私が師匠の元を離れ「江戸糸あやつり人形」を設立したのは、1992年。
あれから20年が経った。
そこで今回の公演は、20周年記念に。
改めて思い返すと、
「人形は門外不出」という修業先から、良くぞここまで来たと思う。
たまたま理系に進んだことで簡単な設計図が描けたから
人形の胴を作ることができたのだが、
ともかく出会った多くの人たちに支えられ、助けられて
遅いながらも真っ直ぐに歩んでこれた。
そしてこれは多分、「大道芸」という場を選んだからこそできたと思える。
自然の中では、小手先だけの人形操作ではすぐにボロが出てしまう。
何度人形が上手く遣えず、悔しい思いをしたことか。
それでも遣い続けてきた。
今から10年ほど前であろうか、
初老の紳士から声を掛けられた。
「あなたはここ何年か、ここに出ているだろう」
「はい・・・・」
「上手くなったね」
これほど嬉しい言葉はなかった。
寄席の世界に入ったことも大きかった。
大いに受けた芸人の後に出る時の緊張感、
決して客に媚びず、真っ直ぐにぶつかってきた。
きっとこれが「切磋琢磨」なのだろう。
自分が遣う人形を見ながら、まだまだだなと思う。
10年後、どんな人形を遣っているのだろうか。
年を取った分、枯れて来るのだろうか、
しかし若いときとは違った「色気」が出ないものかと思っている。
あれから20年が経った。
そこで今回の公演は、20周年記念に。
改めて思い返すと、
「人形は門外不出」という修業先から、良くぞここまで来たと思う。
たまたま理系に進んだことで簡単な設計図が描けたから
人形の胴を作ることができたのだが、
ともかく出会った多くの人たちに支えられ、助けられて
遅いながらも真っ直ぐに歩んでこれた。
そしてこれは多分、「大道芸」という場を選んだからこそできたと思える。
自然の中では、小手先だけの人形操作ではすぐにボロが出てしまう。
何度人形が上手く遣えず、悔しい思いをしたことか。
それでも遣い続けてきた。
今から10年ほど前であろうか、
初老の紳士から声を掛けられた。
「あなたはここ何年か、ここに出ているだろう」
「はい・・・・」
「上手くなったね」
これほど嬉しい言葉はなかった。
寄席の世界に入ったことも大きかった。
大いに受けた芸人の後に出る時の緊張感、
決して客に媚びず、真っ直ぐにぶつかってきた。
きっとこれが「切磋琢磨」なのだろう。
自分が遣う人形を見ながら、まだまだだなと思う。
10年後、どんな人形を遣っているのだろうか。
年を取った分、枯れて来るのだろうか、
しかし若いときとは違った「色気」が出ないものかと思っている。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます