漢方薬剤師の日々・自然の恵みと共に

漢方家ファインエンドー薬局(千葉県)
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「家守綺譚」梨木香歩覚書

2006-10-13 | 
こんなに文章が楽しくて、何回も読みたい、表現を全部覚えてしまい
たいと思ったのは初めて。

エピソードごとに植物の名前が題名となっている。
目次にずらりと並んだその名前は、花好きにはたまらない。
読み進むうちに季節がゆるりと過ぎてゆく。

日常的な話のなかに、たぬきやきつね、河童や小鬼、そして
死んだ友人も登場し、「隣のおかみさん」のおかげもあって、
その珍現象を日常のこととして受け入れられてしまう。

思いやりとか、受け入れる許容の気持ちとか、はたまた
人としてどう生きるか
などなど、いろいろ感じ入るところが多い。

奇妙な話「奇譚」でありながら、美しい話「綺譚」。


主人公とその飼い犬ゴローとのやり取りが楽しい。
たとえば、

「野菊」から

庭のサルスベリの木にサルが座って物思いに耽っているのをみて

・・・私がびっくりして大声を出したので、場の静寂はあっというまに破られ、サルは塀を越え、退散していった。スベリもせず、身軽なことであった。ゴローはちらりとこちらを見たなり、ためいきをつき、視線を下に落とした。なんだかひどく無粋なことをしたような気になったが、庭にサルがいるのを見て驚かずにおれるものがあろうか。叫んで何が悪い。飼い犬から不当な非難を浴びたような気がして、内心愉快ではない。・・・

「檸檬」から

駅舎を出ようとしたら、雪が降っていた。それも世界を白く塗りつぶさんばかりの降りようで、その中を焦げ茶色の生き物が左から右へ通りかかった。よく見るとゴローである。忠犬よろしく私を迎えに来たのではあるまい。偶々散歩の途中に通りかかったのであろう。ゴロー、と呼ぶと、振り帰りざま、おおっ、という顔をしてお愛想に尻尾を振って見せた。それから、急ぎの用事がありますんで、とでもいうように、こちらを振り返りつつ、すまなそうに去っていった。ゴローに振られたのは初めてだった。ふん、と興がったのも最初のうちだけで、実は少し、気を落としていた。

秋の夜長に笑いが止まらない・・・

 梨木香歩 1959年鹿児島生まれ