江戸時代に関する資料を読んでいて、
上方と江戸とをごっちゃにして捉えていることに
最近になってやっと気付いた。
そのきっかけは、以前ここに書いたことだが、
版画の摺り方が京都と江戸では大きく異なっているということだった。
きっと芝居や見世物なども大きく違っていたことだろう。
いろいろ気にしているときに、
府中市美術館で「三都画家くらべ」を開催していることを知った。
三都とは、京・大坂そして江戸。
副題に「京、大坂を見て江戸を知る」とある。
大いに興味をそそられて、行ってきた。
よくぞここまで揃えたと思えるぐらい、なかなか見応えのある展示数だった。
前期と展示替えが大きくあったそうだから、
前期に時間が取れなかったのは残念だった。
5月6日まで開催しているので、時間の取れる方は是非ご覧になって欲しい。
この美術館の学芸員に、金子信久さんがいる。
以前ここで人形を遣ったときにお会いしたのだが、
多分この方が中心になって、この展覧会が企画されたのだろう。
実はつい最近、本屋でいろいろ見ていたときに偶然、この人の本を見つけた。
「旅する江戸絵画」(発売元 ピエ・ブックス)
お世話になった人の本だったので、内容も見ずに買ってしまったが、
なかなか面白い内容だった。
円山応挙や伊藤若冲は京都の人だとは知っていたが、
この本で初めて、大坂の絵師に意識が行くようになった。
歌川広重の「名所江戸百景」が出た頃、
実は大坂で「浪華百景」が出たのだそうだ。
どちらが先かは何も書いてないが、構図の似たものが取り上げてあり、
興味がわく、とか・・・・
今回の展覧会で三都それぞれに特徴があることがわかった。
そして江戸の絵画の始まりは、京都から呼ばれた狩野探幽だったことを知り
改めて江戸の文化は、初めはどこかからやってきたものだと認識した次第。
しかし徳川家康とは、どういう人だったのか。
江戸に人口が集中するからと、食糧確保のために摂津から漁師を佃島に連れてきたり、
絵師まで連れてきたり。
きっと芸能関係も連れてきているのであろうが、
何か資料はないものか。
上方と江戸とをごっちゃにして捉えていることに
最近になってやっと気付いた。
そのきっかけは、以前ここに書いたことだが、
版画の摺り方が京都と江戸では大きく異なっているということだった。
きっと芝居や見世物なども大きく違っていたことだろう。
いろいろ気にしているときに、
府中市美術館で「三都画家くらべ」を開催していることを知った。
三都とは、京・大坂そして江戸。
副題に「京、大坂を見て江戸を知る」とある。
大いに興味をそそられて、行ってきた。
よくぞここまで揃えたと思えるぐらい、なかなか見応えのある展示数だった。
前期と展示替えが大きくあったそうだから、
前期に時間が取れなかったのは残念だった。
5月6日まで開催しているので、時間の取れる方は是非ご覧になって欲しい。
この美術館の学芸員に、金子信久さんがいる。
以前ここで人形を遣ったときにお会いしたのだが、
多分この方が中心になって、この展覧会が企画されたのだろう。
実はつい最近、本屋でいろいろ見ていたときに偶然、この人の本を見つけた。
「旅する江戸絵画」(発売元 ピエ・ブックス)
お世話になった人の本だったので、内容も見ずに買ってしまったが、
なかなか面白い内容だった。
円山応挙や伊藤若冲は京都の人だとは知っていたが、
この本で初めて、大坂の絵師に意識が行くようになった。
歌川広重の「名所江戸百景」が出た頃、
実は大坂で「浪華百景」が出たのだそうだ。
どちらが先かは何も書いてないが、構図の似たものが取り上げてあり、
興味がわく、とか・・・・
今回の展覧会で三都それぞれに特徴があることがわかった。
そして江戸の絵画の始まりは、京都から呼ばれた狩野探幽だったことを知り
改めて江戸の文化は、初めはどこかからやってきたものだと認識した次第。
しかし徳川家康とは、どういう人だったのか。
江戸に人口が集中するからと、食糧確保のために摂津から漁師を佃島に連れてきたり、
絵師まで連れてきたり。
きっと芸能関係も連れてきているのであろうが、
何か資料はないものか。