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西行全歌集ノート(9)




1月21日

空に出でていづくともなく尋ぬれば雲とは花の見ゆるなりけり

西行 山家集 上 春

「空に出でて」とは、あてもなく出て。この歌を読むと、花は雲に近い上方にあるのが普通だったという山桜としての花のありように、今さらながら驚く。花見は山見、雲見、でもあったわけだ。平地に花が移行してくるのは、おもに染井吉野からだとすれば、それまでは、山に行かなければ、花には会えなかったわけだから、花を見る、花と一体になる、という機会の価値が、今とはすいぶん違っていたろうと想像される。貴重であったはずである。

谷崎潤一郎の『少将滋幹の母』の夜桜は、不意打ちのように、現れる一本の櫻であるが、こういう花との偶然の出会いは、目的意識をもった出会い方よりも、はるかに、心に突き刺さるものであろうことは想像に難くない。

「かかる時、かかる谷あいに、人知れず春を誇っている花のもまた「夜の錦」であることに変わりはない。あたかもそれは、路より少し高いところに生えているので、その一本だけが、ひとり離れて聳えつつ傘のように枝をひろげ、その立っている周辺を艶麗なほの明るさで照らしているのであった」

出会いは、出会った双方を変えてしまう。それが出会うということの本質なのだろう。少将と出会った後は、花も変わっていたはずである。



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一日一句(943)







寒鴉その黒にしてその瞳






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