地方公設試験研究職を勤めあげ?、70歳ころまで溶接技能検定にタッチすることができました。間質性肺炎に悩まさる欲張りです。
ゆうゆう職場





尾鷲市のI社で昨日、検定試験を実施。私にとり最後の尾鷲検定となるハズ。来年の11月には後釜に据えつつあり今回も同行してくれたN君が献立してくれる。前夜のI社長との懇談もこれで最後ともなれば、やや、寂しい。また社風が好いのか南海道に敬語ナシ と言われる土地柄か、顔なじみになった社員の皆様の笑顔に触れることが少なくなる と思うと、さらに寂しい。でもまぁ、いつまでも仕事を続けるわけにはいかないし、今交代するのが一番良い とする。検定の朝、時間があったので散策をする。幅の狭いお家、水が流れない水無川を観る。気がつかずにこの8年間を過ごしていたのだが、今回パチリできたのは熊野で開催される少年野球の関係で定宿が満杯なため離れた別宿で一夜を過ごし、違った風景を眺めることができたため。ま、最後と思えば身を入れて?観察するものです。
 検定を終え名古屋や津へ戻る立会員諸氏と別れ、13:30頃にはいつもの林道に車を停め石畳古道が続く八鬼山登山とする。登り始めの掲示板には頂上へ80分と記されてあったのを何故か(木が急くのか)60分と読んで山へ入る。スタートの15分ほどは快調そのもの。これなら一時間を余裕で切れるのでは と急ぎ始める。が、七曲り難所をすぎると、息が上がる。ようようの九木峠(標高522m)九鬼峠?。あと一息と思うと余計に足が揚がらない&息も絶える。いつも足を止めるタマネギ岩をすぎ・・・荒神堂横の最後の上りで、後からの元気な若人に抜かれる(れる表現が負けん気を表すが、この歳にもなるとどうぞどうぞも本音)彼と入れ違いに目的地のさくらの杜広場到着。おそらく最後になる九鬼方面を眺めて、少しさびしく下山を始める。ただし油断大敵。ほんの少しぱらついた雨で苔の付いた石畳が滑りやすい。なんとか帰着したのが15:30頃。この後、職場と妻への土産物?を購入して無事帰宅。尾鷲、終わった。

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一日の、しかも午後だけの労働でそこそこの成果を狙う卑しい心根。川沿いにある稲作田の田面が一部分高い。トラクターでの春耕と苗代つくりでは泥状田面をなるだけ均平に と狙うものの、低いところへ引っ張ろうとしても泥は逃げる。田植え前の忙しい春の一日、マ こんなものかと手を打って終わる。ゆえに何年経とうと高いところは高いまま。
 春までに高い箇所の土塊を低いところへと移動させるのが一番。秋の取り入れが終わったすぐにでも田圃のうえを、スコップで掬った土塊を載せた一輪車で走れば?好いのだが、取り入れ終わり弛緩した身体が動かない。それなりの兼業業務をこなしていると、あ・田圃 と思いつくのが冬木枯らしが吹くこの頃。乾いた田といえど雨の後では一輪車の車輪がのめり込み、押すのも難儀。そのうちに亡父も愛用した一輪車のフレーム溶接が外れ、近くのHC米利で新一輪車を求める。3千円を切る値段だから、それなりの薄い鋼板、鋼パイプの品もやむなし。並んであったアルミフレームのものにも目が行ったものの、受け台(皿)がプラ製のためにパス。そんなことをしておると陽はドンドン傾く。この場所から動かす と、草刈り機で決めた1/3もスコップで掘り起こせないうちに昏い5時過ぎとなる。ここまで。4:30頃には東の空に虹を観、北には開発が終わり販売中のミニ団地をみる。カメラに残っていた、図書館分室に向かう途中でパチリした朝の関の街並みも挙げておく。

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不気味な?写真を許して丁髷
昨夜、お風呂上りに洗面所の鏡に映る長~い眉毛を見つめる。
僕たちの昔、今とちがってそこそこの国会議員を有して社会にも影響力?のあった社会党(のちの社民党)があった。その党首(首相にも!)になった村山富市さんの長い眉毛が有名。私の眉毛はそこまで長く・密ではないが思いついた記念にパチリとしておく(昨夕のこと)。デジカメの地鶏は困難でなんとか分かってもらえるかしら・・・
 ところで夜の友。市の図書館へ行く時間がなく僅かな手持ちのご本で我慢。何度も繰り返す太宰の津軽に少々飽きが来て、今は1980年頃の書籍で”「縮み」志向の日本人 ”韓国イ・オリョン著 を読む。アラン・ブースさんの作品同様に打つ膝が痛くなる…広い世界に何かを求める米国人の「メィ・ビー」にたいして改良を詰める日本人の「なるほど」・・・最初鉄道は作らなくレールを敷かなかったのに、レール上に新幹線を疾風させる日本人。おぢさんがNSIP肺を酷使して謳う、唯一のカラオケ愛唱歌「ゆけ!ゆけ!川口浩」と同じ世界かしら。やっているか研究者諸君

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菰野町へむかう。前回の羽毛状の細かいチップと違い、大きめのチップをいただくこと午前に1回、午後にその軽トラ1車分を畑の大根畝の間に厚く贅沢に撒き広げ、草押さえを狙う。3列のうち、1列分のチップが足りないので、午後も遅く3時から再度菰野へ向かう。4時前に積み込んでいただき畑到着が4:40ころ。日没と競争しながらなんとか撒き終える。
 土造りには熱心なのに、肝心の作物の出来は・・・・いまいちですな
 一枚目の写真は前の車に貼られたステッカーににんまりしてパチリしたもの。おもらし注意・身につまされておりますぞ

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中部4県のお仲間会合担当となり、昨夜は鳥羽で宿泊・プレーする方々は本日15日に賢島にてゴルフでのラウンドをはだてる。といっても、会長企業の関連Jトラベルさんにすっかりとお世話になってある。さて、今日のプレーに関係ない私たち岐阜、静岡&三重の事務局担当と静岡県の会長さんの3名は月並みの二見見学と伊勢内宮参拝となった。静岡のMさん、丁度4年前もお伊勢さんに回っていただいたが、今回もいつもの元気良い明るい姿勢でご一緒してくださった。あ、岐阜のTさんも。後継をお願いしておる、伊勢に詳しいN君により二見の夫婦岩のそばにある岩が蛙の形をしておることから、慶大いたるところにカエルの造形があるとのこと。おかげ横丁への昔からの?街道を進み、リクルート事件で有名になったF波さんのご実家の利休饅頭;リクルート饅頭 の看板を見ながら立派な街並みを進む。おかげ横丁手前の一段と立派なH田さん宅を横目に、このおうちが手掛ける有名な赤福餅の本店でお茶とお餅をいただく。うん、旨い。これにお酒の白鷹を添えれば言うことなしなのに、運転せねば。広いお伊勢さん、偶然に女優T島礼子の参拝と一緒になる。ま、なにかの撮影でのことでBS-TBS?で放映されるらしいことを、写真しようとしてスタッフにヤンワリ断られたTさんが聞きだしていた。Mさんは、俺ファンだから好かったよぉ~ と喜んでくれて◎。
 私にはおそらく、最後の会合となるはず。昨夜の懇親会ごの(あまり好きではない)カラオケでは唯一の嘉門達夫でお茶を濁しながらも、すこしの寂しさ。声もうまくでない。NSIPで息ががつづかなくなりつつある感もあり。

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昨夜、夕食時に妻に向かい偉そうに(ほろ酔い酒のなせる)推敲の字の由来を喋った。
中学にしては難しそうだから高校生のころかな、教師から教えられた と。ただし、”賈島は推す月下の門”と思い込んで居り、どうも語呂が悪い。パソが無いゆえ、妻のスマホでシコシコ検索。”僧は推す月下の門”とあり、賈島は作者本人。そして韓愈の名前まであったと知る。そこそこの勉学ゆえの無知蒙昧、思い込みだけの人生をさらけ出す。賢妻がグサリ一言。”そしてタダの人やね” ”推敲”この故事の典故は『唐詩紀事』巻40である とのことです;ウィキ。
 あぁ~でも、中高時代の授業でも頭の片隅に残っている文があるなぁ。中学=渭城朝雨浥軽塵 客舎青青柳色新 勧君更尽一杯酒 西出陽関無故人 高校=Green Grass Grows・・・先生がしたり顔して、Gの韻を踏んでいるのが好いのです??そぉかぁ? 大学=Thunder-box;地面に穴を掘った、便所 
 しょもないことばかり思い出す。理系なのに教養時代に習った法隆寺のことが気になり、クラス有志で奈良方面へドライブ・・・当時車を持っていた稀な学生の一人F君、どぉしとるやろ。と、ボンヤリ頭で手足だけは忙しく動かしてのお昼の散歩。河口沖に昨日に続いて漁船を見る。何の漁かしら



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日曜日の振休とした火曜日(原則火曜&木曜日はお休み日なのだが)は天候もよく、草に負けておる我が畑に手を入れてやることに。ぼちぼち育て始めるタマネギ、エンドウのためにも畑の準備をしてやらねば。
 ということで、まずは市の環境センターへ赴き畑に撒く草コンポストを軽トラ一杯いただく。実は!、朝一番気味に向かったのが遠方の関町にある草・樹木処分専門のセンター分場?で、ここではコンポストをローダーで一鋤き、軽トラにバッサリと積載してくれる。が、到着してビックリ。知らなかったぞ。8月~明春3月いっぱいまで改装のため休業との掲示。そういうわけで現在居住するK町に近いセンターで分けてもらうことになった次第。ただし、ここにはローダーがない。スコップで鋤いて荷台へ積み上げる労働は堪える。欲だけは先行するから、秤量値は450Kgと軽トラ許容積載量オーバーになる。
 以前は畑へは一輪車で運び上げた労働もおまけにあったものの、近接の宅地開発のあおり?で付けた坂道を軽トラで畑へ直行できる。軽トラ幅の分を長さ17,8m(計算すると3歩ほどの面積ですな)にコンポストを撒いた。これでもぉ昼近い。午後のスコップ労働は遠慮したい。そこで!北方30分ほどの菰野町にある間伐材から畑用のチップや堆肥をつくっているグリーンセンターへ向かうこととした。初めてである。草抑えには大きめのチップが利く と窓口女性に教えられたが、同時に根菜系でない作物を近く育てるのなら細かいチップが好い とも。そこで一見綿状の細かめのチップをローダーに一杯積んでいただいた。なんと、560kg重もあり発酵熱も持っており畑に利きそう。これだけいただいて1杯=100円!と嬉しいし、これからも と新品軍手のおまけもいただく。バチあたらへんか・・・嬉しい。帰り道に新名神の延伸工事現場を抜け、菰野町にある市町村合併前に急いで建てたとしか見えないほど立派な庁舎の、三滝川沿い土手に座り込んでコンビニサンドとパンで遅い昼食とする。
 喜び勇んで畑へ撒いたのが写真状況。黒っぽいのが草コンポストで茶色が綿チップ。明日(11/8)は雨との予報により耕運機で鋤き込みが終わったら丁度、暗くなって終わる 欲を満たし是好日。

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3時を過ぎて、山へ行きたい。ピークでなくともよい。
何十年ぶりに鈴鹿峠からの高畑山とする。R1の峠トンネルをぬけすぐ左折、茶畑に軽トラ停めていざ出立 としたら、風が身にしみる。毛糸類、ナイロン衣類無しに11月の登山は低山といえど、いや低山ゆえの無謀。
 少しだけ反省して歩き出す。
・・・・・・・慣れないタッチ入力と眠さで中断します。来週になったら職場パソで再会 と・・・

 (11/6夕刻に追記)
 だんだん坂道が苦になり、休み休み登る。こんなに休まねば登れない肺NSIPの身体が恨めしくなった。病が進行か と不安であったが、帰路、結構な勾配を登ったのだとわかり、ま、こんなもんかと置いておく。11月には半年定期のCT経過観察の予約が入れてある。なんとか、現状維持が続いてくれと欲望は人一倍膨らむ。
 夕暮が近いので折角の紅葉の山も色彩が今一つ。黙々と登る。開けたところで北方の明星岳を望み一休み。写真ではアンテナ塔は不明。そのうちにツゲが生えて入道岳登山道のようになり、少し気分を直して進む。と、砂だらけで滑りそうなナイフリッジ?の開口部に到着。ズック靴では危ないし、もぉ夕刻も4時をまわっているのでここを終点とし、とっとと引き返すことにした。このリッジ部には40代頃のの思いでもあり、12月か11月末頃かは忘れたが、やはりジョギングシューズでたどり着いたものの、薄い雪が被って危険状況。あっさりとUターンした思いがあります。
 軽トラに近い箇所、名所・鈴鹿峠の鏡岩へほんの少しだけ寄り道。が、父親を連れて見に来たとおり、何がどこが鏡やら・・・50cm平方の岩肌が蛇紋岩的光沢を帯びている部分だけは認めました。そこからのR1鈴鹿峠への上り・下り各車線をパチリして今日の終わり。



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写真だけ。
 先月下旬の帰路、茜雲に駐車でパチリ。
 数日後、久しぶりの畑では白菜の芯には蝶の幼虫。お陰で?葉っぱはスケルトン。
 昨日。我が家のリフォーム、細かな部位に大工手間がかかる頃となり、
 数日間は変化を認めず。
 本日の散歩道では泥田に草刈トラクター、暇なのかしら。
 散歩終盤の造船所、いつになったら出航?

てなぐあいに取り溜め写真をならべたら、
 自然世界から機械の世界へと流れていた。

 

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