アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

忘れられたスター

2008-05-29 20:21:14 | 刑事コロンボ
『忘れられたスター』   ☆☆☆☆

 刑事コロンボ第32作目、そして第五シーズンのファースト・エピソードである。『ハッサン・サラーの反逆』のところでも書いたように、この第五シーズンではすべてのエピソードが「いつもと違うコロンボ」というコンセプトで制作された。この『忘れられたスター』の「いつもと違う」部分はもちろん、コロンボがついに最後まで犯人を逮捕しない、ということである。コロンボが犯人を逮捕できなかった(しなかった)おそらく唯一のエピソードだと思う。しかし、不満はまったく感じない。それどころか、コロンボが犯人を逮捕しない、という一つ間違えば竜頭蛇尾になってしまうアイデアを、これ以上ない感動的なクライマックスとして活かしきった見事な作品である。

 本作の成功はなんといってもジャネット・リーの起用に尽きる。彼女が演じるのは犯人、そして忘れられた往年のスター、グレース・ウィラーであるけれども、作中グレース・ウィラーが観る自分の過去の出演作は、実際にジャネット・リーの出演作である。映画の中の若いジャネット・リーはひたすら美しい。こんな美貌の女優さんだったのかと驚くほどだ。そしてもちろん私たちは、若き日の美しい自分に憑かれたように見入り、カムバックを夢見る老いた女優グレース・ウィラーの姿を、演じるジャネット・リーその人の姿とダブらせずにはいられない。このエピソードがある意味とても残酷なのはそこだ。演じるジャネット・リーもかなり複雑なものがあったのではと思うが、だからこそ彼女の演技には凄みがある。そしてその凄みがこの哀しく痛々しいドラマを奥深いものにしている。

 この『忘れられたスター』はコロンボ全作品の中でもっともハリウッドへのオマージュ色が濃厚なエピソードでもあるが、作中で上映される『Walking My Baby Come Home』の華やかさ、そしてパーティーでグレースとネッドが踊るシーンのしっとりしたロマンティズムは見ものだ。

 そしてもちろん、グレースのかつての最高のパートナーであり、ひそかに彼女を愛し続けるネッド・ダイアモンドの存在がもう一つのキーである。このダンディな紳士をジョン・ペインが渋く演じている。彼はグレースのカムバックへの情熱に戸惑いながらも最善を尽くして協力する、そして彼がグレースに「君を愛していた。結婚したかったんだよ。今も同じ気持ちだ」と告白するシーンはとても感動的だ。グレースとネッドの会話から、ネッドが昔交通事故にあい、おそらく踊れなくなったか何かで映画に出れなくなり、それ以降グレースも失墜していったことが読み取れる。こういうドラマを経てきた二人ということを念頭に置くと、この告白と、そしてあのラストシーンがさらに感動的になる。

 後半、コロンボはグレースが犯人だと突き止めるが、グレースは脳の病気のためにもうそれを覚えていない。コロンボはネッド・ダイアモンドに真相を告げる。そしてグレースの命が残り二ヶ月であることも。最後の上映会のシーンで、コロンボがグレースに真相を告げようとすると、ネッドはそれをさえぎり、自分が殺したと嘘の自白をする。「嘘よ!嘘……」ショックを受けて泣き叫ぶグレース。彼女はもう完璧に自分が殺したことを忘れてしまっている。「君のためだったんだよ、グレース……彼が君のカムバックに反対していたからだ」
 ネッドはこの前のシーンで、犯人はグレースだというコロンボに激怒し、ぼくが愛した女性がそんなことを、と叫ぶ。しかしコロンボの説明を聞くと真実を受け入れ、今度は彼女を守るために罪をかぶることを選ぶのである。ただ彼女が穏やかに死んでいけるようにという、それだけのために。彼の胸中を察すると涙が出そうになるのは私だけではないだろう。そして最後、ジャネット・リーの顔の大写しと、『Walking My Baby Come Home』の中で歌い踊る、若き日の彼女の姿。去っていくコロンボとネッド。見事なエンディングだ。

 最後のコロンボとネッドの会話は、吹き替えで聞くと、ネッドが「がんばって見せる、ふた月間は」「そう、それがいいね」と、ネッドの意思表示にコロンボが相槌を打つ感じになっているが、英語で聞くと、「二ヶ月ぐらいはかかるかも知れないな?」と、コロンボに問いかけるニュアンスがある。つまりネッドはコロンボに、このままグレースを死なせてやってくれと頼んでいるのだ。そしてコロンボの「そう、かかるかも知れない」という返事を聞き、かすかに微笑む。吹き替えで聞くとこの微妙なニュアンスがうまく伝わってこない。

 推理ドラマとしていうと、コロンボの詰めには致命的な欠陥がある。『刑事コロンボ完全捜査記録』でも指摘されている通り、空白の11分はグレースが居眠りしていたとも考えられるし、居眠りでなくても他の用事で中座していた可能性だってある。しかしまあ、このエピソードにおいてそれは枝葉であると言ってしまおう。傑作である。

 


最新の画像もっと見る

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
解説巧いです (直樹)
2014-03-06 02:21:32
夜中にコロンボみるのが好きでたった今、忘れられたスターを久しぶりに鑑賞。ジャネット・リーから検索し、ここに来ました。解説巧いですね。最後のコロンボとネッドの英語のセリフを知ってさらに感慨深いなとしみじみしました。ありがとうございます。
返信する
Unknown (ego_dance)
2014-03-07 15:17:27
夜中に観るコロンボは格別ですね。「忘れられたスター」は私もお気に入りです。これからもよろしくお願いします。
返信する
何度観ても (牛乳大王)
2014-03-22 03:31:09
はじめまして。BSで久しぶりに観ました。グレースはネッドと事故の後、治療中当時、名医の旦那さんと出会ったのですね。彼は一回りは年上なのか、現在はもう引退した老人、彼女はまだまだやる気満々で、意欲と若さが残っている。世界旅行で悠々自適なんて退屈でたまらないと感じていたのでしょう。でも最後は野心のあまり、1番大切な物を失ってしまいましたね。
返信する
Unknown (ego_dance)
2014-03-26 11:04:50
殺されたグレースの旦那さんは本当にかわいそうでした。彼女のことを大切にしていた、いい人だったのに。やはりこれも、スターというものの魔性が招いた悲劇なのでしょう。
返信する
Unknown (本屋)
2016-02-16 08:02:17
犯人役は、「サイコ」でシャワーしながら殺されましたね。
返信する

コメントを投稿