私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

バナ・アベド、シリアのアンネ・フランク?

2017-06-30 21:55:14 | 日記・エッセイ・コラム
 今8歳のシリアの少女バナ・アベドについては、桜井元さんが寄稿してくださった記事『シリアと北朝鮮-ウソから始まる戦争、ウソが煽る戦争-(1)』(2017年4月16日)で厳しい批判がなされています:

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一躍、世界中の注目の的となったツイッターの少女、バナ・アベド。反政府側支配地域の住民として、ツイッターを使って英語でメッセージを発信したというのですが、以下の映像には彼女の英語というものがいかなるものかが露見しています。「(亡命先トルコの)イスタンブールの食事は好きですか。何が好きですか」という質問をされると、「Save the children of Syria.(シリアの子供たちを救って)」という刷り込まれたセリフを返したのです。彼女は、自分の意思や感情を世界に発信していたのではなく、あたかも森友学園の園児たちが「安保法制国会通過よかったです」と言わされているように、大人たちのプロパガンダにうまく利用されただけでしょう。

https://twitter.com/walid970721/status/827528526165372928

今回の米国のシリア攻撃をうけて、彼女はまたもやプロパガンダに利用されました。「ドナルド・トランプさん、大歓迎」というメッセージの送り主として。

https://twitter.com/ShoebridgeC/status/850616309251547136

こういう類のウソ(戦争プロパガンダ)が、マスコミをとおしていまだに「事実」として流され続けています。先日のNHKスペシャル「シリア 絶望の空の下で-閉ざされた街 最後の病院-」もそうでした。

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170319

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NHKは、「クドゥス病院」、「ホワイト・ヘルメット」、「バナ・アベド」などのウソをてんこ盛りにして、一つの特集番組を作り上げました。取材リサーチャー2人、取材コーディネーター1人の名前(いずれも外国人)が最後に出ましたが、おそらく反政府側の人間がすべてをお膳立てしたのでしょう。反政府側が提供した映像をつなぎ合わせ、トルコに亡命した病院関係者(正体不明)やバナ・アベド親子にスタッフが取材した映像を付け足し、あとはアレッポ包囲戦のCG画像でそれらしく仕上げたという代物です。ジャーナリズムに必要な、対立する双方の中に入り、「取材(証拠の収集)」と「検証(証拠の照らし合わせ)」を積み重ねるという作業がなされたものではなく、以前にご紹介した「アムネスティ・インターナショナル」の「人間場」報告書と同質のものと言えます。アムネスティも、対立する一方の主張に基づく粗雑な推論で報告書を構成し、確かな「証拠」や綿密な「検証」の欠如を、精巧な「CG映像」などを作成してごまかす、という同じようなことをしていました。(桜井元氏寄稿)
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 数日前のNHKのニュースウォッチ9でも、アメリカの雑誌「タイム」が「インターネット上で最も影響力のある25人」を発表し、この8歳の少女がその1人に選ばれたとして大々的に報道していました。この少女はトルコのエルドアン大統領と面会して、その腕の中に収まり、トランプ大統領に直筆の手紙を送って、「あなたはシリアの子どもたちのため何か行動を起こすべきだと思います」と催促し、アサドとプーチンにはシリア市民爆撃の暴虐を叱る言葉を発したそうです。この少女を直接演出しているのは英語教師である彼女の母親の世俗的な欲望でしょうが、私はこの母子を背後から操る者たちを憎みます。
 さる4月4日の朝、反アサド勢力の支配地区から「アサド政府空軍機が化学兵器による爆撃を行い、市民が殺傷された」という報道がインターネット上に現れ、そのビデオは、幼児を含む主に子供達数十人の犠牲者たちの惨状を示すものでした。翌4月5日のフランス紙「リベラシオン」は、アサド大統領の殺人行為として犠牲者たちの写真のコラージュをその第一面に飾りました。そして、二日後の4月7日の早朝、地中海に停泊していた米国軍艦から発射された59発のトマホーク誘導ミサイルがシリア軍のシャイラット空軍基地に打ち込まれました。化学兵器による爆撃を行ったシリア空軍機がこの基地から進発したと言うのです。これは米国軍が公然とシリア軍を直接攻撃した最初の事例です。続いて、6月18日午後7時、ラッカの西部で米国空軍機がシリア空軍機を撃墜しました。「シリア機が米軍支援下の地上部隊を攻撃した」というのがその言い訳でしたが、シリア軍側は、シリア機はIS軍を攻撃していたと反論しています。さらに、6月26日、ホワイトハウスは同じシャイラット空軍基地でアサド空軍機が再び化学兵器による爆撃を計画している兆候があるとして、「もし実行すれば、アサド軍は甚大な代価を払うことになるだろう」と脅しをかけました。これは狂ったトランプ政権の米軍直接介入の脅しに他なりません。「バナ・アベド」の声は、この狂気の脅迫の一部として理解されなければなりません。
 アンネ・フランクは自分の日記の出版を考えていましたが果たせず、フランク一家でただ一人生き残った父親が出版にこぎつけました。遺稿には父や他の編集者による削除や修正が加えられましたが、作家志望で聡明多感な文学少女アンネ・フランクの筆致は、6歳の年齢差を考慮に入れても、バナ・アベドの宣伝用文章とは比較になりません。日記の最終の日付は1944年8月1日ですが、その2週間前の7月15日に、アンネは次のように書きつけています:
「じっさい自分でも不思議なのは、わたしがいまだに理想のすべてを捨て去ってはいないという事実です。(中略)いまでも信じているからです。———たとえいやなことばかりでも、人間の本性はやっぱり善なのだということを。」


藤永茂(2017年6月30日)

ISの最後の謎が解けた(2)

2017-06-25 22:20:45 | 日記・エッセイ・コラム
 ディラー・ディリク(Dilar Dirik) というクルド人女性がいます。ネット上で彼女の多数の発言に接することができます。写真や動画もあります。クルド問題、とりわけ、ロジャバ革命についての私の知識と意識を大いに高めてくれている人物です。現在、英国のケンブリッジ大学の社会学部の博士課程に在学中です。彼女の出自を詳しく知りたければ、次の二つの記事が役に立ちます:

http://salvage.zone/online-exclusive/the-kurdish-struggle-an-interview-with-dilar-dirik/

http://kurdishquestion.com/article/3364-turkey-039-s-anti-alevi-politics-and-the-kurds

出身地はクルド人人口の多いトルコ東部ですが、彼女の家族は政治的理由でヨーロッパに亡命移住したようです。彼女にとっての決定的転機は、2013年1月9日パリで三人のクルド人女性がトルコ政府の放った暗殺者によって殺害された事件でした。殺された三人と個人的な接触がありました。ディラー・ディリクはまだ若い女性ですが、ロジャバ革命とその核心である女性解放の思想の意義を世界に向かって明快に力強く発信し続けています。
 2017年6月23日の朝日新聞の朝刊は、イランのモスル、シリアのラッカというIS(イスラム國)の二つの最重要拠点が、間も無く、米国系軍事勢力によって奪還されることを大きく報じています。この記事からは、IS軍が果してきた米国側の代理地上軍としての役割のことが全く臭ってきません。私にとっては、このことを含めて、ISの宗教的、政治的、軍事的性格について、不分明な点は余り残っていません。しかし、前回の終わりに書きましたように、ISにリクルートされた若者たちが、これ見よがしに顕示する異様なまでの残忍性が何処からやってくるのか、これが私にとっての最後の謎でした。この謎が、ディラー・ディリクの最近の論考を読んだおかげで、解けたような気がします。

https://revolutionarystrategicstudies.wordpress.com/2017/04/02/radical-democracy-the-first-line-against-fascism/

ここで展開されているディラー・ディリクの考えを、私なりに、咀嚼し要約して述べてみます。
 「イスラム教の信仰者であるかないかに関わらず、議会民主主義の政治形態を持ち、一応の安定性を示している、例えばドイツとかフランスとかイギリスといった国々から、何千人という数の若者たちが遥々とシリアやイラクまで出かけて行って、女性や子供たちを含む他の人間たちにおぞましい暴力をふるう殺人者に成り果てるのは何故か?」 これが設問です。私にとってのISの謎です。
 謎の答えを一口で言えば、現代社会に生きる若者たちに覆いかぶさっている閉塞感、疎外感、無力感がその原因でしょう。世界の多数の若者たちにそれを与えているのは、グローバルな金融資本と米英の軍産複合体(Military-industrial complex, MIC) が構成する巨大な支配権力システムです。このシステムはCIAなどの情報収集と情報操作の機関を含み、広範にメディアをコントロールしています。こうした状況の下で、人間として有意義に生活する手段も希望も持つことが出来ずに虚無的になり、他人との正常な関係の中で正当に自己主張する機会も失って、深刻な無力感に追い詰められた多くの若者たちは、phonyな教義的正当化と金銭的報酬を提供するISの巧みなリクルートに絡め取られ、一旦その非人間的暴力集団の一員となるや、ISの敵対者に対しては飽くなき残虐性を発揮し、女性に対しては性的暴力の限りを尽くす、つまり、他の人間に対する権力乱用者に転化するという現象に、我々は直面しているのだと思われます。
 非人間的思想組織の中にくわえ込まれた個人が他人に対する言語道断の暴力行使者となるのは、何も男性に限られたことではありません。イラクの米軍管理下のアブグレイブ刑務所で米軍の男女兵士たちによって行われたイラク人に対する目も当てられない虐待行為は有名です。最終的に罪を問われた7人の兵士のうちの3人は女性でした。
 このブログの中程に掲げたディラー・ディリクの論考は、そのタイトルが示すように、上に私が取り上げた「謎」に対する回答をその一部として含む大変啓蒙的な内容を持っています。日本のマスメディアではまだ殆ど問題にされていませんが、このブログで幾度も指摘したように、クルディスタンの問題、クルド問題がどう処理されるかが、これからのシリアにとって、中東にとっての中心的問題になってくる筈です。ディラー・ディリクの発言の重みは今後ますます増大します。

藤永茂(2017年6月25日)

ISの最後の謎が解けた(1)

2017-06-21 23:02:02 | 日記・エッセイ・コラム
 2年以上前の2015年4月15日付の記事『IS(イスラム国)問題』で、私は、結語として、
 「川上泰徳さんがおっしゃるように、本質的には、「イスラム国」の出現は、「アラブの春」で目覚めたサラフィー主義の若者たちの運動だと位置づけるべきなのでしょう。しかし、それはそれとして、いまの私の目に明らかなことは、米欧とアラブ世界の一部の国々(トルコを含む)にとって、これはいわゆる“外人部隊”なのであり、“外人部隊”として利用しているという事です。世界各国からの隊員のリクルートのやり方も“外人部隊”のそれなのだと私は見ています。“外人部隊”は雇われた兵隊です。この“外人部隊”にとっての現在の最重要のassignmentはシリアのアサド政権の打倒であって、それ以外はサイドショウです。シリア国土の不法爆撃はシリアのインフラ破壊が大きな目的です。」
と書きました。
 川上泰徳さんは元朝日新聞社の中東アフリカ総局長だったベテラン・ジャーナリストで、今も中東について盛んに発言をしておられます。川上さんの「イスラム國」についての結論的な文章を引用します:
#「イスラム国」の出現は、「アラブの春」で目覚めたサラフィー主義の若者たちの運動だと位置づけるべきである。「アラブの春」の後の混迷が「イスラム国」出現を後押ししたという要素もあるとしても、イスラムの教えに基づいて正義や公正を実現しようとするサラフィー青年の運動が、「イスラム国」という形をとった、と考えなければならないだろう。若者たちは純粋であるだけに、運動が過激化しやすいことも確かだ。「イスラム国」をテロ組織として軍事的に攻撃しても、なくなりはしないことは既に述べたが、逆に過激化させることになる。
 「イスラム国」についての問題の本質は、アラブ世界を動かす存在となっている若者たちが直面する問題をどのように解決するかということである。そろそろ、「対テロ戦争」で「イスラム国」を壊滅させれば問題は解決するという考え方から、脱却すべきだろう。世界が「イスラム国」を軍事的に敵視し、たたき続ける限り、現在の「イスラム国」が世界にとっての安全保障の脅威、つまり「テロの温床」になる。必要なのは、世界の方から「イスラム国」との間で軍事的ではない対応をさぐることである。
 「イスラム国」に対する最善の解決は、「イスラム国」に参加しているサラフィー主義の若者たちが、シリアやイラク、またはその出身国で、サラフィー主義者として政治勢力として活動できるような民主的な政治環境をつくることだろう。いまの中東の混乱を考えれば、理想的に過ぎると見えるかもしれないが、民主主義や人権、法の支配を回復する中で、「イスラム国」として突出したアラブの若者をも包含するという中東正常化の方向に向かわなければ、事態はさらに悲劇的な方向にむかうことになるだろう。#
 上掲のブログ記事『IS(イスラム国)問題』で、ただ一介の市井の老人としての身分をわきまえた上で、あえて、川上泰徳さんのご意見に異を唱えました。ISの発祥の原点が何であれ、ISの現実の役割が代理戦争遂行勢力、つまり、“傭兵”であることの認識が最も重要なポイントであるというのが、私の見解でありましたし、この見解が誤ったものでないことを、過去2年間の事態の展開は証明してくれていると私は考えます。
 この6月18日(日)シリア北部のラッカ周辺で米国空軍機がシリア國空軍機を撃墜しました。米国の支援のもとにイスラム國の首都ラッカ攻略の作戦を進めているSDF(Syrian Democratic Forces) に対して、シリア空軍機が爆撃を加えてきたので、その報復として、政府軍機を撃墜したと、米国側は発表しました。これに対してシリア政府は、爆撃はISに対して行われたもので、SDFに対しては行なっていないと言っています。どちらの言い分が正しいのか、私には分かりませんが、昨年9月にラッカの南東のデリゾール地方で起った米軍機による“誤爆”事件を思い出しました。この事件では、IS軍に対して優位に戦闘を進めていたシリア政府地上部隊に対して米軍機が猛爆を行って、シリア兵数十人が殺され、IS軍が救われる結果になりました。この時には、米国側は、申し訳ない“誤爆”だったと謝罪したのでしたが、IS軍が大打撃を免れたのは確かです。今回のSDFを含む米国側勢力が、ISの首都ラッカでIS国軍部隊を包囲殲滅すると称しながら、IS側と馴れ合いになって、ISの兵士たちを、ラッカの南方で、政府軍とIS軍が激闘している地域に移動させている、というニュースもしきりに流れています。
 「米国はシリアでISと懸命に闘っている」という巨大な嘘に対して、激烈な、そして、胸のすくような弾劾の文章を私の敬愛する論客Paul Craig Roberts が書いてくれました:

http://www.paulcraigroberts.org/2017/06/19/another-step-toward-devastating-war/

全文の翻訳が、これまた私が敬愛してやまない「マスコミに載らない海外記事」に、明日にでも、掲載されることを希望します。皆さんの食欲増進のため(to whet your appetite)、さしあたって、さわりの一つを原文で引用しておきましょう:
How many agreements with Russia does Washington have to break before the Russians finally understand that a signed agreement with Washington is meaningless? Will the Russians ever learn? The American Indians never did. There is a famous American T-shirt: “Sure you can trust the government: Just ask an Indian.”
 さて、タイトルに掲げた「ISの最後の謎」のことですが、「イスラム國」については、多数の専門家の方々の解説が世に溢れています。私もそのいくつかに目を通し、宗教的な面からの理解にも努力してきたつもりですが、私にとって最も深刻な謎として残っていたのは、イスラム國にリクルートされた若者たちが一貫して発揮する異様なまでに極端な残忍性です。ところが、つい最近、一つの論考を読んで、謎がストーンと解けた気持ちになりました。次回にその話をします。

藤永茂(2017年6月21日)