崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

『中国の古橋』

2016年05月12日 05時33分13秒 | 旅行
数多くの中国の橋を渡り、潜り通った美しい橋を思い出させる『中国の古橋』が届いた。福岡の出版社の花乱社(別府大悟)の力作である。岩国のアーチ円形橋の美しさに讃嘆するが、この本をめくりながら、それに数的にも規模的にも圧倒する中国の古橋165カ所・240点の美しさに驚く。最近行った浙江省嘉興市や烏鎮の橋を思い出す。毎日美しい関門大橋の景観を楽しみながら橋の新旧の対照を満喫するような気持ちである。写真作家の榊晃弘氏は古橋を求めて中国各地の古橋を稀に見る芸術作品として見ている。古橋の魅力は何であろうか。古いものから読み取れる歴史であろうか。新しいものより古いものが美しく感ずるのはなぜだろう。伝統の懐かしさにあるのだろうか。私は日中戦争の発祥地に立って盧構橋を眺めながら悲惨な戦争を想像した。古いものには悲しい歴史もある。
 アメリカのオバマ大統領の広島訪問がメディアでも騒ぎになっている。謝罪すべきか、などともいわれている。稚拙な話題と感ずる。私は無辜な人の犠牲について思考している。一人を死刑にして多くの人や社会を生かす論理とは異なる。広島の被爆者は戦争を起こした罪人の代わりに無辜な人が犠牲になったことである。謝罪すべき人は当初戦争を起こした人々、そして原爆を投下した人々であろう。それは当時戦争に生きた人すべて、否、原罪を持つ人間であろう。今は慰霊だけで十分である。