私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

植物人間

2020-02-08 22:15:27 | 日記・エッセイ・コラム

 信州に住み、その山河を愛する50年来の友人がいます。専門は量子化学ですが、博学の哲人でもあり、韓流テレビドラマや藤沢周平の魅力も教えてもらいました。昨年の大晦日に、去りゆく年の事を省みていると、その敬愛する友人から頂いたメールに「人間より植物の方が偉い」という意味の言葉があったのを思い出しました。しかし、元の言葉の正確な表現を忘れてしまったので、そのメールを探したのですが、うっかり消してしまったのか、見つかりません。それで、12月31日付で、その言葉の元の形とその詳しい説明をもう一度知らせていただくお願いメールを友人に送ったのですが、すぐには返事がいただけませんでした。

 そこで、自分で考えてみることにして想いを巡らし始めると、忘れかけていた「植物人間」という言葉が浮かんできたので、まず医学的な定義を知りたいと思って、ネットで調べてみました。

 ウィキペディアには、

植物人間(しょくぶつにんげん). 遷延性意識障害患者の俗称。植物状態と表現されることもある。 植物人間 (架空の生物) - SF作品などに登場する、植物と共通する体構造や特徴をもつヒューマノイド型の生命体。」

とあり、「遷延性意識障害」については、

「重度の昏睡状態を指す症状。植物状態(しょくぶつじょうたい)、通称ベジといわれる状態のこと。持続的意識障害、持続的植物状態(: persistent vegetative state)ともいわれる。」

とあり、日本脳神経外科学会による定義(1976年)は:

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  • 自力移動が不可能である。
  • 自力摂食が不可能である。
  • 糞・尿失禁がある。
  • 声を出しても意味のある発語が全く不可能である。
  • 簡単な命令には辛うじて応じることもできるが、ほとんど意思疎通は不可能である。
  • 眼球は動いていても認識することはできない。

以上6項目が、治療にもかかわらず三ヶ月以上続いた場合を「遷延性意識障害」とみなす。

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となっています。

 素人としてこの記事を読んでいると、重い認知症患者の状態も植物人間という言葉と重なってきます。終末期の人間は動物人間から植物人間に劣化するという意味合いになります。これは、認知症患者を死期の迫った家族の一員として持つ人々には大変つらい言葉として響くに違いありません。老人ホームに住む私の耳に絶えてこの言葉が聞こえてこない理由はそこにあるのでしょう。このことについては改めて考えることにします。

 上に引いたウィキペディアには「植物状態だった有名人の事例」という項目があって、そこに「ヨシップ・チトー(1892年5月生~1980年5月没)ユーゴスラビア大統領 1980年1月に糖尿病の進行で寝たきりになり、5か月後の1980年5月に87歳で多臓器不全肺炎心不全で死亡した」とあります。ユーゴスラビア大統領チトーと言っても、若い方々はあまりご存じないでしょう。しかし、私の心の中では、未だに、鮮烈な響きを持って蘇ってくる名前です。

 ヨシップ・ブロズ・チトーの父親はクロアチア人、母親はスロベニア人、今のクロアチアの北西部の田舎で、1892年、生まれました。1913年、徴兵されて兵役に服し、翌年に始まった第一次世界大戦では、反戦争的な宣伝を流布したことで投獄されました。その後も共産党員、軍人として、第二次大戦では、ドイツ軍占領下のユーゴスラビアで波乱万丈の活躍を続けて、終戦直後の1946年、独立を果たしたユーゴスラビア社会主義連邦共和国の初代首相に選ばれました。この内的な軋轢要素を多く抱えた多民族国家を統御するのは、高度の政治的才能を要求する至難の技でしたが、チトーは文字通りの「気は優しくて力持ち」の天才的軍人政治家として、第二次世界大戦終了直後から、1980年の死去に至る30数年間、ユーゴスラビアという国を、「兄弟愛と統一」というスローガンを掲げて、内的にも外的にも、経済的にも文化的にも、見事な統治を続けました。私はこの国に縁あって、1970年代に、2度にわたって、合わせて20日ほど滞在し、国民の大多数が“独裁者”チトーに対して抱いていた親愛と尊敬の真情を直に肌で感じることが出来ました。

 しかし、今の時点で、私がヨシップ・ブロズ・チトーの名に特に想いを馳せる理由がもう一つ別にあります。それは、チトーが非同盟運動(Non-Aligned Movement、NAM)という世界的反戦運動の中心的推進者となったことです。1961年、チトー大統領のユーゴスラビアの首都ベオグラードで第一回のNAM会議が開催され、25カ国の首脳が参加しました。主導者として、チトーに加え、スカルノ(インドネシア)、ナセル(エジプト)、エンクルマ(ガーナ)、ネルー(インド)の名が並びます。これらの名前に親しみを覚えない若い方々は、せめてスカルノのインドネシアに何が起こったかをお調べください。NAMの旗の下に集った国々は、第二次大戦後、核兵器を振りかざして世界の覇権を競い合う米欧側とソ連側の陣営のどちらにも公式には属せず、反帝国主義、半植民地主義に立脚して、世界の平和を保持しようとしたのです。こうした志向を持つ国々を第三世界と呼ぶようになったのもこの頃です。非同盟運動の精神といて称揚された「平和十原則」というものがあります。和文ウィキペディアから引用します:

1 基本的人権と国連憲章の趣旨と原則を尊重する。

2 全ての国の主権と領土保全を尊重する。

3 全ての人類の平等と大小全ての国の平等を承認する。

4 他国の内政に干渉しない。

5 国連憲章による単独または集団的な自国防衛権を尊重する。

6 集団的防衛を大国の特定の利益のために利用しない。また、いかなる国も 

  他国に圧力を加えない。 

7 侵略または侵略の脅威・武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立

  をおかさない。

8 国際紛争は平和的手段によって解決する。

9 相互の利益と協力を促進する。

10 国際紛争は平和的手段によって解決する。(引用終わり)

 これは素晴らしい世界平和の原則です。もしこの精神に従って世界が作動してきたのであったなら、我々は今の世界とは全く別の世界(じゃなかしゃば!)に住んでいる筈です。しかし、現実は全く違います。この十の原則の全てが、一つ残らず、無残に踏みにじられ続けています。

 さて、この辺りまで、友人から聞いたと思った「人間より植物の方が偉い」という言葉から発して考へ及んだところに、その当の友人から、私の問い合わせに対する親切な返事が届きました。昨年に友人が私に書き送ってくれた言葉は「この地球のご主人様は植物である」というものでした。確かに、私たちが心の中に「母なる自然」のイメージを抱く時、その主役は植物です。動物も自然界の一部ですが、全体的な大まかな印象では、動物には一種の醜悪さがつきまとっています。恐竜時代からの生き残りとされる鳥類には美しい形や色彩のものもありますが、総じて言えば、ビューティ・コンテストでは、植物の方が断然上です。それに、基本的に、動物は植物がなければ生きて行けません。

 信州に住む私の親友からのメールには、そば畑の白いそばの花や青い実をつけたカリンの木のことが美しく描いてあります。信州には、カリンによく似たマルメロの木も多く、人々を惑わせることもあるとか。マルメロといえば、スペインのビクトル・エリセ監督による映画『マルメロの陽光』を思い出します。美しく満ち満ちた時間がゆったりと流れる名画です。マドリードのアトリエで画家のアントニオ・ロペス・ガルシアがマルメロの木を描きはじめますが、季節は秋から冬に移り、マルメロの実は熟し、やがて朽ちてゆきます。私は、心に染み渡るこの大好きな映画を想起しながら、ふと「植物人間」という言葉に、普通とは別の意味を盛りたい気持ちに捉われました。これは植物人間である監督ビクトル・エリセが、植物人間である画家ロペス・ガルシアを描いたドキュメンタリー芸術映画だとは言えないでしょうか。しかし、植物人間は優れた芸術家に限られるわけでは全くありません。誰の心の中にも植物人間の鱗片が潜んでいます。そうでなければ、この不思議なまでにundramaticな映画がこんなにも広く深く人々の心に訴えてくる筈がありません。そして、医学的にいわゆる植物状態になった人々の魂にも純粋な植物人間の時間が流れているのかもしれません。

 では、この「植物人間」に対置される「動物人間」のモードとは何か? それは落ち着くことを知らない攻撃的な動きです。あくまで支配と収奪と消費を求める形態です。人間性が具有するこの二つの精神的モードの代表集団の歴史的かつ劇的な出会いが、1492年10月2日、現在のカリブ海バハマ諸島の一つの島で起こりました。コロンブスと原住民の遭遇です。その後、何が起こったかは、コロンブスの一行とそれに続く入植者たちが原住民に加えた破壊的行為を厳しく弾劾したラス・カサス神父によって詳しく記録されています。しかし、これは、500年前に生起した先進文明人間集団と未開の“高貴な”野蛮人間集団との対決の物語として片付けるわけには参りません。本質的に同じ事が、現在も行われ、進行中だからです。米国が、キューバ、ボリビア、ベネズエラ、ハイチ等に対して、現在、強行していることを凝視してください。ここでは、ただ二件の代表的事実だけを挙げておきます:

https://libya360.wordpress.com/2020/01/30/cuba-denounces-u-s-crusade-against-its-international-medical-cooperation/

キューバというカリブ海の小国は、医療的援助を必要とする国々にキューバ人の医者や看護師、医療機器、医薬品を、原則として費用はキューバ持ちで送ります。キューバが求めるのは相手国との友好的連携です。社会思想的な含みもあるでしょう。これがキューバの選んだ外交政策であることは明白ですが、この政策のお蔭で、南米やアフリカの貧しい人たちが何百万と医療的に救済されています。米国が、その気に入らない諸国に対して発動する武力攻撃、医薬品や食料を含む経済封鎖などの暴力外交に比べて、何と(私の意味したい)植物人間的な発想でしょう! ところが米国はこのキューバの外交政策を扼殺すべく、すでに米国仕立てのクーデターが成功したブラジルやボリビアから、キューバの医療集団の締め出しを強行した事が上掲の記事は報じています。米国がキューバに対して残忍な貿易封鎖と経済制裁を長年にわたっていることも注目しなければなりません。それについては、キューバ寄りの記事ですが、次をご覧ください:

https://libya360.wordpress.com/2020/02/06/the-united-states-governments-genocide-targets-the-people-of-cuba/

欧米の動物人間が中南米の植物人間に対して、1492年に開始した残虐行為は、現在も変わることなく、続いています。もう一つわかりやすい事例をあげましょう。2018年の暮れ近くにハイチのラサリンで起こった虐殺事件を知る日本人は僅少でしょう:

https://www.pambazuka.org/human-security/lasalin-massacre-and-human-rights-crisis-haiti

残虐行為はローカルな警官や雇われた暴徒によって実行されましたが、ラサリンは米国が苦労してクーデターで倒した元ハイチ大統領ジャン・ベルトラン・アリスティドを依然として支持する民衆の居住地域なのです。それが住民虐殺の原因であり、理由です。

 しかし、実はこの『植物人間』と題するブログ記事の一番の目的は、過去500年間、欧米の『動物人間』が犯し続けている犯罪行為の糾弾にあるのではありません。コロンブスに代表されるヨーロッパ的動物人間の破壊行動を、南北アメリカやアフリカの植物人間たちは見事にかいくぐって、彼らの幸福論を保持し続けているという事実を指摘し強調するのが第一の目的です。こんな勿体ぶった言い回しをする必要もありません。物質的には明らかに貧しい生活を強いられているキューバ、ベネズエラ、メキシコといった国々の庶民たち、若者たちが、その日々を結構楽しく生きているという旅の土産話が、それらの国々に旅した人々によって、しばしば語られます。この一見陳腐な事実が示唆する本来の人間に備わる能力は、地球規模の人間生存の重大危機に直面する現代にとって、大きな意味を持っています。人間の精神が、私がここに言う意味での「植物人間」的モードを採用することによって、人類全体が救われるかもしれないという事です。私が敬愛する信州の友人の言葉を少しもじって言えば、こうした「植物人間たちが力を合わせて地球の王様になって欲しい」ものです。

 さて、「植物人間」という既成の言葉に、いささか無理と思いながら、新しい意味を盛る試みを続けてきましたが、元々の意味の「植物人間」の“魂”について、心に染み入る文章に行き当たりました。一条真也という方のブログ:

https://www.ichijyo-bookreview.com/2018/02/post-1514.html

からコピーさせて頂きます。原典は石牟礼道子著『苦界浄土』です。

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 第四章「ゆき女きき書」、第五章「天の魚」には、水俣病患者たちの魂の叫びが満ち溢れています。第五章「天の魚」の「九竜権現さま」では、江津野杢太郎という9歳になる水俣病気患者の少年の祖父の一人語りが圧巻です。祖父は著者に向かって語りかけます。

「あねさん、この杢のやつこそ仏さんでござす。

こやつは家族のもんに、いっぺんも逆らうちゅうこつがなか。口もひとくちもきけん、めしも自分で食やならん、便所もゆきゃならん。それでも目はみえ、耳は人一倍ほげて、魂は底の知れんごて深うござす。一ぺんくらい、わしどもに逆ろうたり、いやちゅうたり、ひねくれたりしてよかそうなもんじゃが、ただただ、家のもんに心配かけんごと気い使うて、仏さんのごて笑うとりますがな。それじゃなからんば、いかにも悲しかよな瞳ば青々させて、わしどもにゃみえんところば、ひとりでいつまっでん見入っとる。これの気持ちがなあ、ひとくちも出しならん。何ば思いよるか、わしゃたまらん」

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藤永茂(2020年2月8日)

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