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Cioranを読む(61)


■旧暦9月29日、火曜日、

(写真)江戸城址

twitterで話題になった吉本隆明の8月5日の日経記事を読んだ。

quote<原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や硬いものを透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある。燃料としては桁違いに安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を後戻りさせるという選択はあり得ない。それは、人類をやめろ、というのと同じです。
だから危険な場所まで科学を発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完璧な防禦装置をつくる以外に方法はない。今回のように危険性を知らせない、とか安全面で不注意があるというのは論外です>unquote

ぼくが思ったのは、この人には、進歩史観があるということで、それは、吉本さんが、工学系の出身ということや戦後の生産力・技術力の増大と生活の豊かさの一致が実感としてある世代だからなのだろう。進歩史観を信じる気になれないのは、そこに流れる時間とそこに存在する空間が、近代のイデオロギーだからである。時間は均一の労働時間で満たされ、客体として疎外されている。空間は労働時間が凝縮した商品というありかたでしか出現していない。こうした点に科学技術による社会の進歩を信じる人々は、無自覚あるいは肯定的である。しかも、科学技術と政治支配との融合に寛容で、社会の問題は技術的に解決できると信じている。だから、原発問題を、「技術的な問題」に還元してしまい、問題の本質を根本的に考え直すことを退化と考える。原発を考えることは、利権構造や独占構造、安全性の向上といった問題を考えるだけではなく、現存の科学技術が本来的にもっている、人間と自然を、ものとして、操作・支配の対象にするという現存科学技術の本質を問い直すことでもあると思う。むしろ、それが今一番問題なんじゃないだろうか。

quote<労働力、技術力をうまく組織化することが鍵を握る。規模の拡大を追求せず、小さな形で緻密に組織化された産業の復興をめざすべきだ。疲れずに能率よく働くシステムをどうつくっていくか、が問われるだろう。
 それには、技術力のある中小企業を大企業がしっかり取り込む必要がある。外注して使い捨てるのではなく、組織内で生かす知恵が問われている。この震災を、発想転換のまたとない機会ととらえれば、希望はある>unquote

一方で、面白いのは、吉本さんが、とてもいいことも言っている点で、なるほど、そうだなと思わせる。しかし、吉本さんの語ることは、理念論で、理念としては、確かに、そのとおりなのだが、なぜ、その理念が実現しないのか、考えさせない。一言で言うと、社会理論が欠如している。科学技術による社会問題の解決可能性と生産力の増大が幸福につながるという信念、他方で、理念による社会の方向付け。この二つが同居している。

熱心な読者ではないにしても、それなりに、吉本さんを読んできたつもりだが、現状の批判よりも現状の追認が多い。それは、上記のような思想傾向があるからだと、今回の原発をめぐる意見を読んで、わかった気がする。ただ、このインタビューを読んで思うのは、現存の科学技術のあり方の批判は、自然と人間の操作・政治支配を持たない科学技術の構想を含まないと、批判だけで終わってしまう、ということで、この課題が、どれだけ、困難なのかは、だれが考えてもわかるだろう。マルクスの『経済学批判』や『経済学哲学草稿』をモデルにしたような、「存在論的な科学」。そんなことをふと思う...。



Un désastre trop récent a l'inconvénient de nous empêcher d'en discerner les bons côtés. Cioran Aveux et Anathèmes p. 72 Gallimard 1987

まだ生々しい災害には不都合な点がある。災害の善い面が見えなくなってしまうということだ。

■今度の大震災と原発事故を踏まえると、身にしみる断章。善い面とは何だろうか。社会構造の欺瞞性がいっそうはっきりしたということだろうか。ウェブ環境は、いまや、一つの希望なのだろう。世界の庶民がつながれるという意味では。



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