崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

Parasite

2020年02月24日 09時57分26秒 | エッセイ

 I, myself who has been a tutor for a long time in Seoul, 1950s. I realized the difference between a poor tutor and the rich family in Seoul. parasitizing the top layer in Korea. Tension for me, this movie is really fun. A simple story, a poor student enters a tutor as like me in a rich family at that time. It does not proceed like a detective movie. The fun lasts until the end. the scenes next to next,  to the spectacle scene. In a sense, social harmony and struggle are depicted.  It is not an old style novel of the story of good and evil. I watched the movie only as art.

 

 


続『パラサイト』

2020年02月24日 06時40分19秒 | エッセイ

 70才過ぎの牧師が説教した後、講壇から降りて挨拶、嬉しく話す中、奥様の安否を聞くのに名前を呼び捨てにしてしまった。しかし自然であった。彼女はより高齢になった私の弟子だからである。
 説教の中に映画『パラサイト』に触れたので私がコラムを書いた東洋経済日報を手にして見せようとし、良い映画だと一言、言ったとたん非難された。その映画は左派映画だと批判した。私とは反対意見で論争したくないから話を切った。韓国の中でも映画を巡る賛成・反対の派が出来たようである。その映画の影響は大きい。その分、成功だと言える。同席の在日信者らはその映画を観た人は一人もおらず、私の映画の話は全く私語のようになった。投稿したコラムを記しておく。

映画『パラサイト 半地下の家族』
崔吉城

寄生虫というと虱や回虫を思い出すが、韓国映画『パラサイト』がカンヌ国際映画祭でアカデミー賞を受賞し、嬉びの反応が広がっている。私も下関のサンシャインシネマの大型スクリーンで、日本語の字幕を気にせず観た。館覧席で50人強の観客の中、その寄生虫を知っている時代の私のような高齢者は一人もいない。高齢者の映画鑑賞は居眠り半分で見たような見なかったようなで、内容も把握できないかもしれないと思ったが、私は画面に2時間以上集中注視し、一秒も見逃さず最後まで見てしまった。私を集中させたこの映画の魅力は何だろう。国際映画祭でアカデミー賞を受賞したこの話題作を韓国人口の3分の1の人が映画館で見たという。
 緊張と面白さ、本当に面白かった。単純なストリー、貧乏な受験浪人の学生が豪華な邸宅へ家庭教師に入る。そこから家族ぐるみでお手伝いさんや運転手など、職業を通してその高級な生活環境に入り込む。半地下に住む家族が金持ちの一家にたかるようにしてその豪邸に入り込み、結果的に殺し合いになる。ストリーはゆっくり進む。視聴者が予想することが外れる。探偵映画のように進行するのではない。面白さは最後まで続く。持続的に集中するようになる。その点で監督自ら書かれたという脚本の価値が高いと言える。
家庭教師を長くやったことのある私も貧富の差を強く感じた。ソウル市内の富家で家庭教師、貧富の差を実感した。この映画は実話のような半地下生活を送る場面などリアルな点、シーンが変わり、展開されるスペッタクルの映像、感動しながらついて行く。疑問に解答が出るのではなく、疑問から疑問への連続。格差社会の韓国での最上層に最下層が寄生していく。ある意味で社会階層の調和と葛藤が描かれている。純粋で正直な上層の人は寄生虫に喰われやすい。高位権力者に吸血する寄生虫が付く。この映画では貧困な人は悪賢い知恵がある。善悪の対立のストリー勧善懲悪の古臭い小説ではない。
そこには中間層が存在しない。韓国の格差社会をクローズアップしている。韓国の格差社会の問題点が次々と出している。貧富の格差を宣伝するのかと思われる懸念もある。為政者たちは大賞に酔っている。彼らは作品を鑑賞するより受賞宴を満喫しているのではないだろうか。一方アカデミー賞自体が社会主義宣伝媒体であり、受賞を非難する人も多いが映画は創意と表現の芸術で見てよいのではないかと思う。
私が観る多くの韓ドラは、面白く見ても、失望する。何時ものパターン、交通事故、赤ちゃんのとり違えなど、そして結末は無理なハッピーエンディングなど決まったスタイルを、いつ脱皮するのだろうかと思っている。この作品もその類かと反信半疑で見た。しかしそれをはるかに超え、異なっていた。この映画は創意と挑戦に溢れる。世襲、子役、人脈から成り立っている日本とは対照的で映画演劇学科の多い韓国の実力でもあろう。