崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

友人になること

2009年07月20日 04時47分26秒 | エッセイ
 人間関係で、「友人」という関係を日々の生活から考える。友人と共にいる時間は平安で、平易な時間、楽しい時間であり、別に規制や形式もない。しかしただ一つ厳しい倫理がある。それは断絶や裏切らないことである。つまり信と愛のルールと言えるかもしれない。その意味では友人になることは安易なことではない。私は友人になるにも難しい義務があるように考える。
 私には最近まで三羽烏のようにしばしば会って談話したり仕事も一緒にしたりした友人がいた。その中の一人がここを離れる時、送別会をしたがもう一人が忙しいという理由で参加できなかった。私はその欠席をとても残念に思っている。送別されて韓国に帰国した友人がいなくなり大きい穴が空いたように感じているが、もっと大きい穴は欠席したその人である。彼とも遠くなった感があるからである。
 私もいろいろな会議に欠席したりして失礼なことが多いが、なぜ彼のことにそれほどこだわるのだろうか。それは「友人になる条件」を考えさせられたからである。友人や恋人になることは他の人間関係より楽しい反面、厳しい倫理があるはずである。友人や恋人から殺されることも多いからである。
 

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