私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ルワンダの霧が晴れ始めた(7)

2010-08-25 12:58:57 | 日記・エッセイ・コラム
 このシリーズは今回でおしまいにします。第一回の冒頭に、
■ アフリカ大陸のほぼ中央、ルワンダとコンゴ一帯を覆っていた深い霧が、やっと晴れ始めたようです。霧があがるにつれて、我々の目の前に巨大な姿を現すのはアメリカ帝国主義の醜悪な姿です。映画『アバター』に出てくる露天掘り鉱山用の小山のような土木車両を思い出して下さい。■
と書きましたが、ルワンダ周辺の霧が晴れ始めて見えて来たアメリカ(アフリカではありません)の姿をよく描かないままで現在のシリーズを閉じることになります。第一回(6月30日付け)からの約2ヶ月間に新しくアメリカについて学び知ったことが余りにも多く、ショッキングであったのが、その理由です。あの「ルワンダ・ジェノサイド」という“アフリカでしか起こりえない”大惨劇が晴天の霹靂のように勃発したため、アメリカはなす術を知らず、見て見ぬ振りを極め込んだというのは、真っ赤な嘘です。惨劇の突発性と規模について読み違えや誤算はあったでしょうが、1990年のRPFのルワンダ侵攻の、少なくとも、2,3年前から、アメリカはアフリカのこの地域についての政策を立案し、実行に着手していたことは否定の余地がありません。そして、アメリカの戦略を担う中心人物として選ばれたのが、ウガンダのヨウェリ・ムセベーニとルワンダのポール・カガメの二人のツチ人です。
 2009年7月11日、ガーナの首都アクラで、オバマ大統領は、アフリカ全土に宛てて、彼一流の美辞麗句に満ちた講演を行いました。オバマ嫌いにかけては病膏肓に入った私は、至るところで虫酸が走るのをどうすることも出来ません。例えば、こうです。:
■ In the 21st century, capable, reliable, and transparent institutions are the key to success - strong parliaments; honest police forces; independent judges - (applause); an independent press; a vibrant private sector; a civil society. (Applause.) Those are the things that give life to democracy, because that is what matters in people's everyday lives. (21世紀においては、有能で信頼できる、透明性のある機関制度が成功の鍵です、すなわち、強力な議会;公正な警察力;独立した裁判官-(拍手);独立した報道機関;活気に溢れる民間部門;節度ある市民社会。(拍手。)これらのものがデモクラシーに生命を与えるのです。なぜならば、これこそが人々の毎日の生活で重要なものですから。)■
何と皮肉なことに、デモクラシーの本家本元と宣うオバマのアメリカには、カネとコネに引き回される議会にはじまり、以下すべてのものは、もはや存在しません。ペンタゴンに始まって、信頼性も透明性も殆どすべて失われたのが今のアメリカです。人に説教を垂れる前に自分の行いを正すべきです。しかし、オバマ大統領の雄弁はさらにエスカレートします。:
■ Now, make no mistake: History is on the side of these brave Africans, not with those who use coups or change constitutions to stay in power. (Applause.) Africa doesn't need strongmen, it needs strong institutions. (Applause.) (さて、はっきりと肝に銘じていただきたい:歴史はこれらの勇気あるアフリカ人たちの側にあり、クーデターを使うとか、憲法を変えて権力の座に居座ろうとかする側にはありません。(拍手)。アフリカは独裁的権力者を必要とせず、必要なのはしっかりとした機関制度です。(拍手)。■
この講演が行われたのは2009年7月11日ですが、僅か2週間前の6月28日、中米のホンジュラスでクーデターが発生し、反米的姿勢に傾きかけていたセラヤ政権が倒されました。この親米クーデターについては、事件の直後の7月8日と7月15日のブログで論じました。事件当初、オバマ政権は白々しくも関係を否定していたのですが、今ではクーデターをアメリカ政府が事前了解していたことが確かめられています。つまり、クーデターで政権を奪取した中南米のストロングマンたちを支持する方針を継続しながら、アフリカのアクラでは、こんな欺瞞的講演を行なっていたのです。
 そして又、ウガンダのヨウェリ・ムセベーニとルワンダのポール・カガメの二人は、まさに典型的なstrongmenなのです。ポール・カガメについては、彼に批判的な政治家と報道関係者の暗殺、逮捕、行方不明、投獄、拷問が続いた挙句に去る8月9日に行なわれたルワンダ大統領選挙で、彼の独裁性が余すところなく確認されました。あれは民主選挙などではありません。それでも米国政府と英国政府はこの選挙と選挙結果を褒め上げ、喜んでいます。ほんの一年前にわざわざアフリカに乗り込んで「アフリカは独裁的権力者を必要とせず、必要なのはしっかりとした機関制度です」などと宣っておきながら、まったくインチキの官製選挙で独裁者を“当選”させたわけです。
来年11月に予定されているウガンダ大統領選挙でも同じようにヨウェリ・ムセベーニの独裁性と、オバマ大統領のお説教の欺瞞性が顕示されることでしょう。実は、今年の11月28日に行なわれるハイチの大統領選挙もオバマ政権が好きなように引き回すことになるのは間違いありません。ハイチの一般大衆は、アメリカが国外追放した全大統領アリスティードと彼が率いた政党ラヴァラスを依然として支持し、アリスティードのアフリカからの帰国を要求し続けていますが、アメリカは前大統領の帰国を許さないばかりか、来る11月選挙にラヴァラス党が候補者を立てることすら認めません。それを許せば、アメリカにとって面白くない結果になることが分かっているからです。全世界にわたるアメリカの横暴は止まる所を知りません。
 このブログのはじめに、1990年前後から、アメリカのアフリカ再植民地化戦略を担う中心人物として選ばれたのが、ウガンダのヨウェリ・ムセベーニとルワンダのポール・カガメの二人のツチ人だ、と書きました。この二人、とくにポール・カガメという人物は注目に値する存在です。今後のアフリカをめぐる情勢、とりわけ、コンゴの情勢を左右するのは、アメリカの代理人としてのカガメだと,私は考えます。彼が目指すのは今のコンゴ民主共和国の崩壊と分割奪取です。1885年のアフリカ分割争奪(The Scramble for Africa) はドイツの主導で行なわれました。今度はアメリカがそれをやろうとしています。その先頭に立つ駒がポール・カガメです。
 この注目すべき人物に対する評価は極端な二極分裂を示しています。ゴーレヴィッチの『ジェノサイドの丘』の後半には、カガメを賞賛する発言が沢山見られます。例えば,日本語訳(下巻、p72~73)には
■カガメは稀にみる傑物である--鋭敏な人間的、政治的知性をもちあわせた行動力ある男だ。・・・なんといっても革命闘争の闘士なのだ。十五年以上のあいだ、きわめて厳しい条件下で独裁をくつがえし新たな国家を築きあげることをやりつづけてきた。■
■・・・カガメは真に重要な人間だった。なにかをなし得る人だったからである。何度か、並んで座っているとき、わたしはもう一人の有名な、背が高くて痩せっぽちの民主主義の戦士のことを考えていた。■
このもう一人の民主主義の戦士とはエイブラハム・リンカーンのことです。そしてゴーレヴィッチは「彼(カガメ)に可能なのは解放だけだった」と書いています。もう一人カガメの賞賛者をあげれば、Stephen Kinzer という人はその著書『A Thousand Hill: Rwanda’s Rebirth and the Man Who Dreamed It』(2008)で、カガメを持ち上げて、“the founding father of a New Africa(新生アフリカ創設の父)”と呼び、
■ The eyes of all who hope for a better Africa are upon him. No other leader has made so much out of so little, and none offers such encouraging hope for the continent’s future.■(p337)
と書いてあります。ここまで書かれると、この著者だれに頼まれたのかなあ、と勘ぐってもみたくなります。出版元がアメリカの大出版社John Wiley & Sons となると、なおさらです。
 一方、カガメをこき下ろす人たちにも事欠きません。その一人、Edward S. Hermann は著書『THE POLITICS OF GENOCIDE』でカガメを「現代の大量殺人者の大物のひとり(one of the great mass murderers of our time)」と極め付けています。この本は幾多の激しい主張を含んでいますが、無責任な本とも思えません。ノーム・チョムスキーの6頁にわたる序言も付いています。ここで、私たち市井の人間たちが直面するのは、何が確かな事実なのかを、どうしたら判断できるかという悩みです。MIMIC (Military-Industrial-Media-Infotainment-Complex)という言葉がありますが、現代は,一応無邪気にみえる娯楽番組の中にも、作為か無作為か、政治的プロパガンダが含まれる時代です。
そうしたものを、出来るだけ振り払いながら、わたしは今、コンゴのことをあらためて勉強し直しています。そのうちに又、コンゴについてご報告したいと考えています。

藤永 茂 (2010年8月25日)



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2 コメント

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ふぅ、強者の人たちには、弱者の悲しみ苦しみにと... (池辺幸惠)
2010-08-26 08:44:10
ふぅ、強者の人たちには、弱者の悲しみ苦しみにとても思い及ばないようですね。欠陥人間!と言ってあげましょう。もちろん人間けっして誰しも他の人の思いがすべて分かる訳ではない。しかし、自ずと天の理、人としての道理があるでしょう。それに真摯な訴えの文章や文学、映像等により、それらの人々の苦しみはいくらでも推して量るべきものでしょう。同じ人間なのですから。

 でも、そういうわたしも世の中の多くの人々のことをとてもとてもまだまだ知らなさすぎる。でも、こうして、見えている物事には必ず裏があって・・・(先日の平和コンサートでもそこを強調してきました)裏にこそ、真実が隠されているものだ!と。
 しかし、わたしの場合、こうして藤永先生のブログに出会えたから分かった事・・・ほんとうに僥倖です。藤永先生には、これからもみなへの貴重な啓発を続けてくださいますようお願い申し上げます。
 世界の各地で企てられている陰謀、アメリカのまさにダブルスタンダードに自民党も民主党、いえ日本のあり方がしっかりと見習って行く様子に、絶望さえ抱きたくなる思いです。しかし、少しずつでも進歩をねがって、強者の論理の者たちの残酷さ横暴さ、ずるさ、悪さをこれからもうまく要約して沢山の人たちに伝えていけれたらと思っています。

 名護市の市議選・・・自民党らがまた辺野古新基地建設で地元を固めようとしています。公明党も?! 日本国民はこの大変な危機に及んで、みなの意識を名護市市議選に向けて、かれら強者たちの戦争と自然破壊に向かう専横を決してゆるしてはならないと思います。又、11月の沖縄知事選も、今宜野湾市長の伊波さんが立候補の予定です。彼が、勝てば、沖縄も日本もアメリカの頸城から逃れる方向性をしっかりと持てると思います。
 今年の後半は、どうぞ日本のみなさんも沖縄に集中して、本土の私たちも“うちなんちゅ”と共に、ネオコンたちに屈っしないようにエールを送りとも頑張っていかねばと思っています。
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先週、NHKBS世界のドキュメンタリー「ルワンダ仕組... (木元康介)
2011-07-24 19:26:27
先週、NHKBS世界のドキュメンタリー「ルワンダ仕組まれた大虐殺」(アメリカ Clover & a Bee Films制作)をご覧になりましたか?カガメ大統領のインタビューと両親を殺害されたツチ族の男性の取材を中心にして、大虐殺にフランスが関与していたことを明らかにするという内容でした。大統領の側近の女性ローズ・カブイエがフランスに逮捕起訴されたことを非難していました。この番組の評価をブログ上でしていただけるとありがたいです。
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