電脳筆写『 心超臨界 』

リーダーシップとは
ビジョンを現実に転換する能力である
( ウォレン・ベニス )

言葉が魂を蘇らせる――星野道夫さん

2007-04-24 | 04-歴史・文化・社会
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「アラスカの神話」画家・司 修
【プロムナード】2007.04.20日経新聞(夕刊)
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星野道夫は、アラスカの土地を買って家を建てて住んだ。星野は、イヌイットの人々に混じって生活するうちに、彼らが固有の言葉を失って、アイデンティティをも失っていることに気づいた。英語をつかわずにアラスカ先住民固有の言葉で話すと罰を受けるようになり、彼らはアルコールやドラッグにはけ口を求めるようになった。若者は自分の土地を離れ、自己破壊の道を求めていったという。

星野は、ボブという同世代の人と出会い、彼の魅力に惹(ひ)かれていった。ボブもアイデンティティを失い、アルコールに溺(おぼ)れて、アラスカ中を放浪していたのだったが、ある時、故郷に戻り、荒れ果てた墓地の掃除をすることで自らを癒していた。それから十年経(た)つと、ボブの墓掃除という行為が、ボブの町の人たちのアイデンティティを取り戻していったという。

ボブは墓掃除の十年間に、彼らの祖先が残してくれた神話を採訪して、神話の語りべになったたのだ。ということは、村の年寄りたちを訪ね、昔話を聞いて、自分たちの祖先が築いた、昔からの生活方法を知っていったことになる。そこには言葉を取り戻す作業もあったのだと思う。

人間は、言葉の影響を強く受けて生きるものだと痛感する。もう二十年も前のことだけれど、パリで生まれ、パリで育った日本人青年が、僕の知り合いの女性と恋をした。青年は、フランス語しか話せず、彼女とのコミュニケーションがうまくいかなかった。彼女も悩んだが、彼の方は深刻で、「フランス語しか話せないのに、鏡を見ると日本人以外の何者でもない」と彼女に会うたびにいっていたそうである。日常会話ぐらいは、彼女の稚拙なフランス語でなんとかなっていたが、青年の悩みは高じて、恋の結ばれる前に自殺してしまった。笑い話のようだが、本当にあった話だ。

ボブはもくもくと墓掃除をしながら、死者の魂と会話をしたに違いない。原生林化した墓地が、少しずつ姿を現わし、ボブの祖先であるクリンギット族の霊が呼び出されたのだ。

星野道夫の、ボブから聞いた神話がある。

「ワタリガラスがこの世界に森をつくった時、生き物たちはまだたましいをもってはいなかった。人々は森の中に座り、どうしていいのかわからなかった。木は生長せず、動物たちも魚たちもじっと動くことはなかった」(「星野道夫の仕事 第4巻」朝日新聞社))

森はすでに生きていた。人も動物も魚も生きていた。しかし魂がなくて何もできない姿は、ボブたちアラスカ先住民の姿でもあった。新しい時代の波を受けてさまよいだし、彼らが失ったものは魂だったのだ。その魂を蘇られせたのが「言葉」である。

星野は、神話の力を信じはじめると同時に、「ワタリガラスとは、モンゴロイドがたどった遙(はる)かな旅の足跡ではないだろうか」と思うようになる。

星野の写真を見ていると、大自然の美しさにうっとりすると同時に、恐怖に似た驚きを感じる。星野の魂が見る者をゆさぶるのだろう。星野は、ワタリガラスの飛んで来たであろうロシア、カムチャッカ半島クルリ湖畔でキャンプ中、ヒグマに襲われて死亡した。アラスカの自然とワタリガラスが呼んだのかもしれない。

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