかかっているのですから、おそらくリビアに勝ち目はありますまい。しかし、私は未だ一縷の望みを捨てていません。それには幾つかの理由があります。その一つは、驕慢なことを言って申し訳ありませんが、日本でも海外でも、リビア通とされる人々の予測が無残に外れて,私のような素人の勘の方が正しかったという事実です。ネグロポンテやサルコジの中東アドバイザーはカダフィ側が6ヶ月も持ちこたえるとは夢にも思っていなかったようです。日本での一例を引けば、2月23日のJ-cast.com のニュースに、

■「カダフィは国民を無差別に殺害している。空爆だけでなく、100万人ぐらいの外国人労働者が病院に入って、医療機器や輸血用の血の入ったバッグを壊したり、盗んで逃げている」
砂漠の狂犬のニックネームどおり、これもカダフィが雇ってやらせているのだろうか。中東のテレビ局「アルジャジーラ」の報道では、死者が519人以上にのぼっているという。
コメンテーターのデーブ・スペクター(プロデューサー)「この人の性格が正常でないのに、これまでなだめたり擁護したりしてきたアメリカやイギリスがいけないんですよ」
今後の『狂犬』の動きについて、カダフィと会談したことがある国際開発センターの畑中美樹研究顧問は次のような感想を語った。
「軍が2つに割れて内乱状態になり、最終的には市民側についた軍が勝利する。2、3日でカダフィ政権は崩壊するのでは」■

とあります。ちなみに「外国人労働者」とは黒人アフリカ人を意味します。ニュース内容はプロパガンダ用のでたらめです。この報道からも分かるように、奇矯な独裁的政治家カダフィが侵略者に格好の口実を与えているのは大変不幸なことですが、米欧側にとっては、カダフィを排除すれば済むことではないのです。本当に排除したいのは、カダフィが実行してきた反グローバル政策、つまり、石油産業の国有化、金融システムのWB, IMFからの脱却、国家による治水事業、教育の徹底的公立化、などなどです。一言でいえば、アフリカの富がアフリカに留まり、アフリカが独立に向かうことです。これだけはどうしても阻止しなければならない。過去500年成功し続けてきた搾取を終らせてはならない。これがネグロポンテの言うポスト・カダフィの大仕事です。ジャン・ブリクモンは、いかにも理論物理学者らしく、アフリカ大陸が存在しなかったら、あるいは今、忽然として地球から姿を消したら、米欧はどうなるか、という思考実験を行なうことを提案しました。実験結果は明々白々です。ヨーロッパの繁栄もアメリカの繁栄もあり得なかったでしょう。アフリカは「白人の重荷」ではありません。真実はその逆で、白人こそ「黒人の重荷」です。
 NATOのリビア首都トリポリ空爆は、「トリポリを爆撃すれば市民たちはたちまち恐慌状態に陥り、数日中にカダフィを見捨てる」という予測に基づいて開始されたという説がもっぱらです。それから数ヶ月たってもリビア国民の抵抗が終らないのは、独裁者カダフィの人気のせいではありません。リビア国民の大部分が、米欧の真の意図を見抜いているからです。前回に紹介した「リビア連絡調整グループ」の正式メンバーに極東の国日本が入っているのに、アフリカの黒人国は一つも含まれていないことに改めて注目しましょう。
 前に言及したスローターの『アメリカという観念』の序文に次の文章があります。:

■ When Secretary of State Madeleine Albright said that America was the “indispensable power,” she meant not that we should go it alone, but that without us, nothing got done. (国務長官マドレーヌ・オールブライトが、アメリカは絶対必要な強国である、と言ったとき、彼女は我が国ひとりで事をやるべきだと言ったのではなく、我が国なしには何事も成し遂げられないと言ったのだ。)■

何という傲慢さでしょう。アメリカという国は、dispensableどころか、disposal の対象となるべき存在です。

藤永 茂 (2011年7月27日)


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現代アメリカの五人の悪女(2)

2011-07-20 10:54:37 | 日記・エッセイ・コラム
 7月15日、リビアの命運を決する重要な会議が、アメリカ政府主導の下で、トルコのイスタンブールで行なわれました。ヒラリー・クリントンは、会議の後で、いかにも彼女らしい欺瞞に満ちたスピーチを行いました。私の耳には、彼女の毒々しい声だけでなく、彼女の対リビア政策の形成に積極的に参画したこと間違いなしの他の4人の魔女たちの声がそれぞれ具体的に聞こえて来ます。
皆さんの意識にはこの会議のことなど影を落としてはいないでしょうから、朝日と産経の記事を引用します。:

■(朝日)リビア反体制派を政府として承認 欧米・中東主要国 (2011年7月15日23時25分)
 リビア問題をめぐる欧米、中東主要国の「連絡調整グループ」会議が15日、トルコのイスタンブールで開かれた。反体制派、国民評議会(TNC)を「リビア国民を代表する唯一の正統な統治組織」と位置づけることで各国が合意した。TNCを事実上、政府として承認することで、リビア凍結資産を引き渡す枠組み作りを加速する狙いがある。AP通信によると、会議に出席したクリントン米国務長官は、米国はTNCを政府承認したと語った。・・・・・ <中略> ・・・・・
 一方、NATOの軍事行動に批判的なロシア、中国は今回の会議への参加を拒否した。政治解決や資金支援をめぐって、新たな国連安保理決議や関連決議の修正なども検討されているが、安保理主要国間でなお意見の隔たりもある。(イスタンブール=石合力)■

上で「連絡調整グループ」の正式の名前は「Libya Contact Group」で、2011年3月29日ロンドンで結成された国際グループです。約30国のメンバーの中に日本は含まれていますが、アジアからはただ一国、またアフリカ大陸の黒人国は一つもなく、まだ国家政府でも何でもないリビアの反カダフィ集団TNC(National Transitional Council)が始めから正式メンバーになっています。ロシアと中国はこのグループを非合法と看做して参加していません。メンバーはアメリカの云うことをよく聞く国ばかりです。次は産経ニュースから。:

日本、リビア反体制派承認 関係国外相級会合で表明(2011.7.15 19:56)
 カダフィ政権と反体制派の内戦が続くリビア情勢をめぐり、欧米やアラブ諸国、日本も参加する連絡調整グループの外相級会合が15日、トルコ西部イスタンブールで開かれた。日本は反体制派、国民評議会を「正統な対話相手」として承認する意向を参加国に示した。
 日本からは徳永久志外務政務官が出席した。国民評議会の承認は欧米各国と足並みをそろえた格好で、「カダフィ後」の復興支援も表明。開催国トルコは和平案を提示、事態収拾につなげたい考えだ。
 反体制デモに対する政権の弾圧から市民を保護するため、北大西洋条約機構(NATO)は政府軍への空爆を継続しているが、反体制派との攻防は手詰まり状態。内戦の「政治的解決」が会合の焦点となる。(共同)■

リビアの内戦が始まったのは本年2月15日、当初、オバマ政府は「平和裡に反カダフィのデモを行なったリビア市民をカダフィの虐殺から守るための人道主義的介入であり、リビアの政権転覆(regime change)の意図はない」と言明していたのですが、一ヶ月後には「Libya Contact Group」を作っていたのですから、始めからカダフィ打倒を狙っていたのは今となっては明々白々です。2009年6月のホンジュラス・クーデターの場合と全く同じです。自分でクーデターをやらせておきながら、オバマ大統領は「クーデターという暴力手段はよくない」などと声明を出していたのですから。この“人道主義的介入”政策は魔女サマンサ・パワーのもっとも得意とするところです。今頃はさぞかし上機嫌のことでしょう。もう一人の魔女スーザン・ライスが狙っているのは、NTCに政権を掌握させた後、リビアにAFRICOM(United States Africa Command)の拠点を設置して、アフリカ大陸全体の軍事的制圧の中心とすることでしょう。これは私の確信を込めた近未来予言です。コンドリーザ・ライスは虚偽の巧言でカダフィの核武装を見事に解除した功労者ですから、今でもニンマリと思い出し笑いをして悦に入っていることでしょう。残るもう一人の魔女マドレーヌ・オールブライトは、イラクで何十万という子供たちに死をもたらした経済封鎖制裁を「やっただけの効果はあった」と公言した人物ですから、いまNATOとUSAが実行しているリビアのトリポリ地域に対する極めて過酷な封鎖作戦を満足げに眺めている事でしょう。食糧、医薬品、ガソリン、日常雑貨を絶たれた百数十万のトリポリ市民は塗炭の苦しみの中に埋没しつつあります。それに空からは容赦のないNATOの空爆が続いています。NATOの正式の発表でも、空爆出動回数はすでに5千回に達しようとしています。ガダフィ側の発表によれば、死者は千人を超え、負傷者は5千人を超えています。この数字はにわかには信用できませんが、公式発表の出動回数の方を信用するとすれば、如何に軍事目標に攻撃を限ると聞かされても、数千回の爆撃で千人の死者というのは不自然な数字ではありません。トリポリ市内で流産や母乳の出の悪化の急増が中立的なニュース源から報じられています。昼夜にわたって、絶えず空襲警報に悩まされれば、当然のことでしょう。
 イスタンブールでのヒラリー・クリントンの声明の全文はネット上で入手可能です。外交というものがどのような白々しい虚言のカバーの下で行なわれるかの見本のようなものです。会議は外相レベルという触れ込みでしたから、出席者は皆その大嘘を先刻承知だった筈と思うとなおさら腹が立って来ます。魔女の毒々しい発言のお手本として全訳をお目にかけようかと思っていましたが、こうして筆を取っている内に嫌気がさしてやる気を失いました。会議後の声明の始めのところと中ほどから少し引用します。:

■ SECRETARY CLINTON: Well, good afternoon, and let me begin by saying what an absolute pleasure it is to be back in Turkey and especially in this absolutely glorious city of Istanbul. And I want to thank the Turkish Government for hosting today’s meeting of the Libya Contact Group, which was very productive.
「皆さん、こんにちは。まず申し上げますが、このトルコに、特にこのスゴーイ素敵で壮麗なイスタンブールにこうして戻って来たこと、これはまあ何というスゴーイ喜びでしょう。そしてまた、本日のリビア連絡調整グループの会合を主催して下さったトルコ政府に感謝いたします。とても成果があがりました。」■

いつ頃からのことでしょうか、アメリカ人がabsolute, absolutely という形容詞、副詞をいとも簡単に乱用するようになったのは。何もが無意味に強調され、声高に叫ばれるようになって、精神は空洞化して行きました。ハリウッド映画の変遷がその証しです。日本語の“スゴーーイ”も似たような現象です。

■The United States is impressed by the progress the TNC has made in laying the groundwork for a successful transition to a unified democratic Libya which protects the rights of all of its citizens, including women and minority groups.
「女性と少数民族グループを含めて、リビアの市民すべての権利を擁護する統一された民主国リビアへの移行を成功させるための基礎を築くことで、これまで 国民評議会が達成した進歩に、アメリカ合衆国は感動しています。」■

よくもまあこんな事が言えたものです。カダフィのリビアが、もともとアフリカ黒人に対する差別偏見の強いアラブ諸国の間では、女性と黒人の扱いについては最も進歩的であったことは否定し難い事実です。allafrica.com という明らかに米欧寄りのアフリカ関係サイトがありますが、去る3月21日の一記事は
■As the world marks the 2011 International Day for the Elimination of Racial Discrimination, which has been dubbed the 'International Year for People of African descent', uprisings sweeping the Arab region should include a social transformation to shift perceptions of dark-skinned Arabs and non-Arabs to put an end to racial discrimination and xenophobia, experts say.
Otherwise, they warn, a violent backlash by anti-Gaddafi forces in Libya who link black skin with the regime could lead to a massive genocide once the long-time leader is ousted. ■
と結ばれています。つまり、ひとたびカダフィが追放されたら反カダフィ勢力(国民評議会)こそが黒人の大量虐殺をやりかねない、と報じているのです。
 ちなみに、このヒラリー・クリントン国務長官の声明を質疑応答もふくめて全文掲載しているのは、Still4Hill と名乗るブログ・サイトです。個人的ブログでクリントンとは公私にわたって何のつながりもないと明記してあります。彼女の写真が幾つか掲げてあり、その一つに“What a difference one woman can make!”とキャプションがついています。その通りです。この一人の女性の毒舌と背信行為のおかげで、どれだけ多くの無辜の老若男女が死ななければならないのか! ところで、アメリカ通を自認する人々へのクイズです。「Still4Hillとは何の意味ですか?」

藤永 茂 (2011年7月20日)


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現代アメリカの五人の悪女(1)

2011-07-13 13:20:08 | 日記・エッセイ・コラム
 ここでの悪女は“bad girls”ではなく“evil women”です。“bad girls”と言う言葉が含みうる愛嬌など微塵もありません。多くの無辜の人々を死出の旅に送っている魔女たちです。マドレーヌ・オールブライト,サマンサ・パワー、ヒラリー・クリントン,コンドリーザ・ライス,スーザン・ライスの五人、はじめの三人は白人、あとの二人は黒人です。サマンサ・パワーについては,『サマンサ・パワーとルワンダ・ジェノサイド』で、オールブライトについては『マドレーヌ・オールブライトの言葉』で、以前取り上げた事があります。二人のライス嬢についてもあちこちで言及しました。今日は前回のブログの終りに掲載した国務長官ヒラリー・クリントンの注目すべき公式発言の全文の翻訳から始めます。:

# 『Sexual Violence in Libya, the Middle East and North Africa』

Press Statement
Hillary Rodham Clinton
Secretary of State
Washington, DC
June 16, 2011

The United States is deeply concerned by reports of wide-scale rape in Libya. Since Eman al Obeidi bravely burst into a hotel in Tripoli on March 26 to reveal that Qadhafi’s security forces raped her, other brave women have come forward to tell of the horrible brutality they have experienced. Recently, the International Criminal Court has taken note of the appalling evidence that rape in Libya is widespread and systematically employed. A thorough investigation of this matter is needed to bring perpetrators to justice.
We are also troubled by reports of sexual violence used by governments to intimidate and punish protestors seeking democratic reforms across the Middle East and North Africa. Rape, physical intimidation, sexual harassment, and even so-called “virginity tests” have taken place in countries throughout the region. These egregious acts are violations of basic human dignity and run contrary to the democratic aspirations so courageously expressed throughout the region.
Qadhafi’s security forces and other groups in the region are trying to divide the people by using violence against women and rape as tools of war, and the United States condemns this in the strongest possible terms. It is an affront to all people who are yearning to live in a society free from violence with respect for basic human rights. We urge all governments to conduct immediate, transparent investigations into these allegations, and to hold accountable those found responsible. #
■ 『リビア,中東、北アフリカにおける性的暴力』
 公式報道声明
 ヒラリー・ローダム・クリントン
 国務長官
ワシントン,DC
6月16日、2011年

米国はリビアでの大規模レイプの報道に深く憂慮している。3月26日、トリポリのホテルにエマン・アル・オベイディが駆け込み、カダフィの警備隊員にレイプされたことを勇敢に暴露して以来、他の勇気ある女性たちも彼女たちが経験した恐怖の残忍性について進んで証言してきた。最近、国際刑事裁判所は、リビアでのレイプは広汎かつ組織的に実施されているというショッキングな証拠を取り上げるに到った。この件について、罪を犯した者どもを逮捕して裁くために綿密な捜査が求められる。
 我々はまた中東と北アフリカの全域にわたって、民主的改革要求の声をあげる人々を脅迫し罰するために、政府が性暴力を用いているという報告を深く憂慮している。レイプ,暴力による脅迫、セクハラ、さらにはいわゆる“処女テスト”さえが、この地域全体の国々で生じている。これら言語道断の行為は基本的な人間の尊厳の侵害であり、地域全般にわたって勇敢に表明されている民主主義的願望と正面衝突するものである。                        
 カダフィの警護隊やその地域の他の集団は婦女子に対する暴力やレイプを戦争の道具として、人民を分裂させようと試みており、米国はそれを最強の言葉で抗議非難するものである。それは基本的人権を尊重し、暴力のない社会で生活することを希求するすべての人々に対する公然たる侮辱である。我々はすべての政府が直ちにこれらの犯罪行為申し立ての透明性ある捜査を実行して、有罪が判明した者に対して犯罪の償いを要求することを強く促すものである。■

 これを読んで私は激しい腹立たしさを覚えます。この公式声明がなされた6月16日の時点で、カダフィの直属軍隊とカダフィ自身によるレイプ行為の報道が捏造であることは有力な人権団体によってほぼ確かめられていたのですから、クリントン国務長官がそれを知らなかったとは考えられません。しかし、私は彼女がそれについてシラを切っていることに腹を立てているだけではありません。中東と北アフリカの全域に住んでいるイスラム文化系の人々をひとからげにして、それに対する傲慢不遜な断定を米国の覇権政策の基本として言明していることを、私は許すことが出来ず、怒りがこみ上げてくるのを押さえることが出来ません。
 世界のどの地域であれ、政治的社会形態の民主的改革を要求する民衆の声の盛り上がりは歴史的現実ですが、米国がその背後にあって一貫して支持しているというのは真っ赤な嘘です。米国を先頭とするいわゆる先進国以外の国々では女性虐待が日々実行されているので、女性の救援は米国に課せられた任務であると唱えるのは、米国の対外政策の欺瞞の大きな部分を成しています。「イスラム国家で桎梏と抑圧と性的暴力の下で呻吟する女性たちを救済解放する事は神に選ばれたキリスト教国アメリカの聖なる責務である」というわけです。この認識を持って、もう一度クリントンの言葉をゆっくりと読み返して下さい。このような言葉を述べ立てて米国の侵略戦争の本質を隠蔽する女性こそ悪しき(evilな)女の呼び名に値します。性的暴力、社会的暴力に苛まれる女性たちは米国社会にも沢山いるのですから、まず彼女らを救ってから出直してきてもらいたい。
 この日頃、何かにつけて無性に腹が立つようになってきて、老化現象の一種では、と反省することがしばしばですが、「レイプ」が人間集団の後進性と何とはなしに結びついているかのような語り口-中東と北アフリカの全域についてのクリントンの発言がその一例-に出会うと、ついつい立腹してしまいます。そのことで思い出す事が幾つかありますが、2年半ほど前(2008年1月16日付け)のこのブログの記事で、レニ・リーフェンシュタールがアフリカの蛮族ヌバの人々の中で暮らし、何らの身体的危害の怖れも感じず幸福な日々を送った話を書きました。レニはヒトラーが惚れ込んだ美女でしたが、その名をご存知の方は少ないでしょう。ヌバの男たちや女たちを描く彼女の写真と言葉はクリントンの唾棄すべき言葉に対する何よりの毒消しになります。この二つの理由から、古く長いブログ記事を省略なしに、以下に、再録(リサイクル)させて頂く事にしました。お読み下さい。:
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レニ・リーフェンシュタールの『アフリカ』

 この本はレニ・リーフェンシュタール(1902-2003)が百歳になったお祝いの記念に、2002年、ドイツの美術出版社TASCHENから出版され、今、アマゾンで28万6千円の値段がついています。2005年、タッシェン社の25年創業記念事業の一つとして、この本の廉価版が出版され、独、英、仏、日本の4カ国語版を、丸善で9300円で入手して、悦に入っているところです。60歳をこえた彼女がスティルカメラでとらえたアフリカ、その見事な写真の一枚一枚は「芸術とは何か」、「アフリカとは何か」、「人間の美とは何か」、・・・ といった、私にはとても手に負えない問いを真っ向から押し付けてきます。それに答えることが出来ないままに、それでも私が一つの幸福な心理状態にあることだけは確かです。これが芸術作品の魔力というものなのでしょう。
 私にように齢80をこえた老人で、戦時中にベルリン・オリンピック(1936年)の記録映画『オリンピア』(第一部『民族の祭典』、第二部『美の祭典』)を観て圧倒された記憶を持っている人は少なくないと思います。レニ・リーフェンシュタールが撮影監督したこれらの映画は、厳しい思想統制下に、同盟国ナチス・ドイツの宣伝映画の秀作として日本全国で上映されたのでしたが、私たちを圧倒したのは、何よりも先ず、人間の肉体の美、競技というフォルムで躍動する肉体の舞踏的映像美であったと思います。事実、当時の日本の青少年がこれらのナチス・ドイツの宣伝映画から読み取るべきであった筈のイデオロギー的なものの印象は、少なくとも私の記憶の中には、何の残渣も止めてはいません。
 映画監督としてのレニ・リーフェンシュタールはアドルフ・ヒトラーにすっかり気に入られて、『オリンピア』の前年には『意志の勝利』というナチスの党大会を記録した宣伝映画を監督製作しましたが、『オリンピア』の場合には、その監督を引き受ける条件として、「内容に干渉しない」という約束をヒトラーから取り付けたとされています。終戦後、フランスで逮捕拘束されて4年を過ごし、釈放された後も、過去のナチズムとの連関の故に執拗な中傷誹謗を浴びて、映画作家としては玄人筋から高い評価を得ながらも、映画製作の世界にカムバックすることはかないませんでした。
 1962年、60歳のレニ・リーフェンシュタールは,コンゴの北に位置するスーダンの中央部の僻地に住むヌバと総称される住民と出会い、その魅力の虜になってしまいます。当時、その地域は全く未開の土地で、住民たちは男女とも上下裸身のままで生活していました。60歳をこえた彼女は、それからの10年間、毎年事実上単身でヌバの部落を訪れて、彼らが彼女のためにしつらえた住居に住み、ライカ・カメラで彼らの生き様を見事にとらえる写真を撮り続けました。それらの写真の数枚はレニ・リーフェンシュタールのウェブ・サイト:
 http://www.leni-riefenstahl.de/
で見ることが出来ます。ご覧下さい。
 上に述べたことはレニ・リーフェンシュタールという驚くべき女性の物語のごく一部に過ぎません。ネット上に十分の情報がありますので参照して下さい。『アフリカ』という本の末尾にも彼女の詳しく興味ある紹介があります。私としても言いたいことは沢山ありますが、ここでは二つの事柄にしぼります。二つともコンラッドの『闇の奥』と関係しています。
 一つは、芸術家が抱く政治的思想や倫理的姿勢とその人が創作する芸術作品の価値の問題です。レニ・リーフェンシュタールは一度もナチス政党に属したことはなかったのですが、ナチズム(ヒトラー)に協力したのは動かせない事実ですし、その思想への共鳴と取れるような発言もしています。私たちとしては、彼女の芸術作品を評価する場合に、どのような姿勢をとればよいのか。芸術家が犯罪を犯したからといって、頭からその芸術を否定してしまうのは余りに乱暴ですし、一方、芸術は芸術と割り切る芸術至上主義に逃げ込むのも、安易に過ぎましょう。この意味で問題のある芸術家は古来からごまんと存在します。音楽家ならジェジュアルド、画家ならカラヴァッジョ、小説家ならセリーヌ、等々。わがレニ・リーフェンシュタールもその一人です。
 私は、これまでチニュア・アチェベ的な視角から、小説『闇の奥』とその作者としてのコンラッドについての評論のようなものを書き続けてきましたが、心の奥で絶えず「私には未だ『闇の奥』が本当には読めていない」という不安、いや自覚に悩まされています。何人かの方々から「惚れ込んでいない小説を翻訳するなんて変だ」といったコメントを頂きましたが、まことにもっともなご意見です。レニ・リーフェンシュタールの作品の圧倒的な魅力を味わえないままで、彼女に対する人身攻撃を試みることが良くないことであるならば、私のコンラッド論についても大いに反省の余地がありますが、問題は今の私にとって荷が勝ち過ぎますので、しばしこのままでお許し下さい。
 上に申しました二番目の事柄は、いわゆる「高貴な野蛮人(The Noble Savage)」というモンテーニュの昔からある概念についてです。ヨーロッパ人の心の中ては、「それはロマンティシズムの想像的産物であって、実在しない」と結論されているようですが、コロンブスが残した第一印象の言葉から始まって、「高貴な野蛮人」を垣間見たとしか言いようのない記録が沢山のこされています。私は、この「高貴」という形容詞の代りに「幸福な」という陳腐な形容詞を使い、文学的な響きも出来るだけ取り除いて、ヨーロッパ人のいわゆる大航海時代(大侵略時代といったほうより正確かも)以来、ヨーロッパの白い文明人たちが出掛けた先で出会った未開の野蛮人たちが、ヨーロッパ的尺度で測ると、えらく幸福に暮らしているように見えた場合が多数あったという動かし難い歴史的事実に着目したいと思います。「オヤオヤ、原始共産主義社会礼賛論を蒸し返すつもりかね。今さら馬鹿馬鹿しい」とおっしゃる方も多いでしょうが、とにかく話を聞いて下さい。
 実在した原始共産主義社会といえば、北米大陸の先住民イロコワ(Iroquois)が形成していた連邦が有名です。イロコワについては拙著『アメリカ・インディアン悲史』の第6章で書きましたが、最もよく知られているのはエンゲルスの『家族,私有財産、国家の起源』の中の記述でしょう。抜粋します。「その純真無邪気な単純さにもかかわらず、この氏族制度は、なんとすばらしい制度であろう。兵隊も憲兵もポリースもなく、貴族も国王も総督も知事も裁判官もなく、監獄もなく訴訟もなく、それでいて万事が秩序正しくおこなわれる。すべての不和や争いは、それに関係する共同生活体の全体、つまり氏族か部族によって、または氏族相互のあいだで解決される。ただ極端な例外的な手段としてのみ、血の復讐の脅威がある。・・・・世帯は多数の家族に共同でたもたれ、共産的であり、土地は部族に属し、小さな庭や畑だけがさしあたり世帯に割り当てられる--にもかかわらず、我々のもつ細分化された複雑な行政機構のほんのわずかすらも必要としない。決定は当事者たちによってなされ、しかもたいていの場合、何世紀にもわたる慣習によって万事かたがつけられてしまうのである。貧乏人や困窮者はありえない。--共同生活的世帯と氏族は、老人や病人や戦争で不具になった者にたいする責任をわきまえている。万人が平等であり自由である--女も含めて。奴隷はまだ存在の余地がなく、原則として、他の部族の抑圧もまだ存在の余地がない。・・・・このような社会がどんな男たちや女たちを生み出すかは、堕落していないインディアンたちに接したすべての白人たちが、この未開人の人格的威厳、廉潔さ、性格の強さ、勇敢さに驚嘆していることが、これを証明している。」これは“ロマンティック”な褒め過ぎかも知れませんし、我々がこうした社会への復帰を夢見ることは馬鹿げたことに違いありません。しかし、際限のない消費と飽くなき利潤の追求を原動力とする現在の資本主義社会が早晩行き詰まり、破綻するであろうという予感は万人の胸にあると思われます。しかも、すでに我々は幸福な人間集団を形成してはいません。人間の集団がもっと安上がりに暮らせて、しかも、ほのぼのと幸せな日々を送る手立てがあるかもしれないならば、今あらためてそれを模索して悪いわけがありません。資本主義の、社会主義の、とむつかしい事を言わなければ、その模索が開始できないという理由は何もありません。
 レニ・リーフェンシュタールからすっかり話題がそれてしまった感じになりましたが、実は、そうではないのです。彼女の『アフリカ』の本のはじめに「アフリカへの消し去れぬ愛情」と題するインタビュー記事があります。このインタビューは彼女の死の前年の2002年(百歳)、ドイツで行われました。原語はドイツ語で、英訳、仏訳、和訳が付けてあります。その中で彼女はヌバ族の人々の印象を語っていて、記事全体を読んで頂くのが一番ですが、ここではただ二カ所だけを引用します。女性が単身アフリカの辺鄙な土地にいることに恐怖を感じなかったかと訊ねられて、彼女はこう答えています。「まったくないわ。この街をひとりで歩くよりもずっと安心感があるぐらい。彼らは本当にすてきな人々なのよ。顔を見ればわかるわ。体から善良さを発散していて、そばにいるとそれを感じられるの。怖いと思ったことは一度もないわ。ぜったいに、そう決して--私がひとりでいるときも--ヌバが私に危害を加えようとしたことはなかったわ。つねに、私を彼らの一員として扱ってくれた」。「ヌバと過ごした日々は、私の生涯のなかで最も幸福で、最も美しかった。ただ、すばらしいの一言よ。彼らはとても陽気で、一日中笑って過ごしていたし、決して人のものを盗むようなことはしない善良な人々だった。彼らはいつも幸せで、すべてに満足していた」。
 皆さん信じられますか?私は信じます。まず、ヌバの写真がその何よりの証拠、つぎに、レニ・リーフェンシュタールはこんな嘘をつくことを必要と感じるような‘やわ’な出来の人間ではありません。彼女の言葉を読んですぐ思い出したのはイギリス人の女傑メアリー・キングスリーです。キングスリーについては拙著『「闇の奥」の奥』の100頁以降に書きました。この勇敢な女性は、30歳(1893年)の夏、つまり、船乗りコンラッドがコンゴ河をたどったすぐ後の頃、単身でアフリカ西海岸から奥地に踏み込んで行ったのです。翌年のはじめ一度帰国しましたが、これもレニ・リーフェンシュタールと同じく、何かに呼び戻されるように、またまたアフリカに舞い戻ります。この30歳の白人女性も、未開の土地を一人で歩き回りながら、鰐には喰われそうになったようですが、‘野蛮人’たちからは何の危害も受けることはありませんでした。レニ・リーフェンシュタールの話を読んで、直ぐに思い及んだのは「生きていた化石の魚」シーラカンスです。エンゲルスが描いた「高貴な野蛮人」イロコワ族が存在したのは今から400年ほど前のことですが、同じような「幸福な野蛮人」が、1960年頃に,アフリカの僻地に生き残っていたのが見付かり、それが見事なカラー写真で記録されました。遠い昔に死に絶えたと考えられていたシーラカンスがアフリカ東海岸で生きて見付かったのは1938年のことでした。なんだか似た感じではありませんか!
 コンラッドの小説『闇の奥』では、河蒸気船の航行のために集められた30人の人食い蛮人たちが飢餓状態に追い込まれながら、たった5人の白人を食べようとしなかったことが、まるで不可解な大いなる神秘として、誇張的に描かれています(藤永訳108頁から数頁)。しかし、キングスリーやリーフェンシュタールのノン・フィクションの経験に照らせば、集団生活を営む人間たちに自然にそなわる徳として、特別、神秘呼ばわりするほどのことでもないのかも知れません。
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藤永 茂 (2011年7月13日)


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リビアとハイチで何が見えるか(6)

2011-07-06 11:24:17 | 日記・エッセイ・コラム
 前回の終りに、カダフィのリビアが本当にはどんな国であるかを、私たちのような一般市民が知る方法があるかどうか、を論じると申しました。本当のことを知っている人々の数は決して少なくないと思われますし、彼ら、彼女らが本当のことを私たちに教えてくれない理由もはっきりしています。しかし、この慨嘆に値する状況の下でも、手間と時間をかければ、真実に到達することが可能であると私は感じています。克己心と忍耐力を持って、出来るだけ多くの資料に接するのです。この場合、自分の気に入る情報やデータだけをピックアップしないようにしなければなりません。克己心と柔軟さが求められます。ここでは、一例として、入手できた報道の断片から、リビアのオイル・マネーがどのように投資されていたかの全体像が次第に明らかになっている事を報告します。
 カダフィのリビアを弁護する側からの声は、もともとマスメディアに遮蔽(無視以上のものです)されて、殆ど聞こえてきませんが、求めれば,沢山インターネット上に散らばっています。その一つにアフリカの通信衛星のことがあります。1992年、アフリカの45の国々はRASCOM(Regional African Satellite Communication Organization) という連帯機構を設立して、アフリカ自身が所有する通信衛星を打ち上げて、衛星通信の費用の節約を目指したのですが、衛星の使用料として年々1億米ドルの収入を得ていた欧米企業は、その動きを歓迎せず、したがって、RASCOMが自前の衛星を持つ準備を始めるために必要な資金を供給することに、IMFもWBも言を左右にして、14年間も応じませんでした。その障壁を打破したのがリビアからの3千万米ドルの資金拠出の申し出であったというのです。こうしてアフリカが所有する最初の通信衛星が2007年12月に打ち上げられ、2番目の衛星は2010年8月に打ち上げられました。RASCOMの事業がその後うまくいっているのかどうか、私は十分把握できていませんが、カダフィが油田からの収入をアフリカ大陸内の事業に大々的に投資する意欲を示してきたという事実は、他の情報ともあわせて、確かなものと結論出来ます。
 ヤフー・ニュース/カナダに2011年6月11日の日付けで、『Gadhafi financial tentacles in Africa far reaching, little known』という長い記事が出ています。
著者は Michelle Faul (The Associated Press/ Canadian Press) です。反政府勢力、つまり米欧勢力の拠点都市であるベンガジからの発信で、明らかに反カダフィの立場から書かれています。
# BENGHAZI, Libya - Fancy hotels that dominate the skylines of several African capitals, farms, banks, gas stations, telephone companies and an international airline ? the financial tentacles of Moammar Gadhafi's regime are far-reaching and little known across the continent. They include the first pan-African communications satellite and the continent's only pan-African radio station.
(いくつかのアフリカの首都のスカイラインにそそり立つ高級ホテル、農場、銀行、ガソリン・ステーション、電話会社、国際航空会社?モアマール・カダフィ政権の金融財政的触手はアフリカ大陸全体に遠く広く及び、しかも殆ど知られていない。それには最初の汎アフリカ通信衛星と大陸唯一の汎アフリカ・ラジオ放送局が含まれる。)#
「リーダーズ英和辞典」には、tentacle は:《下等動物の》触手,《頭足類の》触腕;・・・、となっています。この長文の記事は、カダフィという巨大醜怪な怪物蛸の触腕がアフリカ大陸全体に伸びてそれを絡めとっているといったイメージを強調したいのでしょう。記述は詳細です。国連(アメリカとヨーロッパ)がカダフィ政権の資産凍結に踏み出すと、ルワンダ、ザンビア,ウガンダ(アフリカで最もアメリカ寄りの国々)はリビアからの投資で運営されていた国内最大のテレコム会社や製薬会社などを直ちに乗っ取りました。3千人の雇用されていた労働者は不安に包まれているようです。ガンビアではリビア系のホテルが乗っ取られ、数百人が解雇されました。
 これらは記述されていることの一部に過ぎませんが、見えてくる構図は鮮明です。まず、カダフィのリビアは石油からの収益を大々的にアフリカ大陸内に投資して来たという事実、それはリビア国内についても勿論あてはまります。国内のインフラ一般、そして教育や医療に対する自己投資もアフリカの他の国に較べてダントツに豊かであったことも、私に入手可能であった断片的資料の集積から判断するかぎり、間違いない所です。次に、グローバリゼーション、アフリカや中南米の諸国に対するIMFや世界銀行からの援助投資の条件として殆ど必ず持ち出されるインフラ関係事業の民営化、の観点から見ると、ネオコン的財政金融思考が牛耳る今のアメリカとヨーロッパの世界政策とカダフィ政権の取っている政策は全く正面衝突します。カダフィ政権は抹殺されなければならないのです。上に訳出した文章で、もう一つ、“農場”という言葉に注目しましょう。いま、「アフリカの農地投資ファンド」の形で集められた巨額な投資資金によってアフリカの土地の大規模つかみ取り(Land grab、横領,収奪)が進行中です。ヨーロッパ(アメリカを含む)による過去400年のアフリカ収奪の歴史を思うと、私の怒りは心頭に発します。これは文字の綾ではありません。インドも中国も韓国もやっている事だという人があります。きっと日本もやっていることでしょう。しかし、それはヨーロッパがこの400年間間断なくやってきたことを今になって後追いする猿真似です。罪の深さは比較になりません。このニュースはアミー・グッドマンのDEMOCRACY NOW (日本語版あり)で紹介されています。そのプログラムの見出しは注目に値します。:
#『Harvard, Vanderbilt, Spelman Exposed for Taking Part in “African Land Grab”』(ハーバード大学、バンデルビルト大学、スペルマン大学の“アフリカ土地収奪”への参加が暴露された)#
大学の運営費や年金が株式投資によって運営されていることは周知の事実ですが、投資先の選択はそれぞれに行なわれます。経済的弱者であるアフリカ諸国の弱みにつけこみ、農地を収奪し、農民を追い出し、その少数を大規模農業に低賃金で再雇用するというプログラムは世界的な食糧価格高騰の見通しから、高利率のリターンが見込まれます。欧米のヘッジファンドはそれを宣伝して投資資金を集め、運用しています。その高利率に目がくらんでハーバードやバンデルビルトなどの名門大学が盛んにこの種の投資ファンドを買い込んでいるということですが、スペルマン大学の場合は、それがアフリカ系黒人女性大学として古い歴史を誇る名門校なので、とりわけ問題なのです。
 欧米空軍によるリビア攻撃は3月20日に始まりましたが、そのすぐ後のブログ『リビアは全く別の問題である』(2011年3月30日)で、私は次のように書きました。:
■「いまのリビアの問題はアラブ世界の政治体制の民主化の問題ではありません。アフリカを自分たちの支配下に留めておきたいという欧米の強烈な意図の端的な表れです。アフリカ大陸は、自分とその一族の権力と富を維持増大させることだけしか考えていない腐敗し切った独裁的政治家が沢山います。その中でリビアのカダフィが飛び離れて惨たらしく残酷な独裁者だとは、私が調べる限り、どうしても思えません。我々はカダフィについてもリビアについても余りに無知に過ぎます。例えば、彼のGMR(Great Manmade River, リビア大人工河川)事業、ウィキペディアには、
#1953年、リビアにおける石油探査の際、内陸部のサハラ砂漠の地下深くに1万年以上前に蓄積された大量の地下水が眠っていることが発見された。1984年、その地下水を汲み上げ、海岸部のトリポリやベンガジといった大都市や、トリポニタニア、キレナイカの農耕地帯に供給する大灌漑計画が発表された。25年計画であり、2009年度中の完成を目指している。カダフィ大佐は、この計画について「世界の8番目の不思議だ」と述べた。#
と説明されている河川土木事業に、カダフィのリビアは巨大な国費をつぎ込んで来ました。この巨大事業の究極的な是非については色々議論があるようですが、この計画によって、リビアの砂漠が緑化され、国として食糧の安価な自給が可能になることについては多大の支持者が存在します。石油産出からの収入をこのような形で有効に使っている国家は珍しいと言わねばなりません。中近東やアフリカの石油産出国では多数の大金持ちが生まれるのが通例ですが、フォーブスの世界長者番付には一人のリビア人の名もないようです。寿命・教育・生活水準などに基づいて国ごとの発展の度合いを示すHDI(Human Development Index,人間開発指数)という指数がありますが、2011年度試算では、リビアはアフリカ大陸で第一位を占めています。また、幼児死亡率は最低、平均寿命は最高、食品の値段はおそらく最低です。若者たちの服装もよく、教育費や医療費はほぼキューバ並みの低さに保たれているようです。
 いわゆるグローバリゼーションを推し進めて利潤の最大化を目指す国際企業群の常套手段は、まず給水機構を私有化し、安価な食糧を運び込んでローカルな食糧生産を破壊し、土地を買収し、現地で奴隷的低賃金労働者を調達し、そこで輸出向きの食糧生産を始めることです。アフリカ大陸の随所に見られるトレンドです。ところが、リビアでは、石油で儲けた金を治水事業に注ぎ、砂漠を緑化し、自国内で安価な食糧を生産しつつあります。これは国際企業群のもくろみに真っ向から逆らう動きであり、放っておくわけには行かないのです。」■
2月にリビアの内戦が始まってから約4ヶ月、私も随分と資料を当りましたが、3月末に書いたことに大幅な変更は不要と思っています。カダフィという特異な人物のはっきりした像は私の心中になかなか結びませんが、アメリカにとってのカダフィ像については、ますますはっきり見当がついて来た感じです。それは、アメリカ大帝国の気に入らぬ事をあえて行なう人物として、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領のそれに酷似したイメージです。チャベスに対しては、今までのところ、クーデターも暗殺も失敗しましたが、今度のカダフィの場合には、クーデターはもう実質的に成功したようなもので、後はカダフィ個人の処分が残るだけでしょう。
 カダフィとカダフィのリビアは、その明瞭な実像を私が見据えることが出来る前に、the dustbin of history の中にその姿を消そうとしています。しかし、このリビアで、アメリカの臆面もない虚偽性が白日の下に晒されました。それを証する第一級の歴史的資料をお目にかけましょう。それは米国の対リビア、中東、北アフリカ政策を正当化することを目的とした国務長官ヒラリー・クリントンによる公式声明です。訳出は、稿を改めて次回に行ないます。

# 『Sexual Violence in Libya, the Middle East and North Africa』

Press Statement
Hillary Rodham Clinton
Secretary of State
Washington, DC
June 16, 2011

The United States is deeply concerned by reports of wide-scale rape in Libya. Since Eman al Obeidi bravely burst into a hotel in Tripoli on March 26 to reveal that Qadhafi’s security forces raped her, other brave women have come forward to tell of the horrible brutality they have experienced. Recently, the International Criminal Court has taken note of the appalling evidence that rape in Libya is widespread and systematically employed. A thorough investigation of this matter is needed to bring perpetrators to justice.
We are also troubled by reports of sexual violence used by governments to intimidate and punish protestors seeking democratic reforms across the Middle East and North Africa. Rape, physical intimidation, sexual harassment, and even so-called “virginity tests” have taken place in countries throughout the region. These egregious acts are violations of basic human dignity and run contrary to the democratic aspirations so courageously expressed throughout the region.
Qadhafi’s security forces and other groups in the region are trying to divide the people by using violence against women and rape as tools of war, and the United States condemns this in the strongest possible terms. It is an affront to all people who are yearning to live in a society free from violence with respect for basic human rights. We urge all governments to conduct immediate, transparent investigations into these allegations, and to hold accountable those found responsible. #

藤永 茂 (2011年7月6日)


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