私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

震災から10ヶ月、ハイチの現状

2010-10-27 10:31:02 | インポート
 佐々木恭治さんから前回のブログ宛にコメントを頂きましたように、ハイチでコレラが発生しました。これまでチリのことばかり報道していたNHK 総合テレビ・ニュースでも、10月22日の朝、突然ハイチが取り上げられました。罹災民のキャンプで、多分コレラの流行のため、次々に人が死んでいるという報道です。たちまちの内に百数十人の死者、チリのサンホセ銅山の33人の坑夫の救出ドラマと同時進行の人災です。インフォテインメントとしての商品価値はともかくとして、世界史的な意義の重さで測るとすれば、ハイチの方が遥かに上です。ハイチは本質的にアメリカ政府とその傭兵軍団としての国連治安維持軍(MINUSTAH)の支配の下にあります。ハイチの民衆はMINUSTAHを単純に「占領軍」と呼びます。民衆の確かな知恵です。
 アメリカの CommonDreams.org というウェブサイトで「Surviving in Haiti」(by Beverly Bell)という記事(10月21日付け)を読む事が出来ます。前回のブログで、
■ 首都ポルトープランスの市内中心を除けば、復興事業は、ハイチの一般大衆に関する限り、殆ど進んでいません。瓦礫の除去さえ進んでいないのです。そして今も、首都の内外、特に市の周辺地域に広がった地域に百五十万人がテントや防水シートの仮住まいで生きています。写真でみると日本のホームレスの人々の寝起きの様子にそっくり、それが150万人、想像を超える情景でしょう。■
と書きましたが、ベルさんの記事によると、被災者たちは首都周辺地域に限られず、もっと広汎な地域に1300ほどの難民キャンプで悲惨な生活を強いられているようです。その90の家族を対象にして5ヶ月間にわたって行なわれた統計調査によると、
* 44%は安全処理がなされていない水を飲んでいる、
* 78%は囲いのある避難小屋に住んでいない、
* 27%はトイレがなく、バケツ、ポリ袋を使うか、キャンプの空き地で用を足している、
* 37%の家族は全くの無収入である、
といった状況です。震災による瓦礫の撤去は遅々として進まず、まだその数%が除去されただけで、2千万立方メートルから3千万立方メートルの瓦礫が残っていると推定されています。
 この記事に送られて来たコメントの一つに、「Haiti is still being punished for having the only successful slave rebellion.(ハイチはそれが唯一の成功した奴隷反乱であったことで今もなお罰せられ続けているのだ)」とありました。アメリカとハイチの関係の歴史は、まさにこの投稿者の言う通りです。私のこのブログで、大地震のすぐ後の2月3日から3月24日にわたって『ハイチは我々にとって何か』という見出しで、6回ハイチ問題を取り上げました。その第2回目(2010年2月24日)の記事の一節を以下に再録します。:
■この1776年のアメリカ独立革命の影響を多分に受けて、1789年、フランス大革命が起りますが、その2年後の1791年、カリブ海のフランス植民地サン・ドマングで大きな黒人奴隷反乱が勃発し、12年間の紛争擾乱のあと、1804年1月1日、黒人共和国ハイチ(現地読みではアイティ、英語読みではヘイティ)が誕生して今日まで続いています。しかし、続いていると言っても、この200年間、絶え間のない、何という苦難、苦悩の連続でしょう。以前にも書いたように、今度の大地震災害に当って、オバマ大統領は、今や彼のトレードマークとなった欺瞞的雄弁調で、「アメリカは、そして世界はハイチとともにある」と言いました。「アメリカはもちろん、世界もハイチの災害を心配して、助けてあげようとしている」というわけです。しかし、この二百年、確かに、ハイチとともにあって、ハイチ国民の絶え間ない長い苦難の最大の源泉となっているのは、他ならぬアメリカ合州国です。ハイチのメガ死の悲惨を目の前にして流されるオバマ大統領の涙こそ、ワニの涙(crocodile tears)と呼ぶにふさわしいものです。■
 嘆かわしいことに、ハイチの復興の空約束、オバマ大統領の虚言癖と欺瞞性が完璧な形で露呈されました。いや、オバマ大統領は、ジェファソン以来、リンカーン、ウッドロウ・ウィルソン、フランクリン・ルーズベルト、ブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(子)と綿々と続くアメリカのハイチいじめの忌わしい伝統の見事な継承者です。彼の体内の黒人の血はなぜ騒がないのか、なぜ慟哭に疼かないのか!
 ハイチ問題はカリブ海のエキゾチックな小国の問題ではありません。アメリカ合州国というものの正体を見定めるための最も効果的で貴重な定点観測地点の一つです。出来れば、このブログの以前の6回シリーズ『ハイチは我々にとって何か』を読んでいただき、さらにその中で挙げておいたハイチに関する本格的な書物をひもといて下さい。
 10月24日のロイター通信によると、ハイチのコレラ感染は首都ポルトープランス以外の地域にも広がり、死者が253人、感染者は3015人に達したとありますが、今頃は、死者数がチリ落盤事故の生存者数33の10倍をはるかに超えているに違いありません。チリの親米政府とその首相のイメージアップを狙ってあれほど騒いだメディアは、ハイチ人の受難については寂として声なし。こんな事が許されてはなりません。チリの落盤事故もハイチのコレラ蔓延も人災です。我々はこの認識から始めなければなりません。
<付記>私の専門外の事について書いているこのブログ『私の闇の奥』も、今のような形でいつまで続けられるか心もとなくなってきました。私としては「科学論」に就いても少し書いておきたい事柄があります。実は、もう2年半以上も前(2008年3月15日)に『トーマス・クーン解体新書』という別口のブログを開いていたのですが、それから丸7ヶ月間、一人もアクセスして下さらないので、ブログ『私の闇の奥』の右肩にリンクを掲げることにしました。不定期で雑記帳のような内容ですが、興味のある方は覗いてみて下さい。

藤永 茂 (2010年10月27日)


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チリとハイチ

2010-10-20 10:43:23 | 日記・エッセイ・コラム
 チリ北部のサンホセ鉱山で、8月5日、落盤事故が発生、地下約700メートルに33人の作業員が閉じ込められました。それから69日目に最初の一人が救出され、22時間に33人全部が地上に生還しました。劇的な救出ストーリーは全世界に伝えられ多くの人々に感銘を与えたに違いありません。33人と地上から送られた何人かの救助隊員が全部地上に戻る前に何か支障が起るのではないかと、心配性の私はハラハラしながらテレビを見ていました。とにかく素晴らしい救助作業の成功で目出たい限りです。
 インフォテインメントという嫌な造語があります。インフォーメーションとエンタテインメントを合わせたものでしょう。歳のせいだと思うと少し悲しくなりますが、何事につけても、世の中の人々と一緒になって素直に感動することができず、マスメディアが声高に伝える美談、涙をさそうストーリーを楽しむことも私には難しくなりました。チリの鉱山事故のドラマの現場には、国内国外を含め、千人の報道関係者が集まったと伝えられました。それを伝えるNHK だけでも、女性一人、男性二人がマイクを手にして取材していました。インフォテインメントの言葉のとおり、ニュースは今や商品(コモディティズ)として取り扱われ、しかも、政治的なオマケが意識的に張付けられている場合が多いのです。しかし、ニュースの商品価値とは何でしょう。「スクープ」という言葉を広辞苑でみると「新聞・雑誌・テレビなどの記者が他社を出し抜いて、重大なニュースをつかみ報道すること,また,その記事」とあります。スクープとは、何も有名人の個人的スキャンダルに限られるだけでもありますまい。われわれ一般市民をよほど馬鹿にするのでなければ、刺激的な商品価値のあるニュースを、他社を出し抜く形で報道することは、全メディアをあげてのチリ鉱山事故の騒ぎのただ中でも可能のように、私には思われます。
 ハイチの現地時間2010年1月12日(日本時間13日)、中米のハイチ共和国でマグニチュード7の地震が発生し、直接の死者22万人、負傷者33万人、百数十万人が住居を失い、単一の地震災害としてはスマトラ島沖地震に匹敵する近年空前の大規模なものになりました。それから10ヶ月後の今、私が「スクープしてはいかが!?」と推薦したいのは、 ハイチの悲惨な現状です。少しばかりの誇張が許されれば、ハイチは震災直後の状況から殆ど何らの改善もない悲惨さのただ中に10ヶ月間も放置され続けているのです。とても信じられない大変刺激的なニュースではありませんか。首都ポルトープランスの市内中心を除けば、復興事業は、ハイチの一般大衆に関する限り、殆ど進んでいません。瓦礫の除去さえ進んでいないのです。そして今も、首都の内外、特に市の周辺地域に広がった地域に百五十万人がテントや防水シートの仮住まいで生きています。写真でみると日本のホームレスの人々の寝起きの様子にそっくり、それが150万人、想像を超える情景でしょう。
 去る9月24日、ほんの10分間ほど,集中的な豪雨と突風がポルトープランスを襲い、その結果、死者5名、数百人負傷、数千のホームレスの寝起きの場所が破壊されました。同じカリブ海の国にしても、もし同じような暴風雨がキューバの首都ハバナを襲ったのでしたら、ただ一人の負傷者も出なかったかも知れません。ハイチの人々が蒙ったのは天災ではありません。人災です。
 9月25日、このハイチの惨状に対する小さな抗議デモがニューヨークで行なわれたのですが、そのプラカードには[Where is the Money?]と書いてありました。世界各国の政府がハイチ復興に拠出を誓った110億米ドルのうちの僅か3%しか未だ使われてないそうです。CBSニュースによるとこの他にオックスファムや赤十字のようなNGOにも40億ドルの寄付金が寄せられたとのことですが、その大きな部分は今ハイチに乗り込んでいる約1万人のNGOスタッフの給料生活費として使われているようです。何故莫大な復興費が150万人のホームレスたちの救済に使われないのか?その主要な理由はクリントン前大統領を特使とするアメリカ/国連のハイチ復興計画の基本的な方針にあります。それは、ハイチの人口をアメリカのアパレル産業や農産物輸出業のための超低賃金労働者の供給源に仕立ててゆくという長期計画に基づいていると思われます。お金はこの基本方針の線に沿って、うまくゆっくりと使わなければなりません。この事については、以前にハイチを取り上げた時に論じました。このネオコロニアリズムの恐るべき残忍性も、私から見れば、刺激的な商品価値のあるニュースに思えて仕方がないのですが・・・。
 来る11月28日にはハイチの国会議員と大統領の選挙が行なわれます。日本政府もいわゆる“国際社会”の一員として相当の額の選挙資金を拠出する筈ですが、ポルトープランス周辺のホームレスを含む貧困下層民の大多数はこのアメリカ/国連が操る現大統領プレヴァルの下でのお手盛り選挙に敵意を抱き、棄権するものが多いと思われます。それは民衆が土壁などにクレオール語で書き付ける落書きの数々から読み取れます。:
「ABA PREVAL」(プレヴァルくたばれ)
「ABA ELEKSYON」(選挙なんかやめちまえ)
「VIV ARISTID」(アリスティドばんざい)
abaは、フランス語のA bas に、vivはviveに当ると推測しました。
 全世界のマスコミから忘れ去られたハイチに正義をなすことを叫ぶ荒野の声はないものか・・・。ありました。あのジェレマイヤ・ライト牧師の声です。「ジェレマイヤ・ライト牧師って誰?」とおっしゃる方々が多いでしょう。オバマ大統領の旧師で、娘さんの名付けの親でもあるシカゴの黒人教会の牧師さんです。選挙戦の最中、旧師のライトとつながりがあっては選挙に不利とみたオバマさんが、冷酷非情にも切って捨てた牧師さんです。あの事件のあと、ライト牧師は後輩に職をゆずって引退しましたが、今でも説教者として真のキリスト教信者の間で大きな人気を保っています。去る9月19日、カリフォルニアのオークランドの大きなバプティスト教会を一杯に満たした信者たちに向かって、ジェレマイヤ・ライト牧師は次のような呼びかけで説教を始めました。:
■ If you want to help Haiti, let’s start, let’s start, let’s start by telling the truth, OK? ■

藤永 茂 (2010年10月20日)


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AMERICA IS REALLY, REALLY LOST

2010-10-13 10:59:39 | 日記・エッセイ・コラム
アメリカのテネシー州のサウスフルトンという所でおかしな事が起りました。アメリカやカナダの都市の郊外の雑木林の土地を買ってその中を一部分造成して道をつけ住居を建てることがよく行なわれます。そうした場合、地方自治体の消防組織の負担が余分に大きくなるので、別途に何がしかのサービス料の支払いが求められることがあるようです。ジーン・クラニックさんはそうした家屋に住んでいたのですが、一年75ドルの田舎消防サービス費を払うのをうっかり忘れていました。火の手は住居に隣接した燃料貯蔵場か何かから上がり、クラニック一家は芝生園芸用のホースで消火しようとしましたが火の勢いが強くて手に負えなくなり、消防署に電話して消防車の派遣を要請したのですが、消防費75ドルを払っていないから貴女の家は消火の対象にはならないと言い渡されました。クラニックさんは、後で必ず払うから来てくれ,と言って頼んだのですが、消防車で火災現場に到着した消防隊員たちは、クラニックさんの家が燃えるのを見守っているだけで、家屋がすっかり焼け落ちて火の手が隣の住居のまわりの林に延焼する気配になると、やっと放水活動を開始して火を消し止め、お隣の地所と住宅は守ったというのです。お隣の住人は75ドルのサービス料をちゃんと払っていました。
 この事件は全米のメディアでかなりよく取り上げられ、沢山のコメントが寄せられました。コメントの内容は実に雑多で、「目の前で家が一軒炎上しているのに、それを黙ってみているなんて、消防士として考えられないことだ。中に逃げ遅れた子供でもいたらどうしたのだ」という詰問もあれば、「いや消防士さんは上からの指図どおりに行動したのであって、彼らを責めてもはじまらない」という発言もあります。地方自治体の財政難は北米でも日本でも同じことで、私が住んでいたカナダのエドモントンの周辺のそうした住居が火事になって消防車に来てもらった場合には、火災の規模に応じて事後にかなりの額のサービス料の支払いが求められると聞いていました。しかし、この事件に人々の関心が異常に高まったのは、単に消防サービス制度がどうあるべきだといったテクニカルな問題についてではなく、この小事件に、アメリカという社会の現在の病的状況のシンボルを見たと思った、あるいは感じた人々が数多く居たということであったように、私には、思われます。
 たしか3年ほど前のこと、ロサンゼルスの近郊で大規模の山火事があり、その地域には多くの豪邸が散在していて、その幾つかが実際に焼失したことがありました。その時、読んだことですが、そのあたりの大邸宅の多くは、警備会社を通して、特別の消防サービスが得られるようになっているということでした。つまり、いざという場合には、優先的に、迅速に消防隊が駆けつけて邸宅財産を守ってくれるというわけです。いかにもアメリカらしい話です。しかし、今度のテネシー州の事件の場合、もっと象徴的な発言がありました。
 アメリカにAmerican Family Association という大変攻撃的な保守的キリスト教集団があります。その指導者の一人であるブライアン・フィッシャーは、この事件について、次のような発言をしました。:
■ 消防署は正しい、キリスト教にかなう事をした。ついでに言っておくが、正しい事というのは、キリスト教にかなう事でもある。両者の間に違いはないのだ。・・・
今度の場合、消防署を批判する者たちは正しい事と間違った事についてと、キリスト教についての両方ともで取り違えをしている。そして、それは、彼らが、同情心(compassion)のような軟弱な美徳ばかりにかかわり、個人の義務や責任といった男性的なキリスト教の美徳についてはまる気を配らないという、弱体化した女性的なキリスト教解釈のとりこになってしまっているからだ。■
つまり、たった75ドルのはした金も払えないような者、それをかわいそうだと同情するような連中は本当のクリスチャンの名に値しないと、フィッシャー氏は言うのです。私は無宗教の人間ですが、キリストの教えの数々、アッシジの聖フランシスの数々の行い、トーマス・マートンの数々の文章、いずれもそのメッセージは直裁で強く心を打つものがあります。例えば、新約聖書のマタイによる福音書第5章にはキリストの『山上の説教』があります。新共同訳から少し書き写します。:
* 柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。
* 憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。
* 平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。
* あなたがたは地上に富を積んではならない。
* あなたがたも聞いているとおり、昔の人は「殺すな。人を殺した者は裁きを受ける」と命じられている。しかし,わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に「ばか」と言う者は、最高法院に引き渡され、「愚か者」と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。
こうしたキリストの教えに照らすと、聖書の教えに女性向きと男性向きがある筈はなく、ブライアン・フィッシャーの言うことは間違っています。それどころか、彼の属するAmerican Family Association や、もっと政治的に強力活発で極右のキリスト教団体は、そもそもキリストの教えに明らかに反することを臆面もなく主張し実践する、非キリスト教的団体と言わざるをえません。前にも名を挙げたことのあるアメリカの勇気ある評論家クリス・ヘッジズ(Chris Hedges)の著書『アメリカのファシストたち(AMERICAN FASCISTS)』(2006年)を読めばそれがよく分かります。著者はキリスト教宣教師の家に生まれ、ハーヴァード大学神学部卒です。表題の「ファシストたち」とは、大教会の説教壇から直接に、また、占有のテレビチャンネルを通して、アメリカの大衆に超保守的な政治的呼びかけを行なっているキリスト教伝道者と自称するデマゴーグたちを指しています。彼/彼女たちは、神の名を騙って、愚かな大衆から高額の金を巻き上げて、地上に巨大な富を積み、豪壮な邸宅に住み、自家用ジェットでアメリカ全土を飛び回って説教壇に立ちます。私たちの想像を絶する規模の「振り込め詐欺」のモンスターたちです。いや、それどころではなく、クリス・ヘッジズによれば、それらのモンスターたちはアメリカをファシズム国家にしようとしています。「ファシズム」とは何か?著書『アメリカのファシストたち(AMERICAN FASCISTS)』の冒頭にウンベルト・エコの極めて刺激的な説明が掲げてあります。
 消火サービス料の前払いを怠った住宅が炎上した時、火災現場には出動したものの、目の前でその住宅が燃え落ちてしまうのを傍観していて、サービス料を払っていた隣家に延焼の兆しが見えたところでやっと消火活動を始めたという、今回の奇妙な事件について語った多くのマスメディアやブログに膨大な量のコメントが寄せられましたが、その可成りの数を通読しながら私がひしひしと感じたのは、一般のアメリカ人の多くが、これは単に払うべき料金(the fee)を払わなかったか、払ったか、の問題ではなく、アメリカが、アメリカ人がすっかり絶望的に病んでしまったことを示す一つの象徴として受け取ったということでした。それは、次の、一つのコメントの最後の一行によく示されていると思われます。:
■ AMERICA IS REALLY, REALLY LOST. LOST, LIKE IN AN ALL-CONSUMING FIRE IN HELL. (アメリカは、ほんとに、ほんとに道に迷ってしまった。すべてを消尽する地獄の業火の中にあるように、もうどうにもならぬ)■

藤永 茂 (2010年10月13日)


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貧しい人たちがお互いに殺し合っている(2)

2010-10-06 08:57:20 | 日記・エッセイ・コラム
 前々回のブログ(9月22日)『クリントンとアメリカの罪は重い』で言及した、問題の国連報告書が予告通り10月1日に公表されました。前々回には、
■ 2010年8月26日、フランスの有力紙ル・モンドが、コンゴについての極めて重要な国連報告書の草稿(ほぼ決定稿と思われる)を入手したことを報じました。545頁におよぶ報告書には、1993年から2003年までの10年間にコンゴ民主共和国で行なわれた600件の深刻な虐殺事件についての調査結果が記述されています。漏洩した国連報告書はネット上で入手可能です。
 この国連報告書の大変なところは、1994年のルワンダ・ジェノサイドを見事に終結させた正義の英雄ポール・カガメが、実は彼自身がルワンダとコンゴでジェノサイドを執行した人物であったことを指摘しているからです。これまで世界が信じていたルワンダ・ジェノサイド神話のどんでん返しです。■
と書きました。その10年間にむごたらしく殺された人々の数は6百万という大変な数であることを忘れてはなりません。この国連報告書に対して、ルワンダ大統領ポール・カガメが猛烈な剣幕で内容変更を要求していましたから、改竄が行なわれるのではないかと心配していましたが、幸いなことに公式に発表された報告書は漏洩した草稿とほとんど同じ内容のようです。これについては、前に約束しましたように、近い将来に改めて取り上げます。
 このコンゴに関する国連報告書の漏洩以前から、ポール・カガメは国連事務総長バン・キムンに圧力をかけて、ポール・カガメ自身がジェノサイドの執行者であったことを示す報告書の内容を消去することを要求していました。彼の要求が容れられなければ、ルワンダが国連(あるいはアメリカと言ってもよいでしょう)の要請に応じて世界の紛争地点に派遣している軍隊を全部引き上げる、と脅していたのです。ル・モンド紙が漏洩を報じた8月26日の翌日27日の日付で、例の『ジェノサイドの丘』のフィリップ・ゴーレヴィッチがニューヨーカー誌上にこの脅迫のことを報じています。7月にマドリッドで国連事務総長バン・キムンに会ったポール・カガメは報告書を発表しないように要請し、もしそれが国連報告書として公表された場合には、その翌日に、スーダンのダーフールのみならず、ハイチ、リベリアなどからも、ルワンダ軍兵士すべてを帰国させると言ったそうです。ゴーレヴィッチはこの情報をルワンダの外務大臣から、報告書漏洩の二、三週間まえに得ていたといいます。これら国外派遣のルワンダ軍は国連平和維持軍といっても、実際には、本物の戦闘部隊で、ハイチの例でも分かるように、躊躇無く武器を使います。
 ところが、このポール・カガメの脅しについては、それが発せられた直後から、「いや、これは空の脅しだ。ポール・カガメがそれを実行する筈がない」という予言がなされました。ルワンダから追い出されてウガンダに移った現地ジャーナリスト、ディダス・ガサナ、の言うところによると「カガメが派遣する傭兵一人当たりに国連から支払われるサラリー$(USD)1,100のうち$700はルワンダ政府の収入になり、残りの$400が兵士の懐に入る」のだそうで、こうしたルワンダ軍兵士の総数は約一万のオーダーと思われますから、ポール・カガメがこのピンハネ収入を断念することは考えられない、というのがガサナ氏の予言の根拠でした。案の定、10月1日に国連報告書が正式に公表されても、国連に傭われた傭兵としてのルワンダ戦闘部隊がダーフールやハイチから即刻撤退した気配は全くなく、ガサナ氏の予言は見事に的中しました。
 国家から強制されたり、あるいは、前回で取り上げたアメリカのドリーム法案を含めて、いわば生活のための収入を得る手段として兵士になる人々を作り出すシステムを私は憎みます。社会的争乱の場合、民衆に襲いかかる警官隊についても同じことが言えます。人が人を殺す場合、殺す側が殺される側に対して激しい憎しみを抱き、殺される側は何故殺されるかに就いてはっきり思い当たる所があるならば、私としては、何か救われる気持ちを抱いてしまいます。しかし、貧しい人間が、あるいはただ人生で不運だったに過ぎない人間が、他の貧しい人間、たまたま不運だったに過ぎない人間と、殺し合いをすることが許されてはならないと思います。私にこうした考えを決定的に植え付けた人物がいます。カナダ人の医師Norman Bethune (1890-1939)です。中国名は白求恩。私はこの人物のことを、半世紀ほど前に、拙著『おいぼれ犬と新しい芸』(岩波現代選書,1984年)で紹介したことがあります。
 ノーマン・ベチューンは1890年3月3日にカナダのオンタリオ州で生まれました。幼時から気性の激しい、扱いにくい子供でした。トロント大学医学部を卒業し、やがてアメリカのデトロイトで外科医として開業しましたが、過労のため両肺とも結核菌に冒されて絶望に陥ったところを肺の外科手術で救われ、復帰してからは彼自身も肺結核の外科手術の進歩に大きく貢献しました。激しく奇矯な性格のため周囲と衝突を繰り返しながらも、外科医としての名声を築いていきましたが、1929年に始まった世界経済大恐慌はベチューンの目を社会の経済的矛盾へ向けさせました。医学の進歩だけでは人々の病苦を癒せるものではないことを悟ったのです。「肺病には、金持ちの肺病と貧乏人の肺病の二種類がある」と彼は言いました。1935年の夏、国際学会でソ連を訪れる機会があり、そこでは、収入の如何に関わらず、誰もが無料で医療を受けているのを見て感動し、1936年4月カナダのモントリオールで、「いま我々がやっている医療は、一つのぜいたく商売だ。パンとして売るべきものを、宝石の値段で売っている」と発言して、社会医療制度の提案を行ないました。
 ところが、その提案に対して、肝心の同僚の医師たちから最もはげしい反対を受け、白眼視されたため、ベチューンはカナダの社会に愛想をつかし、1936年10月、スペインに渡って、その内戦に身を投じ、人々に無意味な死を強いる悪の根源としてのファシズムに対する直接の戦いを始めたのでした。彼は野戦医療史上はじめての移動輸血班を編成して前線で多数の兵士を死から救いましたが、スペインの内戦はファシズム側の勝利におわります。ベチューンは働く場所をスペインから中国に移し、1938年3月、延安で毛沢東と会って、共産八路軍の最前線の軍医になりました。そこでは医療要員が極度に不足し、ベチューンは何の素養もない者たちを集めて、文字通り、消毒法のイロハから教育を始めねばなりませんでした。しかし、苦しい抗日闘争に次々と倒れてゆく兵士たちと、それと一体になって闘う民衆の中での生活を通じて、彼らこそが、自分に生き方を教えてくれる教師であると、ベチューンは自覚するに到り、その兵士たちの生命を守ることに昼夜の別を忘れ、我が身を忘れて医療任務に没頭して行きます。延安の山奥でのベチューンの人間としての変貌は、谷中村での田中正造の「悔い改め」を想起させます。谷中の村民を上から指導して闘うつもりで乗り込んできた田中正造は、闘争を続けるうちに、自分こそが村民から学ぶべき者であることを自覚するに到ります。
 1939年11月はじめ、迫り来る日本軍の銃声を間近に聞きながら行なった緊急手術の際、はずみで自分の指をメスで傷つけたことから感染して敗血症となり、11月12日早暁、号泣する兵士たちに見守られて世を去りました。暗黒の天空をよぎって激しく燃え尽きた隕石にも似た50年の生涯でした。その日、毛沢東は『ノーマン・ベチューンを偲んで』という追悼の辞を発表しました。ベチューン(白求恩)の無私の献身をたたえたこの文章の一部は『毛語録』に収められました。
 死の前年、1938年にベチューンが書いた『傷(Wounds)』という文章があります。一部を抜粋しましょう。:
■ もうこれだけか? 日本兵捕虜4名。運びこみたまえ。この、傷の痛みに苦しむ者たちのたまり場に、敵などというものはない。血だらけの軍服を切り裂け。出血を止めるのだ。他の負傷者と一緒に寝かせなさい。まったく、兄弟のようにそっくりではないか。この兵隊たちはプロの殺し屋だろうか? いや、そうではない。武器を手にしただけの素人だ。労働者の手をしている。この人たちは軍服を着せられた労働者だ。
 これで全部。朝6時。おお、この部屋の寒いこと。ドアをあけてそとへ。東にはるかな暗青色の峯みねの上に青白いほのかな光がみえる。一時間もすれば日が昇る。床について寝る。
 しかし、眠りは来ない。この残酷、この愚行、いったい何がその因なのか? 百万の労働者が日本からやってきて、百万の中国労働者を殺し、片わにする。日本の労働者はその兄弟の中国労働者に、ただ仕方なく身を守ろうとする中国労働者に、なぜ、攻めてかからなければならないのか? 日本の労働者は中国の労働者の死から何か得をするのか? いや、何の得があろう、ありえよう。だとすれば、いったい、得をするのは誰なのか? これら日本の労働者をこの殺人行為に送り出している元凶は誰なのだ。誰がそれから甘い汁をすっているのだ。その貧困と悲惨において兄弟であり友でもある中国の労働者に襲いかかるように日本の労働者を説得することが、どうして可能であったのか?■
 いま現在のアメリカ合州国を見ていると、どうしてそれが可能であるかが、よく分かります。日本はアメリカという反面教師からよく学んで、過去の過ちを繰り返さないようにしなければなりません。いま日の出の勢いの中国もよく学んでもらわなければなりません。そもそも「反面教師」という言葉は、大戦後の中国で造られた新造語なのですから。

藤永 茂 (2010年10月6日)


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