先週の日曜日の夜、「Mr.サンデー」という宮根さんが司会の情報番組で、いじめ問題についての特集をしていました。
大津の中2の男の子が自殺したという事件については、日本中の人があまりの憤りと悲しみに襲われ、現代のいじめの実態にも触れ、日本中のエネルギーが動いたように思いました。
私もすごく多くのことを考えさせられました。まだ全然消化できていませんが・・
この番組で私がまた新たに目を見張ったのは、いじめた側の生徒のあまりの他人事ぶりでした。
番組では、今回の大津の事件のこととは別のいじめ事件で、ある生徒を数人がかりで川で溺れ死にさせそうになったことを取り上げていました。
そもそも泳げない生徒の足を押さえつけて顔を川につけたり、殴ったり・・
そしてそれを別の生徒に携帯動画で撮らせていた、と言うのです。
もがいていた生徒がぐったりして死んでしまったのか!?という段になってようやく彼らは止めた、ということです。
そして、幸いにもこの溺れかけた生徒は何とか命だけは取り留めました。
番組ではこのときのいじめた側の生徒の1人の単独インタビューに成功した、ということでこの生徒の顔も声もわからない状態にしたものを流していました。
これを見ていて私はこのいじめた側の生徒のあまりのお気楽ぶりというか、他人事ぶりに奇妙な感覚にとらわれてしまったのでした。
インタビューをしている女性のプロデューサーは、彼に出来るだけ話をして欲しいので、最初のうちこそ普通の人を相手にしているようにおだやかに話していましたが、だんだん彼女も違和感を感じてきたのか、最後のほうはちょっと詰問調になっていました。
まず、受け答えの返事があまりにも軽い。
「~なの?」とか「~ですか?」とプロデューサーが尋ねると、
「そうっす。」とか「です、です。」とかいう言い方で答えている。
そして私が一番驚愕したのは次のやりとりです。
プロデューサーが、
「で、今回の事件のあと、君たちの仲間ではもうこういうことはやめよう、というような話し合いとかしたの?」
と聞くと、
「はい、したっす。もう、これからは川へ行くのはやめよう、とか言いあいました。」
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これにはさすがのプロデューサーも、
「えっ、そういうことじゃなくて・・」と言ってました。
まるで川に住んでいる精霊か魔物が悪さをしたかのような言い方。
川へ行きさえしなかったらこういうことは起こらなかったんだ、自分たちも被害者だと言わんばかりの口ぶり。
まったくあきれてしまいました。
それから彼のこんな言い回しも気になりました。
いろいろな質問を受けているうちに「俺が悪いって言うんですか?」となぜか逆ギレ。
そして続けて、「俺だけじゃないですからね。それを俺だけみたいな言い方されるとちょっと・・ でも、もし相手の親御さんがそうおっしゃるんなら謝るしかないでしょうね。いいっすよ。俺、謝りますよ。俺が悪いんなら、悪いでいいっすよ。そういうことにしといてくださいよ。」
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まるで、自分の部下のチンピラがしでかしたことに俺は責任をとってやるぜ、と言わんばかりのチンピラの親分のような口調です。
いったい“自分”はどこにいるのか・・・?
私は1週間ほど前に「気付かない、ということに気付いてあげよう。」という主旨の記事をUPしましたが、この気付かなさぶりにはさすがにお手上げって感じです。
気付いていないということを優しく見守り、許してあげよう、という気にはとうていなれませんでした。
そして、ふといったい彼がオーラソーマのボトルを選んだら、どういう4本を選ぶんだろうな~と思いました。
っていうか、これまでに自分の内面を見つめたことなんてないでしょうから、選べないんじゃないでしょうか?
どれに惹かれるとか呼ばれている、という感じもわからなくて・・
そしてその選べなさに対してまた彼は、
「いいっすよ。どうしても選べ、っていうならてきとーに選びますけど? しょせんどれ選んだって何が変わるわけじゃなし。」とか言うんじゃないでしょうかね。
これまで私は2回だけ、サロンにコンサルテーションを受けるつもりでやってきたのに、選べなかったクライアントを知っています。
その人たちはおふたりともうつ病でした。
だから私はうつ病の人か、このあと自殺しよう、と考えている人でないかぎり、誰でもボトルは選べるものだ、と思っていました。
しかし、そうか。
自分の内面を見つめたことがない人っていうのは選べないかもしれないなぁ。
でも、この子のように内観をしたことがない、そういうことは考えてみたこともない、っていう人は結構世の中にいるような気がします。
そしてそういう子が、他人をいじめて、他人が「痛がったり」「苦しんだり」これを人に言おうか言わまいか「悩んだり」する様子をみて、初めて自分もほんのちょっぴり何かを感じたような気になれるんじゃないでしょうか。
いじめについては今回、大津の事件があったことによってさんざいろんなテレビ番組でもこれを取り上げ、特集を組んだりしていましたから、多少は私もいろんな角度からの考え方を知りました。
いじめをなくすためにはどうしたらいいのか?
どんなことをしたってなくなりはしないよ、という意見。
いや、みんながみんな、これは自分のことだ、と感じて真剣に取り組めば必ずなくなるはずだ、と信じなくてどうするんだ、という意見。
誰が悪いんだ?
いじめた子か? 担任か? 学校か? 教育委員会か? いや、結局は文科省だ、という意見。
そんなわけのわからない遠い地点が悪かったりするところまで広げちゃうと気持ちがついていけない。
じゃあ、うちの子は文科省が悪いから死んだのか? そうじゃないだろう、という遺族の親の意見。
ほんとに根深いものを感じました。
夕食のとき、ダーリンに
「どうしてこういう子ができるんだと思う?」と聞いたら、即座に彼は、
「環境ホルモンのせいじゃないの?」と言いました。
なるほどぉ・・・
そういう考え方もあるか。
っていうか、どこどこまでも外側の問題なのかなぁ・・
確かに私たちの若い頃にはいじめなんてなかった。
そう考えると、大量の化学物質が使われるような時代になってから起こっていることだ、と思えば確かにあのいじめた側の子の他人事のような態度も納得できるのかな・・
環境ホルモンとは「内分泌かく乱物質」のことですから、添加物をとりすぎたり、ダイオキシンが発生するような環境のなかで育つと、知らないうちに自分のなかの組成が何かかく乱され、変化し、おかしな考え方をするようになってしまうのだろうか・・
だったらなおのこと、自分が自分でありつづけられるように内観が大切な時代になっているのではないか、と思いました。
そして、自分の外側で起こっていることは、自分の内側が反映されていることに過ぎないのだ、ということを理解すること、だからこそ自分の内側をどこどこまでも責任を持って信頼することが大切なんだ、ということを彼らに感覚としてわかってほしいなぁ、と思いました。
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