江戸糸あやつり人形

江戸時代から伝わる日本独自の糸あやつり人形。その魅力を広めるためブログを通して活動などを報告します。

いっぱい、いっぱい

2015-06-30 18:49:45 | 日記
全盲の知人が、
「あの人は精神的にいっぱいいっぱいなんじゃないか」
と言う。
「自分で分かっているから、あんなにつんのめっているんじゃないかな」
耳に聞こえる声の調子で、そう感じたのだそうだ。

実は私もそう感じていた。
テレビや新聞に載っている顔を見ると、
歪んでいるというか、おかしな表情をしていて、
精神的に来ているのではないかと、
思っていたからだ。

「裸の王様」

周りの議員たちは烏合の衆ばかり、
全く頭を使わず
おごりからくる軽はずみな言葉
これだけ国会を延長すれば
いつか「議論を尽くした」と言えると
考えているのだろうけれども、
これも思い上がりの表れなのだろう。

以前国旗国歌法案と機密3法が通った時も
大道芸をしていて、見ている人の表情が硬かった。
続けて大蔵省の不祥事が起こり、
身内びいきの甘い処分しか下されなかった。
丁度ゴールデンウィークを迎え
例年なら明るく盛り上がるのに
人々は硬い表情のまま
重苦しい空気が流れ、全く盛り上がらなかった。

その時に起こったのが、
佐賀のバスハイジャック事件。
私は、社会の空気が犯罪を起こさせたのだ、と思った。
残念なことに一人が亡くなったが、
未明に解決したら、ホッとしたのだろう、
その日は盛り上がること。

今、その時の空気に似なければよいと、切に願う。
でも世の中に流れる言葉は、逆なでするものばかり。
一部の企業は好成績でも、
地方の中小まではいきわたらない。
私の友人も、悲鳴を上げている。

日本のトップに立った人は、どうして下々の人の様子が見えないのだろう。
まだ明治政府のほうが見ていた。
街角に置かれたゴミ箱を覗いて、生活ぶりを確かめた人もいた。
ボンボンに育った人には、考えも及ばないだろう。


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7月のスケジュール

2015-06-26 23:32:40 | スケジュール
ここには一般の方がご覧になれるものを紹介しています。

7月2日(木) 「花文字」
  時間:19時開演
  場所:裏寺町 極楽寺
     京都市中京区裏寺町通り蛸薬師上る西側
  見物料:1000円
  お品書き:
    第1部:江戸糸あやつり人形
    第2部:「花文字」 ~内的な恋歌―うかい版~
  問合せ:075-221-2061

7月6日(月) 綾瀬名物 江戸一 万来寄席
  時間:19時15分開演 (18時半開場)
  場所:綾瀬江戸一万来館3F
  料金:2500円 (食事込み)
  予約・問合せ:03-5682-8888

7月12日(日) まつもと街なか大道芸
  詳細未定

7月19日(日) 東北道上り線、羽生PA「鬼平江戸処」
  時間:13時~、15時~、17時~
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巣立ち

2015-06-26 00:35:52 | 人形について
ノコギリを引いたり、ヤスリ掛けをするときは、
駐車場まで出かけて、やることにしている。
ともかくひどいほこりがたつのだ。
だから作業工程は、
常にお天気との相談になる。

昨日も1時間ほどかけて、
カシラに塗った下地材にヤスリを掛けた。

部屋に帰ったらかみさんが、
手招きをして「こっちへ来い」とせかしている。
行ってみると、アゲハが羽化したばかりだった。
もうすでに30分ほど経ったらしく、
翅はほとんど伸び切っていたが、
まだ乾いてはいないのか、
翅を閉じたり広げたりして
それから1時間ほどして、よたよたと飛び立っていった。

その様子を、じっと二人、見届けていた。
暇と言うより
飛び立つ瞬間を見届けたい気持ちの方が、強かった。
嬉しいものなのだ。

あと6匹、幼虫がいる。

幼虫からさなぎになる時、
真っ黒な液体を排泄する。
昆虫に詳しい人によると、
幼虫が糸を吐いて木に留まった姿と
羽化する前のさなぎとは、大きく姿を変えていて、
実は一旦幼虫の中で中のものがドロドロになって
それからさなぎに形成されるのだそうだ。
だからフンはすべて排泄されるのだと。

破壊から創造

美しいものを創るには
破壊が必要
と言うことなのか。





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安心

2015-06-19 00:15:55 | 日記
両親にあてて、地元の社会福祉協議会からイベントの案内が届いた。
その封筒に、
「だれもが笑顔で
 安心して暮らせる
 まちづくりを進めよう」
とあった。

このまちは、笑顔のない危険なまちなのだ

揚げ足と取られるかもしれないが、
正直に言って、違和感を覚えたのだ。

言葉は難しい。
でも、こういう言葉が平気で標語になることが、
恐ろしいと思う。

一国の首相が
「従来の解釈に固執するのは責任の放棄だ」と言う。
防衛大臣は、
「状況が変われば、解釈を戻せばよい」と言う。

国の根幹になるのが、憲法だ。
それを一内閣がコロコロ解釈を変えて
どうして立国と言えよう。
こういう内閣が提案している法律は、
所詮コロコロ解釈を変更できるものになるだろう。
憲法が、国際情勢の変化に追い付けないのなら、
改憲すればいい。
でも国際情勢の情報も、米国から与えられるもののみなのだ。
恐ろしい状況になってきた。
だから大道芸をしているとわかるのだが、
見ている人の表情が硬い。
意識の有無にかかわらず、不安を覚えているのだろう。

解釈の変更は、芝居の台本の上だけにして欲しいものだ。
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自由な関係

2015-06-18 00:10:17 | 日記
昨年の秋に両親を施設に入れなければならなくなってしまった。
その前からいろいろ兆候が表れだし、
たびたび田舎に帰っていたが
施設に入れたら入れたで、
両親の資産(大したものでないにしても)の管理や
家の中の整理やら、
季節に合わせての両親の衣替えや寝具の取り換えなどで
田舎に帰っている。

初めてこの冬を長期に留守にしたのだが、
水道管が破裂しないか、ハラハラドキドキものだった。
水道管は何とか無事だったが、
鉄管だったため、赤錆が出て大変だった。
実家に住まないかと言われたが、
私のように旅がたびたびあると、
厳寒地に住むのは無理だと思った。

最近は田舎での生活を求める人が増えてきているという。
法政大学総長の田中優子さんのコラムに、
農村に暮らす哲学者、内山節の言葉が載っていた。
「自然との自由な関係、
 労働との自由な関係、
 人々との自由な関係」
田舎での生活を求める人は、そういう自由な関係を求めてるのだろう
と、結んでいた。

「自由」をはき違えている人がいると、以前ここに書いたが、
上記の言葉はすっきりと胸に落ちてくる。

これは大道芸人に向けられた言葉とも取れる。
そして多分人形とも「自由な関係」でなければ
人形は遣いきれないだろう。

それにしても「自由な関係」を自ら断っている人の多いことか。
「自由」とは、
人に向けて発する言葉ではなく、
己に向けた言葉なのだろう。
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