崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

小倉教会

2010年10月25日 05時09分12秒 | エッセイ
 久しぶりにグレーソン牧師と在日韓国教会の小倉教会の礼拝に出席した。古い建物が綺麗に撤去されて空き地になり、立派な新築の教会が駐車場を整えている。しかし信者はかなり減っている。それも役員しか残っていないような印象である。熱心な役員中心に運営する所に教会員が減少することというメッセージが大きい。諸事情により来られなかった人が多かったのだろうか。教会は自由な信仰による任意組織であり、信者を保つには必死な努力が必要である。グレイーソン牧師はイギリスで監理教、聖公会、長老派などの教派が超教派的に運営していることと「反世俗化運動」を紹介した。たとえばクリスマスに色々な人にプレゼントなどで使う商店街中心のお土産商品が盛んに交換されている部分を節約してアフリカのジンバベなどへ支援しようとする運動である。
 日本はクリスチャンの国家でもないのにクリスマスなどの雰囲気はそれ以上に盛況で年末雰囲気を高調している。世俗のクリスマスしかない国のようである。西洋のキリスト国家の世俗化現象でもなく、商店街の「お祭り」現象であろう。クリスマスのあり方も教会のクリスマスから一般化「お祭り化」へなっていっても良いだろう。クリスマスが近くなっている。12月25日が平日であるのでその前の主日に礼拝が行われる。定日ではなく、定週になっている。一般の非信者はキリスト教はオーム真理教や統一教のイメージが強く異様なオカルト的なイメージを持っている人も多い。しかし、キリスト教は決して異様なものではない。