verse, prose, and translation
Delfini Workshop
『マルクス 最後の旅』
2016-07-31 / 本
ハンス・ユルゲン・クリスマンスキー著(猪股和夫訳)『マルクス、最後の旅』(太田出版 2016年6月)読了。面白かった。いくつか、面白かった点をあげると。
1)もともとが、映像化のための字コンテなので、非常に視覚的で、読みやすい。逆に言うと、ドイツ語本来の深遠さが出ていない。これは物足りなさとも言える。ただ、マルクスの家族とのやりとりや人間関係が、平易に、また、興味深く描かれている。
2)この本の最大の功績は、最晩年のマルクスの関心の所在を明らかにしたことだと思う。それは証券取引所の役割について、であり、投機やカジノ資本主義についてだった。最後の旅で、モンテカルロに立ち寄り、自らも賭博を行い、資本主義の本質がカジノの賭博と変わらない点を見破り、『資本論』フランス語版の前書きでは、この点に触れている(確認の必要を感じる)。最後の旅、アルジェ・モンテカルロ・スイス・ロンドンと移動しながら、資本主義の現在に、絶えず精力的に注意を払っていたのには驚く。マルクスに「隠居」という概念はない。
3)その解明の方法は、数学モデルで行う予定だったらしいこと。晩年のマルクスは、研究領域を数学や自然科学に広げ、その知見を幅広く吸収していた。英国ロイヤルソサイエティの動物学者や化学者などの友人もいた。この意味で、マルクスは、啓蒙思想の系譜に連なると言っていいだろう。
4)秘密にされていた晩年のマルクスのメモ書きが、いまようやく明るみに出つつあり、世界の社会主義運動に影響を与えつつあること。このメモ―バイダーで綴じられたノートがとくに重要―の中には、証券取引所にまつわる数式や投資の指示が詰まっていること。これまで、最晩年のメモが秘密だったのは、資本主義と戦った聖マルクスのままにしておくためだったろう。投資の指示が入っているのはまずかったのだろう。
5)これに関連して、家政婦のヘレーネとの間に、不倫の息子、フレデリックをもうけたこと。これは、これまでも知られていたが、あまり、取り上げられることはなかった。マルクスの人間臭い一面とも言えるし、故国を追われた亡命生活のストレスや、奥さんのイェニィが長期の癌の闘病中だったことを考えると、よく耐えたとも思える。フレデリックは、自分がマルクスの実子であることを生涯知らなかった。エンゲルスが認知してめんどうを見たらしいが、この点も、興味深い。
6)『資本論』フランス語版の翻訳者、ジョゼフ・ロアについて、まったく知らなかった。どういう人だろう。大変な仕事だったはずである。
7)マルクスに空想的社会主義者と批判されたシャルル・フーリエをエンゲルスは、買っていた。空想的、というのは学問体系をなしていないということだろうか、社会的存在の根底に労働活動と社会関係を見ていないということだろうか。いずれにしても、空想には、斬新な着想の萌芽や構想があることが多い。フーリエについても、検討の必要を感じた。
8)バクーニンは、第一インターでマルクスの主張したプロレタリアート独裁に反対してマルクスと対立するが、日本のアナキスト詩人たちにも、影響を与えてきた。
9)全篇を通じて感銘深いのは、エンゲルスの忠誠心と共同性、マルクスとは質の違う能力の高さである。エンゲルスがいなければ、資本論2巻、3巻は、世に出なかったし、そもそも、資本論という書物さえ、存在しなかったかもしれない。
10)マルクスの仕事は、資本主義解明の起源にあたる仕事であるから、最晩年の関心のありようが、とても気になった。
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