私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

M23、コンゴ、二人のライス(4)

2012-12-26 10:58:11 | 日記・エッセイ・コラム
 暗い一年が暮れようとしています。上記のブログのタイトルを思いついてから後、日に日に、コンゴの問題、アフリカの問題が予想を大きく超えてふくれ上がって来たので、今はこの主題について一旦筆を折って後日出直したいと考えるようになりました。“二人のライス”についても、スーザン・ライスの国務長官立候補辞退の表明をきっかけに表面化した幾つかの重大な問題は軽卒な取り扱いを許さない様相を呈しています。しかし、こうした重いニュースの数々に直面して、私個人が思い悩む、あるいは、失望落胆するのは、世界の大きなニューズ・メディアの腐敗変貌です。それは何も今に始まったことではなく、私が、一生の殆どの間、間抜けで頓馬であって、気が付かなかっただけのことである可能性は濃厚です。
 例えばこうです。12月24日の新聞やテレビの報道によると、シリア政府軍がパン屋さんを爆撃して市民が数十人、もしかしたら二百人も殺されたらしいというニュース、さらに、こうして追いつめられて断末魔のシリア政府は間もなく毒ガス兵器を使用するだろうというニュース、この二つは嘘のニュース、“為にする”報道であり、実際の行為は反政府勢力側が遂行した、あるいは、やがて遂行するものだと私は考えます。確固とした証拠は持っていませんが、私の判断にはそれなりの理由があります。“為にする”を広辞苑で引いてみると --- ある目的を達しようとする下心があって事を行なうのにいう「為にする行為」--- とあります。私が原則的に信を置く僅かな数のジャーナリストの一人である Paul Craig Roberts が使う表現に「Agenda-driven news 」というのがありますが、それが「為にするニュース」にあたるでしょう。「agenda driven」という言葉は今では広く使われています。私は今でも日常生活のための情報源として新聞やテレビを見ていますので、そのついでにアフリカや中近東関係の報道も見てしまいます。しかし、最近は、こんな報道は見聞きしないほうがよいと思うことがよくあります。日常生活に必要がない場合には、そうしたニュース源は今では見ないことにしています。カナダに住んでいた頃には、タイムとかニューズウィークといったあちらの週刊誌を定期購読して熱心に読んだものでした。日本の週刊誌と較べれば格段にましだと信じていました。しかし、今は殆ど全く手を触れません。「Agenda-driven news 」で充ち満ちているからです。書評や映画評にもその傾向が強まっています。
 一つの具体例として、タイム誌のアフリカ支局長アレックス・ペリー(Alex Perry)のコンゴ関連記事を少し辿ってみましょう。2008年2月14日付けの、「Come Back, Colonialism, All Is Forgiven (植民地支配よ、帰ってきておくれ、過去のすべてを許すから)」と題する記事があります。出だしを少し読みましょう。ル・ブランはコンゴ河の支流の船頭さん、ル・ブランという名はあだ名です。

■ Le Blanc and I are into our 500th kilometer on the river when he turns my view of modern African history on its head. "We should just give it all back to the whites," the riverboat captain says. "Even if you go 1,000 kilometers down this river, you won't see a single sign of development. When the whites left, we didn't just stay where we were. We went backwards."
(ル・ブランと私が河を500キロ下った所で、彼はアフリカ近代史についての私の考えをでんぐり返しにした。“我々は全部を白人たちにそっくり返すべきなのです。”と川船の船長は切り出した。“この河を千キロ下ってみても、あなたはただ一つの開発発展の兆しも目にしないでしょう。白人が去った時、我々はその状態のままに留まったのではないのです。我々は退歩して行ったのでした。”)■
ル・ブラン氏は40歳、濃い蜂蜜色の皮膚、目は碧眼、彼の祖父はドイツ人で、昔のベルギー領コンゴで現地の女性と結婚したのだそうです。
 私はこの記事がペリー記者の作り話だとは思いません。ル・ブラン氏は本当にこんな話をしたのでしょう。記事にはかなりの長さでコンゴ民主共和国の近代史の復習がしてあります。19世紀のベルギー国王レオポルドはコンゴを私的植民地として所有し、残忍極まりない暴虐搾取を行い、1960年、その支配から独立したかに見えたのも束の間、米欧が据えたコンゴ人独裁者モブツ・セセ・セコの長い独裁政治が始まり、それが1997年まで続きます。苦難の歴史の連続です。しかし、ル・ブラン氏は全然そうは考えていないとペリーの記事は伝えます。記事の最後のパラグラフを読みましょう。:
■ Le Blanc isn't much concerned with that history; he lives in the present, in a country where education is a luxury and death is everywhere. Around 45,000 people die each month in the DRC as a result of the social collapse brought on by civil war, according to a study released in January by the International Rescue Committee. It estimated the total loss of life between 1998 and April 2007 at 5.4 million. For many Congolese like Le Blanc, the difficulties of today blot out the cruelties of the past. "On this river, all that you see ? the buildings, the boats ? only whites did that. After the whites left, the Congolese did not work. We did not know how to. For the past 50 years, we've just declined." He pauses. "They took this country by force," he says, with more than a touch of admiration. "If they came back, this time we'd give them the country for free."
(ル・ブランはそうした歴史にあまり関心がない;彼は現在に生きている、教育を受けることが贅沢であり、何処を見回しても死ばかりの国に生きている。国際救助委員会がこの1月に発表した調査研究によれば、内戦がもたらした社会的崩壊の結果として、コンゴ民主共和国では毎月約4万5千人が死んでいる。1998年から2007年までの間の総死者数は540万人と見積もられている。ル・ブランのような多くのコンゴ人にとって現在の困難が過去の残虐を拭い消してしまうのだ。“この河であなたが見るすべてのもの---建物、船舶---あれらを作ったのは白人たちだけだ。白人が去った後、コンゴ人は働かなかった。我々はどうしたらよいか知らなかった。過去50年の間、我々はただ衰退しただけだ。”彼は一息いれた。“彼ら(白人たち)は力づくでこの国を奪い取った、”と少なからぬ称賛の響きを込めて言った。“もし彼らが戻ってきたら、今度は、我々の方からこの国をただで差し上げよう。”)■
コンゴの人々の上にのしかかった困難と悲運のあまりの大きさに打ち拉がれてしまったル・ブラン氏のようなコンゴ人も確かにいるのでしょう。しかし、ペリー記者のこの典型的な「agenda-driven news」に激怒するコンゴ人も沢山いることの確証を私は持っています。
 2010年6月24日にはアレックス・ペリーは次のような記事を書いています。見出しは「China's New Focus on Africa 」

■ If you want to see what's wrong with Africa, take a trip to the Democratic Republic of Congo. The size of Western Europe, with almost no paved roads, Congo is the sucking vortex where Africa's heart should be. Independent Congo gave the world Mobutu Sese Seko, who for 32 years impoverished his people while traveling the world in a chartered Concorde. His death in 1997 ushered in a civil war that killed 5.4 million people and unleashed a hurricane of rape on tens of thousands more. Today AIDS and malaria are epidemics.
(もしアフリカの何が悪いかを知りたければ、コンゴ民主共和国にちょっと旅行してみることだ。西ヨーロッパと同じような広さだが、殆ど全く舗装道路がないコンゴは、アフリカの心臓の名にふさわしく血を吸い込む渦巻きだ。独立したコンゴは世界にモブツ・セセ・セコを与えた。彼は32年間にわたって人民を貧困化した一方でコンコルド(フランス製超音速旅客機)をチャーターして世界中を飛び回った。1997年の彼の死は内戦への道を開き、540万人が殺され、その上何万何十万の人々に強姦のハリケーンを襲いかからせた。今日、エイズとマラリヤが広く流行している。)■
このペリー氏の語り口では独立の資格もなかったコンゴがモブツという怪物を生んだかのように響きますが、それは嘘です。.Julie Hollar という女性がこの虚言に噛み付きました。
http://www.fair.org/blog/2010/06/25/congo-the-sucking-vortex-where-africas-heart-should-be/

■ Independent Congo didn't give the world Mobutu; that gift belongs to the U.S. and Belgium, who supported the overthrow and assassination of democratically-elected Patrice Lumumba and helped prop up the horror that was Mobutu for decades afterward.
(独立国コンゴが世界にモブツを与えたのではない。贈ったのはアメリカとベルギーだ。両国は民主的に選出されたパトリス・ルムンバの打倒と暗殺を支持し、その後何十年もの恐怖そのものとなったモブツをおったてて支援した。)■
ジュリーさんの言う通りです。私も2011年11月16日から7回にわたったブログ『パトリス・ルムンバの暗殺』で説明しました。
 しかし、ペリー記者の“為にする報道記事”は性懲りもなく続いています。
タイム誌の2012年11月20日付けの記事『Congo’s Eastern Rebels Seize Goma: Will Rwanda Then Take Over?』は、この私のブログで取り上げているM23をめぐる東部コンゴの戦争を報じ論評した長い記事ですが、誠に驚くべきことに、最後までアメリカのアの字も出てきません。ルワンダとウガンダの背後に米国が控えていること、いや、強力な軍団M23は事実上米国のために代理戦争をやっている軍事勢力であることは、少しアフリカの事情に通じている者ならば、誰でも認識していることなのですから。(勿論、ペリー氏が知らない筈は絶対にありません。)
http://world.time.com/2012/11/20/congos-eastern-rebels-seize-goma-will-rwanda-then-takeover/

 こうなると、タイムとは何か、タイムを世界的な情報源として読んでいる膨大な数の読者にとって、タイムを読むことの意味とは何なのか、つくづく考え込まずにはいられません。マスコミは世界を支配する帝国主義の道具に過ぎないことは分かり切っているとおっしゃる方々も多いでしょう。そうした明敏な人たちも、例えば、このタイム誌のアフリカ支局長アレックス・ペリーが書いた記事の実例をたどって、改めて事態の深刻さを実感し、再確認して頂きたいと思います。
 二人のライス、とりわけ、スーザン・ライスがアメリカのアフリカ政策に与えている恐るべき影響とアメリカにおける黒人問題との関連についても論じるつもりでしたが、このテーマもその巨大さがますますはっきりして来て、今の私の力量では無理なので、将来に期したいと思います。
<付記>今回のブログの始めに「12月24日の新聞やテレビの報道によると、シリア政府軍がパン屋さんを爆撃して市民が数十人、もしかしたら二百人も殺されたらいいというニュース、さらに、こうして追いつめられて断末魔のシリア政府は間もなく毒ガス兵器を使用するだろうというニュース、この二つは嘘のニュース、“為にする”報道であり、実際の行為は反政府勢力側が遂行した、あるいは、やがて遂行するものだと私は考えます。確固とした証拠は持っていませんが、私の判断にはそれなりの理由があります。」と書きましたが、シリア政府軍が毒ガス兵器を使用したという報道がすでに行なわれました。

藤永 茂 (2012年12月26日)

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M23、コンゴ、二人のライス(3)

2012-12-19 10:54:23 | 日記・エッセイ・コラム
 この一週間に今の話題に関係する二つの事件が起こりました。スーザン・ライスの国務長官候補辞退とコネティカット州の小学校での26人射殺です。
 まず射殺された20人の子供たちを悼んでオバマ大統領が流した“鰐の涙”から始めます。わりによく使われる英語表現に“crocodile tears”というのがあり、空涙を意味します。ある辞書には次のような説明がありました。:
■ To pretend a sorrow that one doesn’t in fact feel, to create a hypocritical show of emotion. The idea comes from the ancient belief that crocodiles weep while luring or devouring their prey. (実際には感じてもいない悲しみに打ち拉がれている振りをする、感情の偽善的な見せかけを演出すること。これは、鰐は餌食をおびき寄せながら、また、餌食をむさぼり食いながら涙を流すという、その昔信じられた事柄から来ている。)■
 この夏(8月15日付け)のブログ『泣くという行為』で私は次のように書きました。:
■ ニュース番組で人が泣くシーンをやたらに使う近頃の流行には嫌悪を覚えます。勿論、ニュースに値する素晴らしい涙もありましょう。優勝した旭天鵬の涙顔はその最高の例でした。しかし、一般には、人が泣く場面を含む報道にはエンターテインメント的狙いと視聴者を感情的に操作しようとする意図が見え見えの場合がまことに多い、これは忌むべきことに思われます。もっとも、この感じ方もまた、老齢から来るありきたりの生理的反応なのかもしれません。自分の精神状態を外から操作されたくないという偏執は増すばかりです。■
 オバマ大統領の“鰐の涙”はNHKのニュースで篤と拝見しました。何時もながらの見事な演技、反吐が出そうになりました。無人機で、いわゆる対テロ戦争で、また、医薬品輸入封鎖で、何千、何万の子供たちの命が世界中で奪われている時、その殺戮の先頭指揮をとるオバマ大統領は、たった20人のアメリカの子供たちの死を前にして鰐の涙を流して見せ、もうこれ以上は我慢出来ないというポーズを取りました。彼は射殺された子供たちを“ beautiful little kids”と呼び、“we can't tolerate any more killing of children”とも言ったことを私は忘れないでしょう。アメリカの子供たちだけが美しいのではありません。世界中のあらゆる子供たちが一人残らず美しいのです。5、6歳の子供が命を奪われるのは痛々しいことですが、大人の命も同じように尊ぶべきものです。
 人口3億のアメリカの民間に3億の銃火器が所持されているそうです。拳銃だけでなく、自動小銃も溢れています。学校で児童を守るために教師にガンを持たせ、射撃訓練をすることが真剣に提案されています。このガン文化に正面から挑戦する気などオバマには全くありません。オバマは、実質的なガン規制には決して踏み切らないでしょう。例によって、見せかけの動きはして見せるでしょうが。
 本題に戻りましょう。現在のブログのタイトルの中にあるM23という武装勢力は新聞報道ではコンゴ民主共和国に対する反政府勢力と呼ばれていて、この変な名称の起源についての説明はしてありません。少し調べると、この名称の由来は、2009年3月23日(March 23)に、コンゴ東部でコンゴ政府に反乱的姿勢を取っていた兵士のグループと政府との間に平和条約が結ばれて、このグループは一定の条件の下にコンゴ国軍に吸収されたことに遡ります。ところが、今年(2012年)の4月4日、以前のグループの中の数百人が、2009年3月23日の条約の約束が履行されていないという理由で、またまた反乱を起こして、コンゴ政府軍から離脱し、急速に軍事的実力を増大してコンゴ政府軍を撃破し、11月20日には東部の最重要都市ゴマを制覇してしまいました。ここから先が、11月28日の朝日新聞朝刊に出たコンゴ東部での戦闘についての記事につながります。記事の中に、特派員の取材に応じたコンゴ政府軍のバリカフ司令官は「数は言えないが今各地から戦闘員を集めている。M23 はルワンダの支援を受けている。敵はルワンダだ。我々は愛する祖国のために戦っている」とまくし立てた、とありますが、これこそが最重要のポイントで、M23 は、簡単に言って、ルワンダのツチ人大統領の殆ど直接的な指揮の下にあるツチ人の軍隊なのです。M23 の武器弾薬は元をただせば、すべてアメリカが与えたものです。この状況の歴史的本質はどこにあるのか?
 1994年4月7日からの約100日間に50万か100万(国連の算定では80万)のルワンダ人が殺害されたルワンダ大虐殺は多くの人々が知っています。和文ウィキペディアには、“ルワンダ政府の推定によれば、84%のフツ、15%のツチ、1%のトゥワから構成された730万人の人口のうち、117万4000人が約100日間のジェノサイドで殺害されたという。”とあります。日本人の間での圧倒的なイメージは、多数派フツ人が狂乱の群衆と化して、少数派ツチ人を無差別に殺しまくった、というものでしょう。730万の15%は105万5000人、これは元々のルワンダのツチ人全人口を越える数です。この点については以前にも指摘を致しました。
 しかし、今回のM23 のゴマ占拠と停戦と撤退という事態で大きく浮かび上がったのは、いや、われわれがはっきりと見据えなければならないのは、1994年のルワンダ大虐殺は世界的に極めてよく知られているのに、それから後の2012年までの18年間に起っている東部コンゴの大虐殺については、世界の人々は殆ど何の関心も持たされていないという事実です。殺された人間の数で言えば、ルワンダ大虐殺は100万人、東部コンゴ大虐殺の犠牲者は600万人、何故前者ばかりが喧伝されて、600万人の死者の方は殆ど問題にならない。これは何とも不可解な歴史的事実ではありませんか。この600万の人命は、何ゆえに、どのようにして、抹殺されたのか? 平均すれば、この18年間、毎日、二、三百人のコンゴの“beautiful little kids”が命を失っていることになります。
 アメリカ政府はルワンダ大虐殺の進行を知っていながら何もせずに放置したという話はよく聞かされてきました。では東部コンゴ大虐殺についてはどうなのでしょう。この18年間に次第次第に明らかになってきたのは、アメリカ政府はこのどちらの大虐殺についても良く知っていただろうということです。そして、事態の進行を最もよく一貫して知り抜いているのはアメリカの現国連大使スーザン・ライスにほかなりません。

藤永 茂 (2012年12月19日)




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M23、コンゴ、二人のライス(2)

2012-12-12 11:46:05 | 日記・エッセイ・コラム
 前回の記事には数多くの有意義なコメントを寄せて戴き、いろいろの事を学びました。一番嬉しく有難く思ったのは、議論のやりとりが、断定的なポレミック調に行なわれていないことです。以前どこかで引用させてもらったと思いますが、その昔、ミシェル・フーコーが「私はポレミシストでないし、ポレミックは好きでない。私は議論から学びたい。ポレミシストは自分の立場を変えるつもりはなく、ひたすら議論の相手に勝とうとする」という意味の発言をしたことがありました。今回問題になっている「族」という用語について、私は1974年出版の拙著『アメリカン・インディアン悲史』以来、差別語としての意識が足らなかったと反省しています。今後は注意しましょう。実は“インディアン”という言葉にも明白な問題がありますが、北米先住民(原住民)自身があまりこだわりなく使っているので現在でも私は使用しています。差別語の使用排除を何処まで厳しくするかというのは、実際問題として、難しい問題です。これに連関して、このブログの読者に注意を払って頂きたい事柄があります。日本の報道では、事件の被疑者を最初の段階から「男は・・・」「女は・・・」と呼び捨てにします。実に徹底した慣習で、私は近頃これが破られた例に出会ったことがありません。「男性は・・・」「女性は・・・」という言葉使いにしてほしいと思います。
 さて、前回に掲げた新聞記事についてのコメントを続けます。「コンゴ反政府組織と戦闘続く 政府軍集結、前線緊迫」というタイトルの本文記事に就いてです。前回すでに指摘した通り、代理戦闘軍団「M23」はルワンダの独裁者カガメによって動かされており、カガメの背後には米国が控えているという所に問題の核心があります。「M23」のあまりにも目に余る侵略行為の度が過ぎて、米欧、つまり、いわゆる“国際社会”が、「カガメ、そりゃちょっとやり過ぎだ。もう少しうまくやりなさい」と、手綱を少し引き締めたのが現状です。しかも、その見せかけの引き締め方が、事情に暗い世界の大衆をまるで馬鹿にしたもので、カガメにすえたお灸はたった20万ドルの援助資金の保留というものです。最近数年の援助資金の年額は2億ドルですから全額の0.1パーセントの保留、しかも一方で米国は、国連大使スーザン・ライスの強力な根回し工作で、カガメのルワンダを国連安全保障理事会の非常任理事国の地位につけました。国連安全保障理事会は5カ国の常任理事国と10カ国の非常任理事国から構成され、今回ルワンダが新しく非常任理事国に選出されて2013年1月1日から2014年12年31日までこの国際的に重要な席を占めます。ですから、“国際社会”からのカガメへのメッセージは明らかです。たった20万ドルの援助資金の保留は、カガメにとっては、手の甲をチョットつねられて後すぐ撫でて貰っただけのことに過ぎません。今後は勇み足に注意しながらカガメは自分に付託された仕事の最終的目標を見据えながら進むことでしょう。  これが今回の「M23」のゴマ制圧、停戦、撤退という奇妙にコントロールのきいた行動の背景ですから、『政府軍集結、前線緊迫』という見出しは殆ど意味がありません。この主要記事は代理戦闘軍団「M23」の実体が何であるかに就いては“反政府勢力”と呼ぶだけで全く触れず、「M23」と戦っているコンゴ側集団「マイマイ」の悪口ばかりを並べ立てます。記事には「略奪や集団強姦に関与しているとして悪名高い組織だ」とあります。この悪名が米欧側の宣伝だと言い切る証拠を私は持ち合わせませんが、根幹的にはルワンダのツチ勢力の軍団であるM23 がコンゴ東部の現地人からなる反政府勢力であるという偽装の目的もあって、戦乱で平常な生活基盤を全く失った現地人少年に自動小銃を与えて、M23 兵士としてリクルートしている証拠は持っています。心理的に荒廃した若者たちは自分の両親でさえ衝動的に射殺すると言われています。しかし、こうしたことよりも、「マイマイ」の司令官が「M23 はルワンダの支援を受けている。敵はルワンダだ。我々は愛する祖国のために戦っている」とまくし立てた事の方に、特派員の方はもっと重点を置いて報道をしてほしかったと思います。マイマイは「水水」を意味し、魔法の水の力で銃弾では死なないのだと彼らが信じている滑稽さなどどうでも宜しい。コンゴ軍の指揮官が愛する祖国のために戦っていると興奮して語るのにはそれなりの理由があるのです。コンゴの人々は自国の存続が危機に曝されていることを意識しているからです。
 カガメに付託された仕事の最終的目標とは何か? それを知り、それを、カガメとは別の、私たちの立場から見据えるための好個の新聞記事が11月30日のニューヨーク・タイムズに出ました。タイトルは
『To Save Congo, Let It Fall Apart (コンゴを救うというのなら、コンゴがばらばらになるに任せよう)』
という誠に直裁な本音の表白です。筆者は J. Peter Pham 、アメリカの名立たる国際問題シンク・タンク「The Atlantic Council 」のアフリカ・センターのディレクターです。次のように始まります。:
■ THE Democratic Republic of Congo, which erupted in violence again earlier this month, ought to be one of the richest countries in the world. Its immense mineral reserves are currently valued by some estimates at more than $24 trillion and include 30 percent of the world’s diamond reserves; vast amounts of cobalt, copper and gold; and 70 percent of the world’s coltan, which is used in electronic devices. Yet the most recent edition of the United Nations Development Program’s Human Development Index ranked Congo last among the 187 countries and territories included in the survey.
(コンゴ民主共和国は、今月はじめ又しても戦乱暴力が噴出したが、元来ならば世界で最も豊かな国の一つである筈なのだ。その巨大な量の鉱物資源は現在24兆ドル以上と見積もる向きもあり、30%の世界ダイヤモンド埋蔵量、膨大な量のコバルト、銅、金;それに世界中のコルタンの70%を含む。コルタンは電子機器に使用されている。それにも関わらず、国連開発計画の人間開発指数(HDI)の最近版によれば、調査に含まれた187の国や地域の中でコンゴは最下位にある。)■
何故そんな悲惨なことになるのか --- コンゴ人が駄目だから。これがこの著者の断定です。このファム氏の論説は、吐き気を催さずには読了出来ませんが、これがアメリカ政府の思考、政策そのものを反映していることは、アトランティック・カウンシルという組織の過去と現在を検討すれば、必然的に結論出来ます。この組織の力の物凄さは少しネット上でお調べになれば直ぐ分かります。そして、そこからスーザン・ライスという女性のイメージも鮮明に浮かび上がってきます。コンゴについての米国の基本政策のベクトルは東部資源地域のルワンダ領化に向いています。ファム氏の論説は、アトランティック・カウンシル/オバマ政府の政策の表明の域を超えて、既にその政策の実現のための情宣活動の一端と看做すべきものでしょう。
 もう一度、前回に掲げた「M23」のゴマ制圧、停戦、撤退についての新聞記事を読んでみましょう。新聞の一般読者の大部分は、これらの現地報道記事から一体何を学ぶのでしょうか。「コンゴ政府軍というのはひどいものだなあ」という印象以外に何が読み取れるでしょうか。このような記事は読まない方がむしろましだと私は考えます。
 ルワンダの鋭敏冷血の独裁者ポール・カガメ、日本のメディアも過去約10年間褒め称えてきた男の実像も、もはや、明々白々に露呈されました。もし、ルワンダの国連安全保障理事会の非常任理事国入りがなければ、そしてコンゴの人々の叫びが天に響くならば、ポール・カガメは大量虐殺と政敵多数暗殺の罪により国際法廷で裁かれることになって当然の人物です。

藤永 茂 (2012年12月12日)


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M23、コンゴ、二人のライス(1)

2012-12-05 11:51:08 | 日記・エッセイ・コラム
 11月28日の朝日新聞朝刊にコンゴ東部での戦闘についての4分の1頁ほどの記事が出ました。そのままコピーして読んでもらうつもりでしたが、スキャナーが働かないので、タイプします。目的は、こうした新聞記事がコンゴで、あるいは、アフリカで起っている事の真実を知ることに如何に役に立たないか、いやそれどころか、むしろ本当の肝心の真実が覆い隠されていて、読者に誤った印象を与えるかを、具体的に解説することにあります。
 こう切り出すと、朝日新聞とこの記事の筆者に対する特別激しい攻撃批判のように響きますが、これは、コンゴに強い関心を抱いている私がたまたまこの記事を目にしたというだけのことで、特に朝日が悪いというつもりは全くありません。朝日はまだ良い方かも知れません。その昔、信頼していた(これは、今になって思えば、もともと私の不明の致す所と言うべきかも知れませんが)タイム、ニューズウィーク、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、BBC、などなど、ほとんど読む気を失ってしまう状況になっています。近頃はガーディアンあたりも、掛かっているバイアスによく注意しなければなりません。
++++++++++++++++++++++++++++
 11月28日付けの記事には次のような「コンゴ紛争」の短い予備解説が添えてあります。
■ 民主化要求の高まりで1990年ごろから政情が不安定に。94年、隣国ルワンダで、多数派フツ族による少数派ツチ族の大虐殺が起きると、戦火はコンゴに飛び火。ダイヤモンドや金など豊富な資源をめぐり、周辺国を巻き込んだ国際紛争に発展、犠牲者は約540万人ともいわれる。2003年に紛争は終結した。しかし、現在も複数の武装勢力が活動している。■
 本文記事は「コンゴ反政府組織と戦闘続く 政府軍集結、前線緊迫」
というタイトルになっています。
■ コンゴ(旧ザイール)東部で戦闘がやまない。反政府武装組織が制圧した拠点都市ゴマから政府軍支配地域に入ると、兵士たちが戦闘に備えて集結していた。反政府組織は27日、停戦に向け交渉の用意があると発表したが、先行きは予断を許さない。
 反政府組織「M23」が制圧したゴマの西方に位置する交通の要衝サケ。そこからM23 の検問をいくつか抜け、車で数キロ進むと、山岳地帯の小さな村に出た。
 支配しているのは政府系民兵組織「マイマイ」。略奪や集団強姦に関与しているとして悪名高い組織だ。広場には自動小銃を持った兵士が数多く集まっている。
 取材に応じたバリカフ司令官が「数は言えないが今各地から戦闘員を集めている。M23 はルワンダの支援を受けている。敵はルワンダだ。我々は愛する祖国のために戦っている」とまくし立てた。幹部は「我々に銃弾は通用しない」と言った。マイマイは「水水」を意味し、魔法の水の力で銃弾では死なないのだという。「我々が勝つ」「明日にだって敵を追い出してやる」。口をつく言葉は威勢が良い。
 ただ、「コカインはないか」「金をくれ」などと兵士たちがまとわりつく。統制はとれていないようだ。
 ゴマの南約40キロの街ミノバに政府軍の前線基地があった。ゴマから敗走してきた兵士も多い。「スパイか」と詰問された。オレンガ・コンゴ軍司令官は「M23 は恐れるに足りない。兵士も弾薬も十分にある」と興奮気味に語った。
 戦闘による避難民は14万人以上に及ぶ。ミノバからも人々が逃げ始め、商店の半分が店を閉じているという。住民の一人は「近所の半数が逃げた。私も逃げたいが行く場所がない」と話した。(ミノバ=杉山正)■
 続いて11月29日の朝日の朝刊に「反政府勢力、ゴマ撤退」と題して、
■ アフリカ中部(旧ザイール)からの情報によると、同国東部の拠点都市ゴマなどを制圧していた反政府勢力「M23」は28日、前線から撤退を始めた。数日以内にゴマからも撤退するとみられる。
 撤退の理由は明らかではないが、戦闘が劣勢になってきた上、政府側が M23 にゴマ北方のレアメタルのタンタルが豊富な地域にとどまることを許可したためとみられる。
 今年4月から始まった M23 と政府軍の戦闘で、これまでに50万人以上が国内外に避難している。(キガリ)■
 さらに、12月3日の朝刊には「コンゴ反政府勢力「M23」 ゴマからの撤退完了」として、
■ アフリカ中部(旧ザイール)からの報道によると、同国東部の主要都市ゴマを制圧していた反政府勢力「M23」が1日、ゴマからの撤退を完了した。M23を支援しているとされる隣国ウガンダから撤退要請を受けていた。M23 は先月20日にゴマに侵攻し、支配範囲を拡大していた。M23 側は撤退を前に「政府の対応次第ではゴマに戻る。戦争を望むなら戦争する」としている。ゴマ北方15キロほどの町に拠点を移したとみられる。M23 は、政府軍がゴマに保管していた大量の武器や弾薬を持ち去っている。政府軍内ではM23 の掃討を主張する声も根強く、戦闘が再開する懸念もある。
 コンゴ東部では、M23 の他にも複数の武装組織が活動し、広範囲で治安は不安定な状況が続いている。また、政府軍による略奪や女性への暴行も横行している。(ミノバ=杉山正)■
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 はじめに掲げた短い「解説」では、「民主化要求の高まりで1990年ごろから政情が不安定に。」というのは、コンゴの場合、意味がありません。次に、ルワンダ大虐殺に続く“被害者”側の少数派ツチ族勢力のルワンダから東部コンゴへの侵攻が、それに続く大戦禍の原因です。その侵攻の政治的経済的目標はルワンダのツチ族勢力による東部コンゴの制圧でした。「戦火はコンゴに飛び火。」などというものではありません。「2003年に紛争は終結した。」というのも間違いです。ルワンダによる東部コンゴの制圧は、M23 という代理戦闘団のあまりにもオープンな暴力的形をとり、さすがの国連筋、人権擁護団体も抗議の声を上げざるを得なくなりました。今回のM23 の撤退はその非難を外交的に回避するための一時的方便と思われます。M23 の背後には米国、英国、カナダなどが控えているのですが、そこまでは、朝日新聞として、はっきり言えないにしても、ルワンダとウガンダが M23 を支援していることまで位は「解説」してもよいのではありますまいか。
 しかし、私の目に最も重大なこととして映るのは、「犠牲者は約540万人とも」と、こともなげに書かれていることです。5百万というのは死者数です。現在でも、毎日千人ほどの人々が、コンゴ東部の戦争状態のために死に続けているかもしれません。これは大変な数字です。何気なしに書いてよい数字ではありません。世界中の他の事故死、災害死のニュースのことを考えてみて下さい。毎日千人の死者がどうして特大ニュースにならないのでしょう。
 Eduardo Galeano に“Open Veins of Latin America: Five Centuries of the Pillage of a Continent”という著作があります。直訳すれば“ラテン・アメリカの切り裂かれた血管:大陸収奪の5百年”となります。この伝で表現すれば、コンゴは“切り開けられたままの心臓:コンゴ収奪の5百年”となりましょう。しかも、コンゴを現在もこの状態に放置することに決定的な貢献をした二人のアフリカン・アメリカンの女性がいるというのは何という悲劇的なことでしょう。二人の名は、コンドリーザ・ライスとスーザン・ライス、コンドリーザは米国の前国務長官、スーザンは、今の地位は米国の国連大使ですが、間もなくオバマ新政権の国務長官になることでしょう。黒人女性として位を極める二人、ともに米国の黒人少女たちの輝かしいロール・モデルとして崇められる存在です。
 次回は新聞記事の検討を続け、この二人の女性についての議論を行ないます。

藤永 茂 (2012年12月5日)


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