地方公設試験研究職を勤めあげ?、70歳ころまで溶接技能検定にタッチすることができました。間質性肺炎に悩まさる欲張りです。
ゆうゆう職場





情けなくも、新聞で知った。1944年の沖縄学童疎開船・対馬丸撃沈の事件。戦時中、米海軍潜水艦・ボーフィン号の魚雷攻撃で10分ほどで沈没とある。同号は日本による真珠湾攻撃から1年後に進水し「真珠湾の復讐者」の異名をもつ と。今日、首相は真珠湾へ旅立った。歴史にはたら・れば無用とされるが、沖縄の人たちにとり「真珠湾がなければ」多数の学童が亡くなった対馬事件も、現在の本土と大違いの沖縄の状況もなかった といえる。新聞の受け売りをそのまま・・・・今も続く沖縄の苦しみは”真珠湾”が原点。首相には、そこまで思いを至らせてほしい と。
 ただ、真珠湾させたのは私たち日本人国民。いま~これから、同じような道が続いてありそうにも。

 関係ない、昼休みの散策写真。雲出川河口に係留あるいは打ち捨てられた船。世から捨てられつつある我。

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曇天の休日、大掃除の手始めに窓ガラス拭きを始める。たいしてはかどりもしないうちに、昼食。つい、TVを眺めるとどう見ても大杉漣な俳優がショーケン(主役)と写る。95年の江戸川乱歩賞受賞作「テロリストのパラソル」を96年にTV映画化した と後検索。
 確かに怪しげな社長役=大杉 とあるが、あの眼鏡を掛けていないとまったく存在感が薄く素人には思える。ウィキの知恵でも眼鏡の収集?愛好家らしい。ただ、こなす役柄はとびぬけて多種にわたり、300の顔を持つ といわれる(らしい)。うん、たしかに彼が出ているとTVから離れにくくはあります。
 そんなこんなで今日の〆予定とした畑小ガレージの棚作りを、午後の数時間を掛けてアセアセ行う。畑作は下手なくせに、工作物は大好きな困った兼業農家生活です。ヂーゼル耕耘機とガソリン軽耕耘機のガレージの中に、金網で造った棚が収まりました。マルチシートや不織布や防虫ネットや蔓用ネットや・・・仕舞い易くなりました。

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お昼の雲出川河口付近お散歩で、津波には無力だろうが高潮に備えるというのか護岸工事の進行をみる。予算の関係か、一気に仕上げるのでなく気が向いた頃・年度末の頃?せいぜいが数百mづつ進捗してゆく様子。我が村落を流れるM川の河川改修(流量アップよりも、幅を広げての貯水池化を狙ったようにしか見えん)も何年かかっているのやら、10年経っても1km長分の堤防も改修できない・・・それも右岸左岸同時でなく片側だけ。今日見る工事は旧来の護岸道路から1mあまり高くなるかならんか の内容にしか見えん。いいのか知らん、こんな低い嵩上げで。
 こんな事業でも行政は続けてゆくのだろうなぁ。この近辺では海岸自体への護岸工事も行われていたはず。香良洲の海岸もコンクリートが輝く。金は垂れ流し。ヤルというのはヤラン というよりも強いもんなぁ。オリンピック関連でも新しく建てるほうへほうへと金と力と、残念ながら、民意も靡いてゆく(あ、誤解なきよう;決して都知事がんばれのつもりはありません)。
 どこでどんなお金の立案がなされているのだろう。F1の収束で○○兆円の金額が出されているが、あんなもの貪欲な集団にかかればたちまち○○×2兆円にはねあがりますわな。なにせ、誰もやったことのないF1完全収束だもの。好き勝手な作文で金が回ってゆきます。ロボット記事を見るのも眉唾で、腹立たしい、料簡の狭いこの頃。

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鈴鹿山脈の南端(7マウンテン仙ヶ岳そば)にある野登山にケイソクザンヤトウジをたずねる。鶏足山野登寺である。登るのでなく、軽トラで。鶏足山としるされたお堂の扁額を年賀状に取り込もうとするさもしい魂胆でいそいそとお昼間に。暖かい日でスタッドレスでなくとも無事に山頂そばの駐車場まで30分もかからなかったかな。境内への木陰には2,3日前の雪が少しだけあったが無事に扁額を写真に撮り、兼業稲作のためには雨乞いを叶えてくれる雨壺の社にも首を下げる。以前、親戚筋のTさんがこのお山の4月の祭礼に行かれたのか、お山の笹の葉を取ってきてくれた我が家の育苗ビニールハウスの前に備えてくれた。幼い苗が枯れませんように と。
 実は山麓には野登寺下寺とされる本堂?があり、近くには坂本の棚田が広がる。ゆえにこの山上のお堂は上寺とも呼ばれるとか。
上寺への林道に入る前に、始めてとなるが、円空像もたたずむ立派な下寺にもまいることができた。ありがたし。すぐそばでは(新)名神の拡張工事が盛ん。何処へ行っても田舎風でなくなった我が亀山。

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昨日ののどかな冬の里道散策につづいて今日も街並み散策。今年一番(と思う)寒い日、10~11時にかけて勤務地Z市内の一角をぶらついた。夏に案内があったリコール修理のため、愛車を近くのDラーに持ち込み交換が終わるまでの1時間(30分ほどと示されていたが)を近傍散策としたもの。まず、南北の伊勢街道で酢のヤマニさんを見つける。古さはさておき、煙突と黒い板壁?がよろしい。その北、庚申塚もみる。おっと塚といえば、この近くに孝子・平治いわれの阿漕塚を見ねばならん。・・・《母の病を治すため禁漁の阿漕浦でヤガラを捕ったため罰せられた平治の霊を祀る。謡曲「阿漕」、浄瑠璃「あこぎの平治」の題材となって名高い。》・・・以前勤めた研究所(もどきの、公設の)時代、昼休みにかこづけて自転車で時々は御殿場海岸までを往復したもの。ある日、なにげなく小路にはいったら塚に突き当たった。記憶だけを頼りに阿漕塚を探そうとしたが???ですぐに断念。聞くは一代の恥、聴かぬは末代の恥 ほどに大層なことでないが、祖母の教えに従い、通りがかりの年配男性に教えを乞い、あっさりと到着。梅で有名な結城神社の近くだった との記憶とは大違い、少し北上したほど。でも、このあたり、多くの新興のアパートの合間にしっとりした好いお宅が点在する。いいなぁ~と、貧乏性が羨。とどのつまりが阿漕浦。冬の灰緑の海をみれば現職場のある造船所方面も望める。
 さて、ここから戻れば約束の1時間は十分消化したことになる。雪雲か、西空が暗く雪交じりではないものの、時雨に。来週は冬至。知らぬ間に、日の出から日の入りまでが最短といわれる冬至十日前がすんでしまっていた。修理の終わった車で職場に向かう途中のZ競艇場上空は冬空。しかしよほど強い西風の所為か、お昼休みの雲出川河口散策では青空。明日も寒そう

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昨日の委員会を終えることができ(内容のある説明はできなかったものの)今日は休みに。雨上がりで畑も田圃も作業は✖。大掃除か年賀状にでも取り組めばいいものを、午前中から早々と市南部の里山へ。例年よりも訪れる季節が早いようで、単調な晩秋の状況。木漏れ日の道に、冬の静けさがなかったのが残念。
 落葉に覆われた道を往復する。軽トラで走行可能な幅で続くが、1,2ヶ所で崩れており全走行は✖。これだけの落ち葉を持ち帰って堆肥にしたいものだが、欲だけで留め置くようにする。帰宅するのに下り着いた中の川では堆積土砂の浚渫?作業。土木工事は続きますなぁ

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スキージャンパー高梨沙羅ちゃん、沙羅さんと呼ばねばならないほどに、TVでみるお顔が(まぁ、世の流れで言えば)美人顔になってしまった。おぢさんと妻は寂しいぞ、サラちゃん!つけまつげの無い、そのまぁるい顔でサラーッと最長不倒をマークしてほしいのだ。長いつけまつげが流体抵抗にならないかと心配でたまらんのだ。貴女のポテッと着地する、こけし人形のような着地スタイルが大好きな夫婦なのだ。昨日か今朝のTVで見て、委員会を無事終えて閑になり、今職場から書き込みながら(おぢさんも陰で)改めて応援してますよ~

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業界?新聞に面妖な鋼構造建屋が紹介されていた。捻じられたビルのようで、台北の「陶朱穏園」;高級マンションで仏人が設計し熊谷組が担当とある。検索すれば、30億円ほどもする富豪向けのマンション(シャープを手中にしたあの人も購入希望とか)・上層階に比べ回転角を与えられた下層階では高さ制限なしに!高木を植栽できる・エレベーターで室内まで車の侵入が可能 らしい。没になった東京オリンピック会場で吃驚するようではついてゆけない。
 こんな構造物を造り上げる溶接技術では、その技を競うために年明けの2月に溶接士による県競技会を開催する。もう、競技材が運び込まれている。Kさん、早すぎますやん。早々に刻印を打つにして、発生が心配になるし・・・2月上旬までは放置ママですな。最後の写真は昨夕のもの。検定試験を終えてホッとして、わびしく缶酎ハイを手にしたが、この凹凸模様はどのように付けたものか知りたいもの。パイは酸っぱいリンゴの処理に妻が作ったもの。腹、脹れますわ。
 ところで昨日に戻ったので一つ。その夕食前の3時間ほどを大掃除のまねごとに充てたが、イヤホンで聴いていたラジオでは水俣公害被害者への不当な国家の仕打ち!が流されていた。国は(国家裁判所は)60年経っても50年代の審判を下せずにいる。こんなことで、今、進行している福島の審判ができるのか

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 1ヶ月ほど前の伊勢での評価試験会場へ出かける。日曜日に関わらず(妻に申し訳なし)朝も6:15頃の出立&伊勢自動車道で久居まで駆けたので、松阪より南では日の出がまぶしく、ユニクロ購入のサングラスがありがたし。今日の試験はS社関係者のみが受験者で、おまけにお一人が複数枚の受験はごくまれで、はかどる。この試験会場をオリンピックイヤーにわれらが担当の全国大会会場に利用を考えておるので、そこいらじゅうをパチリパチリと撮りまくる。四日市会場に比べて、全国大会の運営がやり易そうに思う。観光地、伊勢神宮・伊勢志摩も近い。ただし、前夜祭会場と選手含む参加者の宿泊施設が気になるところ。詰め始めた方が好いだろう
 ところで、N野さんがパチリしていたのに倣って安全ポスターをパチリ。厚労省のポリテクセンターだけあって、通産のポスターよりも人間への気配りが好し。中労災に頼んで、わが協会のHPにupさせてもらおうかな。
 12時には関係者が揃ってウナ弁を食し、無事終了。帰路スグの航空自衛隊学校?を駐車車中から撮って居ったら、迷彩服の門衛さんが胡散臭げに睨んで居った…ま、ごめん。

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岐阜県への見学会から帰路、4時頃だろうかバス車窓から虹のような雲を発見(事務局として最前列のため見やすかった)。同じ局員のIさんと、天変地異の予兆かな などとしたが、幻日現象であると帰宅した彼女の調査結果&報道内容のメールが到着。よくあることのようで、まずは東南海沖地震とは関係なさそう。
 見学させていただいたのは古戦場内にあるS製作所。レール分岐器、大型油圧シリンダーそして超精密な石盤の製造で有名。TV番組;凄ワザ対決 に使われた超平滑な石レールも展示されていたが、金属の超平面を作り出すけ”きさげ加工”様の作業の様子はスクリーンで隠されていて残念。作業の方が長い杖状のものを前後されていた。ただ、この社の佳かったのは社員の人間性(でいいかな)を高めるため、ゆったりした空間が準備されていたこと。各種の展示品が惜しげもなく配置されていたので、中南米様の像をパチリとした。

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