私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

原爆投下は戦争犯罪である

2023-05-18 15:03:39 | 日記・エッセイ・コラム

 2016年5月27日、広島にやって来たオバマ大統領は「死が空から降って来た」と言いました。毎日新聞にオバマ大統領の発言の全文が出ていましたので、その初めの部分をコピーします:

Seventy-one years ago on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city, and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in the not- so-distant past. We come to mourn the dead, including over a hundred thousand Japanese men, women and children, thousands of Koreans, a dozen Americans held prisoner. Their souls speak to us, they ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.

「71年前、ある明るい一片の雲もない朝、空から死が降って来た。世界が変わった。」

https://mainichi.jp/english/articles/20160527/p2a/00m/0na/037000c

死は空から雨か何かのように降って来たのではありません。米国が原子爆弾を落としたから無数の人たちが死んだのです。日本もひどい戦争犯罪を犯し、責任者のおおよそは厳しい罰を受けました。

 米国にトマス・マートン(1915-1968)という修道僧がいました。2015年9月24日、教皇フランシスコは米議会上下合同会議で演説し、その中で

「わたしの訪米は、何人かの偉大なアメリカ人を善意の人々が記念する時と重なっています。複雑な歴史と人間の弱さがもたらす現実の中で、これらの人々は多くの困難や限界に直面しても、より良い未来を築くために懸命に働き、自らを捧げました。自分のいのちを捧げた人すらいます。彼らは、アメリカの人々の心にいつまでの残る、根本的な価値観を築きました。こうした精神をもった人々は、多くの危機、緊張状態、紛争があっても、つねに前に進むために必要なものを見いだし、尊厳をもって生きることができます。これらの人々は現実を見て、解釈する方法を教えてくれます。彼らの記憶を称えながら、たとえ争いの最中であっても、今ここでわたしたちの文化の根底にあるものに目を向けましょう。わたしは、エイブラハム・リンカーン、マーティン・ルーサー・キング、ドロシー・デイ、トマス・マートンという4人のアメリカ人について話したいと思います。」

と語っています。そのマートンです。マートンは優れた詩人でもありました。彼が1961年に発表した詩作品の中に『Original Child Bomb』という異様な長詩があります。マートン自身はこの詩を「アンティ・ポエム」だと言います。この妙なタイトルは、日本語の「原子爆弾」という英語「Atomic Bomb」からの直訳を一捻りして、「原」をオリジナルと訳し「子」をチャイルドとしたのです。詩は英語の語数で2480の長大さ、41のセクションからなっています。詩のスタイルも異常で、見かけは、米国が1945年8月6日広島に原子爆弾を投下するまでの経過が、ただ淡々と、語られています。しかし、心して読み進むうちに、人間が人間に対して、言葉に尽くせない事をしてしまったという事実がひしひしと読むものの胸に迫って来ます。最初の2節と最後の2節だけをコピーします:

ORIGINAL CHILD BOMB

Points for meditation to be scratched on the walls of a cave

1: In the year 1945 an Original Child was born. The name Original Child was given to it by the Japanese people, who recognized that it was the first of its kind.

2: On April 12th, 1945, Mr. Harry Truman became the President of the United States, which was then fighting the second world war. Mr. Truman was a vice president who became president by accident when his predecessor died of a cerebral hemorrhage. He did not know as much about the war as the president before him did. He knew a lot less about the war than many people did.

About one hour after Mr. Truman became president, his aides told him about a new bomb which was being developed by atomic scientists. They called it the “atomic bomb”. They said scientists had been working on it for six years and that it had so far cost two billion dollars. They added that its power was equal to that of twenty thousand tons of TNT. A single bomb could destroy a city. One of those present added, in a reverent tone, that the new explosive might eventually destroy the whole world.

But Admiral Leahy told the president the bomb would never work.

40:  As to the Original Child that was now born, President Truman summed up the philosophy of the situation in a few words, “We found the bomb” he said “and we used it.”

41: Since that summer many other bombs have been “found.”  What is going to happen?  At the time of writing, after a season of brisk speculation, men seem to be fatigued by the whole question.

 

藤永茂(2023年5月18日)

 


米国大統領候補ロバート・F・ケネディ・ジュニア

2023-05-15 20:51:17 | 日記・エッセイ・コラム

 1968年6月5日夜、ロサンゼルスで銃撃によって暗殺されたロバート・F・ケネディの息子さんであるロバート・F・ケネディ・ジュニアが来年2024年の米国大統領選挙に民主党からの立候補を表明しています。選挙は11月5日に行われます。

 本年2023年4月25日にバイデン現大統領は立候補を正式に表明しましたが、ロバート・F・ケネディ・ジュニアは、それよりも早く、3月3日に、民主党の大統領候補として正式に届を出しました。各政党内で予備選挙は来年の夏に行われ、それまでに党内で選挙戦が繰り広げられます。まだ一年ほどあります。今のところバイデン現大統領(80歳)の他には、ロバート・F・ケネディ・ジュニア(69歳)と作家マリアン・ウィリアムソン(女性作家)(70歳)の二人だけが立候補を表明しています。

 RFK・ジュニアの大統領選挙立候補についてはウェブサイト『耕助のブログ』に、これまで二つ興味深い記事が出ています:

https://kamogawakosuke.info/2023/05/06/no-1781-rfk-jr-はメディアに勝てるか/

https://kamogawakosuke.info/2023/05/14/no-1789-ロバート・f・ケネディ・jrとドナルド・トラン/#more-8667

 米国のマスメディアは、現在、RFK・ジュニアとマリアン・ウィリアムソンの二人を泡沫候補として扱っているようですが、ロバート・F・ケネディ・ジュニアを大変熱心に推奨応援している言論人がいます。私の好きなエドワード・カーティン(Edward Curtin)です。彼の論説は米国のSNSでかなり広く取り上げられています。私がこの人に好意を寄せる理由の一つは、アルベール・カミュのファンだということです。2020年、カーティンは『SEEKING TRUTH IN A COUNTRY OF LIES (うその国でほんとを求めて)』という本を出版しました。40余の短いエッセイの集まりで、8ページほどの長さの優れたカミュ論が含まれています。カミュの名前は、序文の入り口を始めとして何度も出て来ますが、カミュへの言及で特筆すべきものに、RFK・ジュニアが2018年に出版した『American Values』という本についての書評(2018年6月10日付)があります。その中でカーティンがRFK・ジュニアの著作から引用した一節を取り出して、以下に訳出します:

「ある日、彼(RFK)は私の寝室に来て、カミュの『ペスト』のハードカバーを私に手渡した。“これを読んでほしい”と何かひどく思い詰めた様子で言った。この本は、猛威を振るう伝染病が市民を荒廃させている、外界から隔離された北アフリカの都市に閉じ込められた医師の物語である。その医師が行う小さな奉仕の行為は、大きな悲劇に対しては効果の上がらないものだったが、彼自身の人生に意味を与え、そして、さやかならずとも、大きな宇宙にも意味を与えるのである。私は長年、この本について考え、父がなぜ私にくれたのかについて、多くの時間を費やしてきた。それは、彼自身が開けようとしていた扉の鍵だったのだと私は思う。・・・私たちを定義するのは、立場でも状況でもなく、その状況に対する私たちの反応なのだ。運命に押し潰されそうになったとき、勇気と奉仕の小さな英雄的行為の意思表示が心の平和と充足をもたらすことがある。肩にのしかかる運命の石の重さに耐えるとき、我々はこの混沌とした宇宙に秩序を与えるのである。父が私に残してくれた多くの素晴らしいものの中で、この哲学的な真理はおそらく最も有用なものだった。多くの意味で、それは私の人生を決定づけた。」

 ここで語られているカミュの『ペスト』の医師リウーに、RFK・ジュニアは、アメリカの巨悪に対して、勝算は無くとも、なすべき反抗を実行して倒れた父親RFKを、そしてまた自分自身をも重ねているわけです。エドワード・カーティンは次の言葉でこの論考を結んでいます。「By writing American Values: Lessons I Learned from My Family, Robert F. Kennedy, Jr. has named the plague and entered the fight. His father would be very proud of him. He has defined himself.」

 RFK・ジュニアの大統領選挙出馬についての2023年4月17日付のエドワード・カーティン自身の記事は「Robert F. Kennedy, Jr.: To Heal the Great Divide (大いなる分裂を癒すために)」と題する長い内容豊かな論考です:

https://dissidentvoice.org/2023/04/robert-f-kennedy-jr-to-heal-the-great-divide/

それは父親RFKの話から始まります:

「ロバート・F・ケネディ上院議員が、アメリカ社会に開いた大きな亀裂を修復しようとして、大統領候補の舞台に足を踏み入れてから55年が経った。 ベトナム戦争、人種差別、貧困、ケネディ大統領の暗殺、そして間もなく起こるキング牧師の暗殺によって、この国は引き裂かれていた。 リンドン・ジョンソンは虚言を弄び、リチャード・ニクソンは言葉の上でも実際の裏切りでもジョンソンに匹敵した。」

続いて、ケネディ大統領の暗殺、その弟RFKの暗殺がCIAによって行われた事、CIAによってあからさまに敵視されて来た所謂「ケネディ一族」の事、今回のRFK・ジュニアの大統領選出馬には、米国の巨悪が操るマスメディは勿論、ケネディ一族の内部からも強い反対が表明されている事などを述べた後、カーティンは次のように結びます:

「紳士顔をしたハイエナたちは、ロバート・F・ケネディJr.を、浅薄な変人、詐欺師、エゴの塊のような馬鹿馬鹿しい陰謀論者として、彼を大統領選挙から排除しようと懸命になるだろう。しかし今では、多くの人々が、そのようなプロパガンダを見破ることが出来るようになった。 彼は本物であり、アメリカ国民を分断するため権力者たちが造成して来た大きな溝に橋をかけるための、我々にとっての最高の希望なのだ。

彼が屈して引き下がる事は決してあるまい。そして、米国はまだこの泥沼から抜け出すことができると信じるすべての善意の人々は、彼をしっかりと後押しすべきである。 彼は、私たちに警告し、声を上げた。彼の道徳的な勇気は、希望を持ち続けようとするすべての人々が見習うべきものである。

彼にチャンスは無いさと宣っている識者たちはやがてショックを受けるだろう。」

 このエドワード・カーティンの力強いロバート・F・ケネディJr.の立候補推薦はSNSでかなり広範な反応を引き起こしています。その一つを紹介します:

https://kevinbarrett.substack.com/p/edward-curtin-on-rfk-jr-vs-the-american-7d8

このインタービューの締め括りの所で、カーティンは来年の米国大統領選挙の行く末を次のように占っています。原英文をコピーして、その次に、終わりの所だけを訳出します。この中でカーティンがBobby Kennedyと呼んでいるのは父親ではなく息子のRFK・ジュニアの方です:

Edward Curtin: Well, I think they can't because I think contrary to Donald Trump, he is going to speak eloquently, calmly, let me use the word lovingly, across the divide. He is not going to stir the pot except to speak truth and to speak it calmly, the way he does speak. And his very brilliant mind and his command of the facts are rather extraordinary, far different from Donald Trump. And I think they're going to have a lot of trouble with him because the Democrats have no one who can counter his eloquence and his positions. So we'll see what happens. I mean, he's he's working within the Democratic Party structure right now. And they will have all the knives out to get him, the Obama and Clinton people and their neocon friends and associates who run the Democratic Party with Joseph Biden as their puppet. They're going to have a hard time containing his message because many people are sick of all the damn lies that they've been telling all these years.

And Bobby Kennedy, he's not been involved in electoral politics his entire life and he's now stepping into the fray. And he's spoken his mind, as in Boston when he opened his campaign: "I've been just saying what I think is true for years. I haven't been trying to get elected to any office. I'm not really a politician in that sense." Trump wasn't a politician either. But he had a lot of baggage. Bobby Kennedy has said, "I have a lot of skeletons in my closet, too. If they could all vote, I'd get elected right away." And the Democrats and the media will, of course, bring them out. But he's already brought them out himself. So he has little to hide and a lot to gain. And he's an eloquent voice and a very courageous guy. So I think they're going to be very, very surprised. And I think he's already surprising them. And they're going to go into a panic as the months go by.

「だから、彼らはメチャクチャびっくりさせられると私は思うよ。いや、もう既に彼は彼らを驚かしている。そして、月日が経つにつれて、彼らはパニックに陥ってしまうさ。」

藤永茂(2023年5月15日)


ジョン・ピルジャーが声を上げた

2023-05-05 22:19:16 | 日記・エッセイ・コラム

 5月1日付で、ジョン・ピルジャーが、硬骨のジャーナリストとして過ごして来た長い過去を回想しながら、迫り来る戦争に対して断固として声を上げ、我々にもはっきりと声を上げることを求めました。彼のサイトの記事は:

https://johnpilger.com/articles/there-is-a-war-coming-shrouded-in-propaganda-it-will-involve-us-speak-up

です。この記事は他の幾つかのサイトにも掲載されています。例えば:

https://libya360.wordpress.com/2023/05/01/the-coming-war/

https://www.counterpunch.org/2023/05/02/the-coming-war-speak-up-now/

https://consortiumnews.com/2023/05/01/john-pilger-the-coming-war-time-to-speak-up/

内容は掲載された写真などに少し違いがありますが、本文は同一です。私のこのブログでは、以前、『ジョン・ピルジャーの声を傾聴しよう』(2022・9・13)でピルジャーの記事の翻訳を掲げた事があります。

https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/b779c8b427bf19e5b87b1c3a0ae6eec8

 以下は、libya360.wordpress に出ている記事から四枚の写真を除いて文章部分だけを訳出したものです。

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戦争がやって来る  ジョン・ピルジャー

プロパガンダによる統一合意に満たされた沈黙は、私たちが読み、見、聞く、殆どすべてを汚染している。メディアによる戦争は今やいわゆる主流ジャーナリズムの基調の仕事である。

1935年、ニューヨークで「アメリカ作家会議」が開催され、その2年後にもまた開かれた。この会議は何百人もの詩人、小説家、劇作家、批評家、短編小説家、ジャーナリストを招集し、「資本主義の急速な崩壊」とそれが招いている次の戦争について議論した。 このイベントには、一般市民3,500人が参加し1,000人以上が追い返されたと報道もされた衝撃的なイベントだった。

アーサー・ミラー、マイラ・ページ、リリアン・ヘルマン、ダシール・ハメットは、ファシズムがしばしば偽装された形で台頭していることを警告し、作家やジャーナリストには声を上げる責任があると述べた。トーマス・マン、ジョン・スタインベック、アーネスト・ヘミングウェイ、C・デイ・ルイス、アプトン・シンクレア、アルベルト・アインシュタインからの支援電報が読み上げられた。

ジャーナリストで小説家のマーサ・ゲルホーンは、ホームレスや失業者、そして "暴力的な大国の暗部にいる我々すべて "のために声を上げた。

時が経って、私の親しい友人となったマーサは、彼女のいつものお気に入りのフェイマスグラウスとソーダのカクテルを飲みながら、私にこう言ったものだ:

ジャーナリストとしての責任は途方もなく大きかった。私は、大恐慌がもたらした不正と苦しみを目の当たりにして、沈黙を破って声を上げなければ何が起こるか、よく分かっていた。我々全てよく分かっていた。

彼女の言葉は、今日、同じ沈黙の上に響き渡っている。それらは、我々が読み、見、聞く殆どすべてを汚染しているプロパガンダの統一合意で満たされた沈黙だ。一例を挙げよう:

3月7日、オーストラリアで最も古い新聞であるSydney Morning HeraldThe Ageの2紙が、中国の “迫り来る脅威”について数ページの記事を掲載した。彼らは太平洋を赤く染めた。中国の目は猛々しく、進軍中で、威嚇的だ。黄禍は、まるで重力で落ちて来るように今にも襲い掛かって来そうだ、と。

中国によるオーストラリアへの攻撃について、 “有識者審査団”は、信頼に足る証拠は何も提示しなかった:そのうちの一人はオーストラリア戦略政策研究所の元所長で、この研究所は キャンベラの国防省、ワシントンのペンタゴン、英国、日本、台湾の政府、西側の戦争産業の隠れ蓑になっている。

"北京は3年以内に攻撃して来る可能性がある"と彼らは警告した。"私たちは準備ができていない。アメリカの原子力潜水艦に数十億ドルが費やされる予定だが、それだけでは十分ではないようだ ”  "オーストラリアの歴史からの休暇は終わった": それが何を意味するかは別として。

オーストラリアに対する脅威はない、何もない。どこからも遠く離れた “ラッキー”な国には敵がいない。特に、最大の貿易相手国である中国は敵ではない。しかし、アジアに対するオーストラリアの長い人種差別の歴史を利用した中国バッシングは、自称 “専門家”のスポーツのようなものになっている。中国系オーストラリア人はこの状況をどう見ているのだろうか。多くの人はどうしてよいかわからず、恐怖を感じている。

通じるところにはよく通じる、アメリカの権力に媚びへつらう、このグロテスクな記事は、ピーター・ハートチャーとマシュー・ノットという “国家安全保障記者”と呼ばれる人たちが書いたものである。ハーチャーのことは、イスラエル政府から金をもらってレジャー旅行した人物として記憶にある。もう一人のノットは、キャンベラの高級官僚の口利き役、どちらも、戦場や生活困窮者の悲惨と苦悩の極限を見たことがない人間だ。

"どうしてこんな事になったの?"  マーサ・ゲルホーンが今ここにいたら、こう言うだろう。"ノーと言う声はいったいどこにあるのだろう?「我らが仲間」意識はどこにあるのか?"

 

ポストモダニズムのご時世

そうした声は、このホームページなどの地下出版的なサイトでは聞くことが出来る。文学では、ジョン・スタインベック、カーソン・マッカラーズ、ジョージ・オーウェルといった人たちは時代遅れだ。今はポストモダニズムが主導権を握っている。リベラリズムは政治的なはしごをはずした。かつて沈着な社会民主主義国であったオーストラリアでは、秘密主義的、権威主義的な権力を保護し、知る権利を妨げる新しい法律の網が制定された。内部告発者は無法者であり、秘密裏に裁かれることになる。特に不吉な法律は、外国企業のために働く人々による “外国からの干渉”を禁止するものである。これは何を意味するのか。

民主主義は今や空念仏だ:国家と融合した企業の万能なエリートが存在し、"アイデンティティ "を要求する。アメリカの海軍提督たちは、オーストラリアの納税者から一日に何千ドルもの報酬を得て、"アドバイス"を授ける。欧米全体で、政治的な想像力はPRによってあやされ静められ、腐敗した超低級の政治家達の陰謀に気を奪われている:ボリス・ジョンソン、ドナルド・トランプ、スリーピー・ジョー、ヴォロディミル・ゼレンスキーなどのような。

2023年の作家会議で、“崩れゆく資本主義”や “我々の” 指導者たちの致命的な戦争挑発について憂慮が表明されることはない。彼らの中でも最も悪名高いトニー・ブレアは、ニュルンベルクの基準に照らせば明白な戦犯だが、自由の身でお金持ちである。ジュリアン・アサンジは、読者が知る権利があることを証明すべきだとジャーナリスト達に挑んだが、そのため投獄されて二度目の十年目に入っている。

今日、バンデラはウクライナ西部で英雄として崇拝され、彼とその仲間のファシストの像がEUと米国によって多数建設され、ナチスからウクライナを解放したロシア文化の巨人やその他の人々の像に取って代っている。

2014年、選挙で"親モスクワ "と非難されながらも当選した大統領ヴィクトル・ヤヌコヴィッチに対する、アメリカの銀行出資によるクーデターで、ネオ・ナチスは重要な役割を果たした。クーデター政権には、著名な“極端な民族主義者たち”、つまりナチスと呼ばないだけのナチスが含まれていた。

当初、この事はBBCをはじめ欧米メディアがこぞって延々と報じた。2019年になると、『タイム』誌はウクライナで活動する “白人至上主義者の民兵”を特集した。NBCニュースは、"ウクライナのナチス問題は現実である "と報じた。オデッサでの労働組合員に対す焼き討ちが撮影され、記録された。

ウクライナ軍は、ドイツ親衛隊の徽章「ヴォルフスエンジェル」を持つアゾフ連隊を先頭に、ロシア語を話す東部のドンバス地方に侵攻した。国連によると、東部で1万4千人が殺害されたという。7年後、アンゲラ・メルケルが告白したように、ミンスク和平会議が西側によって妨害破壊されたことで、ロシア軍は侵攻に踏み切ったのだ。

一連の事件のこのような説明は、欧米では報道されなかった。それを口にするだけで、書き手(私のような)がロシアの侵略を非難しているかどうかに関わらず、 “プーチンの擁護者”だという罵声を浴びせられることになる。NATOが武装した国境地帯であるウクライナ、ヒトラーが侵攻したのと同じ国境地帯がモスクワに提示した極度の挑発を理解すれば、これは強い呪文のようなものである。

ドンバスにまで旅をしたジャーナリスト達は、彼ら自身の国では沈黙を強いられ、迫害されることさえあった。ドイツ人ジャーナリストのパトリック・バーブは職を失い、ドイツの若いフリーランス記者、アリーナ・リップは銀行口座を接収された。

脅迫による沈黙

英国では、リベラルな知識人の沈黙は脅迫された沈黙である。ウクライナやイスラエルのような国家が支援する問題は、大学の仕事や教職の在職期間を維持したいのであれば、避けた方がいい。2019年にジェレミー・コービン元労働党党首に起こったことは、大学キャンパスで何度も起こり、アパルトヘイトのイスラエルに反対する人々は、反ユダヤ主義者として簡単に中傷されてしまう。

皮肉にも、現代プロパガンダ研究の第一人者であるデビッド・ミラー教授は、イスラエルの英国における “資産”と政治的ロビー活動が世界的に過度の影響力を及ぼしていると公言し、ブリストル大学からクビを宣告された-この事実には充分の証拠がある。

この大学は事件を独自に調査するため一流の経営管理調査人を雇った。彼の報告書は、 “学術的な表現の自由という重要な問題”においてミラーの無罪を明らかなものとし、“ミラー教授の発言は違法な言論には当たらない”と判断を下した。しかし、ブリストル大学はミラーをクビにした。イスラエルがどんな暴挙に出ようと、イスラエルには免責があり、それを批判する者は罰せられるというメッセージは明白である。

数年前、マンチェスター大学の英文学教授だったテリー・イーグルトンは “この二世紀で初めての事だが、英国には、西欧の生活様式の基盤に疑問を投げかける用意がある著名な詩人、劇作家、小説家が一人もいない”という考えを述べた。

貧しい人々のために語るシェリーも、ユートピアの夢を語るブレイクも、支配階級の腐敗を糾弾するバイロンも、資本主義の道徳的災害を明らかにするトマス・カーライルもジョン・ラスキンもいない。ウィリアム・モリス、オスカー・ワイルド、HGウェルズ、ジョージ・バーナード・ショウに相当する人物は、今日、居なくなった。ハロルド・ピンターはその当時まだ生きていて、彼のことをイーグルトンは “最後に声を上げた人”と書いた。

ポストモダニズムは、つまり現実の政治や真正の反対意見の拒絶は、どこから来たのだろうか。1970年に出版されたチャールズ・ライヒのベストセラー『アメリカの緑化( The Greening of America』は、そのヒントを与えてくれる。 当時のアメリカは激動の時代であった;リチャード・ニクソンがホワイトハウスに座り、“ムーブメント”として知られる市民的抵抗が、殆どすべての人に影響を与える戦争(訳注:ベトナム戦争)の最中に、社会の周縁から躍り出て来たのである。市民権運動と連携して、この百年間で、ワシントンの権力に対する最も深刻な挑戦となったのだった。

ライヒの本の表紙には、こんな言葉が書かれていた: “革命がやって来る。それは過去の革命とは違うだろう。革命は個人に源を発するだろう。"

当時、私は米国で通信記者をしていたが、イェール大学の若い学者であったライヒが一夜にして教祖の地位に上りつめたことを思い出す。ニューヨーカー誌は、彼の著書をセンセーショナルに連載していた。そのメッセージは、1960年代の “政治的行動と真実を語ること”は失敗し、“文化と内省”だけが世界を変えられるというものだった。まるで、ヒッピーが消費者階級を乗っ取りつつあるかのような雰囲気だった。 そして、ある意味ではその通りだった。

数年のうちに、 “自分主義(me-ism)”というカルトは、社会正義や国際主義といった、共に行動するという多くの人々の感覚を圧倒してしまった。階級、性別、人種は分離された。個人的であることは政治的であることであり、メディアはメッセージであった。お金を稼げとメディアは言った。

あの“ムーブメント”、そしてその希望と歌は、ロナルド・レーガンとビル・クリントンの時代には、すべて終わりを告げた。クリントンの悪名高い福祉法案は、主に黒人を刑務所に送る数で世界記録を更新した。

9・11が起きると、 “アメリカのフロンティア”(新しいアメリカのプロジェクトは世界をこう呼んだ)に対する新たな “脅威“のでっち上げは、20年前ならば、猛烈な反対運動を展開していたと思われる人々の政治的方向感覚を完全に失わせてしまった。

それ以来、アメリカは世界と戦争するようになった。社会的責任のための医師団、世界生存のための医師団、そしてノーベル賞を受賞した核戦争防止のための国際医師団がまとめた、殆ど無視されてしまった報告書によると、アメリカの “テロとの戦い”で殺された人数は、アフガニスタン、イラク、パキスタンで “少なくとも” 130万人にのぼる。

この数字には、イエメン、リビア、シリア、ソマリアなど、米国が主導し煽動した戦争による死者は含まれていない。報告書によると、本当の数字は “200万人を超える可能性があり、一般市民や専門家、政策決定者達が認識し、メディアや主要なNGOが振り撒いている数字の約10倍である”という。

“少なくとも”100万人がイラクで殺された、と例の医師団達は言う、つまりイラク人口の5%である。

 

何人殺されたかは誰も知らない

この暴力と受難の巨大さは、欧米人の意識にはないようだ。“何人かは誰も知らない”というのがメディアの決まり文句である。ブレアとジョージ・W・ブッシュ、そしてストロー、チェイニー、パウエル、ラムズフェルドらの面々は、戦犯起訴の危険にさらされたことは一度もなかった。ブレアのプロパガンダのマエストロ、アリスター・キャンベルは、“メディア・パーソナリティ”として賞賛さえされている。

2003年、私はワシントンで、高名な調査報道ジャーナリストであるチャールズ・ルイスのインタビューを撮影した。その数カ月前に起こったイラク侵攻について話し合った。私は彼に、“もし憲法上世界で最も自由な米国メディアが、粗雑なプロパガンダと判明したものを広めるのではなく、ジョージ・W・ブッシュとドナルド・ラムズフェルドに真剣に挑戦し、彼らの主張を精査していたらどうだっただろうか”と尋ねた。

彼はこう答えた。"私たちジャーナリストがちゃんと仕事をしていれば、イラクでの戦争に乗り込んで行かなかった可能性が非常に高い"

CBSの名キャスター、ダン・ラザーにも同じ質問をしたところ、同じ答えが返ってきた。 サダム・フセインの “脅威”を宣伝していた『オブザーバー』紙のデビッド・ローズも、BBCのイラク特派員だったラゲ・オマールも、同じ答えを私に与えた。ローズの “騙されていた”という称賛に値する懺悔は、そう発言する勇気のない多くの記者を代弁している。

彼らの指摘は繰り返す価値がある。もしジャーナリストが自分の仕事をし、プロパガンダを増幅するのではなく、疑問を持ち、調査していたら、100万人のイラク人男性、女性、子供達が今日生きていたかも知れないし、何百万人もの人々が家を逃げ出すこともなかったかも知れないのだ。また、スンニ派とシーア派の宗派間戦争が勃発することもなく、イスラム国も存在しなかったかも知れない。

この真実を、1945年以来、米国とその “同盟国”によって引き起こされた強欲な戦争に投げかけると、その結論には息を呑む驚きがある。今のジャーナリズムの学校では、こうした問題を取り上げたことがあるのだろうか。

今日、メディアによる戦争は、いわゆるメインストリームジャーナリズムの重要な任務であり、1945年にニュルンベルク検事によって説明されたものを思い出させる:

"それぞれの大規模な侵略の前に、便宜上の理由からの幾つかの例外を除いて、彼らは犠牲の対象者たちを弱体化し、ドイツ国民を心理的に準備するために計算された報道キャンペーンを開始した...プロパガンダシステムにおいて...最も重要な武器は毎日の報道とラジオであった。"

米国政治に根強く継続されているのは、ファシズムの域に近づくカルト的な過激主義である。トランプはそう評価されたが、アメリカの外交政策が本腰でファシズムに靡きかけたのは、バラク・オバマの二期目の時である。この事実は殆ど報道されなかった。

“私は全身全霊でアメリカの例外性を信じている”とオバマ大統領は語った。オバマ大統領は、大統領お気に入りの娯楽である空爆や、“特殊作戦”と呼ばれる暗殺作戦を、第一次冷戦以来、他のどの大統領も行ったことのない程に拡大した。

外交問題評議会の調査によると、2016年、オバマは26,171発の爆弾を投下した。これは毎日72発の爆弾ということ。彼は、アフガニスタン、リビア、イエメン、ソマリア、シリア、イラク、パキスタンという最も貧しい人々や有色人種の人々を爆撃した。

ニューヨーク・タイムズ紙によると、毎週火曜日に彼は無人機から発射される地獄のミサイルで殺害される人たちを自ら選んだ。結婚式、葬式、羊飼いが攻撃され、 “標的となったテロリスト”を飾る身体の一部を集めようとする人々も攻撃された。

共和党の有力上院議員であるリンゼー・グラハムは、オバマの無人偵察機によって4,700人が殺害されたと、満足げに推定した。 “時々、罪のない人々を攻撃することがあり、困った事だが、これまでに我々はアルカイダの非常に高いレベルのメンバーを何人か倒した”と彼は言った。

2011年、オバマ大統領は、リビアのムアンマル・カダフィ大統領が自国民に対する “大虐殺”を計画していたとメディアに語った。 “もう一日やり過ごしていたら、シャーロット(ノースカロライナ州)と同じ大きさの都市ベンガジで大虐殺が起こり、あたりの地域全体に広がって、世界の良心を汚すようになったであろう事を、我々は認知していた "と彼は言った。

これは嘘だった。唯一の “脅威”は、リビア政府軍による狂信的なイスラム主義者の敗北が迫っていることだった。独立した汎アフリカ主義の復活、アフリカ銀行とアフリカ通貨、そのすべてをリビアの石油で賄うという計画をカダフィが抱いていたために、リビアが二番目に近代的な国家だったアフリカ大陸で、カダフィは米欧植民地主義の敵に仕立て上げられたのだ。

カダフィの “脅威”と彼の近代国家を破壊することが目的であった。米国、英国、フランスの支援を受け、NATOはリビアに対して9,700回の空爆出撃を行った。国連によれば、その3分の1はインフラと民間人を狙ったものであった。ウラン弾頭が使用され、ミスラタとシルテの都市は絨毯爆撃を受けた。赤十字は集団墓地を確認し、ユニセフの報告によれば、 “(殺された)子どもの殆どは10歳未満だった”。

オバマの国務長官だったヒラリー・クリントンは、カダフィが反乱軍に捕まり、肛門を刺されて殺されたと聞かされると、笑ってカメラに向かって言った: "私たちは来た、見た、彼は死んだ!(We came, we saw, he died)"と。(訳注:ローマ皇帝カエサルの言葉Veni, vidi, vici(来た、見た、勝った)のもじり)

2016年9月14日、ロンドンの下院外交委員会は、ベンガジ虐殺説を含む “一連の嘘”と評したNATOのリビア攻撃について、1年にわたる調査の結論を報告した。

NATOによる爆撃は、リビアを人道的な大惨事に陥れ、何千人もの人々が死亡し、何十万人もの人々が避難し、リビアはアフリカで最も生活水準の高い国から、戦争で荒廃した破綻国家に変貌した。

オバマ大統領のもとで、アメリカは秘密裏に行われる「特殊部隊」の活動を世界人口の70%に当たる138カ国に拡大した。アフリカ系アメリカ人初の大統領はアフリカへの本格的な侵攻を開始したのだった。

19世紀の「アフリカ分割(Scramble for Africa)」を彷彿とさせるように、米国アフリカ司令部(アフリコム)は、リビア侵攻以来、米国の賄賂と軍備をしきりに欲しがる協力的なアフリカ政権のネットワークを構築してきた。アフリコムの “兵士から兵士へ”の基本方針は、将軍から准士官まで、あらゆるレベルの指揮官に米国人将校を配置する。欠けているのは防暑ヘルメットだけである。

パトリス・ルムンバからネルソン・マンデラまで、アフリカが誇る解放の歴史は、新たな白人支配者に奉仕する黒人の植民地エリートによって忘却の彼方に追いやられてしまったかのようだ。このエリートの “歴史的使命”は、 “カモフラージュの下で横行する資本主義”の推進であると、炯眼のフランツ・ファノンは警告した。

NATOがリビアに侵攻した2011年、オバマ大統領は “アジアへの軸足”として知られるようになった政策を発表した。“中国の脅威に立ち向かう”ために、米海軍のほぼ3分の2をアジア太平洋に移すというのが、オバマの国防長官の言葉であった。

中国からの脅威は存在しなかったが、中国には米国からの脅威があった。約400の米軍基地が中国の工業地帯の縁に沿って弧を描いており、国防総省の高官はこれを “首絞め縄”と表現してご満悦であった。

同時に、オバマは東欧にロシアを狙ったミサイルを設置した。ノーベル平和賞を受賞したオバマは、核弾頭への支出を冷戦後のどの米国政権よりも増額し、2009年にプラハの真ん中で行った感情的な演説で、“世界から核兵器をなくすことに貢献する”と約束した筈であったのに。

オバマとその政権は、2014年にウクライナ政府に対するクーデターを監督するために派遣されたパトリシア・ヌーランド国務次官補が、ロシアの反応を引き起こし、おそらく戦争につながることを十分に理解していた。そして、そうなってしまった。

私は4月30日にこれを書いている。この日は、私が取材した20世紀最長の戦争、ベトナム戦争の最終日の記念の日だ。サイゴンに到着したとき、私はとても若かったし、多くのことを学んだ。雲の上から殺戮の限りを尽くした巨大なB-52のエンジンの独特のブーンという連続低音を認識することを学び、人体の部分が纏わりついた焼け焦げた木に直面しても目を背けないことを学び、かつてないほど人の親切を大切にすることを学び、ジョセフ・ヘラーの傑作『キャッチ22』で戦争は正気の人間には適さないことを学び、 “我々の”プロパガンダについて学んだ。

この戦争の全期間を通じて、プロパガンダによれば、勝利したベトナムが共産主義の病いをアジアの他の地域に広げ、その北にある巨大な黄禍が一挙に南に降りて来ると言われていた。 “ドミノ倒し”のように国々が倒れるだろうと。

ホーチミンのベトナムは勝利を収めたが、そうした事は何も起こらなかった。それどころか、ベトナム文明は、彼らが払った代償にもかかわらず、驚くほど花開いた: 300万人が死んだのだ。傷を負い、奇形となり、麻薬中毒になり、毒殺され、行方知れずになった人々。

もし、今の宣伝家連中がその望む通りに中国との戦争を始めたら、来たるべき惨禍はベトナム戦の惨禍の何倍、何十倍となるだろう。はっきりと声を上げよう。(翻訳終わり)

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藤永茂(2023年5月5日)